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May 29, 2012

製造アウトソーシングでイノベーションが失敗する3つのケース―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 06月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 06月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-05-10

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 前回の続き。

「自律度と成熟度のマトリックス」で再考する アメリカ製造業復権のシナリオ(ゲイリー・P・ピサノ、ウィリアム・C・シー)
 ゲイリー・ピサノという名前はどこかで聞いた覚えがあるな・・・と思っていたら、「競争力の処方箋」という論文で2009年マッキンゼー賞金賞を受賞した人だった(以前の記事「受賞論文からお気に入りをピックアップ(2009〜2006年)−『マッキンゼー賞 経営の半世紀(DHBR2010年9月号)』」を参照)。この論文の概要はDHBR2010年9月号で紹介されている。ピサノは同論文で、製造プロセスを安易に新興国にアウトソーシングすると、産業集積全体がイノベーションを生み出す力を失う、と主張している。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2010年 09月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2010年 09月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2010-08-10

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 今月号の論文ではもう少し考察を進めて、製造プロセスをアウトソーシングしても構わない場合とそうでない場合を識別する方法を提示している。まず、R&Dと製造の「自律度」と「成熟度」という2軸でマトリクスを作成する。ここでいう「自律度」と「成熟度」とは、
自律度:R&Dと製造が互いに自律しており、切り離しても支障がないか。
成熟度:製造プロセス技術は成熟しているか。
を意味する。各象限のアウトソーシングの可否について、ピサノらは次のように述べている。
(1)自律度:高、成熟度:高=純然たる製品イノベーション
 製造プロセスの成熟度が高く、製品設計と製造を密接に連携させる意義は小さい。したがって、製造をアウトソーシングすることが合理的である。
 《具体例》デスクトップ・コンピュータ、家電製品、医薬品有効成分、汎用半導体

(2)自律度:高、成熟度:低=純然たるプロセス・イノベーション
 プロセス技術が長足の進歩を遂げているが、製品イノベーションとの関連性は低い。したがって、製造拠点の近くで設計する必然性はない。
 《具体例》先端半導体、高密度フレキシブル回路(※iPadの回路基板などの電子部品同士をつなぐ基板)

(3)自律度:低、成熟度:高=プロセス一体型の製品イノベーション
 プロセス技術は成熟しているとはいえ、依然として製品イノベーションと切っても切れない関係にある。したがって、プロセスに微妙な変更を施しただけで、製品特性に予測のつかない変化が生じる可能性がある。それゆえ、設計と製造を切り離すわけにはいかない。
 《具体例》工芸品、高級ワイン、高級アパレル、熱処理した金属加工品、先端素材の加工品、特殊化学品

(4)自律度:低、成熟度:低=プロセス主導型の製品イノベーション
 重要なプロセス・イノベーションが足早に進展しており、製品に大きな影響を及ぼす可能性がある。したがって、R&Dと製造を密接に連携させる意義はきわめて大きい。それゆえ、両者を切り離した場合のリスクはきわめて高い。
 《具体例》バイオ医薬品、ナノ素材、有機ELや電気泳動ディスプレー、超微細組立品
 個人的には、このマトリクスを見る限り、「成熟度」という軸は実はそれほど意味がなくて、「自律度」が高ければアウトソーシングOK、「自律度」が低ければアウトソーシングNG、と捉えればいいのでは?と感じた。

 前回の自分の記事とピサノらの論文を踏まえると、製造プロセスのアウトソーシングによってイノベーションがコケるケースには、大きく分けて次の3つがあるのではないだろうか?

