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November 07, 2005
日本企業の成長を支えたOEM(Original Equipment Manufacturer:相手先ブランド製造)
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桑田佳祐さんはROCK AND ROLL HEROという曲の中で「援助金(かね)を出しても口出せぬ 弱気な態度は世界No.1」と言い、日本外交の弱腰な姿勢を皮肉たっぷりに歌っているのですが、政治的な場面はともかくとして、企業活動に関しては日本人は長年にわたり実にしたたかな戦略を取ってきたのです。
日本的経営の特徴として終身雇用制、年功序列制、企業別労働組合という三種の神器が挙げられるのが一般的ですが、これだけでは日本企業がグローバル規模で市場を席巻したことは説明できません(とりわけ終身雇用制については、日本企業の強みというよりも、経済成長期において取られやすい人事戦略の一つであることは以前にも指摘しました。>>詳しくはこちら)。
日本企業がグローバル規模での市場拡大に成功した大きな要因の一つがOEM(Original Equipment Manufacturer:相手先ブランド製造)です。OEMとは、相手先ブランドで販売される製品を製造することを意味します。OEMメーカーから製品の供給を受ける企業にとっては、製造コストを外部化することができるというメリットが、また製造委託を受けたOEM企業にとっては、供給先企業のブランド力や販売力を利用して、生産量を拡大することができるというメリットがあります。
戦後の日本の電機機器メーカーは自動車産業と並んで、輸出の代表的な産業でした。電機機器メーカーの多くは、最初はアメリカのRCA(オーディオ機器のメーカー。現在はGEの傘下にある。)やゼニス(高級腕時計のメーカー。)などのメーカーや、シアーズ・ローバック(アメリカ小売業の老舗。)、J.C.ペニー(百貨店、カタログストア、Eコマース、ドラッグストア・チェーン等幅広く事業を展開している小売業。)などの流通業とOEM契約を締結し、アメリカ市場へと参入しました。ソニーのトランジスタ・ラジオもOEM契約によるものです。アメリカ市場が次々と日本製品で溢れ返るようになると、日本企業はヨーロッパ市場に目をつけるようになりました。ヨーロッパに進出するときも、やはり同様に現地企業とOEM契約を締結する手法をとったのです。
通常のOEMは下請生産と類似しているのですが、日本企業のOEMは巧みな学習を含んでいました。現地企業から仕様書をもらった日本企業は現地の製造技術を学び、さらに改良を加えて高品質の製品を生み出す力を身につけました。「産業スパイ」とも揶揄される方法です。「コア・コンピタンス経営」で知られるゲーリー・ハメルとC.K.プラハラードは次のように述べています。
日本企業は技術に加えて、現地企業を通じて現地の市場や流通に関する情報も仕入れていました。こうして、日本企業は製造、販売の両面にわたって、現地企業のノウハウを貪欲に学習していったのです。ハメルとプラハートは先ほどの論文の中で、「多くの欧米企業は、みずから得るところ以上に、相手にあれこれ教えてしまっているようだ。」とも述べています。
徹底的な学習の後、仕上げの段階として、日本企業は現地で自前の流通経路構築に乗り出します。手始めに現地の資産家や電気店、輸入ディーラーたちを取り込みます。そして、彼らとともに折半出資程度で合弁会社を設立し、自社の製品を取り扱う独自の流通経路を構築します。これにより、日本企業はもはやOEMに頼らなくとも、自社製品を自社ブランドのもとに提供することが可能になります。
自社ブランドが現地市場に浸透すると、日本企業は最後のカードを切ります。合弁相手先に対して増資提案をするのです。しかし、合弁相手先は個人資産家や商店主、せいぜい輸入ディーラーですから、増資に応じる程の資本を持ち合わせているわけではありません。彼らにできることは、出資比率を下げるか、持分を日本側に引き取ってもらって完全に撤退するかのいずれかしかありませんでした。日本企業は流通網を完全に手中に収めることができたのです。
日本企業は「金も製品も口も出す 強気な態度は世界No.1」だったのです。日本企業はしたたかなOEM戦略によって、終戦直後の「安かろう、悪かろう」という悪評を一掃し、高品質かつ低価格の製品を次々と市場に投入することに成功しました。しかしながら一方で、その強気の姿勢ゆえに、進出先の欧米市場などにおいては、日本企業の信義無用で膨張主義的、覇権主義的な手法を快く思わない人たちも少なからず存在することも、私達が知っておくべき事実です。
