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June 05, 2012

《要約》『戦略サファリ』―ミンツバーグによる戦略の10学派(6.ラーニング・スクール)

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ヘンリー ミンツバーグ ジョセフ ランペル ブルース アルストランド Henry Mintzberg

東洋経済新報社 1999-10

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 前回のコグニティブ・スクールが戦略家1人の認知に焦点を当てていたのに対し、ラーニング・スクールは組織全体の認知を扱っている。ミンツバーグ自身がこのラーニング・スクールと、最後のコンフィギュレーション・スクールに属しているため、この2つの学派には他の学派よりも多くのページが割かれている。

 なお、デザイン・スクールの記事の冒頭で書いたように、戦略論には2大アプローチ、すなわち外部環境アプローチと内部環境アプローチがあるが、ミンツバーグは前者を第3学派のポジショニング・スクールに分類する一方で、後者のうち、ゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードの「コア・コンピタンス」は今回のラーニング・スクールに、J・B・バーニーの「資源ベース論」は第8学派のカルチャー・スクールに敢えて分けている。その理由は次のように述べられている。
 資源基礎理論というのは、組織の発展段階において、企業の内的能力を根づかせることの重要性を強調している。これは実際には、カルチャーに根づかせることとも言える。一方、プラハラードとハメルの主張するダイナミック・ケイパビリティ・アプローチは、本質的には戦略的学習のプロセスを通じて開発していくものであると力説している。
 つまり、資源ベース論は、競争優位となる経営資源の”固定化”、あるいは社会構成主義の言葉を借りれば”沈殿化”を志向しているのに対し、コア・コンピタンスは、ハメルとプラハラードが指摘したもう1つの重要な要素である「戦略的意図(strategic intent)」に沿って、組織学習を通じて新たに獲得されるものである、ということなのだろう。

 私自身もラーニング・スクールに近い立場を取っており(もっとも、私の考えが理論と呼べるほどに高度化されていないのが問題なのだが、汗)、10の学派の中ではラーニング・スクールに最もポテンシャルを感じている。ただ、この記事の最後に列挙した問題点以外に、重大な問題が潜んでいるのも事実である。

 ラーニング・スクールには、第1〜第3学派の規範的スクールに浴びせられている批判、すなわち「戦略形成が現場から切り離された分析に頼りすぎている」という批判とは逆の批判が当てはまる。具体的に言えば、”現場”と”集合的思考”を重視・万能扱いしすぎている、ということである。確かに、戦略的に重要な示唆は、顧客との接点が多く、競合からのプレッシャーを感じている現場の方が敏感に感じ取るかもしれない。また、集合的思考が天才の思考をしのぐこともある(例えば、以前の記事「「みんなの意見」が案外正しくなるためには、個人が自立していないとダメ」を参照)。

 とはいえ、現場が日常業務に忙殺され近視眼的になっていると学習の時間など取れないし、集合的思考は「集団思考(グループ・シンキング)」の罠に陥ることがある。だから、組織学習の効果を高めるためには、逆説的だが”現場を離れて”、”1人で考える”機会を持つことも重要だと思うのである。

 アン・モロウ・リンドバーグは、『海からの贈物』の中で、「或る種の力は、我々が一人でいる時だけにしか湧いてこないものであって、芸術家は創造するために、文筆家は考えを練るために、音楽家は作曲するために、そして聖者は祈るために一人にならなければならない」と述べている。この文章の途中に、「ビジネスマンは戦略を練るために」という一節を加えることもできるだろう(以前の記事「孤独と闘う「準備ルーチン」が創造性を生む」を参照)。

