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June 23, 2008

『IT投資価値評価ガイドライン(案)』で気になったデータ

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 社団法人日本システム・ユーザー協会(JUAS)が発行した『IT投資価値評価に関する調査研究(IT投資価値評価ガイドライン(案)について)』を買ってみた。「IT投資の評価が現状どのように行われており、またどのように行われるべきか」というテーマについて、経済産業省からの委託を受けてJUASが行った研究をまとめたもの。PDF版が以下のリンクから入手できる(無償)。
http://www.meti.go.jp/policy/it_policy/softseibi/

 中身どうこうというより、個人的に気になったデータを2つ取り上げたい。


○投資タイプ別・採用されているIT投資評価の手法
投資タイプ別・採用されているIT投資評価の方法

 事前評価・事後評価とは、IT投資前・投資後に、「どのくらいの効果があるのか」「想定された効果に対して、実際にはどのくらいの効果が出たのか」を評価すること。IT投資が正当化されるのは「投資(=キャッシュアウト)以上の効果(=キャッシュイン)があること」であるから、評価指標としてはROIを使用するのがベストである。コスト削減を伴う業務効率型のIT投資効果はROIで評価しやすい。

 だが、全ての効果が金額換算できるわけではない。例えば、全社のネットワークを高速化する(=インフラ型)場合や、オンラインショッピングのサイトを立ち上げる(=戦略型)場合の効果は、金額換算するのが難しい(やろうと思えばできるが、たくさんの仮定を置く必要がある)。そういう場合は、代わりにKPI(重要業績指標)やユーザーの満足度といった指標を用いる。

 上のグラフは、現在どのような指標を用いてIT投資評価を行っているかを調査したものである。3つの投資タイプ全てにおいて、事前評価をシステムのユーザーの満足度で行うという回答が多い。しかし、よく考えると「事前評価を満足度で行う」というのはいささか妙な気がする。「現状のシステムに対する満足度は○○%です。新システムを導入すると満足度が○○%向上します」とでも言うのだろうか?効果というからには、満足度の上昇分を示さないといけないのだが、満足度という曖昧なものの上昇分など(たとえ目標値であるとしても)、どうやって設定するのだろうか?システムのユーザーの満足度を用いた事前評価は、具体的にはどのように行われているのだろうか?


○業種グループ別に見た保守・運用費と新規投資の動向
業種グループ別に見た保守・運用費と新規投資の動向

 業種別に保守・運用費と新規投資の割合を経年変化で見たものが上のグラフである(2005年度実績を100とした場合の数値)。「商社・流通・卸売・小売」の新規投資が少ないのが意外な気がした。この業種ではおそらく受発注システムや在庫管理システム、物流システムがメインだと思われる。取扱製品の変化に対応し、需要予測の精度を上げ、在庫ロスをなくすために、そこそこ大規模な新規システムが必要であるようにも思えるのだが、この考えは違うのだろうか?

 どなたか詳しい人がいらっしゃったら教えてください。
April 21, 2006

社内の情報共有をシステム頼みにしないための小さな行動

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 組織がますます多くの情報を必要とするに従って、構成員の間で情報を共有する必要性が高まっていることは今や周知の事実です。多くの組織では、文書管理ソフトなどのアプリケーションを導入したり、ナレッジマネジメントシステムを構築したりすることにより、情報の共有化を進めようとしています。

 言わずもがな情報システムはツールであって、情報システムを導入すれば情報の共有化が一気に進むなどということは到底ありえません。組織の一人ひとりが情報を共有するための行動をしなければ何も始まりません。とはいえ、大げさな行動が必要であるわけではなく、小さな行動を積み重ねるだけでも十分な効果があります。いやむしろ、地道な行動の方が遥かに重要です。

 私の経験からすると、「情報が共有できていない」と言って嘆く人の中には、既に情報があるにもかかわらず、それらを探し頭の中に入れる努力を怠っている人が少なからず存在しています。情報を入れるべき場所はサーバーの中でも棚の中でもありません。私達の頭の中です。

 空いている時間が10分でも15分でもあれば、使用しているファイルサーバーや社内のイントラネットのうち普段は見ないフォルダやページを閲覧したり、部屋の棚にしまってあるファイルや文書に目を通したりすることができます。単に暇つぶしとしてそれを行うのではなく、組織が現に使用している情報を自分のものとするために行うのです。生産性の高い人はたいてい、空き時間を上手に利用して頭の中に情報を蓄積しています。

 ただ、闇雲に情報を取得しても、莫大な情報量に飲み込まれてしまうだけです。情報は仕事をする上でのインプットとなるものであるため、情報と仕事とを関連づけて把握することが必要となります。そのための最も手近な方法は、「私の仕事に関わりのある周囲の人は、どのような情報に基づいて仕事をしているのか」と問うことです。

