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新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
March 08, 2012
【ドラッカー書評(再)】『経営者の条件』―「強みに集中せよ」と言っても、エグゼクティブに求められる能力は広く深い(2)
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前回の記事「【ドラッカー再訪】「強みに集中せよ」と言っても、エグゼクティブに求められる能力は広く深い(1)―『経営者の役割』」では、エグゼクティブが知識労働者たりうる所以であるところの専門知識は、いくら「強みに集中せよ」とは言え、幅広いものが求められることを書いた。だがそれに加えて、ドラッカーが指摘する「成果を上げるための5つの能力」が、エグゼクティブに対しさらに高い要求を突きつける。解りやすいところから言えば、1番目は「時間管理」であり、4番目は「優先順位づけ」の能力である(※)。
2番目の「貢献(成果)に焦点を当てる」は、成果は組織の外部にしか存在しない、すなわち顧客が成果を規定するという点を踏まえると、顧客のニーズを的確に捉え、それに適切に応えることを意味するから、一言で言えば「マーケティングの能力」である(顧客と直接接する機会が少ないスタッフ部門に関しては、スタッフ部門の成果は、スタッフ部門の外にあるライン部門という”社内顧客”が規定する、と考えればよいだろう)。
3番目は、「強みに集中する」という部分もさることながら、「上司、同僚、部下の強みを活かさなければならない」という点も非常に重要である。つまり、エグゼクティブの仕事は個人単位では完結せず、必ず他者との協業を必要とする。したがって、対人関係能力やコミュニケーション能力、チームビルディングの能力、動機づけの能力などといった、複合的なヒューマンスキルが必須となる。
5番目は意思決定について述べられているが、意思決定の大部分は会議を通じて下されるから、「会議を運営する能力」と言い換えられるだろう。だが一口に会議を運営する能力と言っても、以下に示す通り、実に幅広い行動とマインドをエグゼクティブは習得しなければならない。
・会議の適切な目的、アジェンダを設定する。
・意思決定によって影響を受ける社内外の利害関係者を特定する。
・利害関係者をモレなく会議に出席させる。
・議論に必要な情報を前もって準備する。
・会議の出席者から、追加的な情報を引き出す。
・情報の意味や解釈をめぐって、出席者の見解を擦り合わせる。
・下準備した情報と、会議の場で出た情報に基づいて、選択肢を形成する。
・選択肢を取捨選択する際の基準を設定する。
・上記の基準に従って、それぞれの選択肢のメリット、デメリットを十分に検討する。
・リスクを伴う選択肢の場合は、リスクを低減する補完的な施策も検討する。
・最終的に選択肢を絞り込み、それを現場でのアクションに落とし込む。
(誰が、何を、いつまでにするのか?そのタスクの成否は何によって判断するのか?)
・(会議全体を通じて、)出席者からモレなく公平に意見を引き出す。
・(会議全体を通じて、)各出席者の意見を尊重して最後まで聞く。反対意見を歓迎する。また、エグゼクティブ自身だけでなく、出席者全員にも同じマインドで会議に臨んでもらうよう要請する。
・(会議終了後、)会議で意見が採用されなかった出席者、他の出席者から批判を受けた出席者を心理的にフォローする。
・(会議終了後、)選択肢の実行によって、不利益や負担を被る利害関係者を事後フォローする。
この5つの能力を全て身につけよというのは、ものすごくハードルが高い。ところが、恐ろしいことに、5つの能力の一部にでも著しい欠陥があると、いくら優れた専門知識を有していても、それが無価値になる。あるコンサルティングファームの方から聞いた話を紹介すると、そのファームには「顧客満足度」を専門とするコンサルタントがいたそうだ。彼の専門知識は非常に高度で、何の下準備もなしに半日程度のセミナーを難なくこなせるほど卓越していた。
しかし皮肉なことに、彼が手がけるコンサルティングプロジェクトの顧客満足度は、社内でも最低ランクだったという。彼は、顧客満足度とは何たるかを誰よりも深く知っていたのに、実際に自分のクライアントの満足度を上げることができなかった。おそらくは、ヒューマンスキルの面で何らかの重大な欠陥があったのだろう。
もう1つ、私が以前取引をしていた別の企業の話をしよう。この企業は、「時間管理」と「会議を運営する能力」が不足しており、一緒に仕事をしていて随分と悩まされた(もうその企業とは取引していない)。時間管理に関しては、「単位作業」あたりの必要時間を理解している人間があまりに少なすぎて驚いた。「単位作業」とは、平たく言えば「パワポ1枚を書き上げる作業」などのことである。より具体的な話をすると、
・各種データのエクセル集計に何時間かかるか?(分析データの種類、ボリューム、分析の粒度別に)
・会議の議事録をまとめるのに何時間かかるか?
