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October 12, 2010

相手の理解を深めるD・I・E法は職場コミュニケーションでも使えるね−『異文化トレーニング』

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八代 京子
三修社
1998-02
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読んでよかった。
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 ダイアローグ(対話)に関する本を読みながら、お互いの価値観の違いに気づき、相互理解を深める具体的な方法は何だろうかとあれこれ考えていたのだが、「外国人とのコミュニケーション」を取り扱った本ならば何かヒントが得られるかもしれないと思って手に取ったのがこの本。実践的なトレーニングがたくさん紹介されており、かなり収穫があった。

<収録されている主なトレーニング>
 ・コミュニケーションの場における自己開示の度合いを知る
  (相手によって自己開示の度合いが変わることを知る)
 ・間接的・婉曲的な表現ではなく、直接的・石畳的な表現を心がける
 ・アクティブリスニングで相手の興味・関心・意図を探る
 ・「わたくし文」(「私は・・・」という表現)で自分の興味・関心・意図を明確にする
 ・非言語コミュニケーションが相手に与える意味を考える
 ・相手の非言語コミュニケーションが発する意味を考える
 ・言動の裏にある自分の価値観・思考プロセスを探る
 ・言動の裏にある相手の価値観・思考プロセスを探る
 ・価値観・思考プロセスの多様性に気づく

 これらのトレーニングは相手が外国人の場合を想定しているが、日本人同士のコミュニケーションでも十分に利用できる。日本人は阿吽の呼吸が得意と言いながらも、明確に言葉にしないがゆえに誤解や食い違いが生じるのは日常茶飯事である。そうしたトラブルを解消するのに、これらのトレーニングを使わない手はない。

 個人的には、「D・I・E法」というトレーニングが特に有益だと思った。D・I・Eは、Description(事実の描写)、Interpretation(解釈)、Evaluation(評価)の頭文字を取ったものである(さすがにDIEでは気まずいので、中黒をつけたのだろう)。

 自分と誰かのコミュニケーションを題材として(ぎくしゃくしたコミュニケーションを題材にした方がいい)、まずは2人の間で観察された事実を箇条書きで列挙する(Description)。そして、それぞれの事実の右側に、その事実に対する私の解釈(Interpretation)と、相手に対する私の評価(Evaluation)を書き連ねていく。一方、左側には相手の解釈と、私に対する相手の評価を書き出す。もちろん、相手の心の内は完全には解らないので、間違っていてもよい。大事なのは、想像でも構わないから、とにかく書いてみることである。

 例えば、ある営業マネジャーと営業担当者のこんなコミュニケーションを題材にしてみよう。
マネジャー(以下A):「最近の調子はどうかね?」

営業担当者(以下B):「得意先のX社の案件ですが、ほぼ受注できそうです。納期は2ヵ月後です」

A:「そうか、製品仕様はもう固まっているだろうね?」

B:「いえ、来週X社ともう一度打ち合わせがあるので、そこで確定させる予定です」

A:「おいおい、納期は2ヵ月後だろう?製造部門には伝えてあるのか?ただでさえ他の顧客の案件で忙しいのに、X社の案件が入ったら混乱するぞ」

B:「製造部門にはまだちゃんと伝えていません・・・ただ、仕様が確定したらすぐに製造部門に渡せるよう、あらかじめ自分でP・Q・Rという3パターンの仕様を用意してX社には提示しておきました。最初はQでいこうという話になっていたのですが、やっぱりRにしてくれという連絡が一昨日ありました」

A:「そんな土壇場で仕様が変わるのか?QとRだと仕様が随分違うぞ?仕様が変わった理由をX社から聞いたのか?」

B:「いえ、X社の担当者も急いでいたようなので、理由までは深く突っ込んで聞いていません。ただ、担当者の話しぶりからすると、大した理由があるようには思えませんでした」

A:「しかも、このRの仕様は・・・これだと製造部門で作れない部位があるだろう?以前使った下請会社にお願いするのか?」

B:「そのつもりです」

A:「あの下請は例外中の例外で使っただけだろう。製造部門がOKを出すとは限らないぞ。だいたい、顧客の言うことをハイ、ハイと聞くのが営業の仕事じゃないだろう?Rに変更する理由がそんなに明確でないならば、当初のQでいきましょうと顧客を説得するのが営業の仕事じゃないのか?」

