※2012年12月1日より新ブログに移行しました。
>>>現行ブログ free to write WHATEVER I like
⇒2019年にさらにWordpressに移行しました。
>>>現行HP シャイン経営研究所(中小企業診断士・谷藤友彦)
April 03, 2010

戦時には戦時の人事制度ってものが必要だ

拍手してくれたら嬉しいな⇒
 ちょうど1年ほど前の記事「これからの人事制度は『上を下への人事異動』が必要になる」の中で、インテル独自の流動的な人事制度について触れたが、もっとインテルの人事制度の中身が解らないものかとこの本を買ってみた。

アンドリュー・S. グローヴ
早川書房
1996-04
おすすめ平均:
まさに経営のバイブル
技術と経営,両分野で頂点を極めた筆者の経営指南書
新しい事は書かれていないかな。
posted by Amazon360

 クリストファー・A・バートレットやスマントラ・ゴシャールが『個を活かす企業−自己革新を続ける組織の条件』の中で記述した部分にぴったりと当てはまる箇所は残念ながら発見できなかったが、それに近い内容としてインテルの人事制度には2つの特徴があることが読み取れた。

クリストファー A. バートレット
ダイヤモンド社
2007-08-31
おすすめ平均:
単なるエンパワーメントではだめなことを教えてくれる良書
posted by Amazon360

(1)インテルには、明確に降格人事が存在する
 アンディ・グローブは「ピーターの法則」を否定しない。ピーターの法則とはアメリカの教育学者・ローレンス・J・ピーターが提唱した法則で、「能力社会の階層組織では、人は無能になるまで出世する」というものである。組織の構成員は、ある階層で突出した能力が認められると、1つ上の階層に昇進することができる。その階層でも高い能力を発揮すれば、またさらに1つ上の階層に登る。

 だが、「名プレイヤーは名監督にあらず」という言葉もあるように、昇進後も昇進前と同様に能力を発揮し、高い成果を上げられるとは限らない。昇進を繰り返すうちに、誰しも能力の限界に達し、そこで昇進がストップする。人によって能力レベルに違いがあるから、最終的に留まる階層も皆違う。ということは、最終的には組織全体が無能な人間ばかりで運営されることになる。これがピーターの主張である。何ともネガティブな法則だ。

 だが、実際の経営者がピーターの法則に忠実に従ったまま何もしなかったら組織はぶっ倒れる。アメリカ企業では、能力がないと判断された段階で解雇されることが多い(日本企業は解雇規制が厳しいため、無能だけを理由に解雇するのは極めて困難だが)。しかし、グローブの考えは少し違う。解雇するのではなく、「昔はよくできた仕事に戻す」のが筋だというのである。これは事実上の降格人事になる。
 人により自分の能力以上の職位に昇進し、その仕事をかなり長い間平均以下にしかできないことがある。解決方法は”リサイクル”することである。昇進させられる前によくできた仕事に戻せばよい。人びとはそれを個人としての失敗と見がちである。事実は、その人がもっと責任のある仕事のできる準備ができたと誤って判断した経営者の失敗なのである。

 (中略)経営側は自分自身の判断の誤りを直視して、その人ができるような仕事に戻すような手だてを、正直に慎重に考えるべきである。また、その従業員はおそらく気まずい思いをしているだろうから、経営側はそんな気持ちをやわらげる努力もすべきである。
 あくまでも各社員の能力に応じて人材の最適配置を目指す、というグローブの考え方が人事制度にも反映されており、自らもその方針を社内に積極的に発信していることがうかがえる。

(2)インテルはマトリクス組織を採用しているが、一方の組織では上司でも、もう一方の組織では誰かの部下になることがある
 インテルは事業部別組織と機能別組織をミックスさせたマトリクス組織(同書の中では「混血組織」と呼ばれている)になっている。通常のマトリクス組織では、1人の部下が2人の上司の下につくという「ワンマン・ツーボス制」になるのだが、インテルの場合は違う。

 例えば、ある事業部の製造ラインを担当する製造部長がいたとする。この製造部長はまず、事業部を統括する事業部長の配下にある。一方で、事業部とは別に、各事業部に配属されている製造ライン担当者やマネジャーから構成される横串の機能グループが存在する。先ほどの製造部長も当然このグループに所属するのだが、もし彼が製造ラインについて深い技術や知識を持っており、それを全社展開することで他の事業部にも大きなレバレッジ効果が見込めるならば、彼はこの機能グループにおいてトップの役職を務めることになる。つまり、他の事業部の製造ライン担当者や製造部長を部下に持つことになる。

