※2012年12月1日より新ブログに移行しました。自分で言うのもおこがましいですが、20代の頃に書いた本ブログよりも、30代に入ってから書いている現行ブログの方がはるかに中身が濃く、内容が多岐にわたり、面白いと思いますので、是非ご覧いただけるとありがたいです!
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July 31, 2012

東京都の中小企業振興施策は”浅く狭く”になっているのでは?という疑問

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 1ヶ月以上前に受講した中小企業診断士の研修の感想を今さら書こうかと(汗)。東京都産業労働局の方から、東京都が予算を出している約50の中小企業振興施策についてお話を伺った。国が実施している中小企業向けの施策に関しては中小企業白書などで知ることができるものの、都が実施している施策は情報が散在している印象があり、こうやって研修という形で概要をまとめて聞けるのは非常にありがたい。

 一方で、施策の内容を見ていくうちに、都の施策は”浅く広く”ではなく、どうも”浅く狭く”になっているのではないか?という疑問が湧いてきた。もちろん、数十億円〜数百億円単位の大きな予算がついている施策もちゃんと存在する。商店街に対する各種支援事業には40億円以上の予算がついているし、イノベーションを通じて地域活性化に貢献する取組みを総合的に支援する「東京都地域中小企業応援ファンド」は、約200億円もの規模を有する。しかしながら、「この規模で実施しても、さしたる効果が見込めないのでは?」と思うような施策があるのもまた事実である。例えば、

 (1)産業技術研究センター、東京都中小企業振興公社がコーディネート役となって推進する産学公連携などにおいて、中小企業が開発初期段階で社外の知見・技術などを活用する際に必要な経費を助成する「オープンイノベーション促進助成事業」は、予算が約1,200万円、1件あたりの助成額が100万円以内となっている(助成率2分の1以内)。ということは、最小で12件しか支援できない。1件あたりの平均助成額を50万円としても、24件にしかならない。都内には約60万社の製造業が存在する。全ての製造業がオープンイノベーションによって新製品開発をするわけではないが、それにしてもこの規模では小さすぎるのではないだろうか?

 (2)単独の企業ではなく、企業グループを支援する事業もある。「ものづくり産業基盤強化グループ支援事業」では、3社以上の中小企業で構成されるグループを対象とし、共同事業にかかる経費(共同設備の購入・システム化、マーケティング、知財管理、教育などの経費)を助成する。生産拠点の海外移転と新製品開発の国内集約化の進行をにらんだ事業であり、対象企業グループは年間5,000万円を限度に(助成率2分の1)、最長3年間の助成金が受けられる。ところが、この事業全体の予算は8,800万円しかなく、せいぜい2グループしか支援できない計算になる。先日の記事「中小企業白書(2012年)に対する疑問―中小企業の強み「短納期・小ロット」は海外展開では弱み」でも書いたように、とりわけ新興国に販路を求める中小企業は、現地の「大ロット・短納期」の要望に応えるため、今後企業グループを形成するケースが増えると予想される。その予想からすると、この事業もまた、規模が小さいような気がしてならない。

 (3)東日本大震災の影響を受けて今年度から新設された「製造業防災対策事業」では、事業所や工場などの建物の耐震診断、耐震設計、および耐震補強にかかる経費に対し補助金が出るが、予算が約1億円、1案件あたりの補助限度額が1,000万円(補助率3分の2以内)、年間の支援目標は10件となっている。首都圏を大震災が襲って中小製造業が壊滅状態になると、東日本大震災の時に起きたサプライチェーンの断絶とは比べ物にならないほど深刻な問題が発生するだろう。にもかかわらず、10件のみ支援しても、焼け石に水にしかならないのではないか?と心配である。

 (4)製造業以外を対象とした事業の中には、「ファッション・ビジネス育成支援事業」というものもある。ファッション産業は高い付加価値を生み出し、今後の成長が見込まれる情報発信型・クリエイティブ産業の1つとして、都が戦略的かつ重点的に振興すべき産業であるとの認識に立ち、国内外で活躍できる若手デザイナーの育成を目的とした事業である。この事業には3,400万円の予算がついているものの、審査によって選抜する若手デザイナーは年間10名(ブランド)に限られている。東京都を世界に開けた文化の発信地とし、ファッションを文化の一要素と位置づけるならば(確か石原知事には昔からこの構想があったはず)、もう少し規模が大きくてもいいのではないか?と感じるわけである。

 随分前に書いた記事「飽きっぽい社長には気をつけろ―『バカ社長論』」では、事業投資には「クリティカルマス」が存在すると書いた。つまり、事業への投資に対するリターンは常に一定のパーセンテージというわけではなく、事業への投資額を徐々に増やしていくと、ある時突然リターンが跳ね上がるのである。リターンが跳ね上がるポイントにおける投資額を「クリティカルマス」と呼ぶ。経営においては、このクリティカルマスを見極めることが肝要だ。クリティカルマスに満たない投資をちびちびと続けても、成果は一向に現れない。行政においても同じことが言えるのではないだろうか?

