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June 11, 2010
健全な社内競争で社員力をアップさせる5つの条件
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社員同士がよきライバルとなり、お互いに切磋琢磨することができれば、社員のスキルは自ずと向上し、企業の業績にも好影響を与える。競争は進歩を生み出す有力なメカニズムである。一方で、行き過ぎた競争や間違った競争は、社員の行動を本来の目標とは違う方向へと導いてしまい、最悪の場合は組織を破壊してしまう。今回は、企業の業績向上につながり、かつ組織力も高まるような「健全な社内競争」の条件を5つほど挙げてみたいと思う。
(1)いかなる場合でも顧客の利益を最優先する
競争はあくまでも手段であって、それ自体が目的ではない。事業の目的は顧客のために価値を創造することであり、社内競争はそれに資するものでなければならない。よって、いつ何時も、顧客の視点に立つことが求められる。
「顧客視点」という言葉はあまりにありふれていて、ピンとこないかもしれない。ただ、1つだけ確実に言えることは、「少なくとも社内でお互いの足を引っ張り合うようなことはしてはならない」ということだ。昔のGMは部門間の競争がひどかったようである。GMのある会長は、社内で新しい自動車をデザインして製造する流れを次のように表現した。「デザイン部門の連中はボディーをデザインし、『つくれるもんならつくってみやがれ、畜生め』と言いながら青写真を製造部門に渡し、製造部門の連中は『金属をこんな形に打ち抜けるわけがねぇじゃねぇか。それにどうやってこれを溶接しろって言うんだ』と答える」(※1)
これではただ単に他部門をいじめるために仕事をしているようなものだ。デザイン部門も製造部門も顧客の方を向いていない。こんな状態だから、市場のニーズに合わない自動車が大量に生産されるハメになってしまったのだろう。
一方、ホンダの研究開発の特徴について、かつて関係者から話を聞いたことがある。ホンダでは、複数のチームが同じテーマで研究を進めることも珍しくないという。あえてそうすることで、チーム間の競争を促しているというわけだ。もちろん、相手チームの研究を邪魔するなんて野暮なことはしない。どのチームも、いい製品、いい技術を生み出すために研究を進めている。
(2)最終結果だけでなく、プロセスも評価する
いわゆる成果主義が誤って運用された場合にも共通して言えることなのだが、最終結果だけを評価すると、社員はいい結果を残すために手段を選ばなくなる。特に、結果が数字になって現れやすい営業部門ではこの傾向が出やすい。顧客が望んでもいない製品を強引に売りつけたり、顧客からの値引き要求を突っぱねて不当に高い価格で契約したり、「この顧客からは売上が見込めない」と解った瞬間に不遜で失礼な態度に出たりすることがある。
こうしたリスクを防ぐためには、最終結果に至るプロセスを評価することが重要になる。ここで言うプロセス評価には2つの視点がある。1つは、部門で決められた標準的な業務プロセスに則って仕事をしているか、そしてもう1つは、短期的な成果を上げるための活動だけではなく、中長期的に大きなリターンが得られそうな仕事に対する「種まき」にも力を入れているか、という視点である。
とりわけ後者を評価する意義は大きい。なぜなら、短期的な成果とそのプロセスばかりに注目していると、社員は目先の簡単な仕事ばかりを選ぶようになるからだ。営業であれば、訪問しやすい顧客、受注しやすい案件(概してそれらは小口であることが多い)ばかりに注力してしまい、もっと大きなポテンシャルがある顧客の開拓が疎かになる。すると、毎年毎年、小口案件の確保に走らなければならなくなり、自転車操業状態に陥る。中長期的な顧客開拓を行っておけば、その努力が実った暁には個人および部門の業績を強力にバックアップしてくれる。
(3)社内のライバルに対する支援も評価する
健全な競争関係にあるメンバーは、お互いを単なる敵とはみなさない。時にはお互いに協調関係を築くことがある。例えばプロ野球では、チーム内の選手は仲間であると同時にライバルである。限られたレギュラーポジションをめぐって、熾烈な競争が繰り広げられる。
