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   新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
August 23, 2011

二律背反の解決法として、安易に「弁証法」を持ち出さない方が賢明―『偉大なるリーダーシップ(DHBR2011年9月号)』

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 今日紹介する3本の論文は、リーダーシップを発揮する際には、相反する複数の課題に同時に直面することが多いことを示しており、そのような板挟み状態のリーダーに対して、現実的な処方箋を提供してくれる。

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両者は補完関係にある [新訳]リーダーシップとマネジメントの違い(ジョン・P・コッター)
 これは再掲論文であり、コッターの書籍を読んだ方が解りやすいので、今回は読み飛ばした(汗)。リーダーシップとマネジメントの違いや、コッターの書籍については、過去に何度もブログで書いたことがあるから、そちらを参考にしていただければと思う。

 コッターの著書についてのレビューはこちら。
 マネジメントとリーダーシップの違い−『リーダーシップ論−いま何をすべきか』

 以下は、リーダーシップとマネジメントの違いについて、私なりにまとめた記事。
 マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた
 マネジメントとリーダーシップの違いを自分なりにまとめてみた(補足)
 マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその2)
 (※「メモ書きその1」がありませんが、前述の「マネジメントとリーダーシップの違い−『リーダーシップ論−いま何をすべきか』」が「メモ書きその1」の位置づけになっています)
 マネジメントとリーダーシップの違い(メモ書きその3)
 リーダーが帰納的に課題を設定するとはどういうことか?
 リーダーがメンバーの動機を「昇華」させるとはどういうことか?

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コア事業とイノベーション事業を両立させる 双面型リーダーの条件(マイケル・L・タッシュマン他)
 我々は、大手企業12社の経営陣を詳細に研究し、業界の刷新につながる新規提案を推進しながら、同時にコア事業の成長を支援するための、リーダーシップの3つの原則を発見した。

 (1)将来を見据えた戦略目標に対して、経営陣を関わらせる。
 (2)イノベーション事業とコア事業の間の要請の対立を、組織のトップ・レベルで調整する。
 (3)しばしば相反する複数の戦略目標の矛盾を受け入れる。
 コア事業とイノベーション事業を両立させるためのアドバイスを、経営層向けに整理している論文。なぜ経営層にフォーカスが当たっているのかと言うと、(論文中には明確に書かれていないけれども、)経営層の大半は、現在のコア事業での成功体験や実績を評価されて経営層まで上り詰めた人たちである。そのため、自分の経験とは異なる未知の領域、あるいは自分の専門知識では理解しにくい新事業を敬遠してしまう傾向があるからだ。引用文中のアドバイス(1)は、まさにこのような経営層が、現場責任者にイノベーション事業を丸投げしてしまうのを阻止するのを目的としている。

 (2)について補足すると、黒字化や投資回収の見込みが曖昧で、リスクも高いイノベーション事業は、予算の確保や優秀な人材の引き抜きなど、経営資源を確保する上では、どうしてもコア事業よりも不利な立場に追いやられてしまう。こうした不公平な関係を解決できるのは、コア事業とイノベーション事業の責任者同士ではなく、両事業よりも上の立場に立って、全体を見ている経営層のみである。

 (3)にある「矛盾」の代表例は、コア事業とイノベーション事業における、業績上の目標の違いである。コア事業は、売上高や市場シェア、さらには利益率など、財務的な指標を組み合わせて評価される。一方、イノベーション事業について、コア事業と同じような評価すると、イノベーションの芽が潰れる危険性がある。なぜなら、たいていのイノベーション事業は、当然のことながらいきなり高い市場シェアや利益を上げることなど困難だからだ。

 財務上の指標の中で、敢えて使えるものがあるとすれば、「売上高」である。というのも、売上高は、イノベーションを受け入れてくれる顧客の有無を示しているからである。クレイトン・クリステンセンは、著書『イノベーションのジレンマ』の中で、「イノベーションの場合、利益については寛容に、売上高については厳しくならなければならない」と述べている。

