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May 16, 2012

スタッフ部門はどこも現場の業務改革を支援すべき(2)―『日経情報ストラテジー(2012年6月号)』

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日経情報ストラテジー 2012年 06月号 [雑誌]日経情報ストラテジー 2012年 06月号 [雑誌]
日経情報ストラテジー

日経BP社 2012-04-28

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 (前回の続き)

 製造プロセスの改革にあたって、購買部門が重要な役割を果たすことを教えてくれる事例を、『日経情報ストラテジー』2012年2月号から紹介したい。冷蔵庫や製氷機、食器洗浄機・給茶機などの業務用厨房機器を製造するホシザキ電機は、2003年から開始した製造プロセス改革によってジャスト・イン・タイムの生産体制を目指し、部品発注にかんばん方式を導入することにした。かんばん方式の導入によって生じた問題と、その解決策について、以下やや長くなるが引用する。
 かんばん方式を進めると課題も出てきた。部品メーカーは毎日配送しなければならなくなるのだ。部品メーカーはホシザキ電機に納入する部品を自社便や路線便を使って配送していた。外装などの板金部品や樹脂部品などもともと毎日運ぶだけの荷量があれば、部品の内訳が変わるだけだが、荷量が少ないと週1〜2回だった納品が毎日になり、物流コストが増えてしまう。部品メーカーは増加した物流コストを負担してまで毎日納品をしたくない。もちろんホシザキもかんばん方式のために物流費が増えた分だけ購入単価をアップするつもりはなかった。(中略)

 (その解決策として、)一般に牛乳メーカーが毎日牧場を巡回して牛乳を集荷するさまになぞらえて「ミルクラン」と呼ばれる仕組みを構築することを目標とした。ホシザキ電機が物流業者に依頼して、近隣の部品メーカーを毎日1回以上決められたルートで回り部品を集荷するのだ。(中略)

 これを拡大するなかで苦労したのは部品メーカーの説得だった。ホシザキ電機がいまどのような取り組みをしているのか、ミルクランは部品メーカーにとってもメリットがある、などを理解してもらった。物流業者が集配するので、部品メーカーは配達の負担を減らせる。一方で、ホシザキ電機は必要に応じて適量の部品を受け取れるようになった。
日経情報ストラテジー 2012年 02月号 [雑誌]日経情報ストラテジー 2012年 02月号 [雑誌]
日経情報ストラテジー

日経BP社 2011-12-28

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 ホシザキ電機の事例は、ジャスト・イン・タイムの原則に沿った製造プロセスへの転換に向けて、購買部門が各工程に投入する「モノ」、すなわち部品の量やタイミングを、「ミルクラン」方式の調達方法によって調整した、と言えるだろう。製造現場のプロセス改革は、購買部門の支援なしには実現しえないのである(引用文では特に触れなかったが、IT部門ももちろん、新しい生産管理システムの構築を通じて、ジャスト・イン・タイムの実現を支援している)。前回の記事で情シスや人事部門について述べたことの繰り返しになるけれども、「モノ」という経営資源を担う購買部門もまた、現場の実情を熟知し、業務プロセスの生産性を上げるにはどうすればよいか?という視点から、「モノ」の調達を最適化する必要がある。

 「知識」という、新しくて重要な経営資源についてはどうだろうか?なお、ここで言う知識とは、R&D部門などに蓄積されている技術にとどまらず、各部門が日常業務の中で活用している様々なナレッジやノウハウを含む幅広い概念である。製造現場には手先の微妙な感覚に埋め込まれた熟練技能が、営業現場には優れたセールストークのハウツーや提案書作成のノウハウが、物流現場にはITだけでは調整が難しい細かい配送スケジュールを引くテクニックが、コールセンターには顧客にクロスセルを行うための製品知識が、アフターサポート部門には自社製品の複雑なメンテナンスのやり方がある。

