※2012年12月1日より新ブログに移行しました。自分で言うのもおこがましいですが、20代の頃に書いた本ブログよりも、30代に入ってから書いている現行ブログの方がはるかに中身が濃く、内容が多岐にわたり、面白いと思いますので、是非ご覧いただけるとありがたいです!
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November 07, 2012

「もっと大きなはずの自分を探す終わりなき旅」〜ブログは第2章へ

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 8月上旬から諸事情により本ブログを小休止していたが、あれから個人的にいろいろと考えるところがあり、本ブログには一旦ここでピリオドを打って、新しいブログを立ち上げようという結論に至った。本ブログは、私が最初の会社を退職する直前の2005年5月から書き始めたもので、初めの頃は今になって読み返すのが恥ずかしいぐらい拙い文章を世に曝け出し(それも「生きた証」みたいなものなので、消さずに残してある)、途中1年ぐらいブランクがありながら、それでも約7年間で1,100本近い記事を書いてきた。

 ただ、ふと立ち止まってこれまでの記事を振り返ってみると、(時折趣味の話に脱線しつつも、)マネジメントやリーダーシップに関する事柄を、割と教科書的・網羅的に書いてきたという印象があり、その書き方がかえって自分の書きたい内容に制約をかけてしまっているような気がしてきた。今はもっと異分野から学び、異分野について書くことが、自分の中にコツコツと積み上げてきた経営学に磨きをかけ、エッジの効いた豊かな思想を構築するための最善策なのではないか?と考えるようになった。

 よって、新しいブログでは、このブログならば書かなかったであろうこともどんどん書いていくつもりである。端的に言えば、新しいブログでは、私はもっと自由になるつもりだ。そんな意味も込めて、新しいブログのタイトルは"free to write WHATEVER I like"とした。これは「もっと大きなはずの自分を探す」新しい旅の幕開けである。「必然を 偶然を すべて自分のもんに」しながら進んで生きたいと思う。



 本ブログ最後の記事として、私が7年間で書いた記事の中から、お気に入りの記事を10本ほど紹介したいと思う。1,000本以上書いておきながら、お気に入りが10本しかない、つまり、1%しか自分が気に入っている記事がないというところが私の腕の未熟さを表しているのだが、1,000本ノックという言葉があるように、これも自分にとって必要な試練だったのだと割り切ることにしよう。読者の皆様、7年間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。よろしければ、新ブログも引き続き楽しんでいただければ幸いです。なお、本ブログは閉鎖せずに残しておきます。

 (1)何かを諦めざるを得ない時こそ、大切な価値観に気づく(2009年8月31日)
 アクセス解析をしてみるとあまり読まれていないのだが、個人的には結構気に入っている記事。別の媒体に同じ記事を掲載する機会があって、その時は読者からそれなりに反応があった。私自身も、今年に入って「何かを諦めざるを得ない」状況を体験し、自分の本当の価値観とは何かを内省する時間をもらった。

 (2)自分の「強み」を活かすのか?「弱み」を克服するのか?(2010年3月8日)
 ドラッカーが常々口にしていた「強みを活かせ」の意味を考察した記事。かつて転職活動の時に、人材育成の重要性について、ドラッカーのこの言葉を引用しながら熱弁をふるっていたところ、面接官から「なぜ、強みを活かすことが大切なのか?」と聞かれて答えに窮してしまった苦い経験が基になっている。

 (3)「やりたいこと」と「得意なこと」のどちらを優先すればいいんだろう―『リーダーへの旅路』(2010年12月23日)
 日本語には、「好きこそものの上手なれ」と「下手の横好き(物好き)」という、矛盾する慣用句が存在する。我々は、「自分が好きなことを仕事にできたらどんなに幸せだろうか」と考えるものの、好きなことと得意なことが一致する人はほんの一握りである。個人的な経験からすると、好きなことと得意なことが異なる場合は、後者を仕事にした方がよい、というのが私の見解である。「下手の横好き」で周囲に迷惑をかけている人(そして、迷惑をかけていることに気づいていない人)を私はたくさん見てきた。

