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September 10, 2011

【水曜どうでしょう論(6/6)】作り手の「価値観連鎖」と受け手の「憧れ」が交錯する所でビジネスは成立する

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 いつの間にか結構な文量の連載になってしまったが、今回が最終回。今日は、「価値観連鎖」がマーケティングにおいて果たす役割を論じ、どうでしょうが長年にわたって安定した顧客基盤を維持できている要因に迫りたいと思う。

 どうでしょうの話に入る前に、「価値観連鎖」の持つ役割が非常に解りやすいアップルを例にとってみたい。アップルの目的は、「ITを使って生活を豊かにすること」であろう。目的レベルで見れば、おそらくMSなどの競合他社も、それほど変わらない目的を掲げているに違いない。しかし、アップルは「価値観連鎖」の中身が他社とは大きく異なる。想像の域を出ないけれども、アップルの「価値観連鎖」は、以下の価値観を含んでいるのではないだろうか?(※)。

 ・市場調査やアナリストの意見はあまり重視しない。
 ・アップルの社員自身が欲しいと思うクールな製品を作る。
 ・アップルの社員が、家族や友人に勧めたいと思う製品を作る。
 ・スタイリッシュで洗練されたデザインにこだわる。
 ・最先端のテクノロジーを積極的に採用する。
 ・競合他社の真似などしない。競合他社の製品をクソ扱いし、競合の製品と品質、コストパフォーマンスなど、あらゆる面で圧倒的な差をつける。
 ・困難な仕事であっても、熱狂的に(というか、ジョブズのために)仕事をする。
 ・外部企業を含むネットワークを積極的に構築するが、どのネットワークでもアップルが主導権を握る。
 (iTunes Store、App Storeなど)
 ・新製品に関する機密情報を完璧に守り切り、アップルブランドに対する顧客の期待感を煽る。
 ・自社の製品やサービス、ブランドイメージを傷つける情報が流れていれば、強制的に削除する。

 本当はもっとたくさんの価値観が複雑に絡み合っているのだろうが、アップルの「価値観連鎖」のポイントは、「デザイン」、「最先端技術」、「権力」という3つのキーワードに集約されるように思える。そして、「価値観連鎖」の主観的な内容は、製品コンセプトに投影され、さらには企業が顧客に対して発信するメッセージにも反映される。アップルは、「デザイン」、「最先端技術」、「権力」という3つのキーワードを使って、(あくまでも推測であるが)次のようなメッセージを市場に向けて発信しているのではないだろうか?
「最新の技術を使ったら、こんなカッコいい製品ができたんだ。これを使うと、驚くほど仕事の効率が上がるし、日常生活が刺激的でクリエイティブなものになるのさ。どうだい、うらやましいだろう?え、それほどでもないって?君らはどこの製品を使っているの?はぁ?バッカじゃなかろかルンバ。あんな製品は何の役にも立たないでき損ないだぞ。

 それよりもこの製品を使いなよ。オレがカッコいいと言っているんだから、カッコいいんだよ。オレが便利だと言っているんだから、便利なんだよ。君らも早く使ってみるべきだね。そうじゃないと、世界のトレンドから取り残されるのは時間の問題さ」
 デザインと技術を極限まで追求する一方で、人間の権力欲求にも訴える。その下地となっているのが、アップルを中心としたネットワークが持っている、独特の「価値観連鎖」なのである。そして、アップルというブランドそのものを愛するコアなファンは、個別単体の製品やサービスの機能を評価しているという理由に加え、アップルが醸し出す「価値観連鎖」への「憧れ」から、アップルの製品やサービスを購入する。

 最先端の技術やデザインに強く惹かれる人、それを入手して周りに自慢したがる自己顕示欲の強い人、アップルの製品を使うとどのくらい劇的に日常生活が楽しくなるのかを友人たちに熱弁したい人、アップルがクソだと名指しした製品を使っている人の前に仁王立ちして優越感を味わいたい人・・・人間の腹黒い一面も含まれているけれども、そういう人たちがアップルの顧客になっていくのであろう。

