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   新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
July 21, 2010

人間の理性の限界を徹底的に茶化してるな−『ブラック・スワン』

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ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社
2009-06-19
おすすめ平均:
予測できないもの(Black Swan)の本質的な理解を促す啓蒙的な著
訳へたすぎ
「専門家」の権威に盲従しない勇気
ナシーム・ニコラス・タレブ
ダイヤモンド社
2009-06-19
おすすめ平均:
予測できないもの(Black Swan)の本質的な理解を促す啓蒙的な著,
やはり、文章が読みにくい
それなら、どうすれば良いのか?
posted by Amazon360

 一言で言えば、「帰納的推論」の限界を論じた本。タイトルのブラック・スワンは直訳すれば「黒い白鳥」であるが、我々は経験則として白鳥は白いと思っている。だが、ある日突然「黒い白鳥」が発見されたとしよう。すると我々の頭はパニックだ。生物学者は過去の研究を再検証しなければならないし、生物図鑑を発行する出版社は原稿の書き直しを迫られる。それに、「白鳥の湖」を踊っている世界中のバレエ団は、果たして今後も白い衣装でステージを続けていいのかどうか、喧々囂々の議論を繰り広げることになるだろう。たかが黒い白鳥とあなどるなかれ、その影響は計り知れないのだ。

 つまりブラック・スワンとは、帰納的推論から導かれた一般法則に当てはまらない例外事象であり、かつその影響が非常に大きいという特徴をもつ。我々は帰納的推論によって未来を予測しようとする。しかし、ブラック・スワンの存在があるために、未来を予測することは不可能であると著者は再三注意を喚起している。例え専門家であっても、素人よりも正確に未来を言い当てることができるという証拠はどこにもないとさえ著者は言う。

 上記のことは、帰納的推論につきまとう限界としてはごくごく当たり前の話ではある。だが、あまりにも我々が帰納的推論に頼りすぎており、しかもブラック・スワンが現れると狼狽しながらも何とかそれを新しい法則でうまく説明しようとするいい加減な態度に著者は相当業を煮やしているようで、本の至るところで怒りをぶちまけている。その展開が痛快で面白い。ただ、個人的に下巻は正直要らなかったかな?上巻だけでも十分な内容であり、下巻は読みながらちょっと食傷気味になってしまった。

 完全な演繹的推論が成り立つのは、数学や法の世界など一部に限られている。数学の世界で言えば、ユークリッド幾何学は、まず最初に一連の公理(例:2つの点が与えられた時、その2点を通るような直線を引くことができる)を並べて「公理系」を確立する。そして、公理系に基づいて様々な定理を証明する、という流れをとる。

 法の世界においては、憲法、法律、条約、条例、判例、慣習法などの様々な「実定法」(人為により定立された法又は特定の社会内で実効的に行われている法)が存在し、これらは憲法を頂点としたピラミッド構造をとっている。実定法の背後にはさらに「自然法」(事物の自然本性から導き出される法の総称)が存在し、自然法が実定法の正当性を担保する。

 そして、自然法を究極的に定めるもの(=法源)は、法実証主義者のハンス・ケルゼンによると神、自然、理性の3つであるとされる。自然法の法源は、数学における公理系と同じ位置づけであると考えると解りやすい(ただし、公理系や自然法の法源そのものの正当性を証明することはできない)。

 厳密な証明を必要とする自然科学の世界でさえ、一般法則を導くための思考は帰納的推論に大きく依存している。例えば、ガリレオ・ガリレイは実験を通じて、物体の落下時間が質量に比例するものではないことに気づき、「物体の落下速度は質量にかかわらず一定だろう」と判断した。これは個別の事象から一般的な法則を導き出しているから、帰納的推論である。

 その後、アイザック・ニュートンの研究によって、物体が従うべき法則として「万有引力の法則」や「運動の法則」が設定された。これが認められた後は、物体を落下させる実験を行わなくてもその落下時間は計算できるし、全く異なる条件下(例えば金星)で同じ実験を行った場合の値も推測できる。これは、個別の事象から帰納的に導かれた一般法則が正しいという前提の下で、ある別の事象についてその法則を演繹的に当てはめて判断した結果と言える。

 ただし、いくら科学者が厳密に設定した法則であっても、そしてそれらを演繹的に活用して新たな法則を生み出したとしても、スタートラインにおいて帰納的推論に従っている限り、いつでもブラック・スワンの脅威が立ちはだかる。ひとたびブラック・スワンが現れれば、過去の法則を再検証し、新たな法則を打ち立てなければならない。自然科学はいつの時代にもそうやって発達してきた。

 同じことが社会科学であるマネジメントにも当てはまる。マネジメントの原理原則は、成功企業や失敗事例の観察、職場や工場での実験を通じて得られた事実の積み重ねから確立されている。言い換えれば、マネジメントの法則は自然科学の場合と同様に、その発見段階では帰納的推論に拠っている。これらの法則が多くのビジネスパーソンから正当性を認められると、今度はその法則が演繹的推論に用いられるようになる。

 例を挙げると、戦略論においては、「新規事業に進出する場合には、既存事業とのシナジーが高ければ高いほどよい」、「買収などによる外的成長よりも、社内の研究開発や新規事業立ち上げを通じた内的成長の方が成功しやすい」といった法則が存在しており、経営企画の人たちや外部のコンサルタントはこれらの法則に従って成長戦略を描く。

 ところが、これらの法則には最大の例外がある。ジャック・ウェルチが率いたGEである。ウェルチがCEOを務めた時期のGEは、買収に次ぐ買収によって多角化を推し進めた。しかも、傍から見ると必ずしも既存事業とのシナジーが明確でないものも多数含まれていた。にもかかわらず、GEは「世界最強の企業」の名を欲しいままにし、栄華を誇ったのである。GEは経営学者を悩ませる大きな例外であった。(シナジーなき多角化に成功したGE 「現代の謎」への市場の判断は?|MochioUmeda.com

 さらに悲観的な話をすると、経営学者の研究を通じて明らかになった企業経営の成功・失敗要因は3割程度しかないという話もある。清水勝彦氏は著書『経営の神は細部に宿る』の中で、『Academy of Management Journal(AMJ)』という世界的に権威のある経営学会誌に掲載された論文に着目している。

清水 勝彦
PHP研究所
2009-05-21
おすすめ平均:
分かりやすい!
ノイズか、それともシグナルか
一つのクリップの意味は・・・
posted by Amazon360

 2008年に掲載された55本の論文のうち、多変量解析を用いている21本の論文を見てみると、その決定係数(R2:論文に登場するモデルが、観測データをどの程度説明できるかを表す数値)は最高でも0.78、最低だと0.02というのもあり、単純平均で0.34だという。つまり、モデルが説明しているのは観測データの3割程度であり、残り7割はノイズとして無視されていることになるのだ。

 経営環境は常に変化しており、いつ何時ブラック・スワンが目の前に現れるか解らない。過去の法則が未来永劫使える保証はどこにもない。ブラック・スワンを一時的な例外だと過小評価して、過去の因習にしがみつく企業は死に絶えるだろう。逆に、ブラック・スワンをうまく味方につけることができれば、競合他社を出し抜いて大きな成功をもたらすかもしれない。

 懐疑主義に立って早計な判断を留保し、事実をよく観察すること。特にリーダーは、さながら人類学者のように先入観を捨てて現実世界と対峙し、自分や自社のこれまでの成功を脅かしかねない例外的事象に目を光らせなければならないだろう。
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