<ケース1>アウトソーシング先にイノベーションを模倣される
 これは前回の記事で述べたことである。とりわけ、中国のように知的財産に対する意識が低い国にアウトソーシングすると、イノベーションのアイデアを盗まれるリスクがある。

 そこまでいかなくとも、新興国メーカーがノンコアプロセスを受託するうちに、その周辺プロセスについても徐々に製造技術を習得するようになり、やがて完成品の製造が可能になる。これは、先進国メーカーの完成品を自社で購入してリバースエンジニアリングを行えば、不可能な話では全くない。でき上がった完成品は、先進国メーカーのものと機能面や性能面ではほぼ同等でありながら、価格競争力で優位に立つ。

 戦後の日本企業が欧米市場に進出する際には、OEM(Original Equipment Manufacturer:相手先ブランド製造)を巧みに利用したと、『コア・コンピタンス経営』の著者であるゲイリー・ハメルとC・K・プラハラードは指摘している(以前の記事「日本企業の成長を支えたOEM(Original Equipment Manufacturer:相手先ブランド製造)」を参照)。しかも日本の場合は、欧米メーカーよりも優れた完成品を製造するだけでなく、まずは現地の流通業者と合弁会社を立ち上げて流通チャネルにも食い込み、やがて合弁会社を完全子会社化して、現地の流通チャネルまでも掌握していったという(もっとも、これと同じことを、今の日本企業は中韓台メーカーにやられているわけだが・・・)。

 製造をほぼ完全にアウトソーシングしているアップルは、iPod、iPhone、iPadと立て続けにイノベーションを起こしているけれども、iPadに関しては液晶ディスプレイやプロセッサの供給元であるサムスンもGalaxy Tabを発売し、各国で特許侵害をめぐる訴訟へと発展した。

 時に、製造アウトソーシングではなく、単に社外取締役を同業他社から招き入れただけで、イノベーションのアイデアを持っていかれる可能性もある。マイクロソフトへの対抗路線で一致し、長らくアップルと良好な関係にあったグーグルのエリック・シュミットは、アップルの社外取締役にも名を連ねていたが、アップルがiPhoneを発売した後、グーグルもAndroidのスマートフォンへ注力し始めたことにジョブズが激怒したことは有名な話である(「アップルの資産400億ドルを全て費やしてでもAndroidを破壊する」と言ったとか)。

<ケース2>イノベーションのアイデアができても、製造技術が追いつかない
 ピサノらが今回の論文で言いたかったのは、このケースではないかと思う。つまり、R&Dが新しいアイデアを生み出し、新製品の設計図を書いても、製造部門が設計図から製造プロセスを書き起こすことができずに、製品化が幻に終わるのである。

 ただ、これには業界によって差があり、製品設計図と製造プロセスの設計が比較的独立して、一方の変更がもう一方の変更にそれほど大きな影響を及ぼさない(=「自律度」が高い)業界もあれば、両方の設計が密接にリンクしており、擦り合わせを行いながら製品化を進めなければならない(=「自律度」が低い)業界もある。前者の業界ならば製造アウトソーシングはそれほど問題にならないものの、後者の業界でアウトソーシングを行うと、お互いに遠く離れたR&Dと製造の間で調整に時間がかかり、イノベーションが頓挫するわけだ。

<ケース3>「イノベーション人材」は製造部門出身であることが多く、製造アウトソーシングによって彼らが生まれる土壌が失われる
 これは仮説の域を出ないのだが、イノベーティブなアイデアを生み出す上で中心的な役割を果たす人=「イノベーション人材」は、実は製造部門でのキャリアが長いのかもしれない。直観的には、イノベーションのアイデアは、普段から顧客と密に接し、顧客のニーズをよく理解している営業部門から生まれることが多いように思える。平成21年度の『中小企業白書』には、三菱UFJリサーチ&コンサルティング社が実施した「市場攻略と知的財産戦略にかかるアンケート調査」の結果が引用されており、大企業も中小企業も、イノベーションの発想の源泉として「顧客の動向や顧客ニーズ」、「消費者の動向や消費者ニーズ」を重視する、という結果になっている(『平成21年度中小企業白書』「第2章 中小企業による市場の創造と開拓」)。

