※2012年12月1日より新ブログに移行しました。自分で言うのもおこがましいですが、20代の頃に書いた本ブログよりも、30代に入ってから書いている現行ブログの方がはるかに中身が濃く、内容が多岐にわたり、面白いと思いますので、是非ご覧いただけるとありがたいです!
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October 06, 2010

マネジメント・イノベーションがもたらす「自由」と「責任」−『経営の未来』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
ゲイリー ハメル
日本経済新聞出版社
2008-02-16
おすすめ平均:
主体性と創造性を発揮するための経営とはどうあるべきかのヒントを提供
訳がひどい。。。
混沌と階層化
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 またまたこの本だけで3本目の記事に突入。それだけこの本からは学ぶことが多いということなんだよ〜

 <1本目>この本を読んで、前提が崩れたマネジメント手法を整理してみた−『経営の未来』
 <2本目>企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?−『経営の未来』

 ハメルの主張を端的にまとめれば、伝統的な上意下達の階層組織ではなく、現場社員をもっと信頼して彼らに自由を与え、組織の未来を左右する重要なアイデアや、組織の成長を後押しする優れた能力を現場社員から引き出せる組織こそが、激動の21世紀を勝ち残るだろう、ということである。

 これは、組織の歯車と揶揄され、組織のルールに縛られて創造性を阻害されている現場社員にとっては願ってもない朗報だろう。同書では、現場社員が実際にそのような自由を手にしている企業として、ホールフーズ(有機野菜などを販売し、ウォルマートのような低価格路線とは逆の戦略を展開している小売業)、W・L・ゴア&アソシエイト(アウトドア製品などに用いられる防水透湿性素材「ゴアテックス」などを製造する化学メーカー)、グーグルの名前が挙がっている。

 ハメルが主張するのは性善説的な立場に立ったマネジメントと言えるが、ここで私は「自由には責任が伴う」ことを強調しておきたいと思う。責任が伴わない自由は悪であり、どんなに革新的な組織であっても許されるものではない。前述の3社が社員に与えた自由と、それに対して社員が負うことになる責任を以下にまとめてみた(「自由」の内容は同書の事例に拠るが、「責任」の内容は私なりに考えてみたものである)。

【自由】
 管理職が現場社員に権限委譲を行い、現場社員の裁量を拡大する。(ホールフーズ)
【責任】
 現場社員は自らの権限と裁量に基づいて行った行動、およびその結果について、説明責任を負う。
 また、通常の企業では、現場社員は能力重視で評価され、ポストが上がるにつれて結果評価の比重が高くなるが、現場社員に権限委譲された場合は、結果も厳しく評価される。

【自由】
 現場社員は、勤務時間の一定割合を自由に研究や実験にあてることができる。(W・L・ゴア、グーグル)
【責任】
 「自分はこれがやりたい」という強い好奇心がないとやっていけない。指示待ち人間は淘汰される。
 自由時間の間は、自分に指示してくれる人がいないため、自分で仕事をマネジメントすることになる。
 さらに、1人で完結する研究は稀であるから、研究テーマに賛同してくれる社員を探し出し、協力を仰がなければならない。

【自由】
 階層型組織ではなく、格子型組織によって社員がネットワークを形成する。(W・L・ゴア)
(以前の記事「企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?−『経営の未来』」を参照)
【責任】
 年齢や経験に関係なく、あらゆる社員と円滑にコミュニケーションする能力が求められる。

【自由】
 社員は自分の好きな仕事をしてよい。したくない仕事ならば断ることができる。(W・L・ゴア)
【責任】
 逆に自分が誰かに仕事を依頼する場合は、その人のニーズを十分に考慮する必要がある。
 さらに、なぜ自分はその仕事をしたいと思っているのか、そしてなぜ自分がその人を必要としているのかを相手に説明する義務を負う。

