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August 08, 2011

GEの「9Blocks」というユニークな人事制度

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 ジャック・ウェルチがGEのCEOを務めていた期間は、アメリカを、そして世界を代表する優良企業と言えば、ほぼ例外なくGEの名前が挙がり、GEが実行した様々な施策(ベンチマーキング、シックスシグマ、セッションC、ワークアウトなど)は、世界中のビジネスパーソンや研究者の関心を引いたものだ。今日は、私が知っている範囲で、GEの特徴的な人事評価制度について書いてみたい(ただ、現在のGEがどのような人事制度をとっているかは、申し訳ないが情報がなくて解らない。あくまでも、ウェルチの在任期間中のものとして捉えていただければと思う)。

 GEはまず、厳格な成果主義を取っている。ここで1点注意しておきたいのは、「結果主義(業績主義)」と「成果主義」の違いである。「結果主義」とは、あくまでも最終的な業績のみを評価するやり方である。営業担当者であれば売上高や粗利率、製造責任者であれば在庫回転率や出荷額など、財務上の結果に結び付きやすい指標に基づいて評価を行う。

 他方、本当の意味での「成果主義」では、業績のみを評価するのではなく、そこに至るまでの「中間指標(プロセス指標)」や、最終的な結果に結びつきやすい「行動」も評価対象とする。先ほどの営業担当者の例で言えば、売上高や粗利率に加えて、「中間指標」として、営業活動に対する顧客の満足度や、見込み顧客の商談化率、商談の進捗率などといった指標を用いる。また、「成果に結びつきやすい行動」とは、いわゆるコンピテンシーのことだ(※1)。最終的な結果、中間指標、コンピテンシーの3つをバランスよく評価するのが、本来の意味での成果主義である。

 「成果主義」というと、成果が大きければ大きいほど高く評価されるような感じにも聞こえるが、GEは「成果の大きさ」ではなく、「成果を上げる生産性の高さ」で評価を行っている。なぜならば、成果の大きさで評価してしまうと、育児のために時短勤務制度を利用している女性社員がどうしても不利になるからだ。こうした弊害をなくすためにも、成果の大きさではなく、生産性に基づいて評価を行っている。こうした評価方法は、GEがダイバーシティマネジメント、とりわけ優秀な女性社員をGEにつなぎとめ、その能力を最大限に活用するために、重要な役割を果たしている。

 以上の前提を踏まえて、GEの「9Blocks」という考え方について説明したいと思う。これは、「直近のパフォーマンス(成果)」と「将来的なポテンシャル」という2軸で社員をカテゴライズする方法である。直近のパフォーマンスの軸は、「上位20%」、「中位70%」、「下位10%」に分けられる。一方、将来のポテンシャルの軸は、「今すぐにでも上位職務の担当が可能」、「2〜3年以内に上位職務の担当が可能」、「今の職務が限界」に分けられる。

 これによって、下図のような9つのボックスからなるマトリックスができあがる。このマトリックスが面白いのは、単にパフォーマンスがよいからといって高い評価が得られるわけではなく、またパフォーマンスが低くても幾何の猶予期間が与えられるということである。

GEの9Blocks(人事評価制度)

 営業担当者であれば、市場に追い風が吹いていた、上司や同僚の強力なサポートがあった、競合他社の担当者がボーンヘッドをやらかして、偶然にも自分のところに案件が転がり込んできた、などといった様々な運が作用していた場合、一番右上のボックスではなく、その左隣のボックスに移されてしまう。

 これとは逆に、十分な能力もあり、これまでもそれなりのパフォーマンスを上げてきた人が、今期はたまたま不運が重なって思うような成果が出なかったとしても、一番左下のボックスではなく、その右隣のボックスにプロットされる可能性がある。

 すでにお解りのように、一番右上のボックスの社員は最も優秀な社員であり、逆に一番左下のボックスの社員はC級社員ということになる。そして、GEでは、このC級社員は問答無用で解雇される(日本では直接解雇することが難しいので、「肩たたき」みたいな形で退職を促すのだと思われる)。毎期とも、一番左下のボックスにプロットされる社員が出てくるから、定期的に一定の社員が解雇されるわけだ。こうして、GEはC級社員が社内にとどまり続けることを防ぎ、組織の新陳代謝を促しているのである(※2)。

