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January 10, 2012

人間は利他的だとしても、純粋な利他的動機だけで富は生まれぬ―『自分を鍛える 人材を育てる(DHBR2012年2月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 02月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 02月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-01-10

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【999本目】1,000エントリーまであと1。

 今月号は特集のタイトルだけ見ると自己啓発がテーマのように感じるものの、編集局が時流を意識したのか、「絆」をテーマとした論文が多かった。今日取り上げる論文がまさにそうだし、他にも後日紹介する「数だけが重要ではない ハイ・パフォーマーの人脈投資法」、「社員の積極性と生産性を高める6つのルール 職場に『真実の協力』を生み出す」、「コラボレーションや創造性を生み出す 『意図せぬ交流』を促す職場デザイン」などが「絆」にフォーカスを当てた論文である。

生物学、心理学、神経科学の知見が教える 利己的でない遺伝子(ヨハイ・ベンクラー)
 トマス・ホッブズの『リヴァイアサン』やアダム・スミスの『国富論』に代表されるように、「人間は生来、利己的である」という考え方は広く浸透しており、社会の様々な制度やルール、組織構造や報酬体系はこの考え方を前提に設計されている。ところが、近年の科学は、人間は思った以上に利他的であるという立場を強めているようだ。本論文にはまず、ハーバード大学の進化生物学者マーティン・ノヴァクが『サイエンス』誌上で語った言葉が登場する。
 おそらく進化の最も注目すべき側面とは、競争社会で協力を生み出す能力である。したがって『突然変異』『自然選択』に次ぐ進化の第三の基本原則として『自然協力』を加えてよいのではないか。
 ノヴァクの言葉に呼応するように、人間は協力的で私心がないことを示す証拠も挙がっている。以下はゲーム理論に関する心理学の実験結果である。
 広範な実験の結果、人間はゲーム理論の予想以上に協力し合うことが示されている。スタンフォード大学教授のリー・ロスの共同実験では、実験の参加者の半分に「コミュニティ・ゲーム(力を合わせて課題を解決していくゲーム)をする」と伝え、残る半分には「ウォールストリート・ゲーム(どれだけ儲けられるかを競うゲーム)をする」ことを伝えた。

 コミュニティ・ゲームのグループでは70%が最初から最後まで協力的だったのに対し、ウォールストリート・ゲームでは逆に70%のプレーヤーが協力し合わなかった。当初、30%は協力的だったが、相手が反応しないと協力するのをやめた。
 また、神経科学では、
 だれかに協力することで脳内の報酬系が活性化することもわかっており、これを科学的な根拠として、「選ぶとすれば、協力したいと考える人間は存在する。なぜなら気持ちがよいからである」といわれている。
そうだ。さらに興味深いのは、人間の協力的な行動は、生まれた後に社会的に学習されるのみならず、遺伝による部分も大きいという点である。
 性格は部分的に遺伝することが、いくつかの研究からわかっている。ミネソタ大学心理学部教授のトマス・プシャードとマット・マクギューの結論によると、外向性、情緒安定性、協調性、開放性などの人格特性は平均で42〜57%が遺伝性であった。しかし一方、ほとんどの人が大きな影響力を持つと考える共有環境要因(家庭など)は、人格と相関性がなかった。
 論文では他にもいくつかの研究が紹介されているが、それらの内容を踏まえて著者は、人間の利他的動機を引き出す協力のシステムを構築すべきだと説く。

 動機に関する研究は古くから数多く存在する。古典的なもので言えば、フレデリック・ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」や、アブラハム・マズローの「欲求5段階説」(ただしこれは仮説にすぎない点に注意。「沼上幹の名言」を参照)、さらにはデイビッド・マクレランドによる動機の分類(「達成動機」、「権力動機」、「親和動機」)などがある。もう少し時代が下ると、エドワード・デシの「内発的動機」や、ミハイ・チクセントミハイの「フロー」の理論が出てくる。また、手前味噌で恐縮だけれども、過去の記事「「キャリア発達」と「動機づけ要因」の関係を整理してみた−『ぶれない「自分の仕事観」をつくるキーワード80』」で、ビジネスパーソンのキャリアとともに、主たる動機づけ要因が変化するという仮説を提示した。

 どの研究にも共通して言えることだが、利己的動機と利他的動機を峻別することは困難であるように思える。欲求5段階説で最上位に位置づけられる「自己実現」は、「自分がやりたいことをやる」という意味では利己的動機である。しかし、「他者や社会への貢献」が自己実現と結びついているならば利他的動機でもある(同じことはマクレランドの「達成動機」やデシの「内発的動機」などにも当てはまる)。

 「親和動機」は文字通りに解釈すれば利他的動機である。だが、相手からの感謝や何らかの物質的な見返りを期待しているならば、利己的動機の側面を否定することができない。あるいは、周囲をサポートする裏で、「周りの人に『あの人は非協力的だ』と思われるのがイヤだ」とか、「周りの人と仲良くしておかないと自分の居場所がなくなる」と考えているとすれば、それもまた利己的動機であろう。

 権力欲求や金銭的欲求は、典型的な利己的動機と捉えられている。ところが、権力や金銭を握ることで初めて可能になる社会貢献もある。首相というポストはその一例だ。かつて小泉純一郎氏は、自らの最大の関心事である郵政改革を実現するために首相になり、「郵便物を配達するのに公務員である必要があるのか?」と主張して郵政民営化を実現した(残念ながら、その後かなり迷走しているが)。小泉氏にとって首相という地位は、長年温め続けてきた自身の政治テーマを実現するという利己的動機と、国民にもっと効率的な郵便サービスを提供するという利他的動機がともに結びついたものであったと言えよう。

 人間が生来的に利己的なのか利他的なのかという議論は非常に興味深いのだが、現実問題として重要なのは、「利己的であると同時に利他的である動機」を持つことではないだろうか?純粋な利己的動機、あるいは純粋な利他的動機というのは、社会の富を増加させない。例えば強盗は、相手から自分に金銭を移動させているだけである。また、何の見返りも要求せずに相手に尽くし続ける人も、自分から相手に富を移動させているにすぎない。

 社会が富を生み出し発展するのは、利己的であると同時に利他的な動機を持つ人々が集まった時である。言葉は悪いが、「私は周囲の人々の富を増加させる。その代わり、私は生み出した富の一部を分け前としてもらう」というスタンスの人が集まると、社会全体として富の創造が可能になる。だから、利己的であると同時に利他的な動機を刺激するような制度やインセンティブの設計こそが必要なのではないだろうか?
September 08, 2010

「キャリア発達」と「動機づけ要因」の関係を整理してみた−『ぶれない「自分の仕事観」をつくるキーワード80』

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村山 昇
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
2009-05-14
おすすめ平均:
30歳前後の方(=私と同世代の方)に勧めたい本です
ヒントがたくさん詰まった本
滋味
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 今年3月の記事「「動機」の構造を自分なりにまとめてみた−『"働く"をじっくりみつめなおすための18の講義』」で紹介した村山昇氏の別の著書。『"働く"−』は文中に挿入されている図の意味が捉えにくく、それゆえに全体の理解を難しくしている印象があったが、こちらの本は余計な挿入図もなくすんなりと読むことができる。この本を読んで、外発的/内発的動機づけ要因について、改めていろいろと考え直してみた(3月の記事では手書きだったのだが、今回はちゃんとPPTで作成したよ)。

外発的・内発的動機づけ要因

 私が思うに、動機づけ要因は(1)意味づけ要因、(2)環境要因、(3)報酬要因の3つに分けられる。そして、それぞれのカテゴリは外発的/内発的動機の両方から構成される。

 (1)意味づけ要因による動機づけとは、仕事の正当性や意義による動機づけ、平たく言い換えれば「やらなければならない仕事だからやる」という動機づけを指す。外発的な意味づけ要因としては、上司の命令や顧客からの要求が挙げられる。上司や顧客の指示は、よほどのことがない限り逆らえない正当性を持っている。外発的な意味づけ要因によって動機づけられている状態とはつまり、「周りがやれと言うからやる」という状態である。

 一方、内発的な意味づけ要因としては、自分自身の心に秘めている使命感がある。内なる声が仕事の意義を主張する時、他人による強制を必要とせずとも、人は自発的に喜んで仕事を行う。これが内発的な意味づけ要因による動機づけである。