【第6学派:ラーニング・スクール】
<代表的な論者・理論>
(1)チャールズ・リンドブロムの「非連結的漸進主義」(政治における戦略形成。政策立案は連続的で改善的であるが、細かく分断された非連結的である。意思決定は周辺部で行われ、機会の開拓よりも問題の解決に注力する)
(2)ジェームズ・ブライアン・クインの「論理的漸進主義」(リンドブロムの非連結的プロセスには同意せず、論理的に物事をつなぎ合わせていく漸進主義であるとした)
(3)R・Rネルソン&S・G・ウィンターの「進化論」(組織は複数のサブシステムから構成されており、サブシステムのルーチンが新しい状況に反応して変更されるとにより、その変化が他のサブシステムにも及ぶ)
(4)ロバート・バーゲルマンの「戦略的起業化」(アントレプレナー・スクールにおける起業化とは異なる。ビジネスの前線とミドルマネジャーの活動から「出現」する戦略のイニシアチブを扱う)
(5)ヘンリー・ミンツバーグの「創発的戦略」(学習を強調した戦略形成プロセスであり、様々活動を通じて、何が最も重要な経営意図であるかを理解するプロセスと捉える。ただし、計画的戦略との組合せが必要)
(6)カール・ワイクの「回顧的意味づけ」(まず行動する。そしてうまく機能するものを選択する。つまり、行動を振り返ってその行動に意味づけを行う)
(7)野中郁次郎の「知識スパイラル(SECIモデル)」
(8)ゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードの「コア・コンピタンス」
(9)ピーター・センゲの「学習する組織」

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チャールズ・E. リンドブロム エドワード・J. ウッドハウス Charles E. Lindblom

東京大学出版会 2004-05

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<特徴>
(1)組織を取り巻く環境の複雑さと予測不可能な性質は、しばしば戦略に必要な基礎的知識の拡散とともに、計画的なコントロールを不可能にする。戦略作成は、まず時間の経過にしたがって学習するプロセスの形を取り、最終的に策定と実行の境界の区別がなくならなければならない。
(2)リーダーも学習しなければならず、時として学習者の中心となるが、通常の場合、学習するのは集合的なシステムである。すなわち、ほとんどの組織に戦略家となる可能性を秘めた多くの人が存在する。
(3)こうした学習は創発的な形をとる。まず行動から始まり、そして回顧し、思考が刺激され、新たに行動の意義づけが行われていく。
(4)リーダーシップの役割は、あらかじめ計画的な戦略を作り上げることではなく、新たな戦略が出現するように、戦略的学習のプロセスをマネジメントすることである。
(5)戦略は最初に過去からのパターンとして現れ、後に場合によっては将来へのプランとなり、最終的に全般的な行動を導くパースペクティブへと進化する。

<功績>
(1)ポジショニング・スクールが、複雑な問題に当たり前の解決策しか提示しないのに比べ、新たな戦略を必要とする組織では、集合的に学習する以外に選択の余地がないことを示した。
(2)集合的学習は、特に病院や議会のような専門的組織で必要であるとした。なぜなら、これらの組織では、戦略創造に必要な知識が広範囲分散しているからだ。そのため、組織の様々な関与者が、相互に調整を行いながら、努力して戦略を形成しなければならない。
(3)これまでに触れてきた他のスクールに欠けていた、戦略形成の研究に現実性を与えた。記述的な調査に基づき、組織が何をすべきかというより、複雑でダイナミックな状況に直面した時に組織が実際どう動くのかを示した。記述的ではあるけれども、よい記述は規範ともなりうる。

<問題点>
(1)危機が非常に明確であり、忍耐強い学習に頼っていられない場合もある。そこで組織は、危機を救えるような戦略的ビジョンをすでに持った、強力なリーダーを必要とする。また、もっと安定した状況であっても、組織によっては拡散した学習よりも、中央集権的な起業家精神が生み出す力強い戦略的ビジョンを必要とすることもある。
(2)学習を強調しすぎると、筋の通った実行可能な戦略を摩滅させてしまうことにもなりかねない。人々は、うまく機能するものから離れて、新しいとかもっと面白そうだからという理由で学習と付き合う危険性がある。
(3)恒常的な変化が必要かどうかは別の問題である。秘訣は、いつも全てを変えるのではなく、いつ何を変えるべきかを知ることである。効果的なマネジメントとは、うまく機能する戦略を追求しながら学習を維持することであることを忘れてはならない。
(4)学習は高くつく。時間がかかるし、果てしない会議や溢れんばかりの電子メールを生み出す。組織は、「何について学ぶか」を知る必要がある。

