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July 25, 2012

マーケティングも、ソーシャルメディアを使ったコミュニケーションに限定されてはならない―『イノベーション実践論(DHBR2012年8月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2012年 08月号 [雑誌]

ダイヤモンド社 2012-07-10

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 前回の続き。前回はマーケティングとイノベーションの違いを私なりに述べてみたが、前回の記事の冒頭に書いた「イノベーションがマーケティングの領域を侵食している」というのは、例えば「資源配分の黄金比率 イノベーション戦略の70:20:10の法則」(バンシー・ナジー、ジェフ・タフ)の次の記述から感じ取れる。
 我々の調査で浮き彫りになった、卓越したイノベーション実績を誇る企業は、イノベーションに対する明確な展望を理路整然と説明できる。そして「中核的イニシアティブ」(※既存の顧客向けに既存の製品を最適化する)「隣接イニシアティブ」(※既存の事業から「自社にとって新しい」事業へと拡大する)「転換的イニシアティブ」(※ブレークスルー製品を開発し、まだ存在しない市場に向けた創出を行う)のバランスを事業全体で適正に保ち、これらさまざまなイニシアティブを、まとまりのある全体の一部としてマネジメントするツールとケイパビリティを備えている。
 「転換的イニシアティブ」はまさしくイノベーションだと思う反面、「中核的イニシアティブ」や「隣接イニシアティブ」はマーケティングの話なのではないか?と思うわけだ。また、「過去の失敗にも技術やアイデアの種がある 低予算イノベーションのすすめ」(ランス・A・ベッテンコート、スコット・L・ベッテンコート)の著者は、
 ほとんどの経営者は、イノベーションは100%新しいものでなければならない、と考える。理想的には世界中でだれも見たことがないものであり、最低でも、その企業にとって新しいものでなければならない。だが、たいていの企業では、過去の取り組みのなかにイノベーションや市場開拓の機会が眠っている。このイノベーション予備軍こそ、ことわざ「掌中の一羽は、叢中の二羽に値する」の一羽である。
と述べ、具体的な方法として、(1)販売に至らなかった案件を振り返る、(2)実際に販売されたものの、その特徴が十分に市場に受け入れられなかった製品を再評価する、(3)販売データの想定外の動きに着目し、顧客への提案方法を見直す、(4)バンドリング(補完的な製品との組合せ)を分解し、要素を独立させる、(5)顧客のワークフローから、バンドリングの機会を探る、(6)標準ユーザ向けに過剰設計を見直す、という6つの方法を提案しているが、事例を含めてよく読むと新製品開発のヒント集のようなものであり、必ずしもイノベーションと呼べるものばかりではないと感じた。

 要するに、自社にとって新しければ何でもイノベーションと呼んでいるだけのような気がしてならないのである。イノベーションに関する定義が私とDHBRで違うだけだと言ってしまえばそれまでなのだが、イノベーションにあまりにもいろんなものが流れ込んでしまっており、概念が希薄化する恐れがある。

 新しいければ何でもイノベーションと呼ぶ傾向は、何に対しても「戦略的」という言葉をくっつける傾向に似ている。戦略的マネジメント、戦略的マーケティング、戦略的管理会計、戦略的チームビルディング、戦略的リーダーシップ、戦略的交渉術、戦略的コミュニケーション、戦略的コミットメント、戦略的イノベーション(!)といった具合だ。ここまで「戦略的」という言葉が多用されると、「戦略的」=「よく考え抜かれた」ぐらいの意味しか持たず、戦略が本来有する意味合い、すなわち、企業がどの顧客に対して、どんな価値を、どのような差別化された手段で提供するのか?という意味合いからかけ離れてしまう。

 イノベーションによって領域が侵食されているマーケティングの方はというと、それはそれでまた1つ別の問題を抱えていると私は考える。AMA協会(アメリカマーケティング協会)は2007年にマーケティングの定義を改訂し、「マーケティングとは、組織とその利害関係者の利益となるように、顧客に価値を創造・伝達・流通し、顧客との関係を管理するための組織的な機能や一連の過程である」とした。ところが、その後のソーシャルメディアの登場によって、「顧客との関係を管理する」という部分が強調され、しかもソーシャルメディアを通じた「コミュニケーション」ばかりがクローズアップされる傾向があるように思える。

