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June 29, 2012

ウォルマートが小売業の手本でなくなっている―『小売業は復活できるか(DHBR2012年7月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 07月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 07月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-06-08

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 今月は今日の分を含めて25本も記事を書いたのに(ミンツバーグの『戦略サファリ』で記事数を稼いだというのもあるが)、googleに嫌われたのか、検索エンジン経由のアクセスが減少して、ブログを書く気力も減退・・・。それでも今月号のDHBRのレビューは書ききるよ!そして、今日の記事は長いよ!(やけっぱち)

 今月号はイマイチだったと言いつつ、レビューが4本目に突入しているという矛盾(苦笑)。今月号でもう1つ着目すべきは、かつては小売業の鏡であったウォルマートが、どうやらベンチマークの対象から外されているらしい、という点である。
 店長には、売上げをコントロールする権限を与えられていない(商品構成、店舗レイアウト、価格、昇進についての決定権はないに等しい)一方、人件費については、かなりの権限を持っている。そのため、売上げが下がるとすぐに人員に手をつける。ウォルマート・ストアーズなど一部大手チェーンの店長は、人件費削減の圧力が強いために、店員にサービス残業を強要し実働時間よりも少ない賃金しか払わなかったと広く報道された。
(ゼイネップ・トン著「業績低迷の悪循環から脱却する方法 小売業は人件費を削ってはいけない」)
 伝統的小売業は(デジタル化の面で)酷く遅れている。ウォルマートとターゲット・コーポレーションの営業利益において、オンライン売上高が占める割合は2%にも達していない(※筆者注:同論文の別の箇所で、アメリカのeコマースによる売上は、全小売業の売上高の9%を占めている、と書かれている)。それだけでなく、このような小売業者は、モバイル・ショッピングやコール・センターなど、ネット以外のチャネルでデジタル・イノベーションを切り開くこともないし、これらの技術を自社にとって最も重要なチャネルであるリアル店舗にシームレスに統合することもしていない。
(ダレル・リグビー著「無数の顧客接点が融合する デジタル化を取り込むリアル店舗の未来」)
 それでも一応、ウォルマートを擁護するような記述もあって、トーマス・ダベンポートの論文「IT化が可能にした高度なカスタマイズ化 データが導く顧客への最適提案」では、
 ウォルマート・ストアーズは新設したデジタル戦略部門、アット・ウォルマート・ラブズに、買収したソーシャル・メディア技術の新興企業コスミックスを加え、消費者のSoLoMoデータ(※筆者注:ソーシャル、ロケーション、モバイルのデータのこと)を振る活用している。同部門のプロジェクトの1つは、顧客がソーシャル・メディアで関心を持った事柄について、ウォルマートのサイトで何を購入するかを予測する方法を編み出すことである。入り組んだ店舗内でも商品を探しやすいよう、位置情報をベースにした技術も検討している。
という事例紹介がある。ダベンポートは数年前までアクセンチュアに勤めていたのだが、今はバブゾン大学の特別教授になっているんだね。この論文は、ナレッジマネジメントや知識労働者の実態にフォーカスしていたかつての研究から、いつの間にかデータを活用した経営の研究にシフトしたダベンポートらしい論文だった。

分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学分析力を武器とする企業 強さを支える新しい戦略の科学
トーマス・H・ダベンポート ジェーン・G・ハリス 村井 章子

日経BP社 2008-07-24

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ナレッジワーカー (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS)ナレッジワーカー (HARVARD BUSINESS SCHOOL PRESS)
トーマス・H・ダベンポート 藤堂 圭太

ランダムハウス講談社 2006-04-27

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 ところが、ダベンポートのこの論文を掲載する一方で、先日の記事で触れた「世界の課題を解決するHBR13の提言」の中には、「顧客データはもはやマーケティング・ツールではない」(ドク・サールズ著)という記事もある。HBR誌はたまに、こうして相矛盾する内容を入れ込んで、読者の思考に刺激(混乱?)を与えようとする。昨年も、2011年3月号で「プロフェッショナル『仕事と人生』論」という特集を組んでおきながら、最後に「マネジメントはプロフェッショナル職でない」と言い切っている論文を持ってきたことがあった。

Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 03月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 03月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-02-10

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 提言では、顧客データの所有権が将来的に企業から顧客へと移るから、企業は顧客データの分析ができなくなるということで、データ分析によるマーケティングの限界が説かれているのだが、そこまで言わなくともデータ分析に限界があるのは言うまでもないだろう。

