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April 12, 2010

日本型雇用制度は半世紀持ったんだから十分だろ−『7割は課長にさえなれません』

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城 繁幸
PHP研究所
2010-01-16
おすすめ平均:
社会全体の緩やかな下降
7割は課長にさえなれません
現状の日本型雇用システムの疲弊を抉る慧眼の書
posted by Amazon360

 人事コンサルタントの城繁幸氏の著書。友人が、「日本の雇用システムの本質的な問題が結構クリアに書いてあっていい本だよ」と言うので読んでみた。確かに、著者が伝えたいメッセージは明確だった。城氏は富士通の成果主義の問題を暴露して以来、日本型雇用システムが中高年を厚遇し、若者を搾取していると一貫して主張している。

 ここでいう日本型雇用システムとは、正社員の終身雇用と年功序列のことを指す。いずれも戦後の高度経済成長期に確立された制度である。戦前の方がむしろ自由に社員を解雇できるシステムになっていて、労働力の流動性が高い社会であった。

 どんな制度も必ず時代背景があり、何らかの前提の上に成り立っている。一度確立された制度は、社会と人間の頭に強く埋め込まれる。そのため、永続性があるように錯覚されるのだが、前提が覆れば制度自体も見直さざるを得ない。終身雇用と年功序列が前提としていた条件は今や完全に崩れており、そのためにいろいろな弊害が起きている。この点について、同書の内容を踏まえて簡単にまとめておこうと思う。

(1)終身雇用
≪前提条件≫
 a.企業が好不況の影響をそれほど受けず、安定的に成長を見込めること。
 b.とはいえ、万一予想以上に業績が落ち込んだ時に備えて、人件費を簡単にコントロールできるローリスクな調整弁を別に用意しておくこと(例えば、結婚や出産を機に退職する女性社員、派遣社員、契約社員、パート、アルバイト、下請会社など)。
≪前提の崩壊とその弊害≫
 ・事業環境の不確実性が増したことにより、好不況の予測が困難になった上にその波が激しく、企業の業績が安定しない。
 ⇒企業はコストカットの一環として調整弁を真っ先に切り捨てる。しかも、正社員は終身雇用で保護されているため、捨てられた彼ら彼女らが復活できるチャンスは非常に少ない。

(2)年功序列
≪前提条件≫
 a.中高年の社員よりも若手社員の方が多く、企業の成長・拡大とともに若手にもポストが与えられる。
 b.学部卒一辺倒で採用を行い、彼らが年齢を重ねるに従って給与を引き上げていく。
 c.年上の社員の方が能力が高く、精度の高い意思決定をすることができる。体力のある若い社員は、上司の意思決定をひたすら実行すればよい。
≪前提の崩壊とその弊害≫
 ・現在の企業の人口ピラミッドはかなりいびつな構造をしている。また、企業の成長も保証されていない。
 ⇒同書のタイトルどおり、深刻なポスト不足。特に、バブル時代に大量に入社した社員が管理職の手前で多数詰まっているため、それより下の世代は長い待ち行列のさらに後ろの方にいることになる。
 ・文科省が大学院の定員を増やしたことで院卒が大幅に増加。
 ⇒現行の賃金体系では、30歳手前の職歴がない院卒を採用しようとすると、入社後6、7年経った同年齢の社員と同額の給与を支払わなければならず、企業は院卒の採用をためらう傾向がある(いわゆるポスドクの就職難)。
 ・転職市場の拡大により、中途採用はもはや珍しいことではない。
 ⇒仮に、社内の同年齢の社員よりはるかに能力は高いが、前職での給与も高い社員を中途採用しようとすると、同年齢の社員の給与に合わせて彼の給与を引き下げなければならない。よって、優秀な人材が集まらない。
 ・新しい知識や技術が次々と生み出される今の時代は、年上の方が必ずしも高い能力を持っているとは限らない。むしろ、年上の能力が陳腐化してしまう可能性もある。
 ⇒ボンクラな管理職の下で優秀な若手社員がこき使われるという搾取が起きる。嫌気が差した若手社員は、実力主義の外資系に転職していく。

