※2012年12月1日より新ブログに移行しました。よろしければこちらもご覧ください。
free to write WHATEVER I like
Top > 事業戦略 アーカイブ
次の3件>>
May 08, 2012

【ドラッカー書評(再)】『創造する経営者』―事業を製品別ではなく、顧客別に分析する方法を提案したい(2)

拍手してくれたら嬉しいな⇒
創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 前回の続き。『創造する経営者』のレビューは今回で最後。結局、この本だけで記事が8本に(汗)。

 以下に、ユニバーサル・プロダクツ社の事例をベースに、チャネル別分析のラフな例を作ってみた(また手書きでスミマセン)。この例では、チャネルを3タイプに分けており、チャネルごとに異なる顧客価値を定義している。チャネルと顧客価値の整理を終えたら、各チャネルの潜在的な市場規模を推計し、自社のシェアを計算する。潜在的な市場規模は、その顧客価値を求めている人たちがどの程度の規模で存在するか?そして、顧客価値を構成する製品・サービス群に対して、その人たちがどのくらいのお金を使うか?を推測することで導かれる。最後に、それぞれのチャネルについて、各製品・サービスの売上と利益を計算し(利益の計算にあたっては、ABC会計の考え方を用いる)、製品・サービス別の利益率を算出する、という流れになる。なお、製品A〜Gは発売時期が新しい順に並んでいる。

顧客別(チャネル別)の業績分析

 この分析から解るのは、あるチャネルでは「明日の主力製品」でも、別のチャネルでは明日が来そうにない製品であったり、あるチャネルにおける「昨日の主力製品」が、別のチャネルでは「今日の主力製品」になっていたりする、ということである。上図の例で言えば、大規模チャネルにおける製品Bは、製品Aに比べてあまり販促費をかけていない新製品にもかかわらず、売上高も利益率も高いことから「明日の主力製品」の候補になりうるのだが、中規模チャネルでは製品Bが足を引っ張る存在になっているかもしれない。逆に、大規模チャネルではそれほど業績が芳しくない一昔前の製品群である製品CとDが、中規模チャネルでは「今日の主力製品」として利益の稼ぎ頭になっていることも考えられる。

 また、製品FとGは、大規模チャネルでも中規模チャネルでも売れ行きが思わしくなく、回転率の低さがコスト高を招いて赤字につながっている「昨日の主力製品」なのに、小規模チャネルにおいては「今日の主力製品」として、異常に高い利益率をたたき出していることもあり得る。残った製品Eは、どのチャネルでも利益が出ていないことから、製品Eこそ「昨日の主力製品」として再整理の筆頭候補にするべきかもしれない。

 以上の示唆とチャネル別の市場規模・自社のシェアを踏まえると、例えば、

 ・中規模チャネルは大規模チャネルに匹敵する市場規模があるから、もっと中規模チャネルに注力する。今の中規模チャネルに欠けている「明日の主力製品」を生み出すことで、中規模チャネルにおけるシェアを大規模チャネル並みに引き上げることを目指す。
 ・小規模チャネルは市場規模こそ小さいものの、特定の製品が受け入れられる傾向が強いため、製品の取捨選択を行い、ニッチ市場におけるリーダーの地位を狙う。そして、安定的に利益を稼ぎ出せる基盤とする。

などといった戦略的な方向性が見えてくる。こうした分析結果は、全社単位で製品・サービスの業績分析を行った場合には見えてこないものである(もっとも、この例はかなり都合のいいように私が作ったケースなので、ストーリーとしてはできすぎているわけだが・・・)。

 ここでもう1つ注目しなければならないのは、前回の記事で書いた通り、顧客は複数の異なる製品・サービスをセットにして”ソリューション”として購入する、という点である。したがって、顧客はどのような製品・サービスの組合せを購入しているのかも分析する必要がある。製品単独で見ると利益率は低いものの、別の高利益製品とセットで購入されることが多い製品は、利益の”呼び水”として重視すべきであろう(小売業におけるいわゆる「ロスリーダー」のことであるが、メーカーでも通用する考え方だと思う)。

 上図の例で言うと、大規模チャネルにおける製品Aは利益率が低いが、この製品があることによって利益率の高い製品Cが売れているのであれば、製品Aの利益を多少犠牲にしてでも、製品Aに注力すべき理由がある(家電メーカーがあれだけ液晶テレビで大赤字を出しているにもかかわらず、液晶テレビからなかなか手をを引けないのは、家電量販店に自社ブランドの液晶テレビがないと、消費者が来店して別の自社ブランド製品を買ってくれないと考えているのも一因かもしれない。果たして本当に、液晶テレビがないと消費者はそういう購買行動をしないのかどうかは別として・・・)。

