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September 17, 2010

「ビジョンは不要」と言いながらも強力なビジョンを掲げたガースナー−『巨象も踊る』

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ルイス・V・ガースナー
日本経済新聞社
2002-12-02
おすすめ平均:
リーダー一般、またはITビジネス関係者に
すごい
IBMの再建を託された男
posted by Amazon360

 いつ何のきっかけでこの本を買ったのか全く覚えていない(汗)。そして、なぜこのタイミングでこの本に手を伸ばしたのかも解らないのだが、読書とはそんなものだと割り切ってみる。ガースナーといえば、IBMのCEOに就任して間もない頃に、「IBMにビジョンは必要ない」と言い切ってメディアをびっくりさせたエピソードが有名だ。

 しかし、実のところガースナーは、「『いま現在の』IBMにビジョンは必要ない」と発言していたようだ。メディアが「いま現在の」という部分を抜かして報道してしまったため、ガースナーの意図が正しく伝わらなかったと振り返っている。
 わたしが「いま現在の」ビジョンは必要ないと言ったのは、(CEOに就任してから)最初の九十日間にビジョンを書き連ねた書類がファイル・キャビネットに何個分もあることに気づいたからだ。IBMは、コンピューター業界の主要な技術トレンドを正しく読めていた。そして、こうした変化を生み出した技術のほとんどを発明している。

 だが、身動きがとれず、予想に基づいて動くことができなくなっているのも確かであり、この問題を簡単に解決する方法はなかった。(中略)ほんとうの問題は、市場に出ていき、市場で日々行動を起こすことだ。
 IBMは肥大化した官僚組織ゆえに実行が伴っていなかった。ガースナーが洗練された聞こえのいいビジョンを発表すればIBM社内から歓迎されたかもしれないが、ビジョンが実行されずに終わるのであれば作らない方がましだと考えたのだろう。

 とはいえ、ガースナーは全くビジョンを持っていなかったわけではない。空中分解しそうなIBMを1つの方向にまとめるためには何かしらのビジョンが必要だ。以前の記事「ビジョンを構成する要素とは一体何なのだろうか?」で書いたように、ビジョンの要件が「目的」、「未来イメージ」、「価値観」の3つであるとすれば、それに該当する要素を同書から読み取ることはできる(価値観の内容は同書からの引用、それ以外は私なりにまとめたものである)。
(1)目的
 IBMの目的は、世界中で一流のインテグレーター事業を展開することである。

(2)未来イメージ
 IBMの未来イメージは、「eビジネス」の実現である。具体的には、

 (Who:誰に)大企業から中小企業、さらには政府機関や自治体まで世界中のあらゆる組織に対し、
 (What:何を)IT戦略立案・システム設計から運用・保守までの一貫したサービスを、
 (Where:どこで)当時の主流であったクライアント・サーバーシステムの範囲を超え、今後ますます重要になるグローバル規模のネットワークにおいて、
 (How:どうやって)IBMのあらゆるハードウェア、ソフトウェアの独自規格をオープン・アーキテクチャに転換し、競合関係にあるソフトウェア会社とパートナー関係を結んで、自社製品にこだわらず顧客にとって最適なシステムを構築することによって、「eビジネス」を実現する。

(3)価値観
 ガースナーは、IBMの新しい企業文化の基礎となる「8つの原則」を掲げた。

 1.市場こそが、すべての行動の背景にある原動力である。
 2.当社はその核心部分で、品質を何よりも重視する技術企業である。
 3.成功度を測る基本的な指標は、顧客満足度と株主価値である。
 4.起業家的な組織として運営し、官僚主義を最小限に抑え、つねに生産性に焦点を合わせる。
 5.戦略的なビジョンを見失ってはならない。
 6.緊急性の感覚をもって考え行動する。
 7.優秀で熱心な人材がチームとして協力し合う場合にすべてが実現する。
 8.当社はすべての社員の必要とするものと、事業を展開するすべての地域社会に敏感である。
 同書を読む限り、ガースナーは「8つの原則」を全社メールで送信した以外は、上記の内容を明文化することは最後までなかったと思われる。昨年11月の記事「<布教>という時代は終わりました−『感じるマネジメント』」でも書いたが、ビジョンの文言そのものではなく、その「解釈」こそが重要なのであり、社員との対話を重ねてお互いの理解に齟齬がないかどうかを確認する作業にガースナーは相当の時間を割いたようである。

 もちろん、経営者の仕事はビジョンの浸透で終わりではない。ビジョンは大まかな方向性にすぎないから、ビジョンを実現するための戦略が必要となる。世界中の組織にインテグレーションサービスを提供するといっても、実際にはもっとフォーカスを絞らなければならない。

 ・市場はどのようなセグメントから構成されるのか?それぞれのセグメントは成長しているのか、衰退しているのか?
 ・各セグメントにおける自社のポジションはどうか?競合他社に比べて有利か不利か?
 ・自社の強みを活かしてさらに優位に立てそうなセグメントはどこか?逆に、競合他社に急速に攻め入られているセグメントはどこか?
 ・上記のセグメントにおける自社のポジションを強化・回復するのに必要なコア技術および組織能力は何か?
 ・それらのコア技術および組織能力は、競合他社に比べてどのような状態にあるか?
 ・競争に打ち勝つためには、それらのコア技術および組織能力をどの水準まで押し上げる必要があるか?

などなど、様々な問いに答えていく。こうしてできあがるのが戦略である。ガースナーは、ビジョンと戦略の違いについて興味深い記述を行っている。
 ビジョンを開発するのはじつに簡単だ。ベーブ・ルースがフェンスを指さしたのと変わらない。過去二十年間に、ベーブ・ルースを真似てフェンスを指さした選手が何人いただろう。そして、そのなかで一分以内にそこに本塁打を打った選手が、はたして何人いただろうか。

 ビジョンをまとめると、自信と安心感が生まれるが、これはじつはきわめて危険なことだ。ビジョンは大部分、志を表明するものであり、社内に熱意と興奮を作り出す役割を果たす。しかしその性格上、志を現実に変えるための道筋を示す点では役に立たない。
 すぐれた戦略は大量の数量分析から始まる。現実をとらえる困難な分析であり、これを知恵と英知、リスクをとる姿勢と組み合わせる。(中略)

 製品を分解して、コスト、特徴、機能性を検討する。損益計算書と貸借対照表のすべての項目にわたって、客観的に競争相手との比較を行う。競争相手の物流コストはどの水準にあるのか。営業担当者を何人抱えているのか。営業担当者の給与はどう決められているのか。競争相手と比較して、自社は販売会社にどう見られているのか。こうした問いを数百立てて事実を分析し検討し、競争環境の深い評価にまとめる必要がある。
 ガースナーは、マッキンゼー時代にビジョンと戦略を混同している経営者が実に多いことに気づかされたと述懐している。そのガースナー自身が経営者となり、ビジョンと戦略を明確に峻別して経営を行った姿勢からは、学ぶところが非常に大きい。

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