Top > イノベーション アーカイブ
May 02, 2012

【ドラッカー再訪】書評一覧(随時追加予定)

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 20代前半に背伸びして読んだドラッカーの数々の著書を、30代に入った今、改めて読み直してみようということで、2012年3月から始めた個人的な企画。基本的に、1ヶ月に1冊ずつ書評を書く予定。現在までにアップ済みの記事を一覧化しておく。

《2012年3月》
ドラッカー名著集1 経営者の条件ドラッカー名著集1 経営者の条件
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 「マネジメント」を万人に開いた1冊―『経営者の条件』
 「強みに集中せよ」と言っても、エグゼクティブに求められる能力は広く深い(1)―『経営者の条件』
 「強みに集中せよ」と言っても、エグゼクティブに求められる能力は広く深い(2)―『経営者の条件』
 組織を、世界を変えていく能動的なエグゼクティブ像にはあまり触れられずとの印象―『経営者の条件』


《2012年4月》
創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 「戦略」以外にも「コア・コンピタンス」「ABC(活動基準原価)」などの先駆けとなった著作―『創造する経営者』
 ドラッカーの「戦略」を紐解く(1)〜事業の「暫定的な診断」の概要―『創造する経営者』
 ドラッカーの「戦略」を紐解く(2)〜「暫定的な診断」への個人的疑問―『創造する経営者』
 ドラッカーの「戦略」を紐解く(3)〜一般的な戦略策定プロセスに沿って整理―『創造する経営者』
 ドラッカーの「戦略」を紐解く(4)〜外部環境/内部環境アプローチの両方を包含する戦略論―『創造する経営者』
 ドラッカーの「戦略」を紐解く(5)〜イノベーションの7つの機会の原点―『創造する経営者』
 事業を製品別ではなく、顧客別に分析する方法を提案したい(1)―『創造する経営者』
 事業を製品別ではなく、顧客別に分析する方法を提案したい(2)―『創造する経営者』


《2012年5月〜6月予定》
ドラッカー名著集2 現代の経営[上]ドラッカー名著集2 現代の経営[上]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools>


《2012年6月〜7月予定》
ドラッカー名著集3 現代の経営[下]ドラッカー名著集3 現代の経営[下]
P.F.ドラッカー

ダイヤモンド社 2006-11-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools
May 01, 2012

【ドラッカー再訪】ドラッカーの「戦略」を紐解く(5)〜イノベーションの7つの機会の原点―『創造する経営者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 これまで4回にわたってドラッカーの「戦略」を私なりに紐解いてきたけれども、ドラッカーの戦略論はさらにイノベーションへの広がりをも見せる。後の著書『イノベーションと企業家精神』でドラッカーが提唱した、イノベーションの「7つの機会」の原点を、本書の第11章に見ることができるのである(もちろん、【ドラッカー再訪】企画で『イノベーションと企業家精神』についても取り上げる予定。ただし、半年ぐらい先になるかも(汗))。

イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集)
P.F.ドラッカー 上田 淳生

ダイヤモンド社 2007-03-09

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 ドラッカーのイノベーション論は、これまでの記事に私が手書きの図で掲載した「戦略策定プロセス」の冒頭にある、外部環境/内部環境分析の時間軸と範囲を大幅に拡張し、創造力を働かせることで導かれる。とりわけ、外部環境の中長期的な変化の兆候に着目しており、「すでに起こった未来」を利用して変化に適応するか、「すでに起こった未来」に乗じて自ら変化を創り出すことによって、イノベーションを引き起こすことが可能となる。そして、これこそが「企業家」の役割であるとドラッカーは主張する。
 今日の行動の基礎に、未来に発生する事象の予測を据えても無駄である。せいぜい望みうることは、すでに発生してしまった事象の未来における影響を見通すことだけである。(中略)試みうることは、適切なリスクを探し、時にはつくり出し、不確実性を利用することだけである。未来を築くための仕事の目的は、明日何をすべきかを決定することではなく、明日をつくるために、今日何をすべきかを決定することである。
 ドラッカーが『イノベーションと企業家精神』の中で体系化したイノベーションの7つの機会を以下に列記しておく(随分昔の記事になるが、「ドラッカーによるイノベーションの「7つの機会」」も参照)。ドラッカーによれば、(1)から(7)に行くにしたがって、イノベーションの難易度が上がるという。
(1)予期せぬことの生起。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事。
(2)ギャップの存在。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップ。
 a.業績ギャップ=製品やサービスに対する需要が順調に伸びているにもかかわらず業績が芳しくない場合。
 b.認識ギャップ=ある産業の内部にいる人たちがものごとを見誤り、現実について誤った認識を持っている場合。
 c.価値観ギャップ=生産者や供給者が提供していると思っている価値と、顧客が真に必要としている価値との間に違いが存在する場合。
 d.プロセス・ギャップ=何か1つの作業を行う一連のプロセスの中で、不安に感じたり困ったりする部分がある場合。

(3)ニーズの存在。
 a.プロセス・ニーズ=プロセス・ギャップから生じるニーズ。
 b.労働力ニーズ=労働力不足の懸念から生じるニーズ。製造業においてロボットが半熟練労働に取って代わるようになったのは、労働力ニーズの圧力があったためである。
 c.知識ニーズ=新しい知識を必要とする場合。それらの新しい知識は開発研究によって生み出される。

(4)産業構造の変化。
(5)人口構造の変化。
(6)認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
(7)新しい知識の出現。
 このうち、『創造する経営者』ですでに見られるイノベーションの機会の事例を順番に紹介してみたい。

(2)ギャップの存在。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップ。
 「b.認識ギャップ」と「d.プロセス・ギャップ」の両方にまたがる事例。
 製紙の工程は、原木の4分の1しか利用していない。原木の半分は、森に残してしまう。4分の1は、樹皮、葉、小枝、不純物として捨てている。しかし製紙メーカーが代価を払っているのは、原木そのものに対してである。その結果、製紙の原材料であるパルプは、例えば、石油精製の副産物として、事実上コストのかかっていないプラスチックの原料と比べ、高いコストがかかっている。もし、製紙の工程が、今日捨てている原木の4分の3を製品にすることを可能にするならば、紙のコストは大幅に安くなる。しかし、もしこれができなければ、多目的な材料としての紙も、やがてわずかな用途に限定されてしまうことになる。
 これと似たような例として、ドラッカーは戦後の製鉄業の製造プロセスにおける非効率性を挙げている(当然のことながら、これらはもう半世紀も前の話だから、今とは状況が全く違うであろう[この後に紹介する事例も同じ]。現在でも製紙業は衰えていないし、プラスチックは原油価格の高騰のあおりを受けてむしろ割高になっている)。ドラッカーは、組織内部、あるいは産業全体の構造的な弱みや制約にこそ、大きなイノベーションの機会が眠っていると主張する。

 そのような構造的な弱みについて、組織の関係者は、改善のために多大な努力をしてきたにも関わらず克服不可能だと口を揃えて言う(つまり、認識ギャップが存在する)。ところが、イノベーター(たいていは業界の外部から現れる)はそこに目をつけて、弱みをひっくり返す新たな事業を構想する。それと同じことを、組織内部の人間もしなければならない、いや組織内部の人間にもできるはずだ、とドラッカーは力説している。

(4)産業構造の変化。
 わずか一世代前には、あらゆる原料の流れが、その始点から終点に至るまで、それぞれ完全に別のものになっていた。例えば、木が原料となるのは紙だった。逆に、紙は木だけからつくられていた。同じことが、アルミ、石油、鉄鋼、亜鉛など、他の原材料にも言えた。それらの原材料からつくられる製品は、特定の一義的な最終用途をもっていた。しかし今日、原料の流れは、始点も終点も多様化している。例えば、木は紙だけではなく、多様な最終製品となっている。逆に、紙と同じ機能をもつものは、木だけでなく、多様な物質からつくることができる。(中略)

 こうしていまや、あらゆる素材産業が事業の変化を実感している。すでに多くの企業が、この変化に対し、対策を講じている。例えば、アメリカのある大手缶メーカーは、ガラス、紙、プラスチックの容器メーカーを買収している。
 産業構造の変化は、競争のルールを変え、業界のバリューチェーンにおけるバリューポジション(=利益が存在するプロセス)を移動させる。その変化にいち早く乗じ、競争のルールが自社に有利に働くように仕掛け、バリューポジションを自社に取り込むよう積極的に動いた企業が、新たな勝者となれる。

(5)人口構造の変化。
 人口構造の変化は、『イノベーションと企業家精神』では、3番目に難しいイノベーションの機会として位置づけられているが、本書では「まず第一に調べるべき領域」とされている。「人口の変化は、労働力、市場、社会的圧力、経済的機会の変化にとって最も基本的である」という。ドラッカーは、70年代後半にはアメリカの人口の過半数が35歳以下の若い人で占められるようになることに触れて、次のように述べている。
 彼らは、前例のない高い学歴をもつようになる。彼らの家庭の半分は、夫か妻のいずれかが大卒となる。ということは、労働人口における中心的な階層の考えが、今日とは違うものになるということである。例えば、電子機器メーカーに勤める若い技術者の家庭は、現在の所得に基づいて消費はしない。将来の所得と社会的地位に基づいて消費する。すなわち現在の所得は、消費の決定要因ではなく、制約要因となるにすぎない。
(6)認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
 これは(2)ギャップの存在のc.価値観ギャップと表現上は似ているものの、価値観ギャップが供給者と顧客の間のギャップを指しているのに対し、(6)認識の変化はもっと社会的な価値観の変化を意味する。
 かなり大胆でなければ、アメリカ社会において、いつ黒人が完全に平等な地位を得るかを予測することはできない。しかし、1962年と63年に起こったこと(※公民権運動の盛り上がりのこと)の結果として、アメリカでは、黒人のみならず、白人の側にも、人種問題についての新しい意識が生まれている。特に、少なくとも若者に関する限り、服従する黒人が過去のものとなったことは、すでに起こった事実である。
(7)新しい知識の出現。
 新しい知識の活用は、『イノベーションと企業家精神』では最も難易度が高いとされる。しかし、本書では新しい知識は「すでに起こった未来を探すべき第2の領域」に挙げられている。この辺りについては、本書を書いてから『イノベーションと企業家精神』を発表するまでの間に、ドラッカーの中で体系化と再整理が進んだのであろう。すなわち、「発見しやすい機会、誰にでも見つかる機会」と「利用しやすい機会、イノベーションにつなげやすい機会」は別物だということである。
 知識の領域における大きな変化であるにもかかわらず、ほとんどの企業が、まだ直接関係があるとは考えていないものの例として、行動科学の進歩がある。特に心理学の学習理論は、この30年の間に大きな発展を見せている。今日、企業活動には関係がないように見えるかもしれないが、そこにおいて得られた知識は、教育の形態だけでなく、教育と学習の機材、学校の設計と設備、さらには、企業内における研究活動の組織とマネジメントに対しても、大きな影響を与える。
 これまで見てきたように、ドラッカーのイノベーション論は、外部環境の中長期的な変化の兆しを捉える点に特徴がある。ただし、ここで1つの疑問が生じる。それは「変化を自ら創り出す」ことの重要性が強調されていながらも、実際には外部環境の変化そのものが、イノベーションの大半を規定しているのではないか?ということである。もちろん、外部環境の変化を企業家がどのように”解釈”するかによって、イノベーションはいかようにもなる可能性を秘めているのであろうが、外部環境が基点となっている点で、”半”決定論的なイノベーションであり、企業家自身の”内発的なアプローチ”によるイノベーションの構想が軽視されている気がする。

 事実、ドラッカーは次のように述べて、”内発的なアプローチ”に否定的な立場を取っているようだ。
 構想は、企業家的なものでなければならない。すなわち、事業上の行為と行動を通じて実現すべき構想でなければならない。それは、富を生む機会や能力についての構想でなければならない。それは、「未来の社会はどのようなものになるべきか」という社会改革家や、革命家や、哲学者の問いからは出てこない。未来をつくる企業家的な構想の基礎となるものは、「経済、市場、知識におけるいかなる変化が、わが社の望む事業を可能とし、最大の経済的成果を得る経営を可能にするか」という問いでなければならない。
 では、社会的な認識の変化をもたらし、イノベーションの機会の1つを提供した「公民権運動」は、果たして外部環境の変化を利用したものだったのだろうか?また、前述の引用文では紹介しなかったが、ドラッカーは、「偉大な企業家的イノベーションは、理論上の仮定を現実の事業に転換することで実現される」とも述べており、その一つとして、フランスの社会哲学者サン・シモンが構想した銀行の理論を、弟子であるペレール兄弟が実現させた例を挙げているけれども、サン・シモンの銀行の理論は、外部環境の変化に基づくものであったのだろうか?

 もちろん、当時の社会的な状況が、キング牧師やサン・シモンの構想に影響したのは事実であろう。だが、そこには彼らの内面的な探究、すなわち「アメリカ社会の望ましい姿とは何なのか?」、「資本主義を機能させるには、どのような金融システムが存在すべきか?」といった問いが発せられていたのではないだろうか?個人的には、ドラッカーのイノベーション論はこの点が弱い印象を受けた。後の『イノベーションと企業家精神』でこの辺りがどのように論じられているのか注目したい。
April 27, 2012

【ドラッカー再訪】ドラッカーの「戦略」を紐解く(4)〜外部環境/内部環境アプローチの両方を包含する戦略論―『創造する経営者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)創造する経営者 (ドラッカー名著集 6)
ピーター・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2007-05-18

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 (《再掲》一般的な戦略策定プロセス)
戦略策定プロセス

 上図で、「外部環境分析」と「内部環境分析」の両方から矢印が出て「戦略コンセプトの決定」につながっているのには意味がある。戦略論の歴史に関する文献を読んでいると、戦略論の一方にはM・ポーターの競争戦略論に代表される「外部環境からのアプローチ」があり、もう一方にはJ・B・バーニーの資源ベース論に代表される「内部環境からのアプローチ」があると説明されることがよくあるのだが、実務的には両者を組合せて戦略を練ることが多いし、本書におけるドラッカーの戦略論も両方を包含したものになっている。すなわち、「(3)マーケティング分析」から戦略を導く方法と、「(4)知識分析」から戦略を導く方法の両方が説明されている。この点で、ドラッカーの戦略論はバランスが取れている。

 「(3)マーケティング分析」から戦略を導いた一例
 ウェルナー・フォン・ジーメンスは、発電機を発明した結果として、電車を開発したわけではない。彼は、市内交通としての電車という産業を構想し、そのための動力源として発電機を開発した。同じようにトーマス・エジソンも、実用電球を発明した結果、発電所や変電所や配電システムを完成したのではない。総合的な電力供給という産業を構想し、そこに欠落していた電球を開発した。(中略)

 彼らは単なる新しい機械や設計ではなく、新しい産業を生み出していた。彼らは、電気のいかなる応用に、産業としての最大の成功と利益の機会があるかを問うことによって、経済的な機会を最大のものとした。
 よく誤解されるけれども、新しい技術そのものはイノベーションではない。だから、イノベーションを「技術革新」と訳すのは、私は間違っていると考えている。技術が新しい産業や市場を生み出す時、それはイノベーションとなる。ジーメンスやエジソンは、電気が日常生活でどのように利用される可能性があるのか、そのパターンをいくつか洞察し、その中から最もニーズや実現可能性が高いと思うシナリオを選択したのであろう。技術動向に市場分析を加えて戦略を導き出したケースと言える(マーケティング分析において答えるべき問いについては、以前の記事「ドラッカー流マネジメントにみるソクラテス的な「問いかけ」の手法」を参照)。

 「(4)知識分析」から戦略を導いた一例
 短期間にロスチャイルド家を成功に導いたのは、同家の最大の資産、すなわちその人的資源の最大利用にあった。ロスチャイルド家では4人の子供、ネイサン、ヤーコブ、アムシェル、サロモンが最大の資源だった。彼らの父親、あるいは母親が、この4人のそれぞれに対し、それぞれの才能や性格に最も適した機会、すなわちそれぞれが最大の貢献を行える機会を与えた。
 やや特殊な例だけど興味深かったので引用。ロスチャイルド家は、4人の子どもの特性をうまく活かせば、ヨーロッパ主要都市の金融を押さえることができると考えたのだろう。「無骨で横柄に見える」ネイサンは、「作法など意に介さない攻撃的な金融家」があふれる「世界最大の競争的な金融中心地」であるロンドンに送り込まれた。「早くから策に長けており、政治的な戦略家」だったヤーコブは、「ヨーロッパ大陸最大の資本市場」でありながら、「革命、テロ、ナポレオンによる専制、王政の復古」と政変が頻繁に起こり、「最も策略に満ちた」パリを担当した。

 2人とは対照的に「礼儀正しく、尊大なまでに威厳があり、かつ極めて忍耐強かった」サロモンは、ウィーンに行かされた。ウィーンでの仕事とは、「ハプスブルク家との取引」であった。そのハプスブルク家は「遅疑逡巡、優柔不断、儀礼と自尊」が特徴であり、サロモンにしか取引が務まらなかった。そして、「もともと金融の管理的な分野」を好み、「勤勉で誠実」だったアムシェルは、ロスチャイルド家の総支配人として、ロスチャイルド家の本拠地であるフランクフルトが割り当てられた。

 さらに重要なことは、5人目の子どもであるカルマンに何の仕事も与えなかったことだ、とドラッカーは述べている。ヨーロッパにはまだハンブルクやアムステルダムなどの金融都市があり、アメリカも有望な成長市場だった。ところが、「少なくともロスチャイルド家の基準からは、カルマンには、必要とされる能力も勤勉さもなかった」という。

 ドラッカーの戦略論はバランスがよいと感じるのは、これだけではない。戦略の基本は、外部の「機会」と内部の「強み」を調和させることである(ドラッカーも本書で頻繁に主張している)。その応用としてしばしば、SWOT分析のフレームワークを引き合いに出し、「脅威を機会に変える」、「弱みを強みに変える」ことの重要性が強調される。ただし、これは言葉で言うほど簡単ではなく、その具体的な方法を記載した戦略本はそれほど多くないように思える。その点、ドラッカーはこれについてもちゃんと事例を交えて説明を行っており、厚みのある戦略論となっている(第9〜10章)。

 脅威を機会に変える
 アメリカのデパートの多くは、初めのうち、ディスカウント店を不健全なものとして攻撃した。しかし、戦いに勝てないことが明らかになるや、自ら次々にディスカウント店を開いた。しかし結果は、そのほとんどがお粗末だった。デパートは、ディスカウント店の経営を知らなかった。ある大手のデパートチェーンだけは、まったく違う路線をとった。ディスカウント店を開きはしなかった。逆に、高級化した。あらゆる都市の店を大衆のための高級店に変えた。
 第2次世界大戦後、豊かになった大衆は、保険契約数こそ減らさなかったが、貯蓄のうち生保に回す割合を減らし始めた。この変化に重大な脅威を感じた生命保険会社の多くは、株式投資などの投資手段の危険性を警告する広報活動を展開した。だが、ある保険会社が、そこに機会を見いだした。この会社は、自ら投資信託会社を買収し、その投資信託と生命保険と一緒に売り出した。すなわち、顧客にバランスの取れた投資手段、セット物のマネープランを提供した。
 アメリカのある大手清涼飲料メーカーは、長年の間、低カロリー飲料は流行にすぎないと主張していた。しかし、実際には、マネジメントは、その種の飲料が自社のかなり高カロリーのブランド製品にとって、大きな脅威であると感じていた。ところが、ボトラーたちが低カロリー飲料をより多く扱うようになるにつれ、同社の清涼飲料も、ますます売れるようになっていた。すなわち、低カロリーのダイエット飲料は、市場を侵食するのではなく、昔からの清涼飲料のための市場もつくり出してくれていた。今日では、このメーカー自身が、低カロリー飲料を生産し、販促し、販売している。
 3つの事例から言えることは、脅威を機会に変えるには、(1)棲み分ける(デパートの例)(※1)、(2)選択肢に加える(生保の例)、(3)補完財にする(清涼飲料メーカーの例)という3つの方法があるということである。(2)と(3)は脅威を自社に吸収するという点では共通しており、その違いが微妙であるが、(2)は脅威となる製品と既存製品の間にトレードオフの関係があり、顧客は好きな方を選択するのに対し、(3)は脅威となる製品が売れると、既存の製品もセットで売れるという関係がある。ドラッカーは、低カロリー製品が売れると高カロリー製品が売れる理由までは踏み込んで記述していないけれども、消費者には「カロリーは気になる。でも時々は高カロリーだが自分の口に合った飲物を飲みたい。ただ、それを飲んだ後は、カロリーを調整するために低カロリーの飲料を飲みたい」という心理がはたらいているのかもしれない(※2)。

 弱みを強みに変える
 (アメリカのある中小自動車メーカーが設立したクレジット会社について、)顧客に自動車ローンを提供するためには、大都市すべてに支店を置かなければならない。しかし、中小自動車メーカーとしては、地方支店の管理費を賄えるほどのローンの仕事はない。高度に専門化したクレジット事業の管理に必要なコストを賄うためには、規模があまりに小さすぎた。そこでこのメーカーがとった問題の解決策が、ほかの中小の耐久消費財メーカーのクレジット業務を引き受けることだった。
 加工食品とホテルとケイタリングを事業とするある企業がある。この企業は、ホテルやレストランのための洗濯、加工食品の配送のためのトラック輸送など、いくつかの補助的活動を抱えている。それらの活動は、それぞれ高い水準で運営しなければならない。しかも、かなりの投資を必要とする。おまけに、ピーク時を賄えるようにしておかなければならない。しかしこの企業は、簡単な原則で問題を解決した。本業並みの知識や能力を必要とする洗濯やトラック輸送は、社外の顧客にもサービスを提供する独立した事業にした。
 この2つの事例に共通するのは、本来の製品やサービスに付随するサービスの提供のために、過剰な経営資源を抱えていたという点である。アンバランスな経営資源は通常、弱みとして扱われる。選択と集中をよしとする戦略家であれば、収益性が低い付随業務のアウトソーシングを経営陣に提案したであろう。すなわち、自動車ローンのクレジット業務は大手自動車メーカーに委託し、洗濯やトラック輸送は洗濯や物流の専門業者に委託してしまえばよいというわけである。

 ところが、弱みを強みに変える戦略では、過剰な経営資源を有効活用する方法を模索する。実は、安易なアウトソーシングには落とし穴がある。以前の記事「受賞論文からお気に入りをピックアップ(2009〜2006年)−『マッキンゼー賞 経営の半世紀(DHBR2010年9月号)』」や「「よかれと思ってやったのに・・・」というマネジメントのパラドクス集(その1〜3)」でも書いたように、一見ノンコアに見えるプロセスに継続的な改善を施すと、たとえそれがプロセス・イノベーションにもならないプロセス・インプルーブメントに過ぎないとしても、そこからプロダクト・イノベーションのアイデアが生まれることがあるのである。

 今回の記事はだいぶ長くなってしまったが、前々回まで紹介してきた事業の「暫定的な診断」に比べると、ドラッカーが提唱する「戦略」の中身はかなり骨太であり、かつホログラフィックである(整理して理解するのに苦労したが、汗)。しかも、ドラッカーの戦略論はこれで終わりではない。まだ一度も触れていない第11章では、後の著書『イノベーションと起業家精神』につながるイノベーションの思想的原点が見て取れる。次回はこの点について述べてみたいと思う。


(※1)脅威との棲み分けには一定のリスクがある。脅威が破壊的イノベーションである場合、脅威と棲み分ける、すなわちハイエンド市場へ移動すると、破壊的イノベーションを勢いづける格好の材料となってしまう。また、脅威が破壊的イノベーションでなくても、高級路線へのシフトはいくつかのリスクを負うことになる。つまり、所得水準も高いが要求水準も高い顧客を相手に、購買頻度が低い製品を販売しなければならないため、販売スタッフのサービス水準の向上や顧客リレーション管理、製品の在庫管理に相当の労力を割く必要が出てくる(以前の記事「【第2回】高級志向の顧客を狙う―ビジネスモデル変革のパターン」を参照)。

(※2)余談だが、マクドナルドがここ数年「プレミアムローストコーヒー」を積極的に販売しているのは、てっきりスターバックスなどの脅威に対する対抗策だと思っていた。ところが、原田CEOによると、「コーヒーが売れれば、ビックマックが売れる」という関係があるそうだ。ビックマックは、特別な広告を打たなくても売れる「金のなる木」だという。その金のなる木にもっと金を実らせるために、コーヒーに注力しているわけである。これは脅威を自社に取り込んで、補完財にした例と言えるのではないだろうか?

勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論勝ち続ける経営 日本マクドナルド原田泳幸の経営改革論
原田泳幸

朝日新聞出版 2011-12-07

Amazonで詳しく見るby G-Tools
March 24, 2012

ルーズリーフでメモを取る上司に不信を抱くグルジア人部下の話、他―『絆の経営(DHBR2012年4月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 04月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 04月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-03-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 DHBR2012年4月号のレビュー最終回。1週間、この雑誌だけで引っ張ってしまいました(苦笑)。

「スティーブ・ジョブズ」はいらない イノベーション・カタリスト(ロジャー・L・マーティン)
 インテュイットでは、<パワーポイント>のプレゼンテーションに基づいて意思決定を下していた。そこで管理職たちは、(みずからが考えるところの)優れた製品を開発するだけでなく、上司にコンセプトを売り込むために優れたプレゼンテーション・スキルを身につける必要があった。同社では、このようなシステムの下、アイデアの良し悪しは管理職たちが判断し、これを顧客に販売していた。

 それゆえ、D4D(※「Design for Delight:顧客を感動させるデザイン」と呼ばれる同社のプログラム)の重要な役割の1つが、管理職たちの間に見られるプレゼンテーション重視の傾向を転換させることであった。(経営陣の)ハンソンとクックは、実験を通じてみずから顧客に学ぶほうがよほど効果的であると考えていた。
 アメリカのIT企業であるインテュイット社(※ちなみに、中堅・中小企業向けの会計ソフトで有名な弥生株式会社は、この会社からMBOして独立した企業である)がどのように新製品開発の方法を転換したか?を紹介した論文。一言で言ってしまえば、企画書ベースから実験ベースに移行したということに尽きる。同社では以下の3つのプログラムによって、”顧客密着型”の製品開発を実現している。
(1)ペインストーム(問題の発見)
 顧客の望むところを社内であれこれ想像するのではなく、実顧客の職場や自宅に出向き、直接話を聞き、その行動を観察する。そして、顧客の抱える「ペイン・ポイント」(悩みの種)を見出す。

(2)ソル・ジャム(問題の解決)
 あぶり出されたペイン・ポイントに対処するために、製品やサービスのソリューションのためのコンセプトを思いつく限り並べ上げ、取捨選択した上で、プロトタイピングやテストに備えてリスト化する。プロトタイピングの初期段階では、これら潜在価値の高いソリューションがインテュイットのソフトウエア開発プロセスに組み込まれた。

(3)コード・ジャム(ソース・コードの作成)
 ソル・ジャムから2週間以内に、完璧でなくともよいから顧客に渡せるようなソース・コードを書く。これにより、ペインストリームに始まり新製品に関する最初のユーザー・フィードバックに至るまで、通常4週間で足りることになる。
 個人的には、3つの取り組みはそれほど目新しいものではないという感じだった。顧客の行動を観察しながら潜在ニーズを発掘し、それを新製品へとつなげていく手法は「エスノグラフィー・マーケティング」と呼ばれており、このブログでも何度か取り上げてきた。

 顧客のことは顧客でも解らないことがある−『マーケティングこそすべて(DHBR2010年10月号)』
 P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』
 今月号はインド企業の事例がいっぱい―『ビジネスモデル 構想と決断(DHBR2011年8月号)』

 なお、論文のタイトルに「イノベーション・カタリスト」とあるものの、インテュイット社の事例は、既存の製品を改善して、既存市場におけるシェアや収益を上げていく「マーケティング」を指しているのか、顧客価値をドラスティックに再定義して、新市場や新しいビジネスモデルを創出する「イノベーション」を指しているのか判然としない。イノベーションに関しては、前述のリンクと以下のリンクで触れているように、P&Gの仕組みの方がはるかに進んでいると感じる。

 柔らかいアイデアの段階で予算をつける勇気がイノベーションのカギ―『ゲームの変革者』
 イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』
 P&Gは”イノベーションは結果が出ればOK”という柔な評価で済まさない―『ゲームの変革者』

 P&Gの仕組みで一番すごいと思ったのは、「柔らかいアイデア創成の段階でも予算がつく」という点である。通常の企業では、アイデアを生み出す段階で予算がつくなどというのは、最初から一定の予算が確保されているR&D部門を除けば、ほとんどないだろう(R&D部門と言えども、新製品につながりやすい応用研究から優先的に予算が割り当てられ、基礎研究は後回しにされることが多いと聞く)。アイデアは社員が空き時間をうまくやりくりしてまとめられ、社内の提案制度などを活用して上層部に上げられる。そして、上層部にアイデアが承認されて初めて予算がつくものだ。

 一例を挙げると、サイバーエージェントが新規事業の継続的な創出を目的として開催している「あした会議」は、まさにこうしたプロセスをたどる。新規事業の構想段階では、予算は出ない。役員、管理職、現場社員など多様なメンバーで構成される戦略立案チームは、忙しい業務時間の合間を縫って企画を考える。晴れて予算がつくのは、「あした会議」のプレゼンで経営陣のGOサインが出た企画のみである。

 ところが、今月号の巻頭コラムを読んでいたら、非常に興味深いくだりがあった。
 基礎研究に1000億円を投資する場合、大型プロジェクトに全額投資するのと、1000人に1万人ずつ配分するのとでは、どちらがイノベーションの創成に貢献するかという議論がある。この時、ノーベル賞を受賞した研究の多くが、後者のプロセスを経て成功したことが忘れられがちである。将来的な研究成果が不明という理由だけで、リスクを取らずに投資の可否を決めては、大きく開花するかもしれない千載一遇のイノベーションを摘み取ることになりかねない。
(安西祐一郎「科学技術の未来」)
 つまり、柔らかいアイデアの段階で、少額でもいいから予算をつけると、イノベーションの確率が上がるというのである。この意味でも、P&Gの仕組みは非常に高度化されていると改めて感じた。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
あなたのコラボレーション・スキルを診断する 部門横断的に巻き込み高業績を実現する力(ハーミニア・イバーラ、モルテン・T・ハンセン)

 多くの企業で部門横断的な取り組みが増えている現在、社員には高いコラボレーション・スキルが要求される。著者によると、コラボレーションに優れた人材は、(1)「コネクター」(※マルコム・グラッドウェルが『ティッピング・ポイント』の中で用いた言葉で、様々な社会と結びついている人々のこと)の役割を果たす、(2)様々な人材と関係を作る、(3)トップがコラボレーションの範を垂れる、(4)チームが泥沼の論争に陥らないために強力な影響力を発揮する、という4つの能力を持っているという。

 この4つのスキルは、「まぁ、そりゃそうだよな」という感じだし、論文をさらっと読むと、「顔が広い」つまり、部門や職位、職種、経験の枠を超えて、幅広く人々とリレーションを構築することがコラボレーションのカギであるかのような印象を受ける。しかし、よく読めば、2点ほど注意すべき点があると私は思った。1つ目の注意点は、次の引用文に出てくる。
 コネクターの重要性は、知り合いの数の多さによって説明することはできない。むしろ、普通ならば遭遇することのない人々やアイデア、資源などを結びつける能力にある。ビジネスの世界では、コネクターはコラボレーションに棹差す役割を果たす。(※太字は私がつけた)
 当たり前だけれども、重要なのは人脈の「数」ではなく「質」である。この点は、『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年2月号の論文「数だけが重要ではない ハイ・パフォーマーの人脈投資法」(ロブ・クロス、ロバート・トーマス)でも指摘されている(以前の記事「自分を鍛える人脈 自分をダメにする人脈―『自分を鍛える 人材を育てる(DHBR2012年2月号)』」を参照)。コラボレーションのポイントは、「いかに知り合いを増やすか?」という交友術めいたものではなく、「コラボレーションの目的を達成するために、どのようなタイプの人材と組む必要があるか?」を見極める眼である。

 これは単に、自分が知らない領域や、自分に足りない能力を補ってくれる人材を特定することにとどまらず、意見の偏りやリスクの過小評価を避けるために、コラボレーションに否定的な人を敢えて最初から入れることや、コラボレーションの結果として生まれた新しい施策が現場でスムーズに実行されるよう、現場の社員(特に、いわゆる「2:6:2の原則」で言うところの「6」に該当する”普通の社員”)を早い段階で巻き込むことなども含まれると私は考える。