 もちろん、データ分析が重要であるのは事実であり、人間の力では発見できないような購買パターンや顧客セグメントを発見したり、各種プロモーションが顧客の行動にどの程度の影響を与えているのかを統計的に明らかにしたりするのには十分に役立つ。ただし、過去のデータの分析を通じてできるのは、将来は過去の延長線上にあるという前提の下に、機会損失を減らすことであり、別の言い方をすれば、言葉は悪いが「市場の残りカスを掠め取る」ことである。

 最近はビッグデータなるものが提唱されているようだけれども、データ分析の精度と、投資対効果の大きさは必ずしも比例しないように感じる。経済学の生産曲線において、生産要素の投入量が一定の基準を超えると、生産量の伸びが鈍化するのと同様に、”情報曲線”なるものが存在して、情報量や分析ツールの精度があるレベルに到達すれば、システムへの巨額な投資に見合った結果が得られなくなるのではないだろうか?

 もう1つつけ加えると、ここで「インタンジブル・アセット(見えざる資産)」の存在を思い出さなければならない。エリック・ブリニョルフソンは、システムを導入する際には、システム調達にかかる直接のコスト以外にも、その約9倍のコストが必要になると指摘した。このコストは、新しい業務プロセスの整備や、新システムを使いこなすための社員のトレーニングのための費用、さらに新しい業務や新しいシステムに慣れるまでの期間に費やされる人件費などであり、これがインタンジブル・アセットと呼ばれる。

 ブリニョルフソンの研究はERPパッケージの導入という大掛かりなシステム導入を対象としているので、約9倍という数値が全てのケースに当てはまるわけではない。とはいえ、仮にビッグデータを自社に導入するならば、やはりERPのケースと同様に新しい業務プロセスを構築しなければならないし、あらゆるデータを収集するという文化を現場の隅々にまで浸透させなければならない。そして、自分でデータ分析はできなくとも、システムがはじき出す分析結果の意味を十分に解釈できる能力を持った人材も育成する必要がある。こうした投資に見合う効果が得られるかどうかは、慎重に見極めなければならないだろう。

インタンジブル・アセット―「IT投資と生産性」相関の原理インタンジブル・アセット―「IT投資と生産性」相関の原理
エリック ブリニョルフソン Erik Brynjolfsson

ダイヤモンド社 2004-05

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 だから、分析自体が目的と化すようなバカバカしい事態に陥る前に、分析はほどほどにしておいて、あとは自分の目で直接見たものを信じ、直観で決断を下すことが重要になってくると思うのである(以前の記事「【感想】「分析」の限界を知った企業が「直観」をうまく使えるのでは?―『リーダーの役割と使命(DHBR2011年12月号)』」も参照)。


(※)余談だが、ダレル・リグビー著「無数の顧客接点が融合する デジタル化を取り込むリアル店舗の未来」に挿入されている「近未来のリアル店舗」の想像図が、全然近未来っぽくなくてどうしようかと思った。マルチチャネルの発展形=オムニチャネルで、顧客に多様な購買経験を提供しているところを示したいのだろうけれど、どちらかというとホラーだよ、この絵は。これが近未来的に見えるアメリカ人の感覚はよく解らん・・・。

近未来のリアル店舗(1)近未来のリアル店舗(2)
June 26, 2012

オムニチャネル化に伴い”買い物経験”を再構築すべき、という凡庸な結論・・・―『小売業は復活できるか(DHBR2012年7月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 07月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 07月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-06-08

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 今月号の特集「小売業は復活できるか」は何とも不思議な特集だった。というのも、「米国経済指標(直近12ヶ月のデータ、60ヶ月のグラフ)」を見ると、2011年6月〜2012年5月の1年で「小売売上高(%)」の数値が前年同月比を下回ったのは2回(4月と5月)だけであり、「個人所得(%)」、「個人支出(%)」に関してはわずかに1回ずつ(個人所得は2011年11月、個人支出は2011年6月)にすぎない。また、「ミシガン大学消費者信頼感指数(Index)」も、リーマン・ショック後、一時的に落ち込んだ時期はあるものの、総じて回復傾向にあると見ていいように思える。

 それにもかかわらず、「アメリカの小売業は危機に瀕している」とでも言いたげな今月号のDHBRは、アメリカ小売業の一体何を問題視しているのだろうか?統計の数値はあくまでも前年比の数値であって、未だにリーマン・ショック以前の水準に戻っていないことを問題と捉えているのだろうか?