 R&D部門の技術についてはR&D部門自身や知財部門が責任を持つとして、ノウハウやナレッジと呼ばれる「知識」にはどの部門が責任を持てばよいだろうか?これらの「知識」は、ITによって移転や共有が可能なものと、社員の頭(あるいは身体)の中にしかとどめておくことができないものに分けられる。前者については情シスが、後者については人事部門が責任を持つとよいだろう。

 先ほど例示した「知識」をもう少し丁寧に分類すると、

 (1)形式知化が可能で、しかも習得にそれほど時間がかからないもの(コールセンターの製品知識や、営業現場で使われる比較的簡単な提案書など)
 (2)形式知化が可能だが、習得には訓練が必要なもの(営業現場のセールストークや大規模商談の提案書など)
 (3)暗黙知であり、習得するのに非常に長い時間がかかるもの(製造現場の熟練技能やアフターサポート部門のメンテナンス技法など)

 の3つに分けられると思う。(1)は「情報」の性質に近いので、情シス部門が責任を持つ。ナレッジマネジメントシステムによる事例の共有や、iPadなどの端末を利用したリアルタイムでの製品知識の提供などはその例である。(2)については、人事部門が責任を持ち、研修という形で社員のノウハウを平準化・底上げする。

 (3)については、通常は現場による自主的な勉強会などに委ねられていることが多いようである。だが個人的には、(3)についても人事部門が責任を持つべきではないか?と考える。すなわち、プロセスのスピードアップやアウトプットの品質向上に大きく寄与する重要な暗黙知を人事部門が特定し、その暗黙知を部署内の他の社員、さらには部署を超えて共有するためのコミュニケーションの場を、人事部門が率先して設定・運営するのである。現場による自主的な運動に任せておくと、どうしても現場によって温度差が生じ、せっかくの暗黙知が局地的にしか広まらない。各部門の業務を幅広く見ている人事部門の方が、暗黙知の全体最適化には向いていると思うのである。

 情シスと人事は連携しながら現場を観察して、現場のプロセスを支えている重要な「知識」を発掘し、また現場のプロセスを高度化するのに必要な「知識」を特定する。そして、その知識の性質に応じて、どちらの部門がその知識の伝搬・共有・精緻化に責任を持つのかを決定する。責任を引き受けた部門は、適切な仕組みを構築してその知識を組織に配分する。「知識」という経営資源をめぐっては、情シスと人事の両部門の間でこうした協業作業が求められるに違いない。

 「カネ」を担う経理・財務部門の話が最後になってしまったけれども、「カネ」は、それ以外の経営資源「ヒト」、「モノ」、「情報」、「知識」を動かす上で常に必要となる経営資源である。その意味で、経理・財務部門には人事、購買、情シスとの緊密な連携が求められる。経理・財務部門は、各部門の予算を「前年比○○%増、あるいは減」といった慣習的な方法で調整したり、各部門から上がってくる投資案件に資金をあてがったりするだけの部門であってはならない(もちろん、帳票を処理するだけの部門であってはならない)。

 経理・財務部門は、それぞれの稟議案件の投資対効果を厳しく検証する必要がある(もっとも、稟議を上げる部門の方も投資対効果を試算するのが望ましいわけだが)。ただし、コストと効果の金額や回収期間といった数字だけを見て決断を下すのは早まった行動であろう。

 その案件によって現場のビジネスや業務プロセスはどのように変わるのか?望ましいビジネスや業務プロセスを実現するにあたって、この案件がベストな選択肢と言えるのか?もっと高い投資対効果が得られる別の選択肢があるのではないか?あるいはもっと踏み込んで、「稟議を上げてきた現場が考える望ましいビジネスや業務プロセス」よりも望ましいビジネスや業務プロセスがあるのではないか?といった視点から案件を吟味する役割を、経理・財務部門が積極的に引き受けるべきだと思うのである。

 《関連記事》
 スタッフ職は現場に行くのを習慣化した方がいいかもしれない
 スタッフ部門は現場のCクラス社員の受け皿でいいのか?
January 12, 2011