 もう1つの注意点は、次の引用文に潜んでいる。
 チームの活気が失われないように、コラボレーション・リーダーは定期的に新しい人材を招き入れる。コラボレーションをより活性化させる具体的な方法として、Y世代(70年代中頃から2000年代初期の生まれで、オンラインで知識や意見を共有しながら成長してきた人たち)の社員を採用することが挙げられる。実際、リーダー企業の多くが、Y世代のアイデアや視点を活用する技術を活用している。(※同じく、太字は私がつけた)
 確か、GEがeビジネスへの参入を検討した際、当時のジャック・ウェルチCEOはITのことが全く解らなかったので、ITに詳しい20代社員を自分のメンターに指名して、メンターからITのことを学びながらeビジネスを構想したという話を聞いたことがある。チームに新しい視点を取り入れるためには、チームの新陳代謝を促すとよいとしばしば言われる。ところが、そのペースが速すぎると、メンバー間の信頼関係が十分に構築されず、アイデア創出云々かんぬん以前の問題として、日常業務において重大なミスを犯しやすくなると指摘する論者もいる。

 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2009年9月号の論文「心理学の調査が教える チームワークの嘘」(J・リチャード・ハックマン)によると、アメリカ国家運輸安全委員会(NTSB:National Transportation Safety Board)のNTSBのデータベースに登録されている飛行機事故の73%が、乗務員たちが初顔合わせした日に発生しているそうだ(過去の記事「何でもコラボすりゃいいってもんじゃないんだよ(後半)−『信頼学(DHBR2009年9月号)』」を参照)。

 もっとも、ハックマンもチームメンバーの固定化をよしとしているわけではない。ハックマンが言及しているR&Dチームに関する研究によると、創造性と新しい視点を失わないために、新しい人材を投入することの有効性が示されているという。ただし、その投入ペースは「3〜4年ごとに1人という緩やかなペースである」という。先ほどの引用文で私が太字にしたように、新しい人材は「定期的に」投入しなければならない。このペースを見極めることも、コラボレーション・スキルの重要な一部をなしているように思える。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
現場の自発的関与を促す6つの原則 「依存し合う」経営(ハラランボス・A・ブラフチコス)

 著者が長年に渡り同族企業で経営に携わった経験や、その後のコンサルティングなどから得た、マネジャーが守るべき6つの教訓を紹介した論文。その6つとは、(1)謙虚になる、(2)真摯に耳を傾け、それを部下に知らせる、(3)反対意見を歓迎する、(4)議題の数を絞る、(5)すべて自分で答えを出そうとしない、(6)自分で意思決定することに固執しない、である。著者自身も認めているように、「私が示す教訓は、理論的にはありふれているかもしれない」。ところが、著者が「真の価値は常に細部に宿るものである」と述べているように、よく読むと非常に興味深い箇所があったので、2つほど引用したいと思う。
 私はかつて、グルジアの製粉工場の再建に携わったことがある。私は現地のマネジャーたちを意思決定に巻き込もうと努めたが、彼らは私が提案した変革に抵抗を示していた。そこで、最も不満を持っていたマネジャーの1人と、話し合いの場を持った。自分の提案に私が耳を傾けようとしていないと、彼は主張した。

 「でも、私はすべての会議の細かなメモを取ってきました。あなたもご存知でしょう」と、私は告げた。「たしかにあなたが書き留めているのは見ましたが、ルーズリーフを使っていたので、後できっと捨ててしまうでしょう。私たちの意見を真剣に受け止めているなら、私が使っているような綴じノートを使うはずです」と、彼は答えた。
 この部下は、ノートの形式で「私の上司は本当に自分の話を聞いているのか?」を判断しているのが印象的であり、意外でもあった。「部下は自分が意識している以上に、自分のことを隅々までよく見ている」ことをマネジャーは知っておいた方がいいのかもしれない。

 もう1つは、共産圏の企業とビジネスをする際の教訓。文化的背景の違いを理解することの重要性を教えてくれる事例であった。
 私が以前、アメリカの大手配送会社から受けた依頼は、ベラルーシの現地スタッフからフィードバックがないという問題を解決することだった。同地域を担当していたフィンランド人マネジャーのペッカは、「どんなに働きかけても、反論はおろか提案すらしてくれません」と、こぼしていた。
 ペッカは、会議で現地スタッフを集めて意見を求めても、誰一人としてうんともすんとも言わないことに不満を感じていた。そこで著者が直接現地に赴き、現場のリーダー格とおぼしき社員と個別に話をしたところ、実に具体的な業務改善案を語ってくれたという。
 3世代も続いた独裁的な共産主義のせいで、だれもすすんで意見を言わなくなったこと、ましてや、上司に反論することなど、個人的に意見を求められない限りありえないことを、私はペッカに説明した。そこで、ペッカは個別に助言を求めることにした。数ヶ月もすると、部下が反対意見を述べるようになったという報告があった。
March 02, 2012

「安さ創り」というより、マーケティングの原則を再確認した特集だった―『日経情報ストラテジー2012年4月号』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
日経 情報ストラテジー 2012年 04月号 [雑誌]日経 情報ストラテジー 2012年 04月号 [雑誌]
日経情報ストラテジー

日経BP社 2012-02-29
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 今月の特集は「『安さ』を創る20の法則」。確かに、燃料電池車(FCV)の技術や過去製品の開発プロセスを再利用することで電気自動車(EV)の価格を抑えた日産、自社のエクセル文化を尊重して、基幹システムのインターフェースを全てエクセルで統一しシステム開発コストを節約したゼンショー、広告費をほとんど使わずに、facebookだけで1億5千万人のファンを集めたサティスファクション・ギャランティードなど、低価格につながりそうな事例も多かったが、それ以外にもマネジメントの原則を再確認させられた特集だった気がする。

「市場を知る」という場合、誰のことを知ればよいのか?
 ドラッカーが「事業の目的は顧客の創造である」と述べたことはあまりにも有名だが、ドラッカーは、顧客の創造にあたって重要なのは、自社の「非顧客(ノンカスタマ)」に着目することであると繰り返し強調している。
 最も重要な情報は、顧客ではなくノンカスタマ(非顧客)についてのものである。変化が起こるのは、ノンカスタマの世界においてである。(『ネクスト・ソサエティ』)
 非顧客に着目しなければならない理由は至極単純である。どんな大企業であっても、顧客よりも非顧客の方が数が多いからだ。数が多い分だけ、ビジネスチャンスも大きいことになる。

ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまるネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる
P・F・ドラッカー 上田 惇生

ダイヤモンド社 2002-05-24

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 厳密に言うと、非顧客は2種類存在する。1つは「同じ業界の競合他社の顧客になっている人々」であり、もう1つは「同一業界のどの企業の顧客にもなっていない人々」である。前者については、「彼らはなぜわが社の製品・サービスを購入しないのか?」と問うことで、自社の製品・サービスの改善ポイントが明らかになる。こうした分析は、多くの企業が行っていることだろう。

 だが、本当に重要なのは後者の非顧客である。ぱっと思い浮かぶのは、任天堂のWiiの成功だ(もっとも、Wiiも今では安泰ではないわけだが・・・)。Wiiは、ゲーム業界がほとんど誰も相手にしていなかった主婦層をターゲット顧客とした。任天堂はテストマーケティングを何度も繰り返し、彼女たちをゲームから遠ざけている阻害要因を1つずつ取り払うことで、Wiiを完成させた。

 前者の非顧客に関する考察は、限られた市場におけるシェアの奪い合いになるので、労力の割に業績へのインパクトがそれほど大きくないこともよくある(BtoCのキャンペーン合戦を見ているとそう思えてくる)。これに対し、後者の非顧客について、「彼らは他の業界の製品・サービスを利用することで、本当のところ何に価値を見出しているのか?」と問うと、全く新しいビジネスチャンスが見えてくる。すると、業界全体が取りこぼしていた人々を一気に取り込んで、市場を急拡大させる可能性が出てくる。すなわち、イノベーションが起こるのである。

 逆に、こうした考察を怠ると、異業種からの思わぬ攻勢を受けて、自社の顧客が一気に流出してしまう危険性があるから要注意だ。実際にそうなってしまった例として、ドラッカーは『ネクスト・ソサエティ』の中でデパート業界を挙げている。
 デパートは新しく登場した消費者層、とくに、豊かな新しい世代が顧客になっていないことに関心をもたなかった。80年代も終わり近く、そのノンカスタマが買い物傾向を左右する層となった。自らの顧客だけを見ていたデパートは、この変化にも気づかなかった。こうしてデパートは、ますます数の少なくなる顧客についてのみ、ますます多くの情報を手にするようになった。
 前置きが長くなってしまったけれど、『日経情報ストラテジー』の2012年4月号では、非顧客に着目した事例として以下のものがあった。

《ローソンストア100》
・通常のローソンでは来店客の男女比率が65:35だが、ローソンストア100では50:50と女性客が多い。
・その女性客の中心は、スーパー代わりに利用する主婦や単身の年配層。
・販売する製品は、生鮮食品も冷凍食品も、「1回の食事で使い切れる量」にしている。

《カルビー》
・地域限定製品を、お土産用としてのみならず、地元の人々向けに販売する(例:九州の「博多明太子味ポテトチップス」)。
・「博多明太子味ポテトチップス」に続く地産地消型の製品を増やすことで、ポテトチップスのシェアを70%にまで高める(2012年3月期の第3四半期時点でのシェアは65.7%)。

《モンテローザ》
・3時間飲み放題食べ放題の「女子会プラン」を設定(通常3,500円。クーポンを使うと2,980円)。
・通常の飲み放題は2時間だが、おしゃべりを楽しみたい女性に配慮して3時間とした。
・食べ放題プランの中には、「食べたいけれど、ちょっと高価で普段はなかなか食べられないもの」や、「興味はあるが購入に踏み切れない製品の”お試し”」が含まれる。具体的には、ハーゲンダッツのアイスクリームや、DHCの美容食品・サプリメントがメニューに加わっている。

《マネックス証券》
・「機能はプロの投資家が使うレベル。操作はソニーのゲーム機、プレイステーションのような使いやすさ」という資産設計の総合管理ツールを提供することで、個人投資家の敷居を下げる。

 (続く)
February 01, 2012

失敗の「基準の明確化」は、失敗の原因分析以上に重要―『日経情報ストラテジー(2012年3月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
日経 情報ストラテジー 2012年 03月号 [雑誌]日経 情報ストラテジー 2012年 03月号 [雑誌]
日経情報ストラテジー

日経BP社 2012-01-28

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 部外者の印象を申し上げるなら、日本人は批判されることに慣れていない。批判されると、まるで終身刑を言い渡されたように落ち込んでしまう。だが、チーム内で批判し合うことは必要だ。批判に耳を傾ける姿勢や能力は、レベルアップに必要な資質だ。

 日本人は失敗に向き合う姿勢が不十分なのではないか。ミスをミスとして認識し、なぜ失敗したか、責任は誰にあるのか―。「仕方がない」ではなく、それらをはっきりさせれば、同じ失敗を繰り返さずに済むようになる。
 引用文はイビチャ・オシム氏の言葉。「日本人は失敗に向き合う姿勢が不十分」という部分は、特に耳が痛い。日本企業の人事制度は「加点主義」ではなく「減点主義」だと言われるし(※1)、日本人は失敗という”事象”と失敗した人の”性格”を区別するのが苦手なようで、失敗を責めようとするとついつい人格攻撃になりがちだ(※2)(※3)。イノベーションを生み出す企業は、失敗に対して寛容な企業文化を持っているというのは有名な話だが、日本企業にとってはまだまだハードルが高いのかもしれない。

 本号を読んで気づいた点を2点ほど書いてみたいと思う。

(1)失敗の「基準の明確化」は、失敗の原因分析以上に重要
 楽天・野村名誉監督が好んで用いる「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉の通り、失敗には必ず何かしらの原因があるから、原因をきちんと分析して次に活かすことが肝要であるのは、今さら言うまでもないだろう。だが、よく考えると、何をもって”失敗”とみなすのか?は、結構あやふやな場合が多い。例えば、次のようなケースを考えてみる。

<ケースA>
 A社の情報システム部門は、同社のWeb通販が好調なことを受けて、Web通販システムの拡張に乗り出した。具体的には、ユーザーインターフェースを大幅に改良し、取扱可能な製品数を従来の2倍にまで増やした。さらに、最近流行のfacebookなどを活用して、クロスメディアでプロモーション攻勢をかけた。幸い、システム自体は何のトラブルもなく稼働しており、会員数や顧客単価も当初の予定を上回るスピードで増加し続けている。しかし他方で、一気に増えた製品数や注文数に対応するため、自社倉庫の社員が死にそうになりながら働くハメになってしまい、物流部門の社員満足度が低下してしまった。

<ケースB>
 B社は業界では後発のベンチャー企業である。この業界は既存の大手企業との競争が激しく、B社はなかなか業績を伸ばせない。B社の営業部門は、今期も業績目標が達成できそうになく、経営陣から白い目を向けられている。ところが、期末の間際になって、営業担当者のXさんが、大手の競合をひっくり返して、何と5年分の大型案件を受注してきた。これで営業部門は今期の業績目標を達成できたばかりでなく、来期以降もかなり楽に業績目標を達成できる見込みが立った。浮足立った役員の1人が、Xさんに受注の成功要因を尋ねたところ、Xさんは主力製品の価格を3割ほど下げて、競合よりも価格優位に持ち込んだのだという。

<ケースC>
 プロ野球チームCは、投手力が高い反面、打線の得点力は低い。今日の試合もいつも通りロースコアの展開で、投手陣は奮闘して9回を1失点に抑えた。ところが、打撃陣が1点も取れなかったので、結局は0-1で敗戦した。

 <ケースA>に関しては、システムは問題なく動いているし、会員数も顧客単価も伸びているから、経営陣にとってはうれしい限りだろう。情報システム部門の社内ステータスも上がったに違いない。しかし、パンク寸前の物流部門は、今のところ人海戦術で何とか乗り切っているものの、やがて配送ミスや配送途中での製品の破損など、小さなミスを犯すであろうことは目に見えている。そうしたミスが積み重なれば、せっかく増えた会員数は減少し始めるに違いない。

 そういう意味では、A社のWeb通販システム拡張プロジェクトは、完全な成功とは言えない。当たり前の話だが、情報システム部門は、システムの技術的な要件のみにこだわるのではなく、他部門への影響を考慮し、他部門の業務の見直しも含めてシステムを構築するべきだった。

 <ケースB>では、営業部門が今期の業績目標を達成しただけでなく、来期以降の経営の基盤固めにまで貢献したという点では、大成功のように見える。だが、営業担当者のXさんは、目先の案件を取りたいがために大幅な値引きを行った。これによって何が起きるだろうか?まず、B社は少なくとも5年間、本当は正規価格で売れたはずの他の顧客を犠牲にして、3割引の価格でこの顧客に製品を提供し続けなければならない。その分、機会損失が発生することになる。

 さらに悪いことに、B社の値引きに対抗して、競合他社も来期以降はB社以上の値下げをしてくるかもしれない。しかも、相手は大手であり、B社はベンチャーだ。価格勝負が長く続けば、B社の方が圧倒的に不利であろう。これらの点を総合すると、実はXさんの受注は成功ではなく、失敗(しかも、会社を倒産に追いやるかもしれない大失敗)の可能性が高いのである。Xさんもさることながら、Xさんに値引率3割での提案を許した上司、加えて営業部門長も責任を取る必要が出てくるかもしれない。

 <ケースC>は、プロ野球を知っている人ならば、中日ドラゴンズのことだとすぐにお解りいただけるだろう。このケースで、9回を1失点に抑えた投手陣は、果たして成功と失敗のどちらに該当するだろうか?もしもこれが巨人の原監督ならば、投手陣を責める可能性は低い。なぜならば、原監督は「打線は4点以上取り、投手陣は3点以下に抑える」野球を目指しているからだ。この基準に照らすと、投手陣は十分に仕事をしたことになり、非難の矛先は、4点どころか1点も取れなかった打線に向けられる。

 しかし、落合前監督の考え方は違う。落合氏の近著『采配』には、こんなくだりがある。
 監督になったつもりで考えてほしい。0対1の悔しい敗戦が3試合も続いた。恐らく多くの方は、打撃コーチやスコアラーの分析結果も踏まえて、3試合で1点も取れない野手陣に効果的なアドバイスをしようと考えるだろう。つまり、「0対1」の「0」を改善するという考え方だ。

 私は違う。投手陣を集め、こう言うだろう。「打線が援護できないのに、なぜ点を取られるんだ。おまえたちが0点に抑えてくれれば、打てなくても0対0の引き分けになる。勝てないときは負けない努力をするんだ」
采配采配
落合博満

ダイヤモンド社 2011-11-17

Amazonで詳しく見る by G-Tools

 つまり、落合氏にとって投手陣の成功と失敗を分ける基準は、「打線が挙げた得点以下に、失点を抑えることができたか否か?」なのである。例えば、ノーアウト3塁というピンチを迎えたとしよう。中日以外のチームは、「最低1点は仕方ない」と割り切って、犠牲フライや内野ゴロの間に1点を失う程度は許容する傾向が強い(犠牲フライや内野ゴロで1点が入れば、ランナーがいなくなるので投手の気持ちも楽になる)。

 これに対して中日の投手陣は、「ノーアウト3塁であっても、1点もやらない」というピッチングをしてくる(具体的には、三振を狙いに来る)。にもかかわらず、相手打者が外野フライを打ちやすい球を不用意に投げてしまったり、空振りを狙って投げた変化球がワイルドピッチになったりして1点を失うと、それで失敗になるのである。1点を失った投手は、「なぜあの場面であのコースに投げてしまったのだろう?」、「なぜ暴投になってしまったのだろう?」と原因分析をするに違いない。これが他のチームと決定的に異なる。

 ケースAは「部分的な失敗」、ケースBは「成功に偽装された失敗」、ケースCは「失敗の基準をめぐる錯誤」とでも言えるだろうか?いずれのケースにも共通するのは、同じ事象であっても、見る人が異なれば成功にも失敗にもなるという点である。特に、本人は成功だと思っているけれども、周りは失敗だと捉えている場合は要注意である。失敗の原因分析を始める前に、各関係者がその事象を成功・失敗のどちらと認識しているのか?また、なぜ成功・失敗と位置づけているのか?を十分に議論することは、実は原因分析よりもはるかに重要だと思う。

 (続く)

(※1)永井隆著『人事と出世の方程式』(日本経済新聞出版社、2008年)

人事と出世の方程式 (日経プレミアシリーズ)人事と出世の方程式 (日経プレミアシリーズ)
永井 隆

日本経済新聞出版社 2008-06

Amazonで詳しく見るby G-Tools

(※2)八代京子他著『異文化トレーニング』(三修社、2009年) 同書では以下の研究が紹介されている。アルフォンス・トロンペナールスとハムデン・ターナーによると、アメリカ人は感情を表に出すが、感情は客観的・合理的な判断から切り離して考える傾向にあるという。一方、デイビッド・マツモトによれば、日本文化においては上下関係がある場合には上司は部下に対して怒りなどの否定的感情を出すことはまれではないのに対し、その反対は抑制されているという。

異文化トレーニング異文化トレーニング
八代 京子 町恵理子 小池浩子 吉田友子

三修社 2009-10-21

Amazonで詳しく見るby G-Tools

(※3)全くの余談であるけれども、福沢諭吉は1962年に欧州各国の議会を視察した際の印象を、『福翁自伝』の中で次のように述べている。事象と人格を区別するというヨーロッパ人のスタイルに日本人が違和感を覚えるのは、明治の頃から変わっていないようだ。
 党派には保守党と自由党と徒党のやうなものがあつて、双方負けず劣らずしのぎを削って争ふてゐるといふ。何のことだ。太平無事の天下に政治上のけんかをしてゐるといふ。(中略)あの人とこの人とは敵だなんといふて、同じテーブルで酒を飲んでめしを食つてゐる。少しも分らない。ソレがほぼ分るやうになろうといふまでには骨の折れた話で、そのいはれ因縁が少しづつ分るやうになつて来て、入りくんだ事柄になると、五日も十日もかかつてヤツと胸に落ちるといふやうなわけで、ソレが今度洋行の利益でした。
December 12, 2011

【感想】「分析」の限界を知った企業が「直観」をうまく使えるのでは?―『リーダーの役割と使命(DHBR2011年12月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 12月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-11-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools

【983本目】1,000エントリーまであと17

 12月号のレビューはもうこれで最後。近日中に1月号のレビューに取り掛かります。ところで、補足するのをすっかり忘れていましたが、12月号の表紙の顔は、コカ・コーラのムーター・ケントCEOです。

成長企業のリーダーは進化を追求し続ける ウォルト・ディズニー:伝統を守り、伝統を壊す(ロバート・A・アイガー ウォルト・ディズニー・カンパニー社長兼CEO)

 先日の「【論点】経営者の報酬を規定する評価指標とは何か?―『リーダーの役割と使命(DHBR2011年12月号)』」に続いて再びディズニーの論文。経営者の評価方法の他に印象的だったのが、同社が意外と分析重視の企業であるという点である。世界が認めるように、そしてアイガーCEOも自認するように、ディズニーは創造的な企業である。重要な意思決定では直観に頼ることも多いという。だが一方で、分析を専門とする戦略立案スタッフもちゃんと抱えている。
 当社は分析的な企業でもあります。本当に頭の切れるスタッフたちが、将来性の高い事業に関する意思決定を分析しています。そしてもちろん、相当額の資本を投じる前には、社内である種の評価基準を設定します。ですが、結局のところ、一連の数字を見る時でさえ、それらの正当性を信じるかどうか、ほかにも重要な要因を検討すべきかどうかに当たっては、直感的に判断を下したり、あるいは本能の声を聞いたりする必要があります。
 ヘンリー・ミンツバーグは、大半の大企業が採用している分析的な戦略立案プロセスに関して、「分析からは優れた戦略は生まれない」と繰り返し主張しており、直観の重要性を指摘している。ところが、これは決して、分析の意義を全否定しているわけではないと思う。

 今年に入ってから、このブログでP&Gの事例を何度か取り上げてきたけれども、P&Gは昔からマーケティングにおける分析的手法に強いこだわりを見せる企業である。ある経営者が若い頃にP&Gの面接を受けた時のエピソードを何かの本で読んだのだが(※人物と書籍の名前が思い出せず申し訳ないです・・・解ったら追記します)、その人は面接官からこんな風に言われたそうだ。

 「週次の報告で、A地域におけるX製品のシェアがPポイント落ち、競合のシェアQポイント上がったとしよう。報告を受け取った君は、週末のうちにシェアが落ちた原因を分析し、週明けからすぐに実行に移せる対応策を練るだけの気概があるのか?」

 もっとも、これは数十年前の話であるから、現在は事情が変わっているかもしれない。さらに近年のP&Gは、マーケティングよりもイノベーションに力を入れており、強みとしてきた分析的アプローチとは異なる手法を取り入れつつある(「「コネクト・アンド・ディベロップ」の次を目指すP&G(1/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月」に掲載したリンク一覧を参照)。だがこれは、必ずしもP&Gが分析的アプローチを捨てたことを意味しない。P&Gは今でも大量の市場調査を行っていることは指摘しておく必要があるだろう。
 P&Gは実際、年間20億ドル近くをR&Dに費やしている。これは、P&Gに次ぐ競合他社のそれよりもおよそ50%多く、残りのライバルほとんどのR&D費を足し合わせたものよりも大きい額である。

 P&Gは毎年、イノベーションのチャンスを発見するために、その下敷きとなる消費者調査には新たに最低でも4億ドルを投じている。実施される調査は年間約2万件に上り、約100カ国500万人以上の消費者が参加している。(ブルース・ブラウン、スコット・D・アンソニー著「P&G:ニュー・グロース・ファクトリー」(『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2011年10月号))

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 10月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 10月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-09-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools

 2万件の中には、例えば「Livin'it」や「Workin' it」のような、エスノグラフィー・マーケティングの調査も含まれるであろうが、大半は伝統的な市場調査であると推測される。事実、P&Gのコミュニティサイト「マイレシピ.com」は、会員に対してオーソドックスな選択式アンケートへの回答を要求するし、他の消費財メーカーと同じように、懸賞を活用して顧客情報と製品への要望を集めたりもしている。

 私の手前味噌な経験で恐縮だけれども、戦略立案やマーケティング施策策定の際に用いられる様々な分析ツール、あるいはコンサルタントなどが好んで用いるロジカルシンキングやフェルミ推定などの思考法に対して、意外と強い拒絶反応を示されることがある。「そんなものは大事な時に役に立たない。最終的には意思決定は直観で決まる」などと言われることもしばしばだ。とはいえ、私からすれば、そういう人たちに限って、何か新しい戦略・戦術を作らせても、およそ創造的とは言えないものしか上がってこないことを何度も経験してきた。

 私は別に、完璧にロジックが通ったアイデアを求めていたわけではない。むしろ、多少の論理的飛躍には寛容なつもりである。しかし、多少の穴に目を瞑るか否かという次元以前に、基本的なストーリー構成の部分でコケてしまっていて、その先を聞く気になれないアイデアに失望させられるのである。

 私見だが、意思決定において直観をうまく活用できる企業は、「分析の限界を知っている企業」なのではないだろうか?分析の有用性を強く信じ、長年にわたって徹底的に分析を行って、何度も目覚ましい成果を上げてきた企業がある時、重要な潜在ニーズを見落としてしまったがために、そのニーズを捉えて躍進を遂げた競合他社に辛酸を舐めさせられる。

 「なぜわが社は、競合のように潜在ニーズの存在に気づくことができなかったのか?」と振り返ってみると、「実は、顧客の行動を観察したり、家族や友人の取り留めない話を聞いてみたり、自分自身の消費者としての経験を振り返ったりした時に、薄々そういうニーズがあるような気がしていた」と答える社員が何人も出てきた。しかし、個人の感覚的な提案では、分析的なプロセスを重視する自社の意思決定の俎上には載らないと判断し、提案を躊躇ったのだという。こういう議論が社内で広く行われ、その意味が多くの社員に共有されて初めて、直観的なアプローチの採用に本腰を入れるのではないだろうか?

 分析的アプローチに頼りすぎて一度や二度ほど痛い目に遭うことは、直観的アプローチへ目を向け、両者を組み合わせ融合させる上で、実は避けては通れない道であるように思える。この痛みをすっ飛ばして、直観的アプローチにいきなり飛びついても、先ほど私が体験談として述べたように、めぼしいアイデアはほとんど出てこないように感じる。

 これから述べる話はまだ一般化できるほどのレベルではないものの、Aという従来型のアプローチに対して、Aの限界を超越するBという新しいアプローチが生まれたとする。流行り廃りに敏感な人々は「Aは終わった。これからはBの時代だ」と吹聴し、新しい物好きの人々はそれに釣られてBに食らいつく。こうしたトレンドの移行が発生するのは、AとBが二項対立の関係にあるからだ。「分析」と「直観」もそうである。

 しかしながら、本当の意味でBを活用するには、逆説的だがAに精通している必要がある。Aには欠陥や限界があると解っていながらも、Aをある程度駆使できるレベルまで達していなければ、Bを使いこなせないのである。これは、経営の世界ではよくある話だと思う。例えば、マネジメントとリーダーシップの関係がそうだ。「事業環境が目まぐるしく変化する現在では、自ら課題を設定するリーダーシップが重要だ。既に明確になっている課題を実現するマネジメントでは不十分である」という話をよく耳にする。

 そこで、管理職にリーダーシップを身につけさせようと人事部にリーダー育成研修などを提案すると、人事部からは往々にして「リーダーシップ以前に、わが社の管理職はマネジメントができていない」という答えが返ってくる。確かに、リーダーシップは自分で新しい課題を設定すれば終わりではなく、その課題を実現させなければならない。そして、課題を実現させる力の基盤は、結局のところマネジメントに帰着するのである。
December 09, 2011

【論点】事業拡大後、創業以来の重要顧客とはどうつき合うか?―『リーダーの役割と使命(DHBR2011年12月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 12月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-11-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools

【981本目】1,000エントリーまであと19

 (まだまだ続く12月号のレビュー)

ヨルダンの国際宅配便企業の臥薪嘗胆 フェデックスやDHLに挑む(ファディ・ガンドゥール アラメックス・インターナショナル創業者兼CEO)
【論点】事業が一定の規模に達した後、創業以来の重要顧客とはどのようにつき合えばよいか?
 1982年に創業した中東・ヨルダンの宅配便企業アラメックスは、創業から2年後の1984年に1つの転機を迎える。アラメックスは、エアボーン・エクスプレス(現DHL)に、自社の株式の50%を10万ドルで買い取ってもらうことを計画した。残念ながら交渉は不調に終わったものの、エアボーンの中東地域向けの荷物に関して、アラメックスが配達業務を請け負うことに成功した。要するにベンチャー企業が大手企業から下請業務を受注したというだけなのだが、これがアラメックスの重要な成長源となった。

 エアボーンはその後、世界の隅々まで顧客にサービスを提供できるよう、アラメックスのようなローカルな宅配便企業とグローバル規模でアライアンスを構築し始めた。それが"Overseas Express Careers"(OEC)と呼ばれるネットワークである。アラメックスは、OECに最初から参画した企業の1社となった。

 アラメックスは、可能な限りエアボーンと緊密に歩調を合わせ、OECの発展とともに事業を拡大させていった。営業地域の拡大に加え、陸運、海運、空運の全てを扱い、多種多様な物流サービスを中東全域で提供できる体制を整えた。また、OECのガバナンスにも関与し、アライアンス参加企業で営業活動を展開したり、参加企業のために、エアボーンに対して中東でアメリカ企業との取引を獲得するよう働きかけたりもした。

 こうして事業を軌道に乗せたアラメックスは、1982年に自社株売却に失敗してから10年余りを経て、とうとうエアボーンにアラメックス株の9%を200万ドルで買い取ってもらうことに成功したのである。ところが、その資金を使ってアラメックスが行ったのは、OECへの依存度を下げることであった。アラメックスは、インド、スリランカ、バングラデシュ、香港など、中東以外の地域に積極的に進出し始めた。

 この戦略は、エアボーンとの間で意見が分かれるものだった。だが2003年、もう1つの転機が訪れる。エアボーンがDHLに買収されることになったのだ。エアボーンは買収に先立ち、アラメックスへの支援や取引から一切手を引くことを通告してきた。しかし、アラメックスは慌てなかった。既に中東以外の地域でサービスを確立していたし、自社開発した荷物追跡システムをOECのメンバーに開放することで、OECとの関係も維持することもできたのである。

 この事例から見えてくるのは、「創業以来の重要顧客とどのようにつき合えばよいか?」という論点である。資金繰りに悩まされるベンチャー企業や中小企業にとって、毎年一定のお金を落としてくれる重要顧客の存在はあまりにも貴重である。しかし一方で、そのような重要顧客は、経営上のリスク要因でもある。一般的に、中小企業では、1社で売上高の10%以上を占める顧客がいる場合は要注意であると言われる(※1)。

 重要顧客が自社との取引をいつ何時、どのような理由で打ち切るかは読み切れない。アラメックスの例で言えば、エアボーンが中東地域の重要性を感じなくなり、中東地域向け配達サービスから完全に撤退するかもしれない。逆に、エアボーンが自社で中東地域向け配達サービスを行うだけの人員や設備、ノウハウなどを獲得し、OECを活用しなくなる可能性もある(実際、エアボーンと同様に、中東地域向け配達サービスをアラメックスに委託していたフェデックスは、徐々にアラメックスへの発注を減らし、自社でサービスを完結させる方針へと転換したそうだ)。だから、重要顧客に甘えるのではなく、新しい顧客をどんどん開拓し続けなければならない。これは至極当然の話だ。

 幸いにして重要顧客が自社との取引を継続してくれる場合でも、喜んでばかりはいられず、リスクを抱えることを認識しなければならないだろう。なぜならば、創業時に設定した価格はたいてい現在の価格よりも低く、他の顧客に比べて利幅が小さくなることが多いからだ。創業当初は間接費が少なくて済むから、その分価格を下げることができる。また、既存プレイヤーから仕事を奪うため、価格を低く設定することもある。

 その後、事業規模が大きくなって、スタッフ部門が設けられ、多額の設備投資を行うなどすると、コストが膨らんでいく。通常はその動きに合わせて徐々に値上げをしていくものだが、創業以来の重要顧客に対しては、これまでの関係性を重視して、値上げを見送ることもある。

 しかも、「その重要顧客を何が何でも手放すな」という創業時の厳命が効いていて、創業から一定期間が経過した後も、顧客の要望を何でも聞き、過剰なサービスを提供していることもある。創業して間もない頃は、残業代がつかない経営者自身が重要顧客へのサービスに奔走し、社員も残業代を諦めて頑張ってくれたから(本当は法的にNGだが・・・)、それでもよかったかもしれない。

 ところが、会社が大きくなって仕組みができ上がると、そうも言っていられない。過剰サービスに伴って発生した残業代やその他の追加コストは、会社がきちんと負担しなければならなくなる。また、他の顧客には標準的な業務手順に従って製品やサービスを提供しているのに、創業以来の重要顧客に対してのみイレギュラーな対応が多くなれば、社員のモチベーションにも影響を与える。

 この段階に至って重要顧客に値上げをお願いすることも考えられるけれども、長い間値上げが凍結されていた分、値上げ幅が大きくなってしまうから、おそらく成功の確率は低い。もはや「金になる顧客」ではなくなった重要顧客に対してとりうる選択肢は、次の3つではないだろうか?

