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February 19, 2010
論語を経営学の次元に高めた渋沢栄一−『論語の経営学(DHBR2009年10月号)』
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![]() | ダイヤモンド社 2009-09-10 おすすめ平均: ![]() 論語と算盤の解説本として 中曽根インタビューが一番面白かった |
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この号はとてもよかった。海外の最新の論文の翻訳もいいけれど、たまにはこの号みたいに日本人が書いた論文も年に何回かは特集を組んでほしいな。
先日電車に乗っていたら、たまたま中学生が『論語』の話をしており、「子曰く、吾れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳従う。七十にして心の欲する所に従って、矩を踰えず。」という有名な一文を暗唱していて、すごいなぁと思った。そういえば、昔は学校で必ず『論語』を勉強することになっていたそうだ。だから、比較的年配の方は『論語』に詳しいし、ちょっと前の企業経営者には『論語』に明るい人が多かったと聞く。
自分のことを思い返してみると、『論語』は高校の漢文の授業で、文法を覚える例文として「朋あり遠方より来る、亦楽しからずや」、「過ぎたるは猶及ばざるが如し」、「子曰く、故きを温ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし」などに触れたぐらいの記憶しかなく、社会人になってからもいろんな本で部分的にかじった程度に過ぎない。『論語』をまるまる全部読んだことは、恥ずかしながら今まで一度もないのだ。
しかし、『論語』は古来より多くの日本人に読まれ、日本人の精神に深く根づいていることをこの特集で思い知らされた。やっぱりそういう伝統は大切にしないといけないと思う。これは是が非でも『論語』を通読せねば。
【抄録】渋沢栄一の『論語と算盤』(渋沢栄一、[解説]由井常彦)
『論語』を企業経営に活用した最初の人物は渋沢栄一だろう。渋沢は第一国立銀行(現在のみずほ銀行、みずほコーポレート銀行)をはじめ、東京海上、王子製紙、日本郵船など、近代産業のあらゆる分野の企業・団体の創設に携わり、その数は500以上とも言われる。渋沢が企業経営を行うにあたって大いに参考にしていたのが『論語』であった。
だが、『論語』は諸刃の剣の側面を持っている。神戸大学大学院の加護野忠男教授は同号で、和辻哲郎の『孔子』の内容を踏まえて次のように述べている。
現世における人の道(人倫)にこそ意義があるというのが、孔子の説教の特徴であり、それが儒教の精神として後世に受け継がれていった。現世を肯定する孔子にとって、革新は不要であった。他の三聖人(※和辻哲郎は釈迦、孔子、ソクラテス、イエスの4人を「世界の四聖」と呼んでいる)のような、時代の革新者としての側面が弱いのは、そのためであると、和辻は指摘する。孔子の教えは徹底した現状維持であり、現世にいかに適応するかという命題に答えるものであった。この点に関連して、作家の陳舜臣氏は「漢は儒によって滅んだ」と言い放ち、漢が滅亡に至るまでの経緯をたどる中で儒教の限界を説明している。
孝を最大の徳目としている儒は、とうぜん家族主義の面が濃厚である。外戚が力を持つのは、家族主義からいって、避けられないことであろう。宦官の弊害も、もとをただせば、家族主義に根ざしているといえよう。宦官は家庭の使用人にほかならない。「家奴」である。家庭を重んじるので、家庭のことに精通する家奴が力をもつようになる。最終的に、漢は外戚と宦官の対立によって滅亡する。その元凶は他ならぬ孔子の教えにあると陳氏は言うのだ。
(陳舜臣「曹操 第1回」『Management & History 歴史の知をビジネスに生かす』2009年1月)
渋沢が『論語』のこのような側面をどう認識していたのかは解らないが、渋沢は実業家としての経験を踏まえ、自分なりの解釈を加えながら、『論語』を経営学の次元にまで高めることに成功した。その表れが『論語と算盤』である。渋沢は、革新を否定する頑なな保守主義に終始するのではなく、保守的でありながら近代日本を発展させる道を見出し、保守と革新の融合を達成したのである。その意味でも、渋沢は本当に偉大な人物だなぁと思う。
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保守と革新の融合という点で特筆すべきは、渋沢が早くから「道徳と経済の両立」を目指していたことであろう。欧米企業がCSR(企業の社会的責任)というキーワードを持ち出し、行き過ぎた株主重視経営の代わりに倫理や道徳を重視する姿勢を見せ始めるよりもはるか昔に、「企業は経済性と社会性を両立する存在であるべきだ」という考えを持っていたのである。
この考え方は戦後の起業家にもきちんと受け継がれた。松下幸之助、本田宗一郎、盛田昭夫といった現代の大企業の礎を築いた経営者は皆、企業が「社会的公器」であることを自覚し、「公益」を追求することの重要性を認識していた。
海外の新しいマネジメントの理論のよさを取り入れることはもちろん重要だが、日本企業がどのような文脈の中で発展してきたのかを理解し、海外企業にはないよさを持っていることを認識することは、日々の仕事に重要な深みを与えてくれると思う。
声に出して読みたい『論語』10選(齋藤孝)
齋藤教授お得意の「声に出して読みたい」シリーズ『論語』編である。ビジネスで直面する10のケースに対し、論語の文章から解決のヒントを導き出す、という構成になっている。
個人的には、「子の曰わく、人の己を知らざることを患(うれ)えず、己の能なきを患う」という文章が気に入っている。他人が自分を評価してくれない時に、「何でちゃんと評価してくれないんだろう」とか「あの人は自分のことを全然解ってくれない」と嘆く前に、自分の能力のなさを自覚し、能力を高めることに集中すべき、という意味である。
話がちょっとずれるが、いわゆる「ゆとり世代」の社員は、自分の成果が上司の期待を下回っていたとしても、「自分なりにはこれでも精一杯頑張ったので、もう限界です」などということを平気で言うらしい。そんなゆとり社員には、是非この孔子の言葉を送りたい。
私が『論語』に学んだこと(中曽根康弘)
元総理がDHBRのインタビュー記事に登場するとは本当に珍しい。反佐藤の立場にありながら、佐藤栄作から直々に沖縄返還への協力を要請され快諾したこと(それが原因で、マスコミから「風見鶏」というあだ名がついた)など、興味深いエピソードがいくつも書かれていて面白かった。
中曽根元総理が言うリーダーの4つの条件を引用しておこう。
目測力「マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめておいた」で書いた「課題の帰納的設定」に「目測力」が、「資源の新結合」に「結合力」が、「対話による課題の正当性の証明」と「個人的動機の昇華」に「説得力」が何となく対応している気がする。
事態の推移を予測し、自分が下した判断を遂行するために問題を提起し、いかにゴールに到達させるかを把握する能力。
説得力
文字通り、内外に対するコミュニケーション能力。
結合力
素晴らしい人材と情報、そして資金を集めて結合させる力。
人間的魅力
前三者の基礎となってそれぞれの能力を最大限に発揮させる根本的な力。
『論語』の世界(松岡正剛)
松岡氏はいつも「本の上手な読み方」を教えてくれる。このインタビューでも、単に『論語』を文字通り読むだけではなく、孔子が政治の場で自分の理想を実現できず不遇の人生を歩んだ無念さや、各地を彷徨する中で直面した内面的な葛藤を感じながら読むと、より一層味わいが感じられる、といったことを述べている。
松岡氏がお勧めの『論語』解説本はこれ。早速買ってみよう。
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論語を理解するには、不適