・パワーポイントの資料作成に何時間かかるか?(資料のテーマ別、ボリューム別、難易度別に)
・顧客向けの提案書を書くのに何時間かかるか?(製品・サービス別、カスタマイズの範囲やレベル別に)
・製品・サービスのカスタマイズに何日かかるか?(製品・サービス別、カスタマイズの範囲やレベル別に)
・製品・サービスのバージョンアップに何週間かかるか?(製品・サービス別、追加機能の種類や難易度別に)
・(「成果を上げる5つの能力」の5番目とも関連するが、)会議の時間枠は何時間にするべきか?(会議のタイプ別、アジェンダの難易度別に)
・会社HPの1ページ分の原稿を書くのに何時間かかるか?(HPの記載内容別に)
・新規顧客を効率的に獲得するためには、顧客訪問を何回までにとどめるべきか?
・既存顧客のリピート案件を効率的に受注するためには、顧客訪問を何回までにとどめるべきか?
などに対する理解が、組織の上から下まで足りていない企業であった。この仕事は、取引先の社員の方々にもいろいろと作業をお願いしながら進めるプロジェクトだったのだけれども、いかんせんこういう状態だったので、私もスケジュールの立てようがなく、相当苦労した覚えがある。
私も決して時間管理が上手とは言えないし、最後の方に挙げた営業活動に関しては、私自身も営業の経験がほとんどないため、これといった目安は持っていない(また、業種によって営業活動ボリュームの基準は大きく異なるはず)。とはいえ、個人的に経験則で作り上げた標準作業時間の目安をいくつか持っている。
・顧客企業との会議や、顧客企業の社員へのインタビューの議事録作成は、会議やインタビューの実施時間以内に収める。例えば、1時間のインタビューの議事録であれば、1時間以内に作成する。
(※ちなみに、社内会議の議事録は、基本的にとっていない。ホワイトボードに全部まとめて、ホワイトボードの写真を参加者に送るだけである。顧客企業との会議に関しても、重要度が低ければこの方法にしたいのだが、コンサルティングの成果物として正式な議事録の納品を要求されることが多く、なかなか難しい)
・パワポの資料は、まずは1枚=1時間で作成する(レイアウトを構想してノートに下書きする時間を含む)。その後、社内レビュー・顧客チェックを経て修正が必要になった場合、修正に費やす時間は1枚=30分を目安とする。したがって、パワポ1枚あたりの平均作成時間は、1.5時間となる。
・Webや雑誌に寄稿するコラムは、1,000字=1時間を目安とする。なお、この原則はこのブログにも活かされている。
・上記の3原則については、作業が途中で中断されないように、まとまった時間を確保する。例えば、5枚のパワポを書く場合は、まず5時間の連続した時間を確保する。2,000字程度のコラムを書く場合は、2時間の連続した時間を確保する。これは、作業を中断してしまうと、作業再開時に思考回路を元に戻すのに時間がかかるためである。
・原則、2時間を超える会議は設定しない。2時間を超えると、私自身の集中力が持たない。2時間を超える場合は、決めようとしているアジェンダが多すぎるから、会議を分割すべき。
・逆に、30分という会議も設定しない。30分で決まる内容ならば、わざわざ会議の招集・運営という事務作業を伴わずに、業務中のコミュニケーションで解決すべきである。ただし、人事考課のフィードバックのように、プライバシーに配慮しなければならない内容は例外。
これでも、標準作業の範囲と時間がもっと細かく設定されている工場のマネジャーが見たら、一笑に付すに違いない。しかし、この程度の大まかな基準でさえ、持っている人は少なかった。だから、その人自身が製品開発から携わった製品であるにもかかわらず、カスタマイズのスケジュールがいつまで経っても引けないマネジャーがいたり、私から1,500字程度の原稿を依頼すると平気で1日を費やす中堅社員がいたり、既存顧客のリピート案件なのに、仕様の確認と納品スケジュールの調整だけで5回も6回も顧客を訪問し、挙句の果てに案件自体が延伸になる営業担当者がいたり、といったことが常態化していた。
