※2012年12月1日より新ブログに移行しました。よろしければこちらもご覧ください。
free to write WHATEVER I like
Top > マネジメント:マーケティング アーカイブ
<<前の3件 次の3件>>
July 18, 2011

今月号はインド企業の事例がいっぱい―『ビジネスモデル 構想と決断(DHBR2011年8月号)』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
posted by Amazon360
 (レビューの続き)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
企業と社会起業家の有機的パートナーシップ ハイブリッド・バリューチェーン(ビル・ドレイトン、バレリア・バディニッチ)
 いまや営利団体は、これらCSO(Civil Society Organization:市民社会組織)と力を合わせることで、どちらも単独では解決できなかった大規模な問題に対処できるようになった。このパートナーシップの力は、参加者たちの強みが相互補完的なところにある。すなわち、企業は、その規模、製造やオペレーション二巻sるう専門知識、資金調達力を、かたや社会起業家とCSOは、コスト・ダウン、影響力の大きいソーシャル・ネットワーク、顧客や地域社会に関する深い識見を提供している。
 企業が新興国でビジネスを展開する際には、「(潜在)顧客にどうやってアクセスするか?」という壁にぶち当たる。新興国における販売チャネルの構築やマーケティング施策の実行には、現地のCSOやNPOとの連携が有効であることを示している。なお、NPOとの連携については、DHBR2008年1月号にC・K・プラハラードの論文が載っているので、ご参考までに。

posted by Amazon360
=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
手つかずの巨大市場を攻めよ 新興国ミドル市場で成功する条件(マシュー・J・アイリング他)
 多くの企業は、新興国市場の貧困層にローエンドの製品やサービスを大量に販売することで利益を確保するという誘惑に負けてしまっている。しかし、ハイエンドの製品やサービスは、それに手が届く少数の人々には、新広告市場においても入手可能だ。世界じゅうほとんどどこでも、<メルセデス・ベンツ>や洗濯機を買えるし、高級ホテルに泊まることもできる。

 我々の経験から、より将来性のある、参入すべき場所を提供しよう。それは、両極の間にある、巨大なミドル市場である。この層の消費者は、特定の所得層よりも、一般的な暮らしによって定義される。つまり、ミドル市場のニーズは、ローエンド向けソリューションではほとんど満たされていない。なぜなら、ハイエンドの代替品のなかで最も安いものであすら、手が届かないからである。
 「BOPではなく、ミドル市場にアプローチせよ」という論文。ミドル市場はグローバル企業にとって魅力的である反面、現地企業との競争が最も激しい市場でもある。しかし、ミドル市場で成功する秘訣は、それほど特別なものではない。つまり、顧客をじっくりと観察して潜在ニーズを浮き彫りにし、最適な製品やサービスを開発・提供するという、ビジネスのいろはの「い」である。よくある定量的な市場調査に頼るのではなく、文化人類学者のように顧客に密着し、五感を通じて情報を収集することが重要だと著者は言う(いわゆる「エスノグラフィー・マーケティング」である)。

 本論文には、インドのとあるミドル層向けの冷蔵庫の事例が登場する。この層は、月収が5,000〜8,000ルピー(約125〜200ドル)程度であり、一部屋に家族4、5人と暮らし、頻繁に引越しをするという特徴がある。彼らは、従来型冷蔵庫を自家用に所有する余裕がないため、共用の中古冷蔵庫を利用していた。

 彼らは、富裕層向けの冷蔵庫(=先進国で使われているような冷蔵庫)ほどの機能を必要としない。頻繁に食料品を購入し、引越しを繰り返す彼らにとって必要なのは、2、3日程度の食料が保存でき、かつ持ち運びが便利な小型の冷蔵庫であったという。

 エスノグラフィー・マーケティングに関連する記事は、過去にもいくつか書いたことがあるので、リンクを掲載しておきます。

 「顧客のことは顧客でも解らないことがある−『マーケティングこそすべて(DHBR2010年10月号)』
 「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』

 個人的には、エスノグラフィー・マーケティングなどという難しい言い方をしなくても、顧客をじっくりと観察して真のニーズを発見するというのは、ビジネスの基本中の基本だと思う。しかしながら、こうした取り組みに本腰を入れている企業がどの程度あるのかはやや疑問である。

