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February 17, 2012

経済的⇔社会的価値という二項対立を克服するグレート・カンパニー―『「チェンジ・ザ・ワールド」の経営論(DHBR2012年3月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 03月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 03月号 [雑誌]

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 DHBR2012年3月号のレビューの続き。

「制度の論理」による グレート・カンパニーの経営論(ロザベス・モス・カンター)
 各方面からの評価も高く、好業績を続け、長きにわたって存続してきた企業には、「制度の論理」(institutional logic)が存在している。このような企業では、社会や人間は、後で考えればよいもの、あるいは使い捨てされるものではなく、その目的の中心にある。

 制度の論理では、企業のことを金儲けの道具と考えたりしない。すなわち、社会目的を実現し、そこで働く人々に有意義な生活を提供する手段と考える。この論理に従えば、企業が生み出す価値は、短期利益や給料だけでなく、長期的繁栄の条件をどのように維持しているかという観点からも測定されなければならない。このような企業のリーダーたちは、財務リターンだけでなく、長きにわたって存続しうる組織をつくり上げる。

 グレート・カンパニーは、より多くの経済価値を引き出す手段として組織内のプロセスを設計するのではなく、社会の価値や人間の価値観を意思決定の基準となる(※原文ママ)フレームワークを構築する。
 「制度の論理」(institutional logic)とは、社会学や組織研究における主要概念の1つで、「社会の文脈に従って、個人や組織など行動主体の振る舞いを理解する」という考え方だそうだ(同論文の脚注より)。「制度の論理」の中身はさておき、著者の主張を端的にまとめると、企業は「経済的価値」を実現する(平たく言えば利益を上げる、株主価値を最大化する)だけでは不十分であり、「社会的価値」も同時に追求しなければならない、ということになる。

経済的価値と社会的価値を両立させるグレート・カンパニー ここで、経済的価値と社会的価値を両立させるとはどういうことか、私なりに簡単にまとめてみた。左図のように、経済的価値と社会的価値それぞれのレベルによって、企業は大きく9つに分類される。

 まず経済的価値の軸だが、第一に企業は既存の市場でシェアを獲得し、競合他社よりも優位なポジションを築こうとする。これが「競争の壁」であり、この壁を打ち破るために、マイケル・ポーターが提唱した「競争優位の戦略」を構築し、フィリップ・コトラーが体系化した「マーケティング・マネジメント」を実施しなければならない。

 だが、とりわけ現在の日本がそうであるように、市場が飽和状態になると、パイの奪い合いだけでは利益の出ない消耗戦に陥る。したがって企業は、次のステップとして「イノベーション」を引き起こし、新しい産業や市場を創出する必要性に迫られる。これが「革新」の壁である。経営学者やコンサルタントが世に送り出した多くの理論やツール、フレームワークは、企業が経済的価値の軸を左から右へと進むためにはどうすればよいか?という問いに答えるためのものである。

 一方で、もう何十年前、いや何百年前から聡明な実業家たちが訴えているように、企業は社会的な存在であり、事業を展開する地域や、株主以外の様々なステークホルダーから”正当性”を認められなければならない。別の言い方をすれば、企業は「その地域や社会で事業を展開してもOK」というお墨付きをいただく必要がある。これが社会的価値という第2の軸である。

 社会的価値を実現する上で最初に乗り越えなければならないのは、至極当然のことだが「法律の壁」である。そのために、企業は「コンプライアンス(法令遵守)」の仕組みを構築する。法律を守るなどというのは当たり前すぎる話ではあるけれども、ちょっと油断すると、大企業であっても簡単にこの壁から転落してしまうことは、大王製紙やオリンパスの事件を見ればよく解る。

 さらに先進的な企業は、単なるコンプライアンスを超えて「倫理の壁」に挑み、社会の不文律である倫理や道徳、あるいは野中郁次郎教授がしばしば強調する「共通善」(common good)を目指すようになる(※1)。倫理の壁を超えたばかりの企業は、たいていはCSR(もうちょっと昔の言葉だとフィランソロピー)などによる社会貢献を始める。ただし、CSRはどちらかというと、本業の儲けの一部を、本業とは無関係な分野へ再配分しようとする活動が中心であるように見受けられる。