 イノベーション事業では、財務的な結果を早く出したいという誘惑を振り切って、「イノベーションのアイデアが、着実に事業化に向かっているか?」というプロセスを評価するのが望ましい。この論文に出てくる事例ではないが、P&Gは、イノベーションプロジェクトにおけるプロセス評価の指標を体系化している(過去の記事「P&Gは”イノベーションは結果が出ればOK”という柔な評価で済まさない―『ゲームの変革者』」を参照)。

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戦略リーダーは遠近の視野を持つ ズーム型思考のすすめ(ロザベス・モス・カンター)
 この論文の要点は、「木を見て森を見ず(ズーム・イン)」でも、「森を見て木を見ず(ズーム・アウト)」でもダメで、「木も森も見なければならない」という一言に尽きる。とはいえ、両方の見方を得意とする人はそうそういない。著者曰く、まずは自分がズーム・インとズーム・アウトのどちらに軸足を置いているのかを認識することが重要だ。その上で、反対の見方もできるように、次のような問いを自分に投げかけてみるとよい、とのことである。
ズーム・インの兆候と、ズーム・アウトに向けた問いかけ
(1)あまりのディテールの多さに圧倒されてしまう。
 ⇒広義の目的は何か?ほかの人たちにとって重要な問題は何か?
(2)物事を個人的にとらえ、「自分」という視点を最優先してしまう。
 ⇒文脈を把握しているか?いちばん重要なのは何か?
(3)他人の頼み事を聞き入れ、自分も同じようにしてほしいと思う。
 ⇒その仕事や任務をサポートすべき理由は何か?
(4)状況によって例外や特例を認めてしまう。
 ⇒また同じような状況になる可能性はあるか?どのような方針や判断のフレームワークを採用すべきだったか?
(5)よさそうな提案があると飛びついてしまう。
 ⇒この提案は目標や目指す方向に即したものか?他にどのような可能性が考えられるか?
(6)どのような状況も、一回限りのものとして扱ってしまう。
 ⇒他に似たような状況はないか?どのようなカテゴリーや分類に分けると有効か?
ズーム・アウトの兆候と、ズーム・インに向けた問いかけ
(1)計画やモデルからの逸脱を、取るに足らないささいなことと考えてしまう。
 ⇒逸脱がモデルの正当性を損ねることはないか?逸脱をどのように理解すべきか?
(2)一般理論にこだわって、具体的な問題への対処を避けてしまう。
 ⇒自分の理論に従えば、この問題に対してどのような行動を取るべきか?
(3)取るべき行動を決定する前に詳しい分析や大規模な調査が必要と考えてしまう。
 ⇒この事案を進めるのに十分な情報があるか?遅延によってどんなコストが生じるか?
(4)いつも王道的なやり方に頼ってしまう。
 ⇒ほかに脇道や近道はないか?
(5)人件費を考えずに任務を遂行してしまう。
 ⇒それによって任務を実行する人たちにどのような影響が及ぶか?
(6)あらゆる物事をいくつかの一般的なカテゴリーに当てはめてしまう。
 ⇒物事の違いを生み出しているディテールは何か?重要なのはどのディテールか?
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 3つの論文は、「二律背反をどうやって克服するか?」という問題を取り扱っているが、最後に、「『二律背反をどうやって克服するか?という問題』に潜んでいる問題」(まどろっこしい・・・)について、一言述べておきたいと思う。

 二律背反を克服する方法で、最も手っ取り早いのは、「両者を完全に分断する」ことである。極端な方法をとるならば、イノベーション事業を別会社にするなどして、コア事業とイノベーション事業を完全に引き離す。そうすると、両事業の間で生じる些細ないざこざを気にする必要がなくなり、双方とも本業に集中できる。これは、ドラッカーをはじめ、多くのイノベーション研究者が提唱している方法でもある。