 一般的な市場調査を行えば、必ずレポートという形で成果物が残る。また、1回の調査で数多くの顧客の情報を収集することができるし、統計的な手法を用いて様々な示唆を導くことも可能である。だから、市場調査を行えば、何かしら仕事をした気分になってしまうのだ。

 仮に、大した分析結果が得られなかったとしても、「今回の調査対象者は、わが社のターゲット顧客にはならないのだろう」といった感じで片づけられてしまう。「戦略とは、”何をやらないか”を決めることでもある」というM・ポーターの有名な言葉に従えば、「特定の層が自社のターゲットに該当しない」ということも、重要な発見として重宝されるのである。

 一方、エスノグラフィー・マーケティングは時間も手間もかかるし、調査担当者の主観が入りやすい。それに加えて、必ず成果物が残るとは限らない。場合によっては、めぼしい発見が何も得られないことだってありうる。しかし、市場調査とは異なり、エスノグラフィー・マーケティングの場合は、何も発見がなければ、「君たちは会社の金を使って、ただブラブラしていただけではないのか?」という疑惑の目を向けられてしまう。

 エスノグラフィー・マーケティングのリスクやコストを承知の上で、こうした取り組みに寛容な姿勢を見せる企業だけが、新興国のミドル市場で現地企業とまともに勝負する資格を獲得するのだろう。

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-
すべてのステークホルダーの経験価値を共有する 人間中心の共創型事業をつくる(ベンカト・ラマスワミ、フランシス・グイヤール)
 エンド・ユーザーのために新しい経験を生み出すには、内部関係者にとっての経験を改善しなければならない。これは従来のプロセス分析でしばしば見逃されてきた事実である。
 全てのステークホルダーと言っても、実際には社員と取引先に焦点が当たっており、株主や債権者、社会的利益の保護を求めるNPOや消費者団体は本論文のスコープ外なので要注意。本論文で分析されているのは、「ES(社員満足度)向上⇒「CS(顧客満足度)向上」⇒「業績向上」という流れである。ちなみに、このチェーンについても、過去に記事をアップしたことがあるので、ご参考までに。

「ES向上⇒CS向上⇒利益向上」の自己強化システムについての考察−『バリュー・プロフィット・チェーン』
「ES向上⇒CS向上のサイクル」をサプライチェーン全体に広げてみたら―『バリュー・プロフィット・チェーン』

 通常のBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)では、ターゲット顧客と顧客価値を定義した上で、その価値を最も効率的・効果的に提供できるプロセスを描き、そのプロセスを支えるIT基盤や組織構造、予算配分のルール、適材適所を実現する人事システムといった様々な仕組みをデザインしていく。著者は、このような従来型の方法では、顧客満足度だけが過度に偏重されており、社員や取引先、協力企業の利害が考慮されていないと指摘している。この点は確かに「なるほど」と思った。

 本論文では、社員満足度の向上の視点から金融商品の販売プロセスをデザインしたヨーロッパの大手銀行や、サプライヤの満足度向上の視点から農作物の生産・流通プロセスを刷新したインド企業の事例が紹介されている。

 インドのコングロマリット企業であるITCは、インド農家の農作物が国際市場で求められる水準に達しておらず、農家の生産性が低すぎることに頭を抱えていた。従来型のBPRアプローチならば、ITCは農地を集約して大規模農家にし、品質の改善など厳しい条件をつけた売買契約を取りつけたことだろう。

 しかしITCは、低い生産性と少ない収入に苦悩する小規模農家の思いと、独立したままでいたいという彼らの切なる願いに共感し、貧困からの脱出を手がけるというアプローチをとった。具体的には、ITを活用した農業技術・ノウハウの提供や、伝統的な国営市場(この市場は腐敗しており、重量や価格のごまかしや支払い遅延に農家が悩まされていた)とは違う、透明で公正な取引を実現する市場の設置などを行った。その結果、農作物の品質と生産性は向上し、ITCは満足のいく農作物が入手できるようになったのとともに、農家にも収入増がもたらされたという。

