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August 31, 2011

【再考察】菅直人首相はなぜ退陣に追い込まれたのか?(3完)

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(3)「重要度は高いが緊急性が低い」課題に着手し、復興を遅らせた
 今回の震災後に最優先で取り組むべき課題は、「被災地の生活支援と雇用創出」、「福島原発事故の鎮静化と健康被害など各種被害の抑制」の2つである。そして、そのための補正予算を早く成立させなければならない。それが、「国民の生活が第一」を掲げる民主党であればなおさらである。ところが、原発事故処理の失点で信頼を失った菅首相は、信頼を回復させるために、国民の目を別の方向へ向けさせようとした。それが、先ほどの「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」も含めた「再生エネルギーの推進」である。

 確かに、再生エネルギーの推進は重要課題である。原発事故を機に、国民も再生エネルギーを前向きに捉えるようになったことも、菅首相にとっては追い風であった。しかし、今この時期に検討するほど、優先度が高いと言い切れるだろうか?二酸化炭素の排出量が少ない日本は、世界から低酸素社会の早期実現を迫られているわけではない(少なくとも、アメリカほど切迫した課題ではない)。本来であれば、復興のメドがつき、事故処理の道筋が立った段階で、エネルギー戦略と経済成長戦略の見直しとともに、再生エネルギーの議論を始めるのが筋だろう。

 ところが、菅首相が再生エネルギーの推進を急ぎ、退陣条件にも「再生エネルギー特別措置法案の成立」が盛り込まれたものだから、国会で十分な議論が行われないまま法案は成立してしまった。24日に成立した再生エネルギー特別措置法は、

 ・電力会社側の買い取り価格をいくらにするか?
 ・電力会社の買い取りに必要な設備をどうやって増強するか?国はどこまで支援するのか?
 ・仮に、電力会社が買い取りを拒否をした場合はどうするのか?
 ・電力会社による値上げの影響を大きく受ける大口契約者への優遇措置をどうするか?

など多くの課題を抱えている(※12)。極端な言い方をすれば、今回の法律は”スカスカ”の法律であり、「とりあえず、再生エネルギーを推進することにしました!」と言っているにすぎないのである。

 以上、菅首相が退陣に追い込まれた要因を3つに分けて論じてきた。だが、ここでもう1つの疑問が出てくる。それは、これら3要因は野党側が菅首相を退陣に追い込む理由にはなるけれども、なぜ身内である民主党内でも激しい「菅降ろし」の風が吹いたのか?ということである。ここからは完全に推測の域を出ないけれども、菅首相の性格・資質そのものに問題があったのかもしれない。

 すなわち、東電社員を怒鳴り散らし、思いつきでポンポンと新しい施策を打ち出したように、被災地対応や原発事故対応に当たっている民主党議員にも怒鳴り声を上げ、支離滅裂な指揮命令を出していたことが理由で、”嫌菅”の民主党議員が増えていったのかもしれない。この辺りは、もうしばらくして民主党がぶっ壊れてくれれば、暴露話となってあちこちで表面化するだろう(※13)。

 忘れてはならないのは、東北地方の避難所が相次いで閉鎖へと向かっている中、仮設住宅の建築の遅れなどによって、福島県では現時点でもまだ約5,000人が避難所生活を続けており(※14)、岩手・宮城・福島の3県で震災後に離職を余儀なくされた約15万人のうち、就職したのは約1割の1万4,700人程度にとどまる(※15)という事実である。菅首相が民主党代表選の行方を悠長に眺めている間にも、東北は復興の道のりを歩んでいかなければならないのである。

(※12)「再生可能エネルギー特措法 残る課題 価格の決め方 買い取り拒否 優遇の線引き」(MSN産経ニュース、2011年8月24日)
(※13)MSN産経ニュースの記事「【民主漂流】党を覆う虚脱感 一人はしゃぐ首相、軽口叩きピザをパクリ」(2011年6月22日)では、岡田克也幹事長、さらには気性の荒いことで知られる仙谷由人官房副長官までもが、菅首相に怒鳴りつけられたことが報じられている。
(※14)「福島県内の避難所 10月閉鎖の工程厳しく」(河北新報社、2011年8月24日)
(※15)「民間の力で被災者に職を」(日本経済新聞、2011年8月23日)

【再考察】菅直人首相はなぜ退陣に追い込まれたのか? (1)(2)(3完)
August 30, 2011

【再考察】菅直人首相はなぜ退陣に追い込まれたのか?(2)

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏がtwitter上で触れた記事「菅直人首相の退陣によせて」(Danas je lep dan、2011年8月26日)には、「菅首相以外の誰がやっても、結果は大して変わらなかっただろう」といったことも書かれている。確かに、今回のような事故の対応に「まさにぴったりの適任」という人物はいないだろうし、菅首相自身も「自分以外の誰だったらうまくやれたというのか?」と周囲にもらしたことがあった。

 原発事故処理の遅れや、事故に起因する健康被害、農畜水産物の被害、さらには風評被害のうち、どこまでが菅首相の意思決定に帰すべきものなのかは、今後じっくりと検証されることだろう。一般論で言えば、意思決定とは、「状況の把握⇒解決すべき課題の設定⇒選択肢の列挙⇒選択肢の絞り込みと実行⇒実行した結果のフィードバック(フィードバック内容は、次の状況の把握へとつながっていく)」という一連の流れが、次々と重なっていくものである。

 今回の原発事故対応をめぐっては、

 ・意思決定を下すべき局面がどのくらいあったのか?
 ・それぞれの局面で、菅首相はどのように関与・決断をしたのか?(あるいは関与・決断をしなかったのか?)
 ・菅首相の関与・決断によって、どのような結果がもたらされたのか?(事故処理が遅れたのか、それとも早まったのか?健康被害などが悪化したのか、それとも改善されたのか?)
 ・菅首相の判断は、他の政治家でも下す可能性があったものか?それとも、菅首相だからこそ下した判断だったのか?
 ・菅首相以外の政治家ならば、どのように関与し、どのような決断を下したのだろうか?
 ・その決断によって、どのような結果がもたらされたと想定されるか?(事故はもっと早く終息したのか?健康被害などをもっと抑制することができたのか?)

