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   新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
May 18, 2011

これはOne-to-Oneマーケティングの本だな―『イノベーションの新時代』

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M・S・クリシュナン、C・K・プラハラード
日本経済新聞出版社
2009-06-11
おすすめ平均:
「個客経験の共創」と「グローバル資源の利用」の価値創造戦略
主張に新規性なし
肩すかし
posted by Amazon360

 『コア・コンピタンス経営』、『ネクスト・マーケット』の著者であり、世界中のマネジメントの権威(Management Guru)をランキングする”Thinkers 50”でNo.1に輝いたこともあるC・K・プラハラードの最新作ということで読んでみた。だが、正直なところ期待はずれ・・・。2010年4月16日にプラハラードが亡くなったため、現時点ではこの本が日本における同教授の最後の著書ということになるのだが、それにしてはちょっと寂しい気がした。BOP(Bottom of the Pyramid)ビジネスの魅力と成功のカギを説いた『ネクスト・マーケット』とのつながりも薄いし、Amazonのレビューにもあるように、全体を通じてイノベーションの本とは言いがたい。

 著者が一貫して主張しているのは、これからのビジネスでは「個客(個々の顧客という意味)」に合った経験価値を提供することが重要になるということだ。さらに、カスタマイズされた経験価値を自社のリソースだけで提供することは困難であり、グローバル規模で外部リソースを上手に活用する必要性が出てくるという。

 ただ、これが果たしてイノベーションなのか?と自問自答してみると、私自身は懐疑的にならざるをえない。むしろ、90年代からマーケティングの分野で盛んに取り上げられるようになった「One-to-Oneマーケティング」のことではないだろうか?その辺りも含めて、気づいた点をつらつらと書いてみたいと思う。
 契約者の行動や生活スタイルをもとに保険料を決める仕組みができたらどうだろう。腕時計や携帯電話に取りつけたセンサーをとおして、毎日1回抜き打ち的に血糖値ほかの重要データを遠隔測定すれば、この仕組みは実現できるはずだ。測定データがあれば、患者の全面的な同意のもと、保険会社、医師、患者本人が協力して、投薬、食事、運動などに関する指示がどれだけ守られているかを測定できる。(中略)かりに患者がアドバイスに従わず、従来の好ましくないライフスタイルをつづけるなら、本人と保険会社、両者のリスクが高まり、保険料の上昇を招く。
 生命保険会社のサービスを、被保険者(顧客)に応じてカスタマイズする例として著者が紹介しているもの。しかし、自動車保険ではこうしたカスタマイズが当たり前になっているよな。たいていの保険会社では、自動車の走行距離や免許の種類、自動車を使用する頻度などによって保険料が変動する。

 より高度なカスタマイズを施す可能性があるとすれば、引用文にある遠隔測定の仕組みと同様に、被保険者であるドライバーが本当に安全な運転をしているかどうかをモニタリングするセンサーを自動車に組み込んで、ドライバーの運転テクニックによって保険料を定期的に変更することだろう。自動車の使用頻度は自己申告に過ぎないし、ゴールド免許を持っているからといって運転が上手とも限らない(単に乗る機会が少なくてゴールドになってしまっただけかもしれない)から、被保険者のリスクをより厳密に測定する仕組みを導入して、もっと精緻な保険料算出モデルを作り上げる余地はあるだろうね。
 24/7カスタマー(※コールセンターのアウトソーシング会社)は、JPモルガンの了承をとりつけると、事業アナリスト、統計の専門家、各職能分野のプロフェッショナルらを集めて専任チームをつくり、顧客データベースの中身とクロスセリングの流れを詳しく分析し、予測解析モデルを導き出した。(中略)この予測解析モデルを使って、顧客の性別、収入、保有商品、取引履歴といったデータを、担当者の年齢、熟練度、専門知識などとつき合わせ、その結果をもとに、顧客にとって最も都合のよいタイミングで、その顧客のために選り抜いた担当者から、ニーズにぴったりの商品を紹介する。
 これなんかは、まさにOne-to-Oneマーケティングの典型例。アマゾンやハラーズ(カジノを運営しているアメリカ企業)など分析力に優れている企業は、統計の専門家を自社で雇用しているくらいだ。
 新しい潮流を発見するには、消費者の期待や行動、技術動向、サプライチェーンの本質とその改善の可能性などを理解しなくてはいけない。では、早めに潮流に気づく秘訣は何だろうか。(中略)どの企業にも、取引データ(例:売上データ)や体系化されていないデータ(ビデオクリップや広告など)が大量に眠っているはずだ。そこで、これまでに蓄積してきたデータを消化し、貴重な知見を引き出す方策が求められる。個客経験の競争とグローバル資源の利用を目指すなら、リスクを抑えて機会をつかむために、リアルタイムの分析が役に立つ。
 定量的なデータであれ、定性的なデータであれ、既存データの分析から本当の意味でのイノベーションにつながる知見が得られることは稀であるという話はよく耳にする。「通常の市場調査からはイノベーションは生まれない」とも言われるよね。