 先ほどの「「ES向上⇒CS向上のサイクル」をサプライチェーン全体に広げてみたら―『バリュー・プロフィット・チェーン』」では、P&Gとウォルマートの事例に言及し、「P&Gの社員満足度の向上がウォルマートの仕入担当者の満足度にどのように影響し、ウォルマート全体の社員満足度にどう作用するか?」についての分析があると、もっと面白かっただろう、といった趣旨の内容を書いた。前述のITCの事例を読むと、サプライヤ(=農家)の満足度の向上が、顧客(=ITC)の満足度の向上につながっていることが(定性的ではあるが)うかがえる。
May 18, 2011

これはOne-to-Oneマーケティングの本だな―『イノベーションの新時代』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
M・S・クリシュナン、C・K・プラハラード
日本経済新聞出版社
2009-06-11
おすすめ平均:
「個客経験の共創」と「グローバル資源の利用」の価値創造戦略
主張に新規性なし
肩すかし
posted by Amazon360

 『コア・コンピタンス経営』、『ネクスト・マーケット』の著者であり、世界中のマネジメントの権威(Management Guru)をランキングする”Thinkers 50”でNo.1に輝いたこともあるC・K・プラハラードの最新作ということで読んでみた。だが、正直なところ期待はずれ・・・。2010年4月16日にプラハラードが亡くなったため、現時点ではこの本が日本における同教授の最後の著書ということになるのだが、それにしてはちょっと寂しい気がした。BOP(Bottom of the Pyramid)ビジネスの魅力と成功のカギを説いた『ネクスト・マーケット』とのつながりも薄いし、Amazonのレビューにもあるように、全体を通じてイノベーションの本とは言いがたい。

 著者が一貫して主張しているのは、これからのビジネスでは「個客(個々の顧客という意味)」に合った経験価値を提供することが重要になるということだ。さらに、カスタマイズされた経験価値を自社のリソースだけで提供することは困難であり、グローバル規模で外部リソースを上手に活用する必要性が出てくるという。

 ただ、これが果たしてイノベーションなのか?と自問自答してみると、私自身は懐疑的にならざるをえない。むしろ、90年代からマーケティングの分野で盛んに取り上げられるようになった「One-to-Oneマーケティング」のことではないだろうか?その辺りも含めて、気づいた点をつらつらと書いてみたいと思う。
 契約者の行動や生活スタイルをもとに保険料を決める仕組みができたらどうだろう。腕時計や携帯電話に取りつけたセンサーをとおして、毎日1回抜き打ち的に血糖値ほかの重要データを遠隔測定すれば、この仕組みは実現できるはずだ。測定データがあれば、患者の全面的な同意のもと、保険会社、医師、患者本人が協力して、投薬、食事、運動などに関する指示がどれだけ守られているかを測定できる。(中略)かりに患者がアドバイスに従わず、従来の好ましくないライフスタイルをつづけるなら、本人と保険会社、両者のリスクが高まり、保険料の上昇を招く。
 生命保険会社のサービスを、被保険者(顧客)に応じてカスタマイズする例として著者が紹介しているもの。しかし、自動車保険ではこうしたカスタマイズが当たり前になっているよな。たいていの保険会社では、自動車の走行距離や免許の種類、自動車を使用する頻度などによって保険料が変動する。