 (2)環境要因による動機づけとは、仕事を取り巻く環境や条件によって動機づけられることである。外発的な環境要因とは、一言で言えば良好な職場環境を指す。必要なサポートをしてくれる上司や同僚の存在、快適に仕事ができるオフィス環境、さらには手厚い福利厚生などといった要因が充実した仕事を後押ししてくれる(まれに、意図せずに劣悪な環境に置かれた時に、「こんな不遇には負けない」といった反骨精神で動機づけられることもあるが)。

 これに対して、内発的な環境要因とは自分自身のことであり、仕事に対する興味や好奇心があること、あるいは自分の能力が活かせることなどが挙げられる。要するに、仕事に対して自分の頭と心の準備ができているかどうか、ということだ。

 (3)報酬要因による動機づけは文字通りの意味である。外発的な報酬要因には、昇給、報奨金などといった金銭的な報酬や、昇進、挑戦的な仕事への抜擢、上司や同僚、顧客からの肯定的な評価のような非金銭的な報酬が含まれる。

 他方、内発的な報酬要因とは、仕事を通じて得られる達成感や充実感、やりがいといった正の感情を意味する。外発的にしろ内発的にしろ、期待した報酬が得られれば、また次も仕事をやってみようという気持ちになる(逆に、期待した報酬が得られない場合にも、前述したような反骨精神で動機づけられることがある)。

 図中にある環状の矢印は、年月の経過とともにビジネスパーソンの動機が移り変わることを表している。もちろん、以前の記事「大事なのはリーダーシップのスタイルじゃないということ−『静かなリーダーシップ』」で述べたように個人の動機は様々な要因の複合体であるし、また別の記事「「内発的動機と外発的動機のどっちが重要か?」という問いは意味があるか?」で書いたように双方の動機は密接に関係している。よって、単純に上図の矢印で示したように動機が変遷するというわけではないのだが、キャリアを積み重ねるにつれて「中心となる動機」が変化することは説明できるような気がする。

 まず、入社したての新入社員は、「外発的な意味づけ要因」が中心となる。新入社員は採用面接でこれがしたい、あれがしたいと希望を述べるものの、入社してすぐに思い通りの仕事に就くことは稀である。

 新入社員は自我を押し通すよりも先に、会社というコミュニティの一員として認められなければならない。そのためには、最初は上司や先輩、あるいは顧客からの要求にきちんと応え、自分がこの組織にとって有益な人間であることを証明する必要がある。これは、コミュニティへの参加資格を得るための「通過儀礼」のようなものだ。

 「通過儀礼」を無事に終えると(通常は入社してから数年を要する)、上司や先輩、同僚から同じコミュニティの仲間として認められ、彼らと良好な関係を築くことができる。社員はコミュニティの中に自分の居場所を見つけ、安心して仕事に取り組むことができる。このフェーズでは、主に「外発的な環境要因」に動機づけられていると言える。

 Googleには野心にあふれた優秀な人材が世界中から集まってくるが、彼らにGoogleに入社した一番の理由を聞くと、大部分は「Googleの自由な職場環境」を挙げるという。Googleは伝統的な指揮命令系統を持たない極めて民主的な組織であるから、上司からの命令といった外発的な意味づけ要因がそもそも存在しない。だが、野心に燃えているからといって、内発的な動機だけで動いているわけでもない。

 Googleの社員は、自分のやりたいことは自分一人の力では実現できないことをよく心得ているのだろう。だからこそ、優秀な社員と切磋琢磨し、アイデアを自由に試し、多数の良質なフィードバックが得られる環境を求めるのであり、外発的な環境要因に強く反応するのだと思われる。

 さらに時が過ぎて入社から5年ぐらい経つと、仕事にもかなり慣れてきて、必要な能力もある程度身につく。すると、仕事そのものを楽しむ心の余裕が出てくる。つまり、「内発的な環境要因」に動機づけられる状態だ。

 そして、順調に仕事が進んで自分の思い通りの成果が出せるようになると、充実感ややりがいを感じるようになり、もっと上を目指そうという意欲が湧き上がる。あるいは逆に、目標が達成できなくて悔しい思いをすると、次こそはと奮起して今以上に真剣に取り組むようになる。これは「内発的な報酬要因」に動機づけられている状態と言える。

 内発的な報酬要因が主要因となる頃には、おそらく30代半ばにさしかかっている。ここからビジネスパーソンは、激しい出世競争に足を突っ込むことになる。この出世競争は、単に30代半ばから管理職になれる人とそうでない人が分かれてくるという人事慣行以上の意味を持っている。

 ビジネスパーソンが今までよりも挑戦的で、会社全体や市場に大きな影響を与えるような大胆な仕事をしようと思ったら、往々にしてその仕事ができる権限を持った地位につかなければならない。要するに、ビジネスパーソンはより大きな仕事をするために、出世競争に自ら足を踏み入れ、高い地位を求めるのである。この頃の中心的な動機づけ要因は「外発的な報酬要因」に移っている。

 ところが、外発的な報酬要因は無限の効果を持つわけではない。会社のポジションの数には限りがあるし、永遠に給与が上がり続けるわけでもない。外発的な報酬要因の効果が切れると、ビジネスパーソンは新たな道を模索する必要に迫られる(逆に、それができないと燃え尽き症候群に陥って、モチベーションがプツッと途絶えてしまう)。

 そもそも今のこの仕事は何のためにやっているのか?誰のためなのか?彼らにどんな価値を提供しているのか?それは自分らしい仕事と言えるのか?ビジネスパーソンはこうした問いを自らに投げかける。そして、困難な内省の旅の果てに、誰にも妨げられることのない自分だけの使命を発見する。

 使命とは、決して100%達成されることはない高尚な目標ではあるが、達成のために最大限の努力を費やさなければならないと思わせるようなものである。私だけの使命は、内なる声となって私自身を突き動かす。おそらく40代後半から50代のキャリアは、この「内発的な意味づけ要因」が中心に据えられたものとなるだろう。

 以上、つらつらと書いてきたが、ほとんど本書の内容に触れていないことに今気づいた(汗)。「もはや書評ではないだろ?」という突っ込みはナシの方向で。
August 16, 2010

最初の動機は不純だって構わないんじゃないか?

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 本ブログでは動機の構造について何度か記事を書いてきた。

 「動機」の構造を自分なりにまとめてみた−『"働く"をじっくりみつめなおすための18の講義』
 入社後3年目までのキャリア開発−仕事の仕組みを知り、自分の得手・不得手を見極める
 入社後4年目からのキャリア開発−内発的動機を育て、仕事に自分色を加える
 「社員の7割が障害者」日本理化学工業・大山泰弘会長のインタビューに感動
 「内発的動機と外発的動機のどっちが重要か?」という問いは意味があるか?

 動機には大きく分けると、他者からの評価や報酬によって触発されるという「外発的動機」と、自分の興味や価値観を源泉とする「内発的動機」の2種類がある。「お金が欲しい」、「出世したい」という利己的な外発的動機はどちらかというと不純なものとされ、「何か社会に影響を与えることを実現したい」、「世のため人のためになりたい」という使命感にも似た内発的動機の方が崇高なものとみなされる傾向がある。

 私自身は猜疑心が強い人間なので、最初から「世の中を変えてみたい」とか「社会に貢献したい」と熱っぽく語る人を見ると、「どこか裏があるのではないか?」と勘ぐってしまう(そのせいで人脈を広げられず、損をすることもあるのだが…)。表面上は立派な理念や大義名分を掲げていても、いざふたを開けてみたら自分の利益や特定の集団の利害を増長することが目的だったという話は枚挙に暇がない。つまり、内発的動機を装って、実際には外発的動機に突き動かされていたというわけだ。特に政治の世界では、こういうことがよく起こっているように感じる。

 誤解を恐れずに言えば、私自身は別に外発的動機が全くの悪だと主張したいのではない。動機の順番が問題なのだ。リーダーが最初に「この改革は皆のためだ」と言っておきながら、実は裏で私服を肥やしていたと解ったら、少なくとも私はどこか騙された気分になる。

