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December 26, 2005

【ミニ書評】大田堯著『教育とは何か』

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教育とは何か (岩波新書)教育とは何か (岩波新書)
大田 堯

岩波書店 1990-01-22

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 大田堯著。通常の動物が種の保存のために子育てをするのに加え、人間は、「(動物としての)ヒト」から「(社会的存在としての)人」になるために教育を必要とする。人間は物事や環境の出来事をわきまえ、選択し、結びつける能力によって、人類史上脈々と受け継がれてきた文化の中で生きることが可能になる。

 一般論としての教育についての概説にとどまらず、知識が経済的対価を得るための道具としてのみ一人歩きしている現代教育に対して警告を発している。
August 14, 2005

情報システム構築とは、ハードやソフトの導入ではなく「情報の流れの組織化」である

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 「情報システム」というと、おそらくコンピュータを用いたシステムを想定していることが多いと思います。実際、IT用語辞典で調べてみると、次のような説明がされています。


 「情報を適切に保存・管理・流通するための仕組み。通常、コンピュータとネットワーク、およびそれを制御するソフトウェア、その運用体制までを含んだものを指す。コンピュータを用いない『情報システム』は、言葉の意味として矛盾しているわけではないが、現代ではほとんどの場合、情報システムは『コンピュータシステム』と同義として用いられる。」


 私は、この定義ではやはり不十分であると思っています。

 情報といっても、その種類は実に様々です。定型的なものと非定型的なもの、定期的に現れるものとその出現が不定期なもの、定量的なものと定性的なもの、編集が可能なものと編集が困難なもの、参照性が高いものと低いもの、いろいろな対立軸によって捉えることが可能です。

 コンピューターは、定量的、定型的なデータを論理的な算術によって貯蓄、検索、更新、削除するのに長けています。しかし、それだけのことです。ネットワークは、情報の機密性を保ち、情報を高速に伝達することができるのが特徴です。しかし、それ以外にはできません。

 ITを用いた情報システムで扱うことのできる情報は、実はほんの一部に過ぎないのです。私たちが使用する情報の大半は、実はITを使用していません。実に「ローテク」な方法で情報を用いています。

 「私たちの業務のどこに『(ITを用いた)情報システム』を導入することができるのか」というのは適切な問いではありません。

 投げかけるべき質問は次の通りです。

 「自分が用いている情報はいかなるものか」
 「その情報はどこから仕入れているのか」
 「手に入れた情報の使い道はいかなるものか。ただ参照するだけか。加工して他の誰かに引き渡すのか。それとも何もしないで破棄しているのか」
 「その情報を他の手段で入手できるとしたらどのような方法があるか」
 「自分が誰かに引き渡した情報はどのように使われているのか」
 「自分が情報を手に入れる段階、または誰かに情報を受け渡す段階で障害になっているものは何か」
 「自分は情報を用いて期待されている成果を上げることができているか」
 「自分が他人に渡した情報は、彼が期待されている成果を上げるのに役に立っているか」

 情報の流れを分析し、不要な流れを遮断し、生産的な情報の流通経路、利用方法を構築し、それによって組織がより大きな成果を上げられるようにするのが真の情報システムの構築なのです。真の情報システムを構築することは、仕事に対する高度な知覚を必要とする作業です。
July 01, 2005

知識の種類〜「能力的知識」と「創造的知識」

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 現代において新たな資本としての地位を獲得した「知識」だが、実際には2つの種類があると考えている。

 ’塾賄知識

 「その知識があって初めて仕事ができる」という意味での知識である。最も解りやすい例は医師、弁護士、会計士などの国家資格である。資格を持っていることが、仕事に必要な知識を持っているということ保証している。資格がなければ仕事はできない。

 もちろん、ライセンス的な国家資格に限らず、我々の仕事の多くは何らかの体系的な知識を必要としている。マーケティングの仕事ならばマーケティングの知識が、経理や財務ならば簿記や会計の知識が、プログラマならばプログラミング言語の知識が、調査ならば統計学の知識が、営業ならばコミュニケーション・対人関係の知識(近年この分野の研究の成果が目覚しいように思える。)が必要になる。

 我々には仕事をする上で最低限知っておかなければならない知識がある。これが、現代の労働者が「知識労働者」と呼ばれる所以である。その知識があって初めて仕事ができるという、いわば能力のような知識であるから、これを「能力的知識」と名付けることにする。

 ∩和づ知識

 能力的知識は比較的一般的な知識であるから、その気になれば誰もが身に付けることができる。しかし、もし競合相手よりも秀でていようとするならば、能力的知識に納まらない、高度かつ独創的な知識も持っていなければならなくなる。

 こうした競争優位を獲得するための知識を「創造的知識」と呼ぶことにする。野中郁次郎教授らが提唱している「知識創造企業」という概念における知識とは、この創造的知識に当たる。

 優れた企業は企業独自の知識を生み出すことに優れている。マッキンゼー・アンド・カンパニーボストン・コンサルティングは独自のコンサルティング手法をいくつも編み出している。大手メーカーは独自の高度技術を絶えず開発している。不振にあえぐ中小の製造業の中でも、成長を続けているような企業には、大手に負けない製造技術を有しているところが多い。

 資本たる知識の戦略を策定する場合には、この分類が有効になると思う。


《補足》
 ちなみに、「知識人」といった場合の「知識」はこの分類のいずれにも入れ難い。知識人の知識は、知識というよりはむしろ情報に近い。知識人は脳内に他人よりも多くの情報を蓄積している人である。

 しかし、情報をたくさん持っていることは強みにはならない。特に現代においてはそうである。なぜなら、情報の蓄積能力ならばデータベースで簡単に代替できるからである。また、情報を持っていなくても、必要な情報ならばインターネットなどで簡単に入手することができる。一般人でも知識人と同等の情報量にアクセスすることが可能だ。

 知識人が生き字引のような存在であるならば、必要ない。我々は真に役立つ知識を求めている。耳が痛いかもしれないが、知識社会はそういう社会なのである。