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September 26, 2011

旧ソ連の共産主義が敗れたのは大衆文化を輸出しなかったせい?(1/2)―『ソフト・パワー』

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ジョセフ・S・ナイ
日本経済新聞社
2004-09-14
posted by Amazon360
 (前回「映画や音楽などの大衆文化も外交上の重要なパワー源になる―『ソフト・パワー』」の続き)

 「自国の魅力によって他国を惹きつけ、他国が自国の真似をすると、かえって自国のプレゼンスが下がり、他国を惹きつけられなくなる」というパラドクスを克服するには、「表面的には魅力を真似できそうに見せかけて、裏では完璧なコピーを阻止する”隠れた資源”を保持しておく」ことが重要になるだろう。この考え方は、戦略論における「資源ベースの競争戦略」に通じるところがある。J・B・バーニーが提唱したVRIOフレームワークは、経営資源の競争力を測定するフレームワークであるが、その尺度の1つに、"I"=Imitability(模倣可能性)が含まれている(※3)。

 マイクロソフト(MS)のOfficeを例にとると、MS Officeとほぼ同じ機能を持ち、MS Officeで作成されたファイルとの互換性も担保されているソフトが既にいくつも登場している(有償のソフトであればKingsoft Officeなど、無償のソフトであればOracleが所有するOpenOffice.orgなど)。ところが、いずれもMS Officeの圧倒的なシェアを切り崩すまでには至っていない。これは、MS Officeがデファクトスタンダード化しているために、他社製品に乗り換えたくないという心理も影響しているけれども、MSの”隠れた資源”が貢献していることも見過ごせない。

 MSの”隠れた資源”とは、「セキュリティを強化するバックアップ体制」である。MSは、インターネットを通じて、世界中のMS Officeユーザ向けに、セキュリティパッチを一気に提供できる。しかも、エンドユーザが使用しているハードウェアやソフトウェアの違いに左右されない。ユーザがどのハードウェア・ソフトウェアを使っていても問題なく動作するプログラムを開発するのは実に難しい。そのパッチを開発・提供できるのがMSの隠れた強みである。

 さらに、MS Officeは、世界中の一般ユーザに加え、多数のホワイトハッカー(ネットワークに不正侵入して障害を起こすような悪質なハッカーではなく、セキュリティの穴を見つけてソフトウェア会社に報告してくれる優しいハッカー)を抱えている。彼らのおかげで、セキュリティパッチの開発が容易になる。「ホワイトハッカーがセキュリティの脆弱性をMSに報告⇒MSがパッチを開発⇒パッチをユーザに一気に提供」という一連の流れができ上がっているから、ユーザはMS Officeを安心して使えるのである。

 厳密に言えば、ソフト・パワーを活用した外交は、自国の魅力を他の国にもどんどん真似してもらい、言わば「自国のファン」を増やそうとしているのに対し、資源ベースの競争戦略は、希少価値の高い経営資源を囲い込んで競合他社を排除するのが目的であるという点で、両者は正反対の方向を向いている。とはいえ、ファンが自国を超えてしまっては、自国の立場が失わてしまうという意味では、自国とファンは部分的に競争関係にあるとも捉えられる。そして、ファンをファンのままでとどめておくには、自国の魅力的な資源を全てオープンにせず、VRIOフレームワークの考え方に倣って、敢えて一部の資源を隠したままにするという戦略が重要になると思うのである。

(2)なぜ、資本主義、市場メカニズム、民主主義、人権の尊重、自由主義、多元主義が重視されるのか?他の政治的・経済的価値観ではダメなのか?
 本書の内容を経営学的に記述すると、「アメリカは資本主義、市場メカニズム、民主主義、人権の尊重、自由主義、多元主義に立脚した魅力的な国である」ことを世界中に効果的にプロモーションする方法を論じたものであると言える。そして、プロモーション施策(ナイは「広報外交」という言葉を使っている)にもっと予算を使い、施策の効果を継続的にモニタリングする必要性を説いている。

 また、心理学の用語を使うならば、アメリカのソフト・パワーを通じてアメリカから様々な恩恵を受けた国は、万が一アメリカに何か起きた場合は、「返報性の原理」によってアメリカに恩返しをしなければならないという気持ちになる。その感情をうまく利用することで、アメリカは諸外国から必要な協力や支援を引き出そうとするのである。

 ところで、本書では知らず知らずのうちに、資本主義、市場メカニズム、民主主義、人権の尊重、自由主義、多元主義といった政治的・経済的価値観が”是”とされているが、他の価値観ではなぜダメなのか?という説明は一切行われていない。それどころか、ソフト・パワー自体は、これらの価値観とは全く異なる価値観を訴求するパワーとして活用できることをナイ自身も認めている。例えば、ヒトラーは自らのカリスマ性と巧みなコミュニケーションで全体主義をドイツ国民に浸透させ、イタリアと日本を味方につけることに成功した(それ以外の国を味方につけることはできなかったが)。

 何がよい価値観で、何が悪い価値観なのかを決めるのは容易ではない。価値観とリーダーシップは切っても切り離せない関係にあり、このブログでも何度か取り上げているのだが、この問いには私自身もまだうまく答えられない(というか、1年ぐらい答えが進歩していない、汗)。

 優れた古典は深遠な議論への入り口である−『リーダーになる』
 ミドルの暴走を止められなかった日本軍―『日本軍「戦略なき組織」失敗の本質(DHBR2011年1月号)』
 価値観に従った行動のシナリオがどこまで描けているかがポイント―『「本物のリーダー」養成講座(DHBR2011年2月号)』

 なぜアメリカの資本主義は成功して、旧ソ連の共産主義は崩壊したのだろうか?本書では、旧ソ連の大衆文化が他の共産圏に輸出されず、アメリカの大衆文化に押されたことが一因だったとされている。
 ソ連は、文化と教育制度での優位を示すことにも熱心だったし、美術にも巨額を投じている。ボリショイ・バレエ団、キエフ・バレエ団、ソ連各地の交響楽団は高く評価された。スポーツにも力を入れ、金メダル獲得数は冬季オリンピックで1位、夏季オリンピックでもアメリカについで2位だった。

 しかし、大衆文化では事情がまったく違った。ソ連の体制は閉鎖的だったし、ブルジョア文化の影響を排除する努力を続けたことから、大衆文化をめぐる戦いでは後れを取り、映画、テレビ番組、大衆音楽の分野でアメリカの世界的な影響力に対抗することはなかった。アメリカの音楽と映画はソ連に浸透して深い影響を与えたが、ソ連生まれの大衆文化は国外で普及していない。社会主義のプレスリーは登場しなかった。
 では、仮に旧ソ連が共産主義の力を強く信じて、大衆文化をもっと諸外国に積極的に輸出していたら、事情は変わっていたのだろうか?あるいは、共産主義というイデオロギー自体にもともと致命的な欠陥があって、共産主義に基づいて社会を構築しても人々の生活が豊かになる保証など実はどこにもなく、共産主義の敗北は必然の結果だったのだろうか?

 (続く)

(※3)VRIOフレームワークの概要については、「誰でも簡単に使える『戦略策定ツール(フレームワーク)−バリューチェーン分析(その3)』」などを参照。

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