 アップルの例からどうでしょうの例に戻ると、何だかすごくのんびりした話になってしまうのだが、どうでしょう班とどうでしょうファンの関係もこれと同じである。どうでしょう班、およびどうでしょう班と連携している外部プレイヤーによって形成される「価値観連鎖」は、「たまにはちょっと怠けたい」という人間の本能をくすぐり、「人生、多少手を抜いても、多少いい加減でも大丈夫なんだ」ということに気づかせてくれる。
「最初からそんなに一生懸命計画を作ったって、絶対に計画通りに進まないんだって。だから、いっそのこと計画など捨てて、目の前の物事にトライしてみれば?偶然の出来事や偶然の出会いが、人生を意外な方向へと導いてくれるかもしれないよ?それがたとえ自分の希望とと違っていたとしても、きっとそれが運命なんだって。

 あと、世間というのは何かと世知辛いし、正直者が損をするようにできている。だから、多少腹黒いぐらいでちょうどいいのさ。正義とか理想とかに縛られて、他人の犠牲になってしまったとしたら、それは本当に理想の姿だと言えるのかい?

 少しぐらい手を抜いて、それで他の人に迷惑がかかるとしても、そんなに気にしなくたっていい。だって、向こうだってこっちに迷惑がかかるかもしれないと思いながら、同じように手を抜いているかもしれないんだから。たまに本気を出して120%の力を出す必要があるかもしれないけど、普段は70%、80%ぐらいの力でやり過ごせばOKなんだよ」
 これが、どうでしょうの「価値観連鎖」がもたらすメッセージではないだろうか?アップルが発信するメッセージとは全く違う内容ではあるが、どうでしょうの「価値観連鎖」が示すメッセージに憧れている人たちは、実際には非常に多いと思われる(だから、どのDVDも未だに10万枚近く売れる)。

 というのも、現実の世界では、何をやるにしても事前に詳細な計画が必要とされるし、失敗に対する許容度も低い。もし失敗をすれば、それなりの説明責任が生じる。責任のなすりつけ合いなどをしようものなら、もっと厳しい弾劾の対象になるだろう。それから、「早く成果を出せ」という上司からのプレッシャーや、会社の体育会的なカルチャーが、回り道をしたり、脇道に逸れたりすることを許してくれない。本当は、そういうムダや遊びがあった方が、予想外の発見を得られるかもしれない、というのにも関わらずである。

 この息苦しい日常のことを、わずかな間ではあるが忘れさせてくれ、自分が心の奥底で憧れている生活を体現してくれているのが、他ならぬ「水曜どうでしょう」なのである。いみじくも大泉さんが『ヨーロッパ20か国完全走破 完結編』の中で、「私は『サラリーマンの入浴剤みたいな存在』ですよ」と発言したのは、まさにその通りなのだ。

(※)一部の価値観は、「フィル・シラー氏に聞く:アップル流イノベーションが大きく花開いた2010年(後編)」(ITMedia、2010年12月10日)の表現を拝借している。

【水曜どうでしょう論】シリーズ
 (1)某局のコンセプト「楽しくなければテレビじゃない」を本当の意味で体現しているのがどうでしょう
 (2)どうでしょう班の4人をつないでいる「共有価値観」
 (3)外部のパートナーを巻き込んで「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」を形成する
 (4)素人さえも「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」に組み込んでしまう凄さ
 (5)従来のマーケティングが軽視してしまった「作り手の主観的な意思」
 (6完)作り手の「価値観連鎖」と受け手の「憧れ」が交錯する所でビジネスは成立する
September 06, 2011

【水曜どうでしょう論(5/6)】従来のマーケティングが軽視してしまった「作り手の主観的な意思」

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 4回にわたり、どうでしょう班との関係が深い外部パートナーや、番組の面白さを際立たせる個性的な素人さんたちを紹介してきた。どうでしょうにおいて、彼らのようなちょっと変わった人たちとのネットワークが重要なのは、彼らの価値観がどうでしょう班の共有価値観と非常によく似ており、彼らがどうでしょう班と接触することで、強固な「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」が生じるからである。

 今回の一連の記事では取り上げられなかったが、どうでしょうのスポンサー企業の担当者や、新作をいち早く全国で放送したVOD(パナソニックが運営するアクトビラなどのビデオ・オン・デマンド事業)の担当者、さらにはHTBからどうでしょうのコンテンツを購入してOAしている地方テレビ局の担当者に関しても、どうでしょう班の共有価値観に通ずるところがあり、「価値観連鎖」を強化する役割を担っているのかもしれない。