 日本型雇用制度は戦後の産物だといっても、すでに半世紀が経過しているわけだから、制度としては長く持った方だと思う。時代が変われば新しい制度の導入が不可避になる。1990年代の成果主義の導入は、日本型雇用制度を変えるチャンスであった。ところが、「成果」を「目に見える結果」と履き違えてしまい、社員がみな個人プレーに走って、短期的な業績にしか目が行かなくなってしまった。さらに、人事部が旧来の年功序列を中途半端に残したがゆえに、成果(というか結果)を出したのに昇進できないという不条理が若手社員を失望させた(「これからの人事制度は『上を下への人事異動』が必要になる?」も参照)。

 では、旧来の日本型雇用制度でも90年代の成果主義でもない、あるべき人事制度とは何なのか?城氏の提案を要約すると、「正社員、非正社員という垣根を取っ払い、全員を職務給制度に乗せると同時に、労働市場の流動性を高める」というものである。要するに、社員は仕事の価値に応じて給与をもらう。だが、期待された価値を発揮できなければ降格か転職を余儀なくされる。しかし、労働市場が自由市場としての本来の機能を果たせば、人材は最適なポジションに再配分される。

 私も城氏の考えには基本的に賛同している。経営資源の中で、モノ、カネ、情報は飛躍的に流動性が高まったのに、人材だけは未だに硬直的な制度の中だ。不確実性が高い社会においては、資源の自由な移動を推奨することで、最もパフォーマンスが高くなる資源の組合せを常に追求し続けなければならない。

 今は大河ドラマの影響もあって坂本龍馬の人気が高く、幕末から明治維新にかけての歴史が注目を集めている。この時代には、能力がある者が年齢とは関係なしにどんどん抜擢された。変換期の人事とはそういうものである。「オレは坂本龍馬が好きなんだよねぇ」と言いながら、年功序列と終身雇用の恩恵をたっぷりと受けているローパフォーマーの管理職がいたら、後ろから思いっきり椅子を蹴り飛ばしてやった方がいいかもしれない。

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コメント

はじめまして。おじゃまします。

入社式を終えて研修を経て社会人の階段を上る、似たようなスーツ姿の新卒学生の群れ……まるで信仰を貫くための巡礼の一団のように見えるのは、私だけでしょうか。

終身雇用の崩壊、雇用の多様化・流動化といわれても、当の企業や学生は、昔ながらの信仰を守ろうとしているようです。
儀礼を通過することで何かが見えてくる……もはやそんなウソには気づいているくせに。出世や社内の地位に幻想など抱いてないくせに。
他に信じていることがあるくせに。

働くということも、学ぶということも、今や個人を委縮させ、所属組織も縮小再生産させる、そういう意味しかなくなっているのでしょうか。
>molirinhoさん

コメントありがとうございます。

人間の心理というのは恐ろしいもので、危険が迫っていると解っていても、自分だけは逃げ切れると思う節があるようです。ちょうど、サブプライムローンの危険性を認識していながら、暴落直前に売り逃げすればいいと楽観視していた多数の金融機関と同じように。

今の新卒も、自分だけはうまく会社の中で立ち回れると心のどこかで思っているのかもしれません・・・

私が新卒で入ったベンチャー企業は、入社式で「45歳から退職金が出せる退職金積立制度を作る」と言っていましたが、その3年後に別会社に吸収される形で消滅しました(私は1年ちょっとで転職していたので、どうでもいい話ではあったのですが)

数十年先など誰も予測できません。予測できない未来を無理やり想定して誰かが作った制度やインフラに依存するのではなく、「私は私」という確固たる自分軸をもって仕事に臨むことを、若い社員には期待しています。

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