 1つ目は、その重要顧客を「知恵になる顧客」とみなすことである。言い換えれば、新製品・サービス開発やイノベーションのアイデアをくれる顧客と位置づけるのである。標準プロセスから外れた重要顧客のイレギュラーな要求は、実は市場の潜在ニーズを先取りしたものかもしれない。「異質」は、企業にとって重要な学習の機会となるものだ(以前の記事「「業務プロセスがイノベーションの原動力」というのは別の意味で一理あり―『イノベーションの新時代』」を参照)。

 2つ目は、「若手を教育してくれる顧客」とみなすことである。重要顧客から新しい製品・サービスや新ビジネスの種をもらうことはできなくても、基本的な仕事のやり方や不測時の対応など、ビジネスのイロハを教わることは依然として可能かもしれない。そこで、若手や新人中心のチームにその重要顧客を担当させ、重要顧客に”鍛えて”もらうのである。

 「知恵になる顧客」にも「若手を教育してくれる顧客」にも該当しない、すなわち、ただ単に「割に合わない要求ばかりを繰り返す顧客」になってしまっていたら、最後の選択肢をとらざるを得ない。それは言うまでもなく、「取引中止」である。ただ、いきなりばっさりと契約を切るのは、長年のつき合いを考慮するとあまりにも不義理であるから、類似の製品やサービスを提供してくれる同業他社を紹介する形になるだろう。

 しかし、安易に同業他社に自社の重要顧客を引き渡すと、後になって自社のビジネスを破壊させる結果を招くこともあるので要注意である。とりわけ、よく検討すれば本当は「知恵になる顧客」だったのに、その顧客を切り捨ててしまった場合に悲劇が起こる。同業他社は、自社が気づかなかったビジネスチャンスをその顧客から発見し、これまでの製品を代替する斬新な製品を市場に投入する可能性がある。

 創業以来の重要顧客を競合に譲ってしまったがためにビジネスを失敗させてしまった事例はすぐには思いつかないのだが、クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」はまさに、既存の大企業が高付加価値路線に走り、収益性の低い顧客を新参のプレイヤーに明け渡してしまったばかりに、大企業のビジネスモデルを脅かす新しいビジネスモデルの登場を許した例である。

 事業を成長させる過程で、常に重要顧客を”試して”きた企業の例として思い浮かぶのが楽天だ。そのやり方は強引すぎたのではないか?という疑問が残るとはいえ、楽天は事業の発展フェーズに応じて、価格体系の変更という手段をうまく使いながら、重要顧客の入れ替えを行ってきた。楽天への出店料はもともと5万円/月の定額制だったが、2002年からシステム利用料として、大手を対象に売上の2〜4%を徴収する従量制に変更した。この従量制は、2005年2月からは、月商100万円以下の小口加盟店にも適用された。

 さらに2005年7月に、輸入雑貨販売のセンターロードが運営するAMCの顧客情報が流出する事件が発生すると、楽天は顧客情報の管理強化を決定した。当時の楽天は、決済や発送などを主に加盟店側に任せる形をとっていたため、顧客の住所やクレジット情報は、楽天と加盟店の両方が把握していた。AMCの顧客情報流出事件は、この脆弱性を突いたものであった。

 楽天は、加盟店が顧客情報に直接アプローチすることを禁じ、自社で顧客情報を一元管理する運用へと変更した。しかも、システム強化に伴い、楽天は決済手数料をそれまでの2%程度から一律3.6%へと引き上げた。出店料の引き上げと合わせると、加盟店は最大で売上の約8%を楽天に支払わなければならない(※2)。高い負担に耐えられない加盟店は、楽天創業時からの加盟店も含めて大量に流出してしまったが、楽天からすれば、自社の料金体系について来られる加盟店を暗黙のうちに取捨選択していたのであろう。


(※1)「【中小企業の大口顧客への依存】大口顧客依存のリスクを考えます。得意先を小口分散させてリスク軽減を図りたいものです」などを参照。
(※2)楽天の料金体系の変遷については、以下を参考にしている。

勝ち組ネット通販の儲けのしくみ勝ち組ネット通販の儲けのしくみ
椰野 順三

ぱる出版 2010-03

Amazonで詳しく見るby G-Tools
October 22, 2011

最先端・・・というほどでもなかったような気もする(2/2)―『「破壊的」経営論(DHBR2011年11月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360
 (レビューの続き)

経営資源や資産ではなく「ビジネスモデル」を買収せよ 真実のM&A戦略(クレイトン M. クリステンセン他)
 投資家の予想を超えて売上げや利益率を伸ばすには、破壊的製品あるいは破壊的ビジネスモデルのほうがよほど心強い。そもそも破壊的企業は、既存企業よりもシンプルかつ妥当な価格の製品やサービスを提供している。まずローエンド市場で足場を築いた後、高機能で利益率の高い製品へと、市場の階段を上っていく。

 証券アナリストたちは、現在の株式市場でのランキングから企業の可能性を判断することはできても、破壊的企業が製品やサービスを改良して、どれくらい株式市場を駆け上がっていくかを見通すことはできない。そのため、破壊的企業の潜在可能性をきまって過小評価する。
 2011年3月号以来のクリステンセンの論文(2011年3月号の論文については、過去の記事「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上―『プロフェッショナル「仕事と人生」論(DHBR2011年3月号)』」を参照)。M&Aは様々な目的で行われるが、自社のコア技術・組織能力の強化のためのM&Aや、規模の経済を活かしたコスト削減のためのM&Aは、株式市場の期待を大きく上回ることができないとクリステンセンは指摘する。なぜならば、こうしたM&Aによる企業価値の増加は、すでに現在の株価に織り込まれているからだという。

 株主の期待を大幅に上回るには、引用文にあるように、「破壊的イノベーション」を買収するべきだというのがクリステンセンの提案である。そして、データ・ストレージ業界の大手であるEMCが、2004年にヴイエムウェアを買収した事例を紹介している。
 ヴイエムウェアのソフトウェアを使えば、IT部門は複数の仮想サーバを1つの機器で運用できる。また、サーバー・ベンダーの高額なハードウェア・ソリューションを、低コストのソフトウェアに置き換えることもできる。この製品は、サーバー・ベンダーにすれば破壊的だが、ストレージ機器を販売するEMCにとっては補完的で、しかも顧客のデータ・ルームの奥深くまで入り込めるようになる。

 EMCがヴイエムウェアを現金6億3500万ドルで買収した時、ヴイエムウェアの売上高は2億1800万ドルにすぎなかった。しかし破壊的な勢いによって、ヴイエムウェアは爆発的に成長し、その売上高は2010年には26億ドルに達した、現在、EMCが所有するヴイエムウェア株の価値は280億ドルと、初期投資額の44倍に増加している。
 この事例を読むと、確かに破壊的イノベーションの買収によって、株主を大喜びさせられるようにも感じる。しかし、この事例で1つ見過ごしてはならないのは、ヴイエムウェアは他のサーバ・ベンダーにとっては「破壊的イノベーション」であったが、EMCにとっては「補完財」であったという点である。つまり、EMCが純粋な意味で破壊的イノベーションを買収したとは言い難い。

 市場に破壊的イノベーションが登場した場合、既存企業には3つの選択肢があるだろう。1つ目は、破壊的イノベーションがターゲットとしているローエンドの市場を避けて、ハイエンドへとシフトするという戦略である。ところが、クリステンセンが著書『イノベーションのジレンマ』で示したように、ハイエンドへと避難した既存企業は、ローエンドから駆け上がってくる破壊的イノベーションに対抗できず、やがては衰退する。

 2つ目の選択肢は、何らかの方法で破壊的イノベーションを封じ込めることである。破壊的イノベーションの供給元となっている部品メーカーなどに圧力をかけて供給を断つ、あるいは破壊的イノベーションを買収してそのまま”飼い殺し”にするなど、方法はいくつかある。ただし、この戦略で得をするのは既存企業だけであり、本来ならば最終顧客が破壊的イノベーションによって享受できたであろうメリットは失われる。既存企業は法的には何の違反も犯していないものの、その戦略の正当性が問われることになるだろう(これは企業戦略の倫理性、道徳性に関わる問題である)。

 最後の選択肢は、破壊的イノベーションを自社に取り込むことである。より具体的には、新参の破壊的イノベーションに対抗するべく、自社内で類似の破壊的イノベーションを目的とした新規事業を立ち上げる、あるいは本論文でクリステンセンが提案しているように、破壊的イノベーションを買収する、などといった戦略的打ち手が挙げられれる。

 この戦略の重要なポイントは、既存の主力事業が、どこかのタイミングで破壊的イノベーションに取って代わられる宿命にあるという点だ。戦略の転換期において、経営陣やマネジャーがどのようにリーダーシップを発揮し、旧来のマネジメント構造を刷新するかが、破壊的イノベーションの成否を握っている。そして、戦略の”世代交代”に成功した企業は、既存事業の延長線上では到底なしえなかった飛躍的成長を遂げ、企業価値を大幅に高めることができるはずである。クリステンセンが本当に取り上げたかったのは、こういうM&Aの事例だったのではないだろうか?

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
知識経済の進化 「超分業」の時代(トーマス・W・マローン他)
 1776年に出版されたアダム・スミスの『国富論』には、「今後数世紀の経済発展に、中心的な役割を果たすのは分業化である」という有名な叙述がある。

 現在我々が享受している繁栄は、労働者の専門分化とそれに伴う分業によって、生産性が向上したことでもたらされた。知識労働と通信技術の発達のおかげで分業は次なる段階を迎え、またその性質もこれまでと異なるものになるだろう。我々は「超分業」(hyper-specialization)という時代の入り口に立っている。
 製造業では、20世紀の前半に分業が進み、後半には分業が世界規模で実施されたように、知的労働においても、グローバル規模での分業が進むだろうと著者は述べている。この主張自体には、特筆すべき新規性はないだろう。IT業界ではオフショア開発が当たり前のように行われているし、コールセンターを世界中の英語圏の国々にアウトソーシングし、各国の時差をうまく利用して24時間体制の運営を実現している企業も珍しくない。

 ただ、著者はもっと細かい単位での分業化も想定している。例えば、エクセルによるデータ集計や、パワーポイントによるプレゼン資料の作成、会議やインタビューなどで録音した音声の「テープ起こし」(どうでもいいけど、今時テープなど使わずに、mpegファイルなどのデータで保存するから、「mpeg起こし」などといった表現に改めた方がいいのかも・・・)などである(※6)。

 確かに、自社の社員をコア業務に集中させるために、ノンコア業務をアウトソーシングするというのは理にかなっているし、その効果は製造業で十分に実証されている。しかし一方で、何でもかんでも外部に丸投げすればよいかというと、これもまた製造業と同じで、必ずしもそうとは言い切れない。著者は以下のような法律事務所の例を挙げているが、
 法律事務所は、たとえばアメリカの反トラスト(独禁法違反)訴訟の提訴期限に関する細かい規則や過去の判例、テキサス州における殺人の裁判の証拠規則などの知識が突然必要になるかもしれない。そのような場合、新米弁護士の時給の5倍相当額をその分野に特化した専門家に払ったとしても、コスト以上の見返りがあるのではないか。
このケースで新米弁護士の仕事を本当に外部に委託すべきかどうかは、判断が分かれるだろう。よほどの緊急事態ならば、外部委託もやむを得ないだろうけれども、そうでなければ、新米弁護士にやらせた方がいいのではないだろうか?新米弁護士は、限られた時間の中で必要な情報を素早く収集する力を習得できるだろうし、もう少し時間的に余裕があれば、新米弁護士が知らなかった判例や規則を学習する時間にもなる。

 これはある公務員の方から聞いた話だが、書類のコピーを頼んだ新人がその人のデスクに戻ってくると、「君は書類を読んだか?」と尋ねる。その新人が「いえ、読んでいません」と答えると、「コピーが終わるまでに時間があるのだから、その時間を使って書類の中身を読みなさい。そして、先輩がどういう仕事をしているのか勉強しなさい」と注意するのだという。ノンコア業務の中には、若手社員に教育的効果をもたらす業務もある。この点を忘れて安易にアウトソーシングを利用すると、若手社員が育たなくなる可能性があることは強調しておきたいと思う。


(※6)余談だが、マッキンゼーには、パワーポイントによる資料作成を専門とする社員がいると聞いた。コンサルタントはクライアントとの会議やプロジェクト内での議論に集中していればよくて、単調な資料作成はやるな、ということらしい。

 また、ピーター・ドラッカーは膨大な数の著書を残しているが、執筆の際には、まず書くべき内容を自分でしゃべってテープに録音し、それをスタッフに文章化してもらった後で、タイプライターで自ら修正を加えて仕上げる、というプロセスを踏んでいたという。ドラッカーの著書が読みやすいと言われるのは、もともとは口頭で話した内容だったから、というのが理由の1つであろう。
October 21, 2011

最先端・・・というほどでもなかったような気もする(1/2)―『「破壊的」経営論(DHBR2011年11月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2011年11月号の書評。タイトルに「最先端のビッグ・アイデア」とあるけれど、バランス・スコア・カードや破壊的イノベーション、ブルーオーシャン戦略のような、目新しいフレームワークやアプローチが紹介されているわけではなかった(だから、そういうのを期待して本号を買うと後悔しますよ・・・)。最先端というよりも、むしろマネジメントの基本に立ち返った特集だったように感じる。それぞれの論文を読んで気づいたことをつらつらと書いていくことにしよう。

脱近視眼、ステークホルダー主義、ガバナンスの健全化 「資本主義」改革論(ドミニク・バートン)
 (今求められる重大な改革は)「四半期資本主義」と呼ぶものから「長期的資本主義」とも呼ぶべきものへの転換にほかならない。「長期」の大まかな定義として、新規事業を立ち上げて黒字化するのにかかる時間を考えるとよい。マッキンゼー・アンド・カンパニーに調査によれば、それは少なくとも5〜7年である。
 短期的な成果を求める株主を重視する経営から、中長期的な視点での経営へと転換することが重要だと説いた論文。著者は、「長期的資本主義」のポイントとして、以下の3つを挙げている(※1)。

(1)企業と金融機関は短期志向を捨てて、長期に焦点を合わせられるよう、インセンティブと組織構造を刷新する。
(2)執行役員は、従業員やサプライヤー、顧客、債権者、地域社会、環境など主なステークホルダー全員の利益に資することは、企業価値を最大化するという目標の達成に欠かせない、という考え方を組織に徹底させる。
(3)上場企業の取締役会は、ガバナンス能力を強化し、あたかもオーナーであるかのように統治することで、所有権の拡散と無関心を原因とする様々な企業病を克服する。

 上記を読んでも解るように、著者の提案には特段目新しいものはない(著者自身もそう認めている)。そこで、内容にはこれ以上踏み込まず、代わりにこの論文で紹介されていた興味深い調査結果や事例を列記したいと思う。

・1970年代、アメリカ企業の株の平均保有期間は約7年だったが、現在は7か月ほどである。
・「ハイパースピード・トレーダー」(ほんの数秒しか株を保有しないトレーダー)が、現在アメリカの株式取引全体の70%を占めている。
・マッキンゼーの財務専門家たちが株価に織り込まれた期待価値を分析したところ、通常、企業価値の70〜90%は向こう3年以上にわたって期待されるキャッシュフローと関連していることが判明した。
(にもかかわらず、投資家たちは四半期単位で成果を上げるように、経営陣にプレッシャーをかけているという矛盾が生じている)
・年金基金と保険会社、投資信託会社、政府系ファンドを合わせると、全部で65兆ドル、すなわち世界の金融資産の約35%を有している。
(彼らが短期志向に走ると、資本主義全体がそうなってしまう)
・マッキンゼーが同族会社の成功例を分析したところ、最も効果的な所有構造は、公的市場においてある程度の株式が取引されており、しかも献身的で長期に保有している大株主がいるという構造であることが明らかになった。
・2010年、イギリスの銀行ガバナンスの見直しが行われ、銀行の社外取締役に求められる時間を、現在の年平均12〜20日から、30〜36日へと大幅に拡大することが提言された。
(株主を唯一代表する機関である取締役会が、企業戦略やガバナンスにもっと踏み込むことを要求している)
・フランス企業の一部は、1年以上保有された株式には2つの議決権を与えるルールを採用している。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
データ集約型科学が人類の危機を救う 科学の「第4のパラダイム」(トニー・ヘイ)
 科学的な探求と発見における最初の2つのパラダイム、すなわち実験と理論には、長い歴史がある。第1のパラダイムである実験的方法は、古代のギリシャと中国にまで遡る。人々はこの時代、観察された結果を、超自然的原因ではなく、自然的原因によって説明しようとした。17世紀には、アイザック・ニュートンによって、第2のパラダイムである近代理論科学が生み出された。

 そして、20世紀後半に高性能コンピュータが開発されると、1982年ノーベル物理学賞受賞者のケネス・ウィルソンは、計算とシミュレーションが科学的探究の第3のパラダイムであると定義した。膨大な数の方程式を解くことのできる高性能なコンピュータ・シミュレーションが登場したことにより、科学者たちは気候モデリングや銀河の形成など、実験や理論では足を踏み入れることのできない研究領域を探求できるようになった。

 第4のパラダイムにも、強力なコンピュータが関わる。ただし科学者たちは、既知の規則に基づいてプログラムを開発するのではなく、データを出発点とする。膨大なデータベースから関連性や相関関係をマイニングするよう、プログラムに命令する。つまり、規則を発見するためにプログラムを使うのである。
 第4のパラダイムとは、IT業界の用語でいうところの「データ・マイニング」を指している。第3のパラダイム「計算とシミュレーション」と第4のパラダイム「データ・マイニング」の区別がやや難しいが、第3のパラダイムは、例えば理論物理学のように、理論的な模型や理論的仮定(主に数学的な仮定)を基に理論を構築し、既知の実験事実(観測や観察の結果)や、自然現象などを説明するような「演繹的アプローチ」による科学を指していると考えられる。

 これに対して第4のパラダイムは、乱暴な言い方をすれば、「とりあえず何でもいいからデータをたくさん集めて、コンピュータにそのデータの中から新しい法則やパターンを発見させる」ものであり、「帰納的アプローチ」による科学と言えるだろう。

 個人的には、「データ・マイニング」は確かに第4のパラダイムに属しているけれども、コインの片側にすぎないのではないか?とも思う。第3のパラダイムは、最初に仮説を立ててからシミュレーションを行うのに対し、第4のパラダイムは、「仮説すら立てることが困難な状況」を想定している。企業経営で言えば、マーケティング分野で長年にわたって使われてきた統計的アプローチが役に立たない、全く新規の市場を創出するイノベーションがそれに該当する。こうしたイノベーションの種は、従来の市場調査からは導き出すことができず、「探索的アプローチ」が必要になると言われる(※2)。

 その探索的アプローチの1つが、今回の論文に登場した「データ・マイニング」である。企業が有する巨大なデータベースには、顧客や製品に関する様々な情報が蓄積されている。マーケティング担当者は、通常の市場調査であれば必須となる仮説立案のプロセスをすっ飛ばして、コンピュータにデータベースの情報を隅々まで精査させる。そして、担当者がこれまで見過ごしてきた市場の”ホワイトスペース”や、顧客の特殊な購買パターン、あるいは顧客満足度に決定的な影響を与える製品・サービスの機能などを発見する。

 これに加えて、イノベーションに関する探索的アプローチには、もう1つの方法がある。それは「エスノグラフィック・マーケティング」と呼ばれるものである。このアプローチでは、エスノグラフィー=文化人類学の学者のように、対象を長時間かけてつぶさに観察し、その特徴を明らかにしようとするものである。例えば、P&Gは(しつこいぐらいにこのブログで言及しているが(汗)、)"Livin' it"や"Workin' it"などのプログラムを通じて、日常生活や小売店における消費者の行動を眺め、時に消費者と行動を共にすることで、消費者ですら気づいていない潜在的なニーズを拾い上げ、新製品の開発や小売店でのプロモーションへとつなげている(※3)。

 「エスノグラフィック・マーケティング」のようなアプローチも、一切の仮説を持たずに調査を始めるという点では、データ・マイニングと共通している。おそらく、この2つを合わせて第4のパラダイムと呼ぶのが適切なのではないだろうか?(※4)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
アメリカ消費者金融保護局長への公開書簡 金融規制の良識(ジョン・Y・キャンベル他)
 この論文は、通常の論文に比べるとやや異色である。消費者金融サービス市場の機能改善のために新設された「アメリカ消費者金融保護局(CFPB:Consumer Financial Protection Bureau)」の局長宛の公開書簡であり、経済学、法律、公共政策、ビジネスの4分野の研究者が、金融規制当局の果たすべき役割について提言している。内容はかなり抽象度が高く、実務的な示唆にはやや欠ける印象だが、「消費者の選好の同質性」と「金融に関する熟練度」という2軸でマトリクスを作成し、マトリクスの領域別にCFPBが果たすべき役割を整理している点は興味深い。
 ストアド・バリュー・カード(※公共交通カードなどの金銭的価値を内蔵したカード)の場合、利用者は金融に関して未熟な傾向がある。たいていは低所得で、銀行の利用は限られ、クレジット・スコアは低水準である。また、すぐに期限が切れる商品や、休眠口座に高額の月額手数料を課す商品は好まないなど、カード条件に関して類似した選好を示す。

 このグループは金融知識が乏しく、同質の選好を持つことを考慮すれば、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)がギフト・カードに課したような比較的厳格な要件(※5)が適切と思われる。
 これとは対照的に、CFPBの直接の監督下にはないヘッジ・ファンドを例にとってみよう。ヘッジ・ファンドの利用者は、金融に熟練した投資家である場合が多く、きわめて多様な選好を持っている。消費者保護の観点からすれば、開示要求と不正防止に焦点を絞り、それ以外は消費者自身に任せるという、比較的緩やかな規制を行うことが適切な対応となりそうである。
 もう1つ、著者たちがCFPBに対して「イノベーションの推進役」を期待している点も特筆すべきだろう。CFPBは「アメリカ消費者金融”保護”局」であるから、名前だけを見れば、消費者保護の観点から金融機関に規制をかけるのが最大にして唯一のミッションであるようにも思える。ところが著者たちは、そういった枠を超えて、消費者にとって有益な金融商品の開発を後押しするよう、CFPBに要請しているのである。
 最後に、イノベーションを活性化することを強く推奨する。ドッド=フランク法(金融規制改革法)は、特に、十分な公共サービスを受けていない地域社会の低所得者に恩恵をもたらす公算が高い場合に、CFPBが国内で試験的プログラムや実験的評価を実施することを認めている。
 規制からイノベーションが生まれるという発想は、以前このブログで取り上げた『イノベーション 「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』に通じるところがある(同書のレビュー記事は、「保護された「公共空間」の重要性―『イノベーション 「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』」を参照)。同書では、規制の形成段階から関与している企業は、イノベーションの恩恵にあずかれる可能性が高まると指摘されている。CFPBの関与によって、サブプライムローンのような危険なイノベーションではなく、本当の意味で消費者の役に立つ金融商品が生まれることを期待したいところだ。

 (レビューはまだ続きますよ)


(※1)DHBR2010年6月号に所収されている「顧客資本主義の時代」(ロジャー・マーティン)という論文によると、株主資本主義の代表格であるGEやコカコーラと、株主資本主義の時代にありながら顧客第一を掲げていたJ&JやP&Gの時価総額および連結利益成長率を比べると、必ずしも株主資本主義の方に軍配が上がるわけではないという(同号のレビュー記事「事業の目的は顧客の創造である(byドラッカー)(1)−『顧客資本主義(DHBR2010年7月号)』」を参照)。

posted by Amazon360

(※2)ドロシー・レオナルド著『知識の源泉―イノベーションの構築と持続』(ダイヤモンド社、2001年)より。

posted by Amazon360

(※3)以前の記事「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』」、「コネクト・アンド・ディベロップ」の次を目指すP&G(1/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』」を参照。
(※4)DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2010年10月号には、まさに今日の記事で述べた「データ・マイニング」(西山直樹他「不確実性の時代に唯一最適解は存在しない シミュレーションする経営」)と、「エスノグラフィック・マーケティング」(白根英昭「顧客に密着し、顧客も知らないニーズを発見する エスノグラフィック・マーケティング」)の両方の事例が登場する。

posted by Amazon360

(※5)「米国FRBがクレジットカード利用者保護強化に係る改正レギュレーションZの最終段階案を公募(その1)」(Civilian Watchdog in Japan-IT security and privacy law、2010年3月6日)、
米ギフトカードに規制」(カードBizと僕の勝手気ままログ、2010年3月4日)、
米ギフトカード残高喪失額は半減」(カードBizと僕の勝手気ままログ、2010年12月8日)
などに規制の内容が記載されている。てか、ギフト・カードを使わないと手数料を取られるとか、日本とは商習慣が全然違うんだなと感じた。
September 17, 2011

「コネクト・アンド・ディベロップ」の次を目指すP&G(2/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360
 (昨日の続き)

 P&Gのイノベーションには、イノベーション関連の論文や書籍で紹介される他の企業とは異なる特徴が2つあると思う。1つ目は、「イノベーションを既存事業から切り離さない」という点である(「イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』」を参照)。イノベーションは製品開発プロセスを行ったり来たりと試行錯誤を繰り返すものであり、利益が上がるまでに長い時間がかかる。イノベーションを既存事業と同じようなマネジメントを適用し、既存事業と同じ売上目標や利益目標を使って業績管理を行うと、せっかくのイノベーションが窒息してしまう危険性がある。従って、イノベーションは既存事業から独立させ、既存事業の影響を受けないようにするのが望ましい、というのが一般的な見解である。

 ところが、P&Gは一般論に反して、イノベーションを既存事業から切り離さない。これは、P&Gにおけるイノベーションの定義に起因すると思われる。すなわち、P&Gでは既存製品やサービスから派生したイノベーションが重視され(先日のイノベーションの分類で言えば(1)〜(3))、イノベーション・プロジェクトは既存事業の経営資源と共通のリソースを必要とすることが多いからである。よって、大部分のプロジェクトチームは、既存の事業部門の中に設置される。

 もちろん、P&Gにもクロス・ファンクショナル・チームのような部門横断的なプロジェクトは存在する。だが、そのような案件であっても、製品アイデアがある程度形になった段階で、スポンサーとなる事業部門が特定される。そして、その後は、スポンサー部門が案件の事業化と収益に責任を持つことになっている。

 P&Gのイノベーションのもう1つの特徴は、「イノベーションは既存事業から切り離されていないものの、イノベーションの担当者は日常業務との兼任ではなく、イノベーション専任になる」という点である。これは、グーグルの「20%ルール」や3Mの「15%ルール」とは異なるP&G独自のルールである。

 よく知られているように、グーグルのエンジニアや3Mの研究員は、自分の勤務時間の一定割合を、イノベーションに費やすことが許されている。これは見方を変えれば、グーグルや3Mは、P&Gと同じように、既存事業の中にイノベーションを位置づけている一方で、P&Gとは違い、社員が日常業務とイノベーションを兼務している、ということになる。では、P&Gはなぜ、グーグルや3Mのような兼任体制をとらなかったのだろうか?

