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October 31, 2011

従来の「ソフト・パワー」は「知的パワー」として再構成できるのでは?(2/2)―『スマート・パワー』

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ジョセフ・S・ナイ
日本経済新聞出版社
2011-07-21
posted by Amazon360

 (前回の続き)

 文化とは、映画や音楽、アートや文学作品が中心であるから、別の表現を使えば「コンテンツ」となるだろう。また、もっと広い意味で捉えれば、文化は国民の「知的な資産」であるとも言える。そこで、文化を含む第4のパワーを、ソフト・パワーではなく、「知的パワー」として再構成することが可能なのではないだろうか?「知的パワー」の中身を私なりに試みたのが下表である。

具体的な手段 資源 活用能力
(1)デファクトスタンダードの形成 ・デファクトスタンダードそのものの有用性 ・ステークホルダーを巻き込む交渉力
・高度な機能よりも利便性を追求した規格・基準の策定能力
(2)知的財産の保護 ・知的財産をグローバルレベルで保護する法体系
・法律運用のための専門的人材
・知的財産に関する法体系に精通した人材を国家レベルで育成する能力
(3)文化の発信
(a)エリート層レベル=官僚の人材交流、留学生の受け入れなど
(b)大衆レベル=映画・音楽・文学作品の輸出など
・文化そのものの魅力 (a)エリート層レベル
・相手国内で影響力を有するエリート層を特定し、自国の文化を売り込むマーケティング力
・高等教育機関、およびその周辺地域における留学生の受け入れ体制の整備する能力
(b)大衆レベル
・コンテンツ産業の構造的な不備(劣悪な労働環境など)を是正する能力
・文化の担い手を育成するために効果的な教育投資を行う能力
(4)経済・社会基盤の高度化を支援する具体的な技術・ノウハウの提供 ・実績のあるノウハウ自体の有用性・魅力
・上記の技術・ノウハウを蓄積する業界別/領域別専門組織
・自国の強みとなる技術・ノウハウを特定し、それを必要とする国へと売り込むマーケティング力
・多様な国・地域で自国の技術・ノウハウを提供できるグローバル人材を国家レベルで育成する能力

 文化は、相手国がそれを受け入れるかどうか自由であるという点で、ソフトな知的パワーと言える。それでは、知的パワーのハードな側面、すなわち、自国の知的資産を相手にも強制できる手段とは何か?その1つが「デファクトスタンダード」であろう(※12)。通常、デファクトスタンダードは、マイクロソフトのWindowsやブルーレイのように、市場での競争を通じて形成されるものだ。ところが、中には国策としてデファクトスタンダード化を進めるべきものもある。デジタルテレビ放送の規格は、その一例である。

 デジタルテレビ放送の規格には、 DVB(欧州において開発され、50以上の国で採用)、ATSC(アメリカで開発された地上波用規格で、北中米地域や韓国で採用)、ISDB(日本で開発された規格で、採用は日本のみだが、南米諸国は派生規格SBTVD-Tを使用)、SBTVD-T(ブラジルをはじめとする南米諸国で採用されているほか、フィリピンでも採用が決定)、DTMB(中国方式のデジタル放送で、ラオスが採用)がある(※13)(※14)。

 諸外国は、自国の規格を新興国や途上国に売り込もうと国を挙げて取り組んでいる。それに比べると、日本はどうも腰が重いように見えて仕方がない。一応、南米諸国を中心に日本の規格が導入されたことにはなっているものの、南米諸国が導入しているのは、ISDBを改良したSBTVD-Tであり、純粋にISDBを導入しているのは日本だけである。ここでもまた、ガラバゴス化の悪夢が脳裏をよぎる(※15)。

 「βマックス VS VHS」や「ブルーレイ VS HD DVD」などの規格争いの歴史を振り返ると、技術的に優位な方が勝つとは限らず、使い勝手がよくてコストパフォーマンスに優れた規格が勝利することが多い。消費者にとって重要なのは、美しい画質を保つ技術などではなく、長時間録画できることなのである。規格争いにおいては、この点に留意する必要があるだろう。

 デファクトスタンダードは、自国の技術や製品を他国にも半ば強制的に使わせる手段(言い方に品がないが・・・)であるが、逆に自国の技術や製品を他国に勝手に使わせないようにする防衛策も用意しなければならない。それが2番目に挙げた「知的財産の保護」である。模倣品の製造や特許の無断使用など、知的財産の直接的な侵害に対しては断固たる措置を取るべきなのは論を待たないが、知的財産の”間接的な侵害”にも今後は注意を払う必要がありそうである。