B:「・・・この案件はどうしたらいいですか?」

A:「そうじゃなくて、君の営業のやり方に問題があると言っているのだ!売上が上がれば何でもいいと思ったら大間違いだと何度言ったら解るんだ?うちでできないことを提案しても顧客に迷惑がかかるだけだ。君はうちの製品のことを全然解っていないな」
 両者のコミュニケーションをD・I・E法で整理するとこんな感じになる。表でまとめるのが面倒だったのと、全部の分析をやるとものすごく長くなりそうだったので、部分的な整理にとどまっている点はご容赦ください・・・
【事実】
 製品仕様を心配するBに対し、Aが「いえ、来週X社ともう一度打ち合わせがあるので、そこで確定させる予定です」と言った。

<Aの解釈>
 X社は得意先だから、すんなり仕様も確定できるだろう。
<Bに対する評価>
 こっちが受注できそうだと言っているのだから、もうちょっと喜んでくれてもいいのに。そんなに自分のことが信用できないのだろうか?

<Bの解釈>
 納期が2ヶ月後だというのに、まだ打ち合わせが必要だというのは、普通では考えられない。
<Aに対する評価>
 得意先であることをいいことに、多少手を抜いても問題ないと思っているのではないだろうか?
【事実】
 納期が未確定であることを聞いたAが、やや焦った口調で「おいおい、納期は2ヵ月後だろう?製造部門には伝えてあるのか?ただでさえ他の顧客の案件で忙しいのに、X社の案件が入ったら混乱するぞ」と尋ねた。

<Aの解釈>
 製造部門は突発的な仕事が入るのをものすごく嫌がるんだ。製造部門から文句を言われるこっちの立場にもなってほしいね。
<Bに対する評価>
 こっちが現場の尻拭いでいつも苦労していることに、Bは全く気づいていないんだな。

<Bの解釈>
 製造部門に仕様の話をすると、あーだこーだ言われて話がちっとも進まないから、X社のスケジュールを優先したまでなのに。
<Aに対する評価>
 結局のところ、Aは顧客よりも社内の事情の方が大事なのだろう。営業会議で「顧客第一」と言っているのは真っ赤なウソだな。
【事実】
 一昨日に仕様がQからRに変わったと聞いて、Aが「そんな土壇場で仕様が変わるのか?QとRだと仕様が随分違うぞ?仕様が変わった理由をX社から聞いたのか?」と驚いて言った。

<Aの解釈>
 納期が間近に迫っているというのに、そんな大幅な仕様変更があるのか?X社の内部では、本当にニーズが固まっているのだろうか?もしそうでないとしたら、X社もいい加減な会社だ。
<Bに対する評価>
 Bの営業活動がいい加減だから、いい加減な顧客しかつかないのだろう。

<Bの解釈>
 X社は朝令暮改で方針がコロコロ変わる会社だから、この時期に仕様が変わってもさほど不思議ではない。Aはなぜそんなに驚いているのだろうか?
<Aに対する評価>
 顧客にだって色んなタイプがあるし、この苦しい市況では顧客を選んでいるヒマもない。自社にとって都合のいい顧客を選ぼうとしているAは、あまりに理想主義的すぎる。
【事実】
 X社の案件の進め方を尋ねたBに対し、Aは「そうじゃなくて、君の営業のやり方に問題があると言っているのだ!・・・」とBを責めた。

<Aの解釈>
 X社が得意先か何だか知らないが、どうせいい加減な会社だろうから失注しても構わない。それよりも、Bの根本的な誤りを指摘しないことには気が済まない。これで何回目だと思っているのか?
<Bに対する評価>
 こっちが口を酸っぱくしていろいろと教えているのに、Bはちっとも失敗から学習しない。

<Bの解釈>
 Aがそこまで言うのなら、X社の案件をどうするかAに決めてほしい。次の打ち合わせまで時間がない。それなのに、今ここで自分の営業活動を責められても正直困る。
<Aに対する評価>
 Aは部下を批判するのは得意かもしれないが、自分で意思決定をしたがらないマネジャーだ。
 上記のケースでは、私自身が架空のスクリプトを考えた上で分析しているので、A・B双方の解釈と評価を書き出すのは困難な作業ではない。しかし、これが自分と誰かの間で交わされた実際のコミュニケーションとなると、一気に難易度が上がる。

