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July 27, 2012

ドラッカーの言う「体系的廃棄」の製品開発版が必要かも―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-07-10

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 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年8月号のレビューは今回で最後。

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過去の失敗にも技術やアイデアの種がある 低予算イノベーションのすすめ(ランス・A・ベッテンコート、スコット・L・ベッテンコート)
 先日の記事「マーケティングも、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションに限定されてはならない―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』」でも触れた論文。先日の記事で紹介した部分とは違う箇所を引用。
 企業は最も要求が厳しい顧客にイノベーションの焦点を合わせる傾向がある。そのニーズに応えるため、よりよいパフォーマンスを提供できる次世代の製品・サービスを導入する。だが、その途中で奇妙な現象が起こる。最先端の製品・サービスが過剰設計となってしまい、多くの人々にとって価値が下がり始めるのである。

 そうした状況では、要求があまり厳しくない顧客向けに製品の機能を減らし、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンが言う「十分によい」製品をつくることで、企業は掌中のイノベーションの機会を見出すことができる。(中略)この戦略は好況時にも有効だが、景気が低迷し、顧客が出費を削ろうとする時期に、特に効果を発揮する。
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製造プロセスでの効率性は通用しない 製品開発をめぐる6つの誤解(ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン)
 企業が慣れ親しんでいるのは、製造や取引処理のような、変化に乏しく突発的な出来事などが起きない、繰り返しの多い業務である。このような業務は、リソース稼働率が上がっても粛々と作業が進む。業務量が5%増えれば、完了までの所要時間も5%伸びる。

 しかし、非定型の業務プロセスでは事情がまったく異なる。稼働率が向上するにつれて、所要時間が劇的に延びてしまうのだ。業務量を5%上積みしただけで、所要時間は100%も伸びかねない。
 著者が待ち行列理論に基づいて分析した結果によると、製品開発のような非定型プロセスでは、稼働率が80%から90%に上昇すると待ち時間が2倍以上になり、稼働率が90%から95%に上昇するとまたも倍増するという。『人月の神話』ではないが、面白い分析結果だと感じた。

人月の神話人月の神話
フレデリック・P・ブルックス Jr. 滝沢 徹

ピアソン桐原 2010-12-14

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 もう1つ印象に残った箇所を引用。
 製品開発チームは、「機能を増やすと顧客価値が高まり、減らすと顧客価値を台無しにする」と信じ込んでいるようである。そのせいで複雑きわまりない製品ができてしまう。(中略)

 ウォルト・ディズニーが、ディズニーランドの構想を練る時、ほかのアミューズメント・パークとは一線を画した。「乗り物やスナックの種類、駐車場の数をとにかく増やそう」という発想を退け、「来訪者に魔法にかかったような体験をしてもらうにはどうすればよいか」という壮大な問いと向き合ったのだ。

 当然、答えは一朝一夕には引き出せなかった。綿密な調査、たゆみない試行錯誤、ディズニーと顧客にとって「魔法にかかったような」が何を意味するかを深く理解するなど、多くのことが求められた。
 2つの論文が「過剰な製品機能を排除せよ」とアドバイスしているのが興味深い。私個人のことを基準にしてあれこれ論じるのはあまり好ましいことではないが、私の身の回りの製品でも使っていない機能はかなり多い。リビングにあるテレビは地デジに移行する数か月前に買い替えたけれども、ネット接続やデータ放送の機能は全くと言っていいほど使っていない。番組表閲覧の機能ですら、ほとんど使わない。単純にテレビを視聴し、録画するという、アナログ時代と変わらない使い方をしている。台所の電子レンジには、時間を手動でセットして温める通常の機能の他に、9つの標準メニューがついているものの、「冷凍食品の解凍」ボタンでさえめったに使わないし(手動で時間をセットしてしまう)、「ケーキ」のボタンなど触ったこともない。

 プライベート用のデスクトップ型パソコンは、数年前まで国内メーカーのものを使っていたが、いらないアプリケーションがプリインストールされているのが気に食わなかったので、海外の安いパソコンに買い替えた(Officeすら入っていないものを買った)。携帯電話は未だに5年前のドコモのモデルを使い続けており、その携帯でさえメインで使っているのは通話とメールだけで、iモードすらろくに使わない。よって、スマートフォンに買い替える動機はゼロである(もっとも、iPod Touchを持っているため、それで事足りるという事情もある)。

 携帯電話で1つ思い出したが、1年ぐらい前に、ある携帯電話のメーカーが電車広告で、「通話者の利用環境に応じて、携帯電話から聞こえる相手の音量・音質を自動調整する」機能をアピールしていた。その広告で謳われていたのは、周囲が騒がしい時、外を走っている時、新幹線に乗っている時など、通話者が置かれている環境を自動的に識別するという機能である。

