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   新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
October 22, 2011

最先端・・・というほどでもなかったような気もする(2/2)―『「破壊的」経営論(DHBR2011年11月号)』

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 (レビューの続き)

経営資源や資産ではなく「ビジネスモデル」を買収せよ 真実のM&A戦略(クレイトン M. クリステンセン他)
 投資家の予想を超えて売上げや利益率を伸ばすには、破壊的製品あるいは破壊的ビジネスモデルのほうがよほど心強い。そもそも破壊的企業は、既存企業よりもシンプルかつ妥当な価格の製品やサービスを提供している。まずローエンド市場で足場を築いた後、高機能で利益率の高い製品へと、市場の階段を上っていく。

 証券アナリストたちは、現在の株式市場でのランキングから企業の可能性を判断することはできても、破壊的企業が製品やサービスを改良して、どれくらい株式市場を駆け上がっていくかを見通すことはできない。そのため、破壊的企業の潜在可能性をきまって過小評価する。
 2011年3月号以来のクリステンセンの論文(2011年3月号の論文については、過去の記事「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上―『プロフェッショナル「仕事と人生」論(DHBR2011年3月号)』」を参照)。M&Aは様々な目的で行われるが、自社のコア技術・組織能力の強化のためのM&Aや、規模の経済を活かしたコスト削減のためのM&Aは、株式市場の期待を大きく上回ることができないとクリステンセンは指摘する。なぜならば、こうしたM&Aによる企業価値の増加は、すでに現在の株価に織り込まれているからだという。

 株主の期待を大幅に上回るには、引用文にあるように、「破壊的イノベーション」を買収するべきだというのがクリステンセンの提案である。そして、データ・ストレージ業界の大手であるEMCが、2004年にヴイエムウェアを買収した事例を紹介している。
 ヴイエムウェアのソフトウェアを使えば、IT部門は複数の仮想サーバを1つの機器で運用できる。また、サーバー・ベンダーの高額なハードウェア・ソリューションを、低コストのソフトウェアに置き換えることもできる。この製品は、サーバー・ベンダーにすれば破壊的だが、ストレージ機器を販売するEMCにとっては補完的で、しかも顧客のデータ・ルームの奥深くまで入り込めるようになる。

 EMCがヴイエムウェアを現金6億3500万ドルで買収した時、ヴイエムウェアの売上高は2億1800万ドルにすぎなかった。しかし破壊的な勢いによって、ヴイエムウェアは爆発的に成長し、その売上高は2010年には26億ドルに達した、現在、EMCが所有するヴイエムウェア株の価値は280億ドルと、初期投資額の44倍に増加している。
 この事例を読むと、確かに破壊的イノベーションの買収によって、株主を大喜びさせられるようにも感じる。しかし、この事例で1つ見過ごしてはならないのは、ヴイエムウェアは他のサーバ・ベンダーにとっては「破壊的イノベーション」であったが、EMCにとっては「補完財」であったという点である。つまり、EMCが純粋な意味で破壊的イノベーションを買収したとは言い難い。

 市場に破壊的イノベーションが登場した場合、既存企業には3つの選択肢があるだろう。1つ目は、破壊的イノベーションがターゲットとしているローエンドの市場を避けて、ハイエンドへとシフトするという戦略である。ところが、クリステンセンが著書『イノベーションのジレンマ』で示したように、ハイエンドへと避難した既存企業は、ローエンドから駆け上がってくる破壊的イノベーションに対抗できず、やがては衰退する。

 2つ目の選択肢は、何らかの方法で破壊的イノベーションを封じ込めることである。破壊的イノベーションの供給元となっている部品メーカーなどに圧力をかけて供給を断つ、あるいは破壊的イノベーションを買収してそのまま”飼い殺し”にするなど、方法はいくつかある。ただし、この戦略で得をするのは既存企業だけであり、本来ならば最終顧客が破壊的イノベーションによって享受できたであろうメリットは失われる。既存企業は法的には何の違反も犯していないものの、その戦略の正当性が問われることになるだろう(これは企業戦略の倫理性、道徳性に関わる問題である)。

 最後の選択肢は、破壊的イノベーションを自社に取り込むことである。より具体的には、新参の破壊的イノベーションに対抗するべく、自社内で類似の破壊的イノベーションを目的とした新規事業を立ち上げる、あるいは本論文でクリステンセンが提案しているように、破壊的イノベーションを買収する、などといった戦略的打ち手が挙げられれる。

 この戦略の重要なポイントは、既存の主力事業が、どこかのタイミングで破壊的イノベーションに取って代わられる宿命にあるという点だ。戦略の転換期において、経営陣やマネジャーがどのようにリーダーシップを発揮し、旧来のマネジメント構造を刷新するかが、破壊的イノベーションの成否を握っている。そして、戦略の”世代交代”に成功した企業は、既存事業の延長線上では到底なしえなかった飛躍的成長を遂げ、企業価値を大幅に高めることができるはずである。クリステンセンが本当に取り上げたかったのは、こういうM&Aの事例だったのではないだろうか?