 確かに、統計上は問題なさそうに見えるアメリカの消費も(最近の欧州危機で消費冷え込みのリスクが高まったが・・・)、実際には消費が落ち込んでいるというのはニュースで見聞きするところであり、アメリカ政府がどんなに紙幣を刷ってもインフレが起こらず(※1)、FRBが政府から直接国債を買い取って市場に資金を供給する「ヘリコプターマネー」という”禁じ手”を使っても経済が立ち直らない(※2)ことから、アメリカには「消費者が買いたいと思うものがない」ということなのかもしれない。

 と、いろいろ考えながら今月号を読んだのだけれども、そこまで突っ込んだ議論は展開されていなくて、やや期待外れだった・・・。本号が問題としているのは、Webサイト、リアル店舗、キオスク、DMやカタログ、コール・センター、ソーシャル・メディア、携帯端末、ゲーム機、テレビ、ネットワーク家電、在宅サービスなど、マルチチャネルならぬオムニチャネル(omni-channel)化しているにもかかわらず、多くの小売業はそれに対応できていないということであり(ダレル・リグビー著「デジタルを取り込む リアル店舗の未来」より)、未だに「Webサイトで売れたか?店舗で売れたか?」という二分法に頼っている、という点のようだ(トーマス・ダベンポート著「ITが可能にした高度なカスタマイズ化 データが導く顧客への最適提案」では、店舗を訪れた顧客が、製品を持って帰るのが面倒だという理由で、その場で店舗のWebサイトを開き、サイト上で注文をした場合、この製品の売上は店舗のものなのか、Webサイトのものなのか?といった問いを提起しているが、これはまさにその通りだと感じた)。

 この問題に対する答えは、顧客は複数のチャネルを通って製品を購入することを前提に、顧客が複数チャネルを通過する際の”買い物体験”を再構築しなければならない、というものである。チャネルの通過パターンは顧客セグメントによって変わるから、小売業は顧客セグメントごとに異なる買い物体験を用意する必要がある。あるいは、チャネルの通過パターンを分析すると、既存の顧客セグメントを見直す必要性が出てくるかもしれない。

 とまぁ、このくらいならそれほど目新しい話ではないなぁ、という印象だった。昨年の「ビジネスモデル変革のパターン」のシリーズで、コカコーラの事例を取り上げたことがあったが(「【第11回】販売チャネルを拡大する―ビジネスモデル変革のパターン」)、「顧客に提供する価値をチャネルによって変化させる」という原則が、チャネル構成の多様化に伴ってもう少し複雑になる、といった感じか?

 今月号は、特集以外の記事の方が面白かったので、その辺りは次回の記事で。


(※1)例えば以下のリンクを参照。
 「量的金融緩和≠ハイパーインフレ≠米ドル崩壊」(アメリカ経済ニュースBlog、2011年10月26日)
 「中央銀行がお金ジャブジャブに刷ってもハイパーインフレにならない理由」(アメリカ経済ニュースBlog、2012年4月15日)
 あるいは、米中の関係からアメリカがインフレにならない理由として、
 「紙幣をガンガン刷るとインフレになると言われていますが、現在のアメリカはなぜインフレにならないのでしょうか?」(Yahoo! 知恵袋)

(※2)中谷巌著『資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか』(徳間書店、2012年)

資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか資本主義以後の世界―日本は「文明の転換」を主導できるか
中谷 巌

徳間書店 2012-01

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December 09, 2011

【論点】事業拡大後、創業以来の重要顧客とはどうつき合うか?―『リーダーの役割と使命(DHBR2011年12月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 12月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2011年 12月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2011-11-10

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【981本目】1,000エントリーまであと19

 (まだまだ続く12月号のレビュー)

ヨルダンの国際宅配便企業の臥薪嘗胆 フェデックスやDHLに挑む(ファディ・ガンドゥール アラメックス・インターナショナル創業者兼CEO)
【論点】事業が一定の規模に達した後、創業以来の重要顧客とはどのようにつき合えばよいか?
 1982年に創業した中東・ヨルダンの宅配便企業アラメックスは、創業から2年後の1984年に1つの転機を迎える。アラメックスは、エアボーン・エクスプレス(現DHL)に、自社の株式の50%を10万ドルで買い取ってもらうことを計画した。残念ながら交渉は不調に終わったものの、エアボーンの中東地域向けの荷物に関して、アラメックスが配達業務を請け負うことに成功した。要するにベンチャー企業が大手企業から下請業務を受注したというだけなのだが、これがアラメックスの重要な成長源となった。

