※2012年12月1日より新ブログに移行しました。自分で言うのもおこがましいですが、20代の頃に書いた本ブログよりも、30代に入ってから書いている現行ブログの方がはるかに中身が濃く、内容が多岐にわたり、面白いと思いますので、是非ご覧いただけるとありがたいです!
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August 06, 2011

『その幸運は偶然ではないんです』の要点をミスチル「終わりなき旅」の歌詞に乗せて(終)

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J.D.クランボルツ
ダイヤモンド社
2005-11-18
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 (前回からの続き。これで最後)

♪難しく考え出すと 結局全てが嫌になって
そっとそっと 逃げ出したくなるけど
高ければ高い壁の方が 登った時気持ちいいもんな
まだ限界だなんて認めちゃいないさ

 ロレイン(※本書の事例に登場する人物)が満足のいく仕事にたどりつくまでのキャリアの紆余曲折そのものは、間違った職業選択をしてしまったことにありました。彼女はキャリアの決断をしました―それはおそらくあまり賢くないやり方で、選択肢の幅も広くありませんでした。彼女は一年間ロースクールに通いました―。結果的にはダメでしたが、よくがんばりました。(中略)

 彼女は絶対に最後までやりぬくべきだというルールにそむくことに後ろめたさを感じていました。ほかのことにチャレンジしてもよいし、絶対的なルールなど存在しないのだとだれかに言ってもらう必要がありました。彼女は自分の信念に最初は苦しみましたが、徐々に自分を解放し、より満足のいく人生をつくるための行動を起こしました。
 一般的に、優れたビジネスパーソンやリーダーになるためには、明快なビジョンを描き、重要な決断を素早く下し、周囲の人々に歩むべき道を解りやすく示す能力が必要だとされる。こうした考え方の背後には、「物事はできるだけシンプルに整理した方が有益だ」という前提がある。

 これに対して、「難しく考えることは決して悪いことではない」という考え方に立って、興味深いリーダーシップ像を提示している研究者がいる。『静かなリーダーシップ』の著者であるジョセフ・バダラッコは、物事を難しく考えてしまうのは、その人の動機が複雑だからだと分析する。そしてその動機は、時に「支離滅裂だ」とさえ言う。だが、動機が複雑であるがゆえに、自分を取り巻く状況を、多面的な角度から解釈することが可能になる。複雑な動機は、「素早い決断が大事」というステレオタイプにはまって、行動を早まってしまうのを防いでくれるわけだ(※1)。

 このブログで取り上げるのは若干はばかられるけれども、タレントの山本太郎氏が、福島原発事故をめぐる政府、自治体、東京電力の対応をtwitterで批判し、事務所との契約を解除されてしまったのは、「行動を早まってしまった例」のように思える。山本氏はその後も”脱原発”の主張を強め、各地のデモ運動に参加したり、佐賀県知事との面会を求めたりしているようだが、当の本人はこの先のキャリアをどのように考えているのだろうか?役者人生を放棄してでも、自ら脱原発運動の先陣を突っ走る必然性があったのだろうか?

 もっとも、それこそクランボルツの計画的偶発性理論に従って、今回の契約解除を「偶然の出来事」と捉え、自分のキャリアをプラスに持っていく道は残っているだろう。実際、山本氏の一連の行動を称賛する人々もいる。ただ、個人的には山本太郎氏が今後もいいキャリアを歩めるかどうか、疑問の方が大きい。前回の記事で紹介した「中立期」がないままに、次のキャリアをスタートさせてしまったような気がしてならない。

♪時代は混乱し続け その代償を探す
人はつじつまを合わす様に 型にはまってく
誰の真似もすんな 君は君でいい
生きる為のレシピなんてない ないさ

 子供のときに、褒められたいからという理由で、たとえば医者になりたいと宣言したとすると、あなたの両親は、誕生日に実験キットをプレゼントしてくれたり、学校では科学クラブに入るように勧めたりするかもしれません。彼らの行動は善意であり、役に立つものかもしれませんが、あなたのもともとの宣言がそもそも逃げであり、もはやあなた自身にとっては何の意味もないかもしれない場合にも、彼らはあなたがその方向に進むことを期待して、プレッシャーを与える可能性があります。
 親や学校の先生からのアドバイスは、しばしば自分の進路や職業の選択に影響を与える。社会人になってからは、マネジャーや人事部からの指示によって、自分の仕事や役割が決まる。もちろん、周囲の人たちは、何らかの必要性があって、あるいは本人のためによかれと思って助言をしているわけだし、実際にそのような周りの声が、今までの自分になかった視点を提示してくれる。