(メモ書き)研修をビジネスの成果に結びつけるための6原則―"The Six Discipline of Breakthrough Learning"

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 2年近く前に、研修が現場で効果を上げるための条件をメモ書き程度にまとめたことがあったのだが、ブラッシュアップすることなくそのまま放置してしまっていた(汗)。

 研修が成果につながるための職場の条件を整理してみた

 この4つのプロセスの前に敢えて何か追加するならば、「研修内容を事業戦略とリンクさせる」というプロセスが必要になるはずだ。この点についても、簡単ではあるが以前に記事を書いたことがある。

 戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ(1)
 戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ(2)
 人材育成計画の立案時に陥りやすい4つの落とし穴(1)
 人材育成計画の立案時に陥りやすい4つの落とし穴(2)

 「研修そのものをどうデザインするか?」という「インストラクショナルデザイン」に関する本は日本でも結構出ているのだけれども、「研修の前後も視野に入れ、かつ現場も学習環境の一部とみなして研修をどのように企画・実行するか?」という問題に関する和書は、実はあんまり出版されていないように感じる。仕方ないので、洋書で探してみたところ見つかったのがこの本。

 タイトルの通り、研修をビジネスの成果に結びつけるための原則が6つにまとめられている。今日の記事では、6つの原則のポイントを私なりに整理しておこうと思う(原則によって内容の濃淡が激しいがご容赦ください)。
Discipline1: Define Outcomes in Business Terms
 研修の成果を「ビジネスの用語」で定義すること。つまり、「製造知識の向上」、「提案スキルの強化」、「モチベーションの向上」、「部下マネジメント力の向上」といった言葉で研修の成果を定義するのではなく、
 ・各製造ラインにおける不良品率の低下
 ・商談の成約率の向上
 ・部門別に見た離職率の低下
 ・それぞれのマネジャーが管轄する部門の成果の増大
などのように、「ビジネス上の成果」で表現する必要がある。

Discipline2: Design the Complete Experience
 学習のプロセスを「研修前」、「研修そのもの」、「研修後」の3つのフェーズに分け、それぞれのプロセスが一貫性を持つようにデザインすること。各フェーズで重要になるポイントは以下の通り。
 ≪フェーズ1=研修前≫
 ・研修プログラムに対する受講者の期待値を上げる
 ・受講者のマネジャーの支援をとりつける
 ・研修後のフォローアップがあることを知らせる
 ・研修内容にふさわしい受講者を選択する
 ・事前課題を実施する

 ≪フェーズ2=研修そのもの≫
 ・事業戦略の内容に基づいた研修プログラムをデザインする
 ・成人教育の原則にのっとったプログラムにする

 ≪フェーズ3=研修後≫
 ・受講者に対し継続的なサポートを提供する
 ・アクションプランの進捗をモニタリングし、必要に応じてアドバイスを提供する
 ・マネジャーによる支援、コーチングを実施する
 ・その他の支援ツールを提供する

Discipline3: Deliver for Application
 研修内容と現場での仕事を適切にリンクさせること。とりわけ、研修の最後に、研修後の業務内容を意識した綿密な「アクションプラン」を立案することが求められる。

Discipline4: Drive Follow-Through
 研修後のフォローアップの仕組みを構築すること。同書では、ITを活用したフォローアップシステムが紹介されている。このシステムは、アクションプランの内容を受講者にリマインドする機能や、プランの進捗度合いを数値化する機能、さらにマネジャーやメンターがオンラインで受講者にメッセージを送信する機能などを備えている。

Discipline5: Deploy Active Support
 「原則4」は主にITによるバーチャルなサポートにフォーカスを当てているが、「原則5」はリアルなサポートを取り上げている。例えば(「原則2」のフェーズ3とも関連するが)、
 ・マネジャーによる受講者の支援
 ・人材開発部門によるインストラクション、ファシリテーションの実施
 ・受講者のコミュニティ形成
などを行うことにより、リアル&バーチャルの両面から受講者の学習を促進することが可能となる。