 しかし、業種によっては(イノベーションは時に業種の壁を超えるので、業種による区分はあまり意味を持たないかもしれないが)、製造部門でプロセス改善に長らく取り組んでいた社員の方が、プロダクト・イノベーション、しかも顧客ニーズから着想を得たイノベーションよりもインパクトの大きいイノベーションを起こしやすい可能性も否定できない。仮にそうだとすれば、製造アウトソーシングは、イノベーション人材が育つ環境を自ら破壊することになる。イノベーション人材のキャリアを研究してみると、興味深い結果が得られるかもしれない。
May 28, 2012

製造プロセスを国内に戻し、熟練労働者の育成に回帰するアメリカ―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』

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ダイヤモンド社 2012-05-10

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 今月号で強く主張されていたのは、「アメリカは、失われた製造業の雇用(特に、熟練労働者の雇用)を取り戻すべき」というものであった。アメリカの製造業は、グローバル競争の中で価格優位性を保つために製造プロセスのアウトソーシングを推し進め、さらにリーマンショック後のダウンサイジングなどによって、多数の雇用を手放してきた。ITIF(情報技術・イノベーション財団)は、2007〜09年のリセッション時に、アメリカ製造業では全体の約16%に当たる200万人の雇用削減が行われたと指摘している(※1)。

 ところが、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の調査によると、主たるアウトソーシング先であった中国の人件費が高騰しており、アメリカの人件費の方がかえって安くなるケースが増えているという。その結果、製造拠点をアメリカ国内に戻そうという「リショアリング」が進行しているそうだ。「リショアリング」を検討している企業の割合が高かったのは、ゴム製品やプラスチック製品のメーカーである(コンピューター機器や金属製品の分野ではその傾向が低かった)(※2)。

 ここで、アメリカの人材育成の歴史を少し遡ってみると、1980年代には、急速に台頭してきた日本の製造業を意識して、新技術の創造とその商業利用や保護を担う人材の育成が課題となった。レーガン政権時代の産業競争力委員会が1984年にまとめた『ヤング・レポート』では、「MOT(Management of Technology:技術経営)」と、「プロパテント政策」という2つの打ち手が提案されている(※3)。

 しかし、それから20年後の2004年の12月に公開された『パルサミーノ・レポート』では、「イノベーションによる競争力強化」がテーマとなった。この頃になると、日本の製造業はかつての勢いを失い、「知恵づくりは米国、モノづくりは中国、日本は試作品づくり」というジョークまで出るようになっていたのだが、『パルサミーノ・レポート』はまさに「知恵づくり」を担う人材を育成して、イノベーションを起こし続けることにより、アメリカの競争力を強化することを狙いとしていた(※4)(※5)。

 換言すると、80年代には高い技術力を持つ人材の育成にフォーカスが当たり、簡単な製造プロセスは中国などの新興国にアウトソーシングすることにした。だが、受託先の新興国メーカーが実力を蓄え、アメリカの製造業とほぼ同等の機能や性能を持った製品を安価で製造できるようになって、アメリカの優位性が崩れ始めた。そこで2000年代に入ると、アメリカは技術ではなく、製造プロセスのより上流にあたる、イノベーティブな製品コンセプトの開発にシフトし、新興国とは異なる土俵を自ら作り出して、先行者利益の獲得を目指すことにした、ということだろう(※6)。そのアメリカが、今度は逆に製造プロセスをアメリカ国内に取り戻し、熟練労働者の育成を重視している、というのは何とも興味深い。

 これは、高止まりしているアメリカの失業率を下げる、という経済政策的な面ももちろんあるけれども、もう少し掘り下げれば、「イノベーションは、コンセプト開発と製造プロセスが隣接している方が成功しやすい」という仮説が隠れているように思える。ブランド価値で世界一に輝いたアップルは、もっぱら製品のデザインに注力し、製造はほとんど全てアウトソーシングしているが、そのようにしてイノベーションに成功するのは、実は例外的なのではないか?という疑問を、今月号に寄稿しているマイケル・ポーターやゲイリー・ピサノは抱いているのかもしれない(ゲイリー・ピサノは、安易な製造プロセスのアウトソーシングはイノベーションを阻害する、とはっきり述べている。この点については次回の記事で)。