 個人的な話で大変恐縮だが、私は自分で進学先の大学を決めたわけではない。高校入学直後のテストの点数がたまたまよくて、担任の先生との面談で、「この点数なら、X大学に行けるよ」と言われたからである。その先生が、何を根拠にそう言ったのかは、今となっては確かめようがない。入学直後の段階では、本人の努力次第でどこの大学にでも入れる可能性があるわけだから、ひょっとしたら先生は軽いノリでそう発言しただけかもしれない。

 とにかく、先生の言葉を聞くまでは、その大学に行くという選択肢は全く頭になかったし、自分の中では「地元の大学に行くんだろうなぁ」というぐらいの漠然としたイメージしかなかった。先生の一言がなければ、今の自分はないわけである。

 ただし、ここが難しいところだが、いつ何時も周囲の期待に素直に応えようとすると、引用文のように自分に過剰な負担がかかることもある。時には、周囲の声を押し切って、”自分なりのレシピ”を作って周囲に見せびらかした方がよいケースもあるわけだ。

 企業では、上司や人事担当者が、直接的に自分の業務内容や役割を規定する。さらに、企業が長年にわたって培ってきた固有の文化や風土が、間接的に特定の価値観や行動規範を押しつけることがある。一方で、個人の側にも、その人なりの価値観や考え方、行動パターンがあり、やりたいと望んでいる仕事がある。企業文化と個人のキャリアを両方とも研究したエドガー・シャインは、「組織には譲れないものがあるのと同様に、個人にも譲れないものがある」と述べている。言ってみれば、企業と個人は、絶妙な緊張関係の中でせめぎ合いを繰り広げているわけだ(※2)。

 どういう場合は周囲の声に従い、どういう場合は自分の基軸にのっとった行動をとればよいのか?という場合分けをすることは非常に難しい(※3)。ただ一つ言えることは、企業と個人の間にあるせめぎ合いのおかげで、企業は事業環境の変化に耐え、変化を乗り越えながら成長できるということである。

 仮に企業側の論理、とりわけ経営陣の論理に従って全社員の仕事が決まるとしたら、企業は経営陣が想定する範囲内でしか動かない。しかし、実際には、経営陣が予想だにしていないところで、新たなチャンスとなりうる市場が生まれ、逆に競合他社が自社の足元をすくおうと攻撃を仕掛けてくるものだ。

 経営陣にとって想定外の事態や変化を発見してくれるのは、往々にして経営陣以外の一般社員である。その理由の1つは、会議などで忙しく国内や世界を飛び回っている経営陣と、現場にずっと張りついている一般社員では、事業環境を観察できる時間の長さが違うから、という説明もできるだろう。だがそれ以上に、現場に近い社員は、彼ら自身のキャリアを形成している価値観や思考パターンに基づいて事業環境を見つめているため、経営陣とは異なる観点で目前の事象を解釈することがある、という要因の方が強いと私は思う。

 換言すれば、企業や経営陣が見ている世界と、一般社員が見ている世界は、微妙に異なるのだ。その差異から新たな戦略のヒントが生まれ、従来の業務プロセスや組織構造が見直され、昔からの慣行やルールが新しい現実に適合したものへと書き換えられる。こうして、企業は新たな成長の道を獲得するのである。

♪息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来へと夢を乗せて

閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
きっときっとって 君を動かしてる
いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしよう
もっと素晴らしいはずの自分を探して

胸に抱え込んだ迷いが プラスの力に変わるように
いつも今日だって僕らは動いてる
嫌な事ばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

 外的な障害も内的な障害も克服することができますが、私たちは自分の内側にあるもののほうがよりコントロールしやすいはずです。だから、まずはそこに努力の焦点を合わせましょう。重要なステップのひとつは、建設的な行動を助けるような、ポジティブな考え方を持つことです。
 人生を豊かで満足感のあるものにする考え方や行動を取り入れましょう。ブッカー・T・ワシントンの言葉を借りれば、「成功とは、たどり着いた地位よりも、むしろ成功を目指して克服してきた困難で測るべきだ」。
 企業と個人の間にある緊張感、せめぎ合いは企業の成長の源になると述べたが、逆の関係も成り立つ。すなわち、企業側や経営陣が提示する想定外の選択肢が、個人の成長の可能性を広げてくれるということだ。GEの現CEOジェフリー・イメルトは、30代前半に、当時のCEOジャック・ウェルチと人事を統括していたビル・コナティから、数百万個という不良冷蔵庫コンプレッサーの問題処理に当たるよう命じられた。

