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October 11, 2011

リーダーのスキルの羅列にとどまらず、「倫理性」にまで踏み込んだ議論を展開―『リーダー・パワー』

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ジョセフ S ナイ
日本経済新聞出版社
2008-12-17
posted by Amazon360
 本書を読んで私が感じた4つの特徴の続き。

(3)「有能なリーダー」と「倫理的なリーダー」の違い
 本書がリーダーに求められるスキル(先日の記事「「ハード・パワー」「ソフト・パワー」と、両者の橋渡し役「スマート・パワー」の整理―『リーダー・パワー』」を参照)の羅列だけで終わっていたならば、おそらく「巷によくあるリーダー入門書」と同じような位置づけで片づけてしまっていたことだろう(同じく先日の記事「主要なリーダーシップ論の個人的整理―D・E・メイヤーソン、P・センゲ編」を参照)。

 だが、ナイはハード・パワーもソフト・パワーも、それ自体はリーダーの善悪を規定しないという立場をとる。これはちょうど、お金そのものに善悪は存在せず、使う人間によってよくも悪くもなるのと似ている。リーダーシップの場合は、ハード・パワーとソフト・パワーを使うリーダーが、両者を状況に応じて適切に使い分けるスキル、すなわちスマート・パワーを有しているかどうかによって、善悪が決まる。

 この点を踏まえて、ナイはリーダーを「有能なリーダー」と「倫理的なリーダー」に区別する。ナイが例として挙げているヒトラーは、「有能なリーダー」ではあったが、「倫理的なリーダー」ではなかった(最終的には、ドイツを敗戦へと導いたので、ヒトラーは「有能なリーダー」ですらなくなった、とナイは述べている)。そして、双方の違いを、(1)リーダーが追求する目標、(2)目標を達成するための手段、(3)リーダーがもたらす結果という3つの観点から、以下のように整理している。

 《有能なリーダー》
 (1)目標:実現可能なビジョンの中で現実主義とリスクを結びつける
 (2)手段:目的へ到達するのに効率的な手段を選択する
 (3)結果:集団の目標を達成することに成功する

 《倫理的なリーダー》
 (1)目標:道徳な意図とビジョン
 (2)手段:用いられる手段の質を重視する
 (3)結果:集団内部の人々と外部の人々の両方にとってよい結果をもたらす

 「主要なリーダーシップ論の個人的整理」シリーズを振り返ってみると、リーダー自身の価値観に素直に従い、価値観や信条に立脚した明快なビジョンを掲げるべきだと説くリーダーシップ論が非常に多いことに改めて気づかされる。しかし、リーダーの価値観やビジョンは、頭に浮かんだ時点では、あくまでもリーダー個人のものにすぎない。確かに、客観的な事実がどうであれ、個人の価値観を強く信じることがよい結果に結びつくこともあるものの(※1)、それを集団の利益へと結びつけるシナリオを描く必要がある(※2)。

 しかも、リーダーと結びついている集団は1つとは限らない。リーダーは、自らの行動によって多かれ少なかれ影響を受ける様々な集団と対峙することが求められる。むしろ、異なる利害やニーズを抱えた複数の集団と同時に向き合わなければならないことの方が多いだろう。

 リーダーは、自らの価値観やビジョンが、各集団にとって何を意味するのか、各集団にどのような変化を求めているのかを伝える。それとともに、それぞれの集団の要求や関心事をつぶさに把握する。リーダーと集団双方の深いコミュニケーションを通じて、リーダーは価値観やビジョンの一部を見直し、各集団は「これだけは譲れない」というニーズと、変革のために(あるいは、他の集団や社会全体のために)変更や譲歩をしてもよい要求を区別していく。

 このプロセスの中で、リーダーと集団は、意見を擦り合わせ、調整し、時に対立を繰り返しながら、最適な未来像をを徐々に明確化し、その目標の倫理性や道徳性を厳しく検証していく。この検証プロセスの有無が、「有能なリーダー」と「倫理的なリーダー」を分ける境目になると考えられる。「有能なリーダー」は、得てして最初から特定の個人や集団に肩入れしているものだ(ヒトラーはドイツ国民のことは考えたが、周辺国のことは全く頭になかった)。

 最適な未来像と言っても、リーダーと各集団のニーズからいいとこ取りをして結論を導く「妥協」とは異なる。時間をかけてコミュニケーションを図った結果、特定の個人や集団の利害に偏った未来像が導かれることもある。重要なのは、個人や集団の利益そのものを公平に扱うことではなく、検討プロセスの公平性である。

 どれだけ時間をかけて説得を試みても、利己的な態度を崩さない個人や集団は、リーダーの手によって追放されることもある。あるいは、そこまで保身に走っていなくとも、最適な目標の実現にはふさわしくないと判断された個人や集団も、同じようにリーダーの手によって抹消される。こうしたハードな面も兼ね備えた一連のコミュニケーションこそが、「対話(ダイアローグ)」という名にふさわしいだろう(※3)。倫理的なリーダーは、道徳的な目的を実現するために、非情な手段を使わねばならないこともあるのである。