「会議を運営する能力」の不足に至ってはもっと悲惨だった。書き出すとキリがないので1つだけにしておくけれども、その企業には「情報共有会議」という名前がついた週次の定例会議があり、私も何度か出席させてもらったことがある。文字通り、各出席者が先週の仕事を報告し、今週の仕事の予定を発表するという、情報共有のための場である。
だが、この会議は2つの意味で間違っている。1つは、情報共有のため”だけ”の場をわざわざ設けなければならないということは、恒常的に社員の仕事がタコツボ化しており、日常的なコミュニケーションが欠落していることを意味する。つまり、各社員の職務範囲と、社員同士の連携を前提とした業務プロセスの設計が誤っているのである。
もう1つの誤りは、この会議が意思決定を行う場ではなかった、ということである。情報共有会議の後に、何か具体的なアクションが各社員に割り振られたことはなかった。仮にこの会議が、お互いの仕事の生産性をチェックして改善点を指摘し合うとか、各社員が今の仕事で感じている課題をどんな些細なものでもいいから正直に告白し、その課題解決の支援者を特定するといった会議であったならば、まだ開催する意義もあっただろう。もっとも、こういった根深い問題を認識していながら、解決に導くことができなかった私も、いろんな意味で力不足だった。
最後の方はかなり話が脱線してしまったけれど、本書に関してはもう1つだけ書きたいことがあるので、あと1回記事を書きます。それにしても、ドラッカーの本1冊に対してこのペースで記事を書いていたら、1か月の記事がDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの書評とドラッカー再訪企画だけでほとんど埋まってしまうなぁ・・・。ちょっとやり方を考えないと(汗)。
(※)余談だが、優先順位づけの能力に関して一番解りやすく書かれているのは、やはりスティーブン・コヴィーの『7つの習慣』だと思う。あの「重要度」×「緊急度」のマトリクスは、非常に使い勝手がよいと感じる。
7つの習慣―成功には原則があった! スティーブン・R. コヴィー Stephen R. Covey キングベアー出版 1996-12 Amazonで詳しく見るby G-Tools |
March 06, 2012
【ドラッカー書評(再)】『経営者の条件』―「強みに集中せよ」と言っても、エグゼクティブに求められる能力は広く深い(1)
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前回の続き。やや長くなるが、エグゼクティブが成果を上げるために必要な5つの能力を引用しておこう。
(1)何に自分の時間がとられているかを知ることである。そして、残されたわずかな時間を体系的に管理することである。このうち、3番目にある「『強み』に集中せよ」というのも、数多あるドラッカーの金言の中で有名な部類に入ると思うけれど、この言葉は解釈が結構厄介だと私は思っている。確かにドラッカーは、「弱みからスタートしてはならない」とは述べている。つまり、ある仕事に就ける人材を決める際に、一部の欠点に着目して、減点主義で候補者を外していくような人材配置は行ってはならない、と主張している。
(2)外部の世界に対する貢献に焦点を当てることである。仕事の過程ではなく、成果にその精力を向けることである。仕事からスタートしてはならない。もちろん、仕事に関する方法や意見などからスタートしてはならない。「期待されている成果は何か」を自問することからスタートしなければならない。
(3)強みを基準に据えることである。そして上司、同僚、部下についても、彼らの強みを中心に据えなければならない。それぞれの状況下における強み、すなわちできることを中心に据えなければならない。弱みを基盤にしてはならない。すなわち、できないことからスタートしてはならない。
(4)優れた仕事が際だった成果をあげる領域に、力を集中することである。優先順位を決定し、その決定を守れるように自らを強制しなければならない。最初に行うべきことを行うことである。二番目に回すべきようなことは、まったく行ってはならない。さもなければ、何事も成し遂げられない。