 イメルト自身には、家電についてもリコールについても何の経験がなかった。しかし、ウェルチと人事担当者が言うからには、拒否する理由など見当たらない。不慣れなクレーム対応をやりながら、イメルトは何とかこの職務を全うした。後になってイメルトは、「この厳しい試練がなければ、決してCEOになれなかっただろう」と述懐している(※4)。

 ウェルチがなぜイメルトを指名したのか、理由は定かではない。人事にはうるさいウェルチであるから、単なる直観でイメルトを抜擢したとは考えにくい(「経営には時に直観が必要だが、人事だけは直観で決めてはならない」というのがウェルチの持論(※5))。イメルト自身は認識していなかった「トリガースキル」(「前回の記事」を参照)を、ウェルチは見抜いていたのだろう。イメルトにとっては青天の霹靂だったが、結果的にはその時の経験が後々まで生きた。企業にとっても個人にとっても、「偶然の出来事」をどのように活かすかによって、その先の道は大きく変わるのである。

(※1)「大事なのはリーダーシップのスタイルじゃないということ−『静かなリーダーシップ』」を参照。
(※2)「エドガー・シャイン自身のキャリアがよく解る−『キャリア・デザイン・ガイド』」を参照。
(※3)一応、以前に、
 他人からのアドバイスにはどのくらい耳を傾ければいいんだろうか?―『リーダーへの旅路』
 今年読んだリーダーシップの本の中で最もしっくりきたよ(2)―『最前線のリーダーシップ』
という記事を書いてみたが、まだ自分の中でしっくりとこない部分は残っている。
(※4)ポール・ルネシュ、ティム・ブリーン著「持続的成長のS字曲線」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年8月号)

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(※5)清水勝彦著『経営の神は細部に宿る』(PHP研究所、2009年)

清水 勝彦
PHP研究所
2009-05-21
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August 05, 2011

『その幸運は偶然ではないんです』の要点をミスチル「終わりなき旅」の歌詞に乗せて(2)

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J.D.クランボルツ
ダイヤモンド社
2005-11-18
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 (前回からの続き)
♪閉ざされたドアの向こうに 新しい何かが待っていて
きっと きっとって 僕を動かしてる

 ある仕事に就くときには、まずその仕事のやり方を知っていないといけない、それが一般的に言われていることです。でも、とても成功したビジネス・ウーマンで、こんなことを言った人がいます。「どうすればいいかはじめからわかっている仕事を引き受けたことは一度もないわ」。もしはじめから仕事のやり方をわかっていたら、新しいことを達成するという満足感を得ることはないでしょう。人は、学校でも仕事でも、スポーツでも恋愛でも、初めてうまくいったときのことがよい思い出になっているものです。
 これはもう、歌詞そのままの意味。事前に完璧な計画を立てなければ前に進めないというのは、非現実的な考えだ。ただし、何でもやみくもにチャレンジすればOK、というわけでもないことは付け加えておきたい。

 引用文中の女性が言うように、新しい仕事に就く際に、必要な知識や能力を全て揃えておかなければならないとしたら、この世界で誰一人として新しい仕事を引き受けることはできない。とはいえ、新たな仕事で要求されるスキルを部分的に持っているか、新しい仕事に必要なスキルとの関連性が強い別のスキルを備えているか、どちらかの条件を満たしている必要はあると思う。こうしたスキルをトリガーとし、新しい業務を遂行しながら、欠けていたスキルを補っていくのである。

 これに対して、一番やってはいけないのは、「やる気」や「モチベーション」の高さだけを基準に、新しい仕事を選択することである。(過去の記事「「やりたいこと」と「得意なこと」のどちらを優先すればいいんだろう?―『リーダーへの旅路』」を参照)。特に、(私の限られたビジネス経験に基づく話ではあるが、)年齢が上がれば上がるほど、この点には気をつけなければならない。最初は意気揚々と新規のプロジェクトや部署、新しい職場に入ったものの、能力不足で思ったような成果が出なければ、本人の情熱も覚めてしまう。そうなると、周囲からは、「能力もやる気もない人」という、最悪のレッテルを張られてしまう。

