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August 19, 2011

【水曜どうでしょう論(2/6)】どうでしょう班の4人をつないでいる「共有価値観」

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 前回は「社員満足度(ES)の向上が顧客満足度(CS)の向上につながる」という、割とオーソドックスなマネジメントの原則を取り上げたが、今回からはもう少し複雑な洞察を試みたいと思う。

 強いチームを作るための第一歩は、「メンバーの間で、チームの目的と価値観を共有すること」である。まず、目的とは、チームの存在意義(レゾン・デートル)であり、「なぜ/何のためにチームは存在するのか?」という問いに対する答えである。ただし、目的は抽象的な表現にとどまることが多い。目的をあまりに狭く定義してしまうと、チームの戦略や戦術も制約されてしまうからだ。水曜どうでしょうの4人のチーム(どうでしょう班)の目的は、「面白いバラエティ番組を作ること」という、極めてオーソドックスなものである。

 次に、価値観とは、メンバーの意思決定や行動の拠り所となる具体的な規範・基準を意味する。もちろん、この価値観には、社会的な倫理観や道徳観も含まれるが、メンバーの主観や個人的経験に根差している部分も大きい。

 チームは数々の意思決定と行動を積み重ねながら、チームの目的へと向かっていく。だが、どの意思決定や行動の局面を取り上げてみても、客観的に考えると複数の選択肢が想定される。チームは多岐にわたる複雑な選択肢の中から、チームにとって最善な選択肢を絞り込んでいく。その際の物差しとなるのが、この価値観である。

 例えば、「水曜どうでしょう」と「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」を比べてみよう。この2つの番組は、「面白いバラエティ番組を作ること」という目的で共通している。しかし、どうでしょうは「いかにお金をかけずにバカバカしく仕上げるか?」という観点で番組が作られていくのに対し、ウルトラクイズは「お金をバカみたいにかけると、どこまでど派手なことができるのか?」という視点から番組が構築されている。端的に言えば、同じ目的を目指していても、そこに至るルートはチームによって様々であり、その多様性を生み出しているのが、このチームの価値観なのである(※1)(※2)。

 どうでしょう班の4人には、共通する価値観が非常に多い。思いつくままに挙げていくとこんな感じか?

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 ・最初から、物事を完璧にやろうとは全く思っていない。
 ディレクターの2人は完全にこのスタンス。だから、めったにない台本のセリフを間違えたり、多少小ネタがスベったり、計画通りに企画が進まなくなったりしても、全く問題視しない。大泉さんは、自らを「3割バッター」と呼ぶように、ネタを10発撃って、3発ぐらい藤村Dのツボに当たればOKという感じでやっている。

 ミスターだけは、自身がタレント事務所の経営者であることもあってか、4人の中では最も物事を筋道立てて考える傾向が強い。ところが、途中からそういう作業が面倒くさくなって、「いいじゃないか運動」を立ち上げてしまうのである。

 『ヨーロッパ21か国完全走破』では、1日に5か国回るとか無茶なノルマを課していたけれども、ドイツで古城街道の誘惑にあっさりと負けてしまい、『アメリカ合衆国横断』では、予定からの遅れを何としても挽回しなければならないという終盤で、痛恨の”インキー”をしてしまう(しかも、ホテルのカギも部屋に入れっぱなしにしてしまうという、”ダブル・インキー”)。

 その瞬間に、ミスターが緻密に立てていたストーリーは破綻し、同時に番組の象徴として君臨するミスターのキャラクターも崩壊していくのである。DVD『アメリカ合衆国横断』の副音声では、嬉野Dがそんなミスターのことを、「男を下げた瞬間に一番輝く」と表現していた。

 ・でも、時々は本気を出して頑張ることもある。
 特に初期は、ミスターが”合宿”と銘打って、しばしば徹夜でレンタカーを走らせていた。最近はさすがに4人とも歳をとったせいか、そこまでのことはしなくなったものの、最新作の『原付日本列島制覇』では、『原付ベトナム縦断1,800km』並みに長い日数をカブの上で過ごしている(原付東日本も西日本も、4日以上連続でカブに乗ったことはない)。そういう意味では、”時には頑張る”という側面は、今でも残っている。