【自由】
 管理職というポストは存在せず、誰でもリーダーになることができる。リーダーの数にも限りはない。(W・L・ゴア)
【責任】
 管理職という地位パワーに頼って周囲に影響力を及ぼすことはできなくなる。
 周囲のメンバーに対し、自分が付き従うに値する信頼できる人物であることを証明しなければならない。
 すなわち、確固たる基軸とビジョンを持ち、ビジョン実現のために率先垂範して行動する人物であること、加えてメンバーの潜在能力を解放し、メンバーの成長をサポートする人物であることを示す必要がある。

【自由】
 現場社員が上司や同僚を評価することができる。(W・L・ゴア)
【責任】
 逆に、現場社員も同僚から評価されることになり、同僚からのプレッシャー(ピア・プレッシャー)を受ける。
 いい加減な評価をすることはできないから、普段から上司や同僚の仕事ぶりをよく観察し、彼らとコミュニケーションをとって、正確な評価材料を集めなければならない。
 上司や同僚に気兼ねしてネガティブなフィードバックができないようではダメ。言うべきことは言う勇気が求められる。

【自由】
 会議では部門や役職に関係なく、誰もが自由に発言することができる。意思決定は極めて民主主義的なプロセスで行われる。(グーグル)
【責任】
 相手の発言には敬意を払う。相手の人格と発言内容を切り離して考える。相手を批判する場合は、人格を批判するのではなく、発言内容を批判する。
 自分なりの確固たる意見を持って会議に参加しなければならない。間違いや不十分さを恐れて発言を控える消極さは許されない。
 会議を収束させるのは議長だけではなく、参加者全員の責務である。つまり、会議に参加したからには、何らかの結論を導き出す覚悟で臨まなければならない。
(過去の記事「「みんなの意見」が案外正しくなるためには、個人が自立していないとダメ」を参照)
October 04, 2010

企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?−『経営の未来』

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ゲイリー ハメル
日本経済新聞出版社
2008-02-16
おすすめ平均:
主体性と創造性を発揮するための経営とはどうあるべきかのヒントを提供
訳がひどい。。。
混沌と階層化
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 ゲイリー・ハメルは同書の中で、旧来的なマネジメントの手法(その多くは20世紀初頭に発明された)を、新しい時代に適合したものに作り変えるべきだと再三主張しているが、ハメルが目指している組織とはどのようなものなのだろうか?
 私は自発的に自らをつくり変えられる組織、変革のドラマに痛々しいリストラの衝撃が伴わない組織を夢見ている。イノベーションの電流があらゆる活動に流れ、反逆者が保守主義者に勝利する企業を夢見ている。社員の情熱と創造力に本当に値し、社員からそれぞれの最高の力を自然に引き出せる企業を夢見ている。もちろん、これは夢以上のものであり、必須の課題である。この先の動乱の時代に繁栄したいと願うあらゆる企業にとって、生死を分かつ挑戦である。そしてこの挑戦は、豊かな発想の経営管理イノベーションによってしか、乗り越えられないのである。
 大企業病に冒されて瀕死の状態に陥った企業を、カリスマCEOが救世主となって再建するというストーリーは、一般人が容易に食いつきそうな美談だ。だが、大規模なリストラや事業再編をしなければならないほど手遅れになる前に、組織が自発的に変革することができるのであれば、それに越したことはない。

 自発的に変革する組織とは、組織のあらゆるポジション(もちろん、管理職か否かは問わない)にリーダーシップを発揮する人間がいて、環境変化によって浮き彫りになった課題をメンバーに提示し、課題解決に向けて旧来の慣行や規則とは異なる方法で人材、資金、ナレッジなどの経営資源を社内外からかき集め、人心を掌握してブレイクスルーを生み出すような組織である(以前の記事「大事なのはリーダーシップのスタイルじゃないということ−『静かなリーダーシップ』」を参照)。

 もちろん、組織のあらゆる場所で変革が起こったら、かえって組織が混乱するリスクは否定できない。しかしそのリスクは、カリスマCEOが犯したわずかな間違いが致命傷となって組織が崩壊するリスクに比べれば、はるかに小さいだろう。変革が多発している組織は、いわば分散投資をしているのと同じであり、ごくわずかな変革でも大成功を収めれば、他の大多数の変革の失敗を補って余りある見返りが得られるからだ。ハメルが目指している組織も、このような組織だと私は思う。