 やる気やモチベーションは、周囲の環境によって簡単に左右される。それに比べると、スキルはそれほど大きく変動しない。一度身につけたスキルは、直接的であれ間接的であれ、そのスキルを必要とする仕事を続けている限り、簡単には衰えない。よって、新しい仕事を探している人は、自分の「トリガースキル」を十分に見極めた上で、そのスキルが活かせそうな仕事を探すのがベストである。と同時に、採用する側に立つ人事担当者は、応募者の熱意や応募者との性格的な相性ではなく、「トリガースキル」の有無によって、採用の可否を決定しなければならないと思うのである。

♪いいことばかりでは無いさ でも次の扉をノックしたい
もっと大きなはずの自分を探す 終わりなき旅

 人はたくさんの間違いを犯し、それでいいのだということをたぶんもう納得してくれていることでしょう。重要なのは、失敗にどのように対応するかです。自分の間違いを否定するか、それとも認めるか。同じ間違いを繰り返すか、それとも失敗から学ぶか。失敗に落ち込み、やる気をなくすか、それとも次はうまくやると決心するか。失敗への対応の仕方が、この世の中の違いのすべてなのです。
 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの2011年7月号が、「失敗からの学習」をテーマにした特集を組んでいるので、そちらをご参照ください。

 成功は周りのおかげ、失敗は自分のせい―『失敗に学ぶ人 失敗で挫折する人(DHBR2011年7月号)』
 だから「楽観主義」という言葉は好きになれない―『失敗に学ぶ人 失敗で挫折する人(DHBR2011年7月号)』
 結果とプロセスをバランスよく評価しよう―『失敗に学ぶ人 失敗で挫折する人(DHBR2011年7月号)』

♪誰と話しても 誰かと過ごしても 寂しさは募るけど
どこかに自分を必要としてる人がいる

 良好な人間関係を築き、それを維持する努力は、仕事での成功において重要なことです。電話や手紙、eメールなどを使って連絡を取り続けることで、自分が好きな人、尊敬する人との関係を維持することができます。彼らがあなたをどう評価するかは、あなたがどれだけ約束をきちんと果たし、信頼関係を大切にするかにかかっています。
 前回の「発達ネットワーク」とも関連するが、やはり仕事をやる上でモノを言うのは人間関係である。先日、元阪神タイガースの投手・伊良部氏が自殺したというショッキングなニュースが報じられたが、自殺直前の伊良部氏は、家族を日本に残して単身アメリカで生活しており(自殺の1か月前に離婚していた)、友人との連絡も途絶えがちだったという。

 「自分には野球しかない」と断言するほど野球への愛着が強かった伊良部氏が、もしも日本やメジャーの野球関係者に相談を持ちかけていれば、こんな道を選択しなくても済んだかもしれない。伊良部氏は、マスコミが描いていた破天荒な性格とは裏腹に、投球に関しては確固たる理論を持っていたと言われる。だから、どこかの球団のピッチングコーチとして招聘される可能性は、間違いなくあっただろう。2003年の阪神の優勝は、伊良部氏なしには考えられなかった。こんな訃報を聞くことになるとは・・・心よりご冥福をお祈りします。

♪憂鬱な恋に 胸が痛んで 愛されたいと泣いていたんだろう
心配ないぜ 時は無情な程に 全てを洗い流してくれる

 (※臨床心理士の試験に不合格した女性の事例) 「残念ながら、あなたは臨床心理士試験に不合格となりました」。私はその通知を読んで悲嘆にくれました。(中略)しばらくして気持ちが落ち着いてくると、私は自分のそれまでの人生を振り返ることにしました。周囲の人たちに話を聞いてもらいながら、自分がそれまでに経験してきたことの「好き」「嫌い」を見極め、自分の情熱や動機を見つめなおそうとしました。