などといった論点について、各方面の専門家を含めたチームが広範なヒアリングと情報収集を行い、緻密な分析を行う必要がある。これは非常に骨の折れる作業だ。しかし、NASAのコロンビア号が爆発事故を起こした際には、このような事後検証が徹底的に行われた。その結果、コロンビア号の教訓は多くのビジネススクールで教えられているし、書籍にもなって世の中に出回っている(※8)。今回の原発事故対応についても同様の検証を行い、菅首相の責任の範囲を明確にすることが重要であろう(検証結果が出るのは何年後になるかわからないし、重要な議事録が残っていないために、どこまで深く検証できるか不透明な部分はあるけれども、それでも検証を行うべきだ)。

(2)適切な意思決定プロセスを経ないままの決断が多かった
 菅首相が退陣に追い込まれた主たる要因は、これまで述べてきたように、(1)リーダー自身が狼狽してしまい、リスクマネジメントができなかったという点が大きかったわけだが、それ以外にも2つの要因を指摘することができる。2つ目は、「保身のための思いつき」と揶揄された唐突の意思決定が多かったことである。原発事故対応での失点を取り戻すためなのか、菅首相がとっさに発したのが、「浜岡原発の停止要請」と、「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」の2つである。

 浜岡原発は国の耐震基準を満たしており、震災後に経済産業省が各電力会社に指示した緊急安全対策にも対応している。浜岡原発は、東海大震災の想定地のすぐそばに立地しており、事故のリスクが他の原発に比べて高いのは事実である。実際、菅首相の緊急記者会見では、「今後30年以内にマグニチュード8級の東海大地震が発生する可能性が87%」というデータも示されている(※9)。
 
 だが、緊急記者会見以前に、菅首相は経済産業省や中部電力の関係者に、何かしらアプローチをかけたのだろうか?中部電力の取締役会がすぐに結論を出せなかったのを見ると、中部電力にとっては全くの「寝耳に水」だったに違いない。

 もう1つ、日本国民を、というか世界中を驚かせたのが、パリで開かれたOECD(経済協力開発機構)設立50周年記念行事で菅首相が行った講演の内容である。菅首相は、原発事故を受けたエネルギー政策を語る中で、「設置可能な約1,000万戸の家の屋根にすべて太陽光パネルを設置することを目指していく」と日本語で宣言した(※10)。

 この発言は、今度は経済産業省にとって「寝耳に水」であった。なぜなら、事前に用意されていた原稿には1,000万戸という具体的な数字は盛り込まれておらず、菅首相がスピーチの直前に独断でつけ加えたものだったからだ。いくら世論が脱原発&自然エネルギー推進に傾きかけているとはいえ、海江田万里経産相をはじめとする経産省の関係者に何の事前通告もせずに、国際舞台でいきなり発言したのには問題がある。国際舞台において、一国のトップの発言がどれほどの重みを持つかを菅首相が理解していなかったと言われても仕方ないだろう。

 もちろん、緊急事態においては、通常の意思決定プロセスでは時間がかかりすぎると判断した場合に、例外的な意思決定プロセスをとること自体は何ら間違ったことではないし、むしろ推奨されるべきですらある。私自身も、このブログでリーダーシップを論じる際には、この点に何度も言及している。一般的なマネジャーは組織で定められた公式の手続きを尊重するのに対し、リーダーは非公式の手続きをうまく組み合わせて周囲の人々を動かす。それが政治家であれば、超法規的枠組みによる意思決定という形をとることになる。

 しかし、「浜岡原発の停止要請」と「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」については、非公式のプロセスすら省略され、完全に菅首相の独断で進められてしまった。震災直後に、菅首相が挙国一致を目指して「大連立」を構想した時には、いきなりメディアで「大連立を検討します」と発言してから自民党に打診したわけではない。自民党の谷垣総裁や石破政調会長に、事前に水面下で電話をかけているのである(もっとも、谷垣総裁に「復興担当大臣」を打診するという、かなりの”クセ球”だったわけだが)。

 大連立構想の時にはできたことが、なぜ「浜岡原発の停止要請」と「ソーラーパネル1,000万戸設置宣言」の時にはできなかったのだろうか?大連立を断られたことで(あるいは、大連立の件以外にも、民主党内外に非公式に持ちかけた施策が却下されたことが重なって)、「非公式に打診しても拒否されるのがオチだから、いっそ自分で発言して既成事実化してしまおう」と考えたのだろうか?いずれにせよ、菅首相の単独行動が、周囲の不信感を強めたのは間違いないだろう(そして、イタチの最後っ屁とばかりに、退陣の直前でまたしても唐突に「朝鮮学校の無償化の再検討」を指示した(※11))。

 (明日で最後)

(※8)日本でも、例えばマイケル・A・ロベルト著『決断の本質』(英治出版、2006年)などで、コロンビア号爆発事故に関するNASAの意思決定プロセスの問題点を知ることができる。

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(※9)「【日本版コラム】浜岡原発停止要請が引き起こす3つの混乱―追加対策としてPPSの見直しを」(WSJ日本版、2011年5月9日)
(※10)「菅首相『太陽光パネル1000万戸に』 実現可能な数字なのか」(J-CASTニュース、2011年5月26日)
(※11)「菅首相、朝鮮学校の無償化再開指示 退陣直前に唐突に」(MSN産経ニュース、2011年8月29日)
August 29, 2011