 (4)会社を退職しました(2011年6月30日)
 タイトルの通り、1年前に会社を辞めた時に書いた記事。ジェームズ・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』に触れつつ、中小企業やベンチャー企業において採用活動がいかに重要であるかを説いた。大企業であれば、1人や2人ぐらい不適切な人材を採用してしまっても、全体に対する割合で見れば数%にも満たないから、影響は軽微であろう。これに対して、中小企業では、間違った採用をしてしまうと取り返しがつかない。

 (5)プロフェッショナルの条件とは「辞めさせる仕組み」があること(2010年1月6日)
 プロフェッショナルとアマチュアの違いとして、金銭的報酬の有無が指摘されることがあるが、私はそれだけでは不十分だと思う。プロフェッショナルとは、一定の能力基準・行動規範を満たしていることを証明する職業であり、逆に言えば、能力が落ちている者や行動規範に反する者は、その仕組みによって淘汰されなければならない(プロ野球選手などは最も解りやすい例の1つだろう)。この意味において、現在の会社員はプロフェッショナルとは言えない。最近の人事部は、「自社の社員をプロフェッショナル化したい」と目論んでいるようだが、それを実現するのは教育研修ではなく、解雇要件が組み込まれた人事考課制度だと考えている(もちろん、労働法に抵触しないことが前提だが)。

 (6)【水曜どうでしょう論(3/6)】外部のパートナーを巻き込んで「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」を形成する(2011年8月25日)
 (7)【水曜どうでしょう論(4/6)】素人さえも「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」に組み込んでしまう凄さ(2011年9月4日)
 7年間ブログを続けてきた中で、一番の収穫はこの「価値観連鎖(Values Chain)」という概念を得られたことかもしれない。しかも、経営学の書籍やビジネスの体験からではなく、私が好きな「水曜どうでしょう」というバラエティ番組が発端となっている。どうでしょうは偶然、運任せで成り立っているような番組だけれども、「価値観連鎖(Values Chain)」というコンセプトもまた偶然にして生まれたというのは、何とも因果な話である。

 (8)【ドラッカー書評(再)】『創造する経営者』―ドラッカーの「戦略」を紐解く(5)〜イノベーションの7つの機会の原点(2012年5月1日)
 今年に入ってから始めた【ドラッカー書評(再)】シリーズの中で、今のところ一番のお気に入りがこの記事。20代の前半にドラッカーを読んだ時は、ドラッカーの主張を無批判的に受け入れていた。しかし、改めてドラッカーを読んでみると、ドラッカーの限界が見えてきた気がする。それは、ドラッカーのマネジメントは人間本位である(それゆえに、日本人受けしやすい)とされながら、実は人間の意志の力をあまり重視していないのではないか?ということだ。

 もちろん、ドラッカーは「変化は自ら作り出すものである」と述べて、人間の主体性を認めてはいる。だが、『すでに起こった未来』というタイトルの書籍があることからもうかがえるように、外部環境の変化の意味をいかに早く理解し実行に移すかに力点が置かれており、人間の意志に宿る主観的なビジョンを具現化することには消極的であるように感じる。【ドラッカー書評(再)】シリーズは新ブログでも継続するので、是非この点をもっと深く掘り下げてみたい。

 (9)個性を伸ばす前にやるべきことがある―『ゆとり教育が日本を滅ぼす』(2010年4月1日)
 (10)「ミスター文部省」寺脇氏の理想と現実のギャップが垣間見えた―『それでも、ゆとり教育は間違っていない』(2010年5月11日) 
 教育関係の書評の中で、割とよく書けた(と私が勝手に思っている)もの。寺脇氏の教育改革の穴を突いた記事と、保守派によるゆとり教育批判を取り上げた記事。興味深いことに、「子どもたちが、解のない社会規範や道徳、規律などについて考える力を伸ばす」という教育目的の面では、双方の立場は一致している。ところが、寺脇氏は、考える力の習得時間を確保するために学習内容を削ったのに対し、保守派の人々は、何かを考えるためには大量の情報を暗記する訓練を積まなければならないと、詰め込み型教育を擁護する立場をとっている。