 そこで考えたことは、私がそれまでで最も充実感を感じた経験のひとつで、大学で新入生のためのオリエンテーション・プログラムの運営に携わったときのことでした。(中略)そのときの充実感を思い出した私は、また似たような経験ができる仕事はないものかと考え、教育の場を提供する大学という組織を運営していく仕事は自分にどうだろうか?そんなふうに考えるに至りました。
 危機的な状況に陥ってキャリアが傷つくと、次の選択肢を早く打たなければならないと焦ってしまう。ところが、実は「空白の時間を持つ」というのも、キャリア形成においては非常に大切なのである。キャリア開発の研究では、あるキャリアの終焉と次のキャリアの開始の間にある空白期間のことを「中立期」と呼ぶ。

 中立期は、「過去のキャリアは、自分にとってどのような意味を持つものであったのか?」、「自分にとって本当に大切なものは何なのか?」、「次はどんなキャリアの選択肢があるのだろうか?」などについて、じっくりと考えるための時間だ。何かを失うことで初めて、人生の中で自分が何を重視しているのかに気づくこともある。それが中立期の意義である。もちろん、この過程で「発達ネットワーク」から支援を受けることが有益であることは言うまでもない。

 何かを諦めざるを得ない時こそ、大切な価値観に気づく

 組織学習の権威であるピーター・センゲとともに、「U理論」の研究と実践を重ねているジョセフ・ジャウォースキーは、「中立期」をどのように過ごし、それが新しいキャリアにどうつながっていったのかを教えてくれる好例である。

 キャリア開発の本としての『シンクロニシティ−未来をつくるリーダーシップ』
 民主型リーダーシップの本としての『シンクロニシティ−未来をつくるリーダーシップ』

 (まだ続くよ)
August 03, 2011

『その幸運は偶然ではないんです』の要点をミスチル「終わりなき旅」の歌詞に乗せて(1)

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J.D.クランボルツ
ダイヤモンド社
2005-11-18
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 先日の記事「気がついたら30歳になっていたよ」でクランボルツのこの本に言及したが、せっかくなのでもう少し内容を紹介したいと思う。クランボルツの「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory))」は、まず大前提として、「自分のキャリアを完璧に計画することは不可能だ」という立場をとる。その上で、自分の身に降りかかるありとあらゆる偶然の出来事(仕事とプライベートの両方を含む)をどのように解釈し、どのように行動するかによってその人のキャリアは変わる、というのがクランボルツの主張である。

 数年前に、クリントン元大統領の娘が、大学の卒業式で、将来のキャリアに関する綿密な計画をスピーチで披露したのだが、クランボルツはこれに対し、「キャリアが計画通りにいくことはない」と釘を刺したことがニュースになった記憶がある(URLが探し出せませんでした。スミマセン)

 本書は、様々な分野で活躍する人たちの体験談を交えつつ、計画的偶発性理論とはどのようなものかを解説したものである。とはいえ、計画的偶発性理論そのものはそれほど難しい内容ではないし、今日のタイトルにも書いたように、計画的偶発性理論のエッセンスは、私が最も尊敬するアーティストであるMr.Childrenの名曲「終わりなき旅」に全て含まれていると感じる(そのくらい、この曲は奥が深いということでもある)。というわけで、終わりなき旅の歌詞に乗せて、本書のポイントを紹介していこう。

≪2011年8月5日追記≫
 歌詞の引用と本書の引用の組み合わせではあまりに乱暴だということで(汗)、補足説明を追加しました。その結果、記事が長くなってしまいましたので、例のごとく途中で分割しました。


♪息を切らしてさ 駆け抜けた道を 振り返りはしないのさ
ただ未来だけを見据えながら 放つ願い

 今もし方向を変えてしまうと、それまでのトレーニングや経験に費やした年月が失われると多くの人は感じます。この問題の本質は、今あなたが何をしていようとも、過去の年月は過ぎ去ったものであるということです。

 問われるべき質問は、「これから先、どうしたら満足のいく人生を築くことができるか?」ということです。過去の経験はあなたに貴重な学びを与え、将来それを活用できるかもしれません。しかし、過去を守るべき投資だと考えると、身動きが取れなくなってしまいます。
 デビューから2年後の1994年に『CROSS ROAD』と『Innocent World』で一気に人気を集め、その後97年まで『マシンガンをぶっ放せ』を除く全てのシングルがミリオンセラーとなり、人気絶頂にあったミスチルは、97年春に突然、無期限の活動休止を宣言した。活動を休止したバンドが、そのままフェードアウトしていく例は過去にいくつもあったから、当時は「ミスチルもこのまま消えてしまうのかな?」と思っていたものだ。