 要約すれば、この製造部長は、事業部においては事業部長の部下として、機能グループにおいては他の事業部の製造ライン担当者および製造部長の上司として振舞う。そして、これは社長であるグローブでさえ例外ではない。
 1つの平面では部下・上司の関係にある人びとが、他の平面では逆の関係になることもありうる。たとえば、私はインテル社の社長である。しかし、別の面では戦略企画グループの一員であるが、ここでは、ある事業部のコントローラー(内部監査部長)がつとめる議長が上司である。これは、まるで私が予備役の一員で、週末の演習の際、指揮をとる連隊長を見たら、たまたま社の事業部の当コントローラーだったというようなものである。現場の第一線に戻れば、私は彼の上司、あるいは上司の上司だが、予備軍では、あくまで彼が私の指揮官なのである。
 『個を活かす企業−自己革新を続ける組織の条件』の中で紹介されたグローブの言葉「インテルにおいてキャリアアップとは、組織図上で上に行くことではなく、インテルのニーズを満たすという意味だ」というのは、この混血組織における「二重所属制度」のことも含んでいると思われる。

 インテルの人事制度は、年功序列のような硬直的な制度ではなく、事業環境の変化に伴って生じる組織のニーズに合わせて、最も適した能力を持つ人材を最も適したポジションにつけることを目的としている。そして、環境変化が激しくなればなるほど、適材適所を探る人事施策は活発になる。

 年功序列は経営環境や労働力が安定した時代の人事制度であり、言ってみれば平時の制度だ。だが、いざ戦時に突入すれば、平時の制度は役に立たない。「これからの人事制度は『上を下への人事異動』が必要になる」の中でも、アメリカ軍は実際の戦闘では通常の訓練時とは異なる指揮命令系統が柔軟に構成されることを紹介した。戦時には戦時の人事制度というものがあると言えよう。

 日本人は、どうも平時の人事制度にこだわる傾向があるという印象が否めない。今の経営環境なんて、完全にグローバル規模で展開される戦時状態だというのに、多くの企業には未だに年功序列が根強く残っている、と人事コンサルタントの城繁幸氏は頻繁に主張している。

 歴史を振り返ると、第2次世界大戦での海軍は国家の運命を賭けた大戦争をやるというのに、適材適所の主義が貫けなかったと作家の半藤一利氏は指摘する。その一例として、海兵59期を務め、その後軍事評論家となった吉田俊雄氏は、真珠湾攻撃には戦略眼に長けた小沢治三郎(じざぶろう)を持ってくるべきだったのに、軍の規則に従って小沢よりも年次が上の南雲(なぐも)忠一を任命してしまったことを挙げている。(※1)

 だが、日本でも戦時の人事政策が全くとられていないわけではない。現在の大河ドラマが舞台としている幕末から明治維新の時代は完全に戦時の状態であり、年齢など関係なしに能力ある者がどんどん活躍していった。

 さらに時代を下って日露戦争に目を向けてみると、大国ロシアを破った英雄として児玉源太郎の名前に行き当たる。日露戦争の開戦前、陸軍側の作戦を立てていたのは参謀本部次長の田村怡与造(いよぞう)であった。ところが、田村は開戦4ヶ月前というタイミングで急逝してしまう。

 この時、児玉は桂太郎内閣の副総理、内閣大臣権台湾総督の地位にあった。児玉は陸軍の緊急事態を見て、自らを田村の後釜として参謀本部次長にすることを桂首相に直言した。桂は、「大臣は親任官だが、次長は勅任官だから格下げになる」と渋ったのに対し、児玉は「この際そんなことは問題ではない」と言って参謀本部次長を引き受けたのである(※2)。もしこの英断がなかったら、日露戦争の結末は変わっていたかもしれない。

(※1)秦郁彦他「『昭和の名将』No.1は誰か 第2回」(『Management & History 歴史の知をビジネスに活かす』2009年4月号、ダイヤモンド社)
(※2)土本周平「『陸軍の頭脳』児玉源太郎」(『歴史に学ぶ』2009年7月号、ダイヤモンド社)
トラックバックURL

このエントリーのトラックバックURL:

コメントする