 だが、内発的動機と外発的動機の順番が入れ替わって、「この改革をすると私自身は儲かるが、やがては皆さんのためにもなる」と言われると、不思議とその潔いほどの正直さに人間味を覚えて、その人を信頼してみようという気分になるのである。それはちょうど、手塚治虫が描いたブラック・ジャックが、拝金主義にまみれて違法に荒稼ぎしながらも、実は正規の医師以上に純粋な正義を追求し、生命の尊さを訴える姿に共感してしまうのに似ている。

 これを「漫画だから」という一言で片付けるのは簡単だが、実際の世界でも同じような例を発見することができる。社会的使命感を持った起業家の代表格とも言える松下幸之助ですら、最初に事業を始めた時はお金のために働いていたことを認めている。
 ぼくでも、最初は飯を食うために働いたにすぎなかった。しかし、1年、2年たつに従って、また、人が10人、20人集まってくるに従って、だんだん考えざるをえなくなってきた。年じゅう、なんとなしに働いていたのではすまん気がして、これではいかん、一つの理想というか使命というか、そういうものが、ぼく自身ほしくなった。

松下 幸之助
PHP研究所
2009-08-29
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いくつもの原理原則が著者ならではの解り易い言葉で語られている
人生の基本
確固たる経営理念の元に危機を乗り切る
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 本ブログで最近たびたび紹介している渋沢栄一も、最初から日本に資本主義を確立しようと思っていたわけではない。渋沢は幕末に一橋家に仕官し、幕府の費用でフランスを訪れる機会を得た。しかし、フランス滞在中に大政奉還が行われ、幕府は消滅してしまった。

 一橋家に忠義を尽くすならば、日本に帰って慶喜の元に身を寄せるのが筋である。ところが、渋沢はそうはしなかった。幕府が倒れた今となっては、帰国しても身の保証はない。それよりも、いくばくかのお金があることだし、せっかくフランスで勉強するチャンスを与えてもらったのだから、それを最大限に活かすことにした。渋沢はフランスの社会を隅々まで観察して知識を吸収し、同時にフランス人から学んだ資産運用で手持ち資金を運用してかなりのリターンを得たという。

 渋沢の動機は、武士としては決して褒められたものではない。だが、この時渋沢が大義名分を貫いていたならば、「日本の近代資本主義の父」は誕生しなかったであろう。

 例が古いという声も聞こえてきそうなので、もう1つ最近の話を紹介したい。前ベイン&カンパニー東京事務所代表パートナーで、現在は維真塾を主宰する山本真司氏の話である。これは友人から教えてもらったのだが、山本氏はある講演で、「最初から世のため人のためみたいな動機で仕事をする人は成功しにくい。生活のためとか、コンプレックスとか、もっとネガティブな動機で始めて馬力をつけた人が途中で崇高な動機に目覚めると化ける」とおっしゃっていたそうだ。

 周囲からの批判を恐れて、不純な外発的動機を隠す必要は全くない。不純な動機を取り繕うために、聞こえのいい理想や大義名分を掲げることの方がよっぽど恥ずかしいことだ。不純な外発的動機は、とりわけ物事を始めたばかりの時期にはこの上ない推進力となる。その力をうまく活用して、一気に物事を進めることが肝要だ。使命感やビジョンといった崇高な想いは、もっと後になってから考えても遅くないと思うのである。
August 10, 2010

優秀なマネジャーも内発的動機と外発的動機を組み合わせる

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 昨日の記事「『内発的動機と外発的動機のどっちが重要か?』という問いは意味があるか?」の補足。DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2010年5月号に収録されている「優秀なマネジャーに成長する条件」という論文は、マネジャーとして成功するためには、外発的動機と内発的動機の両方が必要であることを教えてくれる。

ダイヤモンド社
2010-04-10
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リーダーはただの人気者とは違います
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 まず外発的動機についてだが、この論文の著者であるJ・スターリング・リビングストンは、「達成動機」の研究で知られるデイビッド・C・マクレランドによる興味深い文章を紹介している。
 いかに達成動機が高くても、人間関係にうまく対処できるとは限らないことは明白である。マネジャーの場合、他者に影響を及ぼすことが最大の関心事であり、これはまさしく権力動機によるものである。動機の源を調べることで、優秀なリーダーはどのように行動するのかを知ることができる。
 成功するマネジャーは、高い達成動機(=内発的動機、マズロー風に言えば自己実現欲求)に突き動かされていると考えられがちだが、マクレランドによればそれだけでは不十分だという。マクレランドは「権力動機」、つまり出世して地位パワーを手に入れたいという欲求が不可欠だと指摘する。出世するためには他者から評価される必要があるから、権力動機は外発的動機であると言える。達成動機の研究に長年携わったマクレランドが、実は権力動機が重要だと主張しているのは面白い話である。

 とはいえ、外発的動機だけでは成功できないこともまた自明である。リビングストンは、MBAを出ても企業で出世できないマネジャーの観察を通じて、優秀なマネジャーになるためには「マネジメント欲求」なるものが必要であることを突き止めた。
 他者の成果に影響を及ぼすことを強く欲し、そうすることで満足感が得られる人だけが、マネジャーとして成果を出す方法を身につけられる。また、部下の生産性に責任を負うことを本心から望み、彼ら彼女らの能力を開発し、これまで以上の成果を出せるように動機づけることを楽しめる人でなければ、その方法を学ぶことができない。(※太字は私がつけた)
 マネジメント欲求は、部下やメンバーの仕事に深く関与すること、彼ら彼女らを育成することそのものに楽しみや満足感を覚えるという点で、内発的動機だと言えよう。リビングストンは、多くのMBA卒業者は、大企業の役員になって社会的地位や高い報酬を得たいという野心(=外発的動機)ばかりが強く、この「マネジメント欲求」が欠けているために、マネジャーとして大成しないと述べている。

 他者に影響を及ぼすためには、出世して高い地位に就き、それなりの権限と権力を手に入れなければならない。だから、出世欲に燃え、目の前にぶら下げられたニンジンに食らいつくような外発的動機は、有害であるどころかむしろ必要不可欠ですらある。

 一方で、他者に影響を及ぼすこと自体を楽しむような内発的動機がなければ、マネジャーとしてはやっていけない。他者に影響を及ぼすとは、単に地位を利用して権力を振りかざすことではなく、他者の能力や仕事の質の向上を積極的にサポートすることである。

 もっとも、部下を育成することで彼らが高い成果を上げれば、マネジャー自身の評価も上がり、さらに出世する可能性が開けるという点では、他者に影響を及ぼしたいという欲求は外発的動機の要素も帯びていることは否めない。

 しかし、リビングストンの主張からは(特に、太字にした部分の言葉遣いから察するに)、自分が高く評価されたいから、もっと高い給料が欲しいからという外発的動機だけではなく、純粋に他者の仕事を支援すること自体に喜びを感じること、つまり内発的動機に基づいて他者に影響を及ぼすことが、マネジャーのキャリアを好転させるポイントであると言えそうだ。
August 09, 2010

「内発的動機と外発的動機のどっちが重要か?」という問いは意味があるか?

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 人間の動機には大きく分けて「内発的動機」と「外発的動機」がある。内発的動機とは、興味や好奇心によって起こる動機であり、自分自身の心の中に自然と湧き上がってくるものである。これに対して外発的動機とは、例えば「それをすれば高いお金がもらえるから」、「他人に認められたいから」、「昇進・出世したいから」といった具合に、目の前にぶら下げられたニンジンに食らいつくようなものであり、他者の評価やフィードバックが介在する動機と言える。

 ここで、こうした二元論によくある議論として、「内発的動機と外発的動機のどちらが重要か?」という問いについて考えてみたい。非常にざっくりとした印象レベルの話をすれば、外発的動機はどちらかというとやましい動機、不純な動機であり、内発的動機はむしろピュアな動機として捉えられる傾向があるように感じる。「高い給料が欲しくて働いている」と言う人と、「この仕事が楽しくて働いている」と言う人のどちらに好感を持つかを考えてみると、私の言葉の意味が解っていただけると思う。

 学術的な話をすれば、マズローの欲求5段階説によると、人間の最上位の欲求は「自己実現の欲求」であり、その下に「承認の欲求」があるとされる。自己実現の欲求はまさに内発的動機であり、承認の欲求は外発的動機に該当する。マズローの考えでは、外発的動機よりも内発的動機の方が高次のものとして位置づけられていることが解る。