 自分の方の解釈と評価はすらすらと書けるのだが、相手側の欄は意外と書けないものだ。自分で実際にD・I・E法を使ってみて、いかに相手の理解が足りていないかを痛感させられた。なお、書けなかった箇所については、自分および相手と直接の利害関係がない第三者に協力を仰ぐとよいと思う。第三者は、中立的な立場から有益なアドバイスをくれる。
July 05, 2010

「とりあえず箱作っちゃえ」的な組織設計の危うさ

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 「予算がたっぷりついたので建物だけデカデカと作っちゃったけど、ふたを開けてみたら人が全然入らなくて大赤字でした(汗)」という「箱物行政」は何かと批判の対象になるが、企業経営においてもこれに近いことは起こる。とりあえず新しい組織を立ち上げて予算と人員をつけてみたものの、組織のミッションが明確でないために社員が何をしていいか解らずに戸惑い、結局目立った成果が上げられないというケースである。これは「箱物行政的な組織改編」とでも呼ぶべきものだろう。

 組織改編は社内の注目を集めやすいので、組織改編を行うと何か大きな変革を成し遂げた「気分になる」。これはもう一種の麻薬である。だが、組織が変わると、稟議プロセスが煩雑になったり、社員の目標管理制度や評価制度が変わったり、古い社内システムの設定が使えなくなったり、新たな組織間の壁ができたりと、何かとやっかいな問題が起こる。それだけに、組織というものは慎重に設計しなければならない。

 「箱物行政的な組織改編」の罠にはまるのは、「組織を作ってから業務プロセスを考える」からである。しかし、これは誤りだ。「業務プロセスを作ってから組織を考える」のがセオリーである。以下に簡単な例を使って説明してみたいと思う。

 下図は受注生産型の機械メーカーにおけるBtoBの営業プロセスである。見込み顧客のリストアップから始まってアポイントを取りつけ、提案を繰り返しながら製品仕様を固めていき、価格交渉を経て受注する。そして納品後一定期間が経過するごとにアフターサービスの案内を行うというプロセスである。

 まず第一に、業務プロセスをいくつかのステップに分解する。下図で言えば「顧客ターゲティング」〜「アフターフォロー」がこれに該当する。次に、それぞれのステップで、具体的にどのような業務(=社員の行動)を行うのかを書き出す。この段階ではまだ、「どの部署がその業務をするか?」ということを一切考えてはいけない。とにかく、必要な業務を思いつく限り列挙する。

まずは業務プロセスを定義する

(※クリックすると拡大表示。なお、「既存顧客」と「休眠顧客」はあえて分けて表記している)

 業務の洗い出しが終わったら、晴れて組織設計の段階に入ることができる。先ほどの業務を各組織に割り振ったものが下図になる。ただし、これはあくまでも一例である。以下の3つの論点にどのように答えるかによって、最終的にできあがる組織デザインは大きく異なってくる。

業務プロセスから組織設計へ

(※クリックすると拡大表示)

(1)類似の業務を組織間でどのように分担するか?
 この企業は顧客ターゲティングから初期接触までの業務を複数部門で分担している。これは、顧客の規模や重要度などに応じて、アプローチの手厚さを変えるためである。全国各地にある営業部の各営業課に配属されているそれぞれの営業担当者が直接電話でアプローチするのは、a)重要な既存顧客、b)各営業部の営業管理課が作成した新規顧客リストの中に含まれる大口企業である。ビジネスポテンシャルが大きい顧客には、営業担当者が直接電話でアプローチする。

 その一方で、上記以外の顧客、すなわち、c)重要度が低い既存顧客、d)新規顧客リストの中の小口企業、e)過去何年にも渡って取引がない休眠顧客については、できるだけ効率的にアプローチするため、本社のマーケティング部に業務を集約させている。マーケ管理課がDMを作成・送付し、コールセンターがDM送付後の架電フォローをするという流れだ。コールセンターがアポイントを取れれば、各営業部の営業担当者にアポを引き継ぐ。

 こうした分担には様々なパターンがありうる。営業担当者が全て自分でアプローチするという場合もあるし、逆にコールセンターによるアウトバウンドコールを重視するというケースもある。顧客属性や扱っている製品の特性、ターゲティングに要する業務量、企業が抱えている人材の質と量、その企業の行動規範など、様々な要因を考慮しながら業務分担を決めていく必要がある。

 業務分担の設計を誤ると、違う部署が同じ業務を重複して行ってしまうということや、本来やるべき業務を担当する部署がないという事態が発生してしまうので要注意である。

(2)マネジメントのための組織を作るか否か?
 「管理」と名のつく組織は、マネジメントを行うための組織である。だが、別にマネジメントのための組織が存在しなくても、現場社員の上に立つマネジャーが十分なマネジメントを行えば足りるという考え方もできる。

