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June 10, 2012

《補足》ドラッカーはミンツバーグ『戦略サファリ』の10学派のどれに属するのか?

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戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック (Best solution)戦略サファリ―戦略マネジメント・ガイドブック (Best solution)
ヘンリー ミンツバーグ ジョセフ ランペル ブルース アルストランド Henry Mintzberg

東洋経済新報社 1999-10

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 『戦略サファリ』を読みながら、「ところで、ピーター・ドラッカーはどの学派に属するのだろう?」という素朴な疑問が湧いてきた。一応、ミンツバーグは第4学派のアントレプレナー・スクールの中で、ドラッカーの名前を挙げている。
 K・E・ナイトは起業家精神を、重大なリスクや不確実性を取り扱うことと同義である、としている。そして経済界以外では、ピーター・ドラッカーがこの考えを進めて、起業家精神とマネジメントとを同一視している。「企業の中心は・・・起業家的行動、経済上のリスク負担行動である。そして、企業は起業家的な制度である・・・」(※"Entrepreneurship in Business Enterprise." Journal of Business Policy (1970))
 ドラッカーが経営戦略についてまとめた著書『創造する経営者』には、確かに似たような記述が登場する。
 未知なる未来のために、現在の資源を使うことこそ、本来の意味における企業家に特有の機能である。1800年ごろ、企業家なる言葉をつくったフランスの偉大な経済学者J・B・セイは、非生産的なものに固定された資本を使って、今日とは違う未来をつくるというリスクにかける者を、企業家と呼んだ。

創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

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 ただ、ドラッカーの戦略論の基本は、以前の記事「ドラッカーの「戦略」を紐解く(4)〜外部環境/内部環境アプローチの両方を包含する戦略論―『創造する経営者』」でも述べたように、外部環境の機会と内部環境の強みを適合させることである。企業家的な行動によって未来を創るにしても、ミンツバーグのいうアントレプレナーが、直観や帰納的な推論によって新しいアイデアを生み出すのに対し、ドラッカーのいう企業家は、外部環境において「すでに起こった未来」をうまく活用する(=すでに起こった未来に適合するか、すでに起こった未来を利用して変化を起こす)、という違いがある(この点がアントレプレナー自身の意思や信条を考慮しておらず、やや決定論的ではないか?という疑問を、「ドラッカーの「戦略」を紐解く(5)〜イノベーションの7つの機会の原点―『創造する経営者』」で提起した)。したがって、ドラッカーは第1学派のデザイン・スクールの流れを汲んでいると言える。

 しかし一方で、デザイン・スクールとは異なり、戦略策定の役割をCEOに限定していない。むしろ、戦略構築という体系的な仕事を行うには、いわゆる経営戦略室のような専門組織を設ける必要があるとしている。
 本書において、ここまでずっと述べてきた、事業とその成果をもたらす領域や課題についての分析、および業績をあげるための計画にかかわる仕事は、企業において、常に、独立した活動として組織する必要のある仕事である。
 戦略形成のための専門スタッフを用意すべきという主張は、第2学派のプランニング・スクールと共通である。アンゾフのような「戦略計画」という言葉は使っていないものの、『創造する経営者』には「経営計画」という言葉も登場する。とはいえ、その計画策定のプロセスはプランニング・スクールほど形式化されておらず、また定量的な分析を重視しているわけでもない。
 一般的に言って(中略)、分析の緻密さと、分析結果の間には、むしろ逆の相関関係がある。したがって、「正しい結果を与えてくれる最も簡単な分析は何か。最も簡単な道具は何か」を問わなければならない。アインシュタインは、黒板よりも複雑なものは何も使わなかった。
 ドラッカーは同書の中で「分析」という言葉を多用している。だが、その際の分析とは、定量的な調査というよりも、多角的な視点から適切な「問い」を投げかけることによって、事象を複眼的に考察することを意味している。例えば、同書で挙げられているマーケティングに関わる9つの問いなどはまさにその典型例である。
(1)「ノンカスタマー(非顧客)」 なぜ彼らは当社のお客様ではないのか
(2)「お金と時間の使い方」 どんなものにお金と時間を使っているのか
(3)「顧客の好み」 お客様はよそから何を買っているか。それは当社と競合するか、当社は十分満足させているか
(4)「提供できる価値」 お客様は当社の何に満足しているか
(5)「当社の存在意義」 どうなると当社の商品はいらなくなるか
(6)「商品カテゴリ」 お客様は当社の商品・サービスをどう分類しているか
(7)「ライバル(競争相手)」 これからライバルとして現れてくるのはどこか
(8)「チャンス(潜在的な機会)」 当社はどこのライバルになれるのか
(9)「顧客の現実」 不自然に見えるお客様の行動は何か
(※)これら9つの問いは同書の要約であり、要約文は浅沼宏和著『ドラッカーが教えてくれた経営戦略策定シート』より引用した。