 だが、2つの動機の優劣を論じることにはあまり意味がないと私は思っている。それはちょうど、「左脳と右脳のどちらが優れているか?」という問いに答えられないのと同じである。

 まず、マズローの欲求5段階説について言うと、自己実現の欲求まで到達する人は非常に少ない。大半の人は承認の欲求のレベルに留まると言われている。自己実現という言葉に最も敏感に反応しそうなアメリカ人ですら、大部分は承認の欲求で満足しており、それで社会はうまく機能しているのである(過去の記事「沼上幹の名言」を参照)。

 日本の場合は、「恥」や「建前」という言葉に表れているように、国民性として外発的動機を重視する傾向がある。日本人の精神的支柱ともいえる「武士道」からも、この点を読み取ることができる。新渡戸稲造の著書『武士道』には、「武士は名誉のために生きる」という文がある。つまり武士は、武士にふさわしい精神を持った人間だと周囲から評価されることを最高の目的としているのである。

 ここまでの話をもって、実は外発的動機の方が内発的動機よりも優れているのだ、ということを言いたいのではない。私が本当に言いたいのは、内発的動機と外発的動機は切っても切れない関係にあるということである。それはちょうど、左脳と右脳が意思決定において密接に連携している(過去の記事「果たして意思決定に感情は不要なのか?」を参照)のと同じである。

 例えば、芸術家は強烈な創作意欲(=内発的動機)を持って作品づくりに励むが、それだけで長く活動することはできない。芸術家も社会から作品が評価されなければむなしいと思うに違いない。だからこそ、個展を開き、コンクールに出展して評判を高めようとする(=外発的動機)。

 プロ野球選手も、野球のプレー自体が好きという内発的動機だけで務まる職業ではない。ファンからの熱い声援を受け、ライバル球団を倒す喜びに浸り、いい成績を残して高い年俸をもらうという外発的動機が強く働いているのである。

 芸術家とプロ野球選手の例は、内発的動機を外発的動機が補完するパターンであったが、逆のケースもある。解りやすいのがベンチャー企業の経営者だろう。彼らは、一攫千金を狙いリスクを冒して事業を起こす。IPO(株式公開)に成功すれば、莫大なお金を手にすることができる。そうした外発的動機に突き動かされて、一般人にはとても想像つかないようなハードワークをこなすのである。

 しかし、IPOに成功して地位と名声、そして多額のお金を手に入れると、経営者には社会的責任が重くのしかかってくる。企業は単にお金をもうければいいだけの存在ではなくなる。そうなると、経営者は自分の会社を通じて社会にどのような貢献をしなければならないのかを改めて熟考する必要が出てくる(もちろん、創業時からある程度そういうことも考えているだろうが)。そのような経営者の思いがビジョンとして結実し、内発的動機となって経営者を突き動かすのである。

 「内発的動機と外発的動機のどちらが重要か?」という問いに対しては、「どちらが重要というよりも、両者をうまくうまく組み合わせることの方が重要である」と答えたい。内発的動機と外発的動機は、持続する期間が微妙に異なる。芸術家の例で言えば、自分の気持ちの変動によって、時に創作意欲が衰え、思うような作品が創れないことがある(芸術家に限らず、クリエイティビティ型の人間にはよくある話だ)。そんな時に、根強く応援してくれるファンがい続けていてくれると、再び創作意欲が湧いてくるということもある。

 逆に、ベンチャー企業の経営者の例で言えば、IPOによる外発的動機はIPOが実現するまでしか持たない。こちらは外発的動機の方が早く効果が切れるパターンである。もちろん、IPOの次に売上や利益、時価総額の目標を立てるのだが、これらの目標も結局は市場の評価を反映したものであるという点で外発的動機であり、目標が達成されればすぐに効果が切れてしまう。外発的動機だけに頼らず、社会的な使命に目覚めて強い意思が込められたビジョンを練り上げる経営者は、内発的動機によって気持ちを切らさずに事業をマネジメントすることができるのである。

 内発的動機と外発的動機の組合せは、「熱しやすく冷めやすい」動機と「熱しにくいが冷めにくい」動機の組合せであるとも言える(どちらの動機がどちらの性質を持つかはケースバイケースである)。よって、両者をうまく融合させる術を身につければ、人は短期的にも長期的にも高いモチベーションを維持することが可能になると思うのである。
May 28, 2010

21世紀の経営に必要なのは「OR」から「AND」への発想転換(3)

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 (その2からの続き)

ティーチングとコーチング
 コーチングに関する以下の記述は、私自身の体験に基づく勝手な思い込みが含まれている可能性がある点をあらかじめご容赦いただきたい。コーチングは、私が就職活動をしていた頃に異常に流行った記憶がある。コーチングの本もたくさん出版されたし、ビジネスに対する意識が高い学生は、自主的にコーチングの勉強会に参加したりもしていた。彼らが勉強会から戻ってくると、すっかり「コーチング万能主義者」に変心していて、あらゆる場面で周りの学生たちにコーチングを試そうとするのである(こういう経験があるので、私はどうもコーチングというものを素直に受け入れられない)。

 だが、コーチングだけで人が育てられるはずはない。コーチングは相手の心の中に答えがあるという前提に立っており、コーチによる様々な質問を通じて自発的な解への到達を促すコミュニケーションである。ということは、相手の頭の中には、自ら考えるための材料がある程度備わっていることが条件となる。その素材なしにコーチングを行っても、相手は答えを導出できない。だから、まずはティーチングを通じて基礎的な素材を習得させなければならないのである。

ジョン・ウィットモア
ソフトバンククリエイティブ
2003-07-30
おすすめ平均:
なぜコーチングなのか
インナーゲーム理論に基づくコーチング
コーチング本として読むべき優先順位は低いか
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 本のタイトルはあえて出さないが、コーチング万能主義は「会社に遅刻してきた新入社員にもコーチングで接する」ことを勧めるようだ。いきなり怒るのではなく、「どうして今日は遅刻したの?」、「明日から遅刻しないためにはどうしたらいい?」と懇切丁寧に聞かなければならないらしい。こんなのはバカバカしくて話にならない。

外発的動機と内発的動機
 モチベーション理論における代表的な二元論がこの「外発的/内発的」という区分である。マズローの欲求5段階説を知っている人ならば、「ピラミッドの最上位には『自己実現欲求』が位置づけられているから、内発的動機の方が優れている」と思うかもしれない。

 しかし、マズローの説はあくまで「仮説」であって、科学的に証明されたものでも何でもない。さらに、経営学者の沼上幹教授によると、「アメリカ人でも自己実現欲求を持っている人はごくわずかであり、大多数の人が持っているのはその1つ下の階層にあたる『承認欲求』である」という。「承認欲求」とは「他人から認められたい、評価されたい」という欲求であるから、外発的動機にあたる。

 そもそも、外発的/内発的動機は理論上では切り離すことができても、現実生活では複雑に絡み合っている。内発的動機づけを提唱したエドワード・デシですら、「外発的動機の内部化」という現象を指摘しているぐらいだ。つまり、最初は上司から命令されて渋々やっていた仕事でも、何らかのきっかけで面白いと思えるようになり、次第に上司から命令されなくとも、あるいは特別な報酬を与えられなくとも、自ら進んでその仕事をやるようになることがあるということである。

 逆に、内発的動機だけで長く活動できる人間は果たして存在するのだろうか?不安定な収入に耐えながら自己表現のために作品を創る芸術家でさえ、展示会で他者から高い評価を受け、コンクールで上位に入賞することを願う。彼らでも、外発的動機づけを必要としているのである。

 考えてみれば、人間とは社会的な生き物であるから、他者からの影響を無視して生きることはできない。他者から褒められたり貶されたりすることによって、モチベーションが上がったり下がったりもする。自分の内面から湧き上がる純粋な内発的動機のみで生きる人間は、芯が強いというよりも、むしろ社会から遊離した孤独な存在と言わざるを得ないだろう。

エドワード・L. デシ
新曜社
1999-06-10
おすすめ平均:
人を育てる立場に立つ多くの方に一読してほしい一冊
帯通り「人間観が一変」しました。
「人を育てる」ことの本質を学べる本
posted by Amazon360
April 22, 2010

「社員の7割が障害者」日本理化学工業・大山泰弘会長のインタビューに感動

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 Twitterで「この本に感動した」という人がいて気になったので、大山泰弘会長のことを調べてみたら、WEDGEのインタビュー記事を見つけた。
 「人様の役に立つそれが働くことの醍醐味