 ・企画の中身を前もって詳細に詰めることは、絶対にしない。
 最初の価値観と同様、ディレクターはずっとこのスタンス。両ディレクターによる著書『腹を割って話した』では、「決めないことを恐れてはいけないんだよ」と語る藤村Dに、嬉野Dが「それがどうでしょうの本質だよね」と同調するシーンが出てくる。

 こうしたディレクターの態度について、大泉さんはいつもボヤいているわけだが、何だかんだ言いながらも、企画を進めるうちに自分の立ち位置を探り当てて、面白い方向へと持っていこうとする。DVD『アメリカ合衆国横断』の副音声でも、大泉さんは「”状況”さえ与えてくれれば、今だって何でもやる」と自信たっぷりに言っている。

 大泉さんには具体的な企画など不要であり、”状況”や”場”さえあればOKなのだ。確かに、新作の『原付日本列島制覇』でも、大泉さんは藤村Dとの会話の流れの中から、「仕事ができなさそうな、インチキくさい宮大工」という役割を作り上げてしまった。これは(宮大工なだけに)まさしく神がかり的だった。

 ・その代わり、現地で必死にネタを拾う。それで本来の企画から脱線してもお構いなし。
 『激闘!西表島』は、まさにこの典型例。西表島で虫取り競争をするつもりだったのに、現地ガイドのロビンソンンは「虫は面白くねぇ」と、元も子もないことを放言してしまう。それでも、現地で西表島の動物を必死に追い回すうちに、だんだんと人間ドラマも生まれ、最終的には「字幕放送バラエティー」という型破りな放送スタイルまでをも確立してしまった、奇跡的な企画であった。

 『四国八十八か所』シリーズも、『日本全国絵はがきの旅』で全国を回っているうちに、ミスターが四国の絵はがきばかりを引いてしまったがために生まれたものだと言える。ミスターが「四国って(どうでしょう班を)呼ぶね」とポロリとつぶやいたのを聞いた藤村Dは、「絵はがきと同じポイントを撮影するまでの時間内で、四国にある88の札所を部回ってはどうか?」と、企画の本筋とは全く違う内容を提案してきたのである。

 四国八十八か所は、一般のツアーでも2週間ぐらいかかる長い行程だから、一晩で全部回れるはずなどなく、4番までしか行けなかった。それなのに、「八十八か所を回りました!」と見え見えのウソをついたところ、視聴者からは「最近のどうでしょうは気が緩んでいる!」などと、多数の苦情を受けてしまった。「これではいけない」と思い直したディレクター陣は、その後『試験に出るどうでしょう』シリーズの罰ゲームとして、必ず『四国八十八か所』をやるようになった。

 ・基本的に自分本位で物事を考える。時には”小悪人”となって、他のメンバーを陥れる。
 チームなのに、4人とも「自分が大事」という価値観で動いているのがどうでしょう班である。そして、自分の優位性を守るためなら、他のメンバーを罠にかけることも厭わない。そういう意味では、人間の本性がこれでもかというぐらい見事に露出するので、見ていて逆に気持ちいいのである。

 ミスターと藤村Dが結託して大泉さんを騙くらかしたり、藤村Dと大泉さんが結託してミスターを甘味地獄に陥れたりするのは、昔から番組の定番である。嬉野Dはカメラ担当なので、普段はあまりしゃべらないのだけれども、『アメリカ合衆国横断』では、嬉野Dがカジノで儲けたお金を強引に借りようとする大泉さんに向かって、「お前、四国で他人のクリームパン食っただろ!」と、昔の出来事を持ち出してくる。4人とも、それぞれ腹黒い部分があるのだ。

 高度な騙し合いになると、『シェフ大泉 夏野菜スペシャル』のように、「返り討ちを食らわせる」という技が繰り出される。この企画では、2ヶ月以上も大泉さんを騙し続けたのに、最後はシェフ大泉にまずい料理をお見舞いされてしまい、結局どっちが騙しの仕掛け人だったのか解らなくなってしまう。