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 《10学派一覧》
 第1学派:デザイン・スクール
 第2学派:プランニング・スクール
 第3学派:ポジショニング・スクール
 第4学派:アントレプレナー・スクール
 第5学派:コグニティブ・スクール
 第6学派:ラーニング・スクール
 第7学派:パワー・スクール
 第8学派:カルチャー・スクール
 第9学派:エンバイロメント・スクール
 第10学派:コンフィギュレーション・スクール
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April 27, 2012

【ドラッカー書評(再)】『創造する経営者』―ドラッカーの「戦略」を紐解く(4)〜外部環境/内部環境アプローチの両方を包含する戦略論

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創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

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 (《再掲》一般的な戦略策定プロセス)
戦略策定プロセス

 上図で、「外部環境分析」と「内部環境分析」の両方から矢印が出て「戦略コンセプトの決定」につながっているのには意味がある。戦略論の歴史に関する文献を読んでいると、戦略論の一方にはM・ポーターの競争戦略論に代表される「外部環境からのアプローチ」があり、もう一方にはJ・B・バーニーの資源ベース論に代表される「内部環境からのアプローチ」があると説明されることがよくあるのだが、実務的には両者を組合せて戦略を練ることが多いし、本書におけるドラッカーの戦略論も両方を包含したものになっている。すなわち、「(3)マーケティング分析」から戦略を導く方法と、「(4)知識分析」から戦略を導く方法の両方が説明されている。この点で、ドラッカーの戦略論はバランスが取れている。

 「(3)マーケティング分析」から戦略を導いた一例
 ウェルナー・フォン・ジーメンスは、発電機を発明した結果として、電車を開発したわけではない。彼は、市内交通としての電車という産業を構想し、そのための動力源として発電機を開発した。同じようにトーマス・エジソンも、実用電球を発明した結果、発電所や変電所や配電システムを完成したのではない。総合的な電力供給という産業を構想し、そこに欠落していた電球を開発した。(中略)

 彼らは単なる新しい機械や設計ではなく、新しい産業を生み出していた。彼らは、電気のいかなる応用に、産業としての最大の成功と利益の機会があるかを問うことによって、経済的な機会を最大のものとした。
 よく誤解されるけれども、新しい技術そのものはイノベーションではない。だから、イノベーションを「技術革新」と訳すのは、私は間違っていると考えている。技術が新しい産業や市場を生み出す時、それはイノベーションとなる。ジーメンスやエジソンは、電気が日常生活でどのように利用される可能性があるのか、そのパターンをいくつか洞察し、その中から最もニーズや実現可能性が高いと思うシナリオを選択したのであろう。技術動向に市場分析を加えて戦略を導き出したケースと言える(マーケティング分析において答えるべき問いについては、以前の記事「ドラッカー流マネジメントにみるソクラテス的な「問いかけ」の手法」を参照)。

 「(4)知識分析」から戦略を導いた一例
 短期間にロスチャイルド家を成功に導いたのは、同家の最大の資産、すなわちその人的資源の最大利用にあった。ロスチャイルド家では4人の子供、ネイサン、ヤーコブ、アムシェル、サロモンが最大の資源だった。彼らの父親、あるいは母親が、この4人のそれぞれに対し、それぞれの才能や性格に最も適した機会、すなわちそれぞれが最大の貢献を行える機会を与えた。
 やや特殊な例だけど興味深かったので引用。ロスチャイルド家は、4人の子どもの特性をうまく活かせば、ヨーロッパ主要都市の金融を押さえることができると考えたのだろう。「無骨で横柄に見える」ネイサンは、「作法など意に介さない攻撃的な金融家」があふれる「世界最大の競争的な金融中心地」であるロンドンに送り込まれた。「早くから策に長けており、政治的な戦略家」だったヤーコブは、「ヨーロッパ大陸最大の資本市場」でありながら、「革命、テロ、ナポレオンによる専制、王政の復古」と政変が頻繁に起こり、「最も策略に満ちた」パリを担当した。