大山 泰弘
WAVE出版
2009-07-23
おすすめ平均:
人間の究極の幸せ
違う意味で心にしみた一冊
働く幸せ~仕事でいちばん大切なこと~
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 チョークメーカーである日本理化学工業は障害者雇用に力を入れていることで有名であり、川崎工場は国の心身障害者多数雇用モデル工場1号にも指定されている。しかし、大山会長は初めから障害者雇用に積極的だったわけではない。
 「59年に、知的障害者の通う養護学校の先生が飛び込んできました。聞けば、翌年卒業する子の就職依頼でした。僕は門前払いのような感じでお断りしました」
 今週書いた2本の記事「入社後3年目までのキャリア開発−仕事の仕組みを知り、自分の得手・不得手を見極める」、「入社後4年目からのキャリア開発−内発的動機を育て、仕事に自分色を加える」で私が伝えたかったのは、ビジネスパーソンのキャリア開発は、最初から自分がやりたいとか得意だと思う仕事(=内発的動機による仕事)に固執するのではなく、むしろ初期段階では「上司・同僚といい関係を築きたい」とか、「周囲の期待に応えたい」、「少しでも早く昇進・昇給したい」といった外発的動機に振り回されるぐらいの方がちょうどよいということ、そして、そうやってもがいている中でおぼろげながら見えてくる自分の本当の強みや関心に磨きをかけて、徐々に内発的動機のウェイトを高めていくのが大切だということである。

 インタビュー記事を読むと、日本理化学工業の社員も大山会長自身も、最初は外発的動機から入って、次第に内発的動機が芽生えていくプロセスが読み取れる。
 今ではチョーク製造で3割超の国内シェアを持つが、病気がちの父を手伝う格好で大山が入社した1956年には、社員十数人の小さな会社だった。教師か弁護士になりたかった大山青年は、渋々という感じで家業を継ぎ、専務として働いていた。
 大山会長は、父の病気のために自分の夢を断念し、やむを得ず日本理化学工業に入社したようだ。この段階では、内発的動機を捨てて、外発的動機(=父からの期待に応える)によって動かされていたと言ってよいだろう。そしてその3年後に、先ほどの養護学校の先生がやってくる。ここでもまた先生の根気に負ける形で(=外発的動機づけによって)、渋々了承している。
 その先生は大山を3回訪ねた。最後は『子どもたちは卒業したら地方の施設に入ります。そうしたら働くことを知らずに一生を終えます。もう就職はお願いしませんから、働く経験だけさせてもらえませんか』と食い下がった。不憫に思った大山は、2週間の約束で実習を受け入れた。
 おそらく社員も、障害者を受け入れることに乗り気だったわけではないだろう。しかし、2週間の実習を終えた社員は意外なことを口にする。
 やってきた2人の少女は2週間、一心不乱にラベル貼りをした。昼休みのチャイムにも気づかなかった。

 「障害者だからチャイムがわからないって見方もあるでしょう。でも、ウチの社員たちは彼女たちの姿に打たれて、実習の最終日に『私たちが面倒を見てあげるから、専務さん、雇っていいじゃないですか』と僕に言うんです」
 障害者に仕事を教えながら自分の仕事をこなすのは並大抵のことではないはずだ。それでも社員たちは、真剣に仕事に取り組む障害者の姿に感銘を受け、彼らが仕事をしやすいように作業方法や業務の流れを改善し、彼らに合ったトレーニングを行うようになる。まさに、外発的動機と内発的動機が好循環を生み出し始めた瞬間である。
 健常者の社員もまた、一生懸命な知的障害の社員に接していると、彼らの役に立とうという気持ちが生まれ、それが働く喜びになっているという。「一生懸命に教えてあげる。純粋な彼ら(知的障害者)がちゃんと身につけて成長する。それを目の当たりにするのは、やはりうれしいようです」
 「入社後4年目からのキャリア開発−内発的動機を育て、仕事に自分色を加える」の中で、内発的動機は移ろいやすいものでもあるから、最終的には究極の内発的動機である「仕事の使命」と正面から向き合うことが重要であるとも書いた。大山会長は経営者の立場として、会社の使命と自分自身の仕事の使命をリンクさせて考えるようになっていく。そのきっかけをくれたのは、法事で隣に座った禅僧の言葉であった。
 「そのお坊さんは『人間の究極の幸せは、愛されること、褒められること、役に立つこと、人に必要とされることの4つです。愛されること以外は、働いてこそ得られます』と言われた。それで気づいたんです。人間の幸せをかなえられるのが会社なら、知的障害者を一人でも多く雇用しようと考えるようになりました」
 こうして現在では、障害者が実に社員の7割を占めるまでになっている。大山会長は、「人間は誰しも他者とのつながりの中で相手の役に立ちたいと思っている」という人間の本質に気づき、それを最大限に引き出す環境を作ることが会社そして自分自身の使命であると考えている。次の言葉は、大山会長が障害者と本当に真摯に向き合っていることをうかがわせるもので、心を動かされる。
 「知的障害者は正直であるがゆえに、口先だけの社員の言うことは聞きません。いくら叱っても、自分のために言ってくれていることには、彼らは鋭いですよ。だからわれわれも、本当に彼のことを思って声をかけているか、気をつけているかが問われてしまいます。ある意味では、現実離れした話に聞こえるかもしれません。でも、それが本来の人間だということを、今の人は自覚しなければいけないと思いますよ」
April 20, 2010

入社後4年目からのキャリア開発−内発的動機を育て、仕事に自分色を加える

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 社会人は入社してから3年で一人前と言われるが、「10年ルール」という言葉があるように、ある分野を本当に極めようと思ったら、3年では全然足りない。だが、大方の企業において研修が行われるのは3年目までぐらいであり、そこから管理職に上がる30代中盤ぐらいまでは必須研修が全くと言っていいほどない。この「空白の7年間」は、現場の仕事の中で、自らの意思と責任に基づいて能力を高めていかなければならないのである。

 ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の著書『法人営業「力」を鍛える』に、興味深いデータが載っている。ある化学メーカーで、営業スタッフの営業経験年数をX軸に、営業スタッフの成績(3年間の売上成長率)をY軸にとって散布図を作成したところ、両者の間には何の相関関係も見られなかったという。これは、「営業経験が長くなればなるほど、営業成績もよくなるはず」という我々の通念とは反する。

 営業職も通常は新卒から3年目ぐらいまでにスキル研修をまとめて行い、後は現場での実践を重視する企業が多い。だが、必須研修がなくなった後の「空白の7年間」をどのように過ごすかによって、その後の営業成績は大きく変わってくることをこのデータは示唆しているように思える。

今村 英明
東洋経済新報社
2005-04-15
おすすめ平均:
中堅企業から大企業を担当する方へ
法人営業に特化した営業ガイドブック
基本中の基本、だが、あなどるなかれ
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 昨日の記事「入社後3年目までのキャリア開発−仕事の仕組みを知り、自分の得手・不得手を見極める」では、入社後3年目までは、入社時に抱いていた「やりたい仕事」にこだわることなくいろんな仕事に触れ、上司や先輩、顧客などいろんな人から褒められたり叱られたりしながら、入社前には解らなかった得意分野や好きなことを少しずつ見極めていくことが大切だと書いた。

 では、入社後3年目以降、つまり冒頭で述べた「空白の7年間」はどうすればよいのか?3年目までは「外発的動機づけ要因」に注目したが、4年目からはいよいよ「内発的動機づけ要因」が本領を発揮する。なお、ここでいう「内発的動機づけ要因」とは、下図にある【1】「自分自身の興味、好奇心、得意分野(図中には「得意分野」を書くのを忘れた)」、【2】「達成感、充実感、やりがい」、【3】「仕事に対する意味づけ」を指す。

動機づけ要因の構造

 一言断っておくと、「内発的動機」はそれ単独で機能することは少ない。「面白そうだと思う仕事をやってみる」(内発的動機)⇒「仕事をサポートしてくれるいい同僚がいる」(外発的動機)⇒「仕事の成果を上司が評価してくれる」(外発的動機)⇒「成果に対していい評価をもらい達成感を感じる」(内発的動機)⇒「その仕事がますます得意・好きになり、さらに打ち込む」(内発的動機)といった具合に、「外発的動機」と「内発的動機」は複雑に絡み合っている。