 同書では、ハメルが夢見るマネジメントに実際に取り組んでいる企業の事例が紹介されている。例えば、アウトドア製品に使用される防水透湿性素材「ゴアテックス」で有名なW・L・ゴア&アソシエイツは、伝統的な階層組織とは全く異なる組織形態を採用している。

 ゴアでは管理職が部下に仕事を命じるということがない。というよりも、そもそも管理職というポストが存在しない。ゴアにいるのは「自発的なリーダー」であり、リーダーが何か仕事をしたいと思ったら、その仕事を一緒にしてくれそうな社員を探し出して協力を要請するのである。社員はその要請を自由に断ることができるものの、一旦引き受けたらその仕事に強くコミットメントしなければならない。端的に言えば、社内に流動的な労働市場が存在するようなものだ。ゴアではこうした組織形態を「格子型組織」と呼ぶそうだが、実際の社員の結びつきは格子よりもはるかに柔軟である。

 また、ロードアイランド州にあるソフトウェア会社のライトソリューションズでは、イノベーションにつながりそうなアイデアを社内で評価するための架空の市場を開設しているそうだ。全く新しい技術や事業に焦点を当てたリスクの高いアイデアを取引する「スパズダック」、現在の製品やケイパビリティと関連するアイデアを取り扱う「バウ・ジョーンズ」、短期的な業務改善につながる低リスクのアイデアを対象とした「セイビングズ・ボンド」という3つの市場に対し、社員が自らのアイデアを自由に「上場」させることができるとともに、架空の資金を自由に「投資」することができる。高い株価のついたアイデアは社員にとって魅力的なアイデアということになり、アイデアの具現化に向けたプロセスへと進むことができるという仕組みだ。

 ライトソリューションズの例は架空の資金を使った市場だが、ハメルはさらに一歩進んで、実際の資金を投資する社内市場の開設まで提案している。すなわち、社内に何百人、何千人といる予算管理者が、予算の数パーセントを、自分が有望だと思うアイデアに、部門の垣根を超えて自由に投資するというものである。従来は研究開発部門に閉じ込められていたイノベーションの資金を、社内で自由に流通させるのが狙いである。

 これらの事例やハメルの提言に見られる共通点は、「企業のマネジメントに市場原理を導入する」ということである。企業の外は市場経済で動いているにも関わらず、企業の内部はしばしばドラッカーも指摘していたように、未だに20世紀初頭の軍隊のようにマネジメントされていることが多い。それならば、企業にも市場原理を導入しようというのは一理ある考え方だと思う。

 市場原理は、時にバブル崩壊や金融恐慌といった深刻な失敗を犯すことがあるとはいえ、市場よりも効率的に資源を配分できる仕組みは今のところないといってよいだろう(その証拠に、どんなひどい金融恐慌が起こっても、市場自体がなくなったことは一度もない)。

 市場原理の活用で思い出すのが、下の『「みんなの意見」は案外正しい』という本である(過去の記事「「みんなの意見」が案外正しくなるためには、個人が自立していないとダメ」を参照)。この本でも、社内の意思決定の質を高める仕組みとして、ヒューレット・パッカードの社内市場が取り上げられていた。

ジェームズ・スロウィッキー
角川書店
2006-01-31
おすすめ平均:
Web時代にますます考えるべき集合知・みんなの意見
『投資苑』嫁
この本の要約
posted by Amazon360

 ただし、企業内部に市場原理を導入することは、市場に参加する資格を持つ現場社員にとっては朗報である一方で、マネジャーにとっては自分の仕事が失われるかもしれない危機である。マネジャーの仕事の大部分は、意思決定を下すことである。それを市場原理に委ねることになったら、マネジャーは何をすればよいのだろうか?この点については、ハメルは言及していない。

 漠然とした考えではあるが私なりの見解を書いておくと、マネジャーの仕事は「市場の公正さを保つ」ことと「市場の過熱や沈滞を防ぐ」ことの大きく2つになるのではないだろうか?要は、東京証券取引所と日本銀行の役割を担うようなものである。