 ここからは完全に仮説の域を出ない話で恐縮だけれども、1つ目の理由として考えられるのは、グーグルの20%ルールや3Mの15%ルールが、エンジニアや研究員といった特定の職種を対象としているのに対し、P&Gは研究員だけでなく全社員がイノベーションに関わることを推奨しているからである。

 エンジニアや研究員のように、クリエイティブな仕事に就いている人たちは、画一的なルールによる束縛を嫌い、自分のペースで、自らの裁量で仕事を進めることを好む。さらに、何か新しいアイデアを思いついたら、それをすぐに試してみたいという動機を持っており、マルチタスクを苦としない。そういう人たちには、20%ルールや15%ルールのように、日常業務とイノベーションを自分で自由に切り替えられるルールが適していると言える(それに加えて、採用段階でそういう切り替えが上手にできる人を慎重に選別している)。

 これに対し、P&Gは全社員にイノベーションへの関与を要求している。社員の中には、担当業務の性質上、普段はそれほどクリエイティビティが要求されない業務を担当している人や、マルチタスクがあまり得意でない人も含まれるであろう。そういう社員にもイノベーションに積極的に参画してもらうには、普段の業務を気にせずに、イノベーションに全ての神経を集中させられる環境を用意することが重要なのかもしれない。

 もう1つの理由は、特にグーグルとP&Gの違いに関連するのだが、イノベーションの対象となる製品やサービスの特性によるものである。グーグルの場合、20%ルールの範囲内でエンジニアが作っているのは、新しいソフトウェアのプログラムである。プログラムのソースコードは、バーチャルなやり取りが可能であるがゆえに、各地に散らばっているプロジェクトメンバーが空き時間を利用して、少しずつ開発を進めることができる。

 例えば、月曜日にAエリアのPさんがプログラムのコンポーネントを開発し、火曜日にBエリアのQさんがPさんのソースコードをチェックする。水曜日にはCエリアのRさんが、修正されたソースコードと自分が書いたソースコードをまとめてプログラムを最終化を試みる。

 すると、AエリアのPさんが、もう1つ必要なコンポーネントを思いついたらしく、水曜日に新しいプログラムを急きょ開発して、CエリアのRさんに送りつける。Rさんがソースコードの統合に困って社内イントラでヘルプ要請をしたところ、たまたま社内イントラを眺めていたDエリアのSさんがその要請を発見し、Rさんにアドバイスを送りながらプログラムの完成を支援する。

 木曜日と金曜日にはEエリアのTさん、Uさん、Vさんの3人が、それぞれ空き時間を利用して、プログラムのテストとデバックを行う。金曜日が終わる頃には、テスト結果が各地のチームメンバーにフィードバックされる、といった感じである。

 P&Gのイノベーションは、特定地域の消費者をターゲットとした消費財である。イノベーション・プロジェクトのメンバーは、市場調査のために現地に向かい、消費者の潜在ニーズを共有し、製品コンセプトを描き出す。そして、試作品を何パターンか生産し、品質基準やデザインを明確にしていく。ターゲット顧客にも試作品を使ってもらい、フィードバックを得ながら、新製品の仕様や価格を最終化する。

 さらに、新製品が小売店の棚に並べられた時、ターゲット顧客は小売店内でどのような行動をとるか?新製品を迷わず手に取ってくれるか?小売店のスタッフはターゲット顧客に対してどのようなアドバイスをすればよいのか?などといった点を、P&Gが所有する仮想店舗内で検証する。こうしたテストを経て、新製品を市場に投入するか否か、最終決定が下される。

 これらの一連のタスクを見ても解るように、P&Gの場合は、消費者やプロジェクトメンバーと直接顔をつき合わせながら進める仕事が多い。さらに、いずれのタスクも、空き時間に少しずつやれるような類のものではなく、タスクにどっぷりと浸かる必要がある。だから、グーグルのように、バーチャルな環境を活用して、日常業務を兼務しながらイノベーションを推進することが困難なのである。従って、プロジェクトメンバーが同じ場所に集まり、集中的にリソースを投下できるよう、専任体制をとっているのであろう。
September 16, 2011

「コネクト・アンド・ディベロップ」の次を目指すP&G(1/2)―『マーケティングを問い直す時(DHBR2011年10月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 10月号はマーケティング特集。何だか今年のDHBRは戦略、リーダーシップ、マーケティングの3分野をグルグルとサイクルで回しているような気も・・・。

イノベーションの成功率を高めるシステム P&G:ニュー・グロース・ファクトリー(ブルース・ブラウン、スコット・D・アンソニー)
 「コネクト・アンド・ディベロップ」などの活動の結果、イノベーションの成功率が上向く兆候が早くも見られた。しかし、有機的成長(M&Aに頼らない内部成長)の能力をさらに強化しない限り、目標達成は依然として困難であることは明らかだった。(中略)

 2004年、当時P&GのCTO(最高技術責任者)を務めていたギル・クロイドと当時のCEOのアラン・ラフリーは、勤続30年のベテラン社員のジョン・レイキムとデイビッド・グーレイトにある任務を与えた。それは、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンの破壊的イノベーション理論を知的基礎としたニュー・グロース・ファクトリーを設計することだった。

 より単純で、より便利で、より利用しやすく、より安価な製品や新サービスの提供を通じて成長を推進するという破壊的イノベーションの基本概念は、P&Gにとってまったく違和感のないものだった。洗濯洗剤の<タイド>、オーラル・ケアの<クレスト>、紙おむつの<パンパース>、住居用ワイパーの<スウィッファー>といったP&Gのパワー・ブランドの多くは、まさしく破壊的な道をたどってきていたのである。
 P&Gのイノベーションというと、世界中の研究機関や大学、企業内研究所などとネットワークを形成し、イノベーションのニーズやシーズを幅広く収集して新製品開発につなげていく「コネクト・アンド・ディベロップ」が有名であり、元CEOのアラン・ラフリーによる著書も出版されている(このブログでも何度か取り上げた)。

 P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』
 柔らかいアイデアの段階で予算をつける勇気がイノベーションのカギ―『ゲームの変革者』
 イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』
 P&Gは”イノベーションは結果が出ればOK”という柔な評価で済まさない―『ゲームの変革者』

 「コネクト・アンド・ディベロップ」が外部リソースを活用したイノベーションを目指しているのに対し、本論文で紹介されている「ニュー・グロース・ファクトリー」という新しい取組みは、内部成長を志向している。ただ、「コネクト・アンド・ディベロップ」と「ニュー・グロース・ファクトリー」の違いは、主として利用するリソースが外部のものか内部のものかという程度であり、P&Gが定義するイノベーションのコンセプトや、イノベーションを推進するプロセスは、両者でほとんど変わらないという印象を受けた。

 本論文によると、P&Gはイノベーションを次の4つに分類し、世界中で進行しているありとあらゆるイノベーション・プロジェクトを各カテゴリに割り振って、全社的にポートフォリオ管理を行っている((1)(2)はイノベーションというよりも、マーケティングの範疇のようにも感じるが、その点は置いておこう)。
(1)持続的イノベーション
 既存製品の漸進的改善をもたらすもの。P&Gではこの種のイノベーションを「"er"ベネフィット」と呼んでいる。「よりよい」(better)、「より簡単な」(easier)、「より安い」(cheaper)といった便益をもたらす。
(2)コマーシャル・イノベーション
 創造的なマーケティング、パッケージ、プロモーションにアプローチによって、既存の製品やサービスを成長させる手法。
(3)転換的持続的イノベーション
 既存の製品やサービスのカテゴリーを再編成するもの。この種のイノベーションは、桁違いに業績を改善し、事業を抜本的に変化させ、市場シェア、利益水準、消費者受容度を飛躍的に向上させることが多い。
(4)破壊的イノベーション
 これまでにないビジネスチャンスを作り出す。根本的に新しい製品やサービスによって、全く新しい事業に進出する(論文中では、ドライ・クリーニングのフランチャイズ展開の事例が取り上げられている)。
 プロジェクトの数そのものは、(1)と(2)が圧倒的に多い。だが、「ニュー・グロース・ファクトリー」でとりわけ重視されているのは、(3)のイノベーションである。(3)はちょうど、(1)(2)と(4)の中間に位置づけられる。より具体的に言えば、ビジネスモデルの変革までは行かないけれども、既存製品の機能・品質やコストパフォーマンスの大幅な変更を伴うのが(3)のイノベーションである。

 (3)に該当するものとしては、他社の高級品と同等の性能や品質を有しながら、他社よりも圧倒的に安い製品を市場に投入する、というケースが挙げられる。この手のイノベーションは、従来は価格が高すぎて手が届かなかった中間所得者層の需要を喚起すると同時に、今まで他社の高価格製品を使用していた高所得者層のスイッチングを促す。

 また、先進国では当たり前のように使われている製品を新興国で販売する際に、新興国の消費者の生活スタイルに合わせて製品を改良し、販促方法を工夫するのも(3)のイノベーションに該当する。先進国の消費者にとっては必需品であっても、新興国の消費者はその製品を使う習慣を持ち合わせていなかったり、別の方法で何とかやりくりしていたりすることがある。

 P&Gは、現地の消費者の実情を深く理解した上で、消費者の”潜在ニーズを先取りした”製品やサービスを開発し、消費者がその製品やサービスを必要とするように”啓蒙”することで、巨大な市場を自ら創出しているのである(「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』」のメキシコの事例を参照)。

 (続く)
July 06, 2011

成功は周りのおかげ、失敗は自分のせい―『失敗に学ぶ人 失敗で挫折する人(DHBR2011年7月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 6月はスマートグリッドのことをたくさん書いていたこともあって、DHBRの書評を書くのが1ヶ月遅れてしまった。もうすぐ8月号が出るけれども、どうぞ7月号のレビューにお付き合いください。

 7月号で私が再確認した教訓は大きく次の2つ。1つ目は、成功と失敗に対しては、基本的には「成功は周囲の環境のおかげ(運も含まれる)、失敗は自分の能力のせい」というスタンスを保つことが重要ということ。これは心理学で言うところの「帰属理論」の話になるけれども、成功や失敗を「何/誰のせいか?」と考えるかによって、その後のパフォーマンスに影響が出るというものである。

 もう1つは、完全な成功や失敗というものはなく、どんな成功にも部分的な失敗が含まれており、逆にどんな失敗にもよく見れば成功した部分があるということである。だから、成功も失敗もつぶさに検証すれば、深い洞察が得られる。そういう意味では、何年か前に元マッキンゼーの人から教えてもらった「フィードバックツール」は、簡素なものだけれども、よくできているなぁと改めて感じた。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
安心して失敗できる組織をつくる 失敗に学ぶ経営(エイミー・C・エドモンドソン)
 一口に”失敗”と言っても、いろんな失敗がある。著者は失敗を、「故意の逸脱」、「不注意」、「能力不足」、「プロセスの不備」、「タスクの難しさ」、「プロセスの複雑さ」、「不確実性」、「仮説の検証」、「探索型テスト」という7つに分けている。そして、失敗を安易に非難せず、失敗の種類を見極めた上で適切な対応策を講じるよう、マネジャーに助言している。
 最初に挙げられている「故意の逸脱」は、明らかに責めを負うべき行為である。だが、「不注意」はそうでないかもしれない。「能力不足」に起因しているのなら、たぶん非難に値するだろう。ただし、長すぎるシフトの終わり近くに疲れが出たせいならば、本人よりもそのシフトを命じたマネジャーのほうに落ち度がある。

 リストの下へ行けば行くほど、非難すべき行為を探すのが難しくなる。それどころか、探索型テストに起因し、貴重な情報を生み出す失敗は、称賛に値する可能性もある。
 論文の内容からはやや逸れるけれども、どんな失敗でも非難するマネジャーがいる一方で、どんな失敗にもコーチングでアプローチしようとするマネジャー(やコーチングの専門家)がいるように思える。

 確かに、コーチングは失敗から学習を引き出す1つの手法ではある。だが、遅刻した新入社員に対してまでもコーチングすべきだと説くのは、さすがにやりすぎというか、馬鹿げていると思うんだな(下の本)。もちろん、いつもは時間通りに出勤し、仕事の質にも全く問題がなかった人が、ある日を境に急激にパフォーマンスが落ちたとしたら、コーチング(というかカウンセリング)を行った方がいいけれどもね。

SE職場環境向上委員会
オーム社
2004-08
posted by Amazon360
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
マイクロソフト、3Mが実践する 「知的失敗」の戦略(リタ・ギュンター・マグレイス)
 同じプロジェクトに取り組む人々が、何をもって成功とするかについてまったく違う見方をしていることには、いつも驚かされる。私が研究した環境復元装置メーカーの例を紹介しよう。

 この企業では、新しい製品ラインの導入を予定していた。マーケティング・グループは、その装置のセールス・ポイントを新しい規制の厳しい基準に合格していることだと考えていた。一方エンジニアリング・グループは、コスト効率が重要だと考えていた。そしてコストを抑えるために、マーケティング・グループが目玉にしたがっていた特徴を外して設計していた。
 イノベーションに長けた企業は、「知的失敗」を重ねている。つまり、無数のテストを行い、無数の失敗を通じて、市場や技術に対する知見を深めていくのである。本論文では、失敗を知的に活用するための7つの原則が提示されているが、その1つに「プロジェクトの開始前に、成功と失敗を定義する」というものがある。プロジェクトのゴールをどのように設定するかによって、全く違う結果になってしまうことが引用文から解る。

 ところで、先月紹介した『イノベーション―「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』では、イノベーションは「分析的取り組み」ではなく「解釈的取り組み」から生まれるものであり、その取り組みには明確なゴールや期限がないとされていた。しかし、実務上はなかなかそうはいかないし、実際にはゴールや期限を定めた方がよいと思う。ただ、そのゴールや期限は、通常のプロジェクトほど厳密ではなく、抽象的で幅を持たせるのが望ましい。例えば、

 ・3ヶ月後をメドに、既存顧客が抱えている新しい潜在ニーズを3つほど発見する。
 ・今後約1年をかけて、従来の顧客セグメンテーションの切り口を見直す必要があるかどうかを検討する。見直しが必要という場合には、その証左となる事象やデータを5つ程度列挙する。
 ・1年間で約100のキャンペーンを実施し、どの顧客セグメントにどのタイプのキャンペーンが効くのかを見極める。
 ・半年ぐらいの間に、自社開発した新しい技術が消費者の生活空間に取り入れられた場合のイメージを10パターンほど描く。

といった具合だ。とりわけゴールについては、売上や利益、コストといった財務上の明確な数値ではなく、製品開発やマーケティングのプロセスに焦点を当てる。いきなり金額の目標を設定してしまうと、目標をクリアするために、リスクを避けて簡単なアクション(例えば、製品のちょっとした改善や、販売量の増加を狙った一時的な値引きなど)しかとらなくなるからだ。

 期限が迫ってきたら、目標の達成度合いを確認し、引き続きプロジェクトを進めるべきか否かを決定する。プロジェクトの続行が決まれば、再び目標と期限を設定する。ただし、新しい目標と期限は、前回のものよりも具体的で厳しいものにする。こんな感じで、「解釈的取り組み」から徐々に「分析的取り組み」へと移行し、最終的には金額を盛り込んだ事業プランや製品販売計画に落とし込んでいくものだと思う。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
「他責的」「無責的」「自責的」のカテゴリーから見る 失敗と責任の心理学(ベン・ダットナー、ロバート・ホーガン)
 パーソナリティ心理学は、調査を基に、失敗への対処法と責任の取り方を特定・分析する行動科学の枠組みを提示する。我々は、あらゆる業界のマネジャー数十万人のデータを使い、失敗に対する態度に問題のありそうな11のパーソナリティ・タイプを特定した。(中略)

 11のタイプは、心理学者ソール・ローゼンツァイクが1930年代に提唱した3つのカテゴリー―これは、攻撃性と欲求不満を判定するためにローゼンツァイクが開発した検査に基づく―に分類できる。
 引用文中の3つのカテゴリとは、論文のタイトルにある「他責的」、「無責的」、「自責的」の3つである。どのタイプも一長一短がある。「他責的」な人は、責任の所在を明確にできる一方で、批判が相手の行為ではなく人格にまで及んでしまい、職場の雰囲気を損なうことがある。「無責的」な人は、少々のミスなら大目に見るので職場が和やかになるけれども、職場の緊張感が切れて重大な失敗まで無視してしまう危険性がある。「自責的」な人は、失敗から最もよく学ぶことができるが、本来は自分と関わりのない失敗まで自分のせいだと思い、精神的に追い詰められることがある。

 引用文にあるように、「他責的」、「無責的」、「自責的」という3つのカテゴリーは、パーソナリティ心理学から導かれた性格の分類であるが、性格を変えることは非常に難しいものだ。だから、現実的な処方箋としては、自分がどのカテゴリに属するのかをよく認識した上で、デメリットをカバーする行動を身につける、ということになる。本論文には、パーソナリティを判定する無料診断のURL(後日、紹介予定)と、カテゴリ別の対応策が記載されている。

 ちなみに、私自身は、診断をやらなくても「他責的」な傾向が強いと自覚しているので(苦笑)、次のような行動を心がけるようにしている(完璧にこなすことは難しいけれど・・・)。

 ・他人の行動と性格を分離して考える。相手の性格を問題にするのではなく、行為に焦点を当てる。
 ・他人の特定の行為を問題視すると同時に、自分の行動にも何か問題はなかったかどうか振り返る。
 ・相手が他責的で非合理的な批判を自分に浴びせた場合には、スルーする(水掛け論になりやすいので)。

 (いつものごとく、レビューは続きますよ)

《2012年3月13日補足》
 「失敗は自分のせい」に関連して1つ、ダニエル・ディアマイアーの『「評判」はマネジメントせよ―企業の浮沈を左右するレピュテーション戦略』に出てくるサウスウエスト航空の事例が参考になるので紹介したいと思う。

 2005年12月8日、シカゴのミッドウェー国際空港で、サウスウエスト航空1248便が滑走路の積雪によりオーバーランを起こし、空港敷地外に逸脱して自動車と衝突した。この事故で軽症者21人、重傷者1人、死者1人が出た。サウスウエスト航空40年の歴史を通じて初めての死亡事故であった。

 事故の2年後に発表された最終報告書では、事故の原因は「パイロットのミス」と「訓練不足」と結論づけられた。しかし、それよりもはるかに重要なのは、サウスウエスト航空がミッドウェー空港の滑走路に緩衝帯がなかったことに努めて言及しなかったことである。

 私はミッドウェー空港の構造のことはよく解らないが、おそらく専門家の間では、緩衝帯がないミッドウェー空港は、いつ大事故が起きてもおかしくない危険な空港と認識されていたのかもしれない。サウスウエスト航空は、空港の構造的欠陥を事故原因にすることもできたはずである。ところが、実際にはそうはしなかった。

 緩衝帯の欠落という外的な要因を指摘したところで、それが直ちに改善される見込みは少ない。しかもサウスウエスト航空は、事故の後でもこの空港を使い続けなければならないのである。だからこそ、「パイロットのミス」と「訓練不足」という内的な要因に帰着させることで、事故の再発防止に向けた社内の意識を高め、実際に対策を講じる道筋をつけたのだと考えられる。


「評判」はマネジメントせよ 企業の浮沈を左右するレピュテーション戦略「評判」はマネジメントせよ 企業の浮沈を左右するレピュテーション戦略
ダニエル・ディアマイアー Daniel Diermeier フィリップ・コトラー

阪急コミュニケーションズ 2011-12-16

Amazonで詳しく見るby G-Tools
June 29, 2011

「業務プロセスがイノベーションの原動力」というのは別の意味で一理あり―『イノベーションの新時代』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
M・S・クリシュナン、C・K・プラハラード
日本経済新聞出版社
2009-06-11
おすすめ平均:
「個客経験の共創」と「グローバル資源の利用」の価値創造戦略
主張に新規性なし
肩すかし
posted by Amazon360

 1ヶ月ほど前に紹介した本をまた取り出して記事を書いてみる(しつこい(笑))。本書はゲイリー・ハメルとの共著『コア・コンピタンス経営』で知られるC・K・プラハラードの著書であるが、本書のポイントは「イノベーションの源泉が”業務プロセス”にある」という点である。
 通例には反するが、本書では、戦略、業務、ビジネスモデルなどを切り口としたイノベーションの分類は重視しない。ここでもまた、イノベーションの基本原則−個客経験の協創とグローバル資源の利用−をめぐる議論と同じく、イノベーションのおもな原動力に注目したい。業務プロセスは、組織にとっていわば血流のようなものである。イノベーションにはさまざまな形があるが、たとえ形は違ったとしても、イノベーションを生み出す気風は共通の土台に支えられている。それが、融通の利く、磨き上げられた業務プロセスである。
 ただ、本書を読む限り、「業務プロセスはイノベーションを着実に実行するために必要である」、言い換えれば、「新しい戦略が画餅に終わらないようにするために、新しい戦略に適合した業務プロセスを構築しなければならない」という、至極当たり前のことを言っているだけのように感じる。

 しかし、私が思うに、業務プロセスがイノベーションの源泉になるというのは、別の意味で真実である。なぜなら、イノベーションは「例外」から生まれることが多いからだ。そして、例外を判断する基準となるのが、標準的な業務プロセスなのである。

 ここでいう業務プロセスとは、製品やサービスを製造・販売するプロセスに加えて、その製品やサービスが提供している経験価値や、その経験価値を享受するターゲット顧客、さらにはプロセスを支える組織構造やITインフラ、社員の人数やスキル、人事異動のルールや評価制度、予算管理の仕組み、ナレッジやノウハウ、意思決定の構造、その他諸々の社内ルールまでを含めた、統合されたシステムであると捉えていただきたい。

 マネジメントの定石としては、まずはターゲット顧客とその顧客に提供したい価値を定義し、その価値が具現化された製品やサービスを企画する。次に、その製品やサービスを最も効果的、効率的に生産・販売できるプロセスを構築する。そして、プロセスが円滑に運用されるよう、ヒト、モノ、カネ、情報、知識といった経営資源を、どのプロセスにどの程度投入するかをルール化していく。こうしたルールが、組織構造や予算配分の方法、人事制度などといった社内の様々な仕組みに反映されていく。これらの多様な要素が一貫した形でがっちりと組み合っていれば、企業は高い競争力を手に入れることができる。

 だが、この統合されたシステムに矛盾をきたすような「例外」が、日常業務の中ではしばしば起こる。例えば、「想定外の顧客に製品がよく売れる」とか、「全く眼中になかった販売チャネルから、わが社の製品を扱いたいとの依頼が来る」といった具合である。こうした例外こそが、イノベーションの源泉になると思うのである。

 ドラッカーはイノベーションの「7つの機会」を整理しているが、最も頻度が高く、かつ最も成功の可能性が大きい機会として「予期せぬ成功」を挙げている。実際に、「予期せぬ成功」がイノベーションにつながった事例が、ドラッカーの著書『イノベーションと起業家精神』の中でいくつか紹介されている。その中から1つだけ引用しておこう。

P.F.ドラッカー
ダイヤモンド社
2007-03-09
posted by Amazon360
 動物用医薬品業界において、世界の主導的な地位を占めているスイスの医薬品メーカーがある。しかし、扱っている動物用医薬品のうち、自ら開発したものは1つもない。それらの医薬品を開発したメーカーが、動物用医薬品市場に進出することを嫌ってくれたために扱えるようになったにすぎない。

 抗生物質を中心とするそれらの医薬品は、もともと人間用に開発したものだった。したがって、獣医たちが注文を寄こしたとき、開発したメーカーは喜びはしなかったし、ときには売ることさえ拒否した。当然、動物用に調合を変えたり、包装を変えるようなことはしなかった。(中略)

 人間用の医薬品は、世界中で激しい価格競争にさらされ、しかも行政による厳しい規制を受けるようになった。その結果、今日では、動物用医薬品が医薬品業界で最も利益率のよい分野になった。だが、その利益を享受しているのは、それらの医薬品を開発したメーカーではない。
 開発メーカーの業務プロセスは、人間用医薬品の開発・製造・販売に適したものになっていたことだろう。仮に獣医に向けて販売することになれば、調合や包装のプロセスも変えなければならないし、マーケティングも人間用医薬品と動物用医薬品の両方について実施する必要が出てくる。さらに販売チャネルについても、人間用と動物用が入り混じった複雑なものになるだろうし、自社の営業担当者には、獣医用医薬品の知識を新たに叩き込まなければならない。

 開発メーカーは、長年にわたって統合的なシステムを構築してきた。それを変更する作業があまりにも厄介に感じられたため、動物用医薬品という新しい市場の魅力が見えなくなってしまったのであろう。だから、獣医からの注文という例外に出くわしても、それをイノベーションの機会ではなく、単なる厄介な問題として片付けてしまったと推測される。逆に、例外をイノベーションの機会と捉えたのが、スイスの医薬品メーカーであったわけだ。

 「例外」は、毎日いろんな顧客に接し、細かいプロセスをいくつも遂行している現場の人間の方が気づきやすいかもしれない。こうした例外から新しいビジネスを作り出していく人材が現場付近に溢れている企業こそが、イノベーションに強い企業となるであろう。NRIラーニングネットワークの亀井敏郎氏は、こうした人材を一般的な経営職(CXO)や管理職と区別して「経営職ミドル」と呼び、その役割を次のように説明している。

亀井 敏郎
ファーストプレス
2005-10-07
posted by Amazon360
 (経営職ミドルは、)顧客の立場で問題を発見し、収益が上がる形でその解決策を提供しなくてはならない。これはビジネスプロセスの設計の問題であり、収益性の観点から業務の流れをつくりあげることだ。それには自社の強みや弱み、経営資源の特性などが関連してくるため、自社のことをよく知らなければできないのである。
 顧客と自社の間に新しい業務の流れをつくり出す一方で、顧客接点となる現場では、組織としてのマネジメントも求められる。顧客の立場を重視した業務を円滑に進めていくためには、担当するメンバーの配置や指揮・命令系統の整備、さらには個々のモチベーションの維持・向上が必要になるからだ。これは経営のミニチュア版であり、「現場の会社化」という考え方である。
 経営職ミドルは、自社が本来想定してた顧客ニーズと、それに合致すると思って用意した製品・サービスが、目の前にいる顧客にはうまくマッチしない場合でも、社内の資源(時には社外の資源も)をうまく組み合わせて最適なソリューションを提供する。この場合、往々にして標準的な業務プロセスとは違ったプロセスが構築される。経営職ミドルの1つ1つの解決策だけを見ればさほどインパクトはないかもしれない。ところが、複数の経営職ミドルが似たような新しいソリューションを提供するようになれば、それはイノベーションへとつながっていくだろう。

 経営職ミドルがイノベーションを創出できるのは、突出した才能のおかげとは限らない。自社が用意した標準プロセスがあるからこそ、経営職ミドルは「例外」を発見できると考えられる。この意味で、業務プロセスはイノベーションの源泉と言えるのである。

 多くの企業は標準プロセスを用意した上で、プロセスの成果を図るための指標を設定し、目標値を定めている。そして、いわゆる「進捗会議」を開いて各指標の値をモニタリングし、目標に届かなかった場合は、その原因を分析する。ところが、標準プロセスに該当しない「例外」を会議の材料にして、

 「その例外は自社にとって何を意味するのか?」
 「本当に単なる例外として片付けていいのか?」
 「実は、自社が見過ごしていた新しいビジネスチャンスがあるのではないか?」
 「その例外に目をつけている他の企業はいないのか?」
 「いるとすれば、その企業はどのような対応策をとっているだろうか?」

などといった論点について対話を繰り広げている企業はまだまだ少ないのではないだろうか?(このような対話の場については、「進捗会議」のような適切な語句が見当たらないことからも解る)逆に、そういう対話ができる企業は、イノベーションの機会を他社よりも上手に発見するに違いない。
June 11, 2011

(補足)「分析的取り組み」と「解釈的取り組み」の違いのまとめ

拍手してくれたら嬉しいな⇒
リチャード・K. レスター
生産性出版
2006-03
posted by Amazon360

 最後に、「分析的取り組み」と「解釈的取り組み」の違いを本書から引用して、この本のレビューを終わりにしたいと思う。
分析的取り組み
 ・プロジェクトに焦点を当てる。開始点と終結点が明確である。
 ・問題解決を重視する。
 ・マネジャーは目標を決定する。
 ・マネジャーは会議を招集し、関係者間の交渉によって、見解の相違を解決し、曖昧さを取り除く。
 ・コミュニケーションは情報の正確な交換である。
 ・デザイナーは消費者の意見に耳を傾ける。
 ・手段と達成目標は明確に区別され、流行のモデルで関連づけられる。

解釈的取り組み
 ・プロセスに焦点を当てる。継続的で際限がなく、終わりもない。
 ・新しい意味の発見を重視する。
 ・マネジャーは方針を決定する。
 ・マネジャーは対話を推奨し、異なる見解を許容し、曖昧さに検討を加える。
 ・コミュニケーションは流動的で状況に応じて変化する。
 ・デザイナーは消費者の要望を知るために直観力を養う。
 ・手段と達成目標は明確に区別されない。
 最後の「手段と達成目標は明確に区別され、流行のモデルで関連づけられる」と「手段と達成目標は明確に区別されない」は若干解りにくいので、私なりに解釈を付け加えてみたい。

 「手段と達成目標は明確に区別され、流行のモデルで関連づけられる」とは、例えば「不良品率の削減」という目標に対して「シックスシグマ」という手段が採用され、「顧客生涯価値(CLV: Customer Lifetime Value)の拡大」という目標に対して「CRM(Customer Relationship Management)」のコンセプトに従った顧客DBが構築されるといった具合に、ある特定の経営目標に対して、それを直接的に実現しうる有力で明快な方法論やツールが存在することを指す。

 他方、「手段と達成目標は明確に区別されない」というのは、「達成目標は曖昧で、かつ達成目標とは必ずしも関係なさそうな手段でも許容される」という風に言い換えた方が解りやすい。例えば本書には、リーバイス社のこんな事例が登場する。
 リーバイス社は、若年層市場をさらに年齢ごとに細分化し、それぞれの市場セグメントごとに、各セグメント担当のデザイナーに調査させた。あるデザイナーは、担当する年齢層がよく出入りするクラブを訪れ、彼らが買い物をする店で自分たちも商品を購入し、子どもたちが古着のつるし棚で記録帳を見たり、古着を手に取ったりする様子を伺ったりした。
 デザイナーの目標は、「担当セグメントの顧客をよく理解すること」という非常に抽象的なものである。そして、その目標を達成する手段は、各デザイナーに任されている。しかも、デザイナーは「顧客のどういう生活シーンを観察するか?」という点について、あらかじめ計画を練っていたわけではないと考えられる。それこそ、デザイナーが思いつくままに、あるいは顧客の生活ペースに合わせて観察を続けたのではないだろうか?

 だから、ここからは想像の域を出ないが、顧客がよく読む雑誌やよく聴く音楽に触れてみたり、顧客と一緒に食事をしたりしながら、顧客の価値観や嗜好を探ろうとしたデザイナーもいただろう。あるいは、顧客の友人や恋人までも観察対象にして、その顧客が彼ら彼女らに対しどのような印象を与えたがっているのか、どういうアイデンティティを示そうとしているのかを追求したデザイナーもいたのではないだろうか?

 「顧客を理解するためにそこまでする必要があるのか?」と思えることまでやってしまうのが「解釈的取り組み」である。もっと言えば、目標達成までの道中であっちこっちに脱線したり、ぐるぐると回り道をしたりすることが許されるのが「解釈的取り組み」なのである。
June 09, 2011

「解釈的取り組み」をどう記述するか?という難題―『イノベーション 「曖昧さ」との対話による企業革新』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
リチャード・K. レスター
生産性出版
2006-03
posted by Amazon360

 著者が本書の中で提起している興味深い問題は、「『解釈的取り組み』の具体的な中身をどのように記述するか?」というものである。著者に限らず、すでに多くの経営学者や実務家が、「分析的取り組み」は、特にイノベーションの分野ではあまり有用ではないことに気づいている。そして、「分析的取り組み」に代わる「新しいマネジメント」がこれまでにも数多く開発されてきた。例えば、学習する組織、ネットワーク組織、クロスファンクショナル・チームなどがそうである。

 しかしながら、こうした新しいコンセプトやツールは、根源的な問題を抱えているという。
 この種の論述で非常に難しい問題がある。マネジメントにおける解釈的側面を洞察した文献が、「分析的思考」の用語を使って書かれているのである。たとえば、ネットワーク組織について考えてみよう。結節点が、情報通信の経路によって連結するシステムである。社会学者、ロナルド・バートは、このようなネットワークの「構造上の穴」に着目する。結節点と結節点との間で関係が断絶している状態である。これらの結節点がつながると、共通の言葉と語彙が発達することが期待できる。

 バートは、これを「裁定取引」という用語で説明している。仲介者は、一つの結節点から別の結節点に情報を送り込むことに可能性を見出すことができる。ちょうど外国為替市場のトレーダーが、ニューヨークとロンドンの交換レートの差を有利に使って売買するのと同じである。
 クレイトン・クリステンセンが長年に渡って研究テーマとしている「破壊的イノベーション」も、分析的な記述にとどまっていると著者は指摘する。
 クリステンセンの方法論は、本質的に分析的である。自律的事業単位(※クリステンセンが提唱した組織形態。既存事業から切り離された、破壊的イノベーションを担う組織のこと)の主な機能は、破壊的技術の解決策を「実施すること」である。(中略)

 「分析的取り組み」の優れた方法は、いろいろな顧客グループを含めた広範囲の情報源から技術動向の情報を収集し、どの新しい技術が破壊的と考えられるかについて客観的基準を適用し、破壊的技術を実施するための自律的な事業単位を設定することである。これらを系統的に組織的に行う。これがクリステンセンが実質的に提案した取り組み方である。
 クリステンセンが提案した方法に従ってイノベーションを推進したが、失敗に終わった事例が本書の中で1つ紹介されている。照明コントロール製品を手がけるルートロン社は、同社の標準製品とは異なる製品の開発を目的として「カーディナル・プロジェクト」を立ち上げた。プロジェクトは既存事業から切り離され、メンバーには非顧客との対話が期待されていた。ところが、
 カーディナル・プロジェクトが当初のビジョンから離れて、クリステンセンの処方による「分析的手法」を始めたところ、問題がこじれてしまった。カーディナルの経営陣は、ユニットの事業分野を拡大しようと試みた結果、独立採算制を採用した。事業の選択基準をイノベーション能力から収益性基準に変更し、他の事業部と競争するようになった。特注品をわずかに改善して、標準部品以外の注文に応じた。こうして当初あったプロジェクトの「解釈的取り組み」は消滅し、この時点で、カーディナル・プロジェクトは解体した。
 だが、個人的には、これらの一連の記述は、クリステンセンの本来の主張とは異なるように感じるんだね。クリステンセンは、自律的事業単位に対しては、既存事業とは異なる業績評価制度が必要だとし、特に収益に関しては寛容であるべきだと強調していた記憶がある。業績の中で厳しく見なければならないのは、むしろ売上の方なんだな(新しい顧客に新製品が受け入れられているかどうかを測る試金石になるため)。

 また、先ほどの引用文の中に、「どの新しい技術が破壊的と考えられるかについて客観的基準を適用し」とあるが、クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』などの著作の中で、破壊的技術の客観的基準など定めていなかったはず。むしろ、同じ技術であっても、企業によっては破壊的技術になったり、持続的技術になったりすると述べているぐらいだし。要するに、それこそ「解釈次第」なんだな。

 著者は別の箇所で、「解釈的取り組み」によって製品コンセプトや仕様がある程度固まれば、その後は「分析的取り組み」へと移行し、安定的な生産と販売を実現し、収益が出る体制を実現しなければならないと述べている。ルートロン社の失敗は、クリステンセンの理論の欠陥に原因があるというより、ルートロン社が「解釈的取り組み」から「分析的取り組み」へと移行するタイミングを間違えた(早まった)と考えた方が、私としては納得感があるよ。

 「解釈的取り組み」に近い内容を研究している学者として著者が名前を挙げるのは、ダグラス・ノース、ドナルド・ショーン、ピーター・センゲ、カール・ワイクなど、ごく一部の学者に限られる。それでも著者は、彼らでさえ「分析」と「解釈」を明確に峻別していないと、何とも手厳しい評価を下している。ピーター・センゲと同じような分野を研究している野中郁次郎については、
 センゲが使用する端的な用語は、野中、竹内の用語にきわめて近い。「学習する組織」という言葉は、「知識創造企業」にきわめて似ている。普通に本を読む以上に、かなり細かく読み込まないと、これらの書籍が根本的に違うことを言っていることに気づかないだろう。詳細に言うと、センゲの論評は、私たちが理解する以上の内容があり、そのことが目立っている。野中と竹内の議論はセンゲの分析的な世界観を補強するものであり、根本的に異なるもう一つの考え方に対して貢献しているわけではない。
と評されているぐらいだ。