(5)最後に、成果をあげるよう意思決定を行うことである。意思決定とは、つまるところ、手順の問題である。成果をあげる意思決定は、過去の事実についての合意ではなく、未来についての異なる意見に基づいて行わなければならない。
しかし、「弱みを直す必要はない」とは一言も言っていない、と私は認識している。強みと弱みをめぐっては、以前の記事「自分の『強み』を活かすのか?『弱み』を克服するのか?」でも私見を述べた。とりわけ若手の場合は、どんなに「自分はこれが強みです」と叫んだところで、所詮は自己評価によるものであって、周囲が期待するレベルからすればまだまだ未熟である。だから自己鍛錬が欠かせない。継続的な訓練を通じて初めて、弱みが克服されると同時に、もともと持っていた”強みらしきもの”にも磨きがかかり、自他ともに文句のつけようがない強みが生まれるというものである。
だが、中堅・ベテランになると、期待される成果の量も質も広がるから、当然のことながら要求される能力の幅もレベルも上がる。それらの能力を、もともと持っている強みだけで全てカバーすることは到底不可能だ。足りない能力は、中堅・ベテランであっても学習しなければならない(※1)。もっとも、先ほどの記事の中でも書いたことだが、私の経験則からすると、年齢が上がるにつれて弱みを克服するのは難しくなるから、できるだけ既存の強みでカバーできる仕事に就けるのが最善であるのは間違いない。これがドラッカーの言う「『強み』からスタートせよ」ということであろう。
本書には、強みを活かした人材配置に関するこんなくだりがある。
個人営業の税理士は、いかに有能であっても、対人関係の能力を欠くことは、重大な障害となる。しかしそのような人も、組織の中にいるならば、自分の机を与えられ、外の人間と直接接触しなくともすむ。組織のおかげで、強みだけを生かし、弱みを意味のないものにすることができる。では、この経理担当者(税理士)は、果たしてエグゼクティブと言えるだろうか?ドラッカーによるエグゼクティブの定義は、「地位やその知識ゆえに、日常業務において、組織全体の活動や業績に対して、重要な影響をもつ意思決定を行う経営管理者や専門家などの知識労働者」である。ところが、彼は組織に影響を与える意思決定を何ら下していない。おそらく、現場から上がってくる帳票を処理して、数字の帳尻合わせをしているにすぎないだろう。そんな仕事が通用するのは、せいぜい新卒入社後1年程度であって、あとはITに取って代わられるか、アウトソーシングされるのがオチである。
彼がエグゼクティブであるならば、たとえ若手であっても適正なコスト水準を導き出して各部門にその水準の遵守を迫り、一定以上の支出に対してはその効果を厳しく検証する役割が期待されることだろう。もう少し上位のエグゼクティブとなれば、戦略・戦術とリンクした効果的な予算配分や、社内の不正を防ぐガバナンスの仕組みの構築を任されるかもしれない。単なる経理の知識に加えて、投資対効果や内部統制、さらには戦略などに関する知識も持っていなければならない。このように、強みに集中せよといっても、高い成果を要求されるエグゼクティブには、幅広い専門知識が必要とされるのである。
狭い強みしか持たない人間ばかりをたくさん集めても、組織の人数が無駄に膨れ上がるだけだ。しかも、ドラッカーも指摘している通り、エグゼクティブの仕事は1人では完結せず、他のエグゼクティブにも依存しているという性質がある。よって、専門分野が限定されたエグゼクティブが集まると、彼らの間で細かい調整作業が頻繁に発生することになる。そうすると、コミュニケーションが異常に膨れ上がり、一橋大学の沼上幹教授が言う<重い>組織になってしまう(※2)。
アダム・スミスが提唱した分業は、求められる成果が固定的な肉体労働では効果を発揮するものの、成果が流動する知識労働には通用しない。そして、ドラッカー自身も、先ほどの税理士の例とは裏腹に、エグゼクティブの職務は広く設計すべきだと提言しているのである。