ドラッカーが教えてくれた経営戦略作成シートドラッカーが教えてくれた経営戦略作成シート
浅沼 宏和

中経出版 2011-08-05

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 9つの問いの中にはもちろん定量的に調査可能なものもあるが、多くは現実の世界に対するリアルな知覚を通じて明らかにされる。そして注目すべきは、外部環境の分析をできるだけ定量的に行う必要があるいう主張を貫き通したマイケル・ポーターとは異なり、ドラッカーはこれらの問いに答えるための定量調査はほとんど提案していないことである。

 とはいえ、(議論がだんだん堂々巡りのようになってきたが、)ドラッカーは定量的な分析が不要だと言っているわけでもない。ちょうど今、『現代の経営(上)』を呼んでいるところだけれども、第3学派のポジショニング・スクールに立脚していると思わせる箇所がある。
 マーケティングにかかわる目標としての市場における地位は、市場の潜在性との対比において評価測定するとともに、直接および間接の競争相手の仕事ぶりとの対比において評価測定する必要がある。「売り上げが伸びていれば、マーケットシェアは気にしない」という言葉をよく聞く。それはもっともに聞こえる。しかしそのような考え方は、検討にさえ値しない。

ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 この記述は、BCGのPPM(Product Portfolio Management)に通ずるところがある。また別の箇所では、マーケティングの目標を立てる際には、「市場における地位」を重視しなければならない、とも述べている。市場における地位とは、とどのつまり市場シェアのことである。市場シェアを重視する姿勢は、PIMS(Profit Impact of Market Strategies)の研究がずっと大切にしてきたものである(市場シェアが高いほど、利益率が高くなる、という考え方。しかしながら、最近では、PIMSの調査には限界があることが明らかになっている)。

 ドラッカーは同書を出版した後も、市場シェアには長い間こだわりを持っていたようだ。GEの元CEOジャック・ウェルチに対し、ドラッカーは「市場シェアが1位か2位でない事業からは撤退すべき」とアドバイスしたと言われる。この辺りも踏まえると、第3学派にも少し足を突っ込んでいるように感じる。

 以上をまとめれば、ドラッカーは基本的に第1学派の考え方に立ちながら、第2・第3・第4学派の考え方を少しずつ取り入れている、ということになるだろう。もちろん、特定の論者が必ず特定の学派に分類されなければならない、というわけではないし(『戦略サファリ』を書いたミンツバーグ自身も第6・第10学派にまたがっており、さらに他の学派に関する論文も何本か出している)、『戦略サファリ』がそれぞれの学派の統合を意図していることからも、複数の学派にまたがっているということは、それだけホログラフィックな戦略論である、と言えるのではないだろうか?(それを、1960年代に書き上げていたことがどれだけすごいことか!)
June 04, 2012

《要約》『戦略サファリ』―ミンツバーグによる戦略の10学派(3.ポジショニング・スクール)

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ヘンリー ミンツバーグ ジョセフ ランペル ブルース アルストランド Henry Mintzberg

東洋経済新報社 1999-10

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 戦略論の中で最もよく世の中に知られているものは、ほぼ間違いなくこのポジショニング・スクールの理論であろう。だが、この最も規範的で、最も分析的で、最も決定論的な戦略論を、ミンツバーグは最も痛烈に批判している(ポーターが読んだら涙目になるんじゃないか?というぐらいに)。