 けれども、私が思うに、著者自身も「『解釈的取り組み』の具体的な中身をどのように記述するか?」という問題に対して、明確な解答を示すことはできていない。本書の大半は、

 ・「分析的取り組み」と「解釈的取り組み」は同じ組織の中で共存しうること
 ・マネジャーは両方の取り組みに責任を負う必要があるということ

の説明に割かれている。「解釈的取り組み」のコアである「”曖昧さ”との対話」とは一体どのようなものなのか?この点については、残念ながら詳しく知ることができない。ふむー、自宅の本棚に置きっ放しになっている『U理論』や、「対話」と言えば必ず出てくる物理学者デビッド・ボームの著書を読みこんでみるとするか。
June 07, 2011

保護された「公共空間」の重要性―『イノベーション 「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
リチャード・K. レスター
生産性出版
2006-03
posted by Amazon360

 (前回からの続き)

 とはいえ、先ほどの2つの命題が間違いだったとは私は思わない。この2つの命題が広まった80年代から90年代初頭の時代背景を考慮する必要がある。この時期のアメリカでは、アメリカ製よりも日本製やドイツ製の方が好まれた。これは紛れもなく、日本製やドイツ製の方が、顧客のニーズに合致していたからだ。安くてめったに故障しない日本車は、高い金を払っているのに頻繁に故障するビッグスリーの車に悩まされていたアメリカ人にとって、願ってもない製品だったに違いない。だから、「アメリカ企業は、日本やドイツの企業のように、もっと顧客の声を聞くべきだ」という命題が導かれたと推測される。

 また、もう一方のコア・コンピタンスの命題は、アメリカ企業のコングロマリット化に対するアンチテーゼとして提示されたものであろう。事業の多角化を狙ってM&Aが盛んに行われていたが、買収後の企業価値が、しばしば買収前の2社の企業価値の合計を下回ることが研究者の間でも指摘されていた(マイケル・ポーターもM&Aに関する研究を行っており、シナジー効果のないM&Aには早くから警鐘を鳴らしていた)。

 シナジーという単語は、M&Aを正当化するのには非常に便利な言葉である。しかし、M&Aの成功確率の低さが明るみになると、その反動として、「もっと自社の足元を見つめ直し、本当の強みを見極めるべきだ」という方向に議論が傾いたと考えられる。

 だから、2つの命題は、時代背景に照らし合わせれば至極全うなものであった。さらに言えば、マーケティングなしに企業の存続は考えられないから、2つの命題は今でも十分に有効である。ただし、それはマーケティングの分野に限られた話である。生産性の向上や市場シェアの拡大だけを志向しても、いずれは限界がくる。そこからさらなる成長を実現するには、「解釈的取り組み」を通じたイノベーションを追加しなければならない。つまり、「分析的取り組み」と「解釈的取り組み」の両方を同時進行させる必要がある、というわけだ。

 「分析的取り組み」が企業活動のムダを排除しようとするのとは対照的に、「解釈的取り組み」は冗長性を推奨する。部門間の交流、異なる技術間の交流、サプライヤーや外部機関との交流、非顧客との交流など、「分析的取り組み」であれば排除されるような、既存の枠組みを超えた異質・曖昧さとの交流がよしとされる。こうした冗長な活動をひっくるめて、著者は「対話」と呼んでいる。そして、「対話」を「分析的取り組み」の圧力から守るために、「公共空間」が必要だと説く。個人的には、この点が非常に興味深く感じた。

 日常業務から離れたオープンなスペースでの「対話」の重要性は、1年半ぐらい前に紹介した『ダイアローグ−対話する組織』という書籍でも指摘されている。ただし、この本では、こうしたオープンスペースがどのようなものになるのか?といった具体的な記述は見られなかった。

中原 淳
ダイヤモンド社
2009-02-27
おすすめ平均:
うーん、これは厳しい。
さらっと読んだのですが・・・
学習する組織のための対話とは
powerd by Amazon360

 一方、『イノベーション 「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』では、「公共空間」として(1)企業内の場、(2)企業間のネットワーク、(3)規制、(4)大学という4つの具体例を挙げている。(1)企業内の場とは、例えばAT&TやIBM、デュポンなどが所有していた企業内研究所を指す。(2)企業間のネットワークとは、P&Gの「コネクト・アンド・ディベロップ」のような活動を想起していただければ解りやすい(以前の記事「柔らかいアイデアの段階で予算をつける勇気がイノベーションのカギ―『ゲームの変革者』」などを参照)。

 (3)規制が「公共空間」になるという指摘が面白いのだが、これは、行政が既存の規制を企業に適用する場面ではなく、行政と企業が共同で新しい規制を構築するケースを指している。新しい規制が形成される過程では、行政・企業のメンバーが、消費者のニーズやトレンド、産業を構成する各種プレイヤーの動向、技術発展の見通しなどをめぐって、自由闊達に情報交換する。さらに、規制すべきプレイヤーは誰であって、その利害は何か?逆に、規制によって保護すべきプレイヤーは誰で、その利害は何なのか?などといった、踏み込んだ「対話」が展開されるというのである。

 本書では、パナソニックがかつて連邦政府通信委員会(FCC)の諮問委員会のメンバーから外されてしまい、国外のインフラ基盤事業において事実上競争することができなくなってしまった、という事例が取り上げられている。逆の見方をすれば、FCCが規制を形にしていく段階で、アメリカ国内のインフラ基盤事業の方向性が巧妙に固められていたというわけだ。規制策定に参加していた企業は、この方向性に沿って自社のビジネスを展開できる。他方、メンバー外の企業は、規制の中身を理解することから出発しなければならず、スタート段階でいきなり競合の後塵を拝してしまうのである。

 (4)大学とは、いわゆる産学連携のことを意味している。ここに「官」が加わって産学官連携になると、(3)と(4)がミックスした公共空間が生まれるかもしれない。

 もっとも、「公共空間」を作ればイノベーションが加速すると考えるのは甘い見通しであろう。(1)企業内の場については、そもそも企業自体が「分析的取り組み」の塊と化しているため、そこに「解釈的取り組み」の場をつけ加えることが困難になりつつある(この点は、『ダイアローグする組織』の著者である中原淳准教授も指摘していた)。

 また、(2)企業間ネットワークについては、ネットワークを構成するそれぞれのプレイヤーにも「公共空間」に対する十分な理解が求められる。「分析的取り組み」でガチガチになっている企業がネットワークに入ってきてしまったら、返って「対話」の邪魔になることは容易に想像がつく。

 となると、(3)規制や(4)大学に望みを託すのか?ということになるが、この2つはやや特殊な例だと思われる。本書で論述の対象となっている業界には、携帯電話や医療機器メーカーなど、法的な規制や大学の研究との関係が深いものが実は多い。個人的には、(3)(4)はこうした事情から導かれたと考えている。

 では、「公共空間」は空論と諦めるしかないのか?というと、それはそれでまた早急な判断であろう(議論がグルグル回って恐縮だが・・・)。(2)〜(4)は利害関係者が多くなるので、その分「公共空間」の構築には様々な困難な伴う。それに比べれば、(1)は企業単独で実施可能だ。私は、まずはこれに望みを託したい。その際には、業務や組織のデザインをがらりと変える必要がある。例えば、

 ・「解釈的取り組み」に参画するのは誰か?グーグルや3Mのように、全社員が一部の業務時間を「対話」につぎ込むことができるようにするのか?それとも、「公共空間」の名にふさわしい、既存事業部門からは隔離された部署を設立するのか?

 ・上記の変更に伴って、各社員のジョブ・スクリプション(職務定義書)はどのように変わるのか?(日本だと明確な職務定義書が存在しないが、目標管理制度[MBO]などを採用している企業であれば、期初に設定する目標の中身が従来とは変わるはず)

 ・マネジャーの役割はどうなるのか?「分析的取り組み」と「解釈的取り組み」を状況に応じて首尾よく切り替えるスイッチの役割を果たすのか?それとも、「解釈的取り組み」を専門とし、「解釈的取り組み」の成果に責任を持つマネジャーを新たに任命するのか?

 ・「解釈的取り組み」につぎ込む予算はどのように捻出するのか?また、「解釈的取り組み」から生まれる各種プロジェクトに、どうやって予算を割り振るのか?

 ・「解釈的取り組み」の成果をどのように測定するのか?また、その成果をどうやって人事考課(給与・等級)に反映させるのか?

 ・「解釈的取り組み」に必要なスキル・知識とは何か?それを現場社員やマネジャーに習得してもらうためには、どのようなトレーニングを実施すればよいか?

 などなど、幅広い問いに対し一貫性のある解を用意しなければならないだろう。

 (まだまだ続くよ)
June 06, 2011

マーケティングとイノベーションの違いの整理―『イノベーション 「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
リチャード・K. レスター
生産性出版
2006-03
posted by Amazon360

 先日取り上げたC・K・プラハラードの『イノベーションの新時代』は、イノベーションというよりもOne-to-Oneマーケティングの本で肩透かしを食らってしまったのだが、この本はちゃんとイノベーションがテーマになっていた。結構骨太の内容で、読み切るのに苦労したよ。

 90年代から現在にかけて、日本やドイツの経済が低迷したのとは対照的に、アメリカ経済はそれなりに順調に成長を遂げた(途中、ネットバブル崩壊やサブプライムローン問題による混乱はあったが)。アメリカ国内では、「企業を中心とする様々なイノベーションが、成長の主たる要因である」と分析されているようだが、著者はこの点に疑問を投げかけている。果たして、本当の意味でのイノベーションが、アメリカで引き起こされていたと言えるのだろうか?そして、真のイノベーションとは一体何を指すのか?本書の争点はここにある。

 この点を論じるにあたって、著者は従来の経営学者が唱えてきた2つの命題を問題視する。1つは「顧客の声をよく聞け」というものであり、もう1つは「自社の強みに集中せよ」というものである。本書では直接述べられていないが、前者は言い換えれば外部環境重視の戦略であり、後者は内部環境重視の戦略に該当する。この2つの戦略は、長きに渡って戦略論の2本柱を形成してきた。そして、経営者やマネジャーは、双方のメリットを尊重し、両者をうまく組み合わせながら戦略を構築してきた。

 その最も華々しい成功例が、ジャック・ウェルチの率いるGEだったと著者は指摘する。経営学者はこぞってGEを研究し、世界中の企業がウェルチの経営を真似しようとしたものである。こうした産学両方の努力の甲斐もあって、「顧客の声を聞く方法」や「自社の強みに集中する方法」はかなり定式化されている。

 つまり、どういうプロセスで検討を進めるべきか?検討にあたって、どのような情報を収集すべきか?それらの情報に基づき、どのように選択肢を形成するのか?さらに、最終的な解をどうやって絞り込むのか?といった一連の方法論がある程度確立されているのである。

 このような明確な指針が定められた活動を、著者は「分析的取り組み」と呼ぶ。しかしここで重要なのは、イノベーションを引き起こすのは「分析的取り組み」ではないという点である。ピーター・ドラッカーは何十年も前に、「企業に必要なのは、マーケティングとイノベーションである」と指摘したが、この2つにはこれといった明快な定義が存在せず、しばしば混同される。

 個人的には、マーケティングとは「既存市場のパイの争奪戦」であり、イノベーションとは「既存市場の競争ルールの抜本的変化」や「全く新しい市場の創出」を意味すると理解している。別の見方をすれば、マーケティングでは競合同士の持久戦が繰り広げられ、それに耐えられなくなった企業が淘汰されるが、イノベーションでは既存プレイヤーが一気に死滅することもある。

 例を挙げると、ビール各社が毎年ビールのシェアを競い合っているのはマーケティングの世界である。これに対して、イノベーションに該当するのは、携帯電話が固定電話を一気に隅に追いやり、通信市場の構図をがらりと書き換えてしまったことや、iPadの登場によってタブレットPCという市場が生まれ、その影響がPCやアプリ市場のみならず、書籍市場にまで及んだことなどである。

 著者は、イノベーションを創出するのは「分析的取り組み」ではなく、「解釈的取り組み」であると述べている。「解釈的取り組み」では、先ほどの2つの命題とは正反対の活動が行われる。すなわち、顧客の声にはあまり耳を傾けず、さらに自社の能力を取捨選択せずに統合するのだ。

 本書では、いくつかのイノベーションについて詳細な分析が試みられている。その中の1つである携帯電話は、当初は自動車で無線を利用している営業担当者などが、無線の代替品として利用すると考えられていた。しかし、製品開発担当の技術者が、試しに様々なタイプの消費者に携帯電話を使わせてみると、全く予想外の使い方をすることに気づいた。

 技術者は、よくあるグループインタビューのように消費者にあれこれと話を聞くことはせず、敢えて消費者の行動の観察に徹した。そこから、消費者の潜在的なニーズを「解釈」していったのである。また、携帯電話は、技術的には有線(固定電話)と無線(ラジオ)が融合したものである。用途が全く異なる2つの技術が交錯することで、携帯電話は誕生したわけだ。

 ここからは私の解釈になるけれども、経営学者たちが唱えてきた2つの命題は、企業活動からムダを取り除く方向に働く。「顧客の声を聞く」ということは、「顧客が欲しいと言った製品やサービスだけを提供すればよい」ということになるし、「コア・コンピタンスに集中する」ということは、裏返せば「強みにならない能力は捨て去るべきだ」ということになる。その結果としてもたらされるのは、「企業の生産性の向上」である。そして確かに、生産性の向上は、経済成長にとってプラスに作用する。

 90年代以降のアメリカ経済の成長は、それこそ携帯電話のようなイノベーションに負う部分もあるが、大半は企業の生産性向上によってもたらされたものである、ということを著者は言いたかったのではないだろうか?実際、アメリカの経済成長の何分の1かは、ウォルマートの生産性向上によってもたらされている、という分析結果も一時期出回っていた記憶がある。

 (続く)
April 16, 2011

「イノベーションに失敗した人」の評価方法に関する素案

拍手してくれたら嬉しいな⇒
A.G.ラフリー
日本経済新聞出版社
2009-05-23
おすすめ平均:
気付きを促してくれる本。Consumer is boss この言葉を心に刻みたい。
『イノベーションと起業家精神』の現代実践版
イノベーションを中心とする経営の教科書
posted by Amazon360

 先日の記事「P&Gは”イノベーションは結果が出ればOK”という柔な評価で済まさない―『ゲームの変革者』」の最後で、P&Gの評価制度について引用したけれど、よく読んだらこれは業績評価のことであって、人事評価のことではなかったことに後から気づいたよ・・・。

 残念ながら、本書はP&Gの人事制度に関する記述が少なかった。イノベーションに関するいろんな本や記事を読んでいると、「失敗を許容する風土を醸成するために、イノベーションに失敗した人を罰するのではなく、むしろ評価するべきだ」といった話がよく出てくる。アラン・ラフリー自身も、本書の中で10を超える自分の失敗を告白しているけれども、それでも確かにCEOにまで上り詰めている。もちろん、ただのボーンヘッドで失敗したのならば罰せられてしかるべきだが、「価値ある失敗」を経験した人であれば、高い報酬や地位が得られる可能性があることが本書から伺える。

 では、ここで議論となるのは「価値ある失敗」とは何か?ということだ。個人的には、プロジェクトの失敗が企業にとって価値を持つのは、次の3つのケースではないかと思う。

(1)その失敗プロジェクトと同じ要因で、失敗への道をまさに今たどりつつある他のプロジェクトを早期に中止することで、予算や人材の無駄遣いを防止することができた。

(2)現在進行している、あるいは将来立ち上がるプロジェクトが、その失敗プロジェクトを教訓にして失敗要因をうまく回避することができたおかげで、プロジェクトの成功確率が高まった。

(3)失敗プロジェクトの中で残ったナレッジやノウハウ、あるいはプロジェクト内で開発した技術や外部から調達した知的財産が、実は他のプロジェクトでも使えるものであり、これらの無形資産を流用した他のプロジェクトは、製品開発リードタイムの短縮や市場シェアの迅速な拡大に成功した。(※)

 (1)〜(3)は企業にとって経済的な価値を持つ。(1)はコスト削減を、(3)は売上拡大をもたらす。(2)は、失敗要因によってはコスト削減にも売上拡大にもなるだろう。失敗だからといって、全てが無駄になるわけではないのだ。もちろん、(1)〜(3)の経済価値を金額換算するのは容易ではない。しかし、失敗した人を高く評価するならば、それなりの根拠というものがなければならない。

 (1)〜(3)を明確に評価するには、ハネウェルのVPM(Velocity Portfolio Management)のような「プロジェクト・データベース」が必要になるはずだ。しかも、単に現在進行しているプロジェクトの概要や収支予測といった情報だけでなく、過去のプロジェクトの成功要因や失敗要因、さらにはプロジェクトが残した無形資産のリストといった情報も管理するような、VPMよりさらに一歩進んだDBである。

 各プロジェクトのリーダーは、過去のプロジェクトの中で参考になった情報をDBから引っ張ってきて、自分のプロジェクト情報と紐付ける。こうすると、(1)〜(3)の評価もある程度は可能になる(運用が煩雑だけど・・・)。P&Gが実際にどのように評価を行っているかは本書から解らないものの、何かしらこれに似た仕組みを持っているように思われる。

(※)P&Gには、「失敗プロジェクトが残した無形資産を全社的に有効活用する仕組みがある」という話をDHBRで読んだのだが、何年何月号だったか忘れた(汗)。現在調査中なので、判明したら情報を追記します。

《参考》
 ちょっと古いけれども、P&Gのマーケティングに関する論文が所収されているDHBRを2冊ほどご紹介。2007年7月号にはマーケターを対象に実施している各種トレーニングや、プロモーションの効果測定に用いているKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)などが、2006年8月号には「コネクト・アンド・ディベロップ(C&D)」が載っている。

posted by Amazon360
April 14, 2011

P&Gは”イノベーションは結果が出ればOK”という柔な評価で済まさない―『ゲームの変革者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
A.G.ラフリー
日本経済新聞出版社
2009-05-23
おすすめ平均:
気付きを促してくれる本。Consumer is boss この言葉を心に刻みたい。
『イノベーションと起業家精神』の現代実践版
イノベーションを中心とする経営の教科書
posted by Amazon360

 (12ステップの内容をそれなりにまとめようとすると、やっぱ4つぐらい記事が必要なんだな・・・)

 先日の記事の補足になるが、C&D(コネクト・アンド・ディベロップ)の成果について、本書の中で次のように述べられている。
 (本書の執筆時点で、)C&Dは500ほどの案件を成功裡に終わらせている。平均して1週間に2つの割合だ。この成果として合計200以上の新商品が発売されている。2001年に設定した目標は達成した。2007年にP&Gが着手したものの50%以上(※)は、少なくとも1社の社外パートナーと協力している。P&Gは世界で選ばれるパートナーになるという目標を達成しつつあると言ってもよいだろう。
 (※)の部分は何だか曖昧な表現になっているけれども、別の箇所と合わせて総合的に判断すると、P&Gでは「新たなアイデアのうち、50%以上は社外パートナーとの協力によるものとする」という目標が設定されているようだ。C&Dは、この目標の達成に不可欠な存在となっている。

【Phase3:実行&評価】3-3.進捗管理
【Phase3:実行&評価】3-4.業績評価・人事評価
《プロセスの概要》
 イノベーションを成果に結びつける最後のステップは、適切な指標管理である。指標管理は、日常業務における進捗管理と、四半期ごとの業績評価・人事評価の両方に必要だ。的確な指標を使っていれば、計画と現実のズレをすぐに発見することができるし、イノベーションを後から振り返った時に何が成功要因で、何が失敗要因だったのかを議論しやすくなる。

《プロセスを支える仕組み・施策》
 本書では評価の原則が具体的にまとめられていたので、ちょっと長くなるが引用しておこうと思う。
1.イノベーションの評価を投資のポートフォリオと同様に考えること。投資では、株、債権、投信の個別利回りよりもトータル・リターンを気にかけるだろう。それと同じく、各プロジェクトを個別に評価して、勝ち負けの判断をしてはならない。一定期間の投資と成果を比較して評価するのが秘訣だ。そうすれば、高リスクと低リスクのプロジェクトの両方を混ぜ、抜け目なくチャンスをとろうという気にさせる。

2.製造工場を建ててからフル稼働できるまでには時間がかかるように、イノベーションでも結果は遅れて出てくる。

3.計測できるからといって、それが計測の価値があるものだとは限らない。難しくても、不正確であっても、重要なものは計測しなくてはならない。計測が正しくなくても、計測すべきものが間違っていなければ、将来正確になっていく。

4.一定期間に発売された新製品の割合など、イノベーションでも正確に数量化できるものがある。その一方で、相対的な比較でしか評価できないものもある。たとえば、消費者の求めるものを探り出し、効果的に意思決定に反映しているかどうかを10段階で表わすと、チームAは「9」だが、チームBは「3」でしかない、といった具合だ。質的な評価は、成否を分かつもっとも重要なポイントに焦点を合わせることが多い。

5.試作品を開発するスピード、「ボス」である消費者にくり返しテストする回数など、やがて財務面に跳ね返ってくる数字も評価される。

6.イノベーションは各フェーズで、厳しく成果をはかり、到達目標と比較しなくてはならない。たとえば、100のアイデアにゴーサインを出したとしよう。そのうちのいくつが育成の段階までいくだろうか。いくつが市場までたどりつくか。そして、消費者に受け入れられて成功し、業績目標を達成できるものはいくつあるだろうか。

7.イノベーションの結果は、段階ごと、フェーズごとに行なわれる一連の意思決定によって決まってくる。したがって、数値評価がよく行なわれるほど、各フェーズでよい決定を下すことができ、プロセス全体の効果もあがる。各段階できっちり見直すことは、イノベーションの結果に大きな影響を与える。

8.イノベーション・プロセスで経験を踏んで、昇進候補にあがっている人の数を計測すること。とくに総合的経営のポジションに候補となっている人の数は重要である。
 イノベーションは、既存の事業や業務の枠組みから外れることもあるから、既存の評価制度では評価できない。従来の評価制度で無理に評価すると、イノベーションを潰してしまうこともある。例えば、通常のマーケティング投資であれば短期間での投資回収が求められるのに対し、上記2のようにイノベーションに対する投資は回収期間が長くなる。投資回収期間の基準を既存事業とイノベーションで同じように用いると、イノベーションはきっと生まれなくなる。

 ただ、今までになかった新しい取り組みを何らかの指標で評価するのは、結構な荒業である。指標管理というのは、何が成功要件なのかが初めからある程度解っているからこそできるのである。例を挙げると、プロ野球でバッターの出塁率や長打率が重視されるのは、この2つの指標がチームの得点と密接に関係していることが統計的に明らかになっているからである。

 イノベーションを成功に導くカギを特定することは難しい。しかし、引用文を読む限り、P&Gでは「消費者が求めているものを意思決定に反映させた割合」、「試作品の開発スピード」、「消費者=ボスへのテスト回数」など、いくつかの指標が全てのイノベーション・プロジェクトに適用されているように感じられる。これらの指標は、P&Gが無数のイノベーションを経験する中で、「ここだけは外してはいけない!」というポイントを指標化したものなのかもしれない(もちろん、P&Gではもっと重要な指標を複数設定しているに違いないのだろうけど、さすがにそこは企業秘密なので本書には書かれていなかった・・・)。
April 13, 2011

P&Gは「数打ちゃ当たる」でイノベーションを乱発しない―『ゲームの変革者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
A.G.ラフリー
日本経済新聞出版社
2009-05-23
おすすめ平均:
気付きを促してくれる本。Consumer is boss この言葉を心に刻みたい。
『イノベーションと起業家精神』の現代実践版
イノベーションを中心とする経営の教科書
posted by Amazon360

 (前回からの続き。「長ぇよ!」と言わずにお付き合いくださいな)

【Phase2:事業化検討】2-2.試作品の製造・販売
【Phase2:事業化検討】2-3.フィージビリティスタディ
《プロセスの概要》
 この辺からは、通常の新製品開発や新規事業立上げのプロセスとあまり変わらない。試作品を何種類か実際に作ってテスト販売し、事業化に向けたチェックポイントを1つ1つ検証していく。例えば、

 ・想定していた機能・性能を実現できているか?
 ・原材料を的確なタイミングで調達できるか?調達先に問題はないか?
 ・製造上の障害はないか?(生産ライン、生産技術、品質管理などの面で)
 ・目標原価をクリアできるか?
 ・顧客に対して製品価値を訴求できるデザインになっているか?
 ・店頭に並べた時に、製品の特徴が顧客にちゃんと伝わるか?
 ・競合他社の製品と一緒に並んでも、P&Gの製品だと識別可能か?
 ・新製品の製造・販売にはいくらぐらいの投資が必要か?
 ・新製品はどのくらいの販売が見込めるか?投資回収までどのくらいの期間がかかるか?

などといった感じだろう。この段階まで来ると、【Phase1-4.アイデアの取捨選択】で列挙した論点よりもずっと厳しい条件をクリアすることが求められる。試作品&フィージビリティ検証のステップ自体は至って一般的なものであるが、P&Gの場合はこの段階でも消費者や小売業者を徹底的に巻き込む点に特徴がある。

《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)イノベーション・センター
 イノベーション・センターは世界中に設けられ、家庭や小売店の様子を再現している。プロジェクトチームはこのセンターをカルフールやコストコなどといった小売業者と共同で使用する。モニターとなる消費者には、模擬店舗の中で普段通りに買い物をするよう指示を与える。そして、P&Gと小売業者は、消費者が陳列棚の製品を目にし、手に取った時の反応をじっくりと観察しながら、改善点を見つけていくのである。

【Phase2:事業化検討】2-4.Go/No Goの意思決定
《プロセスの概要》
 試作品ができて事業計画が完成したら、いよいよ本格的に事業化するか否かの意思決定を行う。この意思決定を下せるのは、相応の権限を有し、心情的にプロジェクトと距離のある人となる(通常は、複数のイノベーション・プロジェクトをモニタリングしているシニアマネジャーや事業部門長)。

《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメント
 P&Gのシニアマネジャーや事業部門長は、自部門で進行している数多くのプロジェクトをポートフォリオで管理している。本書では縦軸に「リスク・リターン」を、横軸に「期間」を取り、さらに縦軸を「低リスク・低リターン」、「中リスク・中リターン」、「高リスク・高リターン」の3つに、横軸を「短期(1〜2年)」、「中期(3〜5年)」、「長期(6年以上)」の3つに分けて、9つのボックスに各プロジェクトを分類する、という簡単な方法が紹介されている(実際には、もっと複雑な運用をしていると思う)。

 シニアマネジャーや事業部門長は、それぞれのプロジェクトがモノになるかどうかを絶えず見極める必要がある。そして、最低でも年に4回は全てのプロジェクトを精査し、在庫整理をしている。見込みがないプロジェクトは打ち切られ、予算とチームメンバーは他のプロジェクトに再配分される。

 プロジェクト・ポートフォリオ・マネジメントを通じて、シニアマネジャーや事業部門長は、ポートフォリオ上のプロジェクトのバランスを最適化し、自部門に課せられたイノベーション目標を達成するのに十分な数のプロジェクトが動いているかどうかをチェックしている。

(2)VPM(Velocity Portfolio Management)
 これはハネウェルで導入されているオンラインツール。各プロジェクトの詳細情報を閲覧することが可能だ。VPMには、それぞれのプロジェクトが将来的に見込んでいる売上・利益や、現時点で想定されるリスク、およびそのリスクが収益に及ぼす影響まで克明に記録されている。事業部長は個別プロジェクトの情報を見ながら、事業全体の売上・利益目標の達成に向けて、どのプロジェクトにテコ入れしなければならないかを判断している。

【Phase3:実行&評価】3-1.実行組織立上げ&予算付与
【Phase3:実行&評価】3-2.新規ケイパビリティの獲得
《プロセスの概要》
 ここからはもう、通常の戦略実行とほとんど同じプロセス。新しい組織やチームを立ち上げて適材をかき集め、戦略実行に必要な予算を再度与える。自社でまかなえない能力や技術、知的財産などのケイパビリティについては、社外から調達する。

《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)コネクト・アンド・ディベロップ(C&D)
 新規ケイパビリティの獲得にあたって重要な役割を果たしているのがC&Dである。先日の記事でも述べたように、C&DはP&Gと社外の研究者や企業をつなぐネットワークであるが、単なる情報交換網ではなく、技術ライセンスなどの取得に向けた交渉といったアグレッシブな仕事もこなしている。本書で紹介されている例をいくつか紹介。

 ・OLAYリジェネリスト
 シワを防ぐ技術を研究していたP&Gは、フランスの小企業セダーマ社が「ペンタペプチド」という成分を持っていることを知った。ペンタペプチドは、細胞の活性化と傷の回復に効果がある。そこでP&Gは、C&Dを通じてセダーマ社からペンタペプチドを購入し、P&Gが既に持っていた老化防止成分と組み合わせて、OLAYリジェネリストを開発した。

 ・マジック・イレイサー(「ミスタークリーン」ブランドで販売されている)
 日本の「激落ちくん」というスポンジからヒントを得て開発されたスポンジ。P&Gは主要取引先であるドイツのBASF社からスポンジの技術ライセンスを取得して、「マジック・イレイサー」を販売した。マジック・イレイサーは、子どもが残した壁のシミや床の靴跡など、硬い表面の汚れなら何でも落とせるのが特徴である。

 (次で最後ね)
April 11, 2011

イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
A.G.ラフリー
日本経済新聞出版社
2009-05-23
おすすめ平均:
気付きを促してくれる本。Consumer is boss この言葉を心に刻みたい。
『イノベーションと起業家精神』の現代実践版
イノベーションを中心とする経営の教科書
posted by Amazon360

 (前回からの続き)

【Phase1:アイデア創出】1-3.アイデアの高度化
《プロセスの概要》
 アイデアの輪郭が固まり、ある程度の助成金ももらえたら、事業化に向けてアイデアの詳細を詰めていかなければならない。具体的に誰をターゲット顧客とするのか、新製品にはどのような機能や性能を持たせるのか、価格はどのくらいにするのか、パッケージやデザインはどうするのか、技術的に問題なく製造できそうか、製品を通じて顧客にはどのような体験を提供するのか、他社との差別化はどのように図るのかなど、事業化に向けたハードルは多い。これらの論点は相互に関連しているから、だらだらと情報交換を続けるよりも、関係者を集めて一気に議論した方が効果的である。

《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)イノベーション・ジム
 デザインコンサルティング会社であるIDEOの協力を仰いで、シンシナティ郊外の1万平方メートルの敷地に立てられた施設。IDEOが支援しているとあって、施設内にはスケッチやポスター、アイデアを即座に貼り付けることのできる広い壁のスペース、玩具や色つきのペンなど、創造性を刺激するツールがたくさん用意されている。さらに、チームの議論を効果的にリードするファシリテータが多数所属しているのも特徴だ。ここでは、通常3日以内という超短期間でアイデアの高度化が行われる。

(2)クレイ・ストリート
 クレイ・ストリートでは、イノベーション・ジムよりも長期間(2ヶ月〜3ヶ月)に渡ってアイデアを熟成させる。クレイ・ストリートの施設は相当変わっているらしい。本書ではこんな説明がされている。
 P&Gは典型的なプロクターマン(短い髪、白いワイシャツ、シンシナティ・レッズの熱烈なファン)で溢れていると思っている人は、クレイ・ストリートには行かないほうがいい。幻想が崩れてしまう。所長のデイブ・クーラーは、デザイナー兼劇場のディレクター兼エンジニアで、白いワイシャツなど一枚も持っていないのではないかと思われる。そこではいつでも、即興のゲームをしている人たちや、アーサー王の伝説について話している人、バイオ科学の最新発見に関する講義を聞いている人もいる。
 何だか、グーグルと似た感じだね。ちなみに、イノベーション・ジムやクレイ・ストリートを利用する際には、プロジェクトチームは手数料を支払わなければならない。自社施設の利用にお金がかかるというこの社内ルールは、これらの施設が決してお遊びではなく、本気でイノベーションを起こすためのものであることをプロジェクトメンバーに知らしめるのに一役買っている。

【Phase1:アイデア創出】1-4.アイデアの取捨選択
《プロセスの概要》
 社内のあちこちから生まれた無数のアイデアの中から、有望なものを絞り込むプロセス(このプロセスについてはあまり詳しく書かれていなかったので、推測を交えて書いています)。この時点では、まだ事業としてペイするかどうか不透明な部分が多い。従って、ごくごく基本的な判断基準に従って、アイデアをふるいにかけていると考えられる。例えば、

 ・規模・成長性の点で、魅力的な市場と言えるか
 ・既存事業との親和性・シナジーがあるか
 ・P&G/ハネウェルの基本的な価値観・組織文化と矛盾しないか
  (=「いかにもP&G/ハネウェルらしい!」と思えるアイデアかどうか)

などといったところだろうか?