 2人とは対照的に「礼儀正しく、尊大なまでに威厳があり、かつ極めて忍耐強かった」サロモンは、ウィーンに行かされた。ウィーンでの仕事とは、「ハプスブルク家との取引」であった。そのハプスブルク家は「遅疑逡巡、優柔不断、儀礼と自尊」が特徴であり、サロモンにしか取引が務まらなかった。そして、「もともと金融の管理的な分野」を好み、「勤勉で誠実」だったアムシェルは、ロスチャイルド家の総支配人として、ロスチャイルド家の本拠地であるフランクフルトが割り当てられた。

 さらに重要なことは、5人目の子どもであるカルマンに何の仕事も与えなかったことだ、とドラッカーは述べている。ヨーロッパにはまだハンブルクやアムステルダムなどの金融都市があり、アメリカも有望な成長市場だった。ところが、「少なくともロスチャイルド家の基準からは、カルマンには、必要とされる能力も勤勉さもなかった」という。

 ドラッカーの戦略論はバランスがよいと感じるのは、これだけではない。戦略の基本は、外部の「機会」と内部の「強み」を調和させることである(ドラッカーも本書で頻繁に主張している)。その応用としてしばしば、SWOT分析のフレームワークを引き合いに出し、「脅威を機会に変える」、「弱みを強みに変える」ことの重要性が強調される。ただし、これは言葉で言うほど簡単ではなく、その具体的な方法を記載した戦略本はそれほど多くないように思える。その点、ドラッカーはこれについてもちゃんと事例を交えて説明を行っており、厚みのある戦略論となっている(第9〜10章)。

 脅威を機会に変える
 アメリカのデパートの多くは、初めのうち、ディスカウント店を不健全なものとして攻撃した。しかし、戦いに勝てないことが明らかになるや、自ら次々にディスカウント店を開いた。しかし結果は、そのほとんどがお粗末だった。デパートは、ディスカウント店の経営を知らなかった。ある大手のデパートチェーンだけは、まったく違う路線をとった。ディスカウント店を開きはしなかった。逆に、高級化した。あらゆる都市の店を大衆のための高級店に変えた。
 第2次世界大戦後、豊かになった大衆は、保険契約数こそ減らさなかったが、貯蓄のうち生保に回す割合を減らし始めた。この変化に重大な脅威を感じた生命保険会社の多くは、株式投資などの投資手段の危険性を警告する広報活動を展開した。だが、ある保険会社が、そこに機会を見いだした。この会社は、自ら投資信託会社を買収し、その投資信託と生命保険と一緒に売り出した。すなわち、顧客にバランスの取れた投資手段、セット物のマネープランを提供した。
 アメリカのある大手清涼飲料メーカーは、長年の間、低カロリー飲料は流行にすぎないと主張していた。しかし、実際には、マネジメントは、その種の飲料が自社のかなり高カロリーのブランド製品にとって、大きな脅威であると感じていた。ところが、ボトラーたちが低カロリー飲料をより多く扱うようになるにつれ、同社の清涼飲料も、ますます売れるようになっていた。すなわち、低カロリーのダイエット飲料は、市場を侵食するのではなく、昔からの清涼飲料のための市場もつくり出してくれていた。今日では、このメーカー自身が、低カロリー飲料を生産し、販促し、販売している。
 3つの事例から言えることは、脅威を機会に変えるには、(1)棲み分ける(デパートの例)(※1)、(2)選択肢に加える(生保の例)、(3)補完財にする(清涼飲料メーカーの例)という3つの方法があるということである。(2)と(3)は脅威を自社に吸収するという点では共通しており、その違いが微妙であるが、(2)は脅威となる製品と既存製品の間にトレードオフの関係があり、顧客は好きな方を選択するのに対し、(3)は脅威となる製品が売れると、既存の製品もセットで売れるという関係がある。ドラッカーは、低カロリー製品が売れると高カロリー製品が売れる理由までは踏み込んで記述していないけれども、消費者には「カロリーは気になる。でも時々は高カロリーだが自分の口に合った飲物を飲みたい。ただ、それを飲んだ後は、カロリーを調整するために低カロリーの飲料を飲みたい」という心理がはたらいているのかもしれない(※2)。

