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May 26, 2010
21世紀の経営に必要なのは「OR」から「AND」への発想転換(1)
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誰が言ったか完全に忘れてしまったのだが、「20世紀は『あれか、これか(OR)』の時代だった。21世紀は『あれも、これも(AND)』の時代になる」という言葉を聞いたことがある。要するに、二項対立的な物事の捉え方ではなく、双方を両立させ、融合する思考がこれからは重要になるということだ。
他の分野のことはよく解らないが、少なくとも経営の分野では二項対立が非常に多く見られる。しかし、そのいずれのケースをとっても、「結局は両方とも大事だよね」という結論に至っているように思える。
経済性と社会性
「企業の目的は何か?」という問いをめぐって、この両者は対立する。前者は株主価値、後者は社会的責任と言い換えてもよい。前者に関する最も極端な主張は、ミルトン・フリードマンなどの経済学者らが形成したもので、経営者は有効な法律と慣習に従った手法によって、ただ株主の富を最大化することに専念すべしと説く。
一方、後者を擁護する代表格は組織論の大家チェスター・バーナードであり、企業は個人が協力し合い、1人では生み出せないような価値を生み出しうる社会機関だと位置づける。この観点に立つと、ステークホルダーは協力して価値を創造するが、各ステークホルダーの利害は時に対立するため、そのバランスを取ることが経営者の大きな仕事となる。(※)
だが、経済性と社会性のどちらか一方だけでは不十分なことは多くの実務家が気づいている。ジェームズ・コリンズは著書『ビジョナリー・カンパニー』の中で、「ビジョナリー・カンパニーのほとんどが、設立以来、一貫して経済上の目的を超えた基本理念を持っている」と指摘する。これは、ビジョナリー・カンパニーが経済性を軽視しているということではない。むしろ、ビジョナリー・カンパニーは通常の企業より何倍も高い利回りを実現していることが同書の調査で判明している。
マネジメントとリーダーシップ
これについては過去にいくつか記事を書いたので、詳しい説明は省略する。とにかく、現在のような不安定で複雑な経営環境を生き抜くためには、マネジメントとリーダーシップの両方が必要である。
「マネジメントとリーダーシップの違い−『リーダーシップ論−いま何をすべきか』」
「マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその2)」
「マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその3)」
「マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた」
生産性重視と人間関係重視
マネジメントの歴史を紐解いていくと、その始まりはフレデリック・テイラーやギルブレイス夫妻の研究にあるとされる。彼らが追求したのは、「工場における生産性向上の手法」であった。しかし、過度の効率重視に対する反省から、「ホーソン実験」で有名なメイヨーに代表される「人間関係学派」が形成された。人間関係学派は、文字通り職場における人間関係に注目し、それが業績に及ぼす影響を調べた。
生産性と人間関係が切っても切れない間柄にあることは、90年代のアメリカ、そして2000年代の日本における行き過ぎたリストラが職場の疲弊を招いたことで明らかになった。リストラの断行は一時的に利益を押し上げるものの、長期的に見れば組織の一体感を損ない、継続的な利益創出を困難にするのである。
戦略論における産業構造アプローチと経営資源アプローチ
数多ある経営戦略論をざっくりと分類すると、「産業構造アプローチ」と「経営資源アプローチ」に二分される。前者に属するのがマイケル・ポーター、後者に属するのがジェイ・バーニーやゲイリー・ハメル、C・K・プラハラードらである。
大まかに言えば、産業構造アプローチは外部環境の分析に、経営資源アプローチは内部環境の分析に重きを置く。しかし、実務上どちらか一方の分析のみを行うことは稀であり、両者をうまくミックスさせながら戦略を立案するのが一般的であろう。
マーケティングとイノベーション
マーケティング論は、オートメーションによって大量生産が可能になり、それまでの「供給<需要」という関係が、「供給>需要」という構図に転換したことに端を発している。供給が需要を上回ると、限られたパイをめぐる各社の争奪戦が始まる。経営者は、「いかに他社との差別化を図り、優位なポジションを取るか?」に関心を寄せるようになる。この問いに答えるために生み出されたのがマーケティング論である。
しかし、「供給>需要」ぐらいならまだ穏やかな競争で済むが、現在は「供給>>>>>>需要」というぐらいに、圧倒的な供給過多の時代になっている。こうなると各社はお互いに過激な値引き合戦を仕掛けるようになり、自分で自分の首を絞める消耗戦の様子を呈してくる。事態を打開するためにはどうすればよいのか?答えは「需要を創造すること」、つまりイノベーションである(チャン・キム、レネ・モボルニュの「ブルーオーシャン戦略」はその典型)。
イノベーションはしばしば「技術革新」と訳されるが、これは意味を狭く捉えすぎているので止めた方がいいと私は思っている。「市場の争奪戦」であるマーケティングとの対比でイノベーションを理解するならば、イノベーションとは「市場の創出」であり、必ずしも新しい技術を伴わなくてもいいのである(クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」がその一例)。
もちろん、マーケティングが不要になることは絶対にない。企業活動の全てをイノベーションに注ぎ込むのはリスクが高すぎる。成熟した市場ではマーケティングを行い、同時に新たな収益源となりうるイノベーションを追求するのが現実的な姿であろう。また、イノベーションによって新たな市場が拓けたとしても、そこに他社がこぞって参入してくれば、再びマーケティングの力を借りなければならない。マーケティングとイノベーションも相互補完的な関係にあると言える。
(※)ラケシュ・クラーナ、ニテイン・ノーリア「マネジャー版『ヒポクラテスの誓い』」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2009年2月号)
(長くなったので記事を分割します。その2に続く)
他の分野のことはよく解らないが、少なくとも経営の分野では二項対立が非常に多く見られる。しかし、そのいずれのケースをとっても、「結局は両方とも大事だよね」という結論に至っているように思える。
