※2012年12月1日より新ブログに移行しました。
>>>現行ブログ free to write WHATEVER I like
⇒2019年にさらにWordpressに移行しました。
>>>現行HP シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)
⇒2021年からInstagramを開始。ほぼ同じ内容を新ブログに掲載しています。
>>>Instagram @tomohikoyato
   新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
June 06, 2011

マーケティングとイノベーションの違いの整理―『イノベーション 「曖昧さ」との対話を通じた企業革新』

拍手してくれたら嬉しいな⇒
リチャード・K. レスター
生産性出版
2006-03
posted by Amazon360

 先日取り上げたC・K・プラハラードの『イノベーションの新時代』は、イノベーションというよりもOne-to-Oneマーケティングの本で肩透かしを食らってしまったのだが、この本はちゃんとイノベーションがテーマになっていた。結構骨太の内容で、読み切るのに苦労したよ。

 90年代から現在にかけて、日本やドイツの経済が低迷したのとは対照的に、アメリカ経済はそれなりに順調に成長を遂げた(途中、ネットバブル崩壊やサブプライムローン問題による混乱はあったが)。アメリカ国内では、「企業を中心とする様々なイノベーションが、成長の主たる要因である」と分析されているようだが、著者はこの点に疑問を投げかけている。果たして、本当の意味でのイノベーションが、アメリカで引き起こされていたと言えるのだろうか?そして、真のイノベーションとは一体何を指すのか?本書の争点はここにある。

 この点を論じるにあたって、著者は従来の経営学者が唱えてきた2つの命題を問題視する。1つは「顧客の声をよく聞け」というものであり、もう1つは「自社の強みに集中せよ」というものである。本書では直接述べられていないが、前者は言い換えれば外部環境重視の戦略であり、後者は内部環境重視の戦略に該当する。この2つの戦略は、長きに渡って戦略論の2本柱を形成してきた。そして、経営者やマネジャーは、双方のメリットを尊重し、両者をうまく組み合わせながら戦略を構築してきた。

 その最も華々しい成功例が、ジャック・ウェルチの率いるGEだったと著者は指摘する。経営学者はこぞってGEを研究し、世界中の企業がウェルチの経営を真似しようとしたものである。こうした産学両方の努力の甲斐もあって、「顧客の声を聞く方法」や「自社の強みに集中する方法」はかなり定式化されている。

 つまり、どういうプロセスで検討を進めるべきか?検討にあたって、どのような情報を収集すべきか?それらの情報に基づき、どのように選択肢を形成するのか?さらに、最終的な解をどうやって絞り込むのか?といった一連の方法論がある程度確立されているのである。

 このような明確な指針が定められた活動を、著者は「分析的取り組み」と呼ぶ。しかしここで重要なのは、イノベーションを引き起こすのは「分析的取り組み」ではないという点である。ピーター・ドラッカーは何十年も前に、「企業に必要なのは、マーケティングとイノベーションである」と指摘したが、この2つにはこれといった明快な定義が存在せず、しばしば混同される。

 個人的には、マーケティングとは「既存市場のパイの争奪戦」であり、イノベーションとは「既存市場の競争ルールの抜本的変化」や「全く新しい市場の創出」を意味すると理解している。別の見方をすれば、マーケティングでは競合同士の持久戦が繰り広げられ、それに耐えられなくなった企業が淘汰されるが、イノベーションでは既存プレイヤーが一気に死滅することもある。

 例を挙げると、ビール各社が毎年ビールのシェアを競い合っているのはマーケティングの世界である。これに対して、イノベーションに該当するのは、携帯電話が固定電話を一気に隅に追いやり、通信市場の構図をがらりと書き換えてしまったことや、iPadの登場によってタブレットPCという市場が生まれ、その影響がPCやアプリ市場のみならず、書籍市場にまで及んだことなどである。

 著者は、イノベーションを創出するのは「分析的取り組み」ではなく、「解釈的取り組み」であると述べている。「解釈的取り組み」では、先ほどの2つの命題とは正反対の活動が行われる。すなわち、顧客の声にはあまり耳を傾けず、さらに自社の能力を取捨選択せずに統合するのだ。

 本書では、いくつかのイノベーションについて詳細な分析が試みられている。その中の1つである携帯電話は、当初は自動車で無線を利用している営業担当者などが、無線の代替品として利用すると考えられていた。しかし、製品開発担当の技術者が、試しに様々なタイプの消費者に携帯電話を使わせてみると、全く予想外の使い方をすることに気づいた。

 技術者は、よくあるグループインタビューのように消費者にあれこれと話を聞くことはせず、敢えて消費者の行動の観察に徹した。そこから、消費者の潜在的なニーズを「解釈」していったのである。また、携帯電話は、技術的には有線(固定電話)と無線(ラジオ)が融合したものである。用途が全く異なる2つの技術が交錯することで、携帯電話は誕生したわけだ。

 ここからは私の解釈になるけれども、経営学者たちが唱えてきた2つの命題は、企業活動からムダを取り除く方向に働く。「顧客の声を聞く」ということは、「顧客が欲しいと言った製品やサービスだけを提供すればよい」ということになるし、「コア・コンピタンスに集中する」ということは、裏返せば「強みにならない能力は捨て去るべきだ」ということになる。その結果としてもたらされるのは、「企業の生産性の向上」である。そして確かに、生産性の向上は、経済成長にとってプラスに作用する。

 90年代以降のアメリカ経済の成長は、それこそ携帯電話のようなイノベーションに負う部分もあるが、大半は企業の生産性向上によってもたらされたものである、ということを著者は言いたかったのではないだろうか?実際、アメリカの経済成長の何分の1かは、ウォルマートの生産性向上によってもたらされている、という分析結果も一時期出回っていた記憶がある。

 (続く)
トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:

コメントする