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September 17, 2011

「コネクト・アンド・ディベロップ」の次を目指すP&G(2/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』

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 (昨日の続き)

 P&Gのイノベーションには、イノベーション関連の論文や書籍で紹介される他の企業とは異なる特徴が2つあると思う。1つ目は、「イノベーションを既存事業から切り離さない」という点である(「イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』」を参照)。イノベーションは製品開発プロセスを行ったり来たりと試行錯誤を繰り返すものであり、利益が上がるまでに長い時間がかかる。イノベーションを既存事業と同じようなマネジメントを適用し、既存事業と同じ売上目標や利益目標を使って業績管理を行うと、せっかくのイノベーションが窒息してしまう危険性がある。従って、イノベーションは既存事業から独立させ、既存事業の影響を受けないようにするのが望ましい、というのが一般的な見解である。

 ところが、P&Gは一般論に反して、イノベーションを既存事業から切り離さない。これは、P&Gにおけるイノベーションの定義に起因すると思われる。すなわち、P&Gでは既存製品やサービスから派生したイノベーションが重視され(先日のイノベーションの分類で言えば(1)〜(3))、イノベーション・プロジェクトは既存事業の経営資源と共通のリソースを必要とすることが多いからである。よって、大部分のプロジェクトチームは、既存の事業部門の中に設置される。

 もちろん、P&Gにもクロス・ファンクショナル・チームのような部門横断的なプロジェクトは存在する。だが、そのような案件であっても、製品アイデアがある程度形になった段階で、スポンサーとなる事業部門が特定される。そして、その後は、スポンサー部門が案件の事業化と収益に責任を持つことになっている。

 P&Gのイノベーションのもう1つの特徴は、「イノベーションは既存事業から切り離されていないものの、イノベーションの担当者は日常業務との兼任ではなく、イノベーション専任になる」という点である。これは、グーグルの「20%ルール」や3Mの「15%ルール」とは異なるP&G独自のルールである。

 よく知られているように、グーグルのエンジニアや3Mの研究員は、自分の勤務時間の一定割合を、イノベーションに費やすことが許されている。これは見方を変えれば、グーグルや3Mは、P&Gと同じように、既存事業の中にイノベーションを位置づけている一方で、P&Gとは違い、社員が日常業務とイノベーションを兼務している、ということになる。では、P&Gはなぜ、グーグルや3Mのような兼任体制をとらなかったのだろうか?

 ここからは完全に仮説の域を出ない話で恐縮だけれども、1つ目の理由として考えられるのは、グーグルの20%ルールや3Mの15%ルールが、エンジニアや研究員といった特定の職種を対象としているのに対し、P&Gは研究員だけでなく全社員がイノベーションに関わることを推奨しているからである。

 エンジニアや研究員のように、クリエイティブな仕事に就いている人たちは、画一的なルールによる束縛を嫌い、自分のペースで、自らの裁量で仕事を進めることを好む。さらに、何か新しいアイデアを思いついたら、それをすぐに試してみたいという動機を持っており、マルチタスクを苦としない。そういう人たちには、20%ルールや15%ルールのように、日常業務とイノベーションを自分で自由に切り替えられるルールが適していると言える(それに加えて、採用段階でそういう切り替えが上手にできる人を慎重に選別している)。

 これに対し、P&Gは全社員にイノベーションへの関与を要求している。社員の中には、担当業務の性質上、普段はそれほどクリエイティビティが要求されない業務を担当している人や、マルチタスクがあまり得意でない人も含まれるであろう。そういう社員にもイノベーションに積極的に参画してもらうには、普段の業務を気にせずに、イノベーションに全ての神経を集中させられる環境を用意することが重要なのかもしれない。

 もう1つの理由は、特にグーグルとP&Gの違いに関連するのだが、イノベーションの対象となる製品やサービスの特性によるものである。グーグルの場合、20%ルールの範囲内でエンジニアが作っているのは、新しいソフトウェアのプログラムである。プログラムのソースコードは、バーチャルなやり取りが可能であるがゆえに、各地に散らばっているプロジェクトメンバーが空き時間を利用して、少しずつ開発を進めることができる。

 例えば、月曜日にAエリアのPさんがプログラムのコンポーネントを開発し、火曜日にBエリアのQさんがPさんのソースコードをチェックする。水曜日にはCエリアのRさんが、修正されたソースコードと自分が書いたソースコードをまとめてプログラムを最終化を試みる。

 すると、AエリアのPさんが、もう1つ必要なコンポーネントを思いついたらしく、水曜日に新しいプログラムを急きょ開発して、CエリアのRさんに送りつける。Rさんがソースコードの統合に困って社内イントラでヘルプ要請をしたところ、たまたま社内イントラを眺めていたDエリアのSさんがその要請を発見し、Rさんにアドバイスを送りながらプログラムの完成を支援する。

 木曜日と金曜日にはEエリアのTさん、Uさん、Vさんの3人が、それぞれ空き時間を利用して、プログラムのテストとデバックを行う。金曜日が終わる頃には、テスト結果が各地のチームメンバーにフィードバックされる、といった感じである。

 P&Gのイノベーションは、特定地域の消費者をターゲットとした消費財である。イノベーション・プロジェクトのメンバーは、市場調査のために現地に向かい、消費者の潜在ニーズを共有し、製品コンセプトを描き出す。そして、試作品を何パターンか生産し、品質基準やデザインを明確にしていく。ターゲット顧客にも試作品を使ってもらい、フィードバックを得ながら、新製品の仕様や価格を最終化する。

 さらに、新製品が小売店の棚に並べられた時、ターゲット顧客は小売店内でどのような行動をとるか?新製品を迷わず手に取ってくれるか?小売店のスタッフはターゲット顧客に対してどのようなアドバイスをすればよいのか?などといった点を、P&Gが所有する仮想店舗内で検証する。こうしたテストを経て、新製品を市場に投入するか否か、最終決定が下される。

 これらの一連のタスクを見ても解るように、P&Gの場合は、消費者やプロジェクトメンバーと直接顔をつき合わせながら進める仕事が多い。さらに、いずれのタスクも、空き時間に少しずつやれるような類のものではなく、タスクにどっぷりと浸かる必要がある。だから、グーグルのように、バーチャルな環境を活用して、日常業務を兼務しながらイノベーションを推進することが困難なのである。従って、プロジェクトメンバーが同じ場所に集まり、集中的にリソースを投下できるよう、専任体制をとっているのであろう。
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