 さらにそのコミュニケーションも、「顧客に価値を創造・伝達・流通」するというマーケティングの本質から外れて、ややもすると”奇をてらった”コミュニケーションがよしとされているようにも思える。別の言い方をすれば、多少の過剰演出をも恐れず、顧客の興味を引いた人が勝ち、という理屈が働いていると感じるのである。その代表的な手法を、私は勝手に「3”じょう”マーケティング」と名づけた。

 例えば、アメリカのあるホテルは、パリス・ヒルトンが薬物所持で逮捕された際、同ホテルに彼女が立ち入ることを禁じる記事を自社ブログにアップした。すると、パリス・ヒルトンの逮捕を報じたネット上の記事のうち、約5,000本が同ホテルに言及し、ホテルの知名度が飛躍的に上がったというのである(田中正道著『ボイス―ソーシャルの力で会社を変える』[日本経済新聞出版社、2012年])。人々の関心が高いニュースに乗じて、自社のブランドや製品をPRするこの手法を、「便乗マーケティング」と呼ぶことにしよう。

ボイス ソーシャルの力で会社を変えるボイス ソーシャルの力で会社を変える
田中 正道

日本経済新聞出版社 2012-04-26

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 2つ目はネット上の炎上をわざと誘発して、人々の注目を集めると言う「炎上マーケティング」である。最近も、何かの映画の原作者が映画の出来を酷評したことで炎上が発生し、それがYahoo!で記事になっていた(面倒くさいのでどの記事だったか探すのは止めた。まぁ、Yahoo!に釣られた時点で私の負けなのだが・・・)。炎上マーケティングは、「そこまで酷いと評判ならば、試しに1度ぐらい買ってみようじゃないか」という心理に働きかける手法である。

 炎上マーケティングが敵対的であるのに対し、3番目に取り上げる手法は同情的なものである。去年だったと思うが、客が全く入らないことをtwitterでつぶやいていたとあるエスニック料理店が、これもまたYahoo!に取り上げられて知名度が上がり、客が入るようになったという出来事があったと記憶している(すごいあやふやな記述・・・)。また、今年になってからは、あるIT系ベンチャー企業が自社の赤字決算をプレスリリースで公開し、このままではサービス停止になってしまうと赤裸々に告白したことが話題になった。

 ゲーリー・スペンス著『議論に絶対負けない法』(三笠書房、2012年)によれば、人は相手が望んでいるものを率直に求められると、たいていの場合はノーと言いにくいのだという。同書では、著者がロンドン滞在中に訪れた市場で、ある農家の老人から「だんな、わしの野菜買ってくだせぇよ。お金が必要なんでさ」と言われ、思わずニンジンを1袋買ってしまったエピソードが紹介されている。エスニック料理店やIT系ベンチャー企業の例もこれと似ている。とどのつまり彼らは「うちの製品やサービスを買ってくれ」と切実にアピールしているのである。その切実さに胸を打たれた人たちは、エスニック料理店に足を運び、ITサービスを利用する。このように人の情に訴える手法を「人情マーケティング」と名づけよう。

議論に絶対負けない法: 欲しいものを手に入れる「必勝のセオリー」議論に絶対負けない法: 欲しいものを手に入れる「必勝のセオリー」
ゲーリー・スペンス 松尾 翼

三笠書房 2012-02-17

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 以上、「便乗マーケティング」、「炎上マーケティング」、「人情マーケティング」の3つを合わせて、「3”じょう”マーケティング」と命名したわけである。ただし、「3”じょう”マーケティング」によって一時的に知名度を上げることはできても、その効果が長続きするかどうかはかなり不透明である。ソーシャルメディアを使ったマーケティングの本質は、もっと別のところにあるはずだ。さらに、根本に立ち戻れば、ソーシャルメディアを使ったマーケティングは、マーケティングのごく一部に過ぎないことを忘れてはならない(今回の記事の後半は、DHBRの内容とは全く関係ないな(汗))。

 (続く)

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