 ここまで「価値観」にこだわっているのは、マーケティングを論じる上で、作り手の主観面である価値観が重視されることが今までは少なかったからである。これにはある合理的な理由が存在する。マーケティングという言葉が使われ始めた時代のコンテキストを紐解くと、その合理的な理由が理解できると思われる。

 第2次世界大戦後、まだ需要が供給を上回っていた頃のアメリカは、メーカーが製品を製造すればそれだけで売れる時代だった。ところが、1960年代ごろから情勢が逆転して供給が需要を上回るようになり、単に製品を作るだけではダメだということに各社が気づき始めたのである。

 ここにきて各企業は、(1)市場をよく分析し、(2)自社製品を購入してくれそうな顧客層を特定して、(3)その顧客層に対し、具体的にはどんな製品をいくらで売るのが望ましいのかを真剣に考えるようになった。さらに、(4)どういう販売チャネルを構築すれば、自社が狙っている顧客層にモレなくアプローチできるか?あるいは、(5)どのようなプロモーションを打てば、顧客層のハートをキャッチできるのか?といった問題を提起して、十分な議論を重ねる必要が出てきた。お解りのように、(1)はセグメンテーション、(2)はターゲティング、(3)〜(5)はマーケティング・ミックス(マーケティングの4P)のことである。

 マーケティングの登場は、一言で言えば、「プロダクト中心」の考え方から、「顧客中心」の考え方へのパラダイムシフトを意味する。「顧客のことをよく理解せよ」、「顧客のニーズを第一に考えよ」―マーケティングを勉強した人たちは、こうしたフレーズを何度耳にしたことだろうか?

 「プロダクト中心」から「顧客中心」へのパラダイムシフトに拍車をかけたのは、同時期に大企業を相手に頻発していた「消費者運動」である。大企業は、作れば作るほど売れる時代の考え方に慣れきっており、製品に問題が起きても、対策をを先延ばしにしていた。

 しかし、弁護士で消費者運動のリーダーであるラルフ・ネーダーが、自動車の安全性に関する企業告発を行ったことをきっかけに、今まで幾度となく我慢を強いられ、煮え湯を飲まされてきた顧客の不満が爆発し、60年代から70年代にかけて、一気に消費者運動が盛り上がったのである(※1)。

 ドラッカーは「消費者運動の発生は、マーケティングの敗北を意味している」と、持ち前の過激な論調で企業をけん制した。このような時代の流れもあって、企業はマーケティングの意味を真剣に考えざるを得なくなり、顧客第一主義を体現する企業へと変革を進めることになった。

 ただ、「プロダクト中心」から「顧客中心」に一気に針が触れてしまうと、大事な視点が抜け落ちてしまう。それは、「売り手の意思」である。特定の業界に属する全ての企業が、「顧客中心」の考え方を貫いて、市場に投入する製品を開発すると仮定する。これはマーケティングの王道に沿った理想的な行動のように思える。しかし、逆説的ではあるが、各社から出てくる製品は、どこか似たり寄ったりなものになってしまうのである。

 なぜならば、供給過剰の状態では、複数の企業が同じセグメントをターゲット顧客として設定する可能性が高くなるからだ。そして、そのターゲット顧客に向けて各企業が投入する製品は、企業の組織能力や技術の違いによって多少の違いは出るものの、パッと見ただけではほとんど区別がつかない。

 実際、スーパーやコンビニ、家電量販店に足を運んでも、「どのメーカーも同じような製品だなぁ」と感じる人は決して少なくないはずだ。メーカー間、製品間の違いを知るためには、マニアックなほどに製品に精通している販売スタッフに声をかけるしかない。

 それぞれの企業がより個性的になり、エッジの効いた製品やサービスを世に送り出し、とんがったブランドイメージを確立し、他社との違いをより鮮明に打ち出すには、どうすればよいだろうか?ここで、マーケティングに対する見方をガラリと変えてみることを提案したい。

 一般的なマーケティングでは、「顧客が欲しがっている製品を製造し、顧客が求めているサービスを提供すれば、ビジネスになる」と考える。顧客のニーズは多種多様であるけれども、市場調査から得られたデータを統計的手法で分析すれば、客観的に顧客ニーズを体系化できるという前提に立っている。