 私のブログも基本的には「ただ好きだから」という理由で書いている。いわば「内発的動機」である。とはいえ、好きだからという気持ちだけで5年近くもやってこれたわけではない。ページビューやRSSリーダーの登録者数が増え、コメントやアンケートでいい評価をもらうと、それがまたブログを書き続けるインセンティブになる。「外発的動機」に負うところも大きいのである(そういう意味でも、いつもブログを読んでくださる皆様、本当にありがとうございます)。

 3年目までにおぼろげながら見えてきた「得意分野、好きなこと」という「内発的動機」の芽を、「空白の7年間」では大切に、大切に育てていく。そうすると、先ほど書いたような「外発的動機」との関係で好循環が生まれ、大きな成果を上げられるようになる。BCGのデータで、経験年数が長くても営業成績にばらつきが生じる1つの要因として、こうした好循環を営業担当者が持っているかどうかという点が挙げられると私は考える。

 しかしながら、「外発的動機」は「他者」という不確定要素に影響される不安定な動機であるのと同様に、「内発的動機」は「自分の気分」に左右されるという、これもまた不安定な動機である。特に【1】「自分自身の興味、好奇心、得意分野」はそうだ。興味や好奇心は長く続くとは限らない。私だって、いつ自分のブログに飽きるか解らない(事実、1年近く書くのを放棄していた時期もある)。

 私の会社の代表は、以前はアクセンチュアというコンサルティングファームに所属していた。コンサルティングファームは一般の事業会社に比べて離職率が非常に高い。離職者の中には、能力不足で辞めていく人もいるが、コンサルタントとして外部から組織を見るよりも事業を自分でやった方が面白そうという理由で辞めていく人とがいる。興味や好奇心は移ろいやすいのである。

 【2】「達成感、充実感、やりがい」というのも、効き目が切れる時がくる。ゲームを思い浮かべると解りやすい。どんなに面白いと思ってはまったゲームでも、ある程度のレベルまで行ってしまうと達成感がなくなり、やがてゲームをやらなくなる(だからこそ、ゲーム会社は次から次へと新しいゲームを開発しなければならなくなる)。営業担当者の中にも、会社が与えたノルマだけでは物足りず、自分の中でさらに高い目標を掲げてそれをクリアすることに執念を燃やすタイプの人がいるが、青天井で売上が上がるわけではないから、彼の目標もやがて頭打ちになる。そうすると、「内発的動機」の効き目が切れてしまう。

 「内発的動機」を長続きさせるヒントは、残った【3】「仕事に対する意味づけ」にある。【3】は「自分の仕事の使命」と言い換えてもいい。「なぜこの仕事を自分はしなければならないのか?」、「自分の仕事が社会に与える意味とは何か?」という、やや哲学じみた問答を繰り返す。使命とは終わりのない旅であり、それゆえに長い将来を見据えた抽象的なものにならざるを得ない。しかし、抽象的であるということは、包括的であるということでもある。つまり、些細な興味の移り変わりや達成感の変動を超えて、自らの選択肢を増やすことにつながる。

 以前、「何かを諦めざる時こそ、大切な価値観に気づく」という記事で、ひじのケガのためにプロ野球の道を経たれた山下という人物の話を紹介した。大好きな野球はもうできない、そんな時に彼を奮い立たせたのは、「仕事の意味づけ」という「内発的動機」であった。

 彼はなぜ自分がこんなに野球に夢中になっていたのかを改めて振り返ったのだろう。野球選手は、華やかなプレーで人々を魅了し、感動を与えたいと思っている。それを山下は再解釈した。彼は自分の使命を「野球を通じて人々に夢と感動を与えること」とした。このように意味づけると、必ずしも自分がプレイヤーとして活躍するだけがその手段ではなくなる。だからこそ、山下は「日本で埋もれている逸材をアメリカへ連れて行く」という新しい仕事にやりがいを見出すことができた。

 山下の例はかなりドラマティックであるが、ビジネスパーソンは誰しも自分の仕事の使命を見つけることができると思う。もっとも、「空白の7年間」だけでは使命は見つからないだろう。しかし、使命に目を向け、使命と向き合おうとする姿勢が大切である。使命こそが最も持続性の高い「内発的動機」と言える。そして、使命は自己のアイデンティティと深く結びつき、仕事において自分らしさを表現するのに役立つと思うのである。
March 15, 2010

「動機」の構造を自分なりにまとめてみた−『"働く"をじっくりみつめなおすための18の講義』

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村山 昇
クロスメディアパブリッシング
2007-08
おすすめ平均:
結局、よく分かりませんでした
自身を見直す契機を与えてくれる
自分を見つめなおしたい時にには・・・
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 ビジネスパーソンが自身のこれまでの仕事を見つめ直し、将来の展望を探る「キャリア開発」ための18のテーマについて著者が図を交えて解説しているのだが、正直な感想を言ってしまうと、図が何ともイケていない。文章だけを読めばすんなりと理解できるのに、図を見ると返って頭の中が混乱するという摩訶不思議な本だった。

 さて、キャリア開発には「過去を振り返る」という軸と、「未来の方向性を見出す」という2つの時間軸が存在する。いずれの時間軸においても、自らの「動機づけ要因」の源泉を探ることは大きな意味を持つ。過去の軸においては、動機づけられて行った仕事は貴重な知恵となって蓄積され、その人のアイデンティティと密着したキャリア資産を形成する。また、未来の軸においても、将来のキャリアビジョンを描き出すのは動機の力であり、動機がビジョン実現のエネルギーとなる。よって、自分の動機づけ要因がどういうものであるのかを認識することは、キャリア開発においてとても大切なのである。

 動機づけ要因には、大きく分けて「内発的動機づけ要因」と「外発的動機づけ要因」がある。同書ではそれぞれの動機として具体的にどのようなものがあり、さらにそれぞれが仕事の「目的」と「手段」のどこに存在するものなのか、ということを解説しているのだが、この説明とそれにくっついている図がどうにも私にはしっくりこない。そこで、自分なりに動機づけ要因の構造をまとめ直してみることにした。もう少し言葉を練りたいところは多々あるとはいえ、初期版としてあえてアップしてみる。
(またもやパワポで作るのを面倒くさがって、手書きにしてしまった…)

動機づけ要因の構造

 人が動機づけられるパターンには、(1)環境要因による動機づけ、(2)報酬(への期待)による動機づけ、(3)目的意識による動機づけの3種類があると思う。そして、それぞれに外発的/内発的動機づけ要因が存在する。

(1)環境要因による動機づけ
 仕事の環境による動機づけである。ここでの「外発的動機づけ要因」とは、例えば「優秀な上司の下で働ける」、「オフィス環境が快適」、「同僚との良好な人間関係の中で仕事ができる」など、会社が提供する要因で本人がコントロールできる余地が少ないものを指す。本人から見れば、自分の外に存在する外部環境の要因である。

 これに対して「内発的動機づけ要因」とは、「自分が興味・関心のある仕事である」とか「自分で好きなように進められる仕事である」といった、自己コントロール性が高い要因を意味する。これは、本人の意識の中の要素ということで、内部環境の要因としている。

(2)報酬(への期待)による動機づけ
 一般的に動機づけ要因と言えば真っ先に考えられるのは、仕事を実行した結果として得られる報酬であろう。「外発的動機づけ要因」の代表格は給料、昇進・昇格、周囲からの承認である。給料が上がったり、上級役職に昇格したり、仕事の成果を周りから高く評価されたりすれば、モチベーションが高まる。逆に給料や役職が下がったり、仕事で低い評価を受けた場合でも、その悔しさをバネにして、挽回しようという気持ちになることもある。

 他方、「内発的動機づけ要因」とは、仕事を通じて得られる達成感、充実感、満足感、成長実感といったポジティブな感情である。仕事を通じてこうした前向きな気持ちが得られると、さらに仕事に精を出すようになるという正のフィードバックループが成立する。

 なお、人間は報酬そのものによっても動機づけられるが、報酬がもらえるかもしれないという期待感によっても動機づけられる。「あの仕事で高い成果を上げれば昇進できそうだ」とか、「この仕事をやりきれば達成感が味わえそうだ」といった、まだ実現していない報酬に対して思いを馳せるだけでもやる気が高まることを経験した人は多いだろう。

