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November 15, 2009

いつの間にか消えた社内プロジェクトが増えると組織は危ない

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 一橋大学の沼上幹教授の著書『組織戦略の考え方−企業経営の健全性のために』には、組織が腐敗していく様々なケースが書かれていてとても面白い。「ルールの複雑怪奇化」とか「成熟事業部の暇な秀才」とか「スタッフの言葉遊び」とか。

沼上 幹
筑摩書房
2003-03
おすすめ平均:
ダメな組織ほど官僚制が機能不全
組織を診断する術
ポイント
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 私もそれに倣ってという訳ではないが、組織の危険信号を知らせるケースを1つ書いてみようと思う。それは、「いつの間にか消えた社内プロジェクト」である。

 多くの企業では、常に様々なプロジェクトが同時並行で進んでいる。新規事業戦略の立案や新商品の開発、業務プロセスの抜本的見直しといった社運をかけるようなビッグプロジェクトから、既存商品の改良、社内システムのユーザビリティ向上、受注率アップのための営業活動改善といった、どちらかというと日常業務の延長線上に位置づけられるプロジェクトまで、その種類は実にさまざまである。

 前者のような「緊急かつ重要なプロジェクト」の場合は、社運がかかっているのだから何が何でもやり通そうとするだろう。ただし、後者のような「緊急ではないが重要なプロジェクト」の場合、往々にして「いつの間にか立ち消え」という現象が起こる。

 最初は順調にスタートしたように見えても、やがて会議でのメンバーの発言量が減り、議題が上手く消化できなくなるという事態が発生する。すると、他に重要な仕事があるから、などともっともらしい理由をつけて会議を欠席するメンバーや、自分のタスクを期日までに終らせないメンバーが出てくる。こうした「ぐだぐだ感」はプロジェクト全体のモチベーション低下を招き、ついには定例の進捗会議すら開催されず、さしたる成果もないままにプロジェクト自体が消滅という結果に陥る。

 「いつの間にか消えた社内プロジェクト」が増えると、「どうせ新しいことをやってもまた何も変わらないんでしょ?」とか、「どうせ自分の仕事をやっても無駄に終るんだからいいや」という「どうせどうせ病」が社員の間に蔓延するようになる。これは非常に危険である。いざ「緊急かつ重要なプロジェクト」が始まっても、彼らがプロジェクトの足を引っ張る可能性が大きい。

 最大の原因は、「緊急ではないが重要なプロジェクト」がプロジェクトとしてきちんと社員に認識されていない点にあるのではないだろうか。先ほど例に挙げた既存製品の改良、社内システムのユーザビリティ向上、受注率アップのための営業活動改善といった業務には、わざわざ「○○プロジェクト」という名前をつけないことの方が多いように思う。「最近、営業の成約率が下がっているから、マネジャークラスの会議を開いて何か対策を考えて」といった柔らかいノリでスタートしてしまう。しかし、こうした業務もプロジェクトとして運営されなければならないはずだ。つまり、「目的・ゴールを決め、しかるべきメンバーを招集して、スケジュールに従い期限までに成果を出す」ということである。

 「緊急かつ重要なプロジェクト」の場合は、プロジェクトのゴールが明確に掲げられ、スケジュールもびしっと引かれて、プロジェクトの内容にふさわしいメンバーが集められる。一方、「緊急ではないが重要なプロジェクト」の場合は、優先度が低いということもあってかその辺りがいい加減になるケースがある。だから、「いつの間にか立ち消え」という事態を防ぐ第一のポイントは、プロジェクトのゴールとスケジュールをきちんと決めて、メンバーにそれを認識させることである。

 そしてもう1つは、「やり続けるのか、中止するのか」をはっきりさせることである。やり続ける上で重要なのは、「変革を組織に定着させる「武勇伝」の効力」でも少し書いたが、「短期的な成果」を大切にすることであろう。