 より高度なカスタマイズを施す可能性があるとすれば、引用文にある遠隔測定の仕組みと同様に、被保険者であるドライバーが本当に安全な運転をしているかどうかをモニタリングするセンサーを自動車に組み込んで、ドライバーの運転テクニックによって保険料を定期的に変更することだろう。自動車の使用頻度は自己申告に過ぎないし、ゴールド免許を持っているからといって運転が上手とも限らない(単に乗る機会が少なくてゴールドになってしまっただけかもしれない)から、被保険者のリスクをより厳密に測定する仕組みを導入して、もっと精緻な保険料算出モデルを作り上げる余地はあるだろうね。
 24/7カスタマー(※コールセンターのアウトソーシング会社)は、JPモルガンの了承をとりつけると、事業アナリスト、統計の専門家、各職能分野のプロフェッショナルらを集めて専任チームをつくり、顧客データベースの中身とクロスセリングの流れを詳しく分析し、予測解析モデルを導き出した。(中略)この予測解析モデルを使って、顧客の性別、収入、保有商品、取引履歴といったデータを、担当者の年齢、熟練度、専門知識などとつき合わせ、その結果をもとに、顧客にとって最も都合のよいタイミングで、その顧客のために選り抜いた担当者から、ニーズにぴったりの商品を紹介する。
 これなんかは、まさにOne-to-Oneマーケティングの典型例。アマゾンやハラーズ(カジノを運営しているアメリカ企業)など分析力に優れている企業は、統計の専門家を自社で雇用しているくらいだ。
 新しい潮流を発見するには、消費者の期待や行動、技術動向、サプライチェーンの本質とその改善の可能性などを理解しなくてはいけない。では、早めに潮流に気づく秘訣は何だろうか。(中略)どの企業にも、取引データ(例:売上データ)や体系化されていないデータ(ビデオクリップや広告など)が大量に眠っているはずだ。そこで、これまでに蓄積してきたデータを消化し、貴重な知見を引き出す方策が求められる。個客経験の競争とグローバル資源の利用を目指すなら、リスクを抑えて機会をつかむために、リアルタイムの分析が役に立つ。
 定量的なデータであれ、定性的なデータであれ、既存データの分析から本当の意味でのイノベーションにつながる知見が得られることは稀であるという話はよく耳にする。「通常の市場調査からはイノベーションは生まれない」とも言われるよね。

 既存データの分析は、セグメンテーションの切り口の変更やターゲット顧客の見直し、製品・サービスの機能や性能の向上、プロモーションや販売チャネルの改善、などといった場面では効果を発揮する。しかし、イノベーションとは、顧客自身も気づいていないニーズをキャッチすることで生まれるものである。そうしたニーズはデータにはほとんど現れない。

 だからこそ、P&Gは”Living it”(生活してみる)や”Working it”(働いてみる)などのプログラムを通じて、顧客が普段どのような生活をしており、どのようにP&Gや競合他社の製品を購入し使用するのかをじっくりと観察するんだな。P&Gの社員は長時間にわたる観察から、「ひょっとしたら顧客は○○で困っているのではないか?」、「競合他社の製品とそれほど変わらないように見えるP&Gの製品が競合に負けるのは、実は顧客が○○という全く別の点を重視しているからではないか?」といった仮説を導く。そして、それをイノベーションに活用するのである(※1)。
 顧客が航空チケットを購入すると、航空会社はそれが出張かプライベート旅行かを判別できる。有名な観光地へのフライト予約が4人分まとめて入り、4人の姓がすべて同じなら、プライベートの家族旅行だと容易に察しがつくだろう。これが出張ではないとわかったら、航空会社はホテルやレンタカーだけでなく、子ども向けの娯楽サービスや、信頼できるベビーシッターなども勧めるべきかもしれない。
 これはEBM(Event Based Marketing)の例だろう。EBMとは、最適なタイミングで最適な商品やサービスを最適な手段で提案するマーケティングである(※2)。日本だと、スルガ銀行や横浜銀行がEBMを行っている。銀行の場合、イベントとは就職、結婚、出産、住居購入、定年退職といった顧客にとって重要な出来事であって、かつ金融商品やサービスの販売機会になるものを指す。

 例えば、結婚を機に生命保険への加入や住宅購入を検討する顧客が多いとする。ある30代前半の男性の口座から、数百万単位の引き出しがあった場合は、この男性が結婚資金を支払った(つまり、結婚した)と推定して、生命保険や住宅ローンを紹介する、といった具合である。

 まぁ、EBMは慎重にやらないと、「プライバシーを侵害する企業だ」という印象を与えかねないからね。いきなり銀行のコールセンターから電話がかかってきて、「最近ご結婚されたのではないですか?おめでとうございます!新生活を始めるにあたって、生命保険をご検討されてはいかがですか?」なんて言われたら、私なんかは「気持ち悪っ!」って思うもんな。だから、顧客が最初に銀行口座を開いた段階で、「当社は口座の入出金データをモニタリングして、最適な金融商品を紹介させていただくことがある」という点について、顧客の合意を取りつけることが必須だろう(もちろん、銀行はそのぐらいやっていると思うけど・・・)。