(※1)「コンピテンシー|Wikipedia」や「コンピテンシー|@IT情報マネジメント」を参照。
(※2)余談になるが、グーグルは世界中から優秀な人材を集めるべく、一般の企業とは比べ物にならないほど複雑で長期間にわたる採用ステップを踏んでいることで知られる。グーグルがそこまで血眼になって採用活動を行っているのは、「バカを入社させてしまうと、そのバカが周囲にも伝染してしまうから」であるという。
May 27, 2010

21世紀の経営に必要なのは「OR」から「AND」への発想転換(2)

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 (その1からの続き)

変革型リーダーシップとEQリーダーシップ
 マネジメントとリーダーシップの関係についてはその1で述べたが、リーダーシップの中でも二項対立は存在する。それはリーダーシップのスタイルをめぐるものである。ジョン・コッターが唱える「変革型リーダーシップ」においては、リーダーはマクロ的・全社的な視点に立ち、トップダウンで変革を強力に推進する。これに対して、ダニエル・ゴールマンが提唱したEQ(心の知能指数)をベースとする「EQリーダーシップ」は、リーダーとフォロワーの個々の関係に着目しているという点でミクロ的であり、ボトムアップ的でもある。

 変革型リーダーシップから見れば、EQリーダーシップは「木を見て森を見ず」のスタイルに映り、逆にEQリーダーシップから見れば、変革型リーダーシップは「森を見て気を見ず」のスタイルに映る。しかし、本当にリーダーシップが機能している企業では、両者がうまくお互いを補完し合っている。かつてのGEの目覚しい成長を見ると、ジャック・ウェルチのカリスマ的リーダーシップばかりに目が奪われるが、ウェルチは現場のリーダー育成ことに時間を惜しまなかったことを忘れてはならない。ワークアウトやシックスシグマは、単にGEの生産性を上げるためだけではなく、組織の隅々に多数のリーダーを輩出するプログラムとしても機能していたのである。

ジョン・P. コッター
日経BP社
2002-04
おすすめ平均:
企業改革にはビジョンの共通理解が必要
企業変革は8つものステップを看破してこそ達成されるということを構造的に解明した珠玉の書
社会人たる者繰り返し読むべし
ダニエル ゴールマン
日本経済新聞社
2002-06-25
おすすめ平均:
まだまだ日本にはEQリーダーシップが必要だと思います。
リーダーシップを考える上での“古典的”名著!
リーダーシップを考えるときの良書
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中央集権型組織と分権型組織
 20世紀の初頭、企業が組織をデザインするにあたって参考にしたのは軍隊であった。軍隊は言わずと知れた中央集権型の組織であり、企業もそれに倣って階層や権限、指揮命令系統を定めていった。

 ところが、ドラッカーが1940年代にGMを研究し、著書『企業とは何か−その社会的な使命』の中で、GMが「分権型組織」によって成功していることを指摘して以来、長年にわたって「分権型」を推す経営学者やコンサルタントが次々と登場してきた(チャールズ・ハンディ、トム・ピーターズなど)。さらにIT革命が起こって、成功している多くのIT企業がオープン・ネットワーク型の組織形態で運営されていることが解ると、外部の組織も含めて「分権型」でマネジメントすることが望ましいとされるようになった。

 だが、「中央集権型組織」も「分権型組織」も、一方に偏ることはリスキーである。完全な中央集権型組織は、一部の人間の頭脳に組織の未来の全てが託されており、彼らが一歩間違えれば一瞬にして組織が崩壊する。他方、完全な分権型組織は方向性を見失いやすく、各組織が好き勝手に活動するために業務プロセスが煩雑化し、経営資源を浪費してしまう。

 オリ・ブラフマン、ロッド・A・ベックストロームの著書『ヒトデはクモよりなぜ強い−21世紀はリーダーなき組織が勝つ』の中では、ナップスター、トヨタ工場、そしてアルカイダなどを例に、「分権型組織」のメリットが多数挙げられている。しかし、2人の著者は、現実の企業経営においては、両者を融合させることが重要だと結論づけている。Googleはその好例だ。Googleの研究開発は分権型で進められる。世界中で様々なプロジェクトが自発的に発生しており、星の数ほどのテストサービスの中から生き残ったものが晴れて世に送り出される。