Discipline6: Document Results
 「原則6」では、研修の効果をドキュメントに残すことが必要であると説いている。このドキュメントは、経営陣に対しては研修の投資対効果を説明する資料として、現場の各部門に対しては研修が日常業務に与えるインパクトの大きさを示す資料として活用できる。人材開発部門がこのような資料を作っておけば、社内での研修のプレゼンスが向上する。
 6つの原則の中では、「原則4」が割と特徴的かな。研修後のフォローにITを活用するというのは、何ともアメリカ的な発想だなぁと感じた。ただ、これが日本でどのくらい機能するかどうかは未知数な気もする。もともと日本企業には、OJTに代表されるリアルコミュニケーションを通じた学習の風土が備わっている。

 残念ながら、最近では「OJTは『お前、じっと立っていろ』の略だ」と揶揄されるように、OJTの崩壊があちこちの企業で発生しているようなのだが、崩壊気味のOJTを前述のITがすんなりと補完するとは考えにくい。OJT不全の問題が情報不全の問題であれば、ITという技術的なソリューションが威力を発揮するだろう。しかし、OJT不全とはつまるところコミュニケーション不全のことであり、人間側の問題なのである。

 「じゃぁ、OJTのようなものを復活させて、研修と現場の学習をスムーズにつなぐにはどうすれいばいいのか?」という問いに対しては、私自身もまだ十分な答えを用意できているわけじゃないんだけどね…。結局は、マネジャーの役割に占める人材育成の割合を増やして人事考課上のウェイトも高くし、マネジャーが泥臭いフォローアップを行うように動機づける、といった解決策に落ち着くようにも思える。

 「こっちは日常業務で手一杯だから、人材育成に割ける時間などない」とマネジャーが言うのであれば、マネジャーの業務(あるいは、マネジャーを含む部門全体の業務)を抜本的に見直して無駄な作業を減らし、人材育成の時間を無理やりにでも確保するしかないだろう。ひょっとしたら、そこまで積極的に介入することが、これからの人材開発部門には必要とされるのかもしれない。
December 01, 2010

人事にはデータ分析を持ち込む余地が大いにあるね−『人を潰す会社 人が輝く会社(DHBR2010年12月号)』

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情報技術が人事管理を変える 「人材分析学」がもたらす競争優位(トーマス・H・ダベンポート)
 カジノ・ホテルを展開するハラーズ・エンタテインメントは、分析学を使って予想利益が最も多い顧客を選び、ターゲットのセグメントに合わせて価格やプロモーションを調整することでよく知られている。ハラーズはこの手法を人事にも活用した。データから導かれる洞察で適材適所を実現し、フロントやその他のサービス地点で顧客に対応するスタッフの人数を最適化するモデルをつくったのだ。

 (さらに進んだ取り組みとして、)同社は、自社の医療・健康プログラムが、社員のやる気と会社の最終利益に与える影響を計るため、指標を使っている。病気予防のための社内クリニック訪問が増えたことで、過去12ヶ月の緊急医療費が数百万ドルも減った。そして同社は、社員のやる気と売上げとの相関関係を把握しているため、この健康プログラムが売上げへもたらした貢献も同様に測定できるのだ。
 この論文の著者は、『分析力を武器とする企業』の著者でもあるトーマス・ダベンポート。それにしても、ハラーズすげー。カジノの事例は知っていたけど、人材マネジメントにも統計学を活用しているんだな。

トーマス・H・ダベンポート
日経BP社
2008-07-24
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 ダベンポートはこの論文の中で、人事分野における分析パターンとして、難易度別に6つのパターンを紹介している。以下、メモ書き代わりに簡単にまとめておく。
(1)人的資本のファクト
 《目的》自社の総合的な健全性を表す重要指標は何か?
 《事例》ジェットブルーのアナリストは「乗務員の推奨スコア」(「自分の職場を喜んで他人に勧める社員」から「他人に勧めない社員」を引いて算出)という指標により、社員のやる気を観測し、ひいては自社の業績を予測することが可能になった。