【再考察】菅直人首相はなぜ退陣に追い込まれたのか?(1)

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 ジャーナリストの佐々木俊尚氏がtwitter上で「菅直人首相の退陣によせて」(Danas je lep dan、2011年8月26日)という記事に言及し、「私も賛成」との見解を述べていたのだが、改めて菅直人首相とはどういう人物だったのか、なぜ身内からも忌み嫌われる形で退陣に追い込まれたのか、私なりに整理し直してみた。

(1)リーダー自身が狼狽してしまい、リスクマネジメントができなかった
 菅首相が退陣に追い込まれた要因は3つあると私は考えるが、中でもこの1つ目の要因が決定打である。震災直後の菅首相の動きに関する記事(※1)を読み返してみると、福島原発事故と対峙して狼狽する菅首相の姿が改めて浮き彫りになる。冒頭で触れた「菅直人首相の退陣によせて」の中では、誰も経験したことのない事故を目の前にして慌てふためかない人などいない、といったニュアンスのことが書かれているけれども、確かにその考え方にも一理あるのは認めよう。

 だが、9.11同時多発テロ事件の直後に、ジュリアーニ前ニューヨーク市長が「救援・復興活動が第一優先だが、残りの人は、日頃の消費活動を維持することが大事。安易な自粛モードは、NYの商業施設の売上減などNY経済の低下につながり、いわば、テロの2次被害を招く。卑劣なテロに負けないためにも積極的に飲み食いするなど日頃の商業活動を維持してほしい」と演説し(※2)、事故の10日後には自らコメディ番組に出演して、「みんな笑っていいぞ」と発言した(※3)のに比べると、菅首相が震災直後に国民に向けて発信したメッセージはあまりにも印象が薄い。

 国民に対して積極的にメッセージを発していたのは、菅首相ではなく枝野官房長官だった。不眠不休で政府内や東電の関係者と連絡を取りつつ、連日記者会見を開いていたために疲労が重なり、枝野長官の顔は日に日にやせ細っていった。枝野長官の体調を心配して、ネット上で「枝野寝ろ」運動が起こったことを覚えている方も多いだろう。

 もちろん、アメリカのテロ事件と今回の東日本大震災を単純に比較することはできないし、日本で首相がこんな時期にバラエティ番組に出演しようものなら、野党の格好のエサになって「不謹慎だ」とバッシングを受けるのは間違いない。いつ何時でも楽観的に振る舞い、明るい未来を見出そうとするアメリカ人と、現実的な考え方を望む日本人という民族性の違いを考慮に入れる必要はある。

 しかし、それにしても菅首相は冷静さを欠いていた。東京電力の本社を訪れて東電社員に怒鳴り散らし、「東電が事故処理から撤退する」との噂が流れた時には、東電の清水社長(当時)にも怒声を浴びせたと言われている。メディアが菅首相の言動の一部分のみを切り取って報道している可能性は否定できないものの、リーダー自身がこんなにも狼狽してしまっては、命がけで事故処理にあたっている東電社員を鼓舞するどころか、逆に委縮させ、混乱を増幅させるばかりである。

 この点でも、東京消防庁の隊員を涙ながらにねぎらった石原慎太郎都知事とは対照的だ。福島第1原発で冷却作業にあたったハイパーレスキュー隊員を前にして、石原都知事は「みなさんの家族や奥さんにすまないと思う。ああ…、もう言葉にできません。本当にありがとうございました」、「まさに命がけの国運を左右する戦い。生命を賭して頑張っていただいたおかげで、大惨事になる可能性が軽減された」と涙を流しながら語った(※4)。震災直後に「震災は『天罰』だ」と発言して顰蹙を買った都知事ですら、ここまでの姿を見せているのである。

 一方、当の菅首相は、なまじ原発に関する知識があるばかりに、東電の対応や報告のスピードを余計に遅く感じたのだろう。冷却作業に使用する真水がなくなったため海水注入に踏み切ろうとした東電に対し、再臨界を危惧して「待った」をかけた菅首相であるが、専門家の間では真水より海水の方が再臨界のリスクが低いと考えられていた。

 この一件以外にも、東電が事故処理の方法に関して、いちいち首相の判断を仰がなければならない局面が少なからず存在したようだ。しかし、菅首相が持っている原発の知識は、もう何十年も前のものであり、今回の事故では使い物にならない。事故処理は、最新の原発を熟知している東電の現場に任せておけばよかったのである。

 では、首相として、あるいは政府として何をすべきだったのだろうか?今回の大震災では、「情報が得られないが、事態が深刻化していることだけは解っている」という難しい状況で意思決定を下す必要があった。この場合の鉄則は、「厳格な基準を適用し、最悪のシナリオを想定した行動を通じて、国民の生命を守る」ことに尽きる。

 この点に照らし合わせてみると、原発周辺の避難区域が半径3km、5km、10km、20km圏内と徐々に広がっていったことは、最悪のシナリオを想定していたとは到底思えない判断である。これでは住民の不安をいたずらに煽るだけだ。逆に、最初から半径20km以内を避難区域に設定し、そこから段階的に解除していくのが、適切なリスクマネジメントだったと考えられる。

 基準の適用に関する混乱は他にも見られた。例えば、農作物に含まれる放射性物質の暫定基準(そもそも、いつまで「暫定」なのか?という疑問もあるが・・・)をめぐって、多くの農家と消費者が翻弄された。同量の放射性物質が含まれていても、地域によって「出荷制限」と「出荷自粛」の差が出たこともあった。挙句の果てには、原発の事故処理に当たる作業員が少なくなってきたから、年間被曝量の上限値を引き上げて、基準値を超えない作業員の数を増やそうという、とんでもない議論もあった(※5)。生命に関わる重要な基準を、現場の都合でそんなに簡単に変えられるのならば、一体何のための基準だと言えるのだろうか?例えば、原発先進国のフランスや、震災に対して積極的な支援を申し出ていたアメリカなどに支援を仰ぐという選択肢もあったのではないだろうか?