 だが、周囲が騒がしい時はまだ解るとしても、外を走っている時にわざわざ電話をするだろうか?アポイントの時間に遅れそうで、急いで電話をかけた時ぐらいではないだろうか?また、新幹線でパソコンを使っている人はたくさん見かけるけれども、電話をしている人は私が見る限り100人中2、3人ぐらいではないだろうか?めったに使わないであろう機能が標準搭載され、その開発費が製品価格に転嫁されているとしたら、顧客にとってはただの損である。

 製品開発部門は、「新しい技術を搭載していなければ新製品ではない」と考えている節があるようだ。「自社で開発された技術でなければ採用しない」という傾向を「NIH(Not Invented Here)症候群」と呼ぶが、「新しい技術を搭載していなければ新製品ではない」と考える傾向を「NNT(Not New Technology)症候群」とでも呼ぼうか?しかし、新しい技術を使って”より多くの”顧客の問題を解決しようとすると、製品は機能過剰になり、かえって顧客の利便性が低下してしまう。

 重要なのは、”特定の”顧客が抱えている問題を解決する、というターゲティングの基本を守ることである。別の言い方をすると、顧客ターゲティングの条件を”OR”で広げていくのではなく、”AND”で絞り込んでいくことである。さらに過激な表現を使えば、「こういう顧客にはこの製品を使ってほしくない」という”逆ターゲティング”が明確になっていることである。

 ドラッカーは、事業のあらゆるプロセスを定期的に点検し、不要なプロセスを潔く捨て去ることを勧めた。これを「体系的廃棄」と呼ぶ。体系的廃棄では、「もしこの事業を今日一からやり直すと仮定した場合、そのプロセスを実行する必要があるか?」と問う。答えがNoならば、そのプロセスは捨て去るべきプロセスということになる。これと同じことを、製品開発においても定期的に実施する必要があるのかもしれない。すなわち、「もしこの製品を今日一から設計し直すと仮定した場合、その機能を実装する必要があるか?」と問うのである。
July 26, 2012

イノベーション戦略の70:20:10の法則、他―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』

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ダイヤモンド社 2012-07-10

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 それぞれの論文から印象に残った部分を引用。DHBRのレビューは本来、このぐらいライトな感じで収めたいというのが本音なんだけどね。ただし、今月号のレビューはあと1本続きます(苦笑)。

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資源配分の黄金比率 イノベーション戦略の70:20:10の法則(バンシー・ナジー、ジェフ・タフ)
 我々の調査で浮き彫りになった、卓越したイノベーション実績を誇る企業は、イノベーションに対する明確な展望を理路整然と説明できる。そして「中核的イニシアティブ」「隣接イニシアティブ」「転換的イニシアティブ」のバランスを事業全体で適正に保ち、これらさまざまなイニシアティブを、まとまりのある全体の一部としてマネジメントするツールとケイパビリティを備えている。
 前回の記事「マーケティングも、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションに限定されてはならない―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』」で紹介した論文。論文タイトルの「70:20:10の法則」とは、具体的には以下の内容を指す。
 我々は、製造系、ハイテク系、消費財系の各分野の企業を対象とする研究で、「中核的イニシアティブ」「隣接イニシアティブ」「転換的イニシアティブ」に対する特定の資源配分比率と、株価で評価したパフォーマンスの向上に、有意な相関があるかどうかを調査した。その結果、データからある1つのパターンが明らかになった。イノベーション活動の約70%を中核的イニシアティブに、20%を隣接イニシアティブに、10%を転換的イニシアティブに割り振る企業は、同業他社のパフォーマンスを上回り、概して10〜20%高いPER(株価収益率)を達成していた。
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グローカリゼーションとは明らかに異なる リバース・イノベーション 実現への道(ビジャイ・ゴビンダラジャン)
 グローカリゼーションは、途上国市場の最上位セグメント、すなわち、先進国と同様のニーズと資力を持つ購入者には効果的であることがわかっている。だが、新興国市場における成長の機会のほとんどは、最上位ではなく中位以下の市場にある。これらの顧客ニーズは、先進諸国の中位以下の顧客ニーズと大きく食い違っている。