職務はすべて、多くを要求する大きなものに設計しなければならない。職務は、一人一人の人間に対し、自分の強みを出すよう挑戦させるものでなければならない。(中略)今日の記事は何だか当たり前のことを書いて終わってしまった感じだけど(汗)、本当に私が言いたかったことはまだ書いていないので、それは次回ということで。
最も単純な職務でさえ、要求されるものは必ず変化していく運命にある。しかも、突然変化していく。そのため職務と人間の完全な適合は、急速に不適合へと変わる。したがって、職務は、そもそもの初めから、大きく、かつ多くを要求するものとして設計した場合においてのみ、変化した状況の新しい要求にこ応えていくことができる。
(※1)求められる成果から能力要件を導き出し、人材育成計画へと落とし込んでいく一連のプロセスについては、以下の過去記事を参照。今読み返すと、架空の事例がややイマイチなのだが、ご参考までに。
戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ(1)
戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ(2)
人材育成計画の立案時に陥りやすい4つの落とし穴(1)
人材育成計画の立案時に陥りやすい4つの落とし穴(2)
(※2)沼上幹他著『組織の“重さ”―日本的企業組織の再点検』(日本経済新聞出版社、2007年)
組織の“重さ”―日本的企業組織の再点検 沼上 幹 加藤 俊彦 田中 一弘 島本 実 軽部 大 日本経済新聞出版社 2007-08 Amazonで詳しく見るby G-Tools |
March 05, 2012
【《新連載》ドラッカー書評(再)】『経営者の条件』―「マネジメント」を万人に開いた1冊
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ドラッカー名著集1 経営者の条件 P.F.ドラッカー ダイヤモンド社 2006-11-10 Amazonで詳しく見るby G-Tools |
「ドラッカー山脈」とも呼ばれるピーター・ドラッカーの大量の著書をもう一度読み返してみようという個人的な企画。月に1冊ずつぐらいのペースで書評を書ければと思っております。とはいえ、ドラッカーの本は30冊以上あるので、この企画が終わるのは、順調に進んでも3年後かい?まぁ、気長にお付き合いください。
第1弾は、1967年に発表された『経営者の条件』(原題は"The Effective Executive")。思えば、ドラッカーの著書で最初に読んだのは『ネクスト・ソサエティ』だったのだが、本格的にドラッカーを読み込んでみようと思ったきっかけはこの本だった。ドラッカーは、「知識労働者(ナレッジワーカー)」という言葉を半世紀も前から使っていた。そして、現代の組織社会において中心的な存在となりつつある知識労働者のうち、企業や組織の業績に影響を与える意思決定を下す人を、”地位を問わず”「エグゼクティブ」と位置づけている。
今日では、知識を基盤とする組織が、社会の中心的な存在である。現代社会は、組織の社会である。それら大組織のすべてにおいて、中心的な存在は、筋力や熟練技能ではなく、頭脳を用いて仕事をする知識労働者である。筋力や熟練ではなく、知識や理論を使うよう、学校で教育を受けた人たちが、ますます多く組織の中で働くようになっている。
私は、地位やその知識ゆえに、日常業務において、組織全体の活動や業績に対して、重要な影響をもつ意思決定を行う経営管理者や専門家などの知識労働者を、エグゼクティブと名づけた。