 「最悪のシナリオを想定して行動する」という点に関して、少しだけ菅首相をフォローできる言動があるとすれば、4月に福島第1原発から半径30km圏内の地域について、「そこには当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか、ということになってくる」と松本健一内閣官房参与に話したことと(※6)、今月27日、福島第1原発周辺の放射線量が高い地域に関して、「長期間にわたって住民の居住が困難な地域が生じる可能性は否定できない」と佐藤雄平福島県知事に伝えたこと(※7)だろう。

 4月の発言については、菅首相がどの程度の情報や仮説に基づいて発したものなのか定かではない。しかしながら、「20年住めないかもしれない」という点は、8月27日に発表された政府の試算結果とも合致している。菅首相のこの見通しだけは、肯定的に評価してよいだろう。

 ただし、仮に20年以上住めないとなった場合に、区域内住民の生活を政府としてどのように設計・支援していくのか?というシナリオを4月の段階から構想しておき、27日の福島県知事との会談でそのシナリオに言及しておけば、「突然じゃないか。非常に困惑している」と佐藤知事が反応することはなかったに違いない。

 (明日へ続く)

(※1)「(1)全ての不信感、東電がはけ口」(MSN産経ニュース、2011年8月25日)から始まる一連の【再検証・菅首相の原発事故対応】の記事など。
(※2)「ジュリアーニNY市長のテロの時のスピーチ」(コンサルタント藤村正宏のエクスマブログ、2011年3月16日)
(※3)「『先行きの展望が欠如』した菅政権」(オーパの幸福実現党応援宣言!、2011年4月27日)
(※4)「『言葉にできない。ありがとう』石原都知事、感極まり言葉詰まらせる 放水活動の消防隊員に謝辞」(MSN産経ニュース、2011年3月21日)
(※5)「【放射能漏れ】原発作業員の年間被曝量、上限撤廃へ 厚労省が特例措置 全国の原発保守を懸念」(MSN産経ニュース、2011年4月28日)
(※6)「原発周辺「20年住めない」=菅首相が発言、その後否定」(asahi.com、2011年4月13日)
(※7)「東日本大震災:福島第1原発事故 帰郷困難、20年超も−−政府試算」(毎日jp、2011年8月28日)
August 13, 2011

民主党・自民党への個人的な期待と、我々自身がするべきこと(2/2)―『日本の壊れる音がする』

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 (これで最後)

 <自民党に対して>
 自民党に関しては、いっそのこと、いい意味で官僚と癒着し(つまり、官僚をフルに活用し)、筋の通った政策の立案・実行を期待している。それと同時に、自民党には重要なタスクを課したい。それは、今回の東日本大震災をめぐる一連の意思決定プロセスについて、

 ・どの意思決定はOKで、どの意思決定はNGだったのか?
 ・意思決定に至るプロセスで、どのような問題が生じたのか?その問題を引き起こした原因は何だったのか?
 ・意思決定の結果はOKだったが、プロセスに問題があったケースは何か?その場合、どのようなプロセスを踏むべきだったのか?
 ・自民党ならばどのようなプロセスを踏み、どのような意思決定を下していたか?

などといった観点から独自に検証し、震災対応に関する知見を蓄積してもらいたい、ということである。福島原発事故に対する政府の対応を自民党は批判するけれども、原発を推進してきたのは他ならぬ自民党なのだから、今回の大震災から重要な教訓を引き出さなければならない。

 実は、阪神淡路大震災の時も自民党は野党であり(社民党の村山政権だった)、自民党は大型の震災に直面した経験がない。村山政権や菅政権を”反面教師”として、近いうちに必ず起きると言われている東海大震災、首都圏直下型地震に備えてもらいたいのである。

 自民党も、どのぐらいの危機管理能力があるのかは未知数だ。過去には「えひめ丸号事件」をめぐって、チョンボをやらかしている。2001年、ハワイ沖で日本の高校生の練習船「えひめ丸」が、アメリカ海軍の原子力潜水艦と衝突して沈没、日本人9名が死亡する事件が起きた。事件発生時、森喜朗総理(当時)はゴルフ場におり、連絡はSPの携帯電話を通じて入った。

 衝突により日本人が多数海に投げ込まれたことや、相手がアメリカ軍であることも判明していたが、森元総理は第二報、さらに第三報が入るまで1時間半の間プレーを続け、これが危機管理意識上の問題となった(※5)。だからこそ、今回の大震災をめぐる様々な意思決定については、専門のワークグループを立ち上げて、数年を費やしてでもじっくりと検証するだけの意義と価値があると思うのである。

 <我々国民はどうすべきか?>
 我々がなすべきことは、端的に言えば「テレビを見るな」、「幅広い分野に興味を持て」、「情報源を多角化せよ」の3つである。テレビで流れる政治関連のニュースは、どこの局もほとんど同じだし、内容が偏っている。これは、閉鎖的な記者クラブ制度がもたらしている弊害である。

 だから、もっと視野を広げる必要がある。我々はどうしても自分の生活に直結する問題ばかりに関心を寄せがちだが、政治の役割は実に幅広い。いつの時代でも最優先とされるべき課題は、

 ・国家を外敵から守るための軍事・安全保障と、
 ・国内では取得できない資源を海外から得るための資源外交

の2つである。なぜなら、この2つがないがしろにされると、国家が潰れてしまうからだ。これに加えて、

 ・経済成長を実現するマクロ政策や金融政策
 ・政府や自治体の財政健全化
 ・国民の生命や健康を守る医療サービス
 ・高齢社会を支える介護・福祉、ならびに年金制度
 ・今後も経済成長を持続させるために必要な人口構成の実現(具体的には、出産・子育て支援)
 ・子どもたちを、教養と実務能力を備えた日本人へと育て上げる教育制度
 ・上記の政治的課題と関連する各種税制の整備