 もっとも、単純に何でもかんでも予算を増やせばよいという話でもない。あまり補助金や助成金を増やすと、言葉は悪いが中小企業を甘やかすだけになる。ある中小企業の関係者は、社員が所定の研修を受講することが助成要件となっている助成金を受けるため、社長が製造ラインを止めてまで社員を無理やり研修に参加させようとするのに辟易しているとこぼしていた。こうなると本末転倒である。また、(1)や(4)はリスクが高い新規事業に対する投資であり、やみくもに予算を増やすと税金の無駄遣いという批判にもなりかねない。

 一方で、民間ではなかなかお金が出せないところにお金を出すのも行政の役割である。(3)などはまさに、中小企業がその必要性を解っていながらも投資をためらう分野であり、行政の出番となるだろう。こうしていろいろ考えると、どの程度の予算にするのが望ましいのか、バランスが非常に難しいところである。それぞれの事業の予算額や成果目標が、どのような考え方の下に設定されているのか、行政の担当者の話も詳しく聞いてみたいものである。
July 13, 2012

人材の採用に対する私の考え方〜創業1周年に寄せて(3)

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 もう1本だけ、創業1周年にちなんだ記事を書こうかと思う。今は私の個人事務所であるものの、将来的には法人化できたらいいなと思っているので、どういう人材を、どのタイミングで、どうやって採用しようかと考えることがある。とはいえ、あくまでもそれはまだ漠然としたイメージのレベルにとどまっている。しかしながら、1つだけ確かなことを言えば、私が今やっている事業の目的がもっと明確になり、仕事量が私個人のキャパシティを明らかに超え、さらにまだまだ仕事量が増えそうだという見込みが立つまでは、”絶対に”人材を採用しないということである。

 人材は、ヒト、モノ、カネ、情報、知識といった経営資源の中で、最も慎重に確保しなければならない資源である。なぜならば、その人材が不適切だと判明しても、後から取り返しがつかないからである。もちろん、他の経営資源も、意思決定の間違いは企業にとってマイナスである。ただ、必要のない設備(モノ)や知的財産(知識)は売却することができるし、データベースにゴミのような情報が溜まったならば、システム管理者に頼んで削除してもらえばよい。

 ところが、人材に関してはこういった手が通用しない。よっぽど処理に困った人材(かなり語弊のある表現だが・・・)でも、解雇事由を満たすことを確認した上で、解雇手当を支払う必要がある。だから、採用をめぐっては、おいそれと意思決定を下すことはできないのである。また、採用される側の立場に立って考えてみても、自社の仕事にその人の生活や家族、さらには人生そのものが懸かっているわけであるから、やはり慎重にならざるを得ない。企業としては、責任を持って人材を採用しなければならない。

 中小企業の場合、しかもスタートアップ時のベンチャー企業の場合は、採用する人材の性質によって企業の命運が決まると言っても過言ではないだろう。採用した人材の仕事の成果が、企業の業績に直結する。その人たちの仕事の進め方が、企業の方針となる。彼ら彼女らの性格や価値観が、企業の文化を醸成する。ジェームズ・コリンズの名著『ビジョナリー・カンパニー』でも述べられているように、重要なのは「バスがどこに向かうのか?」ではなく、「バスに誰を乗せるのか?」なのである。

 もしも私の事業で人材を採用するならば、3人同時に採用して4人体制にするのが理想ではないか?と考えている。4人という数字にはいくつかの根拠がある。研修を中心とした人材育成コンサルティング業の場合、前職での経験からして、営業担当者と講師(コンサルタント)による2人1組のチームにした方が、仕事を進めやすいことが解っている。また、スタートアップ時であれば、わざわざ経理や事務の担当者を採用するまでもないから、社員数は2の倍数となる。