 これに対して、新しいマーケティングでは、「自社を中心とするネットワークの『価値観連鎖』と顧客の『憧れ』が一致する時に、ビジネスが成立する」と考える。一般的なマーケティングに比べると、双方の主観的な側面がより強調されるのである。

 「価値観」とは、これまでも述べてきたように、企業が己の目的を実現する過程で直面する様々な課題に対して、想定される選択肢の中から、自社にとって最適なものを抽出する判断基準のことである。

 ただ、完全な垂直統合によって自社だけでバリュー・チェーンをカバーしている企業は非常に少なく、たいていは外部の組織や人材を活用しながら製品・サービスを提供している。外部のプレイヤーも、そのプレイヤーなりの価値観を持っているが、その価値観が自社のものと近ければ、プレイヤー間の連携がよりスムーズになり、製品やサービスをもっと効果的・効率的に提供できるようになる。自社と外部のプレイヤーが、類似の価値観を軸として緊密な関係を構築している状態を「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」と呼ぶ。これは、今まで述べてきた通りである。

 次回は、どうでしょうの「価値観連鎖」が顧客に対して発しているメッセージを具体的に考察してみたいと思う(次回で【水曜どうでしょう論】は最終回)。

(※)「消費者|Wikipedia」の「消費者問題・消費者運動」の項を参照。

【水曜どうでしょう論】シリーズ
 (1)某局のコンセプト「楽しくなければテレビじゃない」を本当の意味で体現しているのがどうでしょう
 (2)どうでしょう班の4人をつないでいる「共有価値観」
 (3)外部のパートナーを巻き込んで「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」を形成する
 (4)素人さえも「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」に組み込んでしまう凄さ
 (5)従来のマーケティングが軽視してしまった「作り手の主観的な意思」
September 04, 2011

【水曜どうでしょう論(4/6)】素人さえも「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」に組み込んでしまう凄さ

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 水曜どうでしょうに登場する素人さんはそれほど多くないけれども、それぞれが強烈な個性を持っており、どうでしょう班の共有価値観と共鳴して、番組をより一層盛り上げてくれる。代表的な素人さんを順番に紹介したいと思う。

 ・日本武道館で、突然撮影に乱入してきた謎のおじさん(『東京ウォーカー』)
 「登山家大泉」が武道館の入り口前で小ネタをやっていたら、急に謎のおじさんがハーモニカを吹きながら参入。2人で即興のセッションを繰り広げる。しかし、おじさんは2曲の童謡(「ちょうちょう」と「ふるさと」)しか吹けないし、登山家大泉もキャラクターがいまいち固まっていないから、セッションはグダグダに・・・。無計画で始めたネタに、無計画に素人さんが絡んできて、ディレクターがネタを止めるタイミングを失ってしまったという構図が面白すぎる。

 ・アラスカでコールドフットまでの道を案内してくれたジムとナップさん(『北極圏突破 アラスカ620マイル』)
 ジムはナップさんと猥談ばかりして喜んでいるので、そんなに面白い話をしているのかと興味をもったどうでしょう班は、ナップさんに翻訳を依頼する。ところが、実は30秒ほどで何のオチもなく終わってしまう意味不明な話だと解り、期待値とのあまりの落差にどうでしょう班は全員爆笑。藤村Dの「どこがオチなんだ、ジム!」という、半ば怒り気味の笑い声が車内に響き渡るのであった。

 一方、ナップさんは日本の旅行会社で長く働いていたこともあり、日本語がペラペラ。その上、ジムを指さして「彼の先祖はジム天皇(神武天皇)」と、ダジャレ好きのミスターさえをも上回る高度なダジャレを披露する(ミスターもよほど悔しかったのか、「おいおい、それはオレの仕事なんだよ〜」と嘆いていた)。何でそんな日本の神様のことを知っているんだ??(笑)。日本人がギリシア神話でダジャレを作るようなものでしょ?