 ポーターは、とにかく定量的に分析することを勧める。「業界分析のポイントは、業界が魅力的か否かを表明することではなく、競争を支える基盤と収益性の主要因を理解することである。分析者は、定性要因を列挙することでよしとするのではなく、できる限り定量的に業界構造を調べるべきである。実際、(ファイブ・フォーシズ・モデルの)5つの競争要因に関する要素の多くが定量化できる」と述べている(「競争の戦略」『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年6月号)。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 06月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 06月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-05-10

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 ポーターが開発した「ファイブ・フォーシズ・モデル」や「バリューチェーン分析」といったフレームワークは、それ自体は単純明快とはいえ、分析のためにそれを上手く使いこなせる人は、さほど多くないのではないか?と感じている(かく言う私自身も、他人のことをとやかく言えるレベルではない。もっとも、ミンツバーグにしたら、そういう人が少ない方が吉報なのかもしれないけれども・・・)。

 仕事柄、いろんな人が作ったファイブ・フォーシズ・モデルやバリューチェーン分析を見てきたが、よくある過ちは、各ボックスに外部環境や内部環境の情報を(部分的に定量データを交えるものの、)定性的に記入するところで終わってしまうことである。もちろん、定量データが取れない情報を定性的に補うことは、ポーターの主張には反するけれども、実際の戦略構想では非常に重要だ。問題なのは、フレームワークを埋めることが目的と化していることである。

 これでは、環境の概観を把握して、「ふーん、そうだね」で思考停止する。ファイブ・フォーシズ・モデルの目的は、自社を有利なポジションへとシフトさせるために、買い手、売り手、競合他社、新規参入者、ならびに代替品の脅威に対して、どのような打ち手を打つべきか?を検討することである。また、バリューチェーン分析も、各プロセスが生み出している付加価値を算出し、競合他社に比べて生産性が高いところと低いところを特定して、全体の付加価値額を上げるために何をすればよいのか?を導くことが狙いである。

 この”フレームワークの罠”は、ファイブ・フォーシズ・モデルなどに限った話ではない。例えば、デザイン・スクールが開発した古典的なツールである「SWOT分析」に関しても、S(強み)、W(弱み)、O(機会)、T(脅威)の4つを埋めることに一生懸命になっている人をたまに見かける。しかし、SWOT分析は戦略策定ツールである。よって、S×O、S×T、W×O、W×Tと”クロス”させることで、想定される戦略オプションを幅広く洗い出さなければならない(この点で、デザイン・スクールは規範的ではありながら、戦略家が創造力を働かせる余地が比較的大きいと言える)。

 前置きが長くなったが、そろそろ本題に。といっても、ポジショニング・スクールはもう有名なので、説明は短めにしておく。

【第3学派:ポジショニング・スクール】
<代表的な論者・理論>
(1)BCGの「PPM(Product Portfolio Management)」、「経験曲線」
(2)マイケル・ポーター『競争の戦略』
(3)孫子『兵法』、クラウセヴィッツ『戦争論』(※ミンツバーグによると、孫子やクラウセヴィッツは、それぞれの戦闘局面に応じた最適解があることを前提としており、この考え方が(1)や(2)につながっているという)

競争の戦略競争の戦略
M.E. ポーター 土岐 坤

ダイヤモンド社 1995-03-16

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<特徴>
(1)産業・市場構造が戦略を規定し、戦略が組織構造を規定する(産業構造論における「SCP(Structure-Conduct-Performance)パラダイム」に基づく)。
(2)どんな産業であってもカギとなる重要な戦略は、市場におけるポジションの確立につながる、ごく限られたものである(デザイン・スクールやプランニング・スクールが、いかなる状況下でも戦略は無限にあると主張したのとは対照的)。
(3)戦略形成プロセスとは、産業構造、市場競争原理に関する分析的な計算に基づいて、いくつかの限定的なポジションの中から1つを選択することである(※)。
(4)戦略形成プロセスでは、分析者(アナリスト)が重要な役割を果たす。彼らは、戦略的な選択をコントロールするマネジャーに、計算結果を報告する役割を持つ。

<功績>
(1)プロセスだけでなく、戦略そのものの重要性を強調した。そして実際に、規範的な戦略を提示した。
(2)プランニング・スクールに中身を付加し(ミンツバーグによれば、それはほとんど成功していないそうだが・・・)、同時にプランナーの役割を分析者(アナリスト)へと移行させた。
(3)プランニングの技法が戦略作成においてうまく発揮されたことはないが、分析のテクニックは、戦略策定プロセスを大いに活性化させた。

