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June 19, 2010
「渋沢流儒学」とも言うべき1冊(2)−『論語と算盤』
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(その1からの続き)
(3)独占を排除し、競争を促進する
渋沢は、孟子の「敵国外患無き者は国恒に亡ぶ」(競争する国や敵国がなくて外国に攻められる心配もない国は、国全体に緊張を欠き油断を生じてついには国が滅亡する:デジタル大辞泉の用語解説)という言葉を事業にも当てはめて次のように述べている。
国家が健全なる発達を遂げて参ろうとするには、商工業においても、学術技芸においても、外交においても、常に外国と争って必ずこれに勝って見せるという意気込みがなければならぬものである、ただに国家のみならず、一個人におきましても、常に四囲に敵があってこれに苦しめられ、その敵と争って必ず勝って見せましょうとの気がなくては、決して発達進歩するものでない渋沢は日本の産業が発達する上で競争は欠かせないという信念を強く持っていた。これと全く異なる思想を持っていたのが、同じく日本資本主義の礎を築き、三菱という巨大財閥を作り上げた岩崎弥太郎であった。岩崎は独占を是とする考えの持ち主であり、しばしば渋沢とは意見が衝突した。
岩崎が独占しようとしたのは利益だけではなかった。経営権の独占も目論んだのである。岩崎は徹底した専制主義により、一人で何でも意思決定する経営スタイルを好んだ。一方、渋沢は多人数の共同出資による「合本組織」を理想としており、この点でも両者の意見は食い違った。
最大の対立は、三菱の海運独占に対抗して、岩崎が共同運輸会社を設立したことだろう。渋沢自身は『経営論語』の中で、「私は個人として別に弥太郎氏を憎く思っていたのではない」と振り返っているが、岩崎は渋沢の一連の行動に憤慨したため、二人は完全に疎遠になってしまった。
岩崎の死後、三菱と共同運輸会社の競争があまりに激化してしまい、このままでは共倒れになってしまうということで、政府と渋沢が間に入って両社の合併を行った。こうして誕生したのが現在の日本郵船である。
(4)朱子学に対する批判
『論語』を人生の教科書とした渋沢ではあるが、朱子学に対しては手厳しい批判を行っている。朱子学は、宋の時代に朱熹が『論語集注』を著して完成させたものであり、「四書」「五経」の内容を高度に体系化して、宇宙と人間とに通底する真理の存在を明らかにした。
朱子学のもう1つの特徴は、「智」を排除したことにある。もともと儒教には、「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」という8つの徳目が存在する。朱熹は、「智」が人間を詐術に走らせる弊害多きものと批判し、そんなものは商売によって功利を追求する平民だけが持っていればよいと、八徳から追い出してしまったのである。他方で、為政者たるものは、智に惑わされることなく、ただひたすら修身に努めるべきと説いた。この点について、渋沢は次のように痛烈な批判を浴びせかけている。
これは大なる誤思謬見で、仮に一身だけ悪事がないからいいと手を束ねている人のみとなったらどんなものであろうか、そういう人は世に処し社会に立ってなんらの貢献するところもない、それでは人生の目的が那辺(なへん)に存するかを知るに苦しまねばならぬ朱子学は、為政者は仁義道徳のみを、国民は智に基づく商売の成功のみを追求すればよいというふうに、両者の役割をばっさりと分断してしまった。その結果、為政者は空理空論に走り、国民は私利私欲に溺れるというありさまで、モンゴル民族に滅ぼされてしまう。『論語』の解釈が最も高度に発達した時代に国力が最も衰退し、あろうことか外部の民族に国を乗っ取られるというのは、何という歴史のいたずらだろうか?
(中略)もし智の働きに強い検束を加えたら、その結果はどうであろう、悪事を働かぬことにはなりもしようが、人心が次第に消極的に傾き、真に善事のためにも活動する者が少なくなってしまわねばよいがと、甚だ新あぴに堪えぬわけである
前回の記事で「士魂商才」という言葉を紹介したが、これは決して士魂だけを重視すればよいことを意味するのではない。士魂と商才の両立こそが肝要なのであって、商才を発揮するには「智」の力が欠かせないことを渋沢は見抜いていたのである。
(5)論語にも西洋思想のような権利意識は存在する
渋沢はどんな人とでも心を開いて話をし、どんな交渉でもその丸顔に笑みを浮かべながら話を進めるような、「調和」を尊ぶ人物であったそうだ(だから、岩崎が渋沢を憎むことはあっても、その逆はなかった)。そうした性格は、思想面にも現れている。よくありがちな西洋VS東洋といった対立論に持ち込むことをせずに、両者の共通点を見出そうと努力していた。
一般に、西洋(特にキリスト教)は権利意識から、東洋は義務意識からスタートしていると言われる。渋沢も、西洋では「汝の欲するところをなせ」と積極的な表現を用いるのに対し、東洋では「己の欲せざる所人に施すことなかれ」と消極的に表現することを引き合いにして、この点を認めている。
しかし、だからといって『論語』に権利意識が全くないのかというと、そうではないと渋沢は言う。
論語にも明らかに権利思想の含まれておることは、孔子が「仁に当っては師に譲らず」と言った一句、これを証して余りあることと思う、道理正しきところに向こうては飽くまでも自己の主張を通してよい、師は尊敬すべき人であるが、仁に対してはその師にすら譲らなくともよいとの一語中には、権利観念が躍如としているではないか渋沢はもっとマクロの視点から、東洋・西洋の思想を包括する考え方を模索していた。「帰一教会」がそれである。結局のところ、いずれの思想も「本当の富を創出するためには、仁義道徳と生産利殖を両立させる必要がある」という一点に帰結するのではないか?というのが渋沢の仮説であった。帰一教会には日本人に加え、欧米人も参加して研究を進めていたという。
私は最近、個人的に「宗教とリーダーシップの関係」に関心を寄せており、東洋と西洋のリーダーシップのあり方の背景には、宗教が強く影響していると見ている。もちろん、それぞれの宗教がたどった歴史の違いが、両者のリーダーシップの違いとなって多々表出しているとは思うが、根底ではどこかでつながっている部分があるような気もしているのだ。これは長い時間をかけて追いかけてみたいテーマである。
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コメント
岩崎弥太郎動画少ないですね。
Posted by: サキチ&村石太マン | June 20, 2010 12:19