 ただし、コア事業とイノベーション事業のシナジーが全く考慮されないので、両事業で資産が重複し、非効率なビジネスになるリスクがある。P&Gはそうならないよう、イノベーションを既存事業からあまり切り離さないように心がけているそうだ。

 既存事業との関連性が強いイノベーションであれば、既存事業部門内のプロジェクトチームに、イノベーション推進の権限を付与する。複数部門にまたがるタスクフォースがイノベーションの企画を立てた場合でも、既存事業部門の中からスポンサーになってくれる部門をすぐに探し出し、その部門がイノベーションの実行と結果に責任を持つ仕組みになっている(過去の記事「イノベーションを既存事業部門から敢えて切り離さないP&G―『ゲームの変革者』」を参照)。

 二律背反を克服する現実的な方法は、「ケースやタイミングによって、両者を使い分ける」ことである。マネジャーは、ある場面ではマネジメントを、別の場面ではリーダーシップを発揮する。現場社員は、ある期間はコア事業の推進に、別の期間はイノベーションの推進に集中する、といった感じである。

 3Mの15%ルールや、グーグルの20%ルールは、まさしくこのパターンに該当する。ただし、切り替えのタイミングは誰かが教えてくれるものではなく、状況に応じて各々の社員が自ら判断しなければならない。そういう意味では、業務プロセスや意思決定のやり方が属人化しやすい方策でもある。

 さらにつけ加えると、この方法では、各社員に高い自律性が要求される。グーグルでは、20%の時間をどのような仕事に費やしたかを上司に報告する義務がない。しかし同時に、上司のサポートを自動的に受けられるわけでもない。イノベーティブな仕事に要する資金や情報、ナレッジや人材については、社内ネットワークを活用して、社員が自ら調達する必要がある。つまり、社員には自由が与えられると同時に、強い責任も課せられるわけだ(この点については、過去の記事「マネジメント・イノベーションがもたらす「自由」と「責任」−『経営の未来』」を参照)。

 二律背反を乗り越える最も理想的な方法とは、ヘーゲルなどに代表される「弁証法」を用いて、「アウフヘーベン(止揚)」を生み出すことであろう。ただし、弁証法とかアウフヘーベンといった言葉は、やや安易に使われすぎているとの印象が否めない(私もつい、「弁証法的に考えた方がよい」などと言いそうになる)。

 弁証法によるアウフヘーベンとは、Aという命題とそれに反するBという命題がある場合に、AとBを本質的に統合した命題Cを新たに生み出すことである(※)。これを今日の記事に当てはめてみると、「コア事業を維持するマネジメント」と「イノベーション事業を生み出すリーダーシップ」という相反する2つの経営テーマを本質的に統合して、新たな原理原則を創造することが、本来の意味でのアウフヘーベンということになる。

 先に述べた「コア事業とイノベーション事業を完全に分断する」とか、「ケースやタイミングによって、両者を使い分ける」といった方法は、相反する2つの命題の間に働いているマイナスの影響を弱める方法にすぎないのであって、何か新しいコンセプトへと到達するアウフヘーベンとは言い難い。もちろん、これらの2つの方法が無益であるとか、そういうことを言いたいのではない。2つの方法はアウフヘーベンではない、ということを言いたいのである。

 繰り返しになるが、「弁証法」や「アウフヘーベン」という言葉は、単に使い勝手がよいという理由で、深く考えずに使ってしまいがちである。残念なことに、真の意味で弁証法を用いて、企業経営をめぐる様々な矛盾の解決に役立つ方策を導いている論文や著書は、私の知る限り皆無に近いように思える。哲学者の失笑を買わないよう、そして実務家にとってより有益なアドバイスを提供できるよう、弁証法のことをもっと深く理解することが重要だと感じた。

(※)「弁証法|Wikipedia」の「ヘーゲルの弁証法」の項目を参照。
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