われわれはすでに、最下層の経営管理者が、企業の社長や政府機関の長とまったく同じ種類の仕事、すなわち、企画、組織化、統合、調整、動機づけ、そして成果の測定を行うことを知っている。意思決定の範囲は、非常に限られた狭いものかもしれない。しかし、たとえ狭くとも、その範囲内においては、まぎれもないエグゼクティブである。(中略)そして、トップであろうと、新人であろうと、エグゼクティブであるかぎり、成果をあげなければならない。極端なことを言えば、組織で働く人々はほぼ例外なく「エグゼクティブ=経営者」であらねばならない、ということだ。経営者の仕事は第一義的にはマネジメントである(もう1つ重要な仕事としてリーダーシップがある)。そのマネジメントを万人に開いたのが、この1冊であると言えよう。若かりし頃の私は、「新人であろうとトップであろうと、地位や役職を問わずマネジメントが要求されるのならば、これを学ばない手はない」と、興味と危機感の入り混じった感情で「ドラッカー山脈」へと足を踏み入れていったものだ。
本書は、エグゼクティブが成果を上げるための5つの能力について書かれたものである。個々の能力自体は、タイムマネジメントや仕事の優先順位づけなど、世の中に星の数ほどある仕事のハウツー本とそれほど変わらない。しかし、これらの能力の必要性を、
確かに人生には、成果をあげるエグゼクティブになることよりも高い目標がある。しかし目標があまり高くないからこそ、実現も期待しうるというものである。すなわち、現代社会とその組織が必要とする膨大な数の成果をあげるエグゼクティブを得る、という目標の実現である。(中略)と社会的な文脈から論じている点が、いかにも”社会生態学者”を自称するドラッカーらしいところである。
大規模組織のニーズは、非凡な成果をあげることのできる普通の人によって満たされなければならない。これこそ、成果をあげるエグゼクティブが応ずべきニーズである。しかも目標は謙虚であって、だれでも努力さえすれば実現可能である。
成果を上げるための5つの能力のうち、最初に登場するのが実は「時間管理」というのはちょっと意外な気もする。だが、これはエグゼクティブ特有の事情を反映している。仕事の範囲が狭く限定された肉体労働者であれば(最近はそういう肉体労働者も随分減っていると思うが)、作業スケジュールも1つ1つの作業に費やすべき標準時間もきっちりと決まっているから、それに忠実に従えばよい(従わなければ、工場の監督者から叱り飛ばされるか即刻クビである)。
これに対して、エグゼクティブの知識集約的な仕事は、定型化が難し上に発生頻度もまちまちで、かつ他のエグゼクティブとの協業を必要とするものが非常に多い。よって、自分で積極的に時間をコントロールしない限り、偶発的な仕事と周囲のエグゼクティブに振り回されてしまうのである。
こうした実情を同じように指摘しているのが、ヘンリー・ミンツバーグ(※1)やトム・ピーターズ(※2)などである。彼らの考察対象はマネジャーに限られるけれども、2人に共通しているのは「マネジャーが机に座って理路整然と仕事を進めているというのは、学者が勝手に考えた絵空事であって、生身のマネジャーは重要事案の検討から些細な事務処理まで、実に多様な業務を同時並行的にこなしていかなければならない」という現状認識である。
ミンツバーグやピーターズは、マネジャーの一見場当たり的にも思える仕事のやり方は必然なのであって、それをどうこう変えることは不可能であると割り切っている。ピーターズに至っては、上司や部下、同僚などからアドホックに寄せられる情報の中に、明日のビジネスチャンスのヒントとなる情報が混じっていることもあるのだから、マネジャーの仕事はアドホックで構わないとさえ述べている。
一方ドラッカーは、エグゼクティブの忙しさを認めつつも、それでもやはり意識的に時間管理を行って、自分で自由に使える時間を一定量確保するべきであると主張している。なぜならば、重要な意思決定や仕事には、ある程度まとまった時間が必要だからである(※3)。特に人事に関する意思決定には、通常よりも多くの時間をかけるべきだという。人事は間違うと取り消しが難しいし、不適格な人材を長くそのポストに張りつけておけば、企業にとって多大な損害をもたらす。