 上図で言えば、「ターゲティングリストの精度の検証」や「商談のランクづけ」、「その後の営業活動の優先順位づけ」は、営業担当者の上司が行ってもよさそうな業務である。しかし、この企業は1商談あたりの金額が大きい反面、受注までにある程度の製品仕様を顧客と詰める作業があるために、リードタイムが長くなりがちという特徴があったとする。

 この場合、それぞれの上司に案件マネジメントを任せるよりも、各営業部で組織的に案件をモニタリングした方がリスクを抑制できる。組織的に統一された基準で案件をチェックし、基準を満たさない案件については早々に営業工数を減らしつつ、他方で重要な案件に工数を集中投下することで、営業生産性を高めることが可能だ。そこで、この企業では営業管理課に対し、通常の企業であれば営業担当者の上司が行うような案件マネジメント業務を実施する権限を与えている。

 マネジメントのための組織を作るか否かは、マネジメント業務の量や質などを考慮しながら決めていく。マネジメントのための組織を作ると、上述のようにマネジメント業務のレバレッジ効果が効くというメリットがあるが、社内手続きや稟議プロセスが複雑になりやすいというデメリットもある。

(3)特定の業務を支援するための組織を作るか否か?
 この企業では、製品仕様を顧客と決める際に、営業担当者をサポートする目的で、製品に詳しい設計部・製造部の社員が営業同行することがある。こうしたサポート業務がある場合、サポート業務専門の組織を設けるか否かも大きな論点になる。

 実際の企業には、「営業支援部」、「技術支援部」といった名前で、営業支援を専任で行う部隊を持っているところもある。だが、上図の企業では特に支援部隊を作ることはせず、必要に応じて営業担当者が本社から設計・製造担当者を呼び寄せることにした。これは、1つにはサポート業務の発生頻度がイレギュラーであること、もう1つには営業担当者の製品知識レベルを上げれば、サポート業務をさらに減らせると考えたからである。

 サポート業務の専任部隊を検討する場合は、想定されるサポート業務の量や質などを事前によく見積もっておくことが大事だ。せっかく専任部隊を立ち上げたのに、思ったよりサポート業務が発生しなかったら、サポート部隊の人員の稼働率が下がり、組織に余計なコストを負わせることになる。

 以上、組織設計に関する重要な3つの論点を紹介してきた。繰り返すが、「組織を作ってから業務プロセスを考える」のではなく、「業務プロセスを作ってから組織を考える」のである。「箱物行政」は税金の無駄遣いになるが、「箱物行政的な組織改編」は経営資源を浪費するので、同じように気をつけるべきだと思う。
June 26, 2010

「10年ルール」通りにスキルアップできる人とそうでない人の境目

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 過去の記事「良質の『準備ルーチン』は創造性を生む」の中で、「10年ルール」という言葉を紹介した。もともとは心理学者である エリク・H・エリクソン K・アンダース・エリクソン(※2011/10/26 修正)の言葉であり、「一流の人材は才能ではなく練習によって生み出される」ことを表したものである。「10年ルール」の下地となっているのは、ピアニストやスポーツ選手など、突出した創造的能力が求められる職業に就いている人材の熟達化研究であるが、産業界でもこの言葉は浸透し、「一流のプロフェッショナルになるためには、10年のキャリアが必要だ」といった表現がされるようになった。

 事実、ビジネスパーソンの経験学習を研究した松尾睦教授の著書『経験からの学習−プロフェッショナルへの成長プロセス−』では、限定的ではあるが「10年ルール」を支持する調査結果が掲載されている(同書に関するレビューはまたの機会に)。しかし、全てのビジネスパーソンが「10年ルール」に該当するわけではない。以前の記事「入社後4年目からのキャリア開発−内発的動機を育て、仕事に自分色を加える」では、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の調査結果を引用した。

 ある化学メーカーで、営業スタッフの営業経験年数をX軸に、営業スタッフの成績(3年間の売上成長率)をY軸にとって散布図を作成したところ、両者の間には何の相関関係も見られなかったという。これは、明らかに「10年ルール」の反証となるデータであり、興味深い。

松尾 睦
同文舘出版
2006-06-23
おすすめ平均:
あらゆる組織人にオススメ!
プロフェッショナルの育成への実践的視点
経験から学習するメカニズムを解明!