 ・新篠津湖でのわかさぎ釣り対決で、新篠津村の地酒を仕入れてくれた村の役人(『釣りバカ対決第2弾 氷上わかさぎ釣り対決機戞
 わかさぎ釣りのシーズンが終わってしまった春先の収録だったため、氷の厚さを心配する4人に対し、役人さんは「大丈夫・・・だと思うんですよね」と繰り返すばかり。挙句の果てには、「僕もこの時期にわかさぎ釣りをやったことがないから・・・」と白状してしまう。やったことがないのに、何で大丈夫って言えるんだよ??しかも、安全性の保証がないのに撮影許可を出してしまうなんて・・・(笑)。

 さらに、この役人さんは、収録中にも関わらず、新篠津村の地酒を出演者に差し入れて、出演者を泥酔させてしまう。完全に”できあがってしまった”安田さんは、大泉さんの釣ったわかさぎが入っている容器を誤って蹴り飛ばしてしまい、大泉さんのわかさぎを減らしてしまった(笑)。通常の釣り番組では考えられない妨害行為に、さすがの大泉さんも相当激怒していた。

 ・備前焼の工法を教えてくれたミヤビ工芸の阿部さん(『シェフ大泉 夏野菜スペシャル』)
 料理の盛りつけ用の皿を自分たちで作ることになったどうでしょう班は、ミヤビ工芸の阿部さんから皿づくりを習うことに。阿部さんは、妙にテレビ慣れした様子で、さも台本があるかのようにひょうひょうとトークを続ける。阿部さんのことをすっかり気に入った「陶芸家・半角斎」(※ちなみに、「はんかくさい」は北海道の方言で、「バカバカしい」という意味)こと大泉さんは、安田さんにつける予定だった「心気く斎」の名前を、思わず阿部さんにあげてしまった(安田さんは、苦肉の策で「白菜」と名づけられた)。

 阿部さんは、最初の工程として、土の中に入っている空気を抜く「菊練り」の方法を出演者に教えていた。ところが、ミスターと安田さんの土に比べて、なぜか大泉さんの土だけ異常に固く、全く練ることができない。そこで阿部さんに練ってもらったら、阿部さんも予想外の固さだったのか、力の入れどころを間違えてしまい、机に手首を強打してしまった(笑)。

 普通の番組であれば、こういうシーンはNGとしてカットし、大泉さんの土を柔らかいものに取り換えて、再度撮影を行うだろう。しかし、どうでしょうでは、NGっぽい画こそディレクターが喜んで採用するのである。

 ・コスタリカのジャングルを案内してくれたガイドのカルロス(『中米・コスタリカで幻の鳥を激写する』)
 世界一美しいと言われる幻の鳥「ケツァール」をはじめ、珍しい野生動物を撮影するためにコスタリカにやって来たのに、ガイドのカルロスはバナナのプランテーションやココアの木など、植物の話ばかりを延々と続け、4人をうんざりさせてしまう。大泉さんからは、「カルロスは動物が嫌いなんじゃないか?」と疑惑が向けられる始末。

 ・「ユーコンのYOSHIさん」こと熊谷さんと、「ユーコンの男」ピート(『ユーコン川160km』)
 この2人は、前枠の中で大泉さんに「お間抜けなガイド」とはっきり言われてしまうぐらい、グダグダなガイドである(素人さんの面白さをランキングにしたら、この2人は後述するロビンソンと1位、2位を争うだろう)。熊谷さんは、ユーコン川をもう何度も下っていて、キャンプができる場所を知っているはずなのに、いつもキャンプの場所を突然決める。そのたびに、カヌーに乗っているミスターと大泉さんは、ポイントを通り過ぎないよう、必死にカヌーを漕がされていた(そして毎回、大泉さんはちょっと怒っていた)。

 ユーコン川には熊が出没するかもしれないということで、ピートという猟銃を持った現地のガイドがつくことになった。このピート、遠くから見るとトム・ハンクスのような雰囲気なのだが、近くで会ってみると、ちょっとぼーっとした感じの人で、熊を退治してくれるようには見えない。「死んだふりしか教えてくれないんじゃないか?」と大泉さんは心配になる。

 のんきな性格のピートは、カヌーのレッスンで、どうでもいい小ネタをいっぱい放り込んでくる。まず、「カヌーは赤い底を下にすることが重要だ。カヌーの底が上を向いていたら大変なことになる」と軽いジョークから始まり、川岸でパドリングの講義をひとしきり終えた後、「パドリングは陸地ではなく、川の上でやらないとダメだ」などと言う。もっと大事なこと教えろ!!(笑)。

 熊谷さんとピートの2人は、「小悪人」でもある。ユーコンの企画では、久しぶりにビストロ大泉が登場して、晩御飯を振る舞う。しかし、案の定、料理に3時間もかかった上に、ユーコン川の魚・グレーリングを鯛めしの要領で炊き込んだ「グレーリング飯」は、あまりに生臭くて全員から顰蹙を買ってしまった。