 さらにもう1つ考えなければならないのは、チャネルが競合他社の製品を扱っている場合、自社の製品とセットで他社の製品も購入されている可能性である。チャネルから競合他社の製品を含む売上データを入手することは困難であるけれども、もしそれができるのであれば、分析してみる価値はあるだろう。利益率が高い自社製品とセットで他社製品がよく売れているならば、その製品の戦略的な重要度は考えものである。また、利益率が低い自社製品が他社製品と一緒に買われているならば、敵に塩を送っていることになるから、すぐに取扱量を減らすべきかもしれない。

 以上、全社単位で製品別に業績を分析する方法に代わって、「事業の目的は顧客の創造である」というドラッカーの格言に従い、その目的の達成度合いを測るために、顧客別に業績を分析する方法を簡単にまとめてみた。もっとも、この記事を書きながら本書をよく読んでみたら、ドラッカーは杓子定規に全ての「暫定的な診断」を製品単位で行うべきだと主張しているわけではないことが解った、というオチがあるのだが(苦笑)。
 大規模小売店舗の場合は、顧客の消費行動の分析から入るべきかもしれない。よく行われている商品別の分析では、あまり多くは明らかにされない。金融のスーパーマーケットである金融機関の場合も、金融サービス別の分析ではなく、顧客の分析から入るべきであろう。
 ドラッカーはこうした分析を例外的なケースとして扱っているようだけれども、現在ではむしろこうした分析の方が主流となるべきではないか?というのが私の考えである。
May 07, 2012

【ドラッカー書評(再)】『創造する経営者』―事業を製品別ではなく、顧客別に分析する方法を提案したい(1)

拍手してくれたら嬉しいな⇒
創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 先日の記事「ドラッカーの「戦略」を紐解く(2)〜「暫定的な診断」への個人的疑問―『創造する経営者』」で、業績の診断を製品別に行う方法にいくつかの疑問を提示したわけが、ドラッカーの「暫定的な診断」は、各製品が別の顧客をターゲットとしており、顧客は複数の異なる製品を購入することがめったにないことが前提である。なお、ドラッカーは例外として「大企業において事業単位がいくつかの完全なまとまりになっている場合は、それらの事業単位そのものから分析をスタートさせてよい」としているけれども(ただ、その理由は「事業全体の方が、個々の製品やサービスよりも現実に近い」から、と書かれているだけである)、事業単位の分析も同様に、各事業部のターゲット顧客層がバラバラであることが条件だ。しかし現在では、顧客は同一の企業から様々な製品・サービスを組合せて”ソリューション”として購入することが多いし、それらの製品群はたいてい複数の事業部にまたがっているものである。

 そもそも、「暫定的な診断」の目的については、次のように述べられている。
 事業の分析の基本は、現在の事業、すなわち過去の意思決定、行動、業績によってもたらされた今日の事業について調べることから始まる。(中略)具体的には、まず初めに、業績をもたらす領域を明確にし、理解しておかなければならない。業績をもたらす領域とは、個々の事業、すなわち扱う製品やサービスであり、顧客や最終需要者を含む市場であり、流通チャネルである。(※太字は筆者)
 ここで、ドラッカーの有名な定義である、「事業の目的は顧客の創造である」という言葉を思い出すと、「暫定的な診断」は、この目的が達成されているかどうかを確認するためのものでなければならないのではないだろうか?すなわち、

 ・わが社が事業を営んでいる市場は、どのような顧客層から構成されているか?(言い換えれば、市場はどのようにセグメンテーションできるか?)
 ・各セグメントのうち、”わが社の顧客”とすべきセグメントはどこか?
 ・それぞれのセグメントは、潜在的にどの程度の市場規模があるのか?
 ・それぞれのセグメントから、わが社はどのくらいの売上と利益を上げられているのか?(つまり、顧客を創造することができているか?)