 弱みを強みに変える
 (アメリカのある中小自動車メーカーが設立したクレジット会社について、)顧客に自動車ローンを提供するためには、大都市すべてに支店を置かなければならない。しかし、中小自動車メーカーとしては、地方支店の管理費を賄えるほどのローンの仕事はない。高度に専門化したクレジット事業の管理に必要なコストを賄うためには、規模があまりに小さすぎた。そこでこのメーカーがとった問題の解決策が、ほかの中小の耐久消費財メーカーのクレジット業務を引き受けることだった。
 加工食品とホテルとケイタリングを事業とするある企業がある。この企業は、ホテルやレストランのための洗濯、加工食品の配送のためのトラック輸送など、いくつかの補助的活動を抱えている。それらの活動は、それぞれ高い水準で運営しなければならない。しかも、かなりの投資を必要とする。おまけに、ピーク時を賄えるようにしておかなければならない。しかしこの企業は、簡単な原則で問題を解決した。本業並みの知識や能力を必要とする洗濯やトラック輸送は、社外の顧客にもサービスを提供する独立した事業にした。
 この2つの事例に共通するのは、本来の製品やサービスに付随するサービスの提供のために、過剰な経営資源を抱えていたという点である。アンバランスな経営資源は通常、弱みとして扱われる。選択と集中をよしとする戦略家であれば、収益性が低い付随業務のアウトソーシングを経営陣に提案したであろう。すなわち、自動車ローンのクレジット業務は大手自動車メーカーに委託し、洗濯やトラック輸送は洗濯や物流の専門業者に委託してしまえばよいというわけである。

 ところが、弱みを強みに変える戦略では、過剰な経営資源を有効活用する方法を模索する。実は、安易なアウトソーシングには落とし穴がある。以前の記事「受賞論文からお気に入りをピックアップ(2009〜2006年)−『マッキンゼー賞 経営の半世紀(DHBR2010年9月号)』」や「「よかれと思ってやったのに・・・」というマネジメントのパラドクス集(その1〜3)」でも書いたように、一見ノンコアに見えるプロセスに継続的な改善を施すと、たとえそれがプロセス・イノベーションにもならないプロセス・インプルーブメントに過ぎないとしても、そこからプロダクト・イノベーションのアイデアが生まれることがあるのである。

 今回の記事はだいぶ長くなってしまったが、前々回まで紹介してきた事業の「暫定的な診断」に比べると、ドラッカーが提唱する「戦略」の中身はかなり骨太であり、かつホログラフィックである(整理して理解するのに苦労したが、汗)。しかも、ドラッカーの戦略論はこれで終わりではない。まだ一度も触れていない第11章では、後の著書『イノベーションと起業家精神』につながるイノベーションの思想的原点が見て取れる。次回はこの点について述べてみたいと思う。


(※1)脅威との棲み分けには一定のリスクがある。脅威が破壊的イノベーションである場合、脅威と棲み分ける、すなわちハイエンド市場へ移動すると、破壊的イノベーションを勢いづける格好の材料となってしまう。また、脅威が破壊的イノベーションでなくても、高級路線へのシフトはいくつかのリスクを負うことになる。つまり、所得水準も高いが要求水準も高い顧客を相手に、購買頻度が低い製品を販売しなければならないため、販売スタッフのサービス水準の向上や顧客リレーション管理、製品の在庫管理に相当の労力を割く必要が出てくる(以前の記事「【第2回】高級志向の顧客を狙う―ビジネスモデル変革のパターン」を参照)。