経済性と社会性
「企業の目的は何か?」という問いをめぐって、この両者は対立する。前者は株主価値、後者は社会的責任と言い換えてもよい。前者に関する最も極端な主張は、ミルトン・フリードマンなどの経済学者らが形成したもので、経営者は有効な法律と慣習に従った手法によって、ただ株主の富を最大化することに専念すべしと説く。
一方、後者を擁護する代表格は組織論の大家チェスター・バーナードであり、企業は個人が協力し合い、1人では生み出せないような価値を生み出しうる社会機関だと位置づける。この観点に立つと、ステークホルダーは協力して価値を創造するが、各ステークホルダーの利害は時に対立するため、そのバランスを取ることが経営者の大きな仕事となる。(※)
![]() | ミルトン・フリードマン 日経BP社 2008-04-10 おすすめ平均: ![]() 既にあちこち古く、一方で現代感覚でも過激な主張がちらほら、もっと批判があってもいいのでは 自由主義経済の本質を知る 小泉改革の教科書であり新自由主義の教典 |
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だが、経済性と社会性のどちらか一方だけでは不十分なことは多くの実務家が気づいている。ジェームズ・コリンズは著書『ビジョナリー・カンパニー』の中で、「ビジョナリー・カンパニーのほとんどが、設立以来、一貫して経済上の目的を超えた基本理念を持っている」と指摘する。これは、ビジョナリー・カンパニーが経済性を軽視しているということではない。むしろ、ビジョナリー・カンパニーは通常の企業より何倍も高い利回りを実現していることが同書の調査で判明している。
マネジメントとリーダーシップ
これについては過去にいくつか記事を書いたので、詳しい説明は省略する。とにかく、現在のような不安定で複雑な経営環境を生き抜くためには、マネジメントとリーダーシップの両方が必要である。
「マネジメントとリーダーシップの違い−『リーダーシップ論−いま何をすべきか』」
「マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその2)」
「マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその3)」
「マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた」
生産性重視と人間関係重視
マネジメントの歴史を紐解いていくと、その始まりはフレデリック・テイラーやギルブレイス夫妻の研究にあるとされる。彼らが追求したのは、「工場における生産性向上の手法」であった。しかし、過度の効率重視に対する反省から、「ホーソン実験」で有名なメイヨーに代表される「人間関係学派」が形成された。人間関係学派は、文字通り職場における人間関係に注目し、それが業績に及ぼす影響を調べた。
生産性と人間関係が切っても切れない間柄にあることは、90年代のアメリカ、そして2000年代の日本における行き過ぎたリストラが職場の疲弊を招いたことで明らかになった。リストラの断行は一時的に利益を押し上げるものの、長期的に見れば組織の一体感を損ない、継続的な利益創出を困難にするのである。
![]() | フレデリック W.テイラー ダイヤモンド社 2009-11-28 おすすめ平均: ![]() 原点を知ることができる 経営を学ぶのであれば読んだ方が良いと思う 作業分析なら最新の本、経営思想史なら原著をお勧めします |
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戦略論における産業構造アプローチと経営資源アプローチ
数多ある経営戦略論をざっくりと分類すると、「産業構造アプローチ」と「経営資源アプローチ」に二分される。前者に属するのがマイケル・ポーター、後者に属するのがジェイ・バーニーやゲイリー・ハメル、C・K・プラハラードらである。
大まかに言えば、産業構造アプローチは外部環境の分析に、経営資源アプローチは内部環境の分析に重きを置く。しかし、実務上どちらか一方の分析のみを行うことは稀であり、両者をうまくミックスさせながら戦略を立案するのが一般的であろう。
マーケティングとイノベーション
マーケティング論は、オートメーションによって大量生産が可能になり、それまでの「供給<需要」という関係が、「供給>需要」という構図に転換したことに端を発している。供給が需要を上回ると、限られたパイをめぐる各社の争奪戦が始まる。経営者は、「いかに他社との差別化を図り、優位なポジションを取るか?」に関心を寄せるようになる。この問いに答えるために生み出されたのがマーケティング論である。
しかし、「供給>需要」ぐらいならまだ穏やかな競争で済むが、現在は「供給>>>>>>需要」というぐらいに、圧倒的な供給過多の時代になっている。こうなると各社はお互いに過激な値引き合戦を仕掛けるようになり、自分で自分の首を絞める消耗戦の様子を呈してくる。事態を打開するためにはどうすればよいのか?答えは「需要を創造すること」、つまりイノベーションである(チャン・キム、レネ・モボルニュの「ブルーオーシャン戦略」はその典型)。
イノベーションはしばしば「技術革新」と訳されるが、これは意味を狭く捉えすぎているので止めた方がいいと私は思っている。「市場の争奪戦」であるマーケティングとの対比でイノベーションを理解するならば、イノベーションとは「市場の創出」であり、必ずしも新しい技術を伴わなくてもいいのである(クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」がその一例)。
もちろん、マーケティングが不要になることは絶対にない。企業活動の全てをイノベーションに注ぎ込むのはリスクが高すぎる。成熟した市場ではマーケティングを行い、同時に新たな収益源となりうるイノベーションを追求するのが現実的な姿であろう。また、イノベーションによって新たな市場が拓けたとしても、そこに他社がこぞって参入してくれば、再びマーケティングの力を借りなければならない。マーケティングとイノベーションも相互補完的な関係にあると言える。
(※)ラケシュ・クラーナ、ニテイン・ノーリア「マネジャー版『ヒポクラテスの誓い』」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2009年2月号)
(長くなったので記事を分割します。その2に続く)
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確かに名著ではありますが
作業分析なら最新の本、経営思想史なら原著をお勧めします