などが並ぶ。どれ1つをとっても大きなテーマだし、お互いに複雑に関連し合っているため、理解するのは容易ではない。しかし、自分の生活と直結したテーマだけに焦点を絞るのは、近視眼的な捉え方である(経営学でいうところの「マーケティング・マイオピア」ならぬ、「ポリティクス・マイオピア」である)。

 日常生活との関係性が薄く、あまり実感が持てない分野であっても、中長期的に見れば自分たちの生活に跳ね返ってくるものばかりである。したがって、それぞれの分野を理解する努力を惜しまず、自分なりの”座標軸”をはっきりさせることが我々にも必要なのである。

 そのためには、情報源の多角化が必須となる。テレビが論外なのは先ほども述べたが、新聞、書籍、ブログ、ネットニュース、地元の議員の講演会など、幅広いチャネルに目を向けて、様々な情報に敏感にならなければならない。その際に留意すべきなのは、一方のイデオロギーに偏らないことである。新聞であれば、例えば「産経と朝日」といった具合に、思想的傾向が異なるものを2部取るのが望ましい。

 我々は、自分にとって有利な情報や、自分の主張を裏づける情報ばかりを集めたがる傾向がある。心理学では、この傾向を「確証バイアス」と呼ぶ。この「確証バイアス」に陥らないようにするには、敢えて自分の考えとは反対の見解が述べられている情報リソースに目を向けることが有益である。

 自分が好きではない情報に、自ら首を突っ込んでいくことは、非常に苦痛である。だが、同じ論点でも多様な見方があることを知り、バランスのとれた基軸を自分の中に確立するのであれば、この苦痛は避けては通れないものなのである。

(※5)「森喜朗|Wikipedia」の「えひめ丸号事件」の項を参照。
August 12, 2011

民主党・自民党への個人的な期待と、我々自身がするべきこと(1/2)―『日本の壊れる音がする』

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 (前回からの続き)

 だんだん話が複雑になり、自分でも収集がつかなくなってきているけれども(汗)、何はともあれ、小泉氏が政界から引退した今となっhttp://blog.livedoor.jp/zattanamono/ては、時計の針を戻すことなどできないから、将来を見据えた前向きな議論をしなければならない。民主党、自民党に期待すること、そして我々国民がなすべきことを、私なりにまとめてみた(「こいつはバカげたことを書いている」と思われる方がいらっしゃるかもしれないが、その辺はご容赦ください。そして、誤りなどをコメントで指摘していただけるとありがたいです)。

 <民主党に対して>
 まず、民主党は”脱官僚”ではなく、官僚に頭を下げていろいろと勉強させてもらうべきだ。自民党は官僚べったりで、官僚から必要な知識や情報をいつでも収集できる状態にあった。だが、長く野党の地位にあった民主党は、官僚との接点が相対的に少なく、政策に関する知識や政策立案のノウハウは、どうしても自民党より劣る。

 その状態で”脱官僚”を掲げたわけだから、民主党が政権を握った途端に、議員の不勉強ぶりが露呈してしまったのは、ある意味では当然の結果だ。普天間基地問題では、県外移設やグアム移設など様々な案が飛び交ったが、普天間基地は空軍ではなく海軍の拠点であり、台湾で有事が起きた際にすぐさま海軍を派遣するためのものである。だから、県外といっても台湾から遠い土地へは移転できないし、そもそもグアムなどという案が出てくるのはお門違いなのである(※4)。

 さらに、乗数効果や消費性向の意味を答えられずに恥をかいた議員(菅総理も含まれる)は、経済についてもっと勉強してもらいたい。マクロ経済の基本を知らない議員が、まともな経済成長戦略を描けるとは思えない。経済で大切なのは、国民のウケを狙ってカネをばらまくことではなく、産業自体のパイが拡大するように市場のルールを整備することと、カネが効率的に流れる仕組みを作ることである。

 マクロ経済の細かい知識に関しては、百歩譲って議員が知る必要がないとしても、簡単な計算でつじつまが合わないことがバレてしまうようなマニフェストを掲げるのはやめてもらいたい。高速道路無料化は早々と中止になり、子ども手当についても、結局は財源不足により、昔の児童手当に逆戻りしてしまった。

 民主党は、政権を奪取した時の目玉政策が次々とつぶれているのだから、自民党の谷垣総裁が言うように、政権の正統性を失っている。民主党の失策は、企業で例えれば、任天堂が「Wiiの後継機の開発ができなくなりました」とか、スズキ自動車が「インドでの軽自動車販売ができなくなりました」と言うようなものである。そんなことをすれば、株主からは痛烈なバッシングを受け、顧客も大量に離反していく。「民自公の3党間で、子ども手当を見直す方向で合意が得られた」などと報じられたけれども、そんな風にのほほんと構えている場合ではないのである。政策の実現可能性や数字のロジックを十分に吟味した上で、マニフェストに盛り込むのが本来の姿というものである。

 その上で、民主党は、現在の玉石混合の状態を解消する必要がある。小沢一郎氏は、新党結成の可能性を何度も示唆しているものの、菅総理に対する牽制球程度の効果しかもたらしていない。小沢氏には、90年代に『日本改造計画』を書いた頃のような輝きを取り戻し、田中角栄氏の意を受け継ぐ政党として、自民党に対抗できる保守政党を作ってほしい。

 一方、「思想的には右寄りだが小沢氏は嫌いだ」という民主議員は、まとめて民主党を離脱し、これもまた新党を作るべきだろう。この新党は少数政党になるであろうから、立ち上がれ日本やみんなの党との連携が必要になる。こうして民主党を”解体”し、残った議員から構成される民主党は、純粋な左派政党として、右派政党の対抗馬になるのがベストだと思う。

 小沢氏主導による”民主党解体”の余波は、自民党にも及ぶ可能性が高い。小沢氏に近い議員は、新党結成の波に乗じて小沢新党へ移ることが考えられる。一方で、反小沢の立場をとりながら民主党から分離独立した新党にも、自民党から議員が流れ込むかもしれない。ただ、どちらの動きも限定的であり、自民党を離れる議員は、多く見積もっても10数名程度ではないだろうか?