 あとは、「さりげなく提案すること」が大事だと思うね。引用文にある航空会社の例で言うと、チケットをネット上で買った後に航空会社から電話がかかってきて、「先ほどご購入されたチケットは家族旅行のものではないでしょうか?ご家族での宿泊に最適なホテルがありますよ」などと露骨に提案されたら、やっぱり私はドン引きするなぁ(さすがに航空会社もそんなおバカな運用はしないと思うけど)。

 Web上でチケット購入手続が完了した後に、さりげなく「今回は家族旅行ですか?おすすめのホテル、レストラン、レジャー施設があります」という画面が開く。画面の下部には、「ホテルを見る」、「レストランを見る」、「レジャー施設を見る」というボタンが並んでいる。

 ボタン押下後のページで紹介しているホテルやレストランは、航空会社と提携していることを明記して顧客に安心感を与えるとともに、当該ページ経由でホテルなどを予約すると割引や特別サービスが受けられるといった特典を用意しておく。顧客は興味があればボタンを押せばいいし、興味がなければ(あるいは、家族旅行でなければ)スルーして手続完了画面を閉じればよい。こんな感じの仕様にしておけばいいんじゃないかな?

(※1)以前の記事「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』」を参照。
(※2)「EBM とは - 知っておきたいIT経営用語:ITpro
March 29, 2011

P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
A.G.ラフリー
日本経済新聞出版社
2009-05-23
おすすめ平均:
気付きを促してくれる本。Consumer is boss この言葉を心に刻みたい。
『イノベーションと起業家精神』の現代実践版
イノベーションを中心とする経営の教科書
posted by Amazon360

 先日の記事「顧客理解にこれほど役立つツールはないはず―『ソーシャル・メディア戦略論(DHBR2011年4月号)』」では、ソーシャル・メディアがメーカーと最終顧客との距離を縮める有効なツールであることは間違いないものの、リアルの世界で顧客と深く接してニーズを理解する力がないままに、ソーシャル・メディアというITツールに頼っても、大した効果は見込めないだろうと書いた。本書『ゲームの変革者』では、マーケティングに強い代表的な企業であるP&Gが、顧客とリアルの世界でどのように接し、どのようにイノベーションを起こしているのかが詳細に述べられている。

 P&Gには「消費者がボス(=上司)」という基本的な価値観がある。技術ありきではなく、消費者が求めるものを作るという姿勢の表れだ。では消費者のニーズとは何か?P&Gは「2つの真実の瞬間」というものを重視している。それは、「製品を購入する時」と「製品を使用する時」である。この2つの場面で、消費者が何を求め、何を考え、何に満足し、あるいは何に不満を抱くのかを徹底的に調べ上げる。

 といっても、消費者は自分のニーズを明確に言葉で表現できるとは限らない。むしろ、重要なイノベーションは、消費者が気づいていない潜在ニーズから生まれるものである。だからP&Gは、典型的な市場調査やグループインタビューに頼らない(かつてはそうした調査に多額の予算を投じていたが、アラン・ラフリーがCEOになってからはごっそりと予算が削減された)。その代わりにやっているのが、「生活してみる(Living It)」と「働いてみる(Working It)」という2つのプログラムである。(※1)

 プログラムの中身はもう本当に文字通りのものである。「生活してみる」では、P&Gの社員が消費者と一定期間一緒に暮らし、消費者がP&Gや競合の製品をどのように使うのか、消費者のライフスタイルはどんなものなのかを観察する。「働いてみる」では、P&Gの製品を取り扱う小売店でP&Gの社員が一定期間働き、消費者がどのような購買行動をとるのかを観察する。「生活してみる」は「製品を使用する時」に、「働いてみる」は「製品を購入する時」に対応しており、P&Gが言う「2つの真実の瞬間」に関する洞察を深める役割を果たしている。