<問題点>
 ポジショニング・スクールは、デザイン・スクールやプランニング・スクールの流れをさらに深く追究しているため、同じ問題点が当てはまる。それ以外の問題点は以下の通り。

(1)経済(しかも定量化が可能な経済)的な側面に集中しすぎており、社会的、政治的、あるいは定量化できない経済の側面が軽視されている(「政治的」や「政治」という言葉は、ポーターの『競争の戦略』の目次にも索引にも出てこない)。
(2)戦略形成にあたりハード・データを重視するため、データが揃っている大企業の戦略の研究に偏っている。したがって、ニッチ市場や多数乱戦業界の戦略は研究されない(不安定な業界では、どうやって市場シェアを把握すればよいというのか?)
(3)業界や競合という外部環境に目を向けすぎており、内的能力を犠牲にしている(両者のバランスは、デザイン・スクールやプランニング・スクールによって大事に守られていた)。そもそも、業界はどのように定義され、分類されるのか?政府の統計による業界の区分と、戦略を構想するマネジャーの業界の区分は異なる。
(4)戦略のプランナーと実行者が分離されている。分析者(アナリスト)による計算は、実行者のやる気を阻害する可能性がある。自分たちで戦略を作ること、そして自分たちで戦略を実行することが、その戦略をよくするものである。
(5)戦略そのものが決定論的で狭い。勝利する戦略は、ナポレオンのように、常識にとらわれず、確立されていたカテゴリを打ち破ることで生まれる。


(※)ミンツバーグは『戦略サファリ』の中で、「”包括的な”ポジションの中から戦略を選択する」という表現を多用しているけれども、”包括的”という言葉からは、戦略オプションが多岐に渡っているかのような印象を受ける。ところが実際には、ポーターは基本戦略として、差別化、コストリーダーシップ、集中の3つ”しか”挙げていないことから、選択肢の幅は非常に狭い。この点で、”包括的”というのはやや誤解を招く表現だと思う。

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 《10学派一覧》
 第1学派:デザイン・スクール
 第2学派:プランニング・スクール
 第3学派:ポジショニング・スクール
 第4学派:アントレプレナー・スクール
 第5学派:コグニティブ・スクール
 第6学派:ラーニング・スクール
 第7学派:パワー・スクール
 第8学派:カルチャー・スクール
 第9学派:エンバイロメント・スクール
 第10学派:コンフィギュレーション・スクール
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February 17, 2012

経済的⇔社会的価値という二項対立を克服するグレート・カンパニー―『「チェンジ・ザ・ワールド」の経営論(DHBR2012年3月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 03月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 03月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-02-10

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 DHBR2012年3月号のレビューの続き。

「制度の論理」による グレート・カンパニーの経営論(ロザベス・モス・カンター)
 各方面からの評価も高く、好業績を続け、長きにわたって存続してきた企業には、「制度の論理」(institutional logic)が存在している。このような企業では、社会や人間は、後で考えればよいもの、あるいは使い捨てされるものではなく、その目的の中心にある。

 制度の論理では、企業のことを金儲けの道具と考えたりしない。すなわち、社会目的を実現し、そこで働く人々に有意義な生活を提供する手段と考える。この論理に従えば、企業が生み出す価値は、短期利益や給料だけでなく、長期的繁栄の条件をどのように維持しているかという観点からも測定されなければならない。このような企業のリーダーたちは、財務リターンだけでなく、長きにわたって存続しうる組織をつくり上げる。

 グレート・カンパニーは、より多くの経済価値を引き出す手段として組織内のプロセスを設計するのではなく、社会の価値や人間の価値観を意思決定の基準となる(※原文ママ)フレームワークを構築する。
 「制度の論理」(institutional logic)とは、社会学や組織研究における主要概念の1つで、「社会の文脈に従って、個人や組織など行動主体の振る舞いを理解する」という考え方だそうだ(同論文の脚注より)。「制度の論理」の中身はさておき、著者の主張を端的にまとめると、企業は「経済的価値」を実現する(平たく言えば利益を上げる、株主価値を最大化する)だけでは不十分であり、「社会的価値」も同時に追求しなければならない、ということになる。