 先ほど登場した「ブルーレイ VS HD DVD」は、ソニー、パナソニック陣営のブルーレイが勝利を収め、東芝、ワーナー・ブラザーズ陣営のHD DVDの敗北で幕を下ろしたように見えたけれども、実はここで話が終わったわけではない。2008年8月、中国政府は中国独自のDVD規格である「CBHD」をスタートさせたが(※16)が、実はその裏で東芝のMr.DVDこと山田尚志氏とワーナーホームビデオ元社長ウォレン・リーバファーブ氏が動いていたという話もある(※17)。

 さらに悪いことに、中国企業は東芝からHD DVD関連の部材や金型など一式を安く買い叩き、それを使って製造している上に、東芝で光ディスク関連の仕事をしていた技術者も大量に中国側に渡っており、部品だけでなく光ディスク関連の技術までかなり流出しているらしい(※18)。仮に、中国で安く生産されたCBHDおよびCBHD対応レコーダーが日本に大量に入ってきたら、ブルーレイは中国勢に太刀打ちできなかったかもしれない。

 もっとも、最近ではテレビに最初から大容量のHDDがついており、わざわざDVDを買って録画する必要もなくなってきたので、その心配はなさそうである(※19)。ただ、DVDをめぐる規格争いから言えるのは、「勝者の知的財産だけでなく、敗者の知的財産も保護する仕組みを整えなければならない」ということである。規格が高度になればなるほど、敗者が抱える知的財産は膨大になる。敗者の知的財産が安易に他国(特に新興国)に流れないようにすることも、政府や法律の役割になるのかもしれない。

 以上が「知的パワー」のハードな側面であったが、ソフトな側面としては、まず第一に、元々の「ソフト・パワー」から「政治的価値観」、「外交政策」を取り除いた「文化」が挙げられる。文化はさらに、エリート層で影響力を持つ文化と、大衆レベルで影響力を持つ文化に分けられる。大衆レベルでの文化は、基本的に市場でやりとりされる性質のものであるから、政府が関与できる余地は少ない。とはいえ、政府にもやらなければならない仕事がある。

 日本のマンガやアニメは世界で高い評価を受けているものの、クリエイターの労働環境は劣悪であると言われる。また、クリエイターを積極的に育成する仕組みも乏しい。東京都がニューヨークに倣ってクリエイター育成事業を立ち上げたことはあるものの、全国的な動きにまでは発展していない。コンテンツ産業の構造的な欠陥の是正が、これからの政府や各地の自治体には求められるだろう。

 「知的パワー」の最後に掲げた「経済・社会基盤の高度化を支援する具体的な技術・ノウハウの提供」は、以前の記事「「パワーの資源⇒活用能力⇒具体的な手段」のモデルに沿った各パワーの整理―『スマート・パワー』」で取り上げた「経済力パワー」に関して、「開発援助だけでは不十分だ」と述べた部分と関連している。

 アフリカの子どもたちにワクチンを提供するための資金をポンと渡すだけではなく、衛生状態の改善や医療体制の整備、農業の生産性向上、食料品の安全性確保、子どもたちの疾病・栄養改善の状況をモニタリングする仕組みの導入など、先進国が持っているノウハウや技術と合わせて提供することが、「知的パワー」におけるソフト面になると考えられる(※20)。

 (これで本当に終了。ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、ありがとうございました)

(※12)市場の実勢によって事実上の標準となった規格を「デファクトスタンダード(de facto standard)」と呼ぶのに対し、公的機関や標準化団体が策定した標準規格を「デジュリスタンダード(de jure standard)」と呼ぶそうだが、今回の記事では特に区別をせずに「デファクトスタンダード」とした(「放送規格は市場が選択するデファクトスタンダードではなく、国策によるデジュリスタンダードである」を参照)。
(※13)中国のDTMB以外の規格については、「デジタルテレビ放送 放送技術の規格|Wikipedia」を参照。
(※14)中国のDTMBについては、「じじぃの「TD-LTE規格・中国の世界標準戦争!WBS」(老兵は黙って去りゆくのみ、2011年1月7日)」を参照。
(※15)Wikipediaでは、日本のデジタル放送規格は、すでにガラバゴス化扱いされている(「ガラパゴス化」の「デジタルテレビ放送」の項を参照)。
(※16)「中国版高精細光ディスク「CBHD」が始動」(日経BPnet、2008年8月1日)
(※17)「HD DVDの敗戦 後編」(Outsider-Bros.、2008年6月5日)
(※18)「中国独自次世代DVD規格「CBHD」用プレーヤーの正体」(ポケットニュース、2008年8月15日)
(※19)「特需終わったBDレコーダー、2カ月で1万円安も」(日本経済新聞、2011年9月20日)
(※20)参考までに、私が以前書いた記事「日本が生き残る道は世界に向けた「技術と文化の発信」ではないか?」のリンクを載せておく。

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