しかし、チームには「勝つ」という絶対的な目標があり、その目標を達成するためにはライバルに手を貸すことも厭わない。選手が独自に集めた相手ピッチャーの配球の特徴を他の選手と共有したり、打撃や守備の技術について選手間でアドバイスし合ったりすることは珍しいことではない。
こうした協調関係がシーズン終了後の年俸査定にどのように反映されているかは解らない。彼らはチームの目標達成のために、あるいはプロフェッショナルとしての精神から自発的にそうした協調関係を結んでいるのかもしれない。ビジネスの世界でプロ野球のような協調関係を生み出すのならば、社員に何らかのインセンティブを与えることが有益であるように思う。
一番解りやすい例は「ナレッジマネジメントシステム」だろう。ベストプラクティスを社内で共有して部門の生産性を向上させようという目論見は決して悪くはない。しかし、ベストプラクティスを生み出した当の本人からすれば、自分が努力して作り上げたナレッジを簡単に社内のライバルに手渡すのは気乗りがしないものである。
そういう場合は、ナレッジマネジメントシステムに登録したナレッジの件数や、そのナレッジに対する他の社員の評価も査定対象にすると、社員が自分のナレッジを進んで提供するようになる。
(4)挽回のチャンスを与える
一度負けたらもう二度と這い上がれないゲームに参加したいと思う人がどれだけいるだろうか。しかも、会社生活は何十年と続く超長期戦である。その初期段階で自分の行く末が決まってしまうゲームは、あまりにつまらない。
これは至極当たり前のことだが、成果主義が導入された辺りから「一度の失敗が致命傷になる」ケースが増えてきたように思う。従来の年功序列の人事制度では、45歳ぐらいまでは皆同じように出世して、45歳頃を境に役員になれるか否かが決まる結論先延ばし型であった。それはそれで、結果が解るまでに気の遠くなるような時間がかかるゲームではあるのだが、成果主義によって針が逆方向に一気に振れてしまった感がある。
一度や二度失敗したらそれでおしまいというゲームは、社員のモチベーションを損ないやすいし、生き残った社員も「明日はわが身」と思いながら仕事をすることになる。これではまともな精神状態を維持することなど到底できない。
そうならないようにする方法は至ってシンプルである。挽回のチャンスがある制度にすればいいのだ。かんら信用金庫の「役割等級制度」は、「がんばった人に報いる」という成果主義に近い仕組みになっているものの、同時に「がんばれなかった人も、次にどうがんばれば挽回できるか」を明示しているという(具体的にどういう形で示されているのかまでは情報が入手できず申し訳ないです…)。(※2)
挽回のチャンスがある制度は、裏を返せば、高い成果を出していい評価を得た人でも「過去の成功が未来の地位を保障するとは限らない」というシグナルを送ることになる。そうしたシグナルには、社員の間にいい意味で緊張感を持続させる効果が期待できる。
(5)評価指標・評価基準を公表する
競争が健全なものであると社員に感じとってもらうためには、透明で公平な評価の仕組みにすることが不可欠である。評価指標や基準は社内のイントラネットなどで公表すべきだろう。「どうすれば勝てるのかが解らないゲーム」はプレーヤーにとって不合理に見えてしまう(「たけしの挑戦状」じゃないんだから)。
ただし、公表にあたっては注意点が必要だ。まず、当たり前の話だが、評価指標は慎重に決めなければならない。以前の記事「評価制度を間違えると社員の行動はおかしな方向へ導かれる」でも書いたように、評価指標が社員の行動に与える影響は想像以上に大きい。
また、がんじがらめの評価制度にするのも実はよくない。評価制度をガチガチに固めてしまって、「これ以外の行動や成果は評価しません」というふうにしてしまうと、社員の創造性が削がれる。ビジネス環境は刻々と変化しているのだから、既存の評価制度ではカバーしきれないケースだって出てくるのが当然である。
評価の透明性と相反することを述べるようだが、感覚的には明確な指標と基準は8割ぐらいにとどめておいて、残りの2割は「進取的な取組み」という緩い枠組みの中で、社員のチャレンジを評価するのが望ましいのではないかと考える。ただし、ある社員の「進取的な取組み」を高く評価した場合に、「なぜそれがチャレンジングと言えるのか」という理由は、事後的にでも社員に対して明確に説明する責任がある。