 菅総理が退陣し、次の首相が誕生しても、東北地方の復興と福島原発事故への対応が一段落ついた時点で即座に、国民の信を問うための解散総選挙が行われる公算が高い。おそらく、この総選挙では自民党が第一党に返り咲くだろう。しかし、新党が乱立した状態で行われるため、自民党も単独では過半数を取ることができないと考えられる。そうなった時に、果たして自民党がどの党と連立を組むのかは、非常に重要なポイントになりそうである。

(※4)過去の記事「電子書籍の洗礼を思いっきり受けたよ(涙)−『緊急提言 普天間基地圏外移設案』」を参照。

 (続く)
April 29, 2011

原坊(笑)―『Let's try again』(チーム・アミューズ!!)

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 サザンの桑田佳祐さんの呼び掛けで実現したスペシャルユニット「チーム・アミューズ!!」のチャリティーソングがCD化されることに(今回は、下のリンクからアフィリエイトのリンクを外したよ)。

チーム・アミューズ!!
株式会社アミューズ
2011-05-25
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《登場する各アーティストの曲》
(1)勝手にシンドバット(サザンオールスターズ)
(2)サウダージ(ポルノグラフィティ)
(3)島人ぬ宝(BEGIN)
(4)桜坂(福山雅治)
(5)ポリリズム(Perfume)
(6)LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜(サザンオールスターズ)
(7)大きな玉ねぎの下で(爆風スランプ)
(8)アゲハ蝶(ポルノグラフィティ)
(9)IT'S ONLY LOVE(福山雅治)
(10)涙そうそう(BEGIN)
(11)私はピアノ(原由子)
(12)Runner(爆風スランプ)
(13)マンピーのG★スポット(サザンオールスターズ)
(14)希望の轍(サザンオールスターズ)

 PVをテレビで見たけど、原坊でめっちゃ笑った。Perfumeと並んで歌ってるんだもんねぇ。撮影現場は爆笑だったに違いない。あと、三宅さん、小倉さんの扱いが悪すぎ(笑)。CDにはPVを収録したDVDもついてくるから、買ったらまたじっくり観よう。

 ↓↓Youtubeのチーム・アミューズ!!公式ページより。
April 18, 2011

真の楽観主義者は究極の現実主義者である―『リーダーシップ 真実の瞬間(DHBR2011年5月号)』

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 東日本大震災を受けて、5月号の特集が「危機的な状況下でのリーダーシップ」に変更されていた。大半の論文は2001年の9.11テロや、2005年のハリケーン・カトリーナの直後に執筆されたものであり、急遽これらの論文をかき集めて特集を組み直したようだ。

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当初の成功要因が後の衰退を招く なぜ日本は国際舞台で脇役になったのか(J・スチュワート・ブラック、アレン・J・モリソン)
 我々は過去四半世紀にさかのぼり日本企業の盛衰について調査した結果、当初の成功要因が後の衰退につながっていることを発見した。成長を後押ししたものが成長を維持してくれるとは限らない。日本企業にとっての問題は、輸出主導による当初の経済成長を推進した企業文化とプロセスを、グローバルなリーダーシップに必要なものに発展させられなかったことにある。
 これは新規の論文。(1)自社流への固執、(2)孤立した国内市場、(3)従順な国内の労働力、(4)経営陣の均質性という4つの要因が日本企業のグローバル化を妨げている、というよくある内容の論文。

 まぁ、それはそれでいいんだけど、著者が日本企業の衰退の根拠として挙げている、「フォーチュン500全体の売上高に占める各国企業の売上高の割合」という数字がどうも解せないんだな。確かに、1995年には141社の日本企業で35.2%の売上高を占めていたのだが、2000年が20.8%、2010年が11.2%と減少傾向にはある(ランク入りした企業も68社と半減)。

 ただ、アメリカを見ても、2000年に40%近くまで上がったのに、その後の10年間で10ポイントも数字を落としている。(1)グローバルスタンダードの確立に躍起になり、(2)海外投資を積極的に受け入れ、(3)移民を含む多様な労働力が存在し、(4)経営陣の多国籍化を進めているアメリカでさえ、約10ポイントも数字を落としていることについて、著者はどう思っているのか聞いてみたいよ・・・

(※)論文中のグラフでは、先進諸国の中で唯一、EU(スイスも含む)だけが着実に数字を伸ばしており、2009年時点で37%ぐらいになっている(1995年比で約7ポイント増)。けれども、EUは加盟国自体が増えているわけだから、パーセンテージが上がっても不思議ではない。

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危機や難局を乗り越える不思議な力 「再起力」とは何か(ダイアン・L・クーツ)
 再起力の高い人は3つの能力を宿しているという仮説が成り立つ。それらは次のようなものである。

(1)現実をしっかり受け止める力
(2)「人生には何らかの意味がある」という強い価値観によって支えられた、確固たる信念
(3)超人的な即興力

 たしかにこれらの能力が1つや2つあれば困難を乗り切れよう。ただし、本当に再起力があるという意味においてはこれらの3要素すべてが必要なのだ。また、再起力の高い組織について考えた場合も同様である。
 生死を分けるような極限状況に置かれると、精神的にも肉体的にもダメになってしまう人がいる一方で、それでも踏みとどまって前進することができる人もいる。後者の人たちに特有のスキルが「再起力(resilience)」だと著者は言う。