《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)製品実行審議会(PAC:Product Action Council)
 これはハネウェルの意思決定の仕組みであるが、その名の通り、プロジェクトやワークショップから生まれたアイデアを審議する組織である。PACは事業部の責任者、営業、財務、技術、マーケティングの担当役員から構成されている。PACでゴーサインが出ると、アイデアは特定事業の責任下に置かれ、部門長はアイデアの事業化と収益確保に責任を持つことになる。

 P&Gについては、PACに相当する組織の記述が見られなかったものの、おそらく同様の組織は存在すると思われる。

【Phase2:事業化検討】2-1.検討チーム発足&予算付与
《プロセスの概要》
 アイデアの有望性が会社から正式に認められたら、事業化に向けた新たなチームが結成される。この時に重要なのは、チームの成果に責任を持つ部門と人物を特定することである。既存の事業部門内で生まれたアイデアであれば、その部門長が責任を持ち、検討チームに予算を与えるのが自然な流れであろう。NBD(新規事業開発)はそんな感じである。

 では、部門横断的な組織であるフューチャーワークスが生み出したアイデアはどうなるのか?この場合、事業化の責任を持つのは実はフューチャーワークスではない。フューチャーワークスは早い段階でスポンサーとなる事業部門を見つけ、アイデアがある程度形になったら、続きはその事業部門の責任において進められることになる。

 一般的には、イノベーションは既存事業から切り離された別組織で実行するのが定石とされている。これは、既存事業の古い慣習やしがらみによって、イノベーションがつぶされないようにするためである。しかし、P&Gはそうしていない。これには3つの理由があると思われる。

 1つ目は、(前回の記事で述べたように)過激なアイデアを出すと言われるフューチャーワークスであっても、既存事業のドメインとの関連性は考慮する必要があるから、新しいアイデアは自ずと既存事業の”周辺事業”、”延長事業”として位置づけられるようになる。そうであれば、敢えて独立した組織として運営せずに、既存事業の中に組み込んだ方が解りやすい。

 2つ目は、事業化にあたっては、実は既存事業の経営資源が使えるケースが多いということである。事業化の途中で何かしらの問題が生じた時に、その解となるナレッジや技術を持っている人が既存事業の中にいるというのはよくあることだ。彼らの力をちょっと借りたい場合は、既存事業の中に事業化チームがあった方が何かとやりやすい。

 また、既存事業の中に事業化チームがあれば、既存事業で余剰となっている生産能力の活用や、既存事業との共同仕入によるコスト低減の可能性なども追求できる。逆に、既存事業とイノベーション推進の組織が分離していると、こうした経営資源の融通は難しくなる(例えば、人材を融通しようとしても、組織が分かれていると異動の手続などが足かせとなる)。

 3つ目は、イノベーションに対する取り組みを積極的に評価する人事制度がしっかり整備されていることだろう(評価制度については、最後のプロセス【Phase3-4】で後述)。イノベーションに関わっているチームメンバーが評価されるのはもちろんのこと、直接の当事者ではない既存事業の社員も、イノベーションに対する貢献度がちゃんと評価されるようになっていると考えられる(そうでなければ、2番目に述べたような経営資源の融通は起こらないはずだ)。

《プロセスを支える仕組み・施策》
 (何か特定の名称がついた仕組み・施策があるわけではなさそうだったので、ここでは省略)

 (まだまだ続くよ)
April 10, 2011

柔らかいアイデアの段階で予算をつける勇気がイノベーションのカギ―『ゲームの変革者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
A.G.ラフリー
日本経済新聞出版社
2009-05-23
おすすめ平均:
気付きを促してくれる本。Consumer is boss この言葉を心に刻みたい。
『イノベーションと起業家精神』の現代実践版
イノベーションを中心とする経営の教科書
posted by Amazon360

 イノベーションに対するP&Gの取り組みが1冊にまとめられている(先日の記事「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』」も参照)。P&Gは、イノベーションを凡人には理解しがたいアートのような偶発的なものとは考えていない。CEOのアラン・ラフリーは本書の中で、「イノベーションを全ての業務に組み込む」と繰り返し述べているけれども、P&Gは「消費者はボス(=上司)」という基本的な価値観に基づいて明確なイノベーションプロセスを構築し、さらにそのプロセスを支える様々な仕組み・仕掛けを用意している。この「価値観―業務プロセス―プロセスを支える仕組み」がしっかりと一貫性を保っているところがP&Gの強みなんだろうな。

 本書では、イノベーションを継続的に起こすための8つの原則が戦略的な視点から提唱されているが、もう少し実務サイドの視点から、イノベーションプロセスを私なりに整理してみた。

イノベーションの3フェーズ12ステップ

 まぁ、イノベーションにはやはりどこかアート的な部分があるのは否めないし、ステップの入れ替わりや後戻りがあるのは当然であろうから、上図はあくまでもざっくりとした整理だという点はご容赦くださいな。まず、全体を「アイデア創出⇒事業化検討⇒実行&評価」という3つのフェーズに分け、さらに各フェーズを4つのステップで構成してみた。以降では、本書で紹介されているP&Gの事例と、P&G以外に頻繁に言及されているハネウェルの事例を踏まえて、各ステップの中身を紹介していきたいと思う。

【Phase1:アイデア創出】1-1.社内外の人材交流
《プロセスの概要》
 イノベーションの種となる新しいアイデアは、往々にして異なるバックグラウンドや能力、知識や情報、考え方や嗜好を持った人たちの交わりから生じるものだ。本書でも、イノベーションにおいては「対人関係を上手に管理すること」が肝要であると述べられている。
 イノベーションは人と人がつくるプロセスである。人と人が手をつないで課題、機会、学習を共有する、という単純だが重要なことを行なってはじめて成功する。
《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)フューチャーワークス
 複数の専門分野にまたがるチームで構成される組織であり、「新たな消費を生み出すイノベーションの機会を探し出す」ことを目的としている。フューチャーワークスが編み出すアイデアは、既存事業の収益を脅かすような破壊的なものも多いという。ただし、新しいアイデアであれば何でもOKというわけではなく、P&Gの事業ドメインとの親和性は要求される。

(2)コネクト・アンド・ディベロップ(C&D)
 社外の専門家や研究者、優れた技術や特許を有する企業・団体・大学などとのネットワーク。このプログラムは、「P&Gの社員は、誰もが社外のアイデアに対しオープンでなければならない」というP&Gのスタンスを最もよく表している。「新しいものは自分たちの手で作り上げたい」という自前主義は、しばしば外部のアイデアに対してNIH(Not Invented Here)=「ここで生まれたものではない」という否定的な態度を生み出す。P&Gはこれを明確に否定しているのである。

(3)Living it(生活してみる)、Working it(働いてみる)
 先日の記事「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』」でも紹介したプログラム。消費者が実際にP&Gの製品を購入し、使用する場面を文化人類学者のようにじっくりと観察し、消費者の潜在ニーズを探り当てていく(ちなみに、最近はこの手のマーケティング手法を「エスノグラフィー・マーケティング」と呼ぶそうだ)。P&Gでは、消費者との直接的な交流からアイデアが創出される。

(4)アスク・ミー
 P&Gの社内イントラ。P&Gが擁する1万人の技術部門の社員に対して質問を投げかけることが可能。新しいアイデアに関する技術的な問題は、このイントラを通じてある程度解決することができる。

(5)大部屋方式のオフィスレイアウト
 これは非常に素朴なやり方だが、P&Gはアラン・ラフリーがCEOに就任してから、まずは役員クラスの部屋の壁を取っ払い、その後数年をかけて全世界のオフィスを大部屋方式に変えている。この目的はもちろん、社員同士のコミュニケーションを活性化することにある。

【Phase1:アイデア創出】1-2.助成金の提供
《プロセスの概要》
 面白そうなアイデアが浮かんだとしても、それを具体的な形にするまでには何かとお金がかかるものだ。研究室でちょっとした実験をしたり、市場や技術動向に関する調査をしたり、ターゲットとなりそうな顧客に対して簡単なアンケートをとったり、外部の専門家にコンサルティングという名目で協力を仰いだりと、ちょろちょろとお金が発生する。

 通常の企業では、多くのアイデアがこの段階で資金面の問題に直面して頓挫しているように思える。ところがP&Gやハネウェルでは、柔らかいアイデアに対しても資金を出す仕組みができあがっている。経営者の立場からすれば、海のものとも山のものともつかないアイデアにお金を出すなんてあまりにリスキーだけれども、今回の記事タイトルにもしたように、実はこの仕組みこそが、イノベーションを次々と生み出す組織とそうでない組織を分けるカギであるように思える。

《プロセスを支える仕組み・施策》
(1)コーポレート・イノベーション基金(CIF:Corporate Innovation Fund)
 ハイリスク・ハイリターンのアイデアを対象とした、ベンチャーキャピタルにも似た組織である。CIFは社内のあらゆるイノベーション・プロジェクトに資金を提供する。しかも、基金の予算は事業部門から完全に切り離されているので、プロジェクトは事業部門の予算のことを心配せずにイノベーションに集中することができる。

(2)新規事業開発(NBD:New Business Development)
 これは各事業部門内に置かれたイノベーションのための組織であり、かつ所属する事業部門から一定の予算を割り当てられている。よって、新しいアイデアが生まれるたびに必要な予算を申請するという、面倒なやり取りをしなくても済む。

(3)成長理事会
 これはP&Gではなくハネウェルの組織。成長理事会は、CIFと同じような役割を果たしている。成長理事会は本社レベルで2,000万ドルを用意して、複数部門にまたがるプロジェクトに出資する。「工場でワイヤレス・ネットワークを使うアイデアがあるんだけれど」(※本書からの引用です)といった、ものすごく漠然としたアイデアであっても出資の対象となる。

(4)ベンチャーファンド
 新規事業開発(NBD)のハネウェル版。各事業部門内のイノベーション・プロジェクトに出資する。

 (続く)

《2012年3月12日補足》
 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年4月号の巻頭コラムに興味深いくだりがあったので引用しておこう。これを読むと、P&Gがイノベーションの初期段階で予算をつけるのもなるほどと思える。
 基礎研究に100億円を投資する場合、大型プロジェクトに全額投資するのと、1000人に1000万円ずつ配分するのとでは、どちらがイノベーションの創成に貢献するかという議論がある。この時、ノーベル賞を受賞した研究の多くが、後者のプロセスを経て成功したことが忘れられがちである。将来的な研究成果が不明という理由だけで、リスクを取らずに投資の可否を決めては、大きく開花するかもしれない千載一遇のイノベーションを摘み取ることになりかねない。
(安西祐一郎「科学技術の未来」)

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 04月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 04月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-03-10

Amazonで詳しく見るby G-Tools
December 02, 2010

12月号のその他の論文(メモ書き)−『人を潰す会社 人が輝く会社(DHBR2010年12月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 その他の論文については、もうコメントをつけるのが面倒くさくなってきたので(汗)、印象に残った文章だけ引用しておきます(手を抜いたな!とか言わないでね)。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
慢性的な過負荷からの脱却 社員を追い詰める「加速の罠」(ハイケ・ブルッフ他)
 我々の調査結果では、加速しすぎた企業は競合他社と比べて、特に業績、効率、社員の生産性、在職率などの評価基準において次第に劣っていく。情報へのアクセスが四六時中狩野でコスト削減が繰り返し行われるような現況の経営環境では、この問題は急速に蔓延する。
 リヒテンシュタインに本社を持つ建材メーカーのヒルティは「加速するための減速する」という点で秀でている。社内の各チームは定期的に2日間のチーム・キャンプに参加する。これは全体として年間で3万労働日に相当し、約960万ドルの費用がかかるものである。

 これらキャンプのうち「ピット・ストップ」と呼ばれるキャンプでは、各チームは一歩離れて自分たちの業務を振り返ることで、再び活力を得て通常の業務に復帰することができる。

 (中略)2009年の同社の売上げは20%減少したが、キャンプへの投資は継続した。人材開発担当の上級副社長アイビンド・スラーエンは、「なぜなら、困難な時期にこそ、我々の価値観と文化が重要な役割を果たすからです」と説明している。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
組織を蝕む負のスパイラル 職場の「妬み」を克服する(ターニャ・メノン他)
 妬みは人間関係を損ない、チームを分裂させ、組織の業績を徐々に蝕む。そして何よりも、妬みを持つ人をいちばん傷つける。他人の成功ばかり気にするようになると、自尊心が傷つき、自分自身の業績や昇進の可能性をおろそかにしたり、場合によってはこれらを台無しにしたりすることもある。
 心理学者のエイブラハム・テッサーによると、「人は、赤の他人が成功した場合よりも自分と同じような環境にある親しい人物が成功した場合のほうが不愉快になる」という。

 (中略)成功を収めた同僚から距離を置こうとすると、機会の喪失や組織の効率の低下を招くことになる。我々の調査結果によると、人は同じ組織内にいるライバルが考え出したアイデアよりも、他社で生まれたアイデアから学ぼうとする気持ちのほうが強いということが見て取れる。
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
新規チームと既存部門のパートナーシップ構築 イノベーションをめぐる対立を解消する(ビジャイ・ゴビンダラジャン)
 経営幹部の多くは、大規模なイノベーション・プロジェクトを推進するには、他の部門から分離独立した専任チームが必要だと思い込んでいるのである。(中略)(しかし、)実際、イノベーション・プロジェクトの遂行に際しては、部門間の溝を何らかのかたちで埋めるパートナーシップ、すなわち、専任チームと、現行業務における優位性を生かすチームとの協働体制が不可欠である。

 たしかに、このようなパートナーシップは一見、非現実劇に思えるかもしれない。しかし、これを諦めるということは、イノベーションそのものを諦めてしまうことでもある。ほとんどのイノベーション・プロジェクトは、その企業が持つブランドや、顧客リレーションシップ、生産能力、専門知識といった既存の資源やノウハウの上に成り立っているからだ。
November 18, 2010

「よかれと思ってやったのに・・・」というマネジメントのパラドクス集(その4〜5)

拍手してくれたら嬉しいな⇒
(4)戦略的になればなるほど、人材が育たなくなる
 これは、以前に書いた「戦略とリンクした人材育成プランの立て方」についての記事と、つい最近書いた「新人や若手社員を育成する仕事のあり方」についての記事を読み返していた時に頭をよぎったパラドクスである。

 戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ(1)
 戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ(2)
 新人・若手には「会社にとってのリスクは低いが、完結した仕事」を任せよう(1)
 新人・若手には「会社にとってのリスクは低いが、完結した仕事」を任せよう(2)
 
 これから書く内容は、「戦略とリンクした人材育成計画を作成するための5ステップ」の内容と矛盾するかもしれないが、あの記事を書いた当初よりも私の考えが進歩したということでご容赦ください(何という言い訳、汗)。

 このパラドクスを表している一番の例が、ここ数年の阪神タイガースである。私と同じ阪神ファンの多くは、このパラドクスを痛いほど感じていることだと思う。岡田前監督は、最近の野球を語る上で欠かせない「セイバーメトリクス」に精通していたと言われる。さらに、楽天の野村名誉監督をして「現代野球の真髄」と唸らせた鉄壁のリリーフ陣「JFK」を完成させたのだから、セリーグの監督の中でもかなり戦略的な監督であったと言えるだろう。

 確かに、岡田前監督が就任した初年度(2004年)を除いて、阪神は毎年優勝争いをするほどの常勝軍団になった。一部には、星野元監督の遺産を食い潰しただけだというネガティブな意見もあるが、星野政権下と岡田政権下のメンバーはガラリと変わっているから、この批判は当てはまらないと思う。

 それよりも問題だったのは、岡田政権下では投打ともに主力メンバーがほとんど変わらず、若手選手が2軍から全くといっていいほど台頭してこなかった点である。真弓監督に代わってからようやく、上本、鶴、西村のような若手が起用されるようになったものの、1軍の世代交代がうまく進まずに首脳陣が苦労している場面が多々見られた。ここ数年の阪神は、戦略的に試合を展開する一方で、若手選手の育成が疎かになっているというジレンマを抱えている。

 「戦略的になればなるほど、人材(特に若手社員)が育たなくなる」というパラドクスは、事業戦略と人材戦略の時間軸が異なることに起因している。環境変化が激しい今の時代においては、事業戦略は3年もてばいい方であり、ヘタをすると毎年見直さなければならないくらいになっている。時間的なプレッシャーが高まる中で、戦略を成功に導こうと思ったら、どうしても即戦力に頼った人員構成になる。

 一方で、人材戦略、とりわけ若手社員の育成に関しては、もっと長期的な視野で考えることが求められる。いくら世間が「3年で1人前だ」と言っても、実際に25歳ぐらいの社員に、事業戦略の実現に直結するような重要な仕事を任せる企業がどのくらいあるだろうか?

 若手社員にそのような重要な仕事を割り当てるまでには、少なくとも5年以上の長いスパンで、腰を据えて育成にあたる必要があると思う。「新人・若手には『会社にとってのリスクは低いが、完結した仕事』を任せよう」の中で私が言いたかったのは、若手社員に対しては、事業戦略とは必ずしも直結しない安全領域において、失敗が許される一定量の仕事を任せて、じっくりとスキルアップさせるのがいいのではないか?ということであった。

 事業戦略というのは、本来的には中長期的なものであるが、先ほども述べたように昨今は大幅に短期化が進んでいる。これに対して、人材の育成スピードは劇的に短くなるものではない。むしろ、事業戦略が高度化するにつれて、戦略の実現を支える人材のスキル要件は厳しくなっている。となると、人材戦略はますます長期的な視点で考えなければならなくなる。両者の時間軸はもっと乖離が進むことが予想される。

 このジレンマに対する1つの解決策としては、事業戦略と直結した即戦力中心の人材戦略を策定する一方で、事業戦略とある程度距離を置き、主に若手社員を対象とした中長期的な育成重視の人材戦略を立てることではないだろうか?後者の人材戦略は、5年から10年後ぐらいにどんな事業戦略が来てもある程度適応できるような、強固な基礎スキル(いわゆる「コンピテンシー」のように、どの仕事でも高いパフォーマンスと相関関係のある能力)を持った人材の育成を目標とするのが望ましいように思える。

 そして、それぞれの事業戦略は、戦略を実行する際に投下した資本の回収だけをゴールとするのではなく、中長期的な人材戦略に要する投資額も生み出すように設計しなければならないだろう。

(5)成果主義を導入したのに、成果が出なくなる
 成果主義をめぐるジレンマはたくさんある。成果主義を導入したら、チームワークや部下育成が評価されなくなったために社員が個人主義に走り、組織がギスギスするようになった、という弊害を指摘したのは、株式会社ジェイフィールの高橋克徳氏である。

河合 太介
講談社
2008-01-18
おすすめ平均:
何だかよくわからない本だった。
情けは人のためならず
好事例に偏りが・・・
posted by Amazon360

 また、成果主義を導入したところ、目標未達成に対するペナルティを恐れて、社員が自分の目標を低く設定するようになり、逆に組織全体のパフォーマンスが下がってしまったと暴露したのは、元富士通の人事担当で現在は人事コンサルタントを務める城繁幸氏だ。

城 繁幸
光文社
2004-07-23
おすすめ平均:
バランスを欠く内容と異常な文書
告発本として臨場感を伴った内容
時は流れ「成果主義」の形も変わり始める
posted by Amazon360

 ただ、これら2つの事例は、評価すべき「成果」の定義を誤っていたのが原因であり、制度の運用次第でカバーできる問題であるように思える。最初の事例については、チームワークや部下育成を社員の役割として明確に定義し、それを評価するように制度設計すればよい。成果主義で測定すべき成果は、受注高やコスト削減のように、定量的に測定可能な結果ばかりとは限らない。

 2つ目の事例については、組織全体として達成すべき目標を出発点として、それを各部門、各社員へとブレイクダウンしていくことで、目標の整合性を確保するプロセスを導入すればよい。目標設定を社員任せにして、ボトムアップで制度運用しようとするから、おかしなことになる。

 しかしながら、上記のように正しい運用を行ったとしても、成果主義には避けることのできないパラドクスが存在すると思われる。それは、成果主義では「想定外の成果」を評価することができないという点である。成果主義によって各部門、各社員に与えられる目標は、目標設定の時点における戦略や事業計画、部門方針を前提としている。

 ところが、これだけ事業環境が変化しやすい時代であれば、1年も経たないうちに、当初の前提とは異なる事情が次から次へと生まれてくる。そのような変化に適応し、変化を乗り越えるために社員がとった挑戦的な活動は、当初の成果主義では評価されない。人間というのは、評価されない活動はしたがらないものだ。社員は、頭では新規の活動をやった方がいいと解っていながら、評価制度に引っ張られて足踏みしてしまう。こうした保守的な姿勢が積み重なれば、会社全体がイノベーションを追求する機会を失ってしまうのである。

 個人的には、成果主義で社員の評価を100%行うことは無理だと思っている。成果主義で評価できるのはせいぜい80%ぐらいであり、残りの20%は企業の将来的な成長に資するイノベーティブな活動をしたかどうかを包括的に評価するのが望ましいのではないだろうか?

 (続く)
November 17, 2010

「よかれと思ってやったのに・・・」というマネジメントのパラドクス集(その1〜3)

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 先日までヤンミ・ムンの『ビジネスで一番、大切なこと』を題材に、「マネジメントの定石に従って行動したはずなのに、期待していたのとはまるで違う結果になってしまった」というマネジメントのパラドクスについて記事を書いてきたが、せっかくなので似たようなパラドクスを10ほどまとめてみた。

(1)差別化しようとすればするほど、製品がコモディティ化する
 これはつい最近書いたばかりなので、詳細は以下の記事に譲るよ。

 差別化するほどコモディティ化してしまうという悲しいパラドクス−『ビジネスで一番、大切なこと』
 ベンチマークするほど組織が凡庸化するってパラドクスもあるかもね−『ビジネスで一番、大切なこと』

ヤンミ・ムン
ダイヤモンド社
2010-08-27
おすすめ平均:
マーケティングにおける考え方を整理できる本
顧客を引きつけるには摩擦が必要だ
タイトル
posted by Amazon360

(2)顧客の声を聞けば聞くほど、競合他社につけ入られる隙が生まれる

クレイトン・クリステンセン
翔泳社
2001-07
おすすめ平均:
技術革新の進化と衰退を見事に明らかにした
経営者には必読の一冊。
本書の理論から考えて、現在のシステムが続くなら、日本経済が勢いを取り戻すことは二度とないかも知れない。
posted by Amazon360

 クレイトン・クリステンセンが著書『イノベーションのジレンマ』などで指摘したパラドクス。顧客志向、顧客第一主義などといったスローガンの下に、重要顧客の声に深く耳を傾けて製品の改善を続けると、必要以上に製品の多機能化・高度化が進む。その結果、一般の顧客は、「そこまでの機能は必要としていない」とか、「その機能に価格プレミアムを支払うつもりはない」と考えるようになる。

 破壊的なイノベーターは、この「満たされすぎたセグメント」にターゲットを絞り、もっと単純化された製品を市場に投入する。これらの製品は往々にして、従来の技術よりも"劣る"技術によって製造されている。にもかかわらず、「満たされすぎたセグメント」の顧客をごっそりと獲得し、業界の構図を破壊してしまうのである。

 最近の破壊的イノベーションの例で解りやすいのは、アップルのiPodだろう。MP3プレイヤーが競って高音質を追求していたのに対し、iPodは音質を捨ててHDDの容量を追求した。またアップルは、競合他社が敏感になっていたデータ保護の仕組みにも無頓着だった。競合他社がiPodを分解してみたら、HDDがゴロンと入っているだけで、データ保護対策などほとんどされていなかったことにビックリしたという話を聞いたことがある。消費者にとっては、音質やデータ保護なんていうのはどうでもよくて、それよりもたくさんの曲を持ち歩いていつでも自由に聞けることの方がよっぽど重要だったというわけだ。

 これは、クリステンセンが『イノベーションのジレンマ』の中で紹介している、ソニーのトランジスタラジオの事例を思い起こさせる。トランジスタラジオの音質は家庭用ラジオよりもはるかに劣っていたのだが、ラジオを持ち歩いていつでも好きな場所で聞くことができる点が若者にウケて大ヒットとなった。

 ソニーの経営ビジョンには「顧客の視点」が入っていないと指摘したのは、『ビジョナリー・カンパニー』の著者であるジェームズ・コリンズだ。コリンズは、ビジョンの中に顧客の視点が入っているかどうかは、優れたビジョンの要件ではないと結論づけている。

 確かに、ソニーの設立趣意書を読むと、技術力というキーワードが前面に打ち出されており、顧客や消費者、お客様といった言葉は出てこないことに気づかされる。ソニーには、「顧客の声を聞き過ぎるのではなく、技術の力で顧客の期待を超える」という価値観が植えつけられているように思える。

 (ただそのソニーも、最近は携帯音楽プレーヤーと電子書籍の両市場でアップルの後塵を拝し、ゲーム市場では任天堂の後追いになっている印象が否めないけどね)

(3)製造プロセスをアウトソーシングすればするほど、イノベーションが止まる
 アウトソーシングによって、これを委託した企業の能力だけでなく、先端材料、各種ツール、製造機器やコンポーネントのサプライヤーなど、当該産業に関わる他社の能力も長期的に失われる。(ゲイリー・ピサノ他「競争力の処方箋」 2009年マッキンゼー賞金賞)
 受賞論文からお気に入りをピックアップ(2009〜2006年)−『マッキンゼー賞 経営の半世紀(DHBR2010年9月号)』

 これは、ノンコアだと思われる製造プロセスを、コストが低い海外に安易にアウトソーシングすると、実は業界全体としてイノベーションが生まれなくなるという矛盾を指摘したもの。製造プロセスの改善を通じて生まれるプロセスイノベーションは、プロダクトイノベーションの源泉にもなっている、というのが著者の主張であった。

 引用文にぴったりと当てはまる最近の事例がすぐに思いつかないのだが、何十年も前に日本企業がヨーロッパに進出した際には、このパラドクスをうまく利用したように思われる。当時の日本企業は、コスト優位性を生かして、ヨーロッパ企業に対しOEM供給を行っていた。ヨーロッパ企業から見れば、製造を日本企業にアウトソーシングした形である。

 ところが、数年後には、日本企業がヨーロッパ企業よりも安価でかつ高品質の製品を携えて、ヨーロッパ市場に参入してきた。日本企業は、OEM供給をする中でヨーロッパ企業の製品を隅から隅まで研究し尽くし、ヨーロッパ企業をしのぐ製品を独自に開発してしまったのである(だから、日本は「産業スパイ」扱いされた)。

 (続く)
October 06, 2010

マネジメント・イノベーションがもたらす「自由」と「責任」−『経営の未来』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
ゲイリー ハメル
日本経済新聞出版社
2008-02-16
おすすめ平均:
主体性と創造性を発揮するための経営とはどうあるべきかのヒントを提供
訳がひどい。。。
混沌と階層化
posted by Amazon360

 またまたこの本だけで3本目の記事に突入。それだけこの本からは学ぶことが多いということなんだよ〜

 <1本目>この本を読んで、前提が崩れたマネジメント手法を整理してみた−『経営の未来』
 <2本目>企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?−『経営の未来』

 ハメルの主張を端的にまとめれば、伝統的な上意下達の階層組織ではなく、現場社員をもっと信頼して彼らに自由を与え、組織の未来を左右する重要なアイデアや、組織の成長を後押しする優れた能力を現場社員から引き出せる組織こそが、激動の21世紀を勝ち残るだろう、ということである。

 これは、組織の歯車と揶揄され、組織のルールに縛られて創造性を阻害されている現場社員にとっては願ってもない朗報だろう。同書では、現場社員が実際にそのような自由を手にしている企業として、ホールフーズ(有機野菜などを販売し、ウォルマートのような低価格路線とは逆の戦略を展開している小売業)、W・L・ゴア&アソシエイト(アウトドア製品などに用いられる防水透湿性素材「ゴアテックス」などを製造する化学メーカー)、グーグルの名前が挙がっている。

 ハメルが主張するのは性善説的な立場に立ったマネジメントと言えるが、ここで私は「自由には責任が伴う」ことを強調しておきたいと思う。責任が伴わない自由は悪であり、どんなに革新的な組織であっても許されるものではない。前述の3社が社員に与えた自由と、それに対して社員が負うことになる責任を以下にまとめてみた(「自由」の内容は同書の事例に拠るが、「責任」の内容は私なりに考えてみたものである)。

【自由】
 管理職が現場社員に権限委譲を行い、現場社員の裁量を拡大する。(ホールフーズ)
【責任】
 現場社員は自らの権限と裁量に基づいて行った行動、およびその結果について、説明責任を負う。
 また、通常の企業では、現場社員は能力重視で評価され、ポストが上がるにつれて結果評価の比重が高くなるが、現場社員に権限委譲された場合は、結果も厳しく評価される。

【自由】
 現場社員は、勤務時間の一定割合を自由に研究や実験にあてることができる。(W・L・ゴア、グーグル)
【責任】
 「自分はこれがやりたい」という強い好奇心がないとやっていけない。指示待ち人間は淘汰される。
 自由時間の間は、自分に指示してくれる人がいないため、自分で仕事をマネジメントすることになる。
 さらに、1人で完結する研究は稀であるから、研究テーマに賛同してくれる社員を探し出し、協力を仰がなければならない。

【自由】
 階層型組織ではなく、格子型組織によって社員がネットワークを形成する。(W・L・ゴア)
(以前の記事「企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?−『経営の未来』」を参照)
【責任】
 年齢や経験に関係なく、あらゆる社員と円滑にコミュニケーションする能力が求められる。

【自由】
 社員は自分の好きな仕事をしてよい。したくない仕事ならば断ることができる。(W・L・ゴア)
【責任】
 逆に自分が誰かに仕事を依頼する場合は、その人のニーズを十分に考慮する必要がある。
 さらに、なぜ自分はその仕事をしたいと思っているのか、そしてなぜ自分がその人を必要としているのかを相手に説明する義務を負う。

【自由】
 管理職というポストは存在せず、誰でもリーダーになることができる。リーダーの数にも限りはない。(W・L・ゴア)
【責任】
 管理職という地位パワーに頼って周囲に影響力を及ぼすことはできなくなる。
 周囲のメンバーに対し、自分が付き従うに値する信頼できる人物であることを証明しなければならない。
 すなわち、確固たる基軸とビジョンを持ち、ビジョン実現のために率先垂範して行動する人物であること、加えてメンバーの潜在能力を解放し、メンバーの成長をサポートする人物であることを示す必要がある。

【自由】
 現場社員が上司や同僚を評価することができる。(W・L・ゴア)
【責任】
 逆に、現場社員も同僚から評価されることになり、同僚からのプレッシャー(ピア・プレッシャー)を受ける。
 いい加減な評価をすることはできないから、普段から上司や同僚の仕事ぶりをよく観察し、彼らとコミュニケーションをとって、正確な評価材料を集めなければならない。
 上司や同僚に気兼ねしてネガティブなフィードバックができないようではダメ。言うべきことは言う勇気が求められる。

【自由】
 会議では部門や役職に関係なく、誰もが自由に発言することができる。意思決定は極めて民主主義的なプロセスで行われる。(グーグル)
【責任】
 相手の発言には敬意を払う。相手の人格と発言内容を切り離して考える。相手を批判する場合は、人格を批判するのではなく、発言内容を批判する。
 自分なりの確固たる意見を持って会議に参加しなければならない。間違いや不十分さを恐れて発言を控える消極さは許されない。
 会議を収束させるのは議長だけではなく、参加者全員の責務である。つまり、会議に参加したからには、何らかの結論を導き出す覚悟で臨まなければならない。
(過去の記事「「みんなの意見」が案外正しくなるためには、個人が自立していないとダメ」を参照)
October 04, 2010

企業経営に市場原理を入れてみよう!でもマネジャーの仕事はどうなる?−『経営の未来』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
ゲイリー ハメル
日本経済新聞出版社
2008-02-16
おすすめ平均:
主体性と創造性を発揮するための経営とはどうあるべきかのヒントを提供
訳がひどい。。。
混沌と階層化
posted by Amazon360