 (続く)


(※1,2)「〔焦点〕米製造業が「メードインUSA」に回帰、中国の人件費高騰などで海外生産の魅力減退」(ロイター、2012年4月20日)

(※3,4)妹尾堅一郎著『技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由』(ダイヤモンド社、2009年)

技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか―画期的な新製品が惨敗する理由
妹尾 堅一郎

ダイヤモンド社 2009-07-31

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(※5)イノベーション人材の育成は、『パルサミーノ・レポート』で初めて提言されたわけではない。実は、『ヤング・レポート』の前年に、同じくレーガン政権下で発表された『危機に立つ国家』("A Nation at Risk")には、「我々は国際的な地位をかけて、あるいは市場で、生産物だけでなく実験室や職場から出るアイデアの面でも諸外国との競争にさらされている。世界におけるアメリカの立場は、以前は、例外的によく訓練された男女により支えられて安定したものだったかも知れない。しかしもはやそうではない」(※太字は著者)とあり、アイデア、つまりイノベーションの種を生み出す人材の必要性が説かれている(以前の記事「アメリカの『危機に立つ国家』が指摘する学力低下、教育の質の低下」を参照)。

(※6)余談になるが、2000年代に急増したのはイノベーションを担う人材だけではなかった。今月号に収録されているロビン・グリーンウッドらの論文「成果と失敗から検証する 金融システムを正常化する処方箋」には、「アメリカのGDPに占める金融部門の割合は、1980年代の5%未満から2007年には8%超まで拡大した」とあり、金融部門の人材が急増したことを示している。

 しかし、グリーンウッドらは、金融部門がアメリカ経済の成長に貢献したかどうか、やや懐疑的な立場を取っている。著者たちの推計によると、「金融部門の対GDP比が拡大した理由の大部分は、単純に80年から2006年にかけての株価の上昇で説明がつく」という。金融部門の報酬は、運用資産(=大半は株式)の規模の何%という形で定められていることが多い。だから、株価が上昇すれば、金融部門の付加価値額も自動的に上昇することになる(もっとも、金融部門の働きがなければ、株価が上昇しなかったかもしれない可能性もあるわけで、グリーンウッドらの指摘はちょっと意地悪なのだが)。

 グリーンウッドらは、金融部門の報酬が他の業種よりも高いため、優秀な人材が必要以上に金融部門に流れてしまうことを危惧している。「投資手数料が高すぎるのだとすれば、金融は他の産業から人材を奪い取ることで非効率をもたらし、経済全体の生産性向上の妨げとなる」。
October 22, 2011

最先端・・・というほどでもなかったような気もする(2/2)―『「破壊的」経営論(DHBR2011年11月号)』

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 (レビューの続き)

経営資源や資産ではなく「ビジネスモデル」を買収せよ 真実のM&A戦略(クレイトン M. クリステンセン他)
 投資家の予想を超えて売上げや利益率を伸ばすには、破壊的製品あるいは破壊的ビジネスモデルのほうがよほど心強い。そもそも破壊的企業は、既存企業よりもシンプルかつ妥当な価格の製品やサービスを提供している。まずローエンド市場で足場を築いた後、高機能で利益率の高い製品へと、市場の階段を上っていく。

 証券アナリストたちは、現在の株式市場でのランキングから企業の可能性を判断することはできても、破壊的企業が製品やサービスを改良して、どれくらい株式市場を駆け上がっていくかを見通すことはできない。そのため、破壊的企業の潜在可能性をきまって過小評価する。
 2011年3月号以来のクリステンセンの論文(2011年3月号の論文については、過去の記事「財を残すは下、業を残すは中、人を残すは上―『プロフェッショナル「仕事と人生」論(DHBR2011年3月号)』」を参照)。M&Aは様々な目的で行われるが、自社のコア技術・組織能力の強化のためのM&Aや、規模の経済を活かしたコスト削減のためのM&Aは、株式市場の期待を大きく上回ることができないとクリステンセンは指摘する。なぜならば、こうしたM&Aによる企業価値の増加は、すでに現在の株価に織り込まれているからだという。