 しかし、98年10月に、ミスチルはこの『終わりなき旅』で見事にカムバックを果たす。それだけでも嬉しかったのに、出だしにこのフレーズを持ってきたことは非常に衝撃的だった。あれだけの成功を収めながら、それを振り返らずに、新しい道を歩んでいくんだという、”新生ミスチル”の決意表明がこのフレーズには表れていたのである。

 人は、成功も失敗も引きずる傾向がある。成功体験の呪縛にあって時代の変化に気づかず、いつの間にか取り残されてしまった人や企業、反対に過去の失敗の奴隷となって別の道を探せず、結局は窮地に追い込まれてしまった人や企業の例は、探せばいくらでも出てくるだろう。過去は過去で重要ではあるけれども、過去だけにこだわらずに、未来に向けて視野を広げておくと選択肢が広がるし、思わぬ幸運が転がりこんでくることもあるのだ。

♪カンナみたいにね 命を削ってさ 情熱を灯しては
また光と影を連れて 進むんだ

 夢と現実が一致するとは限りません。不幸なことですが、それは事実です。その事実にどう対応すればよいでしょうか?ここにひとつの現実的な方法があります。夢を実際に試してみましょう。やってみて、どうなるか様子を見ましょう。ベストを尽くして、結果を評価しましょう。思いどおりにものごとが運ばなくても、必ず何らかの貴重な学びがあるはずです。
 先ほど成功と失敗について言及したが、クランボルツは、「そもそも100%の成功、100%の失敗というものはない」と述べている(この点については、以前の記事「成功は周りのおかげ、失敗は自分のせい―『失敗に学ぶ人 失敗で挫折する人(DHBR2011年7月号)』」も参照)。歌詞にある「光と影を連れて」という表現は、まさにこの点を指していると解釈できる。大事なのは「過去の事象」という客観的な要素そのものではなく、「その事象とどのように向き合うか?」という主体的な態度や行動様式、思考パターンなのである。

♪大きな声で 声をからして 愛されたいと歌っているんだよ
「ガキじゃあるまいし」自分に言い聞かすけど また答え探してしまう

 クラウディオ(※本書の事例に登場する人物)は、同じ道を通ってきた女性から励ましをもらいました。彼はその出会いを「偶然」と位置づけていますが、彼自身の人間関係構築の能力が、この励ましを受けることにおいて重要な役割を果たしています。彼の人生が変わったのはその女性のおかげだと彼は思っていますが、彼女を会話に巻き込み、共通の経験について話し合い、大学に行く可能性について話し合い、大学を受験することに関しても懐疑的な気持ちを乗り越え、受験するというリスクを取ったのは彼です。
 「大きな声で 声をからして 愛されたいと歌っているんだよ」という部分は、他者にもっと依存したいという願望を意味している。一方で、そんな自分に「ガキじゃあるまいし」と言い聞かせて、「人はもっと自立的でなければならない」と諭しているわけだ。

 「依存性」と「自立性」―この2つの要素は一見相反するようだが、実は一体不可分の関係にある。例えば、プロ野球選手は自らを「自立したプロフェッショナル」とみなしている。毎日厳しい練習を行い、心身のケアには人一倍気を遣う。球団との契約期間外である12月と1月も、自分でトレーニングメニューを組んで、2月のキャンプインまでに万全なコンディションを整えなければならない。こうした厳しい自己制御を自分に課していることこそが、プロ野球選手がプロである所以である。

 しかし、そんな自立的なプロ野球選手でも、チームから必要とされなければ試合に出場できないし、下手をすれば戦力外通告を食らってクビになってしまう。その意味では、プロ野球選手は球団に強く依存しているのである。

 これはビジネスの世界でも同じだ。どんなに能力が高く、やる気や情熱に満ちた自立的なビジネスパーソンでも、自分に役割を与え、働く環境を用意してくれる企業がなければ話にならない。だから、他人を頼りにすることは、決して恥ずかしいことでも女々しいことでもないのだ。キャリア開発の研究においては、このように自分のキャリア形成をサポートしてくれる人たちを「発達ネットワーク」と呼ぶ。自立的なキャリアを歩むために「発達ネットワーク」を構築することは、全く不自然なことではないのである。

 (続く)