 大泉さんの料理に懲りたガイドの2人は、翌日にこっそりと話し合って、「大泉に材料を渡すな」、「先にご飯だけ炊いてしまおう」と決め、大泉さんにはブロッコリーしか渡さない。いくらディレクター陣がインスタント料理をいくつか持ってきているとはいえ、ブロッコリーだけで料理などできるか!!(笑)。一応、大泉さんに材料は渡すけれど、暗に「お前は料理をするな!」と言っているのである。この2人は、何とも腹黒い小悪人である。

 ・茨城県潮来の「十二橋」の場所を教えてくれた娘(?)船頭さん(『日本全国絵はがきの旅供戞
 絵はがきに映っている娘船頭さんは誰なのか?をめぐって、もう娘と呼ぶには苦しい年齢層(失礼・・・)の船頭さんたち10人ぐらいが、「おキヨちゃんの若いころだ」だの、「いや、おキヨちゃんではなくて柳田さんだよ」だの、「柳田さんは今日は休みなの」だのと、マイペースな会話を展開。それを見ていたミスターは、娘船頭さんに向かって、「(皆さんは)何星人ですか?」と無茶苦茶な暴言を吐いてしまう。

 あれこれ議論したものの、写真の娘船頭さんは、絵はがき自体が古いこともあって、「もう昔だからいないわ、アハハ」という結論しか出なかった。どうでしょう班は、このマイペースな娘船頭さんに振り回されてうんざりしてしまう(その後、ミスターの黄金のライトハンドが、「札幌の時計台」を引いてしまい、日帰りでHTBに戻ることに・・・)。

 ・ベトナムで通訳を務めてくれたニャンさん(『原付ベトナム縦断1,800km』)
 どうでしょうの旅行には、どうしていつもすっとんきょんなガイドがついてしまうのか?と思いたくなるぐらい、ニャンさんも変わったガイドだ。ニャンさんは、土砂降りの雨の中、昼食のお店を探していたが、お目当てのお店を見逃してしまった。けれども、自分の失敗を知られたくないニャンさんは、「もうちょっと先に行ったところにありますヨ」と繰り返すばかり。

 しかし、1時間ぐらい走っているうちに町がなくなってしまい、どうでしょう班の4人は「昼食はどうなるんだ?」と不安になってきた。そこで、ニャンさんにもう一度お店のことを聞いたら、「スミマセン、さっき通り過ぎてしまいました・・・」と、自分の非を白状したのである。そんな真面目な一面があるのかと思いきや、車の中ではガンガン昼寝をしていたらしい(嬉野Dが映像に収めている)。寝ないでお店探せよー、ニャンさん!(笑)

 ニャンさんも、「小悪人」ぶりを発揮することがある。かつてのベトナム王朝があったフエという場所に宿泊した夜、どうでしょう班は”宮廷料理”を体験することにした。この宮廷料理は、いろんな人たちの演奏や生歌が食事中ずっと続くという、かなり風変わりな(というか、ちょっとやかましい)晩餐である。

 演奏を聞き飽きた大泉さんは、ニャンさんに対して「私の歌も披露したいので、何か演奏できる曲はないか?」と尋ねた。ニャンさんは周りの演者と話し合い、「五輪真弓の『恋人よ』なら弾ける」と返事した。実は、「恋人よ」はニャンさんが個人的に好きなだけで(昼間の車中でよく歌っていた)、演者が知っているようには見えなかった。

 本当に演奏してくれるのか半信半疑のまま、大泉さんは部屋の中央に立って、「恋人よ」を歌い始めた。大泉さんの不安は見事に的中し、大泉さんが歌い始めても、演者はピクリとも動かない。これでは、大泉さんが自分のわがままで、ベトナム人が知らない曲を気持ちよく歌っているだけだ(笑)。それを見たニャンさんは大爆笑していた。なかなかの小悪人である。

