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December 15, 2010

既存企業が戦略ストーリーを再構築することは不可能なのか?―『ストーリーとしての競争戦略』

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楠木 建
東洋経済新報社
2010-04-23
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わかりやすく、読み物としても面白い
わかり易さと面白さを支持したい
優れた戦略の暗黙の前提を理論立てて明示した本
posted by Amazon360

 前回の記事で大まかな内容は紹介したが、今日はこの本で個人的に物足りなかったところを3点ほどまとめてみたいと思う。

(1)戦略ストーリーを完全に分析していないものはどう解釈すればよいか?
 同書では、著者が戦略ストーリーの「名作」と呼ぶサウスウェスト航空やガリバーインターナショナルをはじめ、数多くの優良企業の事例が紹介されている。しかし一方で、必ずしも全ての事例が前回の記事で引用した「5つのC」の観点から分析されているわけではない。

 個人的にとりわけ気になったのは、同書の前半で頻繁に登場するマブチモーターの事例である。マブチモーターの「クリティカル・パス」は「モーターの標準化」であった。顧客である最終製品メーカーの仕様に合わせてモーターを受注生産するのが業界の常識であったのに対し、マブチモーターはモーターを標準化し、大量生産によるコスト低減に成功したというのが著者の分析である。

 では、マブチモーターの「コンセプト」は何だったのだろうか?コンセプトとは、その企業が顧客に提供している本当の価値である。サウスウェスト航空であれば、「空飛ぶバス」というキーワードで表現されている通り、バスのように安い運賃で中距離都市間を移動できることが顧客にとっての価値になる。楽天であれば、三木谷社長が「エンターテインメントとしてのショッピング」という言葉で語ったように、まるで商店街を散策するかのごとく、インターネット上で買い物を楽しめることが顧客価値だと言える。そして、「顧客価値を提供するために、自社は何をしなければならないか?」という視点から、クリティカル・コアを含む戦略の「構成要素」が導かれる。

 ただし、マブチモーターの場合は、顧客価値からクリティカル・コアが導かれたという感じがしない。マブチモーターの主要顧客は玩具メーカーであったが、顧客の仕様に合わせて生産をしていると、玩具が売れる冬だけ工場がフル稼働し、それ以外の季節は稼働率がガクッと下がってしまう。さらに、受注生産では在庫のストックが持てないため、冬の在庫を夏に持ち越すことができない。

 こうした非効率を打開するために編み出されたのが、「モーターの標準化」というクリティカル・コアである。だがこれは、顧客価値から導かれたというよりも、(言い方が悪いかもしれないが)自社都合で導かれたものであるような気がするのである。実際、モーターの標準化を顧客に受け入れてもらうまでには、相当の苦労があったことが同書からも読み取れる。

 幸い、顧客にモーターの標準化が受け入れられたからよかったものの、仮にこれが失敗していたら、「マブチモーターは顧客の視点を失って、自分勝手な生産をやったから失敗した」というレッテルを貼られておしまいである。マブチモーターの戦略ストーリーについては、その成功要件を十分に説明できていないのではないか?という疑問がどうしても残る。

 マブチモーターと同じように頻繁に登場する事例として、セブンイレブンがある。同書には、セブンイレブンの仮説検証型の発注方式に言及している箇所がいくつかあるのだが、果たしてセブンイレブンのクリティカルコアとは一体何なのだろうか?私の感覚としては、「仮説検証型の発注方式」はクリティカル・コアではない。なぜなら、それ単独で見ても十分に合理的だからだ。

 セブンイレブンの戦略を構成する要素には、プロモーション効果を狙った「一地域への大量出店」や、店舗間での成功事例の共有を推進する「フィールド・カウンセラー制度」など様々なものがある。しかし、前者はABCマートもやっているし、後者は資生堂が似たようなナレッジマネジメントをやっていることを踏まえると、クリティカル・コアとしての決め手を欠くように思える。

 小一時間ほど粘って考えてみたが、思いつく限りの構成要素はどれもクリティカル・コアとまでは呼べないという結論に達した(もうちょっと考えろよ、と突っ込まないでね)。セブンイレブンもまた、同書で頻繁に言及されている割に、戦略ストーリーの読解が進んでいない印象が残ってしまった。

(2)既存企業が戦略ストーリーを再構築することは不可能なのか?
 同書で取り上げられている企業の大半は、創業時の戦略が今も活きている企業である。サウスウェスト航空、アマゾン、デル、楽天、ユニクロ、ガリバー、これらは皆、更地の状態から強固な戦略ストーリーを練り上げて成功している。

 しかし、この本を読んでいる多くの実務家にとっては、「自分が所属している既存事業の戦略ストーリーをどのように書き換えればよいのか?」ということの方が重要であろう。戦略ストーリーを一から作り出すのと違って、既に存在する戦略の文脈上にストーリーを再構築する場合は、既存事業の厄介なしがらみを考慮する必要があり、違った難しさがある。

 同書の中で、既存事業の戦略ストーリーの書き換えに成功した事例と言えるのは、マブチモーター(前述の通り、不完全なところもあるが)とアスクルの2社ぐらいである。著者は、「戦略ストーリーの書き換えは事例が少ない。最も華々しい成功例として、ルイス・ガースナー時代のIBMを挙げることはできるが、それ以外にはなかなかいい事例が見当たらない」といった趣旨のことを述べている。

 こういうことを言うと怒られるかもしれないが、世の中の企業には、そこそこの業績は上げているものの、戦略が不完全であるために苦しんでいるところが少なくないように思える。そのような企業に勤める人にとっての関心事は、「自社が現在の中途半端なポジションから抜け出すには、どうすればいいのか?」ということである。残念ながら、著者が提唱する戦略ストーリーの考え方は、この問いに対して十分な答えを用意してくれていない。

(3)経営学における「論理としての価値」はどこにあるか?
 論理とは一定の汎用性を備えたものでなければならない。経営学においては、その論理が将来を見通すのに役立つか否かが汎用性のカギを握っている。もちろん、経営とは不確実性が高い環境における実学であるから、どんなに優れた論理であっても、将来を100%予測できるわけではない。しかし、だからといって将来の予測を諦めてもよいということにはならない。

 著者が提唱する戦略ストーリーの考え方は、過去の戦略の成功や失敗をうまく説明できる論理にはなっているが、現在進行している戦略の是非を問う論理にはなっていないと思う。確かに、研究者という立場から、ある特定企業や特定業界の"今の戦略"を評価することはリスクが伴う。だが、全くできないことではないとも思うのである。

 クレイトン・クリステンセンは、自らが発見した「破壊的イノベーション」の論理を用いて、10年も前の時点で既に電気自動車の未来を予測していた。その予測が当たっていたかどうかが問題なのではなく、過去の分析から導き出した論理を、将来に向けて適用しようとする姿勢そのものが重要である。もしも、著者が戦略ストーリーの論理を用いてある特定の業界の動向分析し、何かしらの示唆を導き出していたならば、もっと興味深い本になったかもしれない。
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