 ゲイリー・ハメルは同書の中で、旧来的なマネジメントの手法(その多くは20世紀初頭に発明された)を、新しい時代に適合したものに作り変えるべきだと再三主張しているが、ハメルが目指している組織とはどのようなものなのだろうか?
 私は自発的に自らをつくり変えられる組織、変革のドラマに痛々しいリストラの衝撃が伴わない組織を夢見ている。イノベーションの電流があらゆる活動に流れ、反逆者が保守主義者に勝利する企業を夢見ている。社員の情熱と創造力に本当に値し、社員からそれぞれの最高の力を自然に引き出せる企業を夢見ている。もちろん、これは夢以上のものであり、必須の課題である。この先の動乱の時代に繁栄したいと願うあらゆる企業にとって、生死を分かつ挑戦である。そしてこの挑戦は、豊かな発想の経営管理イノベーションによってしか、乗り越えられないのである。
 大企業病に冒されて瀕死の状態に陥った企業を、カリスマCEOが救世主となって再建するというストーリーは、一般人が容易に食いつきそうな美談だ。だが、大規模なリストラや事業再編をしなければならないほど手遅れになる前に、組織が自発的に変革することができるのであれば、それに越したことはない。

 自発的に変革する組織とは、組織のあらゆるポジション(もちろん、管理職か否かは問わない)にリーダーシップを発揮する人間がいて、環境変化によって浮き彫りになった課題をメンバーに提示し、課題解決に向けて旧来の慣行や規則とは異なる方法で人材、資金、ナレッジなどの経営資源を社内外からかき集め、人心を掌握してブレイクスルーを生み出すような組織である(以前の記事「大事なのはリーダーシップのスタイルじゃないということ−『静かなリーダーシップ』」を参照)。

 もちろん、組織のあらゆる場所で変革が起こったら、返って組織が混乱するリスクは否定できない。しかしそのリスクは、カリスマCEOが犯したわずかな間違いが致命傷となって組織が崩壊するリスクに比べれば、はるかに小さいだろう。変革が多発している組織は、いわば分散投資をしているのと同じであり、ごくわずかな変革でも大成功を収めれば、他の大多数の変革の失敗を補って余りある見返りが得られるからだ。ハメルが目指している組織も、このような組織だと私は思う。

 同書では、ハメルが夢見るマネジメントに実際に取り組んでいる企業の事例が紹介されている。例えば、アウトドア製品に使用される防水透湿性素材「ゴアテックス」で有名なW・L・ゴア&アソシエイツは、伝統的な階層組織とは全く異なる組織形態を採用している。

 ゴアでは管理職が部下に仕事を命じるということがない。というよりも、そもそも管理職というポストが存在しない。ゴアにいるのは「自発的なリーダー」であり、リーダーが何か仕事をしたいと思ったら、その仕事を一緒にしてくれそうな社員を探し出して協力を要請するのである。社員はその要請を自由に断ることができるものの、一旦引き受けたらその仕事に強くコミットメントしなければならない。端的に言えば、社内に流動的な労働市場が存在するようなものだ。ゴアではこうした組織形態を「格子型組織」と呼ぶそうだが、実際の社員の結びつきは格子よりもはるかに柔軟である。

 また、ロードアイランド州にあるソフトウェア会社のライトソリューションズでは、イノベーションにつながりそうなアイデアを社内で評価するための架空の市場を開設しているそうだ。全く新しい技術や事業に焦点を当てたリスクの高いアイデアを取引する「スパズダック」、現在の製品やケイパビリティと関連するアイデアを取り扱う「バウ・ジョーンズ」、短期的な業務改善につながる低リスクのアイデアを対象とした「セイビングズ・ボンド」という3つの市場に対し、社員が自らのアイデアを自由に「上場」させることができるとともに、架空の資金を自由に「投資」することができる。高い株価のついたアイデアは社員にとって魅力的なアイデアということになり、アイデアの具現化に向けたプロセスへと進むことができるという仕組みだ。

 ライトソリューションズの例は架空の資金を使った市場だが、ハメルはさらに一歩進んで、実際の資金を投資する社内市場の開設まで提案している。すなわち、社内に何百人、何千人といる予算管理者が、予算の数パーセントを、自分が有望だと思うアイデアに、部門の垣根を超えて自由に投資するというものである。従来は研究開発部門に閉じ込められていたイノベーションの資金を、社内で自由に流通させるのが狙いである。

 これらの事例やハメルの提言に見られる共通点は、「企業のマネジメントに市場原理を導入する」ということである。企業の外は市場経済で動いているにも関わらず、企業の内部はしばしばドラッカーも指摘していたように、未だに20世紀初頭の軍隊のようにマネジメントされていることが多い。それならば、企業にも市場原理を導入しようというのは一理ある考え方だと思う。

 市場原理は、時にバブル崩壊や金融恐慌といった深刻な失敗を犯すことがあるとはいえ、市場よりも効率的に資源を配分できる仕組みは今のところないといってよいだろう(その証拠に、どんなひどい金融恐慌が起こっても、市場自体がなくなったことは一度もない)。

 市場原理の活用で思い出すのが、下の『「みんなの意見」は案外正しい』という本である(過去の記事「「みんなの意見」が案外正しくなるためには、個人が自立していないとダメ」を参照)。この本でも、社内の意思決定の質を高める仕組みとして、ヒューレット・パッカードの社内市場が取り上げられていた。

ジェームズ・スロウィッキー
角川書店
2006-01-31
おすすめ平均:
Web時代にますます考えるべき集合知・みんなの意見
『投資苑』嫁
この本の要約
posted by Amazon360

 ただし、企業内部に市場原理を導入することは、市場に参加する資格を持つ現場社員にとっては朗報である一方で、マネジャーにとっては自分の仕事が失われるかもしれない危機である。マネジャーの仕事の大部分は、意思決定を下すことである。それを市場原理に委ねることになったら、マネジャーは何をすればよいのだろうか?この点については、ハメルは言及していない。

 漠然とした考えではあるが私なりの見解を書いておくと、マネジャーの仕事は「市場の公正さを保つ」ことと「市場の過熱や沈滞を防ぐ」ことの大きく2つになるのではないだろうか?要は、東京証券取引所と日本銀行の役割を担うようなものである。

 いくら市場が自由主義に基づいているとはいえ、どんなものでも市場に乗せることができるわけではない。東証には一定の厳格な基準を満たした企業しか上場できないのと同じである。これを社内市場に当てはめて考えると、アイデアの社内市場であれば、いい加減な情報が書かれた案件は排除しなければならないし、社員の流動的な異動と配置を目的とした社内市場であれば、市場で取引される(この表現はちょっと語弊があるが…)各社員の能力や経歴に過大評価がないかどうかをチェックしなければならない。「市場の公正さを保つ」ために、マネジャーは市場の監視機能を担うことになるだろう。

 もう1つは「市場の過熱や沈滞を防ぐ」という役割である。これはマネジャーが市場に介入することを意味するが、具体的にどうするかは結構難しいところだ。例えば、投機的な取引が増えた場合は、投資家である社員から一定の資金を没収して「資金プール」を作っておく。逆に取引が停滞した場合は、その「資金プール」から資金を社員に配分し、取引を活性化させる、という方法がありうるかもしれない。

 とはいえ、マネジャーの伝統的な仕事が社内市場に全て取って代わられることはない。社員を育成して能力アップを図り、社員がイノベーションにつながるアイデアを生み出せるようにサポートするといった役割は、むしろ重要度を増すに違いない。この役割が適切に果たされなければ、市場で流通させるもの自体が生まれてこない。
October 01, 2010

この本を読んで、前提が崩れたマネジメント手法を整理してみた−『経営の未来』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
ゲイリー ハメル
日本経済新聞出版社
2008-02-16
おすすめ平均:
主体性と創造性を発揮するための経営とはどうあるべきかのヒントを提供
訳がひどい。。。
混沌と階層化
posted by Amazon360

 『コア・コンピタンス経営』で知られるゲイリー・ハメルの最新作(と言ってももう2年前だが)。2006年6月号のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューに掲載されていた「いまこそマネジメント・イノベーションを」という論文を読んだ時は「マネジメント・イノベーション」の意味がよく解らなかったのだが(汗)、この本を読んだら大分ハメルの意図するところが理解できた気がする。

ダイヤモンド社
2006-05-10
おすすめ平均:
久々の感動企画!
posted by Amazon360

 ここ100年あまりの間に、世界中の企業家や経営学者、コンサルタントによって様々なマネジメントの手法が生み出されたが、実際のところその多くは19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて考え出されたものであるとハメルは指摘する。20世紀初頭と言えば、製造業に大量生産方式が取り入れられた頃だ。当時と現在では事業環境が比べものにならないほど違っていることに気づかない人はいないが、当時のマネジメント手法をほとんどそのまま使い続けていることに異を唱える人は少ない、とハメルは警告している。

 同書は、生物学、心理学、政治学、宗教学、社会学などの最新のトレンドを参考にしつつ、これからのマネジメントのあり方を提言するものである。旧来のマネジメントを刷新するという意味で、ハメルは「マネジメント・イノベーション」という言葉を使っていたんだな。

 この本を読みながら、20世紀に誕生した主なマネジメントの手法について、その手法が登場した時点で当然のこととして受け入れられていた「前提」と、時代が変化して前提が崩れたことによって生じている「問題」を列挙してみることにした。

階層別組織
【前提】一部の優秀な人材が合理的な規則に従い、上意下達で指揮命令を下せば、最も能率的に仕事が行える。
【問題】組織の規則はかつては合理的だったかもしれないが、環境の変化とともに合理性を失うことがある。また、管理職は昔のやり方で成功して昇進した人であるから、経験の罠に陥って今の時代には全く適さない意思決定をする可能性がある。

人事部による採用・配置・異動
【前提】人材の処遇については、人材評価に関する専門的知見を有する独立した機関が決定するのが合理的である。
【問題】人事部が膨大な社員の能力をつぶさに把握するのは困難になりつつある。なお、政治の場では、住民が首長を選び、国民が政治家を選ぶといった具合に、下の人間が上の人間を選ぶことになっているが、企業では一般社員が管理職を選ぶことができない(もちろん、国民主権の政治と、株主資本主義とも言われる企業を同列に論じることはできないが、株主でさえ企業の管理職を決めることはできない)。

マネジメントのPDCAサイクル
【前提】計画が適切であれば、後は実行するのみ。最後に確認をして、次に向けた修正を施せば足りる。
【問題】定型化された日常業務であればPDCAサイクルを回すことができるが、計画の不確実性が高まるにつれて、PDCAサイクルはサイクルとしての型をなさなくなる(計画と実行を明確に切り離すことができないし、そもそも何をもって「計画」と呼ぶのかさえ曖昧になる)。

事業部制
【前提】意思決定の権限については、本社に集中させるより各事業部に分散させた方が望ましい。
【問題】確かに意思決定についてはうまくいったが、一方で各事業部が肥大化したことにより、それぞれの事業部が独自に抱えるスタッフ部門の重複が目立つようになった。また、事業部間の「組織の壁」が大きくなり、イノベーションにつながるような部門横断的な活動が難しくなった。

予算配分
【前提】各部門の将来の予算は、過去の延長線上で決定することができる。予測が困難なイノベーションについては、研究開発部門に一定の予算をつけておけば足りる。
【問題】イノベーションは研究開発部門から生まれるとは限らない。ある事業部で新しいイノベーションの種が発見されても、硬直的な予算配分制度がイノベーションへの投資を阻んでしまう。

トップによる戦略プランニング
【前提】戦略立案に必要な知見と情報はトップに集まっているから、トップが戦略を立てるのが最も効果的である。
【問題】トップが少人数のグループで戦略的意思決定を行う場合、お互いの意見や価値観が似ているために、凡庸な戦略しか出てこないことがある。また、戦略立案に必要な情報は、往々にして現場に転がっている。

ブランド・マネジメント
【前提】メーカーが流通チャネルやマスメディアに働きかければ、メーカーの意のままにブランドを構築することができる。
【問題】流通チャネル(特に小売業)がバイイングパワーを急速につけてきており、メーカーの思い通りに動くとは限らない。また、ソーシャルメディアの台頭によって、メーカーが直接影響を及ぼせるメディアの割合が相対的に低下している。

標準作業分析
【前提】製造ラインように反復可能性が高い作業については、標準作業を規定して作業員がそこから逸脱しないようにトレーニングすれば、生産性が飛躍的に向上する。
【問題】製造ラインに従事する社員の割合は年々下がっている。経済のサービス化が進むにつれて、サービスの生産性の方が重要になる。にもかかわらず、未だにサービスの業務プロセスは属人的で非効率なままである。

会計制度
【前提】会計制度自体が、製造業を意識して設計されている。
【問題】会計制度の見直しは何度か実施されているものの、いずれもコーポレートガバナンスの観点からの見直しである。サービス経済、知識経済に適合した会計制度の構築は進んでいない。人的資本、知的資本、顧客資本など、目に見えない資本をどのように計上するかについて、コンセンサスが取れていない。

競争戦略
【前提】「ファイブ・フォーシズ・モデル」によって魅力が高い業界を選択し、適切なポジションを確保すれば、競合他社に打ち勝つことができる。
【問題】どの業界でも参入障壁が下がり、買い手がバイイングパワーを強めているから、魅力的な業界などそうそう存在しない。そもそも、「業界」の名前にこだわりすぎると、本当に重要な競合他社を見誤る(書店がアップルを競合他社として見なす日がくると、業界の誰が予測しただろうか?)。

バリューチェーン分析
【前提】付加価値の高いプロセスを自社で握り、それ以外のプロセスをアウトソーシングすれば、有利に事業を展開できる。
【問題】自社のケイパビリティには限りがあるから、ある程度付加価値の高いプロセスについても外部企業を活用せざるを得ない。結果的に、自社と外部企業は複雑で緊張したネットワークを形成することになり、自社が外部企業をコントロールできない状況が出てくる。さらに、時代によって付加価値がバリューチェーン内を移動する可能性を考慮していない。

知的財産管理
【前提】自社にとって重要な技術やノウハウは、法的なスキームを使えば保護することができる。
【問題】どんなに法的なルールを作ったところで、インターネットがそのルールを打ち破ってしまう。

 これ以外にも挙げていけばキリがない。こうした問題を解決する新しいマネジメントの手法を編み出すことが今後は大事になるね。では、ハメルはどのようなマネジメント手法を考案しているのか?続きは次回ということで。
April 14, 2010

Twitterはブログを駆逐するのかねぇ?

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 Twitterを始めて1週間ぐらいだが、「Twitterでつぶやくのに忙しくてブログが書けない」という悩みを抱えている人が結構いるようだ。確かに、日記代わりにブログを書いていた人からすると、Twitterの方が手軽だし、友人とのつながりも作りやすいから、ブログからTwitterに流れるというのも解らなくはない気がする。

 イノベーションの研究家、例えばクレイトン・クリステンセンならば、「Twitterはブログの機能の高度化について行けなくなった下層のユーザー(レベルが低いという意味ではなく、そこまでの高度なニーズを抱いていないユーザー)を取り込み、ブログを脅かしている。しかも、Twitterの方がブログよりも簡単な技術を用いている。これは『破壊的イノベーション』の一例だ」と言うかもしれない。

 また、「ブルーオーシャン戦略」で知られるチャン・キムならば、「Twitterはブログの機能を大幅に簡素化し、代わりにSNSが持っていたソーシャルネットワークの機能を付け加えた。つまり、バリュープロポジションを移動させたことで新市場を切り拓いた」と説明するかもしれない。

 まぁ、まだ日本でも昨年ブームに火がついたぐらいだから、しばらくは様子見という感じかなぁ(それよりも心配すべきは、「Twitterの収益モデルが実は全然成り立ちませんでした、Good-bye!」という突然の終戦宣言かもしれない)。

 私はまだTwitterを始めて1週間ぐらいしか経っていないが、ブログとTwitterはうまく使い分けができると思う。私の場合は、ブログで割と長めの記事を書くようにしている。ある程度考えがまとまった段階で情報を発信するツールと考えているからだ。これに対して、Twitterはいわばメモ帳代わりである。ちょっとしたアイデアを書き留めておいたり、あるいは私自身にバックグラウンドがないためにまとまった文章を書くことができない政治・時事分野についても、多少つぶやいたりすることができる。しかも、Twitterだとmixiよりもはるかにスピーディーに他の人の意見が聞けるから、情報収集にも役立つ。

 企業のマーケティングツールとしてのブログとTwitterも、同じように併用できるはずだ。この点については、私自身も徐々に実験してみたいと思っているところである。ブログでは企業や製品のコアコンセプト、あるいは最新の調査結果やトレンド情報を定期的に発信し続け、ブランド認知を高める。一方、Twitterは顧客と広く薄くつながり、彼らのニーズを収集したり、製品・サービスに対するフィードバックをもらったりするコミュニケーションツールとして活用する。

 ほんのちょっと前までは、ホームページとブログを比べて、ホームページがストック型のコンテンツであるのに対し、ブログは高い更新頻度で情報発信ができるフロー型と位置づけられていた。しかし、今や私の中では、ブログはむしろストック型で、Twitterの方がフロー型になりつつある。両者をうまく共存させることができれば、自分自身、あるいは企業そのものを1つのメディアにすることも可能になるはずだ。
April 04, 2010

これは何と実践的な名著なんだ!−『インテル経営の秘密』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
アンドリュー・S. グローヴ
早川書房
1996-04
おすすめ平均:
まさに経営のバイブル
技術と経営,両分野で頂点を極めた筆者の経営指南書
新しい事は書かれていないかな。
posted by Amazon360

 昨日の記事「戦時には戦時の人事制度ってものが必要だ」で紹介したこの本だが、非常に実践的な内容にあふれた名著だった。何でもっと早く読んでおかなかったのだろう…。

 ごく普通の食堂が設備投資をして「朝食工場」となり、さらにその「朝食工場」をフランチャイズ制によって全国展開していくという架空のケース(簡単に言えば、ファミレスのフランチャイズ展開のようなものだ)を用い、時折インテルの事例を織り交ぜながら、アンディ・グローブが考えるマネジメントの原理原則を体系的に整理している。

 その内容は以下のように広範に渡る。なお【】には、同書に書かれている事柄と関連の深い他の経営学者らの研究や理論を挙げてみた。

・生産管理【エリヤフ・ゴールドラットのTOC[Theory of Control:制約理論]】
・品質管理
・製造工程の生産性向上【フレデリック・テイラー、ギルブレイス夫妻に端を発するIE:Industory Engineering】
・事務業務、ホワイトカラーの生産性向上【マイケル・ハマー&ジェームズ・チャンピーのBPR:Business Process Engineering】
・マネジャーの仕事、タイムマネジメント【ヘンリー・ミンツバーグの著書『マネジャーの仕事』、トム・ピーターズの「歩き回る経営(MBWA:Management by Walking About)】
・ミーティングのマネジメント
・戦略プランニング【イゴール・アンゾフらの古典的な戦略論】
・組織デザイン(事業部別組織、機能別組織、マトリクス組織)
・社員(新入・中途)の採用方法
・部下マネジメント(部下の習熟度に応じた仕事の与え方とモニタリング)【ハーシー&ブランチャードのSL理論】
・社員の動機づけ【アブラハム・マズローの欲求5段階説、デイビッド・マクレランドの達成動機】
・教育訓練のプランニングと実行
・目標管理(MBO:Management by Objects)【ピーター・ドラッカーの目標管理制度(Management by Objects and Self-control)】
・業績評価・KPI(Key Performance Indicator)設定の方法
・人事考課の方法【ローレンス・J・ピーターの「ピーターの法則」】
・給与・賞与の考え方(特に、マネジャーにおける業績給の考え方)
・企業文化(価値観の確立と共有)【エドガー・シャインの企業文化の研究】

 この1冊には、20世紀におけるマネジメントの叡智がほぼ理解できるぐらいの内容が凝縮されている。

 ただ、原書の初版は1983年であるから、比較的新しい領域は含まれていない。また、マネジメントの全てが網羅されているわけではない。例えば、経営環境の変化が加速し、競争のフィールドがグローバル規模に広がっている現代においてとりわけ重要さを増している以下の内容には触れられていない。

・グローバル規模でのマーケティング
・研究開発・技術革新(狭い意味でのイノベーション)のマネジメント
・新市場創出を伴う広義の意味でのイノベーション
・仕入先、納入先など外部組織との連携(SCM:Supply Chain Managementを含む)
・事業構造、組織構造の再構築を牽引するリーダーシップ
・幹部候補、次世代リーダーの早期育成

 また同書は、インテルが世界企業へと発展した歴史やターニングポイントに関するアンディ・グローブの回顧録でもないことを念のため断っておく。
March 25, 2010

「発明資本主義」のビジネスモデルをまとめてみた

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360


 DHBR2010年4月号の「『発明資本主義』の誕生」(ネイサン・ミアボルド)を読んで、「へぇー、そんなビジネスモデルもあるんだ」と思ったので、メモ書き程度にまとめておこう(それにしても、4月号だけでどれだけ引っ張るんだ!?毎号このペースで記事を書いていたら、DHBRのレビューブログになってしまう。来月からは考えないとなぁ)

 著者のネイサン・ミアボルドはインテレクチュアル・ベンチャーズ(IV)の共同設立者であり、かつてマイクロソフトでCTOを務めた人物である。IVのビジネスモデルはこんな感じだ(もはやパワポで描く気なし…)。

インテレクチュアル・ベンチャーズのビジネスモデル

 IVは投資家からの出資を元手に、優れた特許を保有する世界中の企業や研究機関などから特許を買い取る。また、世界中の発明家をネットワーク化して彼らのアイデアを評価し、特許の見込みが高いものにはお金を出す。発明家が晴れて特許を取得した暁には、同じように発明家から特許を買い取る。発明家にとっては、特許化に必要な資金を調達できる上に、特許が取得できればIVからお金が入るというメリットがある。

 こうしてIVには、あらゆる分野の素晴らしい特許が集まってくる。そして今度は、それらの特許を必要とする企業に売却、ライセンス供与するのだ。この際に企業から受け取る対価が、IVの主な収益源となる。その収益の一部を、投資家に配当として還元するという仕組みである。

 図中で、「戦略的投資家」と「特許利用企業」が重複することが多いと書いているが、投資を行う企業の中には、単なる配当目的ではなく、将来的にはIVが持つ特許を買い取って事業化し、自社の新しい収益源を創出することを目的としている企業が多数含まれる。こうした企業のことを、ネイサン・ミアボルドは「戦略的投資家」と呼んでいる。

 ベンチャーキャピタルのビジネスモデルとよく似ているのだが、ベンチャーキャピタルが事業に投資するのに対し、インテレクチュアル・ベンチャーズは特許や発明に対して投資する点が異なる。IVの狙いは特許や発明の流動性を高め、イノベーションを促進し、新市場を創出することにあるとされる。だが、一歩間違うと、買い集めた特許を盾にとって、特許権の侵害の疑いがある企業や研究機関を相手に不当なライセンス料を請求したり、知財訴訟を起こしたりするパテントトロールになりかねないビジネスでもある。ここは経営陣の倫理観が問われるところだろう。

 IVに関するリンクを集めてみた。
Intellectual Ventures - Who We Are
日本に“新しい資本主義”上陸
日経ものづくり2009年7月号 [特集]特許の壁を壊せ“最強の「破壊者」現る”
日本の9大学が特許を丸投げ!「インテレクチュアル・ベンチャーズ」の正体
インテレクチュアル・ベンチャーズのビジネスは注意要
March 24, 2010

日本が生き残る道は世界に向けた「技術と文化の発信」ではないか?

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 今日はDHBR2010年4月号の「イノベーションの新世界地図」(ジョン・カオ)という論文に絡めて記事を1本。この論文は、各国のイノベーションの特徴を4タイプにまとめたものである。一応、論文中では4タイプになっているが、もっと単純化すれば、「規模を活かす」か「集中する」かの2つになると思われる。

 「規模を活かす」パターンの代表が中国とインドである。両国は安い労働力を大量に投入すれば、あらゆる分野でイノベーションが起こる可能性を秘めている。一方、「集中する」パターンは、文字通りイノベーションを狙う分野を絞り込む。例えば、シンガポールは生命科学、環境技術、デジタル・メディアに、フィンランドはユニバーサル・デザインや医療技術、食品に、デンマークは無線技術、精密製造などに特化している。また、論文にはないが、ドバイは海と陸に巨大なインフラを建設することで、今や世界中の人と物が行き交う拠点と化している。
 
 ただし、「規模を活かす」パターンは巨大国家の戦略であり、「集中する」パターンは人口が数百万単位の小国家の戦略である。そう考えると、人口が減少しているとはいえ、依然として1億前後の人口を持つ日本は、非常に中途半端な立ち居地にあると言わざるを得ない。

 論文の著者が所属するインスティテュート・フォー・ラージ・スケール・イノベーションという団体が、各国の高卒以上の学歴保有者数、取得特許件数、世界銀行のデータなどに基づいて独自に作成したイノベーションラインキングでは、日本が6位に食い込んでいる(上位5カ国はアメリカ、フィンランド、イスラエル、イギリス、シンガポール。独自のデータゆえに、各データをどうやってランキング化したのかよく解らないのがちょっと痛い…)。ところが、悲しいかな論文中では日本について一切触れられていない。

 昨年12月に「新成長戦略(基本方針)〜輝きのある日本へ〜」が閣議決定され、今後の成長分野が大まかなに示された。基本方針の中では、「日本の強みを活かした成長」として「環境・エネルギー」と「健康(医療・介護)」が、「フロンティアの開拓による成長」として、「アジア(APEC自由貿易圏(FTAAP)の構築など)」と「観光・地域活性化」が謳われている。
http://www.meti.go.jp/topic/data/growth_strategy/091230.html
http://www.meti.go.jp/topic/data/growth_strategy/pdf/091230_2.pdf

 基本方針だから本当に核となる分野しか載せていないのかもしれないが、日本は小国家ではないのだから、あまり分野を絞り込みすぎると逆にイノベーションの芽が摘まれるような気がする。幸い、日本には他にも優れた技術がたくさんあると思う。世界有数の地震大国で培われた建築技術や、高品質の農作物を生産する農作技術、新幹線に代表される鉄道インフラの技術など、それなりの数を列挙することができる。日本人は、政府の政策如何に関わらず、優れた技術があればどんどん積極的に世界に持っていった方が賢明なのかもしれない。

 一般的に人、モノ、カネ、知識の4つが経営資源とされるが、日本は人口が減少傾向にあり、これといった資源もない。カネも貯蓄レベルで見れば相当規模の個人資産と海外投資があるとはいえ、国の財政赤字がとんでもない額に膨れ上がっているので、差し引きすればあるともないとも言えない状況である。となれば、あとは知識しかない。優れた知識を移転可能な技術へと転化し世界中に展開することで、需要を生み出す。それが、21世紀の日本の成長を支えるのではないだろうか?

 あと1つ、日本が世界に発信できるものに「文化」があると思う。日本の伝統的な美術品や工芸品、芸能もさることながら、アニメやマンガのような現代文化も海外では高く評価されている。文化はカネにならないと思われがちだが、アメリカはハリウッド文化を世界に発信し、産業として成り立つことを証明した。建国からわずか250年足らずの国の文化が世界で評価されるのならば、その何倍も長い歴史の中で蓄積された文化だって、もっと世界で評価されていいはずだと思う。

 だが、日本の文化の中で産業と呼べるレベルに達しているものはごくわずかであろう。アニメやマンガ業界で働く人の待遇が著しく低いことはよく知られているし、伝統文化に至っては国の補助金がなければやっていけないものも少なくない。文化を産業として成り立たせる術を確立することも、これからの日本には必要であろう。文化はカネにならないと言ったって、カネがなければ文化を維持・発展させることはできないのである。
March 22, 2010

イノベーターが創造的仮説を生む思考プロセスを早く解明したい

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360


 DHBR2010年4月号の「イノベーターのDNA」(ジェフリー・H・ダイアー、ハル・B・グレガーセン、クレイトン・M・クリステンセン)という論文では、イノベーターには「関連づける力」、「質問力」、「観察力」、「実験力」、「人脈力」という5つのスキルが必要であると述べられている。

 まぁ、これだけを見れば「ふーん」という感じだろう。他にもイノベーションに求められるスキルを分析した論文はたくさんあるのだろうが、おそらく似たようなスキルが並んでいるに違いない。個人的には、イノベーションの源泉をスキルに還元するのはあまり好きではない。仮に読者がそれらのスキルを読んだところで、斬新なアイデアが生まれるとは思えないからだ。

 こうした傾向は、リーダーシップ論にも見られる。多くの論者が、「リーダーに求められるスキルとは何か?」という問いに答えようとしてきた。だが、結局は同じようなスキルに落ち着くのであって、しかもそのスキルを覚えたところで変革を起こすことはできないのである。イノベーションでもリーダーシップでも、抽象的なスキルではなく、もっと具体的な思考・行動プロセスに焦点を当てる必要があると私は思う。

 イノベーションの場合は、特にアイデアを生み出す思考プロセスがカギを握る。別の言い方をすれば、凡人が思いつかないような創造的な仮説を立てることがイノベーターには求められるのである。「Aという顧客はXという製品・サービスを欲しがるはずだ」という仮説が強烈なインパクトをもち、かつ良質なものであるほど、イノベーションの成功確率は高くなる。

 以前、「リーダーが帰納的に課題を設定するとはどういうことか?」という記事で、タタ・グループのラタン・タタが、スクーターに家族4人がしがみついて道路を走っている現状を見て、20万円という世界一安い小型車「ナノ」のヒントを得たという話を紹介した。ラタン・タタが設定した仮説とは、「インドの中間層の家族は、思いっきり安い車であれば欲しがるはずだ」というものである。

 凡庸なマネジャーであれば、「インドの中間層の家族は、もっと安全に乗れるバイクを欲しがるはずだ」という仮説を立てたであろう。なぜならば、インドの自動車はまだまだ富裕層向けであり、とても中間層の手が届く価格ではないという事実が頭にあるからである。固定概念にとらわれて、現状を改善する程度の月並みな仮説しか思いつかないに違いない。

 それに比べると、ラタン・タタが立てた仮説はかなり異質だった。もっとも、よく見るとラタン・タタの仮説はどこかしら飛躍している。しかし、この飛躍こそがイノベーションの源泉となる。では、「どうすれば飛躍的な仮説を立てられるのか?」がイノベーションの思考プロセスを解き明かす重要なポイントになるのだが、残念ながらまだ私はそれを十分に論じられるだけの自信がない。

 ただ1つ言えるのは、飛躍的な仮説の裏にあるのは、イノベーター個人の価値観や動機、信念や好奇心、知識や経験などといった、極めて主観的な要素であろうということである。これらの主観的な要素は、イノベーターが世界を見るレンズを特殊なものにする。そして、イノベーターはその特殊レンズを通じて世界を観察することで、一般人が思いつかない創造的な仮説を立てるのである。

 こうした創造的な仮説の立て方は「アブダクション」と呼ばれるらしい。通常の帰納的推論は、「A1ならばX1である」、「A2ならばX2である」…という事実を積み重ねていき、「AnならばXnである」という仮説にたどり着く。帰納法を重視したイギリスのフランシス・ベーコンの経験主義的アプローチは、近代科学の発展に大きく貢献した。

 「アブダクション」はもっとストレートに仮説を導き出す。極端な言い方をすれば、いきなり「AならばXである」という仮説が生み出されるようなものである。「アブダクション」は、一般的な帰納法よりも限定的な事実に基づいて推論を導き出すという意味で、広義の帰納的推論に分類される(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B0%E7%B4%8D)。

 もちろん、仮説が拠りどころとしている事実に制約があるため、仮説が間違っている可能性も大きくなる。だが、型破りな発想を創出するためには、そのぐらい思い切った推論が必要なのだろう。イノベーションに求められるスキルをわざわざ抽象化するよりも、「アブダクション」のような思考プロセスを深掘りする方が、実務家にとっては有益なヒントが得られるような気がする。
March 21, 2010

オープン・イノベーション絡みの論文をいくつか−『製造業の使命はイノベーションである(DHBR2010年4月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 久しぶりにイノベーションに関する特集。全体的に、イノベーションを支える組織間連携やインフラといった「仕組み」に関する論文が多く、イノベーションの源泉となるアイデアを創出するための「思考プロセス」はまだまだ解き明かされていないといった印象だ。

 今日は、ヘンリー・W・チェスブロー、アンドリュー・R・ガーマンの「『インサイド・アウト型』オープン・イノベーション」という論文について言及したいと思う。

 これまでオープン・イノベーションといえば、社外の技術や知識を社内に取り込む「アウトサイド・イン型」に多くの関心が寄せられてきたが、不況期にはその逆の「インサイド・アウト型」、つまり社内の資産やプロジェクトの一部を外部化する手法が重要になるという内容の論文で、インサイド・アウト型の5パターンを解説している。

 でも、よく考えると「アウトサイド・イン型」と「インサイド・アウト型」のどちらが大事かという議論はあまり意味がない気がする。例えばAとBの2社がオープン・イノベーションに取り組んでいる時、A社が「アウトサイド・イン型」を採用していれば、必然的にB社は「インサイド・アウト型」になる。2つのスタイルはオープン・イノベーションにおいて補完関係にあると言える。

 さらに付け加えると、オープン・イノベーションは各プレイヤーの知識や技術がネットワーク間を自由自在に移動することで成立することを考えれば、ある1社が「アウトサイド・イン型」か「インサイド・アウト型」の片方だけに寄っているというのは、やや物事を単純化しすぎであるようにも感じる。各プレイヤーは両方のスタイルを身につけることが、オープン・イノベーションを成功に導くと思うのである。

 論文で読む限りの情報だが、P&Gは「アウトサイド・イン型」と「インサイド・アウト型」のどちらでもイノベーションを起こせる代表格かもしれない。DHBR2006年8月号の「P&G:コネクト・アンド・ディベロップ戦略」という論文に、P&Gのオープン・イノベーションの取り組みが紹介されている。

posted by Amazon360

 「コネクト・アンド・ディベロップ戦略」では、P&Gの研究員、サプライヤー、消費者、顧客企業、大学、政府系研究機関などがネットワークを形成している。アラン・ラフリーCEOは、「新製品の半分がP&Gの研究所の中で生まれ、残り半分がP&Gの研究所を介して生み出される」状態を目指しているという。

 そうそう、「インサイド・アウト型」に関連してもう1つ面白い論文を思い出した。イノベーションを通じた新規事業開発を行う場合、うまくいけば事業立ち上げ、そうでなければ中止という二者択一の意思決定を下すケースが多い。だがこの方法だと、中止によって埋没する知的資産が数多く生まれる可能性がある。そこで、「オプション価値」の考え方を取り入れて、社内に眠れる知識・技術を様々に活用する方法を提案したのが、DHBR2007年12月号の「バリュー・キャプターの戦略」という論文である。

ダイヤモンド社
2007-11-10
おすすめ平均:
目新しいことは何もありませんが
posted by Amazon360

 ある新規事業が計画通りにいかなかった場合、中途半端に残った知的資産を外部企業へライセンス供与したり、スピンオフしたりする(これもまた、一種の「インサイド・アウト型」オープン・イノベーションである)。あるいは、社内の別の部門に知的資産を移管し、リサイクルすることで、新たな用途を見出す。3M、マイクロソフト、インテル、IBMなどは、これらの様々な選択肢を組み合わせて、資産の価値を最大限に引き出すのが上手い、と論文では指摘されている。
March 20, 2010

評価制度を間違えると社員の行動はおかしな方向へ導かれる

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360

 DHBR2010年4月号に収録されていたアンドリュー・リキアーマン卿の「業績評価制度の罠」という論文を読んで、業績評価制度について少し考えてみた。個人的に、業績評価制度はすごーく地味な制度である割に、社員には非常に大きな影響を与えるものだという印象を持っている。制度設計を間違えると、社員の行動を悪い方向へと導いてしまう。

 これはあるコールセンターの方から聞いた話だが、コールセンターは基本的にQ&A対応が中心のコストセンターとして見なされるため、収益性を高めることが至上命題となる。そこで、あるチームは「1コールあたりの所要時間(の削減)」を、別のチームは「顧客1人あたりのコール回数(の削減)」を評価指標にしたという。ここでクイズ。収益性が高まったのはどちらのチームだろうか?