 (11)「対話」という言葉が持つソフトなイメージへのアンチテーゼ(2011年9月8日)
 これは賛否両論がありそうな記事。近年、企業内のコミュニケーション不全が問題視されることが多くなり、「対話(ダイアローグ)」という手法が注目を集めている。「ワールド・カフェ」のように、オープンな話し合いの場を作る取り組みもあちこちに広がっているようだ。しかし、激しい意見の応酬が行われる「議論(ディスカッション)」に対して、ややもすると「対話」は、ざっくばらんに話すというソフトなイメージが定着しているように思える。「議論」の対極として「対話」を定義するならば、実は「対話」こそが本質的には暴力的なのではないか?という問題提起をした記事である。

 (12)「危ない中国製『割り箸』」より危ないのは日本人の思考か?(2007年8月24日)
 これも賛否両論がありそうな記事。しかも、これまでの11本に比べて昔の記事であり、文章にかなり拙さが表れている(恥)。サプライチェーンが長くなると、1次取引先、2次取引先ぐらいまでは本社・工場の目が行き届いても、それより先はブラックボックスになりやすい。東日本大震災で自動車メーカーのサプライチェーンが遮断された時、系列関係によって末端まで取引先を把握していると思われた自動車メーカーでさえ、実は2次下請ぐらいまでしかコントロールできておらず、末端部品の1つであるLSIがほとんどルネサスに集約されていることを初めて知ったぐらいである。

 国内におけるサプライチェーンですらこういう状況であるから、グローバル規模のサプライチェーンともなれば、事態が複雑になるのは自明である。そのサプライチェーンに、毒入り割り箸を作る中国メーカーのような問題児がいないかどうかをどのようにチェックすればよいか?また、そういうプレイヤーがいた場合にどういう対処法を取るべきか?今後、こうした問題が提起されることだろう。
July 27, 2012

ドラッカーの言う「体系的廃棄」の製品開発版が必要かも―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-07-10

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 『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2012年8月号のレビューは今回で最後。

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過去の失敗にも技術やアイデアの種がある 低予算イノベーションのすすめ(ランス・A・ベッテンコート、スコット・L・ベッテンコート)
 先日の記事「マーケティングも、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションに限定されてはならない―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』」でも触れた論文。先日の記事で紹介した部分とは違う箇所を引用。
 企業は最も要求が厳しい顧客にイノベーションの焦点を合わせる傾向がある。そのニーズに応えるため、よりよいパフォーマンスを提供できる次世代の製品・サービスを導入する。だが、その途中で奇妙な現象が起こる。最先端の製品・サービスが過剰設計となってしまい、多くの人々にとって価値が下がり始めるのである。

 そうした状況では、要求があまり厳しくない顧客向けに製品の機能を減らし、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンが言う「十分によい」製品をつくることで、企業は掌中のイノベーションの機会を見出すことができる。(中略)この戦略は好況時にも有効だが、景気が低迷し、顧客が出費を削ろうとする時期に、特に効果を発揮する。
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製造プロセスでの効率性は通用しない 製品開発をめぐる6つの誤解(ステファン・トムク、ドナルド・ライナーセン)
 企業が慣れ親しんでいるのは、製造や取引処理のような、変化に乏しく突発的な出来事などが起きない、繰り返しの多い業務である。このような業務は、リソース稼働率が上がっても粛々と作業が進む。業務量が5%増えれば、完了までの所要時間も5%伸びる。

 しかし、非定型の業務プロセスでは事情がまったく異なる。稼働率が向上するにつれて、所要時間が劇的に延びてしまうのだ。業務量を5%上積みしただけで、所要時間は100%も伸びかねない。
 著者が待ち行列理論に基づいて分析した結果によると、製品開発のような非定型プロセスでは、稼働率が80%から90%に上昇すると待ち時間が2倍以上になり、稼働率が90%から95%に上昇するとまたも倍増するという。『人月の神話』ではないが、面白い分析結果だと感じた。

人月の神話人月の神話
フレデリック・P・ブルックス Jr. 滝沢 徹

ピアソン桐原 2010-12-14

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 もう1つ印象に残った箇所を引用。
 製品開発チームは、「機能を増やすと顧客価値が高まり、減らすと顧客価値を台無しにする」と信じ込んでいるようである。そのせいで複雑きわまりない製品ができてしまう。(中略)