 当然、自分の周囲の人がどのような仕事をしているのかを把握していることが前提です。たとえそれが解らなくても、「あなたは今どんな仕事をしているのか」と聞けばそれで事足ります。そして、「この人が仕事をするためにはどのような情報が必要か」を考え、その情報を自分で探しにいきます。これも、もし自分で解らなければ「あなたはどのような情報を基に仕事をしているのか」と聞けば解決する問題です。

 この方法を取ると、自分が仕事をする上で使うべきだったのにまだ使っていない情報の存在に気づかされることがあります。また、自分の仕事の視野を広げる上でも非常に役立つものです。

 組織で情報を共有するためには、既にある情報をそれぞれの構成員が頭の中に蓄積するだけでは足りません。新たな情報を入手した場合に、構成員の間で情報のやり取りを積極的に行うことも不可欠な条件です。もし自分が何か新しい情報を入手した時には、すぐに次のように問います。「この情報を私以外にも必要としている人は誰か」そして、その人に向かって、「あなたは現在このような仕事をしている。私は今このような情報を新たに手に入れた。あなたの仕事に関連していると思うのだがどうだろうか」と尋ねるのです。

 情報システムは情報の共有を「効率化」するためのものであって、情報の共有をするためものではありません。情報の共有をするかしないかは、人間自身がそれをするかしないかに懸かっています。
December 07, 2005

情報システムの導入で人間の仕事が減るのではなく、仕事に対する要求がより高度になる

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 かつて機械化によるオートメーションが肉体労働の自動化と効率化をもたらしたとすれば、昨今の情報システムは知識労働やサービス労働の自動化と効率化を目的としたものであるといえます。よって、オートメーションがもたらした変化から類推して、情報システムが真にもたらすべき変化とは何かを考えることが可能であるはずです。

 半世紀以上も前にオートメーションが産業界を席巻した頃、SF小説家や未来学者がこぞって夢のような楽園を描き出していました。それは、スイッチだけで動く工場であり、人工頭脳があらゆる決定を下す組織であり、人による労働、意思決定、責任のない世界でした。私の子どもの頃でさえ、機械化によるオートメーションは人類の文明の極みとして、輝かしい未来の姿として崇められていたほどです。もしオートメーションの未来に違うバージョンがあるとすれば、アンチテーゼとして機械に全てを任せ堕落した人間を描くか、人間の尊厳の回復を求めて機械と戦うかのどちらかしかありませんでした。

 ところが、現実の世界はそのいずれにもなりませんでした。予測はかすりもせず、現実は予測とは全く異なる世界を生み出しました。オートメーションは雇用を奪うどころか、大量の雇用、しかもそれまでとは異質な雇用を生み出したのです。
 「新しい技術は、配置転換という新しい問題の発生(※注)を伴うものの、より多くの人間、とくに高度の技術をもつ高度の教育を受けたより多くの人間を必要とする。」

 「技術の変化は、人間の労働を余剰になどしない。逆に、高度の教育を受けた高度の技能をもつ膨大な数の人たちを必要とする。頭を使って考え、計画を立てる経営管理者や、新しい機械を設計し、生産し、維持管理し、操作する技術者を必要とする。」
(P・F・ドラッカー著『現代の経営(上)』)

ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 ここ数年の情報システム導入をめぐっては、さすがに機械化によるオートメーションの教訓が生きているのか、コンピューター万能社会歓迎論が大手を振るって闊歩することはありません。しかし、経営陣が情報システムの導入によって経営のスピードを高め、市場における競争力を強化することを謳っているのとは裏腹に、現場では単に仕事が楽になる、単調な仕事から解放されるといった程度のことしか情報システムに期待していないことも少なくありません。

 ドラッカーは、オートメーションはマネジメントに対する挑戦であると述べました。40年以上前に示された訓示が、今再び情報システム導入をめぐって私たちに突きつけられているような気がします。
 「新しい技術は、マネジメントの領域そのものを大幅に拡大する。現在では単なる従業員とされている人たちの多くが、マネジメントの仕事を行う能力を持つようになる。技術者の多くが、マネジメントとは何かを理解し、マネジメント的な視点からものを見、考えるようになる。
 そしてあらゆるレベルにおいて、経営管理者の責任とビジョン、リスク選択の能力、経済的な知識と技能、経営管理者をマネジメントする能力、人と仕事をマネジメントする能力、意思決定を行う能力に対する要求が、大きく増大していく。」
(P・F・ドラッカー著『現代の経営(上)』)
 私達は、情報システムの導入によって、ますます高度な知識と責任を要求されるようになっているのです。


(※注)事実、オートメーションを最も強力に推し進めようとしたアメリカでは、肉体労働に従事する熟練労働者の多くが、自らの仕事が機械に取って代わられることを恐れ、職能別労働組合を通じてオートメーションに反対した。