を問う必要があるのではないか?と思うのである。ここから、事業の業績を製品別ではなく、顧客別に分析するという考え方が生まれる。この考え方に従って、本書でドラッカーが紹介しているユニバーサル・プロダクツ社(仮称)の分析事例を再検証してみたい。

 本書を読む限り、ユニバーサル・プロダクツ社は、一般消費者向けの主要な製品を10ほど持ち、全国の小売業者を通じて製品を販売しているメーカーであると推測される(もちろんこれは、ドラッカーが実在の企業を基にして、本書用に作成した架空のケースであるから、製品ラインナップなどはかなり簡素化されていると思われる)。BtoBビジネスであれば、顧客企業の情報を詳細に取得することが可能なので、顧客企業のセグメント別に売上と利益を算出することは比較的容易である。これに対し、BtoCビジネスの場合は通常、メーカーが最終消費者の情報を直接取得することができない。そこで、代替案として、販売チャネル(小売業者)のタイプ別に業績を分析するのが望ましいだろう。なぜなら、販売チャネルは、消費者の”購買代理人”としての機能を果たしているからだ。販売チャネル別の業績分析は、先ほどの引用文の最後にあった、「業績をもたらす領域とは・・・顧客や最終需要者を含む市場であり、流通チャネルである」という記述とも合致する。

 一般的に、販売チャネルのタイプ(規模、業態など)が異なれば、ターゲットとなる顧客層も、顧客に提供する価値も異なる(以前の記事「【第11回】販売チャネルを拡大する―ビジネスモデル変革のパターン」)。身近なを例を1つ挙げると、家電メーカー(特にパナソニック)は、大手の家電量販店と、昔ながらの地場企業という2タイプの販売チャネルを持っている。家電量販店は、比較的若くて価格に敏感な人々をターゲットとし、消費者は各社の最新のモデルやその一世代前のモデルなどをじっくりと見比べながら、自分のニーズに合った製品を、納得できる価格で購入しようとする。

 一方で、地場の販売店は、大手の家電量販店にはほとんど足を運ばないような、地域の高齢者層をターゲットとしている。高齢者層は最新モデルがどうだとか、新しい機能がどうだといったことはあまり気にしない。価格も安いに越したことはないけれども、それよりも家電が自分で難なく使えるようになるかどうかの方が重要である。そこでこうした地域の販売店は、家電の使い方を消費者にレクチャーするサービスに注力するようになる。このように、チャネルの種類が異なれば、ターゲット層と顧客価値も変わってくるのである。逆に、チャネルのタイプが違うのに、ターゲット層と顧客価値が重なっている場合は、チャネルの設計が間違っていると考えた方がよい。

 (続く)
May 01, 2012

【ドラッカー書評(再)】『創造する経営者』―ドラッカーの「戦略」を紐解く(5)〜イノベーションの7つの機会の原点

拍手してくれたら嬉しいな⇒
創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 これまで4回にわたってドラッカーの「戦略」を私なりに紐解いてきたけれども、ドラッカーの戦略論はさらにイノベーションへの広がりをも見せる。後の著書『イノベーションと企業家精神』でドラッカーが提唱した、イノベーションの「7つの機会」の原点を、本書の第11章に見ることができるのである(もちろん、【ドラッカー再訪】企画で『イノベーションと企業家精神』についても取り上げる予定。ただし、半年ぐらい先になるかも(汗))。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)
P.F.ドラッカー 上田 淳生

ダイヤモンド社 2007-03-09

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 ドラッカーのイノベーション論は、これまでの記事に私が手書きの図で掲載した「戦略策定プロセス」の冒頭にある、外部環境/内部環境分析の時間軸と範囲を大幅に拡張し、創造力を働かせることで導かれる。とりわけ、外部環境の中長期的な変化の兆候に着目しており、「すでに起こった未来」を利用して変化に適応するか、「すでに起こった未来」に乗じて自ら変化を創り出すことによって、イノベーションを引き起こすことが可能となる。そして、これこそが「企業家」の役割であるとドラッカーは主張する。
 今日の行動の基礎に、未来に発生する事象の予測を据えても無駄である。せいぜい望みうることは、すでに発生してしまった事象の未来における影響を見通すことだけである。(中略)試みうることは、適切なリスクを探し、時にはつくり出し、不確実性を利用することだけである。未来を築くための仕事の目的は、明日何をすべきかを決定することではなく、明日をつくるために、今日何をすべきかを決定することである。
 ドラッカーが『イノベーションと企業家精神』の中で体系化したイノベーションの7つの機会を以下に列記しておく(随分昔の記事になるが、「ドラッカーによるイノベーションの「7つの機会」」も参照)。ドラッカーによれば、(1)から(7)に行くにしたがって、イノベーションの難易度が上がるという。
(1)予期せぬことの生起。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事。
(2)ギャップの存在。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップ。
 a.業績ギャップ=製品やサービスに対する需要が順調に伸びているにもかかわらず業績が芳しくない場合。
 b.認識ギャップ=ある産業の内部にいる人たちがものごとを見誤り、現実について誤った認識を持っている場合。
 c.価値観ギャップ=生産者や供給者が提供していると思っている価値と、顧客が真に必要としている価値との間に違いが存在する場合。
 d.プロセス・ギャップ=何か1つの作業を行う一連のプロセスの中で、不安に感じたり困ったりする部分がある場合。