(※2)余談だが、マクドナルドがここ数年「プレミアムローストコーヒー」を積極的に販売しているのは、てっきりスターバックスなどの脅威に対する対抗策だと思っていた。ところが、原田CEOによると、「コーヒーが売れれば、ビックマックが売れる」という関係があるそうだ。ビックマックは、特別な広告を打たなくても売れる「金のなる木」だという。その金のなる木にもっと金を実らせるために、コーヒーに注力しているわけである。これは脅威を自社に取り込んで、補完財にした例と言えるのではないだろうか?

勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論
原田泳幸

朝日新聞出版 2011-12-07

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April 26, 2012

【ドラッカー書評(再)】『創造する経営者』―ドラッカーの「戦略」を紐解く(3)〜一般的な戦略策定プロセスに沿って整理

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創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

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 前回までは、ドラッカーが事業の「暫定的な診断」と呼ぶ、事業の現状把握のための2つの方法、すなわち「(1)業績をもたらす領域、利益、資源についての分析」と「(2)コストセンターとコスト構造についての分析」について述べた。今回からは残りの2つである「(3)マーケティング分析」と「(4)知識分析」について整理してみたいと思う。

 前回の記事の最後で、「暫定的な診断」はどちらかと言うと業績改善のための方法であり、戦略観があまり感じられないと書いた。戦略策定と関連するのは、むしろ「(3)マーケティング分析」と「(4)知識分析」の方である。以下に、よくある戦略策定プロセスを掲載したが(パワポで書くのが面倒だったので、手書きの図にしてしまった点はご容赦ください)、(3)は市場や競合を俯瞰する外部環境分析に相当し、(4)は自社の経営資源の強み・弱みを洗い出す内部環境分析にあたる。ドラッカーは、経営資源の中でも、「知識」がとりわけ重要な競争優位の源泉になるとしているが、これは後にゲイリー・ハメル&C・K・プラハラードがまとめた「コア・コンピタンス」に通じる考え方である。

戦略策定プロセス

 上図について少し補足すると、上図では戦略(戦略コンセプト)とビジネスモデルを区別している。戦略とは、「どのターゲット顧客に(=Who)、どのような顧客価値を(=What)、どのようにして(=How)提供するか?(自社の組織能力をどう活用し、どうやって競合との差別化を図るのか?)」という基本構想であり、ビジネスモデルはその構想を実現する仕組みを意味する(過去の記事「戦略とビジネスモデルの違いが解る特集―『ビジネスモデル 構想と決断(DHBR2011年8月号)』」を参照)。

 より具体的に言えば、業界全体のバリューチェーンの枠組みに従って、自社が担当するプロセスと、外部プレイヤーである仕入先、販売先などが担当するプロセスを整理し、自社、外部プレイヤー、顧客の間でお金がどのように流れるのか?自社はどうやって売上と利益を上げるのか?を可視化するものである。

 もっと完成度の高いビジネスモデルは、プレイヤー間のお金の流れだけでなく、ヒト、モノ、情報、知識といった経営資源の流れをも明らかにする。簡単な例を挙げると、Amazonのビジネスモデルでは、購買履歴”情報”が顧客からAmazonに流れ、Amazonがそれを高度な統計技法で分析して”知識”に転換し、その知識に基づき顧客におすすめ製品”情報”を提供して、継続購買を促す仕組みになっている(顧客が継続購買をすれば、Amazonはまた新しい購買履歴”情報”を入手し、自社の”知識”がさらに高度化する、という正のフィードバックループもはたらいている)。(ビジネスモデルに関しては、以前の連載モノ「【シリーズ】ビジネスモデル変革のパターン(全20回予定)」も参照)