 ウォルト・ディズニーが、ディズニーランドの構想を練る時、ほかのアミューズメント・パークとは一線を画した。「乗り物やスナックの種類、駐車場の数をとにかく増やそう」という発想を退け、「来訪者に魔法にかかったような体験をしてもらうにはどうすればよいか」という壮大な問いと向き合ったのだ。

 当然、答えは一朝一夕には引き出せなかった。綿密な調査、たゆみない試行錯誤、ディズニーと顧客にとって「魔法にかかったような」が何を意味するかを深く理解するなど、多くのことが求められた。
 2つの論文が「過剰な製品機能を排除せよ」とアドバイスしているのが興味深い。私個人のことを基準にしてあれこれ論じるのはあまり好ましいことではないが、私の身の回りの製品でも使っていない機能はかなり多い。リビングにあるテレビは地デジに移行する数か月前に買い替えたけれども、ネット接続やデータ放送の機能は全くと言っていいほど使っていない。番組表閲覧の機能ですら、ほとんど使わない。単純にテレビを視聴し、録画するという、アナログ時代と変わらない使い方をしている。台所の電子レンジには、時間を手動でセットして温める通常の機能の他に、9つの標準メニューがついているものの、「冷凍食品の解凍」ボタンでさえめったに使わないし(手動で時間をセットしてしまう)、「ケーキ」のボタンなど触ったこともない。

 プライベート用のデスクトップ型パソコンは、数年前まで国内メーカーのものを使っていたが、いらないアプリケーションがプリインストールされているのが気に食わなかったので、海外の安いパソコンに買い替えた(Officeすら入っていないものを買った)。携帯電話は未だに5年前のドコモのモデルを使い続けており、その携帯でさえメインで使っているのは通話とメールだけで、iモードすらろくに使わない。よって、スマートフォンに買い替える動機はゼロである(もっとも、iPod Touchを持っているため、それで事足りるという事情もある)。

 携帯電話で1つ思い出したが、1年ぐらい前に、ある携帯電話のメーカーが電車広告で、「通話者の利用環境に応じて、携帯電話から聞こえる相手の音量・音質を自動調整する」機能をアピールしていた。その広告で謳われていたのは、周囲が騒がしい時、外を走っている時、新幹線に乗っている時など、通話者が置かれている環境を自動的に識別するという機能である。

 だが、周囲が騒がしい時はまだ解るとしても、外を走っている時にわざわざ電話をするだろうか?アポイントの時間に遅れそうで、急いで電話をかけた時ぐらいではないだろうか?また、新幹線でパソコンを使っている人はたくさん見かけるけれども、電話をしている人は私が見る限り100人中2、3人ぐらいではないだろうか?めったに使わないであろう機能が標準搭載され、その開発費が製品価格に転嫁されているとしたら、顧客にとってはただの損である。

 製品開発部門は、「新しい技術を搭載していなければ新製品ではない」と考えている節があるようだ。「自社で開発された技術でなければ採用しない」という傾向を「NIH(Not Invented Here)症候群」と呼ぶが、「新しい技術を搭載していなければ新製品ではない」と考える傾向を「NNT(Not New Technology)症候群」とでも呼ぼうか?しかし、新しい技術を使って”より多くの”顧客の問題を解決しようとすると、製品は機能過剰になり、かえって顧客の利便性が低下してしまう。

 重要なのは、”特定の”顧客が抱えている問題を解決する、というターゲティングの基本を守ることである。別の言い方をすると、顧客ターゲティングの条件を”OR”で広げていくのではなく、”AND”で絞り込んでいくことである。さらに過激な表現を使えば、「こういう顧客にはこの製品を使ってほしくない」という”逆ターゲティング”が明確になっていることである。

 ドラッカーは、事業のあらゆるプロセスを定期的に点検し、不要なプロセスを潔く捨て去ることを勧めた。これを「体系的廃棄」と呼ぶ。体系的廃棄では、「もしこの事業を今日一からやり直すと仮定した場合、そのプロセスを実行する必要があるか?」と問う。答えがNoならば、そのプロセスは捨て去るべきプロセスということになる。これと同じことを、製品開発においても定期的に実施する必要があるのかもしれない。すなわち、「もしこの製品を今日一から設計し直すと仮定した場合、その機能を実装する必要があるか?」と問うのである。
July 26, 2012