 そこで出現したのが、次のような考え方から始める新しいアプローチである。「新興国市場で成功したいなら、新興国市場のためのイノベーションが必要だ」。しかし、話はそれで終わりではない。グローバル経済はいまや緊密につながっており、新興国市場向けのイノベーションは他の市場にも流用できる。そこには、先進国市場も含まれる。だからこそ、企業はリバース・イノベーションの思考様式を身につけなければならない。
 論文では、オーディオ・メーカーであるハーマン・インターナショナルが車載インフォテインメント部門でリバース・イノベーションを達成した事例が紹介されている。同社の中核製品は高級車向けであるが、インド人と中国人を中心メンバーとするリバース・イノベーションのプロジェクトは、既存製品と機能的にはほぼ同じでありながら、コストは3分の1、価格は半分という新製品を生み出した。

 先日の記事「中小企業白書(2012年)に対する疑問―中小企業の強み「短納期・小ロット」は海外展開では弱み」とも関連するが、中小企業が新興国に進出する際には、何かにつけ高付加価値戦略が推奨される。『中小企業白書』では、今年度版も含めて毎年のように高付加価値戦略が成功事例として取り上げられている。だが、本当に成功したければ、新興国の中間層を狙うべきではないだろうか?

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ニトリ、ワールド、ポイントの事例に学ぶ 模倣からイノベーションが生まれる(井上達彦)
 価値の新奇性という面でも、業種を超える結びつきという面でも、「遠さ」が1つのカギとなる。遠い世界からの模倣こそが仕組みのイノベーションを引き起こす。(中略)

 近いところの模倣では同質化が進んでしまう。特に仕組みの模倣の場合、近くの競合からだとノウハウの獲得の面で倣うのが難しく、不完全な模倣に陥るか、うまくやれても追いつくのがやっとである。逆に、遠い世界からの模倣は、みずからが依って立つ業界・地域の境界、すなわち「本業の縁」に相当する場所へと企業を誘い出してくれる。「イノベーションは辺境から」ともいわれるが、本業から近すぎると新しい結合は見出しがたい。遠い世界からの模倣こそが適度な遠心力を生み出し、新しい市場や意外な結びつきを見出す機会を高めてくれるのである。
 ニトリは、地理的に遠いアメリカのチェーンストアからチェーンストア・オペレーションの極意を見て取り、業界的に遠い自動車業界(特にホンダ)から品質管理のノウハウを吸収した。さらに、セブン・イレブンやイトーヨーカ堂からも、商品管理の方法や業務の効率化の方法を学んでいるという。

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飛躍的新製品を設計する秘訣 ひらめきは組織的に生み出せる(ロベルト・ベルガンティ)
 新たな技術が登場すると、ほとんどの企業は限定的なイノベーション、すなわち単なる「技術の置き換え」だけに関心を向ける。「従来の技術の代わりに新技術を使えば、既存の顧客ニーズに対し、もっと適切に対応することが可能となるだろう」と考えるのだ。

 一方、テクノロジー・エピファニ―(※「エピファニー」=物事の本質を見抜く洞察力を意味し、一般的には独創的な天才による突然かつ直観的なひらめきであると理解される。ただし、論文の著者は、テクノロジー・エピファニーは戦略的・組織的に開発可能だとしている)を追求する企業は次のように自問する。「この技術を使って、現在我々が提供しているものよりも価値があると顧客が考えるような、新しい製品やサービスを開発できないだろうか。既存のニーズを超越して、製品を購入するためのまったく新しい理由を顧客に与えることが可能だろうか」と。
 論文ではフィリップス・エレクトロニクスの「AEH」(Ambient Experience for Healthcare:医療のための周辺環境経験)システムの事例が紹介されている。AEHはLEDディスプレー、アニメ動画、RFIDセンサー、音響制御システムなど複数の技術を駆使して、病院でCTスキャン、MRIなどの検査を受ける患者がリラックスできる環境を作り出すものである。

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特許件数だけでは測れない R&D投資を最適化する指標(アン・マリー・ノット)
 経済学の分野では何年も前から資本と労働力の生産性、すなわち、このどちらかを増やした場合の限界価値の変化が計算されてきた。R&Dの生産性もこれと同じ方法で算出できる。(中略)

 基本的にこの公式は、企業のインプット(どれだけ投資するか)とアウトプット(その企業の売上高)の間の関係を明らかにするものである。通常この計算には、2つのコスト、すなわち資本と労働力(人件費)を使う。当然ながらこれだけで売上高が決まるわけではない。この公式を拡大して、もう1つの主要なインプット、すなわちR&D支出を計算に含めることについて、異議をはさむ経済学者はほとんどいないだろう。

