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May 27, 2011

「社会的価値」はどうやって測定すればいいのだろう?―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』

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 これまで見てきたように、ポーターが言う「共通価値の創造」とは、社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創出することであり、従来のCSR(社会的責任)とは異なる考え方である。

 社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する(1)―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』
 社会的ニーズの充足を通じて経済的価値を創造する(2)―『戦略と競争優位(DHBR2011年6月号)』

 ここで問題になるのは、「社会的ニーズの充足が経済的価値に貢献しているかどうかを、どうやって測定するのか?」ということである。ポーターの論文では、社会的価値の創造に積極的な企業の事例がいくつも紹介されている。例えばこんな感じだ。
 コカ・コーラは、全世界における水の量を2004年の水準から9%削減している。これは、2012年までに20%削減するという目標を、ほぼ半分達成したことになる。

 ダウ・ケミカルは、同社最大規模の生産拠点における真水の消費量を10億ガロン(約37億8500万リットル)削減することにした。これは、約4万人のアメリカ人が1年間に消費する量に匹敵し、最終的には400万ドルのコスト削減につながった。
 ただし、このレベルの記述であれば、企業が決算時に発表する「CSRレポート」の記述と大差がないように思える。重要なのは、「コカ・コーラが全世界における水の量を9%削減すると、コカ・コーラの利益がどのくらい増えるのか?」ということである。しかも、単なるコスト削減によるものではなく、需要の創造(=売上の拡大)による利益増でなければならない。そうでないと、本当の意味で経済的価値が創造された、すなわち経済成長がもたらされたとは言いがたいからである。

 この問いに答えるためには、「コカ・コーラが全世界で使用する水の削減」と「コカ・コーラの需要増」という2つの要素をつなぐシナリオが必要になる。コカ・コーラが水を節約することで充足される社会的ニーズとは何か?その1つは、「安全な飲み水が得られない人々の減少」ではないだろうか?

 全世界には、安全な飲料水を利用できない人が約11億人存在すると言われている。実に全世界の人口の5分の1に相当する数だ(※1)。コカ・コーラは世界で約900以上の工場を有しているが(※2)、その中にはインドや北アフリカなど、新興国に立地するものも少なくない。何年か前に、インドのコカ・コーラ工場が水を使いすぎて周辺の土地が地盤沈下を起こし、インド国内のコカ・コーラ不買運動にまで発展したこともあった。

 仮にコカ・コーラが新興国の工場で使用する水の量を節約し、その分を現地住民に還元することができたならば、こんなシナリオが考えられるのではないだろうか?

  コカ・コーラが新興国の工場で使用する水の量を節約する。
 ⇒周辺住民は、安全な飲み水を利用できるようになる。
 ⇒周辺住民の衛生状況が改善される。
 ⇒周辺地域における感染症が減少する。
 ⇒感染症に弱い子どもの死亡率が低下する。
 ⇒順調に成長する子どもが増え、将来的には地域の労働力人口が増加する。
 ⇒その地域の各世帯の所得水準が向上する。
 ⇒その地域でコカ・コーラを購入できる人たちが増える。
 ⇒コカ・コーラの売上が増加する。

 これはかなりアバウトなシナリオだし、コカ・コーラにとってあまりにも有利なシナリオになっている感じが自分でもするのだけれども、「社会的ニーズの充足」と「経済的価値の創造」をつなぐとは、こういうことなのではないだろうか?

 こうしたシナリオが描ければ、各プロセスの成果を測定するKPI(Key Performance Indicator、重要成果指標)を設定することが可能になる。先ほどのシナリオで言うと、コカ・コーラの工場の周辺地域における、

 ・安全な水にアクセスできる住民の数
 ・感染症の患者数
 ・子どもの死亡率
 ・労働力人口
 ・1世帯あたりの所得

などをKPIとして設定し、その数値を中長期的にモニタリングすることになるだろう。ポーターも、共通価値の創造に向けた指標の重要性を指摘している。
 共通価値を創造するには、(中略)具体的な指標を事業部門別に用意する必要がある。さまざまな社会的影響について追跡し始めた企業もあるが、これら社会的影響と経済的利益を事業として結びつけている企業はまだ少ない。
 ただ、ここでもう1つ問題になるのは、これらのKPIはコカ・コーラ単独で改善できるものばかりではない、ということである。むしろ、コカ・コーラ以外の影響の方が大きいだろう。感染症の患者数を減少させるには、優れた医療機関の存在が欠かせないし、子どもが順調に成長することを願うならば、適切な教育施設が整っていることも必要条件となる。

 では、「コカ・コーラは共通価値を創造するために、医療機関や教育施設の整備にも乗り出さなければならないのか?」というと、それはまた別問題である。この点が、企業の社会的責任の範囲を決める上で重要な論点になるわけだ。ドラッカーは何十年も前から企業の社会的責任について論じていたけれども、「企業が責任を持てないことにまで手を伸ばすのは、逆に無責任である」と何度も忠告している。

 コカ・コーラが医療機関や教育施設を建設・運営するべきか否かは、コカ・コーラのコア事業との関連性によって決まる。コカ・コーラがこれらの施設をマネジメントする能力を有しないならば、たとえ共通価値の創出が大義名分として掲げられていたとしても、この分野に手をつけてはいけないということになる(よく考えれば当たり前なのだけれども・・・)。かといって、この問題を放置しておくわけにもいかない。コカ・コーラは、これらの分野に強い他の企業や現地NPO、あるいはコカ・コーラと似たような社会的ニーズの充足に取り組む企業との上手な連携を通じて、共通価値を創造していくことになるのだろう。

(※1)国際連合『World water Development Report 2(世界水開発報告書2)』(2006年)
(※2)日本コカ・コーラHPより。ちなみに、日本には2つしか工場がない。
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