 他方、Googleの人事は中央集権型である。アメリカの企業では各事業部が採用権を持っていることも珍しくないのだが、Google本社の人事部が採用に注ぐエネルギーは尋常ではない。人事部は採用のプロフェッショナルを多数抱えており、彼らは年がら年中アメリカの大学を飛び回って優秀な学生を血眼になって探しているという(もっとも、その採用部門もリーマンショック以降はさすがに縮小せざるを得なかったが)。

 A Case Study of Google Recruiting - ERE.net
 The Google Recruiting Machine Rolls On With Google’s College Ambassador Program - ERE.net

P.F.ドラッカー
ダイヤモンド社
2008-03-14
おすすめ平均:
若きドラッカーの情熱が”マネジメント”を生んだ
企業の社会的責任
オリ・ブラフマン/ロッド・A・ベックストローム
日経BP社
2007-08-30
おすすめ平均:
どのように組織するのか?あなたの下心は?
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 (その3へ続く)
December 06, 2009

リーダーは私心から入って私心を離れる

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 リーダーは常に私心を捨て、組織や社会全体の利益のことを考えなければならないという崇高なリーダー像が理想とされることがあるが、やや短絡的な見方のように思える。リーダーの個人的な動機は実のところ非常に大切だ。なぜなら、未来の見通しが立たない状況では、個人の欲求や願いがありたい将来像の輪郭を描き出す重要なトリガーとなるからだ。

 だが、単に個人的な動機を押し通すだけではリーダーにはなれない。それはただのわがままである。周りにいる人たちにも同じように個人的な動機や欲求があるわけで、彼らの思いとは相反することもある。リーダーは個人的な動機を発端としつつも、ステークホルダーの利益を尊重し、それらをできるだけ包摂する未来像を導き出す必要がある。その意味では、リーダーには「私心から入って私心を離れる」態度が求められる。

 松下幸之助『決断の経営』にあったエピソードが、この「私心から入って私心を離れる」リーダー像を表していると思うので紹介したい。

松下 幸之助
PHP研究所
2007-03-17
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 パナソニックの前身・松下電器は昭和11年に電球の製造・販売を開始した。当時の電球には4ランクあり、一流はT社のMランプ(36銭)、二流は25〜26銭、三流は15〜16銭、四流は10銭。一番売れていたのは最も高いMランプであり、市場シェアの7割を占めていたという。

 松下は新製品の電球の値段をどうするか悩んだ結果、Mランプに対抗して36銭で販売することに決めた。そこで取引先である販売店を回ったが、実績のない松下電器の製品に対する販売店の反応は冷ややかだった。二流か三流の値段でないと売れないと言うのである。

 松下としても、会社の利益のことを考えれば何としても36銭で売りたい。社員が汗水たらして新製品の発売にこぎつけた姿も思い浮かんだだろう。だが、「うちの利益が出なくなるので36銭で売ってください」などいう私心は口に出すことができない。そこで松下はこう言ったのである。
 「これは私個人とか、松下電器だけの問題ではないのです。みなさんにとっても、わが国にもう一軒、一流のメーカーをつくるかつくらないかは重大な問題です。相撲でも、つよい横綱が一人だけでは、土俵がおもしろくないでしょう。二人いて、互いに張りあい、競争しあってこそ土俵が盛り上がってきます。これは電器業界でも同じではないでしょうか。

 電器業界の場合でも、二人の横綱がいてこそ、業界がさらに向上発展していくのです。そういう意味から、松下電器を横綱に育てるためにもこの電球を三十六銭で売ってください。商売というものは現実のものだけれども、しかし現実の商売とあわせて将来の理想も必要だと思います。みなさんは、この電球についての将来の理想をどうか考えてください」
 松下は単に自社が儲けたいという次元の話を超えて、業界全体の利益のことを販売店に訴えたのである。実は、Mランプを販売していたT社はGEと提携しており、いつまでも外国の技術に押されていてはいけないという個人的な思いもあったのかもしれない(これはあくまでも私の推測だが)。36銭という価格は確かに高い。だが、松下電器がその価格に見合った品質の製品を作ることができれば、それは業界全体にとっても、消費者にとっても、そしてもちろん、松下電器と直接取引をする販売店にとっても利益になる、ということを松下は主張したのである。