 これに対して、真に倫理的な企業は、本業を構成するあらゆる要素、すなわち戦略やオペレーション、組織やガバナンスの構造、意思決定のルール、社員同士の人間関係、人事や予算配分などの社内制度、さらには取引先や販売チャネルとの関係にも、厳しい倫理・道徳水準を要求する。そして、経済的価値と社会的価値を同時に実現する右上の「i」に該当する企業こそが、ロザベス・モス・カンターの言う「グレート・カンパニー」ということになる。

 前述の通り、経営学者やコンサルタントの多くが、経済的価値の軸を右方向へ進む方法を模索してきたのと同様に、社会的価値を重視する論者も、大半は社会的価値の軸を上方向へ昇る道を提示してきたように感じる(内部統制やIFRSなどはまさにそうではないだろうか?)。ところが最近になって、経済的価値⇔社会的価値という二分法を克服し、2つの軸を同時に追求する動きが出てきている。

 例えば、C・K・プラハラードのBOPビジネスや、マイケル・ポーターの「共通価値の戦略」(※2)は、新興国や途上国の社会的ニーズ、換言すれば「最低限+αの生活水準を達成したい」というニーズを充足することで人々の生活を改善するとともに、億単位の潜在顧客から構成される新たな市場の開拓を狙うものである。先ほどの図で言うと「e」から「i」へのシフトを志向していると言えるだろう。今後、ますますこうした取り組みが加速するに違いない。


(※1)野中郁次郎著「名将と愚将に学ぶトップの本質 リーダーは実践し、賢慮し、垂範せよ」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年1月号)

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(※2)マイケル・ポーター著「経済的価値と社会的価値を同時実現する 共通価値の戦略」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年6月号)

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December 06, 2011

【論点】コカ・コーラは、工場を置く新興国の「水道事業」に参入するだろうか?―『リーダーの役割と使命(DHBR2011年12月号)』

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【978本目】1,000エントリーまであと22

 約1ヶ月ぶりにブログのメインテーマに沿った記事をアップ。こっそりとサイドバーに「気が早すぎる2012年セ・リーグペナント予想」をつけたのだが、管理人の私が阪神ファンであることを知ってか知らでか、まぁよくもポンポンと巨人なんかに投票してくれるな〜。こっちも大人なので怒りませんけども(←その書き方がすでに若干怒っている・・・)。

 11月の仕事量が完全に予定外だったので、今年中に1,000エントリーを達成するという目標がかなり絶望的になってしまったものの、今日からほぼ毎日更新すればまだ到達の可能性があるから諦めない!今日の記事は、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年12月号「【ケース・スタディ】リーダーの役割と使命」の書評。もうすぐ来月号が届いてしまうことなどお構いなしに、レビューを書くわけである。

 数年前までのDHBRは巻末にケース・スタディが掲載されていて、大学教授や経営者数名が自らの見解を述べているコーナーがあった。テーマも事業戦略やマーケティングに関するオーソドックスなものから、「共産圏で官僚から賄賂を手渡された場合どうするか?」とか、「セクハラ疑惑のある経営陣を解雇すべきか?」というなかなか際どいものまで幅広く、特集論文とは一味違う内容になっていた。

 12月号はその再現なのかな?と思ったけれど、よく読んだら経営者へのインタビューなどを基にした論文ばかりで、ケース・スタディっぽくはなかった。それどころか、本来のケース・スタディならば、ある企業が直面している状況についての説明があって、その後に論点が提示されているものなのに、その論点すらないというかなり乱暴な構成・・・。仕方ないので、自分で論文を読みながら、論点をひねり出してみることにした。


持続可能性との両立 コカ・コーラ:10年間で事業を2倍に成長させる(ムーター・ケント ザ・コカ・コーラ・カンパニー 会長兼CEO)
【論点】コカ・コーラは、工場を置く新興国の「水道事業」に参入するだろうか?
 本題に入る前に、この論文を読んで「なるほど」と思ったのは、コカ・コーラがアルコール類を扱わない理由である。日本では若者のアルコール離れによってビール業界が頭打ちを迎えているけれども、それでも市場規模は2兆9,421億円(平成21年度)(※1)あり、清涼飲料の市場規模4兆5,519億円(平成21年度)(※2)の6割程度の規模を有する大きな市場である。世界全体のデータは時間の都合上調べていないが(汗)、世界のアルコール市場もやはり、それなりに魅力的な規模を誇っていると推測される。