 既存データの分析は、セグメンテーションの切り口の変更やターゲット顧客の見直し、製品・サービスの機能や性能の向上、プロモーションや販売チャネルの改善、などといった場面では効果を発揮する。しかし、イノベーションとは、顧客自身も気づいていないニーズをキャッチすることで生まれるものである。そうしたニーズはデータにはほとんど現れない。

 だからこそ、P&Gは”Living it”(生活してみる)や”Working it”(働いてみる)などのプログラムを通じて、顧客が普段どのような生活をしており、どのようにP&Gや競合他社の製品を購入し使用するのかをじっくりと観察するんだな。P&Gの社員は長時間にわたる観察から、「ひょっとしたら顧客は○○で困っているのではないか?」、「競合他社の製品とそれほど変わらないように見えるP&Gの製品が競合に負けるのは、実は顧客が○○という全く別の点を重視しているからではないか?」といった仮説を導く。そして、それをイノベーションに活用するのである(※1)。
 顧客が航空チケットを購入すると、航空会社はそれが出張かプライベート旅行かを判別できる。有名な観光地へのフライト予約が4人分まとめて入り、4人の姓がすべて同じなら、プライベートの家族旅行だと容易に察しがつくだろう。これが出張ではないとわかったら、航空会社はホテルやレンタカーだけでなく、子ども向けの娯楽サービスや、信頼できるベビーシッターなども勧めるべきかもしれない。
 これはEBM(Event Based Marketing)の例だろう。EBMとは、最適なタイミングで最適な商品やサービスを最適な手段で提案するマーケティングである(※2)。日本だと、スルガ銀行や横浜銀行がEBMを行っている。銀行の場合、イベントとは就職、結婚、出産、住居購入、定年退職といった顧客にとって重要な出来事であって、かつ金融商品やサービスの販売機会になるものを指す。

 例えば、結婚を機に生命保険への加入や住宅購入を検討する顧客が多いとする。ある30代前半の男性の口座から、数百万単位の引き出しがあった場合は、この男性が結婚資金を支払った(つまり、結婚した)と推定して、生命保険や住宅ローンを紹介する、といった具合である。

 まぁ、EBMは慎重にやらないと、「プライバシーを侵害する企業だ」という印象を与えかねないからね。いきなり銀行のコールセンターから電話がかかってきて、「最近ご結婚されたのではないですか?おめでとうございます!新生活を始めるにあたって、生命保険をご検討されてはいかがですか?」なんて言われたら、私なんかは「気持ち悪っ!」って思うもんな。だから、顧客が最初に銀行口座を開いた段階で、「当社は口座の入出金データをモニタリングして、最適な金融商品を紹介させていただくことがある」という点について、顧客の合意を取りつけることが必須だろう(もちろん、銀行はそのぐらいやっていると思うけど・・・)。

 あとは、「さりげなく提案すること」が大事だと思うね。引用文にある航空会社の例で言うと、チケットをネット上で買った後に航空会社から電話がかかってきて、「先ほどご購入されたチケットは家族旅行のものではないでしょうか?ご家族での宿泊に最適なホテルがありますよ」などと露骨に提案されたら、やっぱり私はドン引きするなぁ(さすがに航空会社もそんなおバカな運用はしないと思うけど)。

 Web上でチケット購入手続が完了した後に、さりげなく「今回は家族旅行ですか?おすすめのホテル、レストラン、レジャー施設があります」という画面が開く。画面の下部には、「ホテルを見る」、「レストランを見る」、「レジャー施設を見る」というボタンが並んでいる。

 ボタン押下後のページで紹介しているホテルやレストランは、航空会社と提携していることを明記して顧客に安心感を与えるとともに、当該ページ経由でホテルなどを予約すると割引や特別サービスが受けられるといった特典を用意しておく。顧客は興味があればボタンを押せばいいし、興味がなければ(あるいは、家族旅行でなければ)スルーして手続完了画面を閉じればよい。こんな感じの仕様にしておけばいいんじゃないかな?

(※1)以前の記事「P&Gが顧客(=ボス)との距離を極限まで縮めるためにやっていること―『ゲームの変革者』」を参照。
(※2)「EBM とは - 知っておきたいIT経営用語:ITpro
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