 ドラッカーの著書『現代の経営(上)』には、「(CEOのチームに)2人しかいないと、小さな意見の違いが危機につながる。もう1人いれば、2人が互いに口をきかなくなっても機能できる」と述べたエグゼクティブのエピソードが紹介されている。私も、2人というのは非現実的だと思う。どちらかの身に何かしらのアクシデントがあれば、それだけでもうジ・エンドである。4人体制でチームを2つ作っておけば、万一誰か1人に何か起きたとしても、当座は1チームの業績で何とかカバーできるはずだ(逆に言うと、カバーできるようなビジネスモデルにしておく必要がある)。

 では、5人同時に採用して6人体制にするという道はないのか?というと、私としてはこれもまたあまり現実的ではないと考える。同時に採用する人たちは、事業の目的に”強く”賛同し、目的の実現に我が身を捧げる”強い”覚悟を持った人でなければならないし、仕事に対する私の価値観とある程度共通項を持っている必要がある。そのような人たちは簡単には見つからないだろう。私が社会に出て以来、時期の長短を問わなければ、既に何百人もの人たちと一緒に仕事をしたことになるが、その中で私と似たような価値観を持った人がどのくらいいたか?と問われると、答えに窮してしまう。私が求める条件を満たす人材を同時に発見できる限界は、おそらく3人であろうというのが、私の見立てである。

 ここからはやや異質な話になるけれども、4人体制というのは、オフィスを借りる最少人数であるとも思う。東京でオフィスを借りようとすると、最低ラインがだいたい30屬之10万円といったところである(探せばもっと安い物件もあるのだろうが)。家賃が月10万円ならば、社員1人あたり家賃は2.5万円となる。これは中小企業の平均値にほぼ等しく(※)、業績を圧迫しない水準であると考える。仮に2人で月10万円の物件を借りると、社員1人あたり家賃は5万円と跳ね上がってしまう。

 たかが家賃と侮るなかれ。オフィス物件の選定を誤れば、必要経費が必要以上に膨れ上がるので要注意なのである。ここで、ある中小企業の関係者から聞いた話を1つ紹介したい。その企業はかつて、社長が見栄を張って都内の一等地にオフィスを構えたのだという。その坪単価は、何と六本木ヒルズの最上階に入っているゴールドマン・サックスのオフィスの坪単価(=約4万円らしい)よりも高かった。社員1人あたりの家賃は10万円台になっていたそうだ(社員が3人ずつ集まれば、家賃代で若い社員が1人ずつ雇えてしまう)。

 その後業績が悪化したため、リストラを行い、オフィスも移転することに決めた。ところが、家賃の総額ばかりに着目していた社長は、総額が下がればそれでよいと考えていたらしく、結局は社員1人あたり家賃の金額が移転前とさして変わらない物件に引っ越してしまった。こういう初歩的なミスは避けなければならない、と私は思ったわけである。

(※)「会社ごと1人当たり月額、売上高及び営業費用の状況(数値データ編)」を参照。
July 08, 2012

「日本らしい経営」を探求する必要性〜創業1周年に寄せて(2)

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 (前回の続き)

 私は、世の中には5タイプの人間がいると考えている。すなわち、「革新者」、「媒介者」、「追随者」、「批判者」、「抵抗者」である。革新者は読んで字のごとくであり、「媒介者」は革新者のアイデアに補足や調整を施しながら、アイデアの推進力となる。「追随者」は、おそらくそのアイデアがよいだろうという理由で付き従う人々である。「批判者」は新しいアイデアが出るとまずは懐疑的な態度から入る。革新者たちのアイデアを必ずしも否定するわけではないが、いたずらに変化を求めることには難色を示す。「抵抗者」は一も二もなく変革に反対し、現状に固執する人たちを指す。ただし、特定の人が5つのカテゴリーのいずれかにぴったりと当てはまるというよりも、実際には5タイプの要素を少しずつ持ち合わせていると言った方が正確である。

 私自身はずっと、「革新者」になれたらいいなと思っていた。ところが、前回の記事で述べたように「新しいことが本当によいことなのか?」という問題意識が芽生えたことに加え、自分の性格が元来革新者に向いていないことを薄々自覚するようになった。7年間このブログを書く間に私自身が生み出した新しいコンセプトと言えば、おそらく「価値観連鎖(Values Chain)」の1個だけである。しかも、まだコンセプトレベルであり、中身は綺麗に整理されていない。ひょっとしたら、私が知らないところで、既に誰かが「価値観連鎖」に関して精緻な議論を展開しているかもしれない。