日本的経営の特徴として終身雇用制、年功序列制、企業別労働組合という三種の神器が挙げられるのが一般的ですが、これだけでは日本企業がグローバル規模で市場を席巻したことは説明できません(とりわけ終身雇用制については、日本企業の強みというよりも、経済成長期において取られやすい人事戦略の一つであることは以前にも指摘しました。>>詳しくはこちら)。
日本企業がグローバル規模での市場拡大に成功した大きな要因の一つがOEM(Original Equipment Manufacturer:相手先ブランド製造)です。OEMとは、相手先ブランドで販売される製品を製造することを意味します。OEMメーカーから製品の供給を受ける企業にとっては、製造コストを外部化することができるというメリットが、また製造委託を受けたOEM企業にとっては、供給先企業のブランド力や販売力を利用して、生産量を拡大することができるというメリットがあります。
戦後の日本の電機機器メーカーは自動車産業と並んで、輸出の代表的な産業でした。電機機器メーカーの多くは、最初はアメリカのRCA(オーディオ機器のメーカー。現在はGEの傘下にある。)やゼニス(高級腕時計のメーカー。)などのメーカーや、シアーズ・ローバック(アメリカ小売業の老舗。)、J.C.ペニー(百貨店、カタログストア、Eコマース、ドラッグストア・チェーン等幅広く事業を展開している小売業。)などの流通業とOEM契約を締結し、アメリカ市場へと参入しました。ソニーのトランジスタ・ラジオもOEM契約によるものです。アメリカ市場が次々と日本製品で溢れ返るようになると、日本企業はヨーロッパ市場に目をつけるようになりました。ヨーロッパに進出するときも、やはり同様に現地企業とOEM契約を締結する手法をとったのです。
通常のOEMは下請生産と類似しているのですが、日本企業のOEMは巧みな学習を含んでいました。現地企業から仕様書をもらった日本企業は現地の製造技術を学び、さらに改良を加えて高品質の製品を生み出す力を身につけました。「産業スパイ」とも揶揄される方法です。「コア・コンピタンス経営」で知られるゲーリー・ハメルとC.K.プラハラードは次のように述べています。
野心にあふれるOEM企業は、もはや「あなた設計する人。私つくる人」といった古い考え方に満足することはない。「あなた設計する人。私はその設計を学び、それをもっと生産しやすいものに変え、あなたの商品の隣に並べて売り出す人」というのが、新しい現実なのだ。
(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2005年2月号「ライバルとのコラボレーション戦略」)
日本企業は技術に加えて、現地企業を通じて現地の市場や流通に関する情報も仕入れていました。こうして、日本企業は製造、販売の両面にわたって、現地企業のノウハウを貪欲に学習していったのです。ハメルとプラハートは先ほどの論文の中で、「多くの欧米企業は、みずから得るところ以上に、相手にあれこれ教えてしまっているようだ。」とも述べています。
徹底的な学習の後、仕上げの段階として、日本企業は現地で自前の流通経路構築に乗り出します。手始めに現地の資産家や電気店、輸入ディーラーたちを取り込みます。そして、彼らとともに折半出資程度で合弁会社を設立し、自社の製品を取り扱う独自の流通経路を構築します。これにより、日本企業はもはやOEMに頼らなくとも、自社製品を自社ブランドのもとに提供することが可能になります。
自社ブランドが現地市場に浸透すると、日本企業は最後のカードを切ります。合弁相手先に対して増資提案をするのです。しかし、合弁相手先は個人資産家や商店主、せいぜい輸入ディーラーですから、増資に応じる程の資本を持ち合わせているわけではありません。彼らにできることは、出資比率を下げるか、持分を日本側に引き取ってもらって完全に撤退するかのいずれかしかありませんでした。日本企業は流通網を完全に手中に収めることができたのです。
日本企業は「金も製品も口も出す 強気な態度は世界No.1」だったのです。日本企業はしたたかなOEM戦略によって、終戦直後の「安かろう、悪かろう」という悪評を一掃し、高品質かつ低価格の製品を次々と市場に投入することに成功しました。しかしながら一方で、その強気の姿勢ゆえに、進出先の欧米市場などにおいては、日本企業の信義無用で膨張主義的、覇権主義的な手法を快く思わない人たちも少なからず存在することも、私達が知っておくべき事実です。
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