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September 23, 2011

映画や音楽などの大衆文化も外交上の重要なパワー源になる―『ソフト・パワー』

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ジョセフ・S・ナイ
日本経済新聞社
2004-09-14
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 多くの業界で市場が成熟段階に達し、新たな成長源を探している中で、新規事業やイノベーションを牽引するリーダーが以前にもまして熱望されている。こうした傾向は、最近のDIAMONDハーバード・ビジネス・レビューが、頻繁にリーダーシップの特集を組んでいることからも見て取れる(だいたい2〜3か月に1回はリーダーシップの特集。残りはマーケティングと戦略論が多い)。ただ、リーダーシップの研究に関しては、経営学よりも政治学の方がずっと先行している。そこで、政治学ではリーダーシップがどのように語られているのかを知りたくて、この本にたどり着いた。

 ジョセフ・ナイはアメリカの政治学者であり、本書のタイトルにある「ソフト・パワー」という概念を広めたことで知られる。ナイは『ソフト・パワー』に続いて、『リーダー・パワー』、『スマート・パワー』と立て続けに著書を出しているので、3冊連続でレビューしてみようと思う。

 ナイは、ソフト・パワーを「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力」と定義している。そして、ソフト・パワーは(1)国の文化、(2)政治的な理想・価値観、(3)外交政策によって生じるとされる。パワーとその源泉に関する古典的な研究としては、ジョン・フレンチとバードラム・レイバンのものが有名である。フレンチとレイバンは、パワーの源泉として、

 (a)報酬のパワー:報酬を与えるパワー
 (b)強制のパワー:処罰を与えるパワー
 (c)正当性のパワー:正式な権限に基づくパワー
 (d)専門性のパワー:専門的な知識やノウハウを持つことから生じるパワー
 (e)準拠のパワー:他人が尊敬するような人間が持つパワー

という5つを挙げている(※1)。ナイの定義に従えば、(c)〜(e)が「ソフト・パワー」であり、(a)(b)は「ハード・パワー」となる(ナイの別著『リーダー・パワー』の脚注を参照)。ナイは決してハード・パワーの効用を否定しているわけではなく、ハード・パワーとソフト・パワーをうまく組み合わせれば、外交の舞台でより望ましい結果を得られると述べている。

 どちらのパワーも重要だというのは、経営者やマネジャーにとっては至極当たり前のように感じられるだろう。彼らは日ごろから「アメとムチ」を上手に使い分けながら、社員のモチベーションを向上させ、高い成果を引き出そうとしている。ナイがわざわざソフト・パワーの重要性を指摘しなければならなかった理由は、アメリカの外交が自国の強大な軍事力、経済力に依拠したハード・パワーに偏りすぎており、諸外国の反発を食らうケースが多かったからである。本書でも触れられているが、ブッシュ前大統領がイラク戦争に踏み切った際、国連の決議を経ずに単独でイラクを攻撃したため、戦争の正当性を疑問視するヨーロッパ諸国がアメリカへの協力を躊躇した、というのが解りやすい例である。

 もう1つ、ナイが提唱するソフト・パワーのポイントは、「自国の文化」という、政府のコントロールが効かない民間の要素も、外交上のパワーとして作用しているという点である。ブラット・ピットらが主演するハリウッド映画やブリトニー・スピアーズなどの音楽に触れた諸外国の人々は、アメリカの自由で開放的な文化に憧れる。近年はインターネットの普及によって、アメリカの文化について知る機会が増えており、これもまたアメリカへの憧れを増幅させる要因となっている(※2)。

 変な例ではあるけれども(私が阪神ファンだからというのもあるけど)、甲子園の清掃員が観客に対してゴミを持ち帰るように100回呼びかけるよりも、関本がヒーローインタビューで「ゴミは持ち帰ってください!」と1回言った方が効果があるように、人間というのは自分が憧れている人の言うことはよく聞くものである。同様に、外交においても、自国が憧れる文化を持っている国の主張は、そうでない国の主張よりも受け入れられやすいというのである。

 ここで注意が必要なのは、先ほども述べたように、自国の文化は政府が管理不能であるということだ。したがって、ソフト・パワーを効果的に発揮しようとする政府は、自国の文化が発するメッセージと、自国の政治的価値観や外交政策の中身を一致させなければならない。自由主義的なアメリカが人権を軽視する行為に出れば、アメリカのソフト・パワーが損なわれるのは想像に難くない(実際に、イラク戦争では米軍兵による虐待が行われ、アメリカは国際的な批判を浴びた)。

 本書の内容をものすごく掻い摘んで説明すると、以上のような感じになる。ここから先は、本書を読んで私が感じたことを何点か書いてみたいと思う(長いのであらかじめご注意を。どうぞ気長にお付き合いください)。

(1)自国を模倣する国が多くなると、自国のプレゼンスがかえって低下するのではないか?
 ナイは、ソフト・パワーを自国の魅力によって他国を惹きつける力と定義しているが、アメリカは何を目的としてソフト・パワーを行使しているのだろうか?本書を読み進めていくと、どうやらその答えは、「アメリカ流の資本主義、市場メカニズム、民主主義、人権の尊重、自由主義、多元主義などを世界各国に浸透させること」であるようだ(もちろん、アメリカ流を押しつけるのではなく、その国の文化や経済・社会システムに合致するように調整される)。確かに、イラク戦争の大義名分は「独裁者サダム・フセインを倒してイラクを民主化すること」であったし、アメリカがイスラエルを支援するのは、「イスラエルを中心として、中東全体の民主化を進めるため」である。

 しかし、ここで1つの疑問が湧いてくる。仮に、アメリカのような自由主義が根づき、資本主義と民主主義が確立された国家が世界中に広まったら、世界におけるアメリカの影響力は相対的に低下してしまうのではないだろうか?ナイは本書の中で、トヨタ生産方式に代表される日本の経営手法がアメリカに広まったことで、アメリカ市場における日本企業の競争力が失われた例を挙げている(もっとも、日本企業の競争力が減退した要因はこれだけではないと思うが・・・)。それと同じことが、政治の世界でも起こるのではないか?という疑問である。

 (続く)

(※1)「パワーの意味 - MBA経営辞書 - goo辞書」を参照。
(※2)同様の議論は、レスター・サロー著『資本主義の未来』(阪急コミュニケーションズ、1996年)でも展開されている。経済のグローバル化によって資本主義の魅力が他国(とりわけ共産圏の国々)に伝わるようになると、国民は共産主義を崩壊させる方向へと傾き始める、といったシナリオが描かれている。

レスター・C. サロー
阪急コミュニケーションズ
1996-10
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