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May 21, 2012

高齢社会のビジネス生態系に関する一考(1)―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』

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 先日の記事「アメリカ金融帝国主義が本当なら経営学は何のためにあるのか?―『「競争力再生」アメリカ経済の正念場(DHBR2012年6月号)』」で触れたポーターらの論文を基にもう1本記事を。

構造的な問題の克服への提言 それでもアメリカ経済は成長する(マイケル・E・ポーター、ジャン・W・リプキン)
 就労年齢の多くの国民が仕事を見つけられない、あるいは探そうともしない経済状況は、短期的には高い生産性をもたらすように見えても、競争力における本質的な問題をはらんでいる。国家の真の競争力を示すのは、現在雇用されている人材ではなく、雇用可能な人材一人当たりにつき、どれだけの生産高を生み出せるかである。

 競争力の向上は雇用の創出と同義ではない。政策立案者は、建築業など、国際競争にさらされていない地場の労働集約型産業の需要を人為的に高めることで、短期的に雇用を刺激することができる。しかし、生産性の向上がないまま雇用を創出しても、国家の生活水準を高める持続可能な雇用にはつながらない。
 アメリカは、1990年代後半から2000年代前半にかけて他の先進国よりも高い生産性を記録し、金融危機以降も生産性を維持してるものの、実は統計上のからくりが潜んでいる。生産性は「付加価値額÷労働力人口」で算出されるため、企業が人員を削減しながら高付加価値路線へと突き進めば、数字上は生産性を高めることができる。しかし、その一方で失業率が高止まりしているのは周知の事実である(随分昔にこのブログでも、アメリカと似たようなことが日本でも起きている可能性を指摘したことがあった[文章がかなりプアーだが・・・]⇒「労働生産性が向上しても労働力人口の割合が低下すれば1人あたりGDPは減少する」)。

 「競争力の向上は雇用の創出と同義ではない」という部分を読んで、最近のNTTのニュースを思い出した。
 NTTグループの主要各社が来年度から、30代半ば以降の社員の賃下げを計画していることがわかった。浮いた人件費を、新たに導入する65歳までの再雇用制度に回す。政府は来年度から、企業に60歳以降も働き続けたい人の再雇用を義務づける方針で、人件費の総額を抑えるために追随する動きが広がりそうだ。
(「NTT、30代半ば以降の賃下げ計画 再雇用費に充当」毎日新聞、2012年4月22日)
 未曽有の高齢社会の突入に向けて、政府は高齢者の雇用を確保しようと法案を準備しているが、その結果がこれである。企業はシニア層のために新たに仕事を創り出すのではなく、社員全員で痛みを少しずつ分け合って、シニア層の給与を捻出しようというのだ。企業が富の再配分機関になってしまっては、競争力の向上は見込めない。富の再配分はあくまでも政府の役割であって、企業の役割は富を”創出”することである。

 こうした動きが他の企業にも広がると、企業はシニア人材の雇用維持を優先するために、賃金の再配分に加えて、若手社員の採用も抑制するようになるだろう。現在、多くの企業で社員の年齢構成をグラフ化してみると、バブル期に大量採用したミドル層が膨れ上がった「ひし型」になる。ところが、数十年後にはそのミドル層がシニア層へ移行し、さらに若者の採用が削減されれば、年齢構成のグラフは「逆三角形」になるに違いない。数十年後の社会は、高齢者がマジョリティ、若者がマイノリティになるのである。だが、歴史を振り返ると、社会を不安と混乱に陥れるのは、マジョリティではなく、マイノリティが声を上げた時であることを忘れてはならない(最近の例で言えば、2006年にフランスで起きた若者の暴動や、ニューヨークを中心に世界中に広がった昨年の「格差社会反対キャンペーン」はその典型例だ)。

 では、来たるべき高齢社会には、どういうビジネス生態系が望ましいのだろうか?かなり極端で乱暴な論法かもしれないけれども、ここで1つのシナリオを示してみたいと思う。その前に、前提条件を整理しておく。前半2つは組織の基本的な原則であり、後半2つは今後予想される政策に関するものである。

<前提1:組織は年功序列的なピラミッド型が最も安定する>
 どんなに組織のフラット化が進んでも、階層が完全になくなることはない。なぜならば、業務や役割の難易度によって序列が作られるし、また一定数の社員をマネジメントして、彼らの成果に対して責任を負うべき人間が不可欠だからだ。

 しかも、そのピラミッド構造は年功序列的である方が安定する。もっとも、私自身は年功序列の人事制度には消極的な立場を取っている。事業環境の変化によって、年上の社員の能力よりも年下の社員の能力の方が重要になれば、年下の社員を上司として、その下に年上の社員がつく、という人員配置が今後は増えると考える(以前の記事「これからの人事制度は「上を下への人事異動」が必要になる?」を参照)。とはいえ、社内のあちこちで、例えば30代の上司の下に50代、60代の部下ばかりがずらりと並ぶという組織は考えにくいし、よくも悪くも封建的な精神を受け継いでいる日本人には合わないようにも感じる。

<前提2:企業が成長するためには、ピラミッドの下層の人員を増やす必要がある>
 これは敢えて補足するまでもないだろう。ピラミッドの形を維持したまま組織の規模を大きくするには、ピラミッドの下層、すなわち若手社員を増やし続ける必要がある。バブル崩壊後に新卒採用を絞った企業では、バブル期に大量採用した現在のミドル層が十分な数の部下を持つことができず、長い間プレイヤー中心で働いてきたために、マネジメント能力が不足していると言われる。その結果、数少ない若手社員さえもうまく育成できず(最悪の場合、彼らの成果をミドル層が横取りする、などということまで起こる)、若手社員のモチベーションを阻害してしまう。モチベーションの低下は組織全体に伝播しやすく、業績の足を引っ張るリスクが高まる。

 この「プレイヤーとしては優秀かもしれないが、マネジャーとしては中途半端」な状態のミドル層に企業は手を焼いているから、「【企業幹部が激白】クビにしたい40代の特徴」(日刊SPA!、2012年4月23日)などという穏やかでない記事まで出る始末なのである(←まぁ、ここでネタ系雑誌の記事を持ってくるのもいかがなものかと自分でも思うわけだが・・・)。

 (残りの2つの前提条件は次回の記事で)

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