 大規模なプロジェクトではないので、KPIを設定して成果を定量化する、などという大げさなことまでは難しいかもしれない。その場合、例えば「既存製品の改良」であれば、「営業が『売りやすくなった』と言ってくれる」とか、「お客様が『今度の製品は使いやすいね』とおっしゃってくれる」という小さな成功話をメンバーと共有する。また、何らかの改善策や施策の立案が目的となっている場合は、企画書の進捗や出来具合を可視化してメンバー間できめ細かく確認し合える状態にする。「プロジェクトが確かに進んでいる」という実感をメンバーに持たせるための何かしらの仕掛けを持つことが必要だ。

 もしプロジェクトを中止する場合は、その理由を明確にプロジェクト内外に発表する。その際、「このプロジェクトはどのような成果を想定していたのか?」、「その成果はなぜ出なかったのか?」をきちんと説明する。それだけでもだいぶ違うと思う。

 「そういえば、2、3ヶ月前に部長が鼻息荒く言っていた『プロモーションツールの見直し』の件ってどうなっているか知ってる?」、「うーん、最初ははりきって会議とかもやっていたらしいけど、最近は何も聞かないね。結局、下期も上期と同じ製品パンフレットを使うのかな?」、「また掛け声倒れだね。最初から解っていたけど(苦笑)」みたいな社員の噂は何とかして防ぎたいものである。
February 03, 2006

信頼とは何だ?(1)−信頼と放任は異なる

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 最近チームビルディングに関する論文を読む機会が多いのですが、たいてい次のような記述があります。

 「チームが優れたパフォーマンスを上げるためには、『信頼』を醸成することが重要である」

 確かに、その通りです。不信感の中で仕事をしてもろくなことがないということは私も経験がありますし、多くの人も体験したことがあるでしょう。しかし、この文章は正しいことは述べていますが、表面的な記述でしかないように思えます。

 そもそも、信頼の意味するところが曖昧です。私達があるチームに所属して信頼感を抱いているという場合、一体何をどのように信じているのでしょうか。信頼とは、いくつかの条件が満たされた時に生じる感情です。それならば信頼が醸成されるための条件とは何なのかを分析する必要があります。

 私達は通常、「あの人に任せておけば大丈夫だ」と思うことを信頼と呼びます。ところが、これはかなり不安定、不確実な感情です。脆く、崩れやすい信頼です。「あの人に任せておけば大丈夫だと思っていたのに…」という具合に、この種の信頼関係はしばしばいとも簡単に崩壊するものです。まさに「飼い犬に手を噛まれる」気持ちです。チームで仕事をする場合でも、あるメンバーに特定の仕事を任せ、進捗も順調だと聞いていたのに、実は全然その人の仕事が進んでいなくて、そこからチームが火を噴いてしまったという笑うに笑えない話は、プロジェクトマネジメントの分野でよく耳にする失敗談です。

 信頼を「あの人に任せておけば大丈夫だ」という「放任」程度で考えるのは不十分です。もちろん、人間の感情である以上、移り変わりは世の常であり、絶対に揺るがない信頼というものを100%保証できるわけではありません。ただし、信頼を可能な限り崩壊させず良好に保つことはできるし、そのための努力はするべきです。「放任」といった生ぬるい表現に甘んじることなく、信頼の中身を別の角度から眺める必要があります。(続く)
December 12, 2005

【ミニ書評】ハロルド・カーズナー著『カーズナーの実践プロジェクトマネジメント―ベストプラクティスの追求』

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カーズナーの実践プロジェクトマネジメント―ベストプラクティスの追求カーズナーの実践プロジェクトマネジメント―ベストプラクティスの追求
ハロルド カーズナー Harold Kerzner

生産性出版 2003-10

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 ハロルド・カーズナー著、伊藤健太郎訳。総合品質マネジメント(TQM)、コンカレントエンジニアリング、自己管理チーム、権限委譲(エンパワーメント)、リエンジニアリング、リスクマネジメントといったこれまでの様々なマネジメントプロセスを俯瞰した上で、それらの統合的なマネジメントシステムを構築し、プロジェクトに導入すべきだと主張する。卓越したプロジェクトマネジメントの各要素、すなわち「統合マネジメントプロセス」「文化」「マネジメントサポート」「教育訓練」「非公式のプロジェクトマネジメント」「卓越した行動」について概説している。