 株主の期待を大幅に上回るには、引用文にあるように、「破壊的イノベーション」を買収するべきだというのがクリステンセンの提案である。そして、データ・ストレージ業界の大手であるEMCが、2004年にヴイエムウェアを買収した事例を紹介している。
 ヴイエムウェアのソフトウェアを使えば、IT部門は複数の仮想サーバを1つの機器で運用できる。また、サーバー・ベンダーの高額なハードウェア・ソリューションを、低コストのソフトウェアに置き換えることもできる。この製品は、サーバー・ベンダーにすれば破壊的だが、ストレージ機器を販売するEMCにとっては補完的で、しかも顧客のデータ・ルームの奥深くまで入り込めるようになる。

 EMCがヴイエムウェアを現金6億3500万ドルで買収した時、ヴイエムウェアの売上高は2億1800万ドルにすぎなかった。しかし破壊的な勢いによって、ヴイエムウェアは爆発的に成長し、その売上高は2010年には26億ドルに達した、現在、EMCが所有するヴイエムウェア株の価値は280億ドルと、初期投資額の44倍に増加している。
 この事例を読むと、確かに破壊的イノベーションの買収によって、株主を大喜びさせられるようにも感じる。しかし、この事例で1つ見過ごしてはならないのは、ヴイエムウェアは他のサーバ・ベンダーにとっては「破壊的イノベーション」であったが、EMCにとっては「補完財」であったという点である。つまり、EMCが純粋な意味で破壊的イノベーションを買収したとは言い難い。

 市場に破壊的イノベーションが登場した場合、既存企業には3つの選択肢があるだろう。1つ目は、破壊的イノベーションがターゲットとしているローエンドの市場を避けて、ハイエンドへとシフトするという戦略である。ところが、クリステンセンが著書『イノベーションのジレンマ』で示したように、ハイエンドへと避難した既存企業は、ローエンドから駆け上がってくる破壊的イノベーションに対抗できず、やがては衰退する。

 2つ目の選択肢は、何らかの方法で破壊的イノベーションを封じ込めることである。破壊的イノベーションの供給元となっている部品メーカーなどに圧力をかけて供給を断つ、あるいは破壊的イノベーションを買収してそのまま”飼い殺し”にするなど、方法はいくつかある。ただし、この戦略で得をするのは既存企業だけであり、本来ならば最終顧客が破壊的イノベーションによって享受できたであろうメリットは失われる。既存企業は法的には何の違反も犯していないものの、その戦略の正当性が問われることになるだろう(これは企業戦略の倫理性、道徳性に関わる問題である)。

 最後の選択肢は、破壊的イノベーションを自社に取り込むことである。より具体的には、新参の破壊的イノベーションに対抗するべく、自社内で類似の破壊的イノベーションを目的とした新規事業を立ち上げる、あるいは本論文でクリステンセンが提案しているように、破壊的イノベーションを買収する、などといった戦略的打ち手が挙げられれる。

 この戦略の重要なポイントは、既存の主力事業が、どこかのタイミングで破壊的イノベーションに取って代わられる宿命にあるという点だ。戦略の転換期において、経営陣やマネジャーがどのようにリーダーシップを発揮し、旧来のマネジメント構造を刷新するかが、破壊的イノベーションの成否を握っている。そして、戦略の”世代交代”に成功した企業は、既存事業の延長線上では到底なしえなかった飛躍的成長を遂げ、企業価値を大幅に高めることができるはずである。クリステンセンが本当に取り上げたかったのは、こういうM&Aの事例だったのではないだろうか?

