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January 07, 2012

「戦略を全社員に浸透させる仕組み」の解説書といった感じ―『リーダーシップ・サイクル』

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リーダーシップ・サイクル―教育する組織をつくるリーダーリーダーシップ・サイクル―教育する組織をつくるリーダー
ノール・M. ティシー ナンシー カードウェル Noel M. Tichy

東洋経済新報社 2004-12

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【998本目】1,000エントリーまであと2。

 著者のノール・M・ティシーは、GEのジャック・ウェルチの下でクロトンビル研究所におけるリーダー育成トレーニングの体系を構築した人物。本書は邦訳の出版が2004年とやや古く、現在のGEとは事情が異なる部分もあるだろうが、GEが戦略策定・実現や人材育成に関して取り入れた様々な制度や仕組みが解る本である。

(1)1年で1周するよう整然と設計されたGEの「オペレーティング・システム」
 タイトルにある「リーダーシップ・サイクル」というコンセプトが何を指しているのかやや解りにくかったのだけれども、私なりに解釈すると、「トップが構想した戦略を全社員に浸透させて実行に移し、フィードバックに基づいて新たな戦略を構築するサイクル」を意味していると思われる。本書では、トップが構想する戦略は「教育的見地」と呼ばれており、教育的見地の構築と浸透を繰り返すサイクルが根づいた組織のことを、著者は「教育する組織」と名づけている(ピーター・センゲの「学習する組織」とは異なる点に注意)。
 リーダーは4つの基本的な構成要素を中心とした教育的見地を持たなければならない。4つの構成要素を使ってリーダーは躍動感に富み、人々を魅了するストーリーをつくりあげる。ストーリーを通じてリーダーは会社の現状、未来への方向性、それを達成する戦略を理解するのである。(※4つの構成要素とは、「アイデア」、「価値観」、「感情エネルギー」、「エッジ(大きな決定の力)」とされる。詳細は本書p132〜170を参照)
 勝利するリーダーは教師であり、勝利する組織は教育を奨励し、教育した者を評価する。しかし要はそれだけではない。勝利する組織は意図的に教育する組織になろうとしているのであり、ビジネス・プロセスも、組織構造も、日々の業務も、すべて教育を促進するようにつくられている。
 教育する組織は学習する組織といくつかの点で大きく異なっている。両組織とも企業の成功のためには、従業員は情報や新しい発想、スキルを身につけなければならないという考えを支持しているのだが、教育する組織はそれに加えて、全員が学習者であると同時に教育者でもあるという点を非常に重視している。あらゆる活動が教育と学習につながるという考えが受け入れられると、強力な自己保存機能が組織に生まれて、組織のあらゆる階層で知識が創造され、社員間で共有されるようになる。
 戦略立案・実行のサイクルの例として、本書ではウォルマートに言及している箇所がある。
 ウォルマートのリーダーが毎週現場に出て週末には本社に戻り、発見したことを共有している一種のプロセスは、ウォルマートが戦略を週単位で調整するために使っている業務運営メカニズムである。現場に出ると役員は店舗マネジャーや顧客、競合に教えてもらう。同時に、彼らも店舗マネジャーを教育し、コーチする。さらに本社に戻ると、役員は自分が学んだことを同僚と共有し、一緒になって戦略を練り直す。最終ステップは、役員から教育を受けたうえで、店舗マネジャーが実践に移すということである。
 こうしたサイクルは、多かれ少なかれどの企業でも見られるものだ。セブンイレブンや楽天などは、毎週月曜日に早朝会議を開いて、店舗運営コンサルタントやスーパーバイザー向けに自社の戦略を説明したり、戦略の実現度合いを確認したりしている。

 これに対し、GEのサイクルは1年がかりで1周する、もっと大がかりなものである点に特徴がある。詳細は本書p340を参照していただくとして、サイクルの概要を簡単にまとめるとこうだ。まず、秋になるとウェルチが自分の教育的見地をまとめ、10月の経営幹部会でその内容を役員と共有する。10月から年末にかけて、年明けに開催されるシニア・マネジャーを対象としたミーティングに向け、翌年の戦略と重点施策を具体化していく。そして1月からは、シニア・マネジャー、事業部門リーダー、現場社員を対象としたカウンシルを順番に開催していき、戦略の内容を組織の隅々まで浸透させる。戦略の進捗に関しては、四半期ごとに再び階層別のカウンシルを開き、その中で確認を行うことになっている。

(2)「知」というソフト・パワーの行使にあたり、ハード・パワーも併用する
 リーダーはフォロワーが望ましい行動をとるように、様々な形でパワーを発揮する。高い報酬でやる気を上げ、逆に罰をちらつかせて恐怖心を煽る。これは、アメリカの政治学者ジョセフ・ナイの言葉を借りれば、「ハード・パワー」の一例である。一方、「教育的見地」という「知的パワー」は、知が持つ魅力によって人々を惹きつけようとするものであり、一見すると「ソフト・パワー」のように感じる。

 しかしながら、以前の記事「従来の「ソフト・パワー」は「知的パワー」として再構成できるのでは?―『スマート・パワー』(1)(2)」で述べたように、「知的パワー」にも、ハードとソフトの両面があると考えられる。優れたリーダーはこの点をよく理解しており、実際に行動に移していることが本書から読み取れる。例えば、GEファイナンシャル・サービシーズのトップであったボブ・ライトがNBCのCEOに就任した際、ライトは自らの教育的見地を活用して社員の結束を高めるべく、ハード・パワーを行使した。具体的には、議論を重ねても変わろうとしない役員を容赦なく解雇したのである。