 エアボーンはその後、世界の隅々まで顧客にサービスを提供できるよう、アラメックスのようなローカルな宅配便企業とグローバル規模でアライアンスを構築し始めた。それが"Overseas Express Careers"(OEC)と呼ばれるネットワークである。アラメックスは、OECに最初から参画した企業の1社となった。

 アラメックスは、可能な限りエアボーンと緊密に歩調を合わせ、OECの発展とともに事業を拡大させていった。営業地域の拡大に加え、陸運、海運、空運の全てを扱い、多種多様な物流サービスを中東全域で提供できる体制を整えた。また、OECのガバナンスにも関与し、アライアンス参加企業で営業活動を展開したり、参加企業のために、エアボーンに対して中東でアメリカ企業との取引を獲得するよう働きかけたりもした。

 こうして事業を軌道に乗せたアラメックスは、1982年に自社株売却に失敗してから10年余りを経て、とうとうエアボーンにアラメックス株の9%を200万ドルで買い取ってもらうことに成功したのである。ところが、その資金を使ってアラメックスが行ったのは、OECへの依存度を下げることであった。アラメックスは、インド、スリランカ、バングラデシュ、香港など、中東以外の地域に積極的に進出し始めた。

 この戦略は、エアボーンとの間で意見が分かれるものだった。だが2003年、もう1つの転機が訪れる。エアボーンがDHLに買収されることになったのだ。エアボーンは買収に先立ち、アラメックスへの支援や取引から一切手を引くことを通告してきた。しかし、アラメックスは慌てなかった。既に中東以外の地域でサービスを確立していたし、自社開発した荷物追跡システムをOECのメンバーに開放することで、OECとの関係も維持することもできたのである。

 この事例から見えてくるのは、「創業以来の重要顧客とどのようにつき合えばよいか?」という論点である。資金繰りに悩まされるベンチャー企業や中小企業にとって、毎年一定のお金を落としてくれる重要顧客の存在はあまりにも貴重である。しかし一方で、そのような重要顧客は、経営上のリスク要因でもある。一般的に、中小企業では、1社で売上高の10%以上を占める顧客がいる場合は要注意であると言われる(※1)。

 重要顧客が自社との取引をいつ何時、どのような理由で打ち切るかは読み切れない。アラメックスの例で言えば、エアボーンが中東地域の重要性を感じなくなり、中東地域向け配達サービスから完全に撤退するかもしれない。逆に、エアボーンが自社で中東地域向け配達サービスを行うだけの人員や設備、ノウハウなどを獲得し、OECを活用しなくなる可能性もある(実際、エアボーンと同様に、中東地域向け配達サービスをアラメックスに委託していたフェデックスは、徐々にアラメックスへの発注を減らし、自社でサービスを完結させる方針へと転換したそうだ)。だから、重要顧客に甘えるのではなく、新しい顧客をどんどん開拓し続けなければならない。これは至極当然の話だ。

 幸いにして重要顧客が自社との取引を継続してくれる場合でも、喜んでばかりはいられず、リスクを抱えることを認識しなければならないだろう。なぜならば、創業時に設定した価格はたいてい現在の価格よりも低く、他の顧客に比べて利幅が小さくなることが多いからだ。創業当初は間接費が少なくて済むから、その分価格を下げることができる。また、既存プレイヤーから仕事を奪うため、価格を低く設定することもある。

 その後、事業規模が大きくなって、スタッフ部門が設けられ、多額の設備投資を行うなどすると、コストが膨らんでいく。通常はその動きに合わせて徐々に値上げをしていくものだが、創業以来の重要顧客に対しては、これまでの関係性を重視して、値上げを見送ることもある。

 しかも、「その重要顧客を何が何でも手放すな」という創業時の厳命が効いていて、創業から一定期間が経過した後も、顧客の要望を何でも聞き、過剰なサービスを提供していることもある。創業して間もない頃は、残業代がつかない経営者自身が重要顧客へのサービスに奔走し、社員も残業代を諦めて頑張ってくれたから(本当は法的にNGだが・・・)、それでもよかったかもしれない。

 ところが、会社が大きくなって仕組みができ上がると、そうも言っていられない。過剰サービスに伴って発生した残業代やその他の追加コストは、会社がきちんと負担しなければならなくなる。また、他の顧客には標準的な業務手順に従って製品やサービスを提供しているのに、創業以来の重要顧客に対してのみイレギュラーな対応が多くなれば、社員のモチベーションにも影響を与える。

 この段階に至って重要顧客に値上げをお願いすることも考えられるけれども、長い間値上げが凍結されていた分、値上げ幅が大きくなってしまうから、おそらく成功の確率は低い。もはや「金になる顧客」ではなくなった重要顧客に対してとりうる選択肢は、次の3つではないだろうか?