 最もハイレベルな小悪人ぶりが現れたのは、新作の『原付日本列島制覇』であろう。藤村Dと大泉さんが汚い言葉でお互いを挑発し、罵っているのに、実は水面下で2人はがっちりと手を握り合い、油断していたミスターを奈落の底へと突き落とすのである(あの赤福事件)。そして、大泉さんが発した言葉がこれ。「どうでしょうでは、正論を言ったヤツの負け」、「どうでしょうでは、悪がはびこらなかったためしがない」

 ・企画自体は緩いのに、どうでもいいところで凝り性やマニアックさを発揮する。
 藤村DのDVD編集や、嬉野Dの写真集は凝り性の極み。藤村Dはマスターテープから全て編集し直してDVDを作っているし、嬉野Dは日清紡に掛け合い、生産中止になっていた「ミルトGA」をわざわざ復活させて写真集を出版している。

 企画で言うと、『ユーコン川160km』の中で、テントを3分30秒で設営することにチャレンジするシーンが出てくる。藤村Dは「視聴者は『そんなのどうでもいいだろ!』と言うかもしれないけれど、俺たちがやりたいからやる」と宣言し、男4人が必死になってテントを設営する様子がOAされてしまった。

 どうでしょうから派生したたくさんのグッズも、どうでしょうを知らない人が見たら「何でこんなものがグッズになるんだ??」と思うようなものが数多く存在する(トリオ・ザ・タイツの衣装セットとか)。
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 同じような価値観を持ったメンバーが集まっているから、お互いの判断や言動の意図が素早く共有され、チームは抜群の機動力を発揮する。それがどうでしょう班である。ただ、それだけで終わらないのがどうでしょうの凄いところ。今日の内容はあくまでも前置きにすぎない(「前置きが長えよ」とか言わないで、汗)。

 チームは往々にして、目的達成のために外部の人材や組織の力を必要とする。チームは、プロセスや製品コンポーネントの一部を担っているに過ぎず、残りのパーツは外部との連携によって埋めなければならない。単純に考えると、チームに欠けている能力や専門技術を持った人材・組織を持った企業を探し、業務・資本提携先を開拓するのが、オーソドックスな打ち手だろう。

 とはいえ、チームに固有の価値観があるように、外部の人材や組織にも、その人や組織に固有の価値観がある。チームが”もっと上手に”目的を達成したいのであれば、能力や技術・知識面の条件に加えて、「自分のチームと似たような価値観を有する人材・組織であるかどうか?」という条件も加えるべきだ。

 どうでしょう班の周りには、4人の価値観と驚くほど近い価値観で動いている人材や組織が寄ってくる。ディレクター陣の強運に拠る部分もあるのだろうが、「類は友を呼ぶ」ということわざの通り、なぜだかそういう人たちが集まってくるのだ。このネットワークは、どうでしょうというコンテンツの強さを語る上では欠かせない重要な要素である。

 どうでしょうが視聴者に届けられる、あるいはどうでしょうから派生した様々なグッズが顧客に届けられるまでのプロセスには、同じような価値観を持っているプレイヤーが数多くつながった、強固なチェーンが存在している。このチェーンを、マイケル・ポーターが言う「価値連鎖(Value Chain:バリュー・チェーン)」ならぬ、「価値観連鎖(Values Chain:バリューズ・チェーン)」と呼ぶことにしよう。この「価値観連鎖」が、どうでしょうの魅力をより一層強めているのだ。次回は、この点をもう少し掘り下げたいと思う。

(※1)今回の記事で言及した「目的」と「価値観」の関係性については、以下の過去記事もご参照ください。
 ビジョンを構成する要素とは一体何なのだろうか?
 ビジョンの3要素「目的」「価値観」「未来イメージ」はどう関係し合っているのか?

(※2)本文の内容とは関係ないけれども、「水曜どうでしょうをビートたけしさんやテリー伊藤さんが見たら、どういう風に思うんだろうなぁ?」と想像することがある。たけしさんなら、「オイラがやってきた番組とやり方が全然違うけど、こういうお笑いもあるんだな。人間が一番喜びそうな下世話な部分にうまく訴えかけているんだと思うよ。それも、下世話すぎないところがいいよね」って言いそうな気がする。

【水曜どうでしょう論】シリーズ
 (1)某局のコンセプト「楽しくなければテレビじゃない」を本当の意味で体現しているのがどうでしょう
 (2)どうでしょう班の4人をつないでいる「共有価値観」

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