経済的価値と社会的価値を両立させるグレート・カンパニー ここで、経済的価値と社会的価値を両立させるとはどういうことか、私なりに簡単にまとめてみた。左図のように、経済的価値と社会的価値それぞれのレベルによって、企業は大きく9つに分類される。

 まず経済的価値の軸だが、第一に企業は既存の市場でシェアを獲得し、競合他社よりも優位なポジションを築こうとする。これが「競争の壁」であり、この壁を打ち破るために、マイケル・ポーターが提唱した「競争優位の戦略」を構築し、フィリップ・コトラーが体系化した「マーケティング・マネジメント」を実施しなければならない。

 だが、とりわけ現在の日本がそうであるように、市場が飽和状態になると、パイの奪い合いだけでは利益の出ない消耗戦に陥る。したがって企業は、次のステップとして「イノベーション」を引き起こし、新しい産業や市場を創出する必要性に迫られる。これが「革新」の壁である。経営学者やコンサルタントが世に送り出した多くの理論やツール、フレームワークは、企業が経済的価値の軸を左から右へと進むためにはどうすればよいか?という問いに答えるためのものである。

 一方で、もう何十年前、いや何百年前から聡明な実業家たちが訴えているように、企業は社会的な存在であり、事業を展開する地域や、株主以外の様々なステークホルダーから”正当性”を認められなければならない。別の言い方をすれば、企業は「その地域や社会で事業を展開してもOK」というお墨付きをいただく必要がある。これが社会的価値という第2の軸である。

 社会的価値を実現する上で最初に乗り越えなければならないのは、至極当然のことだが「法律の壁」である。そのために、企業は「コンプライアンス(法令遵守)」の仕組みを構築する。法律を守るなどというのは当たり前すぎる話ではあるけれども、ちょっと油断すると、大企業であっても簡単にこの壁から転落してしまうことは、大王製紙やオリンパスの事件を見ればよく解る。

 さらに先進的な企業は、単なるコンプライアンスを超えて「倫理の壁」に挑み、社会の不文律である倫理や道徳、あるいは野中郁次郎教授がしばしば強調する「共通善」(common good)を目指すようになる(※1)。倫理の壁を超えたばかりの企業は、たいていはCSR(もうちょっと昔の言葉だとフィランソロピー)などによる社会貢献を始める。ただし、CSRはどちらかというと、本業の儲けの一部を、本業とは無関係な分野へ再配分しようとする活動が中心であるように見受けられる。

 これに対して、真に倫理的な企業は、本業を構成するあらゆる要素、すなわち戦略やオペレーション、組織やガバナンスの構造、意思決定のルール、社員同士の人間関係、人事や予算配分などの社内制度、さらには取引先や販売チャネルとの関係にも、厳しい倫理・道徳水準を要求する。そして、経済的価値と社会的価値を同時に実現する右上の「i」に該当する企業こそが、ロザベス・モス・カンターの言う「グレート・カンパニー」ということになる。

 前述の通り、経営学者やコンサルタントの多くが、経済的価値の軸を右方向へ進む方法を模索してきたのと同様に、社会的価値を重視する論者も、大半は社会的価値の軸を上方向へ昇る道を提示してきたように感じる(内部統制やIFRSなどはまさにそうではないだろうか?)。ところが最近になって、経済的価値⇔社会的価値という二分法を克服し、2つの軸を同時に追求する動きが出てきている。

 例えば、C・K・プラハラードのBOPビジネスや、マイケル・ポーターの「共通価値の戦略」(※2)は、新興国や途上国の社会的ニーズ、換言すれば「最低限+αの生活水準を達成したい」というニーズを充足することで人々の生活を改善するとともに、億単位の潜在顧客から構成される新たな市場の開拓を狙うものである。先ほどの図で言うと「e」から「i」へのシフトを志向していると言えるだろう。今後、ますますこうした取り組みが加速するに違いない。


(※1)野中郁次郎著「名将と愚将に学ぶトップの本質 リーダーは実践し、賢慮し、垂範せよ」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年1月号)

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 01月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 01月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-12-10

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(※2)マイケル・ポーター著「経済的価値と社会的価値を同時実現する 共通価値の戦略」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年6月号)

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