 標準的な回帰分析を使った計算により、これらのインプットがそれぞれアウトプット創出においてどれほど生産的であるかがきわめて正確にわかるようになる。たとえば、企業がR&D支出を1%増やすと、売上高がどれだけ増えるのかも把握できる。
 論文の著者が特許件数などに代わる指標として提唱しているのが「R&D指数」(RQ:Research Quotient)である。著者の分析によると、アメリカの上場企業のRQの値、すなわちR&Dの生産性が10%上昇すると、株式時価総額は1.1%増加するという。アメリカの上場企業のうち上位20社が、RQ手法を使って2010年度のR&D投資を最適化していたら、株式時価総額は全体で1兆ドル増えていたらしい。

 これは本当かどうかやや眉唾物。DHBRは学術誌ではないから、RQの具体的な算出方法が論文には記載されておらず、その妥当性を検証することができない。この点がDHBRの弱みでもある。2011年のアメリカの上場企業の時価総額は合計約16.8兆ドル(※)であり、アメリカの上場企業約1万5,000社のうち上位20社がR&Dを最適化しただけで、時価総額が約6%も増加するというのはにわかに信じがたい。


(※)「S&P500指数(構成企業と割合)」(海外投資データバンク)の記述を基に計算。
July 25, 2012

マーケティングも、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションに限定されてはならない―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-07-10

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 前回の続き。前回はマーケティングとイノベーションの違いを私なりに述べてみたが、前回の記事の冒頭に書いた「イノベーションがマーケティングの領域を侵食している」というのは、例えば「資源配分の黄金比率 イノベーション戦略の70:20:10の法則」(バンシー・ナジー、ジェフ・タフ)の次の記述から感じ取れる。
 我々の調査で浮き彫りになった、卓越したイノベーション実績を誇る企業は、イノベーションに対する明確な展望を理路整然と説明できる。そして「中核的イニシアティブ」(※既存の顧客向けに既存の製品を最適化する)「隣接イニシアティブ」(※既存の事業から「自社にとって新しい」事業へと拡大する)「転換的イニシアティブ」(※ブレークスルー製品を開発し、まだ存在しない市場に向けた創出を行う)のバランスを事業全体で適正に保ち、これらさまざまなイニシアティブを、まとまりのある全体の一部としてマネジメントするツールとケイパビリティを備えている。
 「転換的イニシアティブ」はまさしくイノベーションだと思う反面、「中核的イニシアティブ」や「隣接イニシアティブ」はマーケティングの話なのではないか?と思うわけだ。また、「過去の失敗にも技術やアイデアの種がある 低予算イノベーションのすすめ」(ランス・A・ベッテンコート、スコット・L・ベッテンコート)の著者は、
 ほとんどの経営者は、イノベーションは100%新しいものでなければならない、と考える。理想的には世界中でだれも見たことがないものであり、最低でも、その企業にとって新しいものでなければならない。だが、たいていの企業では、過去の取り組みのなかにイノベーションや市場開拓の機会が眠っている。このイノベーション予備軍こそ、ことわざ「掌中の一羽は、叢中の二羽に値する」の一羽である。
と述べ、具体的な方法として、(1)販売に至らなかった案件を振り返る、(2)実際に販売されたものの、その特徴が十分に市場に受け入れられなかった製品を再評価する、(3)販売データの想定外の動きに着目し、顧客への提案方法を見直す、(4)バンドリング(補完的な製品との組合せ)を分解し、要素を独立させる、(5)顧客のワークフローから、バンドリングの機会を探る、(6)標準ユーザ向けに過剰設計を見直す、という6つの方法を提案しているが、事例を含めてよく読むと新製品開発のヒント集のようなものであり、必ずしもイノベーションと呼べるものばかりではないと感じた。

 要するに、自社にとって新しければ何でもイノベーションと呼んでいるだけのような気がしてならないのである。イノベーションに関する定義が私とDHBRで違うだけだと言ってしまえばそれまでなのだが、イノベーションにあまりにもいろんなものが流れ込んでしまっており、概念が希薄化する恐れがある。

 新しいければ何でもイノベーションと呼ぶ傾向は、何に対しても「戦略的」という言葉をくっつける傾向に似ている。戦略的マネジメント、戦略的マーケティング、戦略的管理会計、戦略的チームビルディング、戦略的リーダーシップ、戦略的交渉術、戦略的コミュニケーション、戦略的コミットメント、戦略的イノベーション(!)といった具合だ。ここまで「戦略的」という言葉が多用されると、「戦略的」=「よく考え抜かれた」ぐらいの意味しか持たず、戦略が本来有する意味合い、すなわち、企業がどの顧客に対して、どんな価値を、どのような差別化された手段で提供するのか?という意味合いからかけ離れてしまう。

