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February 22, 2010

果たして意思決定に感情は不要なのか?

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2009-09-10
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 2009年10月号のもう1つの特集が「脳科学とビジネス」であった。脳科学のことはまるで知識不足なのだが、私が学生時代に聞いた話では「毎日(※毎月ではない)、本1冊分ぐらいの新しい論文が出る」と言われるぐらい、日進月歩が激しい分野らしい。

 ビジネスとの関係でよく取り上げられるトピックが、「意思決定と感情」の関係である。この特集もこの点にフォーカスが当たっている。かつて、「合理的な意思決定を下すためには、感情は不要である」との考え方が主流だった時期があったそうだ。確かに、怒り、不安、恐怖、競争心、興奮といった感情が、合理的な意思決定を阻害するという研究はたくさん存在する(「不確実性を一般的に論ずるのは難しい−『不確実性に克つ「科学的思考」(DHBR2009年7月号)』」でも少し触れた)。

 怒りが合理的な意思決定を歪める例として、「最後通牒ゲーム」というのがある。AさんとBさんが1万円を分け合うケースにおいて、 まずAさんが1万円のうち好きな金額をBさんに与えることを提案する。Bさんは、Aさんの提案を受諾するか否かを選ぶ。Bさんが受諾すれば提案された金額を受け取ることができ、Aさんも残りの金額をもらうことができる。ただし、Bさんが提案を拒否すると、2人とも1円ももらえない。

 この条件下では、Bさんはどのような意思決定をすることが最も合理的なのか?ゲーム理論の世界では、たとえAさんが超ドケチで1円しか提案しない場合でも、Bさんが拒否してしまうと1円ももらえないわけだから、拒否せずにAさんの提示額をそのまま受諾するのが最も合理的であると説明される。

 だが、生身の人間に実際にこれをやらせてみると、Aさんの提示額が低い場合、Bさんは1円ももらえないと解っているにもかかわらず、提案を拒否することが多いことが実験で明らかになっている。Bさんに理由を聞くと、「相手のケチさに腹が立った」というのが主たる理由だという。つまり、怒りがBさんの合理的な意思決定を歪めていることになる。

 脳の中で感情をつかさどるのは大脳辺縁系という部位である。ここで浮かび上がってくるのは、「この部位を取り除いてしまって、感情の影響をゼロにしてしまえば、人間は完璧な意思決定ができるのではないか?」という論点である。

 だが、これもまた誤りである。本号に収録されているガーディナー・モースの「脳の意思決定メカニズム」と言う論文に、神経学者アントニオ・R・ダマシオの研究が紹介されている。ダマシオは、前頭前野の中で感情を処理する部位に損傷があると、日常的な意思決定すらできないことを発見した。

 この発見は、ダマシオがある脳腫瘍の患者を治療したことがきっかけであった。患者の脳腫瘍はオレンジ大の大きさがあり、前頭葉を圧迫していた。ダマシオは脳腫瘍を除去する手術に成功したものの、患者の意思決定能力は以前とは比べ物にならないくらい落ちてしまった。患者は優秀なビジネスマンであったが、退院後は職場で集中力を失い、スケジュール管理もできなくなってしまったという。

 その後、同じように大脳辺縁系が損傷している患者を50人以上調べた結果、彼らは通常の人に比べてうまく意思決定できないことを確認した。結局、感情は意思決定に重要な影響を与えているのである。

 意思決定は理性と感情の対話によって下される。しかしながら、怒り、不安、恐怖、競争心、興奮といった感情は、この対話にマイナスの影響を与えることが多い。となると、どんな感情ならばいいのか?そう、非常に当たり前の結論になってしまうが、「冷静さ」でしかないと私は思う。この感情こそが、合理的な意思決定を導く可能性を最も高くする。

 冷静な意思決定に長けていた人物の例として面白いと思うのが、魏の曹操である。曹操は、父が殺された除州で住民に対する大虐殺を行うなど激情的なイメージがつきまとうが、内部の人材登用に関しては非情に冷静であったという。出自や素行に多少問題があっても、能力がある者をどんどん登用した。陳寿は『三国志』の中で、「情を矯(ま)げて算に任じ、旧悪を念(おも)はず」と曹操を評している。

 曹操は自分の個人的な感情を抑えて、利害得失のみに集中するように努めた。反乱軍の捕虜の中に自分の家族がいるという理由で寝返った畢遏覆劼弔犬鵝砲紡个靴討蓮反乱軍を制圧した後、「親に孝行な奴は君主にも忠誠を誓うはずだ」という理由で重職に任命している。また、曹操との戦いに際して曹操一家のことをけちょんけちょんにこき下ろした檄文を送りつけた名文家の陳琳に対しても、一旦は捕虜にしたものの「お前には文才がある」という理由で保釈している。(※)

 人材の登用をめぐっては、とかく個人的な感情が入りやすい。「この人とは気が合いそうだ」というだけで簡単に採用したり、「こいつは嫌な奴だ」というだけで閑職に追いやったりしてしまう。だが、曹操には全くそのようなことがなかった。だからこそ、三国が競って人材探しを行う中、いち早く優秀な人材を集めることに成功し、呉と蜀を制圧することができたのだと思う。

(※)曹操に関する記述は、陳舜臣「曹操(第2回)」(『Management & History 歴史の知をビジネスに生かす』2009年2月)を参考にしている。

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