(2)分析的人事
 《目的》改善が必要な対象として、どの事業部、部署、個人に注目すべきか?
 《事例》ロッキード・マーチン(※アメリカの航空機・宇宙船の開発製造会社)のマネジャーたちは自動化されたシステムを使い、業績評価データをいち早く収集し、改善が必要な分野を特定できる。

(3)人的資本投資分析
 《目的》自社のビジネスに最も大きな影響を与える行動はどれか?
 《事例》シスコ・コーポレーション(※アメリカの食品サービス業)は、配達員の満足度を追跡することでその定着度を65%から85%に上げ、新人採用と研修の費用を5,000万ドル近く節約した。

(4)労働力予測
 《目的》スタッフの増員や削減のタイミングをどう知るか?
 《事例》ダウ・ケミカルは自社仕様のモデル・ツールを使い、各事業部の将来の従業員数を予測すると同時に、業界のトレンド、政治や法律の変化、またさまざまな仮定のシナリオに合わせてその予測を調整できる。

(5)人材価値モデル
 《目的》社員が自社の会社にとどまる−または辞める−のはなぜか?
 《事例》グーグルは、業績下位の社員の多くが組織内の配置ミスか、マネジメントのミスによるものではないかと疑っていた。社員の業績データがそれを証明した。

(6)人材のサプライチェーン
 《目的》労働力需要を事業環境の変化にどう対応させるか?
 《事例》小売企業は分析学を使ってコール・センターの受信数を予測し、受信が減る時間には時間給社員を早く帰宅させることができる。
 ダベンポートは(1)〜(6)の順で難易度が上がると述べているが、個人的にはいまいちピンとこなかった(汗)。「労働力予測」は将来の不確実性を盛り込んだシミュレーションになるから、実は「人材サプライチェーン」より難しいんじゃないか?と思ったりして。

 まぁ、そんな不満はさておき、そもそも"分析"というものを時系列の観点からざっくり分けると、「現在と将来予測を比較する」パターンと、「過去と現在を比較する」パターンの2つになると思う。それぞれのパターンについて、人事分野における具体的な分析ケースを列挙してみると、こんな感じになるのではないだろうか?

<妓什澆半来予測を比較する>
 この分析は、現在の社員構成と将来的に想定される社員構成を比較し、採用や配置・異動、教育などのプランニングを行うことが目的となる。どの程度の将来を予測するかによって、さらに3つぐらいのパターンに細分化できる。

 (a)最も時間軸が長いのは、企業の中長期的なビジョンや戦略を所与の条件として、ビジョンや戦略の実現に向けて必要となる人員数やスキルレベルを事業部、職種、階層ごとにシミュレーションするというものである。これはちょうど、ダベンポートが言うところの「労働力予測」に該当する。

 ビジョンや戦略にはいくつかの選択肢があるし、転職による人員減などといった不確実性も考慮した上でのシミュレーションとなるから、必然的に複数のシナリオを導き出す必要がある。こうして描き出したシナリオに基づいて、将来の人員数や質(スキル)と現在のギャップを抽出し、ギャップを埋めるための中長期的な採用・育成計画を策定することになる。

 (b)次に時間軸が長いのは、1年単位の事業計画をインプットとしたシミュレーションである。(a)と同様に、各部門の事業計画を達成するために必要な人員数やスキルを明確にし、現状とのギャップを埋めるための施策を立案する。この場合の施策は、即戦力となる中途社員の採用や適材適所を実現するためのローテーション、あるいは比較的短期で効果が出るトレーニングなどが中心となる。