 アルコール市場に手を出さない理由を尋ねられたムーター・ケントCEOの回答は次の通りである。
 今後10年間に、8〜10億人の中産階級が生まれます。世界規模で進行する、過去最大の都市化現象です。言い換えれば、いつも忙しく動き回るライフスタイルの人が増加し、いつでも飲めるノンアルコール飲料の需要が非常に増えることを意味します。こんなにおいしい商売があるのに、どうして別の道を求める必要があるでしょうか。
 余談はこの辺にしておいて、冒頭に掲げた論点に話題を移そう。コカ・コーラは新興国に多くの工場を有している。しかし、工場で大量の水を消費するために、それが現地の水の枯渇を招いているという批判をずっと受けてきた(インドでは特に批判が厳しく、コカ・コーラの不買運動に発展したこともあった)。また、コカ・コーラが大量のペットボトルを利用していることも、環境負荷を高めていると非難の的になる。

 コカ・コーラは、工場での水使用量の削減や、植物原料のボトルの開発に取り組むことで、こうした風当たりを弱める努力をしている。さらに、事業を展開する地域社会の持続可能性に貢献すべく、現地の人々に水を届けたり、病院を建てたり、教育施設を作ったりしているという。

 こうした一連の活動は、いわゆるCSR(企業の社会的責任)の一環として捉えられるだろう。それはそれで重要なのかもしれないが、もっと踏み込んだ活動を行う余地はないのだろうか?新興国では、コカ・コーラの方が水より安いと言われることもある。さらに、一昔前には、母親は乳幼児に水ではなくコカ・コーラを飲ませているという公式報告まであったそうだ(※3)。

 こうした背景には、同社が水を大量に使用するために、現地で使える水の希少価値が上がってしまうことが挙げられれる。しかし、見方を変えれば、コカ・コーラの工場の方が現地の水道事業者よりも生産性が高く、かつ品質が高くて安全な水を製造できることを意味している。このケイパビリティ(組織能力)を活用して、コカ・コーラが現地の水道事業に参入するという選択肢はないのだろうか?(※4)これは、先ほど述べたような、現地の人々に水を配るというささやかな話ではなく、もっと大掛かりな事業構想である。

 コカ・コーラの水道事業参入によって実現を目指しているのは、M・ポーターの言う「共通価値の戦略」である。「共通価値の戦略」とは、「社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を実現する」ものであり、「実現した経済的価値の一部を還元して社会的ニーズを充足する」CSRとは異なる。現地の人に水を配るのは、コーラで儲けた利益の一部を還元していることになるわけだが、それはあくまでCSRであって、共通価値の実現とは異なる。

社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する(1)―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』
社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する(2)―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』
「社会的価値」はどうやって測定すればいいのだろう?―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』
ポーターの「共通価値」の理解が深まるBOPビジネス事例集(1/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』
ポーターの「共通価値」の理解が深まるBOPビジネス事例集(2/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』

 経済的価値の一部を還元して社会的ニーズを満たすのは比較的簡単である。ところが、「社会的ニーズの充足」が「経済的価値の実現」につながるまでには、長いシナリオが必要になる。もちろん、コカ・コーラの水道事業そのものも利益を目指すけれども、水道という事業の性質上、大きく儲けることはできない。あくまでも水道事業は、本業である清涼飲料水で利益を上げるための足がかりである。その足がかりから本業のリターンへと至る道のりは、ざっくりとではあるがこんな感じになるだろう。

  コカ・コーラが水道事業に参入する
 ⇒現地の人々が、高品質で安全な水を入手できる
 ⇒現地の人々、特に乳幼児の疾病率が低下する
 ⇒乳幼児の死亡率が下がる
 ⇒将来的に、その地域の労働力人口が増加する
 ⇒平均収入が上がる
 ⇒コカ・コーラの製品をもっと買えるようになる

 もっとも、行政側からすると「『水』という住民の生活に関わる重要な要素を、外国籍の企業に任せていいのか?」とか、コカ・コーラ側からすると「こんなに息の長い投資案件を、気の短い投資家にどう説明すればいいのか?」など、多くの壁が存在するのは確かである。ただ、公共事業に投資するだけの十分な財源がない地域で、行政や住民がコカ・コーラの工場の性能に期待して水道事業への参画を懇願した場合、果たしてコカ・コーラは何と回答するのであろうか?