 引用文にある再起力の定義だけを読むと、至極当たり前の内容に思えるけれど、再起力にはれっきとした研究の裏づけがあるようだ。ホロコーストの体験者、精神分裂症の親を持つ子どもなど、悲惨な経験を持つ人々を対象とした様々な心理学的研究がすでに半世紀近くも行われているという。

 1点、重要なポイントについて補足しておくと、「再起力がある人」と「楽観主義者」は必ずしもイコールではない(論文中では、『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジェームズ・コリンズの研究を引用しながら、この点が強調されている)。「困難な時こそ楽観的に考えよう」なんてよく言われるけれど(実際、今回の震災後もそんな言葉が聞かれるけれど)、個人的にはこういう甘いフレーズに惑わされてはいけないと思っている。

 現実の痛みから目をそらして、単に「明日はいい日になりますように」とバカの一つ覚えのように祈るだけの人は楽観主義者ではない。それはただの能天気というものである。本当の楽観主義者は、自分が思い描いている理想的な未来と、足下の現実とがあまりに違うことを十分すぎるぐらいに認識しているものだ。その違いに苦しみながらも、何とか理想と現実のギャップを埋めようと試行錯誤する。

 状況があまりにも厳しければ、あるいはあらゆる手を尽くしてもなかなか事態が好転しなければ、理想像そのものの変更を余儀なくされることもあるだろう。その苦しみたるや、楽観主義という言葉の響きからは到底想像できないものだ。ただ、その苦労を他人には見せないよう、周囲に対しては明るく振舞っている。だからこそ楽観主義者なのである。この点で、真の楽観主義者は究極の現実主義者であると言える。著者が指摘する「再起力」の3要素のうち、最も重要なのは(1)現実をしっかり受け止める力だと思うのである。

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民間援助機関とのパートナーシップのつくり方 災害援助とCSR(アニシャ・トーマス・フリッツ、リン・フリッツ)
 現金は何にでも利用できるため、援助機関は何より現金の寄付を望んだ。ところが、それに飽き足らず、現物による寄付、通信機器やIT機器の提供、ロジスティックスの専門スタッフやマネジャーの派遣を申し出るグローバル企業が多数に上った。

 しかし、このような反射的反応から、民間企業と援助機関の協力体制には、さまざまな欠陥があることが明らかになった。たとえば、だれが、どのような援助を必要としているのか、企業側に伝える包括的なリストがなかった。企業側が提供できる資源とその所在地を把握できる仕組みもなかった。
 2004年のスマトラ沖大地震後に発表された論文。全く同じ問題が今回の震災でも起きていたように思う。震災後のtwitterでは、「【拡散】○○地域で△△が足りません。どなたか支援お願いします」といったツイートが多く見られた。食料や日用品に加えて、病院の重油、物資を運ぶためのガソリンなど、実に様々な物資が必要とされていた。

 引用文にもあるように、そして今回の震災でも多くの人が考えたように、他のモノに変えられない現物よりは、用途に制限のない現金の方が被災地にとってはありがたい。しかし、どの地域で何が足りないのかがあらかじめ解っていれば、現物をすぐに送ることも可能になる。

 今後数十年のうちに東海大地震や関東直下型地震の発生が確実視されていることも踏まえると、このような支援要請の情報を取りまとめ、企業や個人からの救援物資を迅速に調達・配分する仕組みについては、継続的な議論が求められるだろう。さらに、今回のように物流がマヒした場合は、物資だけでなく物流面でも企業の協力を仰がなければならない。物資の調達と現地への物流をセットにして、望ましい協業体制を検討する必要がありそうだ。
March 21, 2011

大震災への支援を表明してくれた全ての国・地域にありがとうと言いたい

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 サーチナニュースに載っていた記事。日本という国は、自分が思っている以上に世界中から大切な国だと思われているような気がした。逆に、今まで自分は海外で何かあった時に、どれほどその国や地域のことを考えただろうか?2004年から毎年のように発生するスマトラ島沖地震、2005年のパキスタン地震とアメリカのカトリーナ、2008年の四川大地震、2010年のハイチ地震、そして先月のNZ地震。もっと世界に関心を持たないとダメだなぁ。
東北関東大震災で128の国・地域、33の国際機関が支援申し入れ
 外務省によると19日午後6時現在、東北関東大震災に対して128の国・地域、33の国際機関が日本に対する支援を申し入れた。支援の表明はほぼ一段落したとみられるが、救助隊や物資、義捐金の到着は20日も続いた。

 支援表明に関連して、日本のこれまでの対外援助に感謝する声も多い。マレーシアのナジブ・ラザク首相は17日、国会で「マレーシアのよき友人であり、マレーシアの発展に惜しむことなく貢献してきた日本に対してできる限りの支援を行うべきだ」などと述べた。

 またアジアやアフリカでは、国連が後発開発途上国に分類しているなど、自らが貧困に苦しむ国が日本に対しての支援を表明したケースも目立つ。

 民間による支援活動も始まっている。インドネシアでは、日本で学んだ元留学生などが作る「インドネシア日本同好会」が13日、街頭での募金を始めた。ブータンのジグメ・ケサル国王は18日、個人の名義で100万ドルを寄付した。ジグメ・ケサル国王は地震直後の12日、被災者のために祈りを捧げる式典を主催した。

 外務省が発表した、19日午後6時までに東北関東大震災に対する支援を表明した国・地域・国際機関は以下の通り。

(アジア)
インド、インドネシア、韓国、カンボジア、シンガポール、スリランカ、タイ、 中国、ネパール、パキスタン、バングラデシュ、東ティモール、フィリピン、ブータン、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、モルディブ、モンゴル、ラオス、台湾、香港