 1つ目は、その重要顧客を「知恵になる顧客」とみなすことである。言い換えれば、新製品・サービス開発やイノベーションのアイデアをくれる顧客と位置づけるのである。標準プロセスから外れた重要顧客のイレギュラーな要求は、実は市場の潜在ニーズを先取りしたものかもしれない。「異質」は、企業にとって重要な学習の機会となるものだ(以前の記事「「業務プロセスがイノベーションの原動力」というのは別の意味で一理あり―『イノベーションの新時代』」を参照)。

 2つ目は、「若手を教育してくれる顧客」とみなすことである。重要顧客から新しい製品・サービスや新ビジネスの種をもらうことはできなくても、基本的な仕事のやり方や不測時の対応など、ビジネスのイロハを教わることは依然として可能かもしれない。そこで、若手や新人中心のチームにその重要顧客を担当させ、重要顧客に”鍛えて”もらうのである。

 「知恵になる顧客」にも「若手を教育してくれる顧客」にも該当しない、すなわち、ただ単に「割に合わない要求ばかりを繰り返す顧客」になってしまっていたら、最後の選択肢をとらざるを得ない。それは言うまでもなく、「取引中止」である。ただ、いきなりばっさりと契約を切るのは、長年のつき合いを考慮するとあまりにも不義理であるから、類似の製品やサービスを提供してくれる同業他社を紹介する形になるだろう。

 しかし、安易に同業他社に自社の重要顧客を引き渡すと、後になって自社のビジネスを破壊させる結果を招くこともあるので要注意である。とりわけ、よく検討すれば本当は「知恵になる顧客」だったのに、その顧客を切り捨ててしまった場合に悲劇が起こる。同業他社は、自社が気づかなかったビジネスチャンスをその顧客から発見し、これまでの製品を代替する斬新な製品を市場に投入する可能性がある。

 創業以来の重要顧客を競合に譲ってしまったがためにビジネスを失敗させてしまった事例はすぐには思いつかないのだが、クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」はまさに、既存の大企業が高付加価値路線に走り、収益性の低い顧客を新参のプレイヤーに明け渡してしまったばかりに、大企業のビジネスモデルを脅かす新しいビジネスモデルの登場を許した例である。

 事業を成長させる過程で、常に重要顧客を”試して”きた企業の例として思い浮かぶのが楽天だ。そのやり方は強引すぎたのではないか?という疑問が残るとはいえ、楽天は事業の発展フェーズに応じて、価格体系の変更という手段をうまく使いながら、重要顧客の入れ替えを行ってきた。楽天への出店料はもともと5万円/月の定額制だったが、2002年からシステム利用料として、大手を対象に売上の2〜4%を徴収する従量制に変更した。この従量制は、2005年2月からは、月商100万円以下の小口加盟店にも適用された。

 さらに2005年7月に、輸入雑貨販売のセンターロードが運営するAMCの顧客情報が流出する事件が発生すると、楽天は顧客情報の管理強化を決定した。当時の楽天は、決済や発送などを主に加盟店側に任せる形をとっていたため、顧客の住所やクレジット情報は、楽天と加盟店の両方が把握していた。AMCの顧客情報流出事件は、この脆弱性を突いたものであった。

 楽天は、加盟店が顧客情報に直接アプローチすることを禁じ、自社で顧客情報を一元管理する運用へと変更した。しかも、システム強化に伴い、楽天は決済手数料をそれまでの2%程度から一律3.6%へと引き上げた。出店料の引き上げと合わせると、加盟店は最大で売上の約8%を楽天に支払わなければならない(※2)。高い負担に耐えられない加盟店は、楽天創業時からの加盟店も含めて大量に流出してしまったが、楽天からすれば、自社の料金体系について来られる加盟店を暗黙のうちに取捨選択していたのであろう。


(※1)「【中小企業の大口顧客への依存】大口顧客依存のリスクを考えます。得意先を小口分散させてリスク軽減を図りたいものです」などを参照。
(※2)楽天の料金体系の変遷については、以下を参考にしている。

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椰野 順三

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