(3)目的意識による動機づけ
 これはちょっと表現に迷いがあるのだが、要は(1)環境要因による動機づけや(2)報酬(への期待)による動機づけで挙げた具体的な要因よりももっと抽象的な、仕事の目的、存在意義のようなものである。これにも「外発的動機づけ要因」と「内発的動機づけ要因」がある。

 「外発的動機づけ要因」とは、会社や上司が「この仕事は会社(あるいは顧客、部門、社会)にとってこういう意義があるからやりなさい」と指示命令することである。いわば、組織によって与えられた正当な理由によって動機づけられる状態である。権威の力を借りた強制的な動機づけと呼んでもよいだろう。会社や上司からの命令である以上、やらないわけにはいかないという、やや消極的な動機づけ要因でもある。

 これに対して、「内発的動機づけ要因」としての「仕事への意味づけ」とは、ビジネスパーソン本人が見出すものである。「この仕事は部門や会社、ひいては顧客や社会に対してどのような価値を提供するためのものなのか?」と問い続けることで、自分なりにその仕事の目的や意義を明確化する。すると、内面に使命感のようなものが芽生え、それに突き動かされて仕事に取り組むようになる。企業経営者はこうした崇高な目的意識の下にモチベーションを保っていることが多い。

 なお、1つ注意点を挙げておくと、「外発的動機づけ要因」よりも「内発的動機づけ要因」の方が優れているというわけではない。この2つは相互に関連している。例えば、オンラインRPGゲームに熱中する子供は、最初は興味本位(=内発的動機づけ)で遊んでいるが、レベルアップや他のプレイヤーとの競争を経験する(=外発的動機づけ)と、さらにゲームに熱中するといったケースでは、両者の動機づけ要因が密接に絡み合っている。

 また、最初は上司からとにかくやれと言われて嫌々やっていた(=外発的動機づけ)仕事が、次第に面白くなっていき、目的を達成したときの快感がたまらなくなる(=内発的動機づけ)ということもある。だから、両方の動機づけ要因をぷっつりと分断して論じることは避けた方がよい。

 まだまだ再整理の余地はあるが、私の中では上記の図で割とすっきりしたので、しばらくはこの図を使い続けようと思う。この図を使いながら若手社員のキャリア開発のポイントを述べていこうと考えているが、今日はこの辺で。

 《追記》同じ村山昇氏の著書ならば、こっちの『ぶれない「自分の仕事観」をつくるキーワード80』の方が読みやすいと思う。

村山 昇
クロスメディア・パブリッシング(インプレス)
2009-05-14
おすすめ平均:
30歳前後の方(=私と同世代の方)に勧めたい本です
ヒントがたくさん詰まった本
滋味
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February 06, 2010

知識労働者にとっての最大の報酬は「知識」

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 ドラッカーは20世紀に急速に台頭してきた「知識労働者(ナレッジ・ワーカー)」について、金で動機づけることはできないと再三指摘してきた。彼らに対しては、上司−部下の上下関係ではなく、パートナーとして接しなければならないとも主張している。
 まさに出現しようとしている新しい経済と技術において、リーダーシップをとり続けていくうえで鍵となるものは、知識のプロトしての知識労働者の社会的地位であり、社会的認知である。

 (中略)ところが今日、われわれは資金こそ主たる資源であり、その提供者こそが主人であるとの昔からの考えに固執し、知識労働者に対してはボーナスやストックオプションによって昔ながらの社員の地位に満足させようとしている。そのようなことは、一時のネット企業のように株価が高騰している間しか通用しない。

 (中略)新産業が頼りにすべき知識労働者を、金で懐柔することは不可能である。もちろんそれらの新産業に働く知識労働者も、実りがあれば分け前を求めるだろう。だが、実りには時間を要する。今日のような短期的な株主利益を目的とし目標とする経営では、10年ももたない。それら知識を基盤とする新産業の成否は、どこまで知識労働者を惹きつけ、留まらせ、やる気を起こさせるかにかかっている。
(ピーター・ドラッカー著、上田惇生訳『ネクスト・ソサエティ』ダイヤモンド社、2002年)

P・F・ドラッカー
ダイヤモンド社
2002-05-24
おすすめ平均:
将来を見据えるための枠組み、ブロックを提供してくれる本
老後はパートしなければだめなのか・・
派遣切り、情報リテラシー・・・今の問題が全部書いてある!
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 ドラッカーが知識労働者という言葉を使う場合の「知識」はどこまでの範囲を指しているのかは必ずしも明確でない(と私は感じている)。ドラッカーの他の著書も合わせて総合的に解釈すると、「(高等教育を中心とする)正規の教育によって習得される専門知識や技能」を意味しているように思える。だから、どちらかといえば、知識を狭く捉えている印象がある。

 『クリエイティブ資本論』の著者であるリチャード・フロリダは、上記のような知識だけでは仕事はできないという問題提起を行い、「創造性」を武器にする「クリエイティブ・ワーカー」という概念を生み出した。

リチャード・フロリダ
ダイヤモンド社
2008-02-29
おすすめ平均:
数少ない手本となる書
新時代に向かった「見えない社会勢力革命」を見える化した画期的著作
ドラッカーの予測通りになってきた
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 ただ、個人的にはこうした議論は「知識」の定義をめぐる細かい議論にすぎないのであって、重要なのは、現代経済においては、単なる肉体労働者ではなく、「頭を使う社員」が圧倒的多数を占めているという事実である。私なりに知識の範囲を明らかにするならば、ある専門領域における高度な知識や技能に加え、協業やチームワークによって創造力を発揮し成果を上げるのに必要な行動特性(コンピテンシー)も入ってくる。また、哲学の世界において、知識が「正当化された真なる信念」と定義されていることからも解るように、知識とは客観的であるようで実は主観的でもある。つまり、知識には、個人または社会的基盤に由来する価値観やアイデンティティが反映されている。

 知識労働者を金で動機づけることに限界があるとしたら、彼らにどのような報酬を与えればよいのか?私の考えは明快で、知識労働者にとっての最大の報酬はやはり「知識」である、ということだ。これには2つの意味合いがある。1つは自らの既存の知識が仕事において活かされるということであり、もう1つは組織や他者から与えられる別の知識と溶け合うことによって、自らの知識が強化・更新されるということである。

 ここから導かれるマネジメントの責務は、まず第一に知識労働者が拠りどころとしている知識が活かされる仕事を用意することである。そして、教育訓練の場においては継続的に知識を更新する機会を提供し、日常業務においては創発的に新たな知識が生み出されるコラボレーションを推奨することが求められる。

 また同時に、知識労働者自身も、自らが強みとする知識が何であるかを明らかにし、組織に対してそれを知らせなければならない。そうでなければ、やりたいと思う仕事も舞い込んでこない。さらに、自分とは異なる知識を尊重し、いいところを積極的に取り入れる姿勢を取る必要がある。それによって、自らの知識の陳腐化を防ぐことができる。

 従来の動機づけ理論には、「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」という区分が存在し、両者のどちらを優先させるべきかというような二項対立的な議論が見られた。しかし、知識労働者は、「知識」を仲立ちとして内発的にも外発的にも動機づけられる。

 金は使えば消えてしまうのに対し、知識はその気になれば永遠に進化させることができる。こうした表現はあまり品がないと思われるかもしれないが、新たな知識があれば、新たな仕事が生まれ、新たな金を呼び込むことができる。だから、マネジメントは知識労働者に対して、金ではなく知識を与えなければならない。金は報酬ではなく、知識の副産物にすぎない。
May 08, 2009

モチベーションが高い人は「ボキャブラリーが多い」

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 4月に東京大学のLearning Barに行ってきた。Barという名前は付いているが、企業や組織における人材育成をテーマに研究者と実務家が集う「研究会」である。まぁ、お酒と軽食をつまみながらのフランクな集まりなので、Barに近いといえば近いのだが…。そこで、JTBモチベーションズの大塚雅樹社長が面白いことをおっしゃっていた。(JTBモチベーションズとは、JTBの子会社で、社員のモチベーション向上に関する診断サービスやコンサルティングを提供する会社である。)モチベーションが高い人は「ボキャブラリーが多い」というのである。