(4)結果の大きさだけで評価されるリーダーシップへの慎重論
 我々は、(自分がリーダーと何らかの関係を有している場合を除き、)リーダーが当初目指していた目標や、実施を目論んでいた手段に関して、リーダーが行動している間に知ることが難しい。そのため、どうしてもリーダーがもたらす結果の大きさだけに着目してしまう。ある特定のリーダーが目覚しい成果を上げた時に初めて、そのリーダーはもともと何を意図していたのか、また目的を達成するためにどのような手段を用いたのかを、過去に遡って考察し始めるものである。

 しかし、このアプローチには2つの問題がある。1つ目は、重大なミスを防いだ”陰のリーダー”を埋没させてしまうという点である。これはまさに、以前の記事「「たくさん働けば、その分報われる」という価値観が組織を壊すことも―『リーダーシップ 真実の瞬間(DHBR2011年5月号)』」でも取り上げた話でもある(※4)。

 大問題を解決したマネジャーは英雄扱いされ、多大な賞賛を浴びる。ところが、「ヒヤリハット問題」という言葉があるように、深刻な問題が発生するまでには、多数の小さなミスが積み重なっているものだ。そうした小規模の問題が日常的に発生していた時、このマネジャーは一体何をしていたのだろうか?小さなミスには見向きもせず、問題が深刻化した時に初めて腕を振るうマネジャーよりも、小さなミスを減らす努力をコツコツと重ねていたマネジャーの方が、実は価値の高いリーダーなのではないだろうか?

 もう1つの問題は、ナイが紹介している「道徳的運」という問題である。この問題は、哲学者バーナード・ウィリアムズによって提起されたものである。多くのリーダーは、ごく普通の隣人がやったら当然非難されるような膨大な犠牲を、自分の家族に課してきた。にもかかわらず、彼らは、その後達成した業績により免責されている。ウィリアムズは、画家のゴーギャンが家族を捨てて、タヒチへ旅立った話を取り上げている。

 これと似たような話を、「だから「楽観主義」という言葉は好きになれない―『失敗に学ぶ人 失敗で挫折する人(DHBR2011年7月号)』」という記事でも取り上げた。この記事では、

(A)度重なる事業の失敗を重ねて周囲の人たちに甚大な損失を与えたが、最終的には過去の損失を上回る大規模な事業を育てた人
(B)小規模の事業で数回失敗した後、中規模ではあるが継続的に利益が出る事業を作り上げた人

の2人がいるとして、トータルの損益の金額が同じだとしたら、社会的にはどちらの方が賞賛に値するのだろうか?という問題を提起してみた。

 この2つの問題に答えることは容易ではない。1つ目の問題に関しては、小さなミスの撲滅が大事故の阻止にどの程度役立っていたのか、その因果関係の強さを紐解き、会社が蒙らずに済んだ事故対応コストを算出しなければならないのだが、そんな金額をどうやって計算すればよいのだろうか?

 また2つ目の問題に関しても、目に見える金額以外の損得や利害をどのように捉えれえればよいのだろうか?。先ほどの例で言えば、失業によるダメージで精神病に冒された社員が、病気になっていなければ稼げたであろう利益や、ゴーギャンに見捨てられた家族の不幸の大きさは、リーダーの評価にどの程度の影響を及ぼすのだろうか?あるいは、(A)のリーダーの下で事業の失敗を味わい、失業した社員が、その時に得た教訓を基に起業して後に大成功を収めたとすると、この社員を失業に追い込んだ(A)は、どのように評価するのがふさわしいのだろうか?(ハーバード大学のサンデル教授が好んで取り上げそうな問題だ)

(※1)以前の記事「旧ソ連の共産主義が敗れたのは大衆文化を輸出しなかったせい?(2/2)―『ソフト・パワー』」を参照。
(※2)以前の記事「価値観に従った行動のシナリオがどこまで描けているかがポイント―『「本物のリーダー」養成講座(DHBR2011年2月号)』」を参照。
(※3)以前の記事「「対話」という言葉が持つソフトなイメージへのアンチテーゼ」を参照。
(※4)全くの蛇足で大変恐縮なのだが、8月にこの記事がヤフーのニュースページの下に”参考記事”として紹介されたことがあった。

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 おかげで、その日のブログのアクセス数がとんでもないことになり、1か月の平均PVをわずか2時間足らずで上回るという結果に(笑)。「やっぱりポータルサイトってすごいんだな」と思った。ちなみに、8月のGoogle Analyticsのグラフはこんな感じ。念のため断っておきますが、他の日のアクセス数がゼロだったわけじゃないですよ。

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