 【水曜どうでしょう論(3/6)】外部のパートナーを巻き込んで「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」を形成する
 自社のビジョンに利害関係者も巻き込む「価値観連鎖(Values Chain)」の再発見―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』

 それよりも、「温故知新」ということわざに従うわけではないが、十分に消化されていないまま、流行に押されて人々の記憶から遠ざかってしまった知識や情報を深耕し、その中に価値を見出していく作業が必要なのではないか?と思うのである。先ほどの分類を使うと、「批判者」的な立場を取りながら「媒介者」となることが、私にフィットした役割なのかもしれない。とはいえ、単純にこれまでの経営技法を振り返り、修正し、再構築するだけでは不十分である。

 正直に告白すると、ブログを書きながら、記事の内容が何となく表面的な技法に終始しており、全体的に“上滑りしている感じ”を覚えることがある。自分がこれまで書いてきた経営技術には、思想的な肉付けが欠けていると思うのである。本田宗一郎は「技術はあくまでも末端のことであり、思想こそが技術を生む母体だ。技術は思想の結晶であり、哲学こそが大事だ」と述べた。これは、製造業の技術に限らず、経営技術を含む技術一般に言えることだと思う。経営技術にも思想、特に社会の思想が反映される必要がある。

名言物語 人生の極意、経営の勘どころ名言物語 人生の極意、経営の勘どころ
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 ピーター・ドラッカーの経営学は、著書のあちこちが切り取られて名言として紹介されることが多いけれども、根底を貫くいくつかの思想的源流があることを忘れてはならない。ドラッカー思想の出発点は、政治における自由主義である。ドラッカーは、第2次世界大戦を「アメリカが全体主義から自由を守るための戦い」と位置づけた(『新しい現実』)。ドラッカーが自由を強く信奉していたことには、第2次世界大戦時に、ナチスの迫害を逃れてオーストリアからアメリカに移ったという、ドラッカー本人の経験も強く影響していると思われる。

[新訳]新しい現実 政治、経済、ビジネス、社会、世界観はどう変わるか (ドラッカー選書)[新訳]新しい現実 政治、経済、ビジネス、社会、世界観はどう変わるか (ドラッカー選書)
P.F.ドラッカー 上田 惇生

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 そのナチスから発禁処分を受け、迫害のきっかけとなった1933年の処女作『フリードリヒ・ユリウス・シュタール 保守的国家論と歴史的発展』(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2009年12月号で読むことができる)は、政治における保守主義の有用性をキリスト教の視点から説いたものである。したがって、ドラッカー経営学と宗教との間に連関を探ることも可能であろう(具体的にどこに関連性があるのか、まだ見いだせていないのだが・・・)。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2009年 12月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2009年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2009-11-10

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 また、ドラッカー経営学には、ハーバート・スペンサーの社会進化論も影響していると考えられる。ドラッカーは、人間の能力は無限に伸びると考え、「マネジメントは、経済的資源の組織化によって、人類の生活を向上させられるという信念の具現である」(『現代の経営(上)』)といった前提の下にマネジメントを論じている。これらはまさに、スペンサーの思想を反映するものであろう。加えて、ドラッカーが学生時代にキルケゴールを読んでいたと回想していることから、ドラッカーの経営学には、実存主義の影響も見て取れるはずである(私の怠慢ゆえに、まだキルケゴールを勉強していないため、宗教とドラッカーの関係と同様に、キルケゴールとドラッカーの関連性もつかめていないのだが・・・)。

ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

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 ドラッカーがアメリカ社会の思想や宗教に基づいて経営を論じたのであれば、日本人である私は、日本社会の思想に基づいて経営を論じる必要があるのではないか?また、日本の政治・経済思想は、日本人の国民性・民族性や文化と結びついているから、その辺りも視野に入れなければならない。こうして日本の思想の源流を手繰ることは、必然的に日本の歴史を手繰ることを意味する。よって、日本の歴史とは切っても切り離せないアジアとの関係を考慮しないわけにはいかない。

 キルケゴールは「人生は前向きに進むしかないが、後ろ向きにしか理解できない」という言葉を残したが、私が経営技法に磨きをかけて前に進むためには、後ろを振り返るべき時期に来ていると思うのである。