 いくら市場が自由主義に基づいているとはいえ、どんなものでも市場に乗せることができるわけではない。東証には一定の厳格な基準を満たした企業しか上場できないのと同じである。これを社内市場に当てはめて考えると、アイデアの社内市場であれば、いい加減な情報が書かれた案件は排除しなければならないし、社員の流動的な異動と配置を目的とした社内市場であれば、市場で取引される(この表現はちょっと語弊があるが…)各社員の能力や経歴に過大評価がないかどうかをチェックしなければならない。「市場の公正さを保つ」ために、マネジャーは市場の監視機能を担うことになるだろう。

 もう1つは「市場の過熱や沈滞を防ぐ」という役割である。これはマネジャーが市場に介入することを意味するが、具体的にどうするかは結構難しいところだ。例えば、投機的な取引が増えた場合は、投資家である社員から一定の資金を没収して「資金プール」を作っておく。逆に取引が停滞した場合は、その「資金プール」から資金を社員に配分し、取引を活性化させる、という方法がありうるかもしれない。

 とはいえ、マネジャーの伝統的な仕事が社内市場に全て取って代わられることはない。社員を育成して能力アップを図り、社員がイノベーションにつながるアイデアを生み出せるようにサポートするといった役割は、むしろ重要度を増すに違いない。この役割が適切に果たされなければ、市場で流通させるもの自体が生まれてこない。
March 09, 2006

多様性(ダイバーシティ)のマネジメント(4)−「価値観の多様性」を活かすことが真髄

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 ダイバーシティ・マネジメントへの取り組みが本格化したのは90年代に入ってからであり、今のところ性別や人種などといった「表層的なダイバーシティ」に関するマネジメントが大半となっています。おそらく、もう何年かすれば「深層的なダイバーシティ」のマネジメントも明らかになってくるのではないでしょうか。

 「深層的なダイバーシティ」の中で、おそらく最も厄介なのが「価値」だと思います。そもそも「価値」とは何なのかという議論も必要なのですが、始めると泥沼にはまるので(哲学や社会学の文献をひっくり返して調べる必要が出てくる)、簡単に「何を重要と捉え、何を重要でないと捉えるか、ということに関する個人の考え方」としておきます。

 組織においては様々な人の様々な価値観を認め合うべきだ、という教訓は珍しいものではありません。有名なホンダの「わいがや」は、5〜6人で一つのテーマについて議論をし、様々な意見を出し合いながら、互いの考えを理解するとともに、新たな発想を得るというものです。

 しかし、「多様な価値を認め合う」という言い回しには注意しなければならないことがあります。それは、「価値相対主義」に陥ってはならないということです。価値相対主義とは、あらゆる価値は相対的なものであり、それらの存在をすべて肯定するという政治学の考え方ですが、これには重大な欠陥があります。すなわち、価値相対主義は、価値相対主義そのものをを否定する価値、具体的には「あらゆる価値を認めない」という価値の存在も認めてしまうという矛盾を抱えているのです。

 全ての価値を認めないというのは極端な例だとしても、現実的に考えれば、どんな価値でも認めるというのは妄想に過ぎないことは容易に想像できます。組織は特定の目的に向かって進んでいる以上、組織の構成員の間で共通する価値が存在しなければなりません。ビジョンや理念はそういった共通価値の例です。

 価値の多様性を考えるに当たっては、次の問いに答える必要があります。

 「組織として絶対に譲ることのできない価値は何か」
 「組織として絶対に譲れない価値を、どのようにして組織の成員に浸透させるのか」
 「組織として絶対に譲れない価値に反する価値を有する個人が存在する場合、どうするのか。その個人の価値が組織にとって有害であるのか、それとも組織の価値が時代遅れになっている、あるいは倫理に反しているのかをどのようにして判断するのか」
 「価値の対立のうち、有益なものはどのようなタイプで、無益なものはどのようなタイプか」
 「対立する価値から有益な結論を導くためには、どのようなプロセスを経ればよいのか」