 P&Gがこれらのプログラムを通じて具体的に新製品を開発した例を1つだけ紹介しておく。ちょっと長いけれども、メキシコにおける柔軟剤の開発の事例である。
 僻地に住む何百万人という女性は、いまだに井戸や地域の水道ポンプまで行ってバケツで水を運ぶ生活を送っている。都市部でも一日数時間しか給水されないところが多い。ほとんどの家庭には全自動洗濯機がなく、乾燥機ともなるとさらに少ない。ということは、洗濯は実に大変な家事労働ということだ。

 ところが、低所得者層の女性は、洗濯を本当に真剣に考えている。新しい服を頻繁に買う余裕はないけれど、家族の身だしなみを整えることに並々ならぬプライドを感じているのだ。P&Gの調査によれば、メキシコ女性は、その他の家事にかける時間の総合計よりも、はるかに多くの時間を洗濯にあてている。9割以上の人が、手洗いにもかかわらず、なんらかの柔軟剤を使っていた。

 通常の洗濯は、洗う・すすぐ・すすぐ・柔軟剤を加える・すすぐ・すすぐの6つのステップを経る。ボタンを押すだけでこの一連のステップができるのなら問題はない。だが、半マイルかそれ以上離れた場所へ水を汲みにいくとなると、とんでもないことだ。洗濯機があっても全自動でなければ途中で注水しなければならないし、洗濯ものを手で取り出す手間がある。タイミングが悪いと洗濯の途中で給水が切れてしまうこともある。(中略)

 解決すべき問題点―洗濯を楽にして水量を抑える―が判明し、消費者が便利に感じることがわかってしまえば、あとはどのような商品を提供するかに的は絞られる。求める性能、目標原価が研究室に送られ、答えが出た。それが<ダウニー・シングル・リンス>だった。この商品を使えば、洗う、柔軟剤を入れる、すすぐの3ステップですむ。(※2)
 こういった取り組みを見ると「さすがP&Gだなぁ〜」と言う気もするが、ここまでできるのはP&Gが既に強いブランドを確立しており、消費者から高く信頼されているからであろう(そうでなければ、いきなり「P&Gの社員と一緒に暮らしてくれませんか?」と依頼されても、「ヤダよ」って言うもん)。また、「働いてみる」にしても、小売店と信頼関係が構築できているのはもちろんのこと、P&Gの社員にそれなりの販売スキルが備わっていなければ、小売店にとって足手まといになるだけである。

 本書を参考にして一足飛びにP&Gの真似をするのは困難に違いない。徐々に顧客との距離を縮めていく別の方策を考えなければならないだろうね。ただ、「働いてみる」に関して言えば、図らずも部分的に実現している業界がある。それは家電業界だ。大型量販店では、メーカーの社員が実際に店頭に立ち、接客を行っている。

 もちろん、メーカー社員が小売業の販促支援をするのは家電業界に限らず、どこの業界でも見られることだ。だが、家電業界の場合は、メーカーの売上に占める量販店の割合が非常に高いので、本来であればメーカー社員の販促活動は非常に重要な位置づけになるはずである。

 ところが、実態としてはメーカーが子会社の派遣会社を通じて量販店にスタッフを派遣しているケースが大半である。これでは、家電量販店の人手不足をメーカーが安いコストで肩代わりしているようなものである。メーカーが量販店での接客から潜在ニーズを拾い出して、それを新製品開発に活かしている、なんていう話は果たしてあるのかね??

(※1)余談になるが、「生活してみる」に近い取り組みをやっている日本企業で思い当たるのが良品計画である。良品計画は、顧客ニーズを理解するために、顧客から家の写真を送ってもらっている。写真を見ると、顧客が家具や日用品をどのように配置し、何を収納しているのかが解る。膨大な写真の中から、顧客が何に不便を感じているかを読み取って製品開発に活かしているそうだ。

(※2)全くの蛇足だけれども、メキシコの水事情についていくつかリンクを貼っておく。
 外務省:メキシコ
 JICA Knowledge Site - メキシコ市の水道水質管理プロジェクト
 (「プロジェクト概要 背景」の部分に説明あり)
 海外の水道事情 Foreign Water Business
 (メキシコの水道普及率を見ると、都市部は95%だが農村部は69%)