 やる気のある人の特徴というと、笑顔を絶やさない、ポジティブ思考、物事に対して真剣、などいろいろな要素を挙げることができるだろう。これに対して、大塚社長が注目したのは「ボキャブラリーの多さ」。ボキャブラリーが多いとは、自分の仕事内容をいろんな言葉で表現できることを意味している。

 なぜ、モチベーションが高い人はボキャブラリーが豊富なのか?モチベーションが高い人は概して外向的であり、仕事上様々な人と接する機会がある。時には、プライベートでも家族や友人に対して仕事の「売り込み」を行う。その際、聞き手のタイプに合わせて言葉を選ぶ必要があるため、必然的にボキャブラリーが増えていくのだという。JTBモチベーションズのメルマガにも関連する記述があったので、引用。
 私はここ最近で、“メンタルブロック”(※思い込みによる意識の壁。ここでは、「できない」と思い込むことにより、行動に移すことができない状態を指している)の克服法が何となく分かってきました。 その克服法は、私が知り合う尊敬すべきビジネスパーソンに共通している現象から導き出しました。つまり、「できる人」が必ず意識していることです。 それは、日頃話したり、書いたりするボキャブラリー(語彙)を豊かにするということです。いつも、限られた単語でしか話せないと、相手の胸を打つことができず、コミュニケーションの欠落を感じることになります。逆に、日常から多くの人の価値観に触れたり、多くの書物からその智恵を吸収したりしていると、 表現方法としてのボキャブラリーが増えることに留まらず、その「言葉にある 意味の広がり」に意識が高まり、様々な事象への深みを考えるようになるのです。これが、「メンタルブロックからの逃走」となるのです。いつも、自分の表現方法や説明に“駄目だし”をして、ブラッシュ・アップを心がけることが、 ボキャブラリーを豊かにする行動変容へと進化を促すことになります。
「〔コラム〕メンタルブロックとボキャブラリー」
 これは興味深い視点で「なるほどー」と思いながら聞いていた。一点、注意しなければならないのは、ボキャブラリーが豊富な人と、単なる話し上手とは区別して考えなければならない、ということだ。ただ単に言葉遣いが巧みということではなく、自分の言葉で、その人らしさが表れる言い回しで、実際の仕事振りが想像できるような生き生きとしたストーリーで語られるかどうかが、本人のモチベーションの高さを表すポイントだろうなと思った。

<補足>
 ちなみに、ボキャブラリーとモチベーションの関係は、ボキャブラリーが多くなるとモチベーションが高くなるとか、モチベーションが高くなるとボキャブラリーが多くなるといった一方的な因果関係ではなく、双方向に影響を及ぼしあう関係だとおっしゃっていた。
January 27, 2009

社会神経科学的に見ても上司のやる気は周囲に伝染するらしい

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再び「同調による動機づけ」の話を
 3年ぐらいに書いた記事で、「やる気を伝染させる−『同調による動機づけ』」というのがある。拙い昔の文章を引っ張り出すのはこっ恥ずかしいが、今回はあえてその内容をさらに膨らませてみたいと思う。

 この時に書いた内容は至極当たり前の内容で、「部下のモチベーションを高めるためには、まずは上司がやる気を出さなければならない」ということであった。
 「『どうすれば人を動機づけられるか』という問題については、多くの学者や実務家が日々考えをめぐらしています。私達は、部下や同僚を動機づけるためにあれやこれやと策を実行しています。私達の考えの根底には、誰か他人を動機づけるためには、その他人に何かを「与え」なければならないという思いがあるようです。

 しかし、『誰かを動機づけるために、自分自身にできることはないか』という問いに改めてみると、別のものが見えてきます。すなわち、誰かを動機づけるためには、自分自身がやる気を持っていることが大前提であるということです。…経験的に解ることですが、やる気のない人についていこうとする人はまずいません。上司にやる気がないならば、上司の地位を奪うために高い業績を上げようとする打算的な部下以外にモチベーションが上がる者はいないでしょう。モチベーションに乏しい人が他人に対して「やる気を出せ」と言ったり、動機づけのための方策をいろいろと講じたりしても虚しいだけです。」
 そして、「モチベーションは他人に伝染する」と述べ、こうした性質を利用して他人のモチベーションを高めることを「同調による動機づけ」と名づけた。

 まあ、名づけるまでもなく経験則的に解ることを書いたわけだが、どうやら人間の感情が周囲に影響を及ぼすことは脳科学的にも明らかになっているようだ。『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』の2009年2月号に掲載されたダニエル・ゴールマンの「EQを超えて SQリーダーシップ」という論文に、興味深い内容があったので紹介したいと思う。

 日々進歩を遂げる脳科学の新しい分野に、他人と接する際の脳内作用を扱う「社会神経科学」というものがある。この分野では近年、優れたリーダーとそのフォロワーの脳内作用に関する研究を通じて、重大な発見が得られたという。
 「リーダーの振る舞いのいくつか、たとえば周囲への共感を示し、それに同調することは、本人と周りの人たち双方の脳内化学物質に影響を及ぼすことがわかっている。

 さらに、リーダーとその部下の脳は、本人たちが意識するかどうかはともかく、相互に作用しながら機能することも判明している。言わば、何人もの脳が結びついて一つのシステムを形成しているようなものだ。」
相互作用に関わる「ミラー・ニューロン」と「オシレーター」
 リーダーとメンバーの脳内作用を語る上で重要な第一のキーワードが「ミラー・ニューロン」である。ミラー・ニューロンはイタリアのジアコーモ・リゾラッティ(Giacomo Rizzolatti)らによって、1996年に発見された新しい神経細胞である。
 「この科学者たちは、サルが腕を上げた時だけ活性化する脳細胞を観察していた。ある日、研究所の助手がアイスクリームを食べようとして、腕を持ち上げてアイスクリームを口に近づけたところ、サルのその細胞が反応した。これにより、脳には他者の行動を模倣する、鏡のような神経細胞が散在していることが初めて明らかになった。」
 人間の脳細胞の中にミラー・ニューロンがあるという確証は今のところ得られていないようだが、もし人間にもミラー・ニューロンがあるならば重要な意味を持つことになる。なぜならば、リーダーのしぐさから心の動きを察知すると、ミラー・ニューロンの働きにより部下の心の中にもそれと同じ感情が芽生え、同じような行動を取ることを意味するからだ。

 リーダーが快活で、メンバーとの対話を重視し、ポジティブな印象を与える行動を取っていれば、メンバーも同じように快活に振る舞い、周囲とポジティブな意思疎通を図ろうとする。するとチーム全体が活性化され、高い業績を上げることができるだろう。逆にリーダーがいつも不満そうな態度をとっていれば、メンバーも同じように不機嫌なムードをかもし出すようになる。このチームの雰囲気は険悪になり、高い業績を望むことは難しいだろう。

 ミラー・ニューロンは、他者の動きを見て、自分も同じように行動するよう促す脳細胞だが、もっと直接的に他者と同じ行動を取ることを命令する細胞がある。「オシレーター」と呼ばれる脳細胞だ。
 「オシレーターには、他者の体の動きを見て、そのとおりに体を動かすように指令を出す機能があるため、何人もの動きを調和させることができる。

 キスをしている人たちを見れば、オシレーターの活動を理解できるだろう。一人の体の動きに合わせて、もう一人がよどみなく体を動かす様子は、あたかもダンスのようである。」
リーダーの言動はやっぱり周囲に伝染する
 ミラー・ニューロンやオシレーターなど、対人関係を司る脳をゴールマンは「社会脳」と呼んでいる。リーダーはメンバーの社会脳を巧みに活性化させることで、メンバーと良好な関係を構築し、メンバーの力を引き出すことができる。社会脳を活性化させるのがうまいリーダーとして、ゴールマンはサウスウェスト航空の共同創業者であり元CEOのハープ・D・ケレハーの名を挙げている。彼が空港を歩いている様子を分析したところ、社員と接するたびに、相手の社会脳が活性化したという。

 残念ながら、社会脳の活性化に関する詳しいメカニズムは今のところあまりよく解っていないという。だが、リーダーにとって重要なのは、脳内メカニズムの詳細を理解することではなく、自分の言動がメンバーに大きな影響力を及ぼすという点だろう。メンバーにして欲しいと思うことは、まずは自分が実施することが大事だ。率先垂範という一言に尽きる。

《参考》
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