 (続く)

(※1)ビール業界|業界動向サーチ.com
(※2)清涼飲料業界|業界動向サーチ.com
(※3)「水」戦争の世紀(モード・バーロウ & トニー・クラーク、集英社新書)
(※4)実際には、現地の水道局から民間委託という形で事業を請け負うことになる。日本だと、「水道事業は公共がやるものだ」という認識が強く、民間委託をするにしても、施設の設備点検・運転管理などに範囲が限定されるのが通常である。これに対し、例えばフランスは、歴史的に水道を始めとする社会的インフラを民間が整備してきた経緯もあり、行政サービスを民間企業が行うことは珍しくない。

 しかもその範囲はインフラの運用・保守に限定されず、事業全体に及ぶ。水道で言えば、契約者の開拓、設備投資の意思決定、建設に必要な各種資材の調達、品質・安全性向上のための技術研究など、まさに一般の民間企業と同じことをやっている。

 海外の行政アウトソーシングについてはこちらを参照。

パブリックサポートサービス市場ナビゲーター―公共サービス5兆円市場の民間開放がはじまるパブリックサポートサービス市場ナビゲーター―公共サービス5兆円市場の民間開放がはじまる
野村総合研究所パブリックサポートサービス研究会
東洋経済新報社 2008-03

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September 22, 2011

ポーターの「共通価値」の理解が深まるBOPビジネス事例集(2/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』

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 (昨日の続き)

(3)最貧困層(1日の収入が1ドル以下、世界で約10億人)
 この層は、最低生活層以上に社会的ニーズが満たされておらず、経済社会から隔絶している。論文の著者は、最貧困層をターゲットとしたビジネスは非常にハードルが高いと述べている。なぜならば、収入が少なく購買意欲が低いのはもちろんのこと、彼らが地理的にどこに存在するのかを把握すること自体が難しいからである。

 これまで見てきたように、低所得者層や最低生活層に関しては、彼らと日々取引を行っている現地の零細小売店などを活用して販売チャネルを構築することができる。これに対し、そもそも社会から孤立してしまっている最貧困層と接点を持つ組織や人々を探し出すことは、ほとんど不可能に近い。それでもこの論文には、最貧困層をターゲットとした事業の展開例がいくつか掲載されていた。

 《特徴》
・生活に基本的に必要なもの(十分な食料、清潔な水、適切な住居)が不足している。
・多くの人々は、戦争、内戦、自然災害などによって家を追われている。
・彼ら彼女らは、闇市場の常識からいっても不公平な取引をせざるを得ない。
・物々交換で暮らしている人もいれば、奴隷として働いている人もいる。
・健康状態の悪さ、栄養不足、経済的脆弱さ、教育不足、市場で役立つスキルの不足などによって、経済社会から締め出されている。

 《戦略》
・水道、衛生、健康管理、教育といった基本サービスの提供に多額の投資が必要な場所では、官民が協力関係を結び、原価回収、補助金、市場独占権などを確保する以外の選択肢はあまりない。
・あるいは、最貧困層の人々に代わって資金を集めてニーズを集約し、製品やサービスの供給者と交渉する「代理人」となる。

 《事例》
・マニラ・ウォーター
 1997年に水を供給する免許を取得し、水道設備の改良に10億ドル以上を投資。公共機関や地域社会、地元の建設業者などと協力しながら顧客を拡大。
・インドのイェシャスビニ・トラストによる<イェシャスビニ健康保険>
 インドのカルナータカ州の農民や労働者向けの保険。健康保険を利用している患者は、本来無料で治療を受ける資格がある。ところが、公共の健康保険制度では官僚主義の蔓延やマネジメントの不備により、十分なレベルのサービスを得られないことが非常に多い。そこでイェシャスビニ・トラストは、最貧困層の代理人となり、よりよいサービスを求めて公立病院と交渉するようになった。



 ところで、以前の記事「「社会的価値」はどうやって測定すればいいのだろう?―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』」とも関連するが、BOPビジネスでマイケル・ポーターが提唱する「共通価値の戦略」を実現するにあたっては、

 (a)現地の人々の社会的ニーズが充足されているか?
 (b)社会的ニーズの充足が、製品やサービスへの需要創出につながっているか?
 (c)新しい市場の中で、自社は一定のシェア・利益を確保できているか?