(大洋州)
オーストラリア、サモア、ソロモン、トンガ、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィジー

(北米)
米国、カナダ

(中南米)
アルゼンチン、ウルグアイ、エクアドル、エルサルバドル、キューバ、グアテマラ、グレナダ、コロンビア、ジャマイカ、スリナム、チリ、ドミニカ(共)、ニカラグア、パナマ、パラグアイ、ブラジル、ベネズエラ、ペルー、ボリビア、ホンジュラス、メキシコ

(欧州)
アイスランド、アイルランド、アゼルバイジャン、アルバニア、アルメニア、アンドラ、イタリア、ウクライナ、ウズベキスタン、英国、エストニア、オーストリア、オランダ、カザフスタン、キプロス、ギリシャ、キルギス、グルジア、クロアチア、コソボ、スイス、スウェーデン、スペイン、スロバキア、スロベニア、セルビア、タジキスタン、チェコ、デンマーク、ドイツ、トルクメニスタン、ノルウェー、バチカン、ハンガリー、フィンランド、フランス、ブルガリア、ベラルーシ、ベルギー、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ポーランド、ポルトガル、マケドニア、モルドバ、モンテネグロ、ラトビア、リトアニア、ルーマニア、ルクセンブルク、ロシア

(中東)
アフガニスタン、アラブ首長国連邦、イスラエル、イラク、イラン、オマーン、カタール、クウェート、サウジアラビア、トルコ、バーレーン、パレスチナ自治政府、ヨルダン

(アフリカ)
アルジェリア、エジプト、ガボン、ジブチ、ジンバブエ、スーダン、チュニジア、ナイジェリア、ボツワナ、マダガスカル、南アフリカ、モロッコ、ルワンダ


(国際機関等)(アルファベット順)
アジア開発銀行(ADB)、東南アジア諸国連合(ASEAN)、黒海経済協力機構(BSEC)、カリブ共同体、包括的核実験禁止条約機構(CTBTO)、欧州連合(EU)、地球環境ファシリティ、国際原子力機関(IAEA)、国際刑事警察機構(ICPO)、赤十字国際委員会(ICRC)、米州開発銀行(IDB)、国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)、国際労働機関(ILO)、国際麻薬統制委員会(INCB)、国際移住機関(IOM)、国際電気通信衛星機構(ITSO)、国際電気通信連合(ITU)、メルコスール、北大西洋条約機構(NATO)、国連人道問題調整部(OCHA)、経済開発協力機構(OECD)、国連開発計画(UNDP)、国連環境計画(UNEP)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連教育科学文化機関(UNESCO)、国連人口基金(UNFPA)、国連人間居住計画(UN-HABITAT)、国連児童基金(UNICEF)、万国郵便連合(UPU)、世界銀行、国連世界食糧計画(WFP)、世界保健機構(WHO)、世界貿易機構(WTO)
March 19, 2011

被災地の皆様へのお見舞いとブログの継続更新のお知らせ

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 3月11日(金)の大震災発生から約1週間が経ちました。改めて被災地域の皆様へお見舞い申し上げるとともに、震災でお亡くなりになった方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。

 ブロガーの中には、更新を自粛されている方もいらっしゃるようですが、私自身は今週も通常通りブログの更新を続けております。というか、それぐらいしか私にはできない。普段通りの生活・仕事のペースを保つこと、それが今の私にできることです。

 震災の直後には、日本人の冷静な対応や規律ある行動に、海外からたくさんの賞賛が集まりました。ただ、本当の正念場はこれから1ヶ月ほどの間ではないでしょうか?計画停電がいつまで続くのか解らない不安、原発事故で放射能が首都圏にも拡散するかもしれないという恐怖、政府の対応に対する苛立ち・・・そういった負の感情が積み重なっていくと、やがて周りのことよりも我欲(こんな言葉を使った首長がいましたね)の方が先行しかねません。

 現に、食料供給が途絶えそうだという確たる情報がないのに買占めが起きたり、オイルショックの再来かというぐらいトイレットペーパーが品切れを起こしたりと、パニックの予兆とも言える現象は起きています。今の日本は全体的に「モノ余り社会」なので、被災地から離れた地域で生活物資に関して心配することなど何一つないんです。スーパー全体をよく見渡してごらんなさいよ。野菜とか肉とか菓子とかいっぱい余っているでしょう?

 だから、もう一回ここで冷静になろう。一番大変なのは被災地の皆さんであり、被曝の危険を犯して現場で作業をしている東京電力の社員の皆さん。我々まで一緒になってテンパってどうするんだい?余計に混乱が大きくなるだけ。我々は普通と同じように暮らしていけばいい。本当にそうなんです。もちろん、節電とかできる範囲のことは協力しつつ、そして被災地の方々の心の痛みを感じつつ、ね。

 昔、イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンがエンデュアランス号で南極大陸横断を目指しましたが、大陸付近で船が座礁してしまいました。シャクルトンは、いつ救助が来るかも解らない状況に怯える隊員たちに対して、ある命令を下しました。それは、「毎日決まった仕事をすること」。こんな大変な時に何を呑気なことを?と言いたいところですが、シャクルトンは掃除担当、料理担当、周辺の地形調査担当など、様々なタスクを各メンバーに割り当てていきました。

 とにかく仕事をすること、仕事をしていれば、その間は恐怖を忘れることができる。逆に、何もしない方がストレスになる。シャクルトンの狙いはそこにありました。シャクルトンらの漂流生活は何と1年8ヶ月にも及んだにも関わらず、誰一人として犠牲者を出しませんでした。今の我々に必要なことは、このエピソードに現れているのではないでしょうか?だから、私はこれからもいつも通りブログを更新していきますよ。