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知識経済の進化 「超分業」の時代(トーマス・W・マローン他)
 1776年に出版されたアダム・スミスの『国富論』には、「今後数世紀の経済発展に、中心的な役割を果たすのは分業化である」という有名な叙述がある。

 現在我々が享受している繁栄は、労働者の専門分化とそれに伴う分業によって、生産性が向上したことでもたらされた。知識労働と通信技術の発達のおかげで分業は次なる段階を迎え、またその性質もこれまでと異なるものになるだろう。我々は「超分業」(hyper-specialization)という時代の入り口に立っている。
 製造業では、20世紀の前半に分業が進み、後半には分業が世界規模で実施されたように、知的労働においても、グローバル規模での分業が進むだろうと著者は述べている。この主張自体には、特筆すべき新規性はないだろう。IT業界ではオフショア開発が当たり前のように行われているし、コールセンターを世界中の英語圏の国々にアウトソーシングし、各国の時差をうまく利用して24時間体制の運営を実現している企業も珍しくない。

 ただ、著者はもっと細かい単位での分業化も想定している。例えば、エクセルによるデータ集計や、パワーポイントによるプレゼン資料の作成、会議やインタビューなどで録音した音声の「テープ起こし」(どうでもいいけど、今時テープなど使わずに、mpegファイルなどのデータで保存するから、「mpeg起こし」などといった表現に改めた方がいいのかも・・・)などである(※6)。

 確かに、自社の社員をコア業務に集中させるために、ノンコア業務をアウトソーシングするというのは理にかなっているし、その効果は製造業で十分に実証されている。しかし一方で、何でもかんでも外部に丸投げすればよいかというと、これもまた製造業と同じで、必ずしもそうとは言い切れない。著者は以下のような法律事務所の例を挙げているが、
 法律事務所は、たとえばアメリカの反トラスト(独禁法違反)訴訟の提訴期限に関する細かい規則や過去の判例、テキサス州における殺人の裁判の証拠規則などの知識が突然必要になるかもしれない。そのような場合、新米弁護士の時給の5倍相当額をその分野に特化した専門家に払ったとしても、コスト以上の見返りがあるのではないか。
このケースで新米弁護士の仕事を本当に外部に委託すべきかどうかは、判断が分かれるだろう。よほどの緊急事態ならば、外部委託もやむを得ないだろうけれども、そうでなければ、新米弁護士にやらせた方がいいのではないだろうか?新米弁護士は、限られた時間の中で必要な情報を素早く収集する力を習得できるだろうし、もう少し時間的に余裕があれば、新米弁護士が知らなかった判例や規則を学習する時間にもなる。

 これはある公務員の方から聞いた話だが、書類のコピーを頼んだ新人がその人のデスクに戻ってくると、「君は書類を読んだか?」と尋ねる。その新人が「いえ、読んでいません」と答えると、「コピーが終わるまでに時間があるのだから、その時間を使って書類の中身を読みなさい。そして、先輩がどういう仕事をしているのか勉強しなさい」と注意するのだという。ノンコア業務の中には、若手社員に教育的効果をもたらす業務もある。この点を忘れて安易にアウトソーシングを利用すると、若手社員が育たなくなる可能性があることは強調しておきたいと思う。


(※6)余談だが、マッキンゼーには、パワーポイントによる資料作成を専門とする社員がいると聞いた。コンサルタントはクライアントとの会議やプロジェクト内での議論に集中していればよくて、単調な資料作成はやるな、ということらしい。

 また、ピーター・ドラッカーは膨大な数の著書を残しているが、執筆の際には、まず書くべき内容を自分でしゃべってテープに録音し、それをスタッフに文章化してもらった後で、タイプライターで自ら修正を加えて仕上げる、というプロセスを踏んでいたという。ドラッカーの著書が読みやすいと言われるのは、もともとは口頭で話した内容だったから、というのが理由の1つであろう。