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知識経済の進化 「超分業」の時代(トーマス・W・マローン他)
 1776年に出版されたアダム・スミスの『国富論』には、「今後数世紀の経済発展に、中心的な役割を果たすのは分業化である」という有名な叙述がある。

 現在我々が享受している繁栄は、労働者の専門分化とそれに伴う分業によって、生産性が向上したことでもたらされた。知識労働と通信技術の発達のおかげで分業は次なる段階を迎え、またその性質もこれまでと異なるものになるだろう。我々は「超分業」(hyper-specialization)という時代の入り口に立っている。
 製造業では、20世紀の前半に分業が進み、後半には分業が世界規模で実施されたように、知的労働においても、グローバル規模での分業が進むだろうと著者は述べている。この主張自体には、特筆すべき新規性はないだろう。IT業界ではオフショア開発が当たり前のように行われているし、コールセンターを世界中の英語圏の国々にアウトソーシングし、各国の時差をうまく利用して24時間体制の運営を実現している企業も珍しくない。

 ただ、著者はもっと細かい単位での分業化も想定している。例えば、エクセルによるデータ集計や、パワーポイントによるプレゼン資料の作成、会議やインタビューなどで録音した音声の「テープ起こし」(どうでもいいけど、今時テープなど使わずに、mpegファイルなどのデータで保存するから、「mpeg起こし」などといった表現に改めた方がいいのかも・・・)などである(※6)。

 確かに、自社の社員をコア業務に集中させるために、ノンコア業務をアウトソーシングするというのは理にかなっているし、その効果は製造業で十分に実証されている。しかし一方で、何でもかんでも外部に丸投げすればよいかというと、これもまた製造業と同じで、必ずしもそうとは言い切れない。著者は以下のような法律事務所の例を挙げているが、
 法律事務所は、たとえばアメリカの反トラスト(独禁法違反)訴訟の提訴期限に関する細かい規則や過去の判例、テキサス州における殺人の裁判の証拠規則などの知識が突然必要になるかもしれない。そのような場合、新米弁護士の時給の5倍相当額をその分野に特化した専門家に払ったとしても、コスト以上の見返りがあるのではないか。
このケースで新米弁護士の仕事を本当に外部に委託すべきかどうかは、判断が分かれるだろう。よほどの緊急事態ならば、外部委託もやむを得ないだろうけれども、そうでなければ、新米弁護士にやらせた方がいいのではないだろうか?新米弁護士は、限られた時間の中で必要な情報を素早く収集する力を習得できるだろうし、もう少し時間的に余裕があれば、新米弁護士が知らなかった判例や規則を学習する時間にもなる。

 これはある公務員の方から聞いた話だが、書類のコピーを頼んだ新人がその人のデスクに戻ってくると、「君は書類を読んだか?」と尋ねる。その新人が「いえ、読んでいません」と答えると、「コピーが終わるまでに時間があるのだから、その時間を使って書類の中身を読みなさい。そして、先輩がどういう仕事をしているのか勉強しなさい」と注意するのだという。ノンコア業務の中には、若手社員に教育的効果をもたらす業務もある。この点を忘れて安易にアウトソーシングを利用すると、若手社員が育たなくなる可能性があることは強調しておきたいと思う。


(※6)余談だが、マッキンゼーには、パワーポイントによる資料作成を専門とする社員がいると聞いた。コンサルタントはクライアントとの会議やプロジェクト内での議論に集中していればよくて、単調な資料作成はやるな、ということらしい。

 また、ピーター・ドラッカーは膨大な数の著書を残しているが、執筆の際には、まず書くべき内容を自分でしゃべってテープに録音し、それをスタッフに文章化してもらった後で、タイプライターで自ら修正を加えて仕上げる、というプロセスを踏んでいたという。ドラッカーの著書が読みやすいと言われるのは、もともとは口頭で話した内容だったから、というのが理由の1つであろう。
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