 (c)最も時間軸が短いのは、ダベンポートが「人材サプライチェーン」と呼んだものであろう。これは、毎月、あるいは毎日の業務量を推測し、業務量に合わせて社員の出勤時間や人数を調整するというものだ。ダベンポートは「人材サプライチェーン」を最も難易度の高い分析として位置づけているが、アルバイトやパートを活用している小売店などでは、アドホックではありながらも部分的にこのような分析が行われているように思える。

<恐甬遒噺什澆鯣羈咾垢襦
 このパターンの分析は、採用、異動、配置転換、人材育成、福利厚生、ES向上のための取り組みなど、人事分野における様々な施策の投資対効果を検証することが目的である。私個人の感覚としては、こうした投資対効果の検証は、人事部が予算規模の妥当性を確認したり、現場に施策の結果や効果を訴求したりする上で非常に重要だと思うのだが、本格的に着手している企業は少ないように思える。

 投資対効果を算出する数式そのものは、それほど難しくない。正確な金額をはじき出すよりも、投資に見合ったリターンがあったか否かを確認することが目的であるから、むしろあまり複雑な数式にしない方がよいと思う。例えば、こんな感じになるだろう。

 (d)「他部門への異動」の投資対効果
  《効果》(異動後の部署で創出された成果)−(異動によって、異動前の部門で失われた成果)
  《コスト》(その社員の異動に関わる人事担当者の工数を人件費換算した金額)
     +(異動前の部門で業務引継ぎに費やした時間を人件費換算した金額)
     +(異動後の部門で新しい業務を覚えるために費やした時間を人件費換算した金額)

 (e)「トレーニング」の投資対効果
  《効果》(トレーニング後の成果)−(トレーニング前の成果)
  《コスト》(トレーニングの実施費用(※社外講師の費用など))
     +(トレーニングの企画・運営に関わる人事担当者の工数を人件費換算した金額)
     +(現場社員がトレーニングの参加に費やした時間を人件費換算した金額)

 (f)「ES向上のための施策」の投資対効果
  《効果》(施策実施後のES)−(施策実施前のES)
  《コスト》ES向上のための施策にかかる諸々の費用
(※施策の内容によってかなり異なるが、多くの場合は、施策の企画・運営に関わる人事担当者の工数を人件費換算した金額に、施策の実行に現場社員が費やした時間を人件費換算した金額となる。外部のコンサルタントを使った場合は、コンサルフィーもコストとして計上する。)

 ここで、(d)(e)における「成果」をどのように金額換算するかが問題になる。営業担当者のように、成果が金額的な業績で測定できる場合は解りやすい。これに対して、「トレーニングによって工場のライン担当者の加工技術が向上した」というような場合、その成果を金額で表すには工夫がいる。

 仮に加工"スピード"が上がったならば、工場全体のひと月あたり出荷額も増えるはずであるから、まずは出荷額の増分を計算し、増分に対するライン担当者の貢献度合いを20%と置くなどすると、効果を金額化できる。また、加工の"質"が上がって不良品が減ったのであれば、返品による機会損失や不良品の廃棄にかかるコストの減少につながるから、それらの金額を元にトレーニングの効果を金額で表すことが可能になる。

 (f)については、ESの改善率が業績にどの程度のインパクトを与えるのかをあらかじめ把握しておく必要がある。ESのスコアが0.1%増加したら、会社の利益はどのくらい上がるのだろうか?ダベンポートの論文によると、スターバックスはこうした金額をちゃんと把握しているらしい。

 ES向上の金額的な効果を最も簡単に特定するには、似たような立地条件や顧客属性の店舗を抽出し、ESと店舗の利益の相関関係を導き出すという方法が考えられる。相関関係の式が得られれば、ざっくりとではあるが、ESのスコアが0.1%増加した場合の利益の増分がつかめる。

 投資対効果を検証するデータが人事部内に蓄積されてくると、将来的に新たな人事施策を企画した際に、そのコストメリットを予測しやすくなる。すると、投資金額の妥当性を経営陣にも説明することができるようになり、必要な予算も確保しやすくなると思うのである。