今村 英明
東洋経済新報社
2005-04-15
おすすめ平均:
中堅企業から大企業を担当する方へ
法人営業に特化した営業ガイドブック
基本中の基本、だが、あなどるなかれ
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 もちろん、最初から何の努力もせずに適当に仕事をこなしているだけの人が「10年ルール」に該当しないことは論を待たない。私が今回の記事で書こうとしているのは、「たとえ十分な努力をしたとしても、10年ルール通りにスキルアップするとは限らないケースがある」ということである。

 この現象を理解するためには、「経験パターン」という概念を導入すると解りやすくなる。「経験パターン」は企業における暗黙知やナレッジマネジメントの研究で有名なドロシー・レオナルドの言葉である。BCGの調査結果が法人営業を対象にしていたので法人営業を例にとって話を進めると、同じ会社でも長く営業職を続けようとするならば、多種多様な顧客、商談、製品、サービスを扱わなければならない。こうした様々な営業活動のパターンを分布図にすると、以下のような感じになる。

経験パターンの分布

 話を単純化するために正規分布を用いているが、要するに簡単な営業活動から難しい営業活動まで、幅広い経験パターンが存在するということである。一般に「3年で一人前」と言う場合の「一人前」は、正規分布の真ん中、つまり最も基本的でありふれたパターンを完遂できる段階になったことを指す。

 この「一人前」からの7年間で、基本パターン以外のパターン(つまり、正規分布の両端)を数多く経験し、そこから多くを学習した人は「10年ルール」通りに営業のプロフェッショナルになれる。一方で、いつまでたっても新人研修の頃に学んだ基本的な営業スタイルだけで臨んでいる人や、ナレッジマネジメントシステムに登録されている提案書をただそのまま使い回しているだけの人は、どんなに努力してもスキルは伸びないのである。

 正規分布の両端にはどんなパターンがあるのだろうか?簡単に思いつく限り列挙してみるとこんな感じになるだろう。

<基本パターンより難しいパターン(正規分布の右側)>
 ・競合他社ががっちり入り込んでいて、明らかに自社にとって不利な商談
 ・業界特有の専門知識が求められる商談
 ・顧客内のパワーポリティクスが複雑で、関係者の説得に時間がかかる商談
 ・「この予算枠内で自由に提案してくれ」という漠然とした要求に応えなければならない商談
 ・後発の新製品を売らなければならない商談
 ・製品やサービスの品質に対する要求が異常なほど厳しい顧客の商談
 ・製品やサービスを提供するにあたり、社内各部門の協力を仰がなければならない商談

<基本パターンより簡単なパターン(正規分布の左側)>
 ・市場での自社ブランドが既に確立されているような製品やサービスを売る商談
 ・前任者が強い信頼関係を築いていてくれたおかげで、スムーズに話が進む商談
 ・顧客が自分のことを高く買ってくれており、顧客の方から仕事をくれるような商談
 ・顧客の要望が明確で、顧客の御用聞きに徹していれば受注できるような商談

 いずれのケースにおいても、状況に応じて最適なパターン(=最適な営業活動)を自ら作り出す必要がある。「10年ルール」に当てはまる人は、意識的にこうしたことを行っている。一方、3年でスキルが頭打ちになる人は、杓子定規に基本パターンで挑もうとする。前者のケースに基本通りのパターンで臨んだら惨敗することは目に見えているし、後者のケースに基本通りのパターンで臨んでいるようでは、必要以上に営業工数がかかり経営資源を浪費してしまう。本人は努力しているつもりでも、結果はついてこない。

 「10年ルール」通りにスキルアップできる人とそうでない人を分けるのは、(1)細かい差異に気づく力、(2)類似パターンをカスタマイズする力、(3)カスタマイズの効果を検証する力の3つである。「10年ルール」通りにスキルアップする人は、自分が今受け持っている商談が、過去に経験してきた商談とどの点で共通し、どの点で異なるかという微細な点に気を配る。そして、頭の中の経験データベースから類似のパターンを引っ張り出し、差異に応じてパターンにカスタマイズを施す。

 さらに、そのパターンをぶつけた結果、何がうまくいき、何がダメだったのかを振り返る。ダメだった点については後知恵でもいいから改善策を考える。この一連の流れをひたすら繰り返しながら重層な経験データベースを構築している人が、10年後に「一流のプロフェッショナル」になれるのである。