 だが他方で、ライトはソフト・パワーの行使を決して忘れてはいなかった。ハード・パワーの行使と同時に自らをオープンにして自分の希望を周囲に伝えたり、他者の希望や恐怖、アイデアによく耳を傾けたりしたという。知的パワーの発揮には、ハード/ソフトの両面が伴う。本書を読む限り、ウェルチも、ウェルチの後継者であるジェフ・イメルトも、自らの教育的見地の実効性を高めるために、ハード/ソフトの両パワーをうまく組み合わせている。

(3)著者はボトムアップ型のリーダーシップに対して懐疑的?
 本書を読んで1つ物足りなかったのは、全体を通じてトップダウンのリーダーシップに焦点が当たっており、ボトムアップのリーダーシップがほとんど登場しなかった点である。トップダウンとボトムアップのリーダーシップが両輪で機能する「デュアル・リーダーシップ」を理想とする私としては、GEの事例はトップダウンの色が強すぎると感じた。

 確かに、事業部門のリーダーや現場社員は、トップの教育的見地を完成させるのに必要な情報を提供したり、教育的見地を補完するアイデアを提供したりすることで、部分的にボトムアップのリーダーシップを発揮している。しかし、トップの教育的見地の大きな間違いを正したり、トップの教育的見地を超える教育的見地を編み出したりするような強烈なボトムアップのリーダーシップは、本書には全くと言っていいほど登場しない。

 これは、著者がトップダウンのリーダーシップを強く信奉しており、ボトムアップのリーダーシップに対して懐疑的であることが影響していると思われる。特に、クレト・レヴィンの「民主型リーダーシップ」に端を発する一連の学説をかなり痛烈に批判している。
 (クレト・レヴィン以来、)パワーとリーダーシップについて、せいぜいよくて非常にあいまいな考えを持つ学者や実践家からなる、きわめて著名なグループが存在している。彼らは変革をボトムアップ的に、草の根活動として巻き起こる活動と定義している。特に最近は、非常にバイアスのかかったアンチ・リーダーシップ的な意見も強く出されるようになっている。

 彼らの議論は、企業が勝利するのは非常に強力で1つにまとまった文化があり、それゆえに勝利する行動が起こるというものだ。そのために強力なリーダーシップに反対するバイアスが生まれる。しかし同じデータを分析して私が考えるのは、彼らの意見はまったく間違っているということである。
 とはいえ、著者がボトムアップのリーダーシップを完全に排除しているかというと、そういうわけでもなさそうだ。別の箇所では、
 ミッションや計画の達成は、トップ・リーダーの焦点がどれだけ定まっているか、リーダーがどれだけ教育を行うかにかかっている。草の根運動が起こるかどうかも、リーダーがそのような環境をつくれるかどうかにかかっている。
と述べており、トップダウンとボトムアップのリーダーシップが交錯する可能性を匂わせている。事実、本書で唯一例外的にボトムアップのリーダーシップの事例が取り上げられている箇所があり、その事例では何と、「新入社員がトップの教育的見地を塗り替える」という事態が起きている。
 トリロジー・ソフトウェアに入社したての21〜22歳の大学卒新入社員たちがジョー・リーマン(※トリロジーソフトウェアの創業者)に対して、インターネット上で車を販売するというアイデアを突きつけてきた。その当時、eコマースというコンセプトはまだ初期の段階で、イーベイもアマゾン・ドットコムもビジネスを開始したばかりであった。リーマンは彼らに対して、「それはばかげたアイデアだ。どれだけディーラーがeコマースの進出を嫌がり、妨害しようとしていると思っているのだ」と諭した。(中略)

 現在、トリロジーは自動車関連ビジネスで大きな収益を上げている。この重要なマーケットに初期段階で投資をし、陣地を早い段階で獲得してしまい、強力なポジションを築きあげたのだ。これらはすべて6人の新入社員の主張から始まった。「ばかなのはわれわれではない。リーマンがばかなのだ」という主張から。(中略)

 その後、リーマンは新入社員教育の場であるトリロジー大学を、新入社員による基礎研究と製品開発研究所を兼ね備えた組織と位置づけるようになった。1997年以来、トリロジーは新入社員の「ばかげた」アイデアから数多くの新商品を開発し、発売している。
 もちろん、新入社員の教育的見地の内容を点検する上では、トップの側にも確固たる教育的見地が不可欠である。お互いの見解が異なるからこそ、深い議論ができるというものだ。

 双方の議論を通じて、市場や顧客、技術や競合、自社の組織能力や文化に対する見方が修正されていき、より確度の高い戦略が構築されていく。逆に、考えを持たない相手と議論をし、何か新しい知見を生み出すことはできない。ボトムアップのリーダーシップが生まれる条件として、トップダウンのリーダーシップが欠かせないという著者の主張は、この意味で理に適っていると思う。トリロジー・ソフトウェアの事例だけでなく、GEの「デュアル・リーダーシップ」に関する考察がもっと多ければ、本書はもっと面白かっただろうと思う。

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