 ・「ナイト・サファリ」など、タマン・ヌガラ国立公園での企画をサポートしてくれた、ガイドのトニー(『ジャングル・リベンジ』)
 「ブンブン(動物観察小屋)」の中で時間を持て余していた藤村Dは、ガイドのトニーさんに「何か他に面白いツアーはないのか?」と相談を持ちかけた。すると、トニーは「ナイト・サファリ」というツアーがあると教えてくれた。トニーさんの話によれば、車に乗ってプランテーションの中を走るツアーであり、ヒョウが見られるとのことである。「ナイト・ジャングル・ウォーク」で早々とシカの群れを見てしまったディレクター陣は、もっとインパクトのある映像を収めるべく、「ナイト・サファリ」への参加を決める。

 ところが、用意されていた車は、日本のサファリパークにあるような、頑丈な網で囲まれたバスではなく、ただのトラック。しかも4人は、何の安全対策も施されていない荷台に押し込められてしまう。「ヒョウが出たらどうするんだよ?」、「ヒョウなんて、ぴょーん(と荷台に飛び乗れる高さ)だぞ」と、一同は軽いパニックに陥る。

 ナイト・サファリを推してくれたトニーは、ナイト・サファリの経験があるのかと思いきや、実はトニーも他人から聞いただけで、今回が初めての参加だったという。ガイドなのに、内容も解らないまま他人に勧めるなよ〜(笑)。結局、ナイト・サファリで見られたのは、レパード・キャットという、体長40〜50cmぐらいの小さな”ヒョウ柄”の動物だった。ネコ程度の動物しか出ないから、トラックでも問題なし、というわけなのだ。

 ・「南の島で昆虫採集」という当初の企画を、全く違う企画にしてしまったロビンソン(『激闘!西表島』)
 どうでしょう班の価値観に一番近い素人さんは、ロビンソンだと思う。だから、当初の企画とは全く違う中身になってしまったのに、2泊3日の出来事が8週も持つ番組になったのだろう。

 ミスターとディレクター陣は、真夏の南の島で思いっきり遊びたいということで、西表島での昆虫採集という企画を考えていた。ところが、西表島に到着して今回の企画をサポートしてくれるロビンソンに会った瞬間、「虫は面白くねぇ」とバッサリ斬り捨てられ、企画が完全に破綻してしまう。

 その代わりにロビンソンは、ヤシガニや大ウナギ、テナガエビなど、北海道では見られない珍しい動物を見せたいと息巻いていた。その結果、ロビンソンが紹介する動物をたくさん捕獲して、点数を競うという、釣りバカみたいな企画に変わってしまった。ロビンソンも、事前にディレクター陣からどんな企画をやるか連絡が入っているはずだから、その時点で「虫は面白くねぇ」って言ってあげろよ(笑)。

 どうしても大ウナギを見せたいロビンソンは、大ウナギの餌となるカエルを捕獲するために、夜中に水路や川を探し回ることにした。ところが、思うようにカエルが捕獲できない。焦ったロビンソンは、島中を車で走り回り、水路や川を見つけるたびに、なりふり構わずカエルを探しに行く。

 そんなロビンソンについて行けなくなった大泉さんや安田さんは、完全にグロッキー状態。最後に、ロビンソンが”史上最大の作戦”と題して、カエルの代わりとなる小魚を追い込み漁で捕まえるという賭けに出たものの、これも失敗。ロビンソンもついに、「疲れちゃったよ、オレ」とギブアップしてしまった。この時、時計の針は既に夜中の2時を回っていたのである。

 というか、大ウナギを捕まえる予定でいたのなら、どうでしょう班が来る前にカエルを用意しておけよ!!(笑)一応、大ウナギの捕獲には成功したからよかったものの、大ウナギよりカエルを捕まえるのに必死になっていたら、本末転倒だよ〜。まぁ、こういうロビンソンのいい加減(?)な性格と、大好きな西表島の自然を楽しむ気持ちがあるおかげで、企画が破綻してもちゃんと番組として成立したのだろう。

 以上、どうでしょう班を中心に形成される「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」について、かなりの文量を割いて説明してきた。次回はまとめの記事として、「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」がマーケティング上どのような意味を持つのかを考察し、どうでしょうが長年にわたって安定した顧客層を維持できている要因に迫りたいと思う。

【水曜どうでしょう論】シリーズ
 (1)某局のコンセプト「楽しくなければテレビじゃない」を本当の意味で体現しているのがどうでしょう
 (2)どうでしょう班の4人をつないでいる「共有価値観」
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 (4)素人さえも「価値観連鎖(バリューズ・チェーン)」に組み込んでしまう凄さ