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May 30, 2011

【第15回】特定プロセスを顧客にやらせる―ビジネスモデル変革のパターン

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【パターンの概要と適用できるケース】
 業界が成熟して、顧客が製品やサービスに対して一定の知識を身につけるようになると、企業が全てのプロセスを自社でまかなうよりも、プロセスの一部を顧客自身にやらせた方が得策となるケースがある。いわば、顧客に対するアウトソーシングである。企業側にとってはコスト削減メリットがあり、その分を値下げという形で顧客に還元すれば、顧客の満足度向上につながる。企業のプロセスを肩代わりする顧客は、負荷が増えることになるけれども、「融通の利かない企業に任せるより、自分でやった方が早い」と感じれば、むしろ満足度が上がる。

 古典的な例は、銀行のATMだろう。銀行の窓口に行かなければ現金の引き出しも預け入れもできなかった時代に比べると、ATMは非常に便利である。顧客はATMの操作に慣れる必要があるものの、銀行で長時間待たされるのに比べれば、はるかに苦労も少ない。もっとも、ATMはすでに40年以上の歴史があり、どの金融機関でも当たり前のように導入されているから、ATMが差別化につながることはない。今では、単にビジネスを展開する上での必須条件の1つにすぎない。

 「自社のビジネスのうち、顧客自身にやらせた方がいい部分があるのではないか?」については、議論してみると意外と面白い結論が出てくると思う。特にサービス業には、プロセスの一部に顧客が参加する、あるいは企業と顧客が一緒になってサービスを形成する、という側面がある。例えば、スターバックスでは顧客の好みに応じて味を変えることができるが、見方を返れば「顧客がスターバックスの店員に対して製造指図を出している」とも言える。そうすると、コーヒーの製造工程を全て顧客に任せてしまって、「完全セルフサービスのカフェ」という新しい業態が成立する余地があるのかもしれない(全くの思いつきだが)。

【パターンが当てはまる事例】

(15)特定プロセスを顧客にやらせる

《IKEA》
 IKEAは、家具の組立プロセスを顧客にやらせている。これによって、IKEAは組立工場を持つ必要がなくなり、製品価格をぐっと押し下げることに成功している。また、IKEAはアフターサービスもほとんどやっていない。これは、「組立の際に発生した問題は、お客様自身で解決してくださいね」というメッセージになっている。

 IKEAの製品を購入したことがある人なら解ると思うが、IKEAの組立説明図は非常に乱暴である。簡単な図がついているだけで、文章の説明すらない。文章の説明をつけると各国の言語に対応する必要があり、コストがかさんでしまうという理由もあるが、それよりも重要なのは「この説明図で組み立てられないような人は、IKEAの顧客にならないでください」という暗黙のメッセージになっている点である。

 IKEAのターゲット顧客は、「頻繁にインテリアを入れ替えるのが好きな人たち」、「完全なDIYはできないけれども、ちょっとしたDIYならやってみたいと思っている人たち」と言える。こういう人たちは、大塚家具のように、入店すると担当の販売員がついて、ショールームをぐるぐると回りながら出来合いの製品の説明を受けるよりも、とりあえず使えそうな家具をたくさん買って、自宅で試行錯誤しながら家具を組み立てて、配置していくのが好きなのである。

 逆に言うと、そういうのが苦手な人たちにIKEAに来られても困るし、それでコールセンターにあれこれと難癖をつけられても、IKEAにとってはビジネスの邪魔にしかならない。だから、敢えてそういう人たちを排除するような工夫がされているのである。

 以前、日経ビジネスで顧客満足度に関する特集が組まれていたが、IKEAのアフターサービスに対する顧客満足度は非常に低く、大塚家具などの日本企業に大きく差をつけられている。しかし、総合的な顧客満足度では、IKEAは高いスコアをたたき出している(※)。

 IKEAのアフターサービスは顧客を満足させることができていないけれども、そもそもIKEAの顧客は、アフターサービスに対する期待値が低いと考えられる。なぜなら、先ほど挙げたIKEAのターゲット顧客は、「組立は自分の責任」と思って製品を購入しているからである。

 だから、仮にうまく組み立てられない家具や使えない家具、すぐに壊れてしまう家具があっても、顧客はIKEAのことをあまり責めない。むしろ、「あぁ、自分の選択が間違っていたんだな」と思うのである。でも、「またIKEAに行けばいいか。あそこならたくさん商品があるし、安いからね〜」といった感じで、IKEAのリピーターになっていく。IKEAの総合的な顧客満足度が高い理由は、ここにあるのだろう。