 ビジネスモデルをデザインした後は、モデルを有効に機能させるために必要な経営資源の量と質を明確にする。これが現有リソースのFit&Gap分析である。その分析結果を基に、経営資源のギャップをどのように埋めるのかを検討しなければならない。例えば、先進的な技術や特許、顧客価値の形成に欠かせない新製品やサービス、営業・販売上の重要な情報や販売網などを獲得するにあたって、R&Dや人材育成への追加投資による内部調達を選択するのか?それとも、買収や提携という手段に出るのか?(提携にしても、業務提携と資本提携のどちらを選択するのか?)を決定する。ドラッカーは本書で、ビジネスモデルについては言及していない(ドラッカーは「戦略」は世に知らしめたが、「ビジネスモデル」という概念までは提唱しなかった)ものの、買収に関しては第13章で解説している。

 これらのリソース調達・強化方法が戦略的打ち手、あるいは戦術という名前で、各部門で実施すべき施策に落とし込まれる。そして、施策の実行スケジュールを引き、実行責任者を特定し、さらに施策の成果を測定する指標(KPI)を設定する。戦略を画鋲に終わらせないためには、スケジュールの作成と成果管理指標の設定まできっちりと行うことが肝要である。この点は、本書の第14章で強調されている。

 (続く)

《2012年5月16日追記》
 この記事を書いた後で思ったのだが、図中の「外部/内部環境分析」は「外部/内部環境の『認識』」と改めた方がいいのかもしれない(図の修正が面倒なので後回しになっているが、汗)。ドラッカーも本書の中で「分析」という言葉を多用しているけれども、「分析」という言葉は、分析の方法や切り口が客観的にきっちりと決まっていて、誰がやっても同じ結論が出るような印象を与える。
 
 ところが、こうした客観的な分析から導かれる戦略コンセプトは、得てして誰でも思いつくような凡庸なものに落ち着いてしまう傾向がある。競合と差別化された戦略を導くには、社内の戦略立案スタッフやコンサルタントが編集したデータや情報を使うだけでなく、既存の顧客や潜在顧客と直に接し、また各部門の現場に赴いて、「多少歪んだレンズ」で現実をじっくりと観察した方がいいのかもしれない。

 そうした「主観的な知覚」が、他の人たちには見えていない市場のチャンスや自社の強みの発見につながる可能性がある。特に、イノベーティブな戦略を導くには、このような主観的な環境認識が重要になると思う(以前の記事「リーダーが帰納的に課題を設定するとはどういうことか?」)。その意味で、環境の「分析」ではなく、環境の「認識」という言葉の方がふさわしいだろう。

 もちろん、こうした主観的な環境認識にはリスクもある。イノベーティブな戦略家は、特定かつ少数の事実を一般化して、事業機会があると思い込む危険性がある(例えば、自分の友人のうち、数人が「こんなサービスが欲しい」と言っただけで、そのサービスが事業として成り立つと思い込んでしまう、など)。とはいえ、結局のところイノベーションは、「どれが当たるのかはやってみないと解らない」という性質から逃れられない。一説によると、1つのイノベーションを起こすには3,000のアイデアが必要だという。だから、「多少歪んだレンズ」を持った戦略家が集まって、戦略コンセプトのアイデアを量産することが重要なのかもしれない。

 なお、「戦略コンセプトの策定」と「ビジネスモデルのデザイン」の間には、「戦略目標の設定」というプロセスが必要である(これは完全に書き忘れた、大汗)。戦略目標の例は、「市場シェア○○%」、「新製品の売上○○億円」、「新規顧客獲得数○○人」などである。こうした目標がないと、ビジネスモデルを描くにあたって、どのくらいの生産体制や販売チャネルが必要になるのか?何社ぐらいの仕入先を開拓しなければならないのか?などといった規模感を算出することができない。