(※1)ジェームズ・スロウィッキー著、小高尚子訳『「みんなの意見」は案外正しい』(角川書店、2006年)
(※2)川喜多喬他著『先進企業の挑戦 キャリア支援と人材開発』(経営書院、2006年)
(1)いかなる場合でも顧客の利益を最優先する
競争はあくまでも手段であって、それ自体が目的ではない。事業の目的は顧客のために価値を創造することであり、社内競争はそれに資するものでなければならない。よって、いつ何時も、顧客の視点に立つことが求められる。
「顧客視点」という言葉はあまりにありふれていて、ピンとこないかもしれない。ただ、1つだけ確実に言えることは、「少なくとも社内でお互いの足を引っ張り合うようなことはしてはならない」ということだ。昔のGMは部門間の競争がひどかったようである。GMのある会長は、社内で新しい自動車をデザインして製造する流れを次のように表現した。「デザイン部門の連中はボディーをデザインし、『つくれるもんならつくってみやがれ、畜生め』と言いながら青写真を製造部門に渡し、製造部門の連中は『金属をこんな形に打ち抜けるわけがねぇじゃねぇか。それにどうやってこれを溶接しろって言うんだ』と答える」(※1)
これではただ単に他部門をいじめるために仕事をしているようなものだ。デザイン部門も製造部門も顧客の方を向いていない。こんな状態だから、市場のニーズに合わない自動車が大量に生産されるハメになってしまったのだろう。
一方、ホンダの研究開発の特徴について、かつて関係者から話を聞いたことがある。ホンダでは、複数のチームが同じテーマで研究を進めることも珍しくないという。あえてそうすることで、チーム間の競争を促しているというわけだ。もちろん、相手チームの研究を邪魔するなんて野暮なことはしない。どのチームも、いい製品、いい技術を生み出すために研究を進めている。
(2)最終結果だけでなく、プロセスも評価する
いわゆる成果主義が誤って運用された場合にも共通して言えることなのだが、最終結果だけを評価すると、社員はいい結果を残すために手段を選ばなくなる。特に、結果が数字になって現れやすい営業部門ではこの傾向が出やすい。顧客が望んでもいない製品を強引に売りつけたり、顧客からの値引き要求を突っぱねて不当に高い価格で契約したり、「この顧客からは売上が見込めない」と解った瞬間に不遜で失礼な態度に出たりすることがある。
こうしたリスクを防ぐためには、最終結果に至るプロセスを評価することが重要になる。ここで言うプロセス評価には2つの視点がある。1つは、部門で決められた標準的な業務プロセスに則って仕事をしているか、そしてもう1つは、短期的な成果を上げるための活動だけではなく、中長期的に大きなリターンが得られそうな仕事に対する「種まき」にも力を入れているか、という視点である。
とりわけ後者を評価する意義は大きい。なぜなら、短期的な成果とそのプロセスばかりに注目していると、社員は目先の簡単な仕事ばかりを選ぶようになるからだ。営業であれば、訪問しやすい顧客、受注しやすい案件(概してそれらは小口であることが多い)ばかりに注力してしまい、もっと大きなポテンシャルがある顧客の開拓が疎かになる。すると、毎年毎年、小口案件の確保に走らなければならなくなり、自転車操業状態に陥る。中長期的な顧客開拓を行っておけば、その努力が実った暁には個人および部門の業績を強力にバックアップしてくれる。
(3)社内のライバルに対する支援も評価する
健全な競争関係にあるメンバーは、お互いを単なる敵とはみなさない。時にはお互いに協調関係を築くことがある。例えばプロ野球では、チーム内の選手は仲間であると同時にライバルである。限られたレギュラーポジションをめぐって、熾烈な競争が繰り広げられる。
しかし、チームには「勝つ」という絶対的な目標があり、その目標を達成するためにはライバルに手を貸すことも厭わない。選手が独自に集めた相手ピッチャーの配球の特徴を他の選手と共有したり、打撃や守備の技術について選手間でアドバイスし合ったりすることは珍しいことではない。