といった観点から、自社の成果を定点観測する指標(KPI)が必要になる。論文では、マニラ・ウォーターのKPIと、数値の変化が紹介されていた。

 《マニラ・ウォーターのKPI》
 ・安全な公共水を利用している家庭・・・(a)の指標
  1997年:30万軒 ⇒ 2009年:110万軒
 ・24時間ずっと水の供給を受けられる家庭の割合・・・(a)の指標
  1997年:26% ⇒ 2009年:99%
 ・サービスへの課金が実施されている割合・・・(b)の指標
  1997年:37% ⇒ 2009年:84%
 ・ROE・・・(c)の指標
  過去10年にわたり、毎年15%以上

 昨日の記事に登場した「ヒンドスタン・ユニリーバ」の事例では、「女性起業家の育成」と「浄水器の販売」の事例が独立していたけれども、「社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する」というポーターのコンセプトに従えば、「ヒンドスタン・ユニリーバが女性起業家を育成し、一定の所得水準に達した女性に、ユニリーバの浄水器を購入してもらう」というシナリオが描けるだろう。このシナリオの実現度合いをモニタリングするKPIとしては、次のようなものが考えられるのではないだろうか?

 《(a)の指標》
 ・女性起業家向けの訪問販売トレーニングの実施回数
 ・トレーニングを受講した女性の人数
 ・トレーニングに対する女性起業家の満足度
 ・女性起業家の1ヶ月あたり平均訪問件数
 ・女性起業家の1ヶ月あたり平均売上高
 ・女性起業家の1ヶ月あたり平均可処分所得
 《(b)の指標》
 ・ユニリーバに対する女性起業家のブランドロイヤリティ
 ・ユニリーバの浄水器を知っている女性起業家の割合
 ・ユニリーバの浄水器に関する問い合わせをしてきた女性起業家の割合
 《(c)の指標》
 ・浄水器を購入した女性起業家の割合
 ・浄水器に対する女性起業家の満足度
 ・「他の人にもユニリーバの浄水器を勧めたい」と回答した女性起業家の割合

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現地の小売業に学べ 新興国市場の消費者行動(ギレルモ・ダンドレア他)
 この論文は、新興国の大手小売チェーンの成功要因を探るべく、6カ国の小売チェーンについて調査したもの。先進国の市場とは異なる新興国市場の特徴が5点指摘されている(以下、太字のタイトルは論文より引用、補足説明は私が論文の内容をまとめたもの)。

(1)所得ピラミッドが違う
 先進国の所得ピラミッドは、文字通りピラミッド型を描くのに対し、新興国では、巨大な基盤(低所得者層とミドル層)の上に細い円柱(アッパー・ミドル層)が立ち、その円柱の上に小さな石(富裕層)が置かれているようなイメージである。つまり、貧富の差が非常に大きい。

(2)最も安価な製品か、最高級品しか買わない
 先進国では、同じ所得層の人でも、製品カテゴリによって様々な価格帯のものを購入する(例えば、外食を控えて食費を節約する一方で、好みのブランドのバッグは何個でも購入する女性など)。他方、新興国では、製品価格と所得水準がきれいに対応しており、低所得者層は最高級品を買わず、安い製品しか買わない(最高級品を購入するのは富裕層のみ)。

 さらに、先進国では多少ムダな機能がついて価格が高くなっていても、顧客は我慢してその製品を購入してくれるものの、新興国の顧客は価格にシビアなため、この手が通用しない。よって、先進国の企業が新興国市場で戦うためには、思い切って機能を絞り込み、価格を大幅に下げる必要がある。

(3)商品知識が乏しい
 先進国の顧客が、インターネットなどを通じて常に最新の製品知識を蓄えているのに対し、新興国の顧客は、その製品のおかげで何ができるようになるのか、その製品やサービスがどこで手に入るのかを知らないことが多い。

(4)ステータスにはこだわらず、品質を重視する
 先進国の顧客は、自分が購入する製品やサービスのブランドを重視するが、新興国の顧客はブランドを気にもとめない。これは(2)(3)とも関連しているだろう。ブランドのことをあまりよく知らない新興国の顧客は、とにかくコストパフォーマンスが高い製品やサービスを求める。

(5)市場は猛烈なスピードで変化する
 新興国では、市場の急拡大と人口構成の変化、各地域の人口の流出入についていく必要がある。また、消費者の信用売買利用を簡便化する政策がとられている国もあり、クレジットの管理が急務になっている。さらに、人口が増えても、公共交通手段が貧弱で、時には全く存在しないこともあり、店舗までの移動手段などをどうやって確保するかが大きな課題となる。