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August 30, 2011

【再考察】菅直人首相はなぜ退陣に追い込まれたのか?(2)

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏がtwitter上で触れた記事「菅直人首相の退陣によせて」(Danas je lep dan、2011年8月26日)には、「菅首相以外の誰がやっても、結果は大して変わらなかっただろう」といったことも書かれている。確かに、今回のような事故の対応に「まさにぴったりの適任」という人物はいないだろうし、菅首相自身も「自分以外の誰だったらうまくやれたというのか?」と周囲にもらしたことがあった。

 原発事故処理の遅れや、事故に起因する健康被害、農畜水産物の被害、さらには風評被害のうち、どこまでが菅首相の意思決定に帰すべきものなのかは、今後じっくりと検証されることだろう。一般論で言えば、意思決定とは、「状況の把握⇒解決すべき課題の設定⇒選択肢の列挙⇒選択肢の絞り込みと実行⇒実行した結果のフィードバック(フィードバック内容は、次の状況の把握へとつながっていく)」という一連の流れが、次々と重なっていくものである。

 今回の原発事故対応をめぐっては、

 ・意思決定を下すべき局面がどのくらいあったのか?
 ・それぞれの局面で、菅首相はどのように関与・決断をしたのか?(あるいは関与・決断をしなかったのか?)
 ・菅首相の関与・決断によって、どのような結果がもたらされたのか?(事故処理が遅れたのか、それとも早まったのか?健康被害などが悪化したのか、それとも改善されたのか?)
 ・菅首相の判断は、他の政治家でも下す可能性があったものか?それとも、菅首相だからこそ下した判断だったのか?
 ・菅首相以外の政治家ならば、どのように関与し、どのような決断を下したのだろうか?
 ・その決断によって、どのような結果がもたらされたと想定されるか?(事故はもっと早く終息したのか?健康被害などをもっと抑制することができたのか?)

などといった論点について、各方面の専門家を含めたチームが広範なヒアリングと情報収集を行い、緻密な分析を行う必要がある。これは非常に骨の折れる作業だ。しかし、NASAのコロンビア号が爆発事故を起こした際には、このような事後検証が徹底的に行われた。その結果、コロンビア号の教訓は多くのビジネススクールで教えられているし、書籍にもなって世の中に出回っている(※8)。今回の原発事故対応についても同様の検証を行い、菅首相の責任の範囲を明確にすることが重要であろう(検証結果が出るのは何年後になるかわからないし、重要な議事録が残っていないために、どこまで深く検証できるか不透明な部分はあるけれども、それでも検証を行うべきだ)。

(2)適切な意思決定プロセスを経ないままの決断が多かった
 菅首相が退陣に追い込まれた主たる要因は、これまで述べてきたように、(1)リーダー自身が狼狽してしまい、リスクマネジメントができなかったという点が大きかったわけだが、それ以外にも2つの要因を指摘することができる。2つ目は、「保身のための思いつき」と揶揄された唐突の意思決定が多かったことである。原発事故対応での失点を取り戻すためなのか、菅首相がとっさに発したのが、「浜岡原発の停止要請」と、「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」の2つである。

 浜岡原発は国の耐震基準を満たしており、震災後に経済産業省が各電力会社に指示した緊急安全対策にも対応している。浜岡原発は、東海大震災の想定地のすぐそばに立地しており、事故のリスクが他の原発に比べて高いのは事実である。実際、菅首相の緊急記者会見では、「今後30年以内にマグニチュード8級の東海大地震が発生する可能性が87%」というデータも示されている(※9)。
 
 だが、緊急記者会見以前に、菅首相は経済産業省や中部電力の関係者に、何かしらアプローチをかけたのだろうか?中部電力の取締役会がすぐに結論を出せなかったのを見ると、中部電力にとっては全くの「寝耳に水」だったに違いない。

 もう1つ、日本国民を、というか世界中を驚かせたのが、パリで開かれたOECD(経済協力開発機構)設立50周年記念行事で菅首相が行った講演の内容である。菅首相は、原発事故を受けたエネルギー政策を語る中で、「設置可能な約1,000万戸の家の屋根にすべて太陽光パネルを設置することを目指していく」と日本語で宣言した(※10)。

 この発言は、今度は経済産業省にとって「寝耳に水」であった。なぜなら、事前に用意されていた原稿には1,000万戸という具体的な数字は盛り込まれておらず、菅首相がスピーチの直前に独断でつけ加えたものだったからだ。いくら世論が脱原発&自然エネルギー推進に傾きかけているとはいえ、海江田万里経産相をはじめとする経産省の関係者に何の事前通告もせずに、国際舞台でいきなり発言したのには問題がある。国際舞台において、一国のトップの発言がどれほどの重みを持つかを菅首相が理解していなかったと言われても仕方ないだろう。

 もちろん、緊急事態においては、通常の意思決定プロセスでは時間がかかりすぎると判断した場合に、例外的な意思決定プロセスをとること自体は何ら間違ったことではないし、むしろ推奨されるべきですらある。私自身も、このブログでリーダーシップを論じる際には、この点に何度も言及している。一般的なマネジャーは組織で定められた公式の手続きを尊重するのに対し、リーダーは非公式の手続きをうまく組み合わせて周囲の人々を動かす。それが政治家であれば、超法規的枠組みによる意思決定という形をとることになる。

 しかし、「浜岡原発の停止要請」と「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」については、非公式のプロセスすら省略され、完全に菅首相の独断で進められてしまった。震災直後に、菅首相が挙国一致を目指して「大連立」を構想した時には、いきなりメディアで「大連立を検討します」と発言してから自民党に打診したわけではない。自民党の谷垣総裁や石破政調会長に、事前に水面下で電話をかけているのである(もっとも、谷垣総裁に「復興担当大臣」を打診するという、かなりの”クセ球”だったわけだが)。

 大連立構想の時にはできたことが、なぜ「浜岡原発の停止要請」と「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」の時にはできなかったのだろうか?大連立を断られたことで(あるいは、大連立の件以外にも、民主党内外に非公式に持ちかけた施策が却下されたことが重なって)、「非公式に打診しても拒否されるのがオチだから、いっそ自分で発言して既成事実化してしまおう」と考えたのだろうか?いずれにせよ、菅首相の単独行動が、周囲の不信感を強めたのは間違いないだろう(そして、イタチの最後っ屁とばかりに、退陣の直前でまたしても唐突に「朝鮮学校の無償化の再検討」を指示した(※11))。

 (明日で最後)

(※8)日本でも、例えばマイケル・A・ロベルト著『決断の本質』(英治出版、2006年)などで、コロンビア号爆発事故に関するNASAの意思決定プロセスの問題点を知ることができる。

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(※9)「【日本版コラム】浜岡原発停止要請が引き起こす3つの混乱―追加対策としてPPSの見直しを」(WSJ日本版、2011年5月9日)
(※10)「菅首相『太陽光パネル1000万戸に』 実現可能な数字なのか」(J-CASTニュース、2011年5月26日)
(※11)「菅首相、朝鮮学校の無償化再開指示 退陣直前に唐突に」(MSN産経ニュース、2011年8月29日)
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