《Salesforce.com》
 SaaS(Software as a Service)の代表格であり、先日もトヨタ自動車との提携が発表されたSalesforce.comも、このパターンに当てはまる。SaaSは、企業がIT資産の「所有」から「利用」へとシフトしていく上で欠かせないサービスとして位置づけられており、その意味では以前取り上げた「【第10回】製品を売るのではなく貸す―ビジネスモデル変革のパターン」にも該当する。しかし個人的には、SaaSビジネスの本質は「IT資産を貸す」というよりも、「ITの構築・運用を顧客にやらせる」という点にあるような気がする。

 Salesforce.comを導入している企業の方々であればご存知だと思うが、Salesforce.comでは、入力項目やデータ処理手順の設定、禁則処理の定義、レポート(帳票)のデザイン、アラートの発信、ユーザの設定と権限付与・グルーピングなどがかなり自由にできる。

 こうした仕事は、もともとはSIerの範疇にあった。コンサルタントやSEを何人も顧客企業に常駐させて、人月単価で何百万円というお金を顧客企業からいただいていたのである。Salesforce.comは、これらの作業を顧客企業に任せることで、従来のSIerに比べて圧倒的に安い価格を実現している。

 Salesforce.comもIKEAと同じで、「ITの設計・開発や運用が自社である程度できる顧客」がターゲットであり、そういう能力に乏しい顧客を暗に排除している。以前の記事「クラウド導入を見送る本当の理由はセキュリティ面の不安じゃないと思うね」でも述べたように、当初は中小企業の方が前向きに導入すると思われていたSaaSが、むしろ大手企業に広く受け入れられているのはこのためである。

 大手企業は自社の情報システム部門がしっかりとしているし、システム構築を何度も経験しているので、セキュリティ面さえしっかりしていれば、SaaSを自分たちで利用することにそれほど抵抗がない。逆に、中小企業は、システム導入を経験しているとしても、たいていはSIerに丸投げ状態であるから、いざSaaSを自分たちで使おうという段階になって、どうしていいか解らなくなってしまうのである。

 先日の記事で紹介した調査では、SaaS導入を見送る理由の第一位に「セキュリティ面の不安」が挙げられているけれども、これは建前であって、本音は自社のIT活用能力の不足にあると私は考えている。よって、中小企業向けのSaaSに商機を見出したいベンダーは、中小企業のIT活用能力を上げる手段を用意しなければならない。とはいえ、1社1社懇切丁寧に対応していたら、SaaSの単価からして全く儲からないから、多数の企業に一気にアプローチできる効率的な方策をひねり出す必要がある。

【考えられるCSF(Critical Success Factor:最重要成功要因)】
 事例から見えてくるCSFはこんな感じだろうか?

 ・一定の製品知識・能力がある顧客のターゲティング
 ・(上記と関連するが、)逆に、製品知識・能力に乏しい顧客をうまく排除する仕掛けづくり
 (IKEA、Salesforce.comのターゲティングより)

 ・顧客が企業の業務を肩代わりすることで削減されたコストが、顧客に十分に還元されていると解るような、既存製品・サービスに比べて圧倒的に安い価格設定

 ・顧客の裾野を広げたい場合は、顧客の製品知識・能力向上を効率的に行う仕組みを構築
 (IKEAの巨大なショールームは、実はこの役割を果たしていると思う。自分で完全にインテリアをデザインできない人たちでも、ショールームに展示されたいくつかの例を見ていくうちに、ある程度イメージが湧いてくる。あとは、そのイメージに基づいて、1階の倉庫から製品をピックアップしていけばよい。

 また、インテリアデザインが面倒な人たち[=本当は、IKEAがあまりターゲットにしたくない顧客]は、ショールームと全く同じ家具を購入する、という手段に出ることもできる。

 SaaSを本格的に中小企業にも広げていくためには、こうした仕組みが不可欠になる。会員企業限定のサイトをオープンしてSaaSの導入・運用手順を細かく紹介したビデオを流す、中小企業のIT担当者をターゲットとした100人単位のセミナーを開催してその場で自社のSaaSの設定をしてもらう、といった方策がありうるのではないだろうか?)

>>【シリーズ】ビジネスモデル変革のパターンの一覧へ

(※)『日経ビジネス』(2009年8月3日号)

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