(3)ニーズの存在。
 a.プロセス・ニーズ=プロセス・ギャップから生じるニーズ。
 b.労働力ニーズ=労働力不足の懸念から生じるニーズ。製造業においてロボットが半熟練労働に取って代わるようになったのは、労働力ニーズの圧力があったためである。
 c.知識ニーズ=新しい知識を必要とする場合。それらの新しい知識は開発研究によって生み出される。

(4)産業構造の変化。
(5)人口構造の変化。
(6)認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
(7)新しい知識の出現。
 このうち、『創造する経営者』ですでに見られるイノベーションの機会の事例を順番に紹介してみたい。

(2)ギャップの存在。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップ。
 「b.認識ギャップ」と「d.プロセス・ギャップ」の両方にまたがる事例。
 製紙の工程は、原木の4分の1しか利用していない。原木の半分は、森に残してしまう。4分の1は、樹皮、葉、小枝、不純物として捨てている。しかし製紙メーカーが代価を払っているのは、原木そのものに対してである。その結果、製紙の原材料であるパルプは、例えば、石油精製の副産物として、事実上コストのかかっていないプラスチックの原料と比べ、高いコストがかかっている。もし、製紙の工程が、今日捨てている原木の4分の3を製品にすることを可能にするならば、紙のコストは大幅に安くなる。しかし、もしこれができなければ、多目的な材料としての紙も、やがてわずかな用途に限定されてしまうことになる。
 これと似たような例として、ドラッカーは戦後の製鉄業の製造プロセスにおける非効率性を挙げている(当然のことながら、これらはもう半世紀も前の話だから、今とは状況が全く違うであろう[この後に紹介する事例も同じ]。現在でも製紙業は衰えていないし、プラスチックは原油価格の高騰のあおりを受けてむしろ割高になっている)。ドラッカーは、組織内部、あるいは産業全体の構造的な弱みや制約にこそ、大きなイノベーションの機会が眠っていると主張する。

 そのような構造的な弱みについて、組織の関係者は、改善のために多大な努力をしてきたにも関わらず克服不可能だと口を揃えて言う(つまり、認識ギャップが存在する)。ところが、イノベーター(たいていは業界の外部から現れる)はそこに目をつけて、弱みをひっくり返す新たな事業を構想する。それと同じことを、組織内部の人間もしなければならない、いや組織内部の人間にもできるはずだ、とドラッカーは力説している。

(4)産業構造の変化。
 わずか一世代前には、あらゆる原料の流れが、その始点から終点に至るまで、それぞれ完全に別のものになっていた。例えば、木が原料となるのは紙だった。逆に、紙は木だけからつくられていた。同じことが、アルミ、石油、鉄鋼、亜鉛など、他の原材料にも言えた。それらの原材料からつくられる製品は、特定の一義的な最終用途をもっていた。しかし今日、原料の流れは、始点も終点も多様化している。例えば、木は紙だけではなく、多様な最終製品となっている。逆に、紙と同じ機能をもつものは、木だけでなく、多様な物質からつくることができる。(中略)

 こうしていまや、あらゆる素材産業が事業の変化を実感している。すでに多くの企業が、この変化に対し、対策を講じている。例えば、アメリカのある大手缶メーカーは、ガラス、紙、プラスチックの容器メーカーを買収している。
 産業構造の変化は、競争のルールを変え、業界のバリューチェーンにおけるバリューポジション(=利益が存在するプロセス)を移動させる。その変化にいち早く乗じ、競争のルールが自社に有利に働くように仕掛け、バリューポジションを自社に取り込むよう積極的に動いた企業が、新たな勝者となれる。