こうした協調関係がシーズン終了後の年俸査定にどのように反映されているかは解らない。彼らはチームの目標達成のために、あるいはプロフェッショナルとしての精神から自発的にそうした協調関係を結んでいるのかもしれない。ビジネスの世界でプロ野球のような協調関係を生み出すのならば、社員に何らかのインセンティブを与えることが有益であるように思う。
一番解りやすい例は「ナレッジマネジメントシステム」だろう。ベストプラクティスを社内で共有して部門の生産性を向上させようという目論見は決して悪くはない。しかし、ベストプラクティスを生み出した当の本人からすれば、自分が努力して作り上げたナレッジを簡単に社内のライバルに手渡すのは気乗りがしないものである。
そういう場合は、ナレッジマネジメントシステムに登録したナレッジの件数や、そのナレッジに対する他の社員の評価も査定対象にすると、社員が自分のナレッジを進んで提供するようになる。
(4)挽回のチャンスを与える
一度負けたらもう二度と這い上がれないゲームに参加したいと思う人がどれだけいるだろうか。しかも、会社生活は何十年と続く超長期戦である。その初期段階で自分の行く末が決まってしまうゲームは、あまりにつまらない。
これは至極当たり前のことだが、成果主義が導入された辺りから「一度の失敗が致命傷になる」ケースが増えてきたように思う。従来の年功序列の人事制度では、45歳ぐらいまでは皆同じように出世して、45歳頃を境に役員になれるか否かが決まる結論先延ばし型であった。それはそれで、結果が解るまでに気の遠くなるような時間がかかるゲームではあるのだが、成果主義によって針が逆方向に一気に振れてしまった感がある。
一度や二度失敗したらそれでおしまいというゲームは、社員のモチベーションを損ないやすいし、生き残った社員も「明日はわが身」と思いながら仕事をすることになる。これではまともな精神状態を維持することなど到底できない。
そうならないようにする方法は至ってシンプルである。挽回のチャンスがある制度にすればいいのだ。かんら信用金庫の「役割等級制度」は、「がんばった人に報いる」という成果主義に近い仕組みになっているものの、同時に「がんばれなかった人も、次にどうがんばれば挽回できるか」を明示しているという(具体的にどういう形で示されているのかまでは情報が入手できず申し訳ないです…)。(※2)
挽回のチャンスがある制度は、裏を返せば、高い成果を出していい評価を得た人でも「過去の成功が未来の地位を保障するとは限らない」というシグナルを送ることになる。そうしたシグナルには、社員の間にいい意味で緊張感を持続させる効果が期待できる。
(5)評価指標・評価基準を公表する
競争が健全なものであると社員に感じとってもらうためには、透明で公平な評価の仕組みにすることが不可欠である。評価指標や基準は社内のイントラネットなどで公表すべきだろう。「どうすれば勝てるのかが解らないゲーム」はプレーヤーにとって不合理に見えてしまう(「たけしの挑戦状」じゃないんだから)。
ただし、公表にあたっては注意点が必要だ。まず、当たり前の話だが、評価指標は慎重に決めなければならない。以前の記事「評価制度を間違えると社員の行動はおかしな方向へ導かれる」でも書いたように、評価指標が社員の行動に与える影響は想像以上に大きい。
また、がんじがらめの評価制度にするのも実はよくない。評価制度をガチガチに固めてしまって、「これ以外の行動や成果は評価しません」というふうにしてしまうと、社員の創造性が削がれる。ビジネス環境は刻々と変化しているのだから、既存の評価制度ではカバーしきれないケースだって出てくるのが当然である。
評価の透明性と相反することを述べるようだが、感覚的には明確な指標と基準は8割ぐらいにとどめておいて、残りの2割は「進取的な取組み」という緩い枠組みの中で、社員のチャレンジを評価するのが望ましいのではないかと考える。ただし、ある社員の「進取的な取組み」を高く評価した場合に、「なぜそれがチャレンジングと言えるのか」という理由は、事後的にでも社員に対して明確に説明する責任がある。
(※1)ジェームズ・スロウィッキー著、小高尚子訳『「みんなの意見」は案外正しい』(角川書店、2006年)
(※2)川喜多喬他著『先進企業の挑戦 キャリア支援と人材開発』(経営書院、2006年)
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