イノベーション戦略の70:20:10の法則、他―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-07-10

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 それぞれの論文から印象に残った部分を引用。DHBRのレビューは本来、このぐらいライトな感じで収めたいというのが本音なんだけどね。ただし、今月号のレビューはあと1本続きます(苦笑)。

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資源配分の黄金比率 イノベーション戦略の70:20:10の法則(バンシー・ナジー、ジェフ・タフ)
 我々の調査で浮き彫りになった、卓越したイノベーション実績を誇る企業は、イノベーションに対する明確な展望を理路整然と説明できる。そして「中核的イニシアティブ」「隣接イニシアティブ」「転換的イニシアティブ」のバランスを事業全体で適正に保ち、これらさまざまなイニシアティブを、まとまりのある全体の一部としてマネジメントするツールとケイパビリティを備えている。
 前回の記事「マーケティングも、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションに限定されてはならない―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』」で紹介した論文。論文タイトルの「70:20:10の法則」とは、具体的には以下の内容を指す。
 我々は、製造系、ハイテク系、消費財系の各分野の企業を対象とする研究で、「中核的イニシアティブ」「隣接イニシアティブ」「転換的イニシアティブ」に対する特定の資源配分比率と、株価で評価したパフォーマンスの向上に、有意な相関があるかどうかを調査した。その結果、データからある1つのパターンが明らかになった。イノベーション活動の約70%を中核的イニシアティブに、20%を隣接イニシアティブに、10%を転換的イニシアティブに割り振る企業は、同業他社のパフォーマンスを上回り、概して10〜20%高いPER(株価収益率)を達成していた。
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グローカリゼーションとは明らかに異なる リバース・イノベーション 実現への道(ビジャイ・ゴビンダラジャン)
 グローカリゼーションは、途上国市場の最上位セグメント、すなわち、先進国と同様のニーズと資力を持つ購入者には効果的であることがわかっている。だが、新興国市場における成長の機会のほとんどは、最上位ではなく中位以下の市場にある。これらの顧客ニーズは、先進諸国の中位以下の顧客ニーズと大きく食い違っている。

 そこで出現したのが、次のような考え方から始める新しいアプローチである。「新興国市場で成功したいなら、新興国市場のためのイノベーションが必要だ」。しかし、話はそれで終わりではない。グローバル経済はいまや緊密につながっており、新興国市場向けのイノベーションは他の市場にも流用できる。そこには、先進国市場も含まれる。だからこそ、企業はリバース・イノベーションの思考様式を身につけなければならない。
 論文では、オーディオ・メーカーであるハーマン・インターナショナルが車載インフォテインメント部門でリバース・イノベーションを達成した事例が紹介されている。同社の中核製品は高級車向けであるが、インド人と中国人を中心メンバーとするリバース・イノベーションのプロジェクトは、既存製品と機能的にはほぼ同じでありながら、コストは3分の1、価格は半分という新製品を生み出した。

 先日の記事「中小企業白書(2012年)に対する疑問―中小企業の強み「短納期・小ロット」は海外展開では弱み」とも関連するが、中小企業が新興国に進出する際には、何かにつけ高付加価値戦略が推奨される。『中小企業白書』では、今年度版も含めて毎年のように高付加価値戦略が成功事例として取り上げられている。だが、本当に成功したければ、新興国の中間層を狙うべきではないだろうか?