 前者のチームは、とにかく早く対応を終わらせて電話を切ろうと皆が必死になるのだが、顧客は自分の問題が解決しないため、何度も何度も電話をかけてきてしまう。1コールあたりの時間は短くなっても、コール回数がその効果を打ち消すほどに増えてしまい、収益をむしろ圧迫する結果となった。

 一方、後者のチームは、極端な言い方をすれば顧客が同じような問合せを二度としてこないように、ファーストコールで懇切丁寧に説明することを心がけた。1回目の対応時間は長くなったものの、2回以上電話をかけてくる顧客が大幅に減ったために、総合的には収益が改善されたという。両チームが掲げた評価指標の違いは微妙なものだが、それだけでも社員の行動、ひいては部門の業績にに与える影響が全く異なることを示す好例である。

 ところで、DHBR2010年4月号の特集は「イノベーション」であるため、イノベーションと業績評価との関係で一言付け加えておくと、イノベーションを担う部門の業績評価およびそれに基づく人事評価の制度は、既存事業部門のそれとは別物にするべきである、という見解が一般的である(ピーター・ドラッカーをはじめ、ロザベス・モス・カンター、クレイトン・クリステンセンら多くの経営学者が主張している)。

 イノベーションが事業として軌道に乗るまでには時間がかかる。よって、イノベーション担当部門の業績を既存事業と同じ指標、つまり売上や利益、あるいは製品販売数や市場シェアなどで評価すると不利になりやすい。すると、マイナス評価をされたくないがために、優秀な人材がイノベーション担当部門の業務を避けるようになる。誤った業績評価制度は、イノベーションの芽を摘み、企業の将来性を潰してしまうことすらあるのだ。

 イノベーション担当部門の場合は、最初からあまり財務的な指標を強調せず、市場の啓蒙活動を評価する指標を設定することが有益であると考える。例えば新製品・サービスの認知度、アーリーアダプター(早期採用者:新製品・サービスを初期の段階で購入してくれた顧客)の顧客満足度などを指標にする。あるいは、当初の事業計画の進捗度合いといったプロセス的な指標も考えられる。いずれにせよ、既存事業と異なる指標によって評価することで、社員が安心して新しい試みにチャレンジできるよう、工夫を凝らすことが求められる。
February 07, 2010

リーダーが帰納的に課題を設定するとはどういうことか?

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 「マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた」という記事の中で、マネジャーは取り組むべき課題を演繹的に設定するのに対し、リーダーは帰納的に課題を設定すると述べた。マネジャーは自分が属する組織がすでに持っている目的や目標を出発点とし、世間的に既知とされている手法や、組織で定められたフォーマルなルールに従って課題を詳細化していく。これが「演繹的」の意味するところである。

 では、リーダーが帰納的に課題を設定するとは、具体的にはどういうことなのか?それは、リーダーが現実の世界を直にじっくりと観察し、五感を通じて入ってくるありとあらゆる情報の中から一定のパターンを発見することであると言える。新たな課題は、現実世界の中からボトムアップ的に発見される。そして、往々にして、従来の原則やルールにそぐわない課題が設定される。

 インドのタタ・グループが20万円台の超格安自動車を引っさげて自動車業界に参入したことが話題になったが、タタ・グループはなぜこうした新しいビジネスに挑戦しようと思ったのか?DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2009年4月号にその経緯が次のように記載されていた。
 雨の日にインドのムンバイの路上に立っている自分を想像してほしい。いくつものスクーターが自動車と自動車のすき間を縫いながら、危なっかしく蛇行していることに気づくだろう。

 よく見れば、ほとんどのスクーターが、家族全員−両親と子供たち何人か−を乗せている。普通なら、「何て危ない」とか、「開発途上国では当たり前だ。あるもので済ませるしかないのだから」と思うのではないか。

 タタ・グループを率いるラタン・タタはこの光景を目にして、これこそ、解決されるべきジョブであると確信した。すなわち、スクーター家族に、より安全な乗り物を提供するのである。

 インドでいちばん安い自動車でも、スクーターの最低5倍の価格はする。したがって、大半の世帯にとって自動車は高嶺の花であることは、彼にもわかっていた。経済的に手が届き、安全かつ全天候型の乗り物は、(中略)自動車購買層に達していない数千万世帯を開拓できる可能性があった。
(マーク・W・ジョンソン、クレイトン・M・クリステンセン他「ビジネスモデル・イノベーションの原則」)

posted by Amazon360

 もし演繹的に自動車産業への参入を検討していたならば、先進国の自動車産業の歴史を紐解き、消費者の所得増に従って自動車の販売台数が増えるという一般的な傾向をまず初めに頭に思い浮かべただろう。ラタン・タタがこの原則に忠実であったならば、少なくとも自動車業界への参入はもっと先延ばしにされたであろうし、何よりも20万円の超格安自動車という発想は絶対に生まれなかったに違いない。なぜならば、インド国民の大半の所得は、自動車を購入できる水準に達していなかったからである。

 しかし、ラタン・タタはあくまでもムンバイの現実と向き合っていた。道路を行き交う数多くの家族スクーターを実際に見ながら、「彼らが安全に運転でき、かつリーズナブルな価格で手に入れることができる乗り物はないだろうか?」と考えた結果、「超低価格の自動車を自ら製造・販売すればよい」という結論に達したのである。これこそ、リーダーが帰納的に課題を設定した典型的な例と言えるだろう。

 とはいえ、リーダーが新たに設定した課題を実際に実現しようとすると、前述したように従来の慣習やルールに反する部分が出てくる。実際、20万円台の自動車などというのは常識外れの発想であり、アメリカや日本の自動車メーカーと同じ事業モデルでは絶対に成しえないことである。

 そこで必要なのが、経営資源の「新結合」である。経営資源の投入方法や組合せを変えることで、課題を達成する。これがリーダーの第2の仕事となる。マネジャーが課題の実現のために経営資源を「配分」するのとは対照的である。
 タタ・モーターズが、<ナノ>におけるCVP(Customer Value Proposition)と利益方程式の要件を満たすためには、設計や製造、流通のあり方を一から見直さなければならなかった。そこで、若手エンジニアを集めた小規模チームを組織した。

 (中略)このチームは、部品数を劇的に減らし、莫大なコスト削減を実現した。また、サプライヤー戦略を見直し、<ナノ>用のコンポーネントの85%を外注し、ベンダーの数を6割近く減らすことで、取引コストを削減し、規模の経済を働かせた。

 製造ラインのもう一方では、まったく新しい手法で自動車を組み立て、流通させることが考えられていた。それは、モジュール化したコンポーネントを自社工場と外部工場のネットワークに流し、そこでBTO(受注製造)するという究極の計画であった。
 タタ・モーターズは、従来の自動車業界の経営資源の使い方とは全く異なる方法を追求し、<ナノ>の製造・販売を実現させたのである。まさに、シュンペーターがいう「新結合」という言葉がよく似合う事例だと思う。
January 07, 2010

マネジメントの大いなる課題25+5

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 シリコンバレーの非営利研究機関「マネジメント・ラボ」がマッキンゼー・アンド・カンパニーの後援の下、マネジメント・イノベーションを考えるカンファレンスを2008年5月に開催した。『コア・コンピタンス』の著者で知られるゲイリー・ハメルが主催者となり、CEOや研究者、コンサルタントなど総勢20名余りが、21世紀におけるマネジメントの25の課題を設定した。そのリストをDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2009年4月号から紹介したいと思う。

ゲイリー ハメル
日本経済新聞社
2001-01
おすすめ平均:
コア・コンピタンスの原典
経営思考ツールとして、今こそ見直したい普遍のバイブル
現在の企業経営戦略の基礎
posted by Amazon360

1.経営層がより次元の高い目的を果たす
 経営層は、理念と実践の両方において、社会的に意義ある高尚な目的の達成に向けてまい進しなければならない。

2.コミュニティの一員あるいは企業市民としての自覚をマネジメント・システムに反映させる
 業務プロセスや業務慣行を定めるに当たっては、ステークホルダー間の相互依存性を考慮に入れる必要がある。

3.経営哲学を根本から考え直す
 効率以上の何かを実現するためには、生物学、社会科学、神学など、幅広い領域から教訓を導き出すことが求められる。

4.階層制の欠点を取り除く
 階層の下部にいる人々が大きな権限を持ち、指名によってではなく、自然にリーダーが決まる、すなわち自然な成り行きによって階層が出来上がると、多くの利点が生まれる。

5.不安を和らげ、信頼関係を深める
 信頼の欠如や不安は、イノベーションや従業員参加を妨げるため、新時代のマネジメントは信頼を醸成し、不安を取り除かなければいけない。

6.管理手段を刷新する
 秩序を守りながら自由の幅を広げるために、外からの締めつけに頼らず、自律的なコントロールを促す必要がある。

7.リーダーシップを問い直す
 「英雄的なリーダーの『ツルの一声』ですべてが決まる」というあり方は、もはや望ましいとはいえない。リーダーはむしろ、イノベーションやコラボレーションを促す環境づくりを使命とすべきだろう。

8.多様性を高め、推奨する
 多様性、意見の対立、少数派を、調和、合意、結束と同じくらい重視する仕組みに改める。

9.戦略立案プロセスを改め、創発を促す
 激動の時代には、変異、淘汰、保持といった生物学の原則を戦略立案に生かす。

10.組織を小単位に分ける
 順応性と革新性を高めるために、大きな組織を細分化し、小回りを利かせる。

11.過去のしがらみを断ち切る
 既存のマネジメント手法は、ともすると深く考えることなく、いたずらに現状維持を助長しかねない。しかしこれからは、イノベーションや変革を推奨すべきである。

12.参加型の手法を用いて組織の方向性を決める
 社員の献身を引き出すには、権限の大きさにかかわらず、知恵やひらめきの持ち主に目標設定の責任を負わせる必要がある。

13.全体観に基づいて業績を評価する
 これまでの業績評価は、クリエイティブ経済で成功するうえで欠かせない能力を軽視しているため、見直しが必要である。

14.大局観の下、長い将来を見据えてマネジメントを行う
 現在の報酬制度では、長期目標を犠牲にして目先の利益を追いかける風潮が生まれるため、これに代わる新しい仕組みを設けなければいけない。

15.情報をできるだけ広く共有する
 各企業とも、社内の一人ひとりが全社の利益に沿って動けるよう、情報を広く行き渡らせる仕組みをつくる必要がある。

16.変革に前向きな人に権限を与え、後ろ向きの人からは権限を奪う
 過去にしがみつかず、将来を切り開こうとする意欲を持った人材に、より大きな権限を与える。

17.社員の裁量の幅を広げる
 マネジメントのあり方を改め、最前線の社員が自主性を発揮し、各職場が新しい試みに挑戦できる土壌づくりをする。

18.アイデア、才能、経営資源の社内市場を設ける
 経営資源の配分には、階層制よりも市場メカニズムのほうが適しているため、社内の資源配分にも、市場メカニズムを取り入れる必要がある。

19.意思決定から駆け引きを排除する
 地位やポストに伴う先入観を取り除き、社内外の知恵を結集できるよう、意思決定プロセスを定める。

20.二者択一的な発想を捨てる
 現状のマネジメントでは、えてして二者択一が迫られるが、これからは複数の条件を同時に満たす包括的な仕組みが求められる。

21.人材の想像力を解き放つ
 人間の創造性を解き放つ方法をめぐっては、豊富な知見が蓄えられている。マネジメント手法を検討する際にも、それらの知見を生かすべきである。

22.情熱あふれる組織をつくる
 社員たちが仕事に打ち込むには、情熱が自然とみなぎってくるような職場づくりを工夫しなければならない。

23.社内外の力を動員できるよう、新たなマネジメント手法を考察する
 価値創造は往々にして、社内だけでは閉じず、社外との連携も求められるため、権限を拠りどころとした従来のマネジメント・ツールでは、今後は役に立たないおそれがある。価値創造に向けて、さまざまな企業や人材を結びつけ、多様性に支えられたネットワークを築くためには、新しいマネジメント・ツールが求められる。

24.心をつかむ言葉と慣行を用いる
 新時代のマネジメントは、効率、優位性、利益といった従来からの目標だけでなく、美、正義、コミュニティなど、永遠の美徳を重んじるべきである。

25.マネジャー層の発想に新風を吹き込む
 マネジャーに、これまでの演繹的思考や分析力に加え、判断力やシステム思考などを身につけさせる。


 私は、この25のリストに加えて、(まだお題目レベルで具体的な中身までちゃんと考えられているわけではないが、)特に日本企業にとって大切だと思う課題を5つ指摘したいと思う。

26.シェアの拡大ではなく、市場の拡大に注力する
 国内市場は人口減の傾向にあるから、放っておけば縮小均衡に向かう。日本企業は市場シェアを重視する風潮があるため、近年相次ぐ大企業の経営統合や合併は、何とかシェアを維持しようとする動きとも言えなくもない。だが、限られたパイの奪い合いに明け暮れるのではなく、どうすれば内需が拡大するか、ドラッカーの言葉を借りればどうすれば顧客を創造できるかを真剣に考える時期が来ていると思う。

 また、海外においても、これまでは中国やインドなどの新興市場の富裕層を相手にビジネスをしてきたが、今後台頭してくる莫大な数の中間層をターゲットとして、現地企業と競争しながら市場を切り開く努力が必要となるはずだ。

27.企業の収益と社員の賃金のバランスをとる
 かつては生産性が上がれば企業の収益も社員の給料も増えた。だが、近年は企業が生産性を向上させて収益力を高めても、社員の賃金はむしろ減少する傾向が続いている。リストラ(=生産性を上げる手っ取り早い方法)をすれば上昇するのは株価であり、株主が潤うのである。

 しかしながら、社員の賃金が増えなければ、内需も拡大しようがない。株主資本主義の行き過ぎが指摘される中、企業の収益と社員の賃金のバランスを見直す必要があるのではないだろうか?

28.需要の変動に耐えうる組織力を身につける
 リーマン・ショックで解ったのは、需要の変動を読むことは難しいということである。リーマン・ショックが起こった当初、日本への影響は限定的との見方もあった。ところが、自動車産業が大打撃を受け、そこから連鎖反応のようにあらゆる産業で需要の収縮が始まった。おそらく今後は、規模の違いこそあれ、需要変動が短いスパンで何度も訪れるようになるだろう。各企業には、それに適応できる仕組みが求められるはずだ。需要が減少すればすぐにリストラし、需要が回復すれば大量に採用するという安易なマネジメントでは、組織は確実に弱体化する。

29.シニアや女性を積極的に活用する
 労働力の減少を補うための解をシニア人材や女性の活用に求める動きが数年以内に本格化するだろう。彼ら彼女らのマネジメントは、これまでの人事制度の延長線上で語ることができない。シニア人材に求める役割の定義とそれに合わせた組織設計、結婚・出産によるキャリアの中断を想定した女性社員の配置、育成など、従来の男性正社員を想定したマネジメントとは異なる視点で考えなければならない。

30.中国やインドのマネジメントに学ぶ
 全く新しい発見は、時として予期せぬところから湧き出てくるものである。今年、中国のGDPが日本のGDPを抜き、世界第2位の経済大国になると言われる。そして、その数年後にはインドも経済大国になる。21世紀のマネジメントを刷新するアイデアは、日本や欧米ではなく、中国やインドから生まれてくるのかもしれない。この2大国家の企業から積極的に学ぶ姿勢はきっと重要なはずだ。
April 10, 2006

ドラッカーによるイノベーションの「7つの機会」

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 ドラッカーは『イノベーションと起業家精神』の中で、イノベーションの機会には次の7つがあると述べています。

新訳 イノベーションと起業家精神〈上〉その原理と方法


(1)予期せぬことの生起。予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ出来事。
 最もリスクが少なく、最も容易にイノベーションの機会となるものだが、往々にして無視される。IBMは当初、科学計算用にコンピュータを作ったが、企業が給与計算などの世俗的な仕事にコンピュータを使い始めた。IBMにとっては予想外の出来事で戸惑いを感じずにはいられなかったが、すぐにこのニーズに応じた。

(2)ギャップの存在。現実にあるものと、かくあるべきものとのギャップ。
 ギャップには業績ギャップ、認識ギャップ、価値観ギャップ、プロセス・ギャップの4種類がある。

 a.業績ギャップ=製品やサービスに対する需要が順調に伸びているにもかかわらず業績が芳しくない場合。
 b.認識ギャップ=ある産業の内部にいる人たちがものごとを見誤り、現実について誤った認識を持っている場合。
 c.価値観ギャップ=生産者や供給者が提供していると思っている価値と、顧客が真に必要としている価値との間に違いが存在する場合。
 d.プロセス・ギャップ=何か1つの作業を行う一連のプロセスの中で、不安に感じたり困ったりする部分がある場合。

(3)ニーズの存在。
 漠然とした一般的なニーズではなく、具体的なニーズでなければならない。

 a.プロセス・ニーズ=プロセス・ギャップから生じるニーズ。
 b.労働力ニーズ=労働力不足の懸念から生じるニーズ。製造業においてロボットが半熟練労働に取って代わるようになったのは、労働力ニーズの圧力があったためである。
 c.知識ニーズ=新しい知識を必要とする場合。それらの新しい知識は開発研究によって生み出される。

(4)産業構造の変化。
 自動車産業がよい例である。第一の波は20世紀の初頭に訪れた。自動車はかつてのような金持ちの贅沢品ではなくなり、大衆に広まりつつあった。フォードの「Tフォード」はこの産業構造の変化を利用したものである。

 第二の波は1960年代から80年代にかけてやってきた。自動車メーカーはそれまでの自国市場独占型の戦略を捨て、グローバル戦略に切り替える必要があった。この動きに真っ先に乗じたのが日本の自動車メーカーであった。GMは日本のメーカーに後れを取ったものの、グローバル企業になる決意をした。クライスラーは完全に乗り遅れた。

(5)人口構造の変化。
 人口の増減や年齢構成、雇用や教育水準、所得などの人口構造の変化は明白である。人口構造の変化は突然訪れるものであるかのように認識されている。しかし、20年後に労働力人口に加わる人々は既に生まれている。人口構造の変化が生じるまでには、予測可能なリードタイムが存在する。

(6)認識の変化、すなわち、ものの見方、感じ方、考え方の変化。
 コップに「半分入っている」と捉えるか「半分空である」と捉えるかは全く違う。従って、取るべき行動も違う。かつて食事の仕方は所得階層によって決まっていた。一般人は質素な食事をし、金持ちは豪華な食事をした。しかし現在は、一般人が質素な食事もすれば豪華な食事もする。

(7)新しい知識の出現。
 一般にイノベーションと呼ばれるものである。起業家精神のスーパースターと言える。成功すれば有名になれるし、金持ちにもなれる。しかし、最も成功が難しいのもこのイノベーションである。

 知識によるイノベーションは、実を結ぶまでのリードタイムの長さ、失敗の確率、不確実性、付随する問題が他のイノベーションとは全く異なる。知識によるイノベーションのリードタイムはおおよそ30年である。

 (1)から(4)は、企業や社会的機関の組織の内部、あるいは産業や社会的部門の内部の事象であり、内部にいる人にはよく見えるものです。他方(5)から(7)は、企業や産業の外部における事象です。この7つの順番には意味があり、信頼性と確実性の大きい順に並んでいます。


《補足》 ちなみに『イノベーションと起業家精神』の下巻では、起業家精神を実現するためにどのようなマネジメントをするべきか、イノベーションを実現する戦略にはどのような種類があるか、という点について論説している。

 「イノベーションのための組織は既存組織と切り離し、人事制度や報酬制度は別途構築すべきだ」「買収すればイノベーションが容易になるとは限らない」といった主張は、クレイトン・クリステンセンのイノベーション理論にも影響を与えていると思われる。

「新訳」イノベーションと起業家精神〈下〉その原理と方法
March 13, 2006

マイケル・デル&ケビン・ロリンズの名言

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 ロリンズ「当社はリスクを大変嫌います。本気で推し進めたいと思う事業の場合、ゼネラル・マネジャーたちの心に思い入れが生まれることがあります。そのような時、それが本当にビジネスチャンスなのかどうか、まず実証してもらいます。我々を納得させられなければ、それ以上計画を進めることはできません。成功できるという確信が得られない分野は避けて通ります。」

 デル「…それでもデルは十分革新的です。創業して21年(注:2005年のインタビュー時)が経ちますが、一度も買収することなく500億ドルの売上を稼ぐまで成長した例はほかにありません。当社は新規事業への参入に極めて慎重ですが、有機的成長を遂げました。」
(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー2005年11月号「デル:『勝利する組織の創造』」より)
 マイケル・デル
 1965年生まれ。1984年にデル社を設立。既存の仲介業者を介さず、注文生産のコンピュータを直接エンドユーザーへ販売するビジネスモデルで急成長した。現在は会長職を務める。

 ケビン・ロリンズ
 ベイン・アンド・カンパニーのコンサルタントを経て1996年にデルに入社。社長兼COO、副会長、デル・アメリカズの社長を務めた後、2004年7月にCEOに就任。

 現代の代表的なイノベーターの1つであり、革新的な経営で急成長を遂げたデルが、実は極めて慎重な態度でビジネスに臨んでいたことをうかがわせる一節。ピーター・ドラッカーが『イノベーションと起業家精神』の中で、「イノベーションに成功する者は保守的である。彼らは保守的たらざるをえない。」と述べたことを私は思い出した。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2005年 11月号Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2005年 11月号

ダイヤモンド社 2005-10-08

Amazonで詳しく見るby G-Tools
February 06, 2006

ヨーゼフ・シュンペーターの名言

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 「われわれが取り扱おうとしている変化は経済体系の内部から生ずるものであり、それはその体系の均衡点を動かすものであって、しかも新しい均衡点は古い均衡点からの微分的な歩みによっては到達し得ないようなものである。郵便馬車をいくら連続的に加えても、それによって決して鉄道を得ることはできないであろう。」
(ヨーゼフ・シュンペーター著『経済発展の理論』)
ヨーゼフ・シュンペーター

 ヨーゼフ・シュンペーター(1883〜1950)
 オーストリアの経済学者。ワルラスやマーシャルといった従来の経済学者がもっぱら経済の均衡に関心を抱き(それゆえに均衡経済学と言われる)、技術革新などを外部要因とみなして経済理論に組み込まなかったのに対し、シュンペーターは技術革新のような経済を変化させる要因に注目し、「創造的破壊」こそが経済の新陳代謝を促し、資本主義を発展させると説いた。シュンペーターの理論は現在のイノベーション理論の基礎となっている。

経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上〉 (岩波文庫)経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈上〉 (岩波文庫)
J.A. シュムペーター Joseph A. Schumpeter

岩波書店 1977-09-16

Amazonで詳しく見るby G-Tools

経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈下〉 (岩波文庫)経済発展の理論―企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究〈下〉 (岩波文庫)
J.A. シュムペーター Joseph A. Schumpeter

岩波書店 1977-11-16

Amazonで詳しく見るby G-Tools
December 19, 2005

クレイトン・クリステンセンの名言

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 「経営理論を過小評価する経営者は多い。理論という言葉は『理論上』という言葉を連想させるが、これには『非現実的』という意味合いがあるからだ。だが、理論はこの上なく実用的だ。現に、重力の法則は理論であり、しかも有用だ。この法則があればこそ、崖から足を踏み外せば下に落ちることが予測できる。」
(クレイトン・クリステンセン、マイケル・レイナー著『イノベーションへの解−利益ある成長に向けて』)
 クレイトン・クリステンセン(1952〜)
 ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)教授。オックスフォード大学の経済学修士コースを優秀な成績で卒業した後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。ボストン・コンサルティング・グループでの製品製造戦略に関するコンサルティング、MIT教授らとの起業を経て、HBSの博士課程に入学。研究の集大成として発表された『イノベーションのジレンマ』は大ベストセラーとなった。

イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)イノベーションへの解 利益ある成長に向けて (Harvard business school press)
クレイトン・クリステンセン マイケル・レイナー 玉田 俊平太

翔泳社 2003-12-13

Amazonで詳しく見るby G-Tools
September 14, 2005

スティーブ・ジョブズのスピーチ

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 アップルコンピュータの創始者であり、現在のCEOでもあるスティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチです。長いですが、本当にいい文章なのでここに載せます。


 PART 1 BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。

 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。

 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。
 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

               ◆◇◆

 PART 2 COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。

 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。


 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。


 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

               ◆◇◆

 PART 3 CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。

 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。


 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。


 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。
 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。


 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

               ◆◇◆

 PART 4 FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。


 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。

 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。


 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。

 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。


 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。


 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

               ◆◇◆

 PART 5 ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。

 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。

 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
               ◆◇◆

 PART 6 DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。

 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。

 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。


 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。


 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。


 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだから、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

               ◆◇◆

 PART 7 STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。

 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stay foolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

 Stay hungry, stay foolish.

 ご清聴ありがとうございました。
May 29, 2005

マーケットの主導権は消費者ではなく、依然としてメーカーが握っているのではないか?

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 メーカーが製品を生産していれば消費者が買ってくれるという時代は終わったと言われて久しい。顧客が欲しいものを自ら選択する。だから顧客がマーケットの主導権を握っていると主張されることもある。

 しかし、厳密に考えれば、依然としてマーケットの主導権を握っているのは生産者側である。消費者は決定権を持っているに過ぎない。消費者はマーケットを主導してはいない。なぜなら消費者の大半は、製品を見ることなしに何が欲しいかを明確に述べることができないからである。顧客が欲しいものを自ら選択すると表現するときは、顧客が「こういうのが欲しい」と声を上げて、生産者がそれに応じているのではない。顧客は生産者が提示する製品群の中から好むものを選択する。顧客は製品を目にしないと欲望を抱かないものである。

 最近の「欲しいものランキング」を見ていると、電化製品の部門では、DVDプレーヤーや液晶テレビ、ノートパソコンなどが上位に並ぶようだが、我々消費者はDVDプレーヤーが登場する前からDVDプレーヤーが欲しいと言ったことがあるだろうか?DVDプレーヤーが登場したから欲しいと言ったのではないか。

 実際、漠然と「今欲しいものは何ですか?」と聞かれると、「特にない」と言う回答が最も多かったという調査結果もある。消費者はそのくらい自分が欲しがっているものについて知らないのである。

 もっとポピュラーな例に流行色がある。「今年は○○色が流行する」と言っているのは消費者ではない。生産者である。さらにファッションの流行色は、その年の自動車のモデルショーを元に決定されているという話もある。あくまでマーケットの主導権は生産者側にある。この点は今でも変わらないのではないか?
May 28, 2005

将来何が起こるかを予測するのではなく、「すでに起こった未来」から構想する

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 将来何が起こるかを予測することは楽しい。人間の科学技術の進歩の可能性を信じて、今日より明日が便利で暮らしやすい世界になることを夢見ている。「鉄腕アトム」もそうした未来への大きな期待から生まれた作品である。ちょうど私が小学生だった頃までは、子供向けの科学雑誌が沢山販売されていて、どの雑誌をとっても、未来が素晴らしいものであることが様々なイラストで紹介されていたものだ。

 しかし、未来を予想するのは空想の世界だから楽しいに過ぎない。未来の予想が当たることはまずない。仮によく当たる「未来学者」がいたとしても、単に勘がよかっただけか、自分がよく知っている分野について予測しただけに過ぎない。もし未来の予測が外れても、彼らは「それは想定していなかっただけだ」と言うのである。鉄腕アトムは空中を飛行する自動車のような乗り物を描いていたが、それすら現代に至っても実現していない。逆に、現代では誰もが当然のように持っている携帯電話も、鉄腕アトムの中では黒電話しか出てこないのである。そのくらい未来を予想するというのは現実的なことではない。

 もし我々がもっと現実的になるのならば、我々に可能なのは「すでに起こったことがいかなる意味を持つか」を考えることである。変化の兆候は必ずどこかで発生する。変化が突然現れることは天変地異を除けばまずありえない。我々は社会の現象に目を向けなければならない。そしてすでに起こっていることを知覚する必要がある。そしてその変化が既存の活動にいかなる影響をもたらすか、我々がそれまで前提としていたものにいかなる変更を加えることになるかを考えることになる。この作業は未来の予測に比べればちっとも楽しくはない。遥かに骨の折れる仕事である。しかし、我々が現実的になるということはそういうことである。

 ここで我々が最も陥りやすいのは、事象を表面的に捉えることである。そしてさらに悪いことに、それら個別の事象に個別に対応することである。我々は事象を構造的に捉えなければならない。変化は構造的に理解しなければならない。まさに社会生態学が目指すアプローチを取ることが我々に求められる。すなわち、知覚できる事象のほとんど全てが根深い社会的諸事象から生じている、ということである。逆に言えば、露になっている諸事象は、社会内部に存在する諸事象を断固として扱うことなくしては、明確に理解することも、ましてや解決することもできないということだ。我々は通常見過ごされがちなこの事実を認識すべきである。

すでに起こった未来―変化を読む眼すでに起こった未来―変化を読む眼
P.F. ドラッカー P.F. Drucker

ダイヤモンド社 1994-11

Amazonで詳しく見るby G-Tools