アルフレッド・P・スローンは、人事についての意思決定はその場では決してしなかったそうである。一応の判断はするが、それにさえ、通常、数時間を使っている。しかも、その数日あるいは数週間後には、初めから考え直していた。二度も三度も同じ名前が出てきたときだけ、人事の最終決定を行った。スローンは、人事の秘訣を聞かれたとき、「秘訣などない。最初に思いつく名前は、概して間違いだということを知っているにすぎない。だから私は、何度も検討し直して、決定することにしている」と答えたという。私の記憶が正しければ、ここ10数年で最も大臣の不祥事や失態が少なかった小泉内閣では、内閣改造の度に小泉氏が官邸に何時間も閉じこもって人事を検討していた。そして、小泉氏が官邸から出てくると、小泉氏の机の上には新しい大臣の名前が書かれた紙が置かれていたという。また、GEの「セッションC」などのように、サクセッションプラン(後継者育成計画)が整っている企業は、候補者が若いうちから何度もその適性を厳しく評価する仕組みを整えている。これも人事に時間をかける一例であろう。
話がちょっと逸れてしまったが、エグゼクティブが徹底的に時間管理を行い、不要な仕事を捨て去って、自由に使える時間をかき集めたとしても、そのボリュームはたかが知れているという。そして、地位が上がれば上がるほど自由に使える時間の割合は小さくなり、トップに至っては4分の1しかない、というのがドラッカーの分析である。
自分の時間の半分以上をコントロールしており、自分の判断によって自由に使っているなどという者は、実際に自分がどのように時間を使っているかを知らないだけであると断言してよい。組織のトップにいる人たちには、重要なことや、貢献につながることや、報酬を払われている当の目的に使える自由な時間など、4分の1もない。これは、あらゆる組織についていえる。エグゼクティブが100%とまでいかなくても、かなり高い割合の時間を自由に使えるとしたら、そのエグゼクティブは自分が想定していない出来事や情報の大半を排除して、既知の世界の中で意思決定を行っていることになる。しかし、言うまでもなく、新しいビジネスチャンスや、逆に既存のビジネスを脅かす変化は、自分が知らない世界からやってくる。その意味では、ピーターズが指摘したように、アドホックであっても例外的な情報を受け取るよう、周囲の人々に門戸を開いておくことは、ひとまとまりの自由な時間を確保することと同様に重要であるように思える。
(続く)
(※1)ヘンリー・ミンツバーグ著『マネジャーの仕事』(白桃書房、1993年)
マネジャーの仕事 ヘンリー ミンツバーグ Henry Mintzberg 白桃書房 1993-08 Amazonで詳しく見るby G-Tools |
(※2)トム・ピーターズ著「組織論では真の姿に迫れない リーダーの仕事」(『DHBR2008年2月号』、初出は1979年)
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2008年 02月号 [雑誌] ダイヤモンド社 2008-01-10 Amazonで詳しく見るby G-Tools |
(※3)ちょうど最近、興味深い記事が出ていたのでご紹介(「同時作業が得意な『2%の超人類』」[WIRED、2012年3月1日])。ユタ大学応用認知ラボの主任、デビッド・ストレイヤー氏によると、マルチタスクを処理できず、どちらの課題もパフォーマンスが落ちてしまう人の割合は、全体の98%にも上るらしい。残りの2%は、実際にマルチタスクが可能な「スーパー・タスカー」だが、彼らは脳の構造が一般の人とは決定的に異なっており、シングル・タスカーがスーパー・タスカーになることは期待できないという。
また、日常的に情報をマルチタスク的に操り、ネットやビデオ、チャット、電話などを同時に駆使する人の方が、認識テストの成績が劣るという研究もあるそうだ。不要な情報を無視したり、作業記憶内で情報を整理したりする能力等が落ちている可能性が指摘されている。
(※4)私が所有しているのは、冒頭で紹介した「ドラッカー名著集」ではなく、その前のシリーズである「ドラッカー選書」であるため、引用文の表現が「ドラッカー名著集」のものとは一部異なるかもしれない点はご了承ください。