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ニトリ、ワールド、ポイントの事例に学ぶ 模倣からイノベーションが生まれる(井上達彦)
 価値の新奇性という面でも、業種を超える結びつきという面でも、「遠さ」が1つのカギとなる。遠い世界からの模倣こそが仕組みのイノベーションを引き起こす。(中略)

 近いところの模倣では同質化が進んでしまう。特に仕組みの模倣の場合、近くの競合からだとノウハウの獲得の面で倣うのが難しく、不完全な模倣に陥るか、うまくやれても追いつくのがやっとである。逆に、遠い世界からの模倣は、みずからが依って立つ業界・地域の境界、すなわち「本業の縁」に相当する場所へと企業を誘い出してくれる。「イノベーションは辺境から」ともいわれるが、本業から近すぎると新しい結合は見出しがたい。遠い世界からの模倣こそが適度な遠心力を生み出し、新しい市場や意外な結びつきを見出す機会を高めてくれるのである。
 ニトリは、地理的に遠いアメリカのチェーンストアからチェーンストア・オペレーションの極意を見て取り、業界的に遠い自動車業界(特にホンダ)から品質管理のノウハウを吸収した。さらに、セブン・イレブンやイトーヨーカ堂からも、商品管理の方法や業務の効率化の方法を学んでいるという。

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飛躍的新製品を設計する秘訣 ひらめきは組織的に生み出せる(ロベルト・ベルガンティ)
 新たな技術が登場すると、ほとんどの企業は限定的なイノベーション、すなわち単なる「技術の置き換え」だけに関心を向ける。「従来の技術の代わりに新技術を使えば、既存の顧客ニーズに対し、もっと適切に対応することが可能となるだろう」と考えるのだ。

 一方、テクノロジー・エピファニ―(※「エピファニー」=物事の本質を見抜く洞察力を意味し、一般的には独創的な天才による突然かつ直観的なひらめきであると理解される。ただし、論文の著者は、テクノロジー・エピファニーは戦略的・組織的に開発可能だとしている)を追求する企業は次のように自問する。「この技術を使って、現在我々が提供しているものよりも価値があると顧客が考えるような、新しい製品やサービスを開発できないだろうか。既存のニーズを超越して、製品を購入するためのまったく新しい理由を顧客に与えることが可能だろうか」と。
 論文ではフィリップス・エレクトロニクスの「AEH」(Ambient Experience for Healthcare:医療のための周辺環境経験)システムの事例が紹介されている。AEHはLEDディスプレー、アニメ動画、RFIDセンサー、音響制御システムなど複数の技術を駆使して、病院でCTスキャン、MRIなどの検査を受ける患者がリラックスできる環境を作り出すものである。

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特許件数だけでは測れない R&D投資を最適化する指標(アン・マリー・ノット)
 経済学の分野では何年も前から資本と労働力の生産性、すなわち、このどちらかを増やした場合の限界価値の変化が計算されてきた。R&Dの生産性もこれと同じ方法で算出できる。(中略)

 基本的にこの公式は、企業のインプット(どれだけ投資するか)とアウトプット(その企業の売上高)の間の関係を明らかにするものである。通常この計算には、2つのコスト、すなわち資本と労働力(人件費)を使う。当然ながらこれだけで売上高が決まるわけではない。この公式を拡大して、もう1つの主要なインプット、すなわちR&D支出を計算に含めることについて、異議をはさむ経済学者はほとんどいないだろう。

 標準的な回帰分析を使った計算により、これらのインプットがそれぞれアウトプット創出においてどれほど生産的であるかがきわめて正確にわかるようになる。たとえば、企業がR&D支出を1%増やすと、売上高がどれだけ増えるのかも把握できる。
 論文の著者が特許件数などに代わる指標として提唱しているのが「R&D指数」(RQ:Research Quotient)である。著者の分析によると、アメリカの上場企業のRQの値、すなわちR&Dの生産性が10%上昇すると、株式時価総額は1.1%増加するという。アメリカの上場企業のうち上位20社が、RQ手法を使って2010年度のR&D投資を最適化していたら、株式時価総額は全体で1兆ドル増えていたらしい。

 これは本当かどうかやや眉唾物。DHBRは学術誌ではないから、RQの具体的な算出方法が論文には記載されておらず、その妥当性を検証することができない。この点がDHBRの弱みでもある。2011年のアメリカの上場企業の時価総額は合計約16.8兆ドル(※)であり、アメリカの上場企業約1万5,000社のうち上位20社がR&Dを最適化しただけで、時価総額が約6%も増加するというのはにわかに信じがたい。


(※)「S&P500指数(構成企業と割合)」(海外投資データバンク)の記述を基に計算。