(5)人口構造の変化。
 人口構造の変化は、『イノベーションと企業家精神』では、3番目に難しいイノベーションの機会として位置づけられているが、本書では「まず第一に調べるべき領域」とされている。「人口の変化は、労働力、市場、社会的圧力、経済的機会の変化にとって最も基本的である」という。ドラッカーは、70年代後半にはアメリカの人口の過半数が35歳以下の若い人で占められるようになることに触れて、次のように述べている。
 彼らは、前例のない高い学歴をもつようになる。彼らの家庭の半分は、夫か妻のいずれかが大卒となる。ということは、労働人口における中心的な階層の考えが、今日とは違うものになるということである。例えば、電子機器メーカーに勤める若い技術者の家庭は、現在の所得に基づいて消費はしない。将来の所得と社会的地位に基づいて消費する。すなわち現在の所得は、消費の決定要因ではなく、制約要因となるにすぎない。
(6)認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
 これは(2)ギャップの存在のc.価値観ギャップと表現上は似ているものの、価値観ギャップが供給者と顧客の間のギャップを指しているのに対し、(6)認識の変化はもっと社会的な価値観の変化を意味する。
 かなり大胆でなければ、アメリカ社会において、いつ黒人が完全に平等な地位を得るかを予測することはできない。しかし、1962年と63年に起こったこと(※公民権運動の盛り上がりのこと)の結果として、アメリカでは、黒人のみならず、白人の側にも、人種問題についての新しい意識が生まれている。特に、少なくとも若者に関する限り、服従する黒人が過去のものとなったことは、すでに起こった事実である。
(7)新しい知識の出現。
 新しい知識の活用は、『イノベーションと企業家精神』では最も難易度が高いとされる。しかし、本書では新しい知識は「すでに起こった未来を探すべき第2の領域」に挙げられている。この辺りについては、本書を書いてから『イノベーションと企業家精神』を発表するまでの間に、ドラッカーの中で体系化と再整理が進んだのであろう。すなわち、「発見しやすい機会、誰にでも見つかる機会」と「利用しやすい機会、イノベーションにつなげやすい機会」は別物だということである。
 知識の領域における大きな変化であるにもかかわらず、ほとんどの企業が、まだ直接関係があるとは考えていないものの例として、行動科学の進歩がある。特に心理学の学習理論は、この30年の間に大きな発展を見せている。今日、企業活動には関係がないように見えるかもしれないが、そこにおいて得られた知識は、教育の形態だけでなく、教育と学習の機材、学校の設計と設備、さらには、企業内における研究活動の組織とマネジメントに対しても、大きな影響を与える。
 これまで見てきたように、ドラッカーのイノベーション論は、外部環境の中長期的な変化の兆しを捉える点に特徴がある。ただし、ここで1つの疑問が生じる。それは「変化を自ら創り出す」ことの重要性が強調されていながらも、実際には外部環境の変化そのものが、イノベーションの大半を規定しているのではないか?ということである。もちろん、外部環境の変化を企業家がどのように”解釈”するかによって、イノベーションはいかようにもなる可能性を秘めているのであろうが、外部環境が基点となっている点で、”半”決定論的なイノベーションであり、企業家自身の”内発的なアプローチ”によるイノベーションの構想が軽視されている気がする。

 事実、ドラッカーは次のように述べて、”内発的なアプローチ”に否定的な立場を取っているようだ。
 構想は、企業家的なものでなければならない。すなわち、事業上の行為と行動を通じて実現すべき構想でなければならない。それは、富を生む機会や能力についての構想でなければならない。それは、「未来の社会はどのようなものになるべきか」という社会改革家や、革命家や、哲学者の問いからは出てこない。未来をつくる企業家的な構想の基礎となるものは、「経済、市場、知識におけるいかなる変化が、わが社の望む事業を可能とし、最大の経済的成果を得る経営を可能にするか」という問いでなければならない。
 では、社会的な認識の変化をもたらし、イノベーションの機会の1つを提供した「公民権運動」は、果たして外部環境の変化を利用したものだったのだろうか?また、前述の引用文では紹介しなかったが、ドラッカーは、「偉大な企業家的イノベーションは、理論上の仮定を現実の事業に転換することで実現される」とも述べており、その一つとして、フランスの社会哲学者サン・シモンが構想した銀行の理論を、弟子であるペレール兄弟が実現させた例を挙げているけれども、サン・シモンの銀行の理論は、外部環境の変化に基づくものであったのだろうか?

 もちろん、当時の社会的な状況が、キング牧師やサン・シモンの構想に影響したのは事実であろう。だが、そこには彼らの内面的な探究、すなわち「アメリカ社会の望ましい姿とは何なのか?」、「資本主義を機能させるには、どのような金融システムが存在すべきか?」といった問いが発せられていたのではないだろうか?個人的には、ドラッカーのイノベーション論はこの点が弱い印象を受けた。後の『イノベーションと企業家精神』でこの辺りがどのように論じられているのか注目したい。