 イノベーションによって領域が侵食されているマーケティングの方はというと、それはそれでまた1つ別の問題を抱えていると私は考える。AMA協会(アメリカマーケティング協会)は2007年にマーケティングの定義を改訂し、「マーケティングとは、組織とその利害関係者の利益となるように、顧客に価値を創造・伝達・流通し、顧客との関係を管理するための組織的な機能や一連の過程である」とした。ところが、その後のソーシャルメディアの登場によって、「顧客との関係を管理する」という部分が強調され、しかもソーシャルメディアを通じた「コミュニケーション」ばかりがクローズアップされる傾向があるように思える。

 さらにそのコミュニケーションも、「顧客に価値を創造・伝達・流通」するというマーケティングの本質から外れて、ややもすると”奇をてらった”コミュニケーションがよしとされているようにも思える。別の言い方をすれば、多少の過剰演出をも恐れず、顧客の興味を引いた人が勝ち、という理屈が働いていると感じるのである。その代表的な手法を、私は勝手に「3”じょう”マーケティング」と名づけた。

 例えば、アメリカのあるホテルは、パリス・ヒルトンが薬物所持で逮捕された際、同ホテルに彼女が立ち入ることを禁じる記事を自社ブログにアップした。すると、パリス・ヒルトンの逮捕を報じたネット上の記事のうち、約5,000本が同ホテルに言及し、ホテルの知名度が飛躍的に上がったというのである(田中正道著『ボイス―ソーシャルの力で会社を変える』[日本経済新聞出版社、2012年])。人々の関心が高いニュースに乗じて、自社のブランドや製品をPRするこの手法を、「便乗マーケティング」と呼ぶことにしよう。

ボイス ソーシャルの力で会社を変えるボイス ソーシャルの力で会社を変える
田中 正道

日本経済新聞出版社 2012-04-26

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 2つ目はネット上の炎上をわざと誘発して、人々の注目を集めると言う「炎上マーケティング」である。最近も、何かの映画の原作者が映画の出来を酷評したことで炎上が発生し、それがYahoo!で記事になっていた(面倒くさいのでどの記事だったか探すのは止めた。まぁ、Yahoo!に釣られた時点で私の負けなのだが・・・)。炎上マーケティングは、「そこまで酷いと評判ならば、試しに1度ぐらい買ってみようじゃないか」という心理に働きかける手法である。

 炎上マーケティングが敵対的であるのに対し、3番目に取り上げる手法は同情的なものである。去年だったと思うが、客が全く入らないことをtwitterでつぶやいていたとあるエスニック料理店が、これもまたYahoo!に取り上げられて知名度が上がり、客が入るようになったという出来事があったと記憶している(すごいあやふやな記述・・・)。また、今年になってからは、あるIT系ベンチャー企業が自社の赤字決算をプレスリリースで公開し、このままではサービス停止になってしまうと赤裸々に告白したことが話題になった。

 ゲーリー・スペンス著『議論に絶対負けない法』(三笠書房、2012年)によれば、人は相手が望んでいるものを率直に求められると、たいていの場合はノーと言いにくいのだという。同書では、著者がロンドン滞在中に訪れた市場で、ある農家の老人から「だんな、わしの野菜買ってくだせぇよ。お金が必要なんでさ」と言われ、思わずニンジンを1袋買ってしまったエピソードが紹介されている。エスニック料理店やIT系ベンチャー企業の例もこれと似ている。とどのつまり彼らは「うちの製品やサービスを買ってくれ」と切実にアピールしているのである。その切実さに胸を打たれた人たちは、エスニック料理店に足を運び、ITサービスを利用する。このように人の情に訴える手法を「人情マーケティング」と名づけよう。

議論に絶対負けない法: 欲しいものを手に入れる「必勝のセオリー」議論に絶対負けない法: 欲しいものを手に入れる「必勝のセオリー」
ゲーリー・スペンス 松尾 翼

三笠書房 2012-02-17

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 以上、「便乗マーケティング」、「炎上マーケティング」、「人情マーケティング」の3つを合わせて、「3”じょう”マーケティング」と命名したわけである。ただし、「3”じょう”マーケティング」によって一時的に知名度を上げることはできても、その効果が長続きするかどうかはかなり不透明である。ソーシャルメディアを使ったマーケティングの本質は、もっと別のところにあるはずだ。さらに、根本に立ち戻れば、ソーシャルメディアを使ったマーケティングは、マーケティングのごく一部に過ぎないことを忘れてはならない(今回の記事の後半は、DHBRの内容とは全く関係ないな(汗))。

 (続く)