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   新ブログ 谷藤友彦ー本と飯と中小企業診断士
November 30, 2009

「自分らしいキャリア」だけで本当に十分か?

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 一昔前であれば、社員のキャリアパスは企業側が用意してくれるものだという暗黙の了解があったようだが、事業環境がめまぐるしく変化し、組織の階層構造や人事制度もそれに合わせて柔軟に変えていかなければならない今の時代には、企業が社員のキャリア開発に全面的に責任を負うというのも難しい話だ。だから、人事部は社員のキャリア開発を支援する立場に回り、社員自身もキャリア開発に対して責任を持たなければならないというメッセージを発信する企業が増えている。

 キャリア開発に関して必ずと言ってよいほど耳にするキーワードが、「自分らしさ」というフレーズである。つまり、自分の価値観に従い、自分の個性を発揮して仕事をすることがよいキャリアにつながるというわけだ。世の中には「自分らしさ」を重視する自己啓発本が溢れている。だが、企業の中で社員が皆、めいめい気の向くままに「自分らしさ」を発揮したらとんでもないことになる。それこそ組織の崩壊である。

 組織である以上、社員それぞれが担っている役割や期待されている成果があるわけで、それを無視してキャリア開発をすることは当然のことながらできない。しかし、この「自分らしさ」重視の風潮は、ややもすると人が組織の中でどう見られているのかという客観的視点を欠いてしまっているのではないだろうか。

 神戸大学・金井壽宏教授の『キャリア・デザイン・ガイド』を読んでいたら、金井先生自身が体験された興味深いエピソードが紹介されていたので、ちょっと長いが引用したいと思う。

posted by Amazon360

 2002年8月にコロラド州デンバーで開かれたアメリカ経営学会のキャリア部会のシンポジウムで、キャリア論の大御所、ダグラス・ホール、ナイジェル・ニコルソン、およびマイケル・アーサーの3名が、このセッションを企画した若手1名とともにそろって姿を見せました。そのシンポジウムの場では、キャリア・サクセスの主観的基準と客観的基準について発表と討議がありました。驚いたのは、ロンドン・ビジネス・スクールのニコルソン教授の発表でした。

 自分らしくキャリアの道を歩むことが大事だ(つまり、主観的基準が大事だ)という話をホール教授がしんみりしたあとで、ニコルソン教授は、堂々と「客観的サクセスが重要だ」という発表を、さまざまなデータをまじえておこないました。そのときに披露したデータというのは、たとえば、精神衛生上も、あるいは肉体的な健康状態についても、したがって、寿命の長さや病気にかからない率に関しても、地位や収入が高いひとの方が有利だというような各種の公表データでした。ロンドン大学でわたしは、ニコルソン教授のすぐ近くに研究室を構えていたことがありますので、彼がすばらしい人柄で、どうひっくり返ってもお金の亡者ではけっしてないことをよく知っています。ですから、議論のときによく使われる言葉ですが、悪魔のような意見提供者(devil's advocate)という役柄を示したのだと思っています。
 主観的基準だけでは不十分なことを表す解りやすいもう1つの例が「農業」だろう。田舎暮らしに憧れて農業を始める人が増えているという。だが、農業は楽しいだけで続くような仕事ではない。アンコントローラブルな自然を相手にする重労働が毎日続く。そうした努力が報われるのは、自分が育てた農作物が売れてお金になり、買った人の喜ぶ顔が見える時である。つまり、周囲からの金銭的/非金銭的な評価が、農家のキャリアを形成しているのである。

 そもそも「自分らしさ」という考え方自体が、他者に依存した概念である。私が自分の仕事について、心の中でどんなに「これは自分らしい仕事だ」と思ったところでただ空しいだけである。私の「自分らしい仕事」を発見するのは私ではなく他者である。他者が他者の仕事と私の仕事とを比較し、そこに差異を認めた時、「確かにあなたの仕事は『あなたらしい』」と言える。その言葉を受けて、私は自分の仕事は自分らしいものだと確認することができるのである。

 キャリアは自分の枠という狭い世界の中に限られるものでは決してない。主観的な視点と同